黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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死の錬成場

「この施設はヤバいぞ。激ヤバだ。ある意味砂漠の処刑場よりな」

 

ミドナが皮肉っぽい笑みを浮かべながら囁いてきた。

 

「ヤバい?」

 

リンクはきょとんとした顔をして聞き返した。

 

「おい、入ったとき気づかなかったのか?」

 

ミドナが尋ねた。

 

「気づかなかったって‥‥そりゃあ気づいたよ。ボロボロだし幽霊もいるし、お世辞にも住みやすそうではなさそうだよね」

 

リンクはそう答えると肩をすくめた。

 

「だけどそれは仕方ないんじゃないかな?多分この家は王族に捨てられた後もあの二人が守っていたんだよ。もともと管理人として雇われてたんだろうね。だけど家の手入れはなにかとお金がかかるから」

 

「おいおい」

 

ミドナは心底呆れたような顔をして上を向き白目を剥いた。

 

「そこじゃないだろ。第一あの獣人どもの姿をどう説明する?」

 

「それは‥‥」

 

問われてリンクは答えに窮した。

 

「いいかリンク、私はまず家に入ったときからおかしな点に気づいた」

 

「なんだいそれは?」

 

「あの鎧さ」

 

「鎧?」

 

「ああ。お前あの鎧の大きさ、変だと感じなかったか?」

 

ミドナは聞いてきた。

 

「そういえば‥‥」

 

リンクは思い出した。鎧の高さは二メートル半、いや三メートル近くはありそうだった。それに、いったいどんな体格の兵士に着せることを想定したのか、胸の辺りも肩も異様に幅が広かった。

 

「あんな鎧を着れる兵士がどこにいる?」

 

ミドナに問われてリンクは考えた。世の中には時々巨人と呼ばれるほど身長の高い男がいると養父のボウから聞いたことがある。だが、そういう男は概して細身だとも養父は言っていた。ましてや、館の玄関には一小隊分の鎧があった。この館の衛兵はそんな巨体の男ばかりだったのだろうか。

 

だがリンクはある推量を口にした。

 

「わかった。あの鎧は多分来客を脅かすためさ。外国の賓客を迎えたときにあの鎧を見せて、この国の兵士はこんなに背が高いのかって思わせるためだったんだよ」

 

「あり得んこともないが、その理屈はやや弱いな。それはその賓客が相当のバカじゃないと通用しない話しだぞ」

 

ミドナが指摘した。

 

「そうだね」

 

リンクは認めた。

 

「じゃあ君はどう思うんだ?」

 

「決まってるさ。ここにはかつてそういう兵士がいたんだよ。あるいは、そういう兵士を『造ろう』としてたのか、そのどちらかだな」

 

ミドナが言う。リンクはその意味がわからず目をぱちくりさせていたが、やがて尋ねた。

 

「ミドナ、よくわからないよ。分かりやすく説明してくれないか?」

 

「やれやれ、やっぱりか」

 

ミドナは溜め息をついた。

 

「リンク、あの獣人どもをどう思う?」

 

今度はミドナがリンクに尋ねた。

 

「どうって、僕にとってはああいう人たちは初めてって気がしないよ。馴染みがあるっていうのか‥‥」

 

リンクは答えた。

 

「僕の村の人たちと共通するところも多いね。素朴な人たちだから。少なくとも城下町の人たちよりよほど話しやすいよ」

 

「おい、だからそうじゃないって言ってるだろ?まったく」

 

ミドナは腕組みをすると鼻を鳴らした。

 

「あいつらの身体だよ。なぜああなったと思う?」

 

「なぜって‥‥」

 

リンクは答えに詰まった。

 

「悪い魔女の機嫌を損ねて魔法をかけられたんだとか思ってないだろうな?リンク、実際の魔法はそんな風には働かないぞ。パッと呪文を唱えて人間の姿を作り変えたり他の動物に変える魔法なんて滅多にあるもんじゃない。それこそザント級の魔法使いじゃなきゃ無理だ」

 

「ドサンコフさんはずっと前からこの辺りに住んでるって言ってたよね」

 

リンクは回想した。

 

「つい最近になってから魔法で獣人に変えられたのなら、彼はもっと混乱したり、悲しんだり、怒ってたりするはずだよね。だけども彼の様子では自分の身体に完全に馴染んでいて、使い方もよくわかってる感じがした。てことはザントの仕業じゃあないのかな」

 

リンクはひとりごちた。自分の経験に照らしても、ドサンコフはあの身体になってから相当の年数が経っているのは間違いないと考えられた。

 

「正解。その通りだリンク。じゃあ誰がやったと思う?」

 

ミドナがそう提起するのを聞いて、リンクははたと気づいた。

 

「まさか‥‥」

 

「そう。そのまさかの可能性を考えてみろ。興味深いことが見えてくるぞ」

 

ミドナは言った。

 

「ハイラル王家が関わってるって言いたいのかい?」

 

リンクは半信半疑で尋ねた。

 

「その可能性はある。だがまだ確証はない。砂漠の処刑場と違って王家の紋章を見なかったからな」

 

ミドナは答えた。

 

「だが、翼をあしらった紋章なら玄関にあったぞ。天空から降りてきた古ハイリア人の直系を示す意匠だ。王室そのものでなくともそれに近い家柄の者がこの館の主だったことは間違いない」

 

リンクが驚きに打たれながら聞いているとミドナは続けた。

 

「それより私が興味を持ったのは獣人の身体構造さ」

 

「身体‥‥構造?」

 

リンクは尋ねた。

 

「そうだ。あれは複数の動物の特徴を併せ持つハイブリッドだ。ある意味、人をそっくりそのまま別の動物に変えるより複雑だぞ」

 

ミドナが言った。

 

「ハイブリッド‥‥」

 

リンクは湖底の神殿でミドナが言ったことを思い出した。蜥蜴男を見たとき彼女が使った言葉だ。

 

「だが驚くべきは人間でも動物でもない肉体を造りだしたということだけじゃない。その肉体の中に普通の人間の頭脳が入ってるってことさ。その点はある意味驚嘆に値する。恐ろしく洗練された魔法技術と最新の設備がなければ無理な話しだ」

 

「待ってくれミドナ」

 

リンクは遮った。

 

「じゃああのご夫婦はこの館の主によって身体を作り替えられたってわけかい?いったいどうしてそんなことが?あの人たちは何も悪いことはしていなさそうじゃないか」

 

「いや、この施設の目的を考えればおよその想像はつくぞ」

 

ミドナはニヤリと笑った。

 

「目的?」

 

リンクは聞いた。

 

「鎧のことを思い出せリンク。この施設の主は巨人兵士を持っていたか、あるいは造ろうとしていたんだ。そしてその技術も既にほぼ確立していた。あの獣人の身体が証拠さ。複数の生き物を組み合わせた肉体に人間の頭脳を移植する。一から育て上げるより合理的だ」

 

ミドナが説明する。リンクにはやっと彼女の話が理解できてきた。ドサンコフはいかにも温和な男だが、もしも血に飢えた兵士があの肉体を持っていたら恐ろしいことになっていただろう。

 

「そしてそれが館の主の目的なら、あの夫婦がなぜあんな姿にされたのかもわかろうというものさ」

 

「それは‥‥なぜなんだろう?」

 

「あいつらはお前の見立て通り館の使用人夫婦だったんだろう。そして世間にこの施設の内情を話すことがないように、二度と人前に出られない身体に変えられたんだ」

 

「そんな!」

 

リンクは叫んだ。

 

「そんな非道いことはあっちゃならないよミドナ」

 

リンクは言った。

 

「それに、どうしてそこまでこの館の秘密を守らなきゃならないんだい?」

 

「それは明白だろ。人と動物を組み合わせたハイブリッド兵士なんて人聞きが悪いし、技術情報が漏洩しても困る」

 

そう言ってから、ミドナは付け加えた、

 

「いや、人と動物に限らない。兵士を造るなら魔物とのハイブリッドを使う可能性もあるな」

 

「もう十分だよミドナ」

 

リンクは首を振った。

 

「その話も今となってはどれも推理に過ぎないだろ?確かにあの夫婦は普通じゃないかもしれないが、鎧を着る兵士はどこにもいないじゃないか」

 

「気を悪くしたらすまん」

 

ミドナは言った。

 

「それに私の推理が外れていたらそのほうがいい。私はただ合理的な説明を試みただけだ」

 

リンクは胸のうちに湧いてきた混乱と疑念に戸惑っていた。ハイラルの暗部は処刑場で十分だと思っていたが、まだ続きがあったのだろうか。

 

「さあ、寝室の鍵を探しに行こう」

 

ミドナは沈んだ顔のリンクを励ますように言った。

 

「それからカボチャもな」

 

リンクは部屋の中を見回した。ドサンコフ夫人がくれた見取り図によれば右手の扉を通ることになっているが、金網がかかっていて開けられなくなっている。

 

だが、部屋の中央あたりの、おおむね縦長の長方形に床材が剥がれた箇所に二つほど四角い大きなスイッチがある。ゴロン鉱山で見たのと同じような装置だ。一つは部屋の中央あたりにあるが、その周囲は分厚い氷で完全に固まってしまっている。もう一つのスイッチは長方形の手前の辺の中央からさらに手前側に床板一枚が剥がれた箇所にあって、こちらは凍りついていない。

 

リンクはそのスイッチの上に乗ってみた。ゴロン鉱山のものと違いリンクの体重でも作動するようだ。作動音がしたかと思うと、扉にかかっていた金網が引き上げられた。

 

ところが、そこを離れて扉に向かうとスイッチが戻り、金網がまた下がってしまう。これでは先に進めない。

 

リンクは改めて部屋の中を見回した。床材が剥がれ氷になっている場所には、立方体の巨大な黒い衣装ケースが三つ置いてある。今動かしたスイッチに黒い箱を乗せれば金網を開いたままにできる。そう考えたリンクは、箱の位置関係を確かめた。

 

一つは右の奥の隅にあるが、見たところすっかり凍りついていて床にくっついてしまっているようだ。もう一つは左手の奥の隅に、最後の一つは手前側の右手の隅にあった。ちょうどその箱の向かい側の隅は床板が一枚残っており、そこの東側に箱をひとつ配置すれば、かなりスイッチの位置から近くなるので、他の箱をスイッチの上に置くのが容易になるだろう。

 

リンクは手近にある衣装ケースをまず西側に向けて押してみた。箱は氷の上を滑ってその向かい側で止まった。次の箱をスイッチの上に置く布石としてちょうど狙った位置だ。

 

次にリンクは左手奥の隅にあった箱に歩み寄った。氷の上がツルツルして歩きづらいのを何とか渡ると、箱を南側に押しやった。その箱が端まで滑って止まるのを見届けると、また傍らに行って今度は東側に押した。

 

箱が東側の辺で止まると、それを南側に押し、隅で止まったところを西側に押しやった。

 

その箱は最初の箱の隣まで来て止まった。あと少しだ。リンクは氷の上を歩くと、その箱を南側に向けて押した。果たして箱は滑ってスイッチの上に乗り、作動音がすると扉の金網が引き上げられた。

 

成功だ。リンクは扉に歩み寄ってそれを開け、向こう側に出た。

 

次の部屋は、壁も床も石が剥き出しで南北に縦長の牢屋のような部屋だった。東側には鉄格子つきの小さな窓、北側の壁にはかつて扉がついていたものと思われる間隙があったが、今は分厚い氷で完全に塞がれている。

 

窓の下付近を見ると、壁と床の石材が崩れて外の雪が吹き込んでいる箇所がある。狼に変身すれば雪を掘って進めるかもしれない。

 

リンクはミドナに頼んだ。服を脱ぐと即座にミドナが狼に変えてくれた。彼女がリンクの服と装備を回収すると、リンクは早速床の穴に溜まった雪を掘って潜り始めた。思ったとおり、この部分の床材は完全に欠落しており、簡単に掘り進めて向こう側に抜けることができた。

 

壁の向こうは中庭だった。縦五十メートル、横十五メートルほどで、雪が降り積もり、東側の壁は二ヶ所ほど崩壊しているが、その部分は氷で塞がれている。

 

目を上げると尖塔がこちらを見下ろしている。また、中庭の周囲を囲む壁には窓が少ししかなく、そのどれもが完全に閉ざされているのが奇妙だった。

 

ふと物音がして中庭の奥を見ると、幽霊狼が二匹ほど雪から這い出してきた。リンクは唸り声を上げて臨戦態勢をとった。

 

一匹が走り寄ってくるのを待ち構え、飛び掛かってきたところに逆にこちらから跳躍して顎の一撃を喰らわせた。そいつは雪の上に転がると一旦逃げ出した。だが次の一匹がこちらを伺いながらジリジリと距離を詰めてくる。リンクはミドナに合図した。たちまち黒い結界が背中に乗ったミドナを中心として広がる。

 

二匹目がこちらに走って近づいてきた瞬間に力を解放した。リンクは魔法の助けを受けて真っ直ぐ敵に飛び掛かる。一時的に動けなくなった幽霊狼は致命傷を受けてたちまち雪の上に転がった。

 

もう一匹は思わぬ強敵と悟ったのか、用心深く距離をとりながらリンクの周囲を走り回っている。だが向こうが狼ならこちらも狼だ。リンクはダッシュして相手を追い回すと、壁際に追い詰めてさらなる一撃を加えた。何とか立ち上がって逃げようとする幽霊狼に何度も追撃を与えて息の根を止めた。

 

「おいリンク、あの箱を調べてみたらどうだ」

 

息を鎮めているとミドナが声をかけてきた。中庭の南側の雪面から金属の箱が顔を覗かせている。リンクが歩み寄って鼻先で蓋を開けてみると、赤ルピーが入っている。

 

「おい、遠慮しても仕方がない。お前の軍資金に貰っておけ」

 

ミドナが言った。

 

「あいつらが町に降りていってルピーを使うなんてことは今後無いだろうからな。そうだろ?」

 

理屈としては合っていたがリンクは気が進まなかった。だがミドナは勝手にルピーを拾い上げて収納してしまった。仕方がないのでリンクは肩をすくめ中庭全体を調査してみることにした。

 

西側の壁には扉がある。鍵はかかっていないようだ。だがリンクは雪の中をしばらく調べてみることにした。寒い農村地帯では、雪の中に作物を埋めておき春まで保存する習慣があると聞いたことがあったからだ。

 

鼻を利かせながら雪面を探っていくと、北側のあたりで何かを感じた。雪が脆く、まるで人為的に被せたように思われる箇所がある。リンクがそこを前足で掘ってみると、中から同じような金属の箱が出てきた。開けてみると今度は金属製の小さな鍵が入っていた。

 

役に立ちそうだ。リンクはミドナに人間の姿に戻してもらい、急いで服を着て装備を身に付けると、中庭の捜索を終了して先に進むことにした。

 

西側の壁の扉を開けて中にはいると、北に伸びる廊下になっている。床の大部分はツルツルした氷になっており、突き当たりにある扉には錠前がかけられているようだ。

 

先ほど手に入れた鍵が使えるかもしれないと見当をつけて扉に向かって歩き始めたあと、リンクは奇妙なことに気づいた。凍りついた廊下の上に、大きめのカボチャ程度の氷の塊が二つほどある。だがその塊がゆっくりと氷の上を滑って動いているのだ。

 

リンクは不審に思いながらも、その氷塊の間を足早に通り抜けて廊下を進み、北側の扉に到達した。錠前に鍵を差し込むと、果たしてピタリと合った。鍵を捻ると錠が外れて落ち、リンクはドアノブを回して扉を開けた。

 

扉の向こうは二十メートル四方ほどのガランとした部屋だった。隅の方に家具が寄せられているが、どれも硬く凍りついているようだ。広い床も、リンクが立っている場所の周辺を除いてほとんどがツルツルに凍りついている。

 

しかも奇妙なのは、先ほど廊下で見たのと同じような氷塊が 三つほど部屋の中央部分を滑りながらゆっくりと漂っている。そのうちのひとつが方向を変えてこちらに向かってきたとき、リンクの頭の中で本能的な危険信号が鳴った。

 

その瞬間、背後でガシャンという金属音がした。振り返ると、入ってきた扉の上に金網がかかっている。閉じ込められたのだ。

 

氷塊たちのほうに向き直ると、それらはゆっくりとリンクの方に進んできている。

 

生きているのだ。

 

リンクは盾を背中から下ろして構え、剣を抜いた。先頭にいる氷塊との距離が縮むと、リンクにはその側面に真っ赤な目がついているのが見えた。こいつらは魔物だ。

 

リンクは立っている床から氷の上に降り立った。先頭の敵との間合いを測ると、気合いと共に回転斬りを放った。剣が氷塊にぶち当たって小さな氷の破片が飛ぶ。

 

だがその攻撃の勢いで、その氷塊が背後の氷塊に衝突し、その背後の氷塊がもう一つの氷塊に当たることにより、三つの氷塊が高速で床の上を滑り始めた。

 

氷塊どもは向こう側の壁に当たってはこちらに向かってくる。しかも三つがてんでばらばらに氷の上を滑っていて、リンクはその動きについていけず当惑した。

 

一体がこちらに急速に向かってくるのを盾で弾く。だが攻撃しようとしたときには既に敵は反動で遠くに滑っていってしまっている。近くに来たときすかさず剣を叩きつけるしかないと悟ったその時、背後から急速に突進してきた氷塊に体当たりをぶちかまされ、リンクはよろめいた。

 

その刹那、リンクは自分の全身が凍りついたような感覚を覚えた。身体が動かない。呼吸もできない。いったい何が起こったんだ?

 

リンクは死に物狂いの力を振り絞ると、大声を発して四肢を動かした。数秒間だが、全く動けなかった。周囲に目をやると氷塊どもはまだ壁に当たった反動で高速移動しながらリンクの周囲を動き回っている。

 

一つの氷塊が近くをかすめた瞬間、再び回転斬りを放った。刃が氷塊を削った。だが致命傷ではない。足元が滑り、太刀筋が定まらないのだ。

 

「ミドナ、鉄のブーツを出してくれ!」

 

リンクは叫んだ。たちまち両足のブーツが入れ替わる。リンクは周囲に忙しく目を配りながら油断なく身構た。氷塊が再び接近してきた瞬間に回転斬りを叩きつける。

 

クリーンヒットし、氷塊がバラバラに砕け散った。残り二つとなると、目で追うのは容易になってきた。リンクは二つのうち一つの氷塊が近づくと縦斬りを喰らわせた。反動で真っ直ぐ向こうに滑っていった隙にもう一つの氷塊の動きに目を配る。そいつが左横から近づいてきた瞬間に縦斬りをかます。

 

向かい側の壁に当たって戻ってきた一体にもう一度縦斬りを喰らわすと、そいつは砕け散った。最後の一体も同じように向かってくるのを縦斬りで止めを刺した。

 

リンクは剣を納めると、大きな息を吐いた。これがアッシュが話していた魔物だったのだろうか。攻撃を喰らった瞬間身体が麻痺したように動かなくなってしまった。

 

「リンク、平気か?」

 

ミドナがリンクのブーツを元に戻しながら尋ねてきた。

 

「どうにかね」

 

リンクは盾を背負いながら答えた。だが、ドサンコフのスープで暖まった身体が冷えきってしまっている。リンクはぶるっと身体を震わせると、両手で自分の頬を叩いて気合いを入れた。

 

「リンク、見ろ。金網が上がっているぞ」

 

ミドナに言われて背後の扉を見ると確かに戦闘中に下ろされていた金網が引き上げられている。

 

「左手奥にも扉がある。そこもさっきまでは金網がかかっていた。よくできた仕組みだよ。誰かが暴れていると自動的に出入りを遮断するようになってるのさ」

 

ミドナが言った。

 

「誰かってのはつまり、その‥‥」

 

リンクはミドナの意図を察して引き取った。

 

「人造兵士が‥‥ってことかい?」

 

「その可能性はますます大きくなったってことさ」

 

ミドナは答えた。

 

「罪人を閉じこめる処刑場にこういう仕組みがあるのなら納得が行く。だが王族の別荘になぜそんなものがあるのか?って話さ」

 

そう言うと彼女はもう一つの扉を指差した。

 

「まあいい。先へ進もう」

 

リンクは同意した。マトーニャの見取り図によれば、目的の部屋に至るまでは間にあと一部屋を残すのみだ。リンクは氷の床の上を横切ると左手奥の扉を開けて向こう側に出た。

 

次の部屋は同じような広さのガランとした部屋だったが、家具はなく、床は凍りついていない。向かい側の壁の右手にある室内窓を通して次の部屋の様子が見えた。大きな木製の箱が置いてあるのがわかる。マトーニャによればあの中に寝室の鍵が入っているのだろう。

 

ようやく目的のものが手に入ると思い、安堵しながらリンクは部屋を横切って向かい側にある扉に向かった。だが、扉の目の前まで来た瞬間、天井から左右の床に何かが落ちてきて大きな音を立てた。大きな氷柱だ。二本の氷柱は床に刺さるとパキンと音を立て、その表面に亀裂が走ったかと思うと、たちまち手足が生えて立ち上がった。

 

氷で形作られており骸骨のように細い体格ではあるが、人間のような頭、胴体、手足がある。人間型の魔物だ。そいつらはこれも氷でできた長槍を握るとリンクに向かって身構えた。同時に、目の前の扉も上から降りてきた金網で塞がれてしまった。

 

リンクは反射的に剣を抜いて飛びすさった。左側にいた氷柱兵士の一人が槍を突き出してくるのを剣で払い、敵から目を離さず後ろに足を運びながら盾を背中から下ろして構えた。

 

右側の一体が槍を肩の上まで振りかぶり投げ付けてきた。槍が宙を飛び真っ直ぐに向かってくるのを、リンクは盾を上げて防いだ。鋭い音がして左腕に衝撃が走る。

 

だが、一体が丸腰になった。その隙を突いてリンクは左側の氷柱兵士に走り寄った。相手が槍を突いてくるのを盾で逸らし、気合いもろとも必殺の突きを繰り出す。だが、その化け物は熟練の兵士さながらに槍の柄でリンクの剣をいなした。

 

それでも反撃の機会を与えず二の太刀を繰り出す。だが相手はリンクの横斬りを再び槍の柄で弾いた。手練れだ。視界の隅で、槍を投げて一旦丸腰になった敵が床から氷の柱を引き出すのが見えた。土中の氷を使っていくらでも武装できるらしい。

 

攻撃の決め手を欠くうちに、再び二対一になってしまった。リンクは盾を上げると、また後ろに下がった。普通に斬りかかったのではなかなか倒せない。

 

リンクは左側に深く角度をつけて回り込み、挟み撃ちを防ぐため自分の位置を二匹を縦線で結んだ延長線上に配置した。盾を構えたまま左側の一匹に近づく。また突きを繰り出してくるのを盾で受ける。敵には突きしかなく、攻撃は単調と見てとったリンクは、一瞬盾を下げ相手の攻撃を誘った。顔面を狙った突きを身を沈めてかわすと、裂帛の気合いとともに回転斬りを放つ。

 

リンクの剣が敵の槍を打ち砕いた。だがその瞬間、背後にいたもう一匹が槍を投げ付けてきた。味方に当たるかどうかなど気にもしないらしい。

 

盾を上げて、飛んできた槍をすんでのところで逸らす。リンクに槍を折られた手近の敵が後退りしていく。逃がすか。リンクはダッシュすると相手にジャンプ斬りを叩きつけ、深い突きを放って息の根を止めた。氷柱兵士は身体を粉々に砕かれ散った。

 

もう一匹がまた地面から槍を引き出している。リンクは突進した。横斬りを放つと間一髪のところで止められた。だが左右袈裟斬り、縦斬り、そして突きを放ち、敵を防戦一方に追い込んだ。

 

敵が一転攻勢に出た瞬間、リンクは横飛びしてその突きを回避し、それから前転して後ろに回り込み、跳躍しながら剣を横に薙ぎ払った。

 

氷柱兵士は驚異的な反射神経で振り返り、槍をかざして必殺の背面斬りを受けた。だが槍が耐えきれずポッキリ折れる。リンクは機を逃さず攻めまくった。左右袈裟斬りから回転斬りを叩きつけると、氷柱戦士の全身が砕け散った。

 

肩を息で弾ませながら剣を納め盾を背負っていると、戦闘が終わったことを遮断装置が感知したのか、部屋の向かい側の扉にかかった金網が上げられた。リンクは扉に歩み寄り、ようやくの思いでそれを開けた。

 

扉の向こう側は待合室のような横長の部屋だった。リンクは右手にあった木製の箱に近づくと蓋を開けた。

 

だが、箱の中身は案に相違していた。カボチャだ。よく見ると、硬い皮といい色合いといい、トアルカボチャに違いない。直径一メートルはありそうな特大サイズで、高値で売れる極上品だったが、リンクは拍子抜けしてしまった。

 

「なんだあいつ、場所間違えて教えやがったな」

 

ミドナが現れて言った。

 

「仕方ないよ。高熱が出ていると頭がぼうっとして記憶があいまいになることもあるから」

 

「しょうがない。またあいつのところに行ってもう一度鍵のありかを聞こう」

 

リンクはカボチャを箱から出し、故郷でやっていたように頭の上に乗せた。見取り図を見た限りでは、来た経路を遡らずとも、ここから倉庫を経由してすぐに台所に戻れるはずだ。

 

リンクは部屋の南側の扉に向かった。カボチャを頭に乗せたまま扉を開け、向こう側に出るとやはりそこは先ほど通った衣装ケースが置いてある倉庫だった。

 

だが、目の前には木箱が山と積まれていて通れない。リンクはカボチャを木箱の上に乗せると、二、三個をどけて登り口を作り、箱の列を乗り越えて向こう側へ出た。

 

カボチャを抱え真っ直ぐに南側の扉に向かい、台所に出ると、リンクは鍋の前にいた獣人に声をかけた。だが返事がない。近寄ってもう一度声をかけると、やっと気づいたようでドサンコフはその黒い大きな目をリンクに向けた。

 

「おじさん、カボチャありましたよ」

 

「んんん?カボチャ?」

 

「うん。それもトアルカボチャだからきっと奥さんの口にも合うと思いま‥‥」

 

リンクがそう言うか言わないかのうちに、ドサンコフはリンクにのし掛かるように迫ってくると、いきなりカボチャを引ったくった。その勢いに押されてリンクは尻餅をついてしまった。

 

リンクが見ていると、獣人は片手でカボチャをグシャリと握りつぶして鍋の中に放り込んだ。トアルカボチャの皮を切るのは力のある男にとっても一仕事なのに、恐るべき握力だ。

 

「ありがとな!おめも味見してええど」

 

獣人は(彼なりに)嬉しそうな顔をして言った。リンクはやれやれと溜め息をつきながら、ズボンの埃を払って立ち上がった。だがスープはただ材料を入れるだけではダメだとリンクはイリアから教わっていたので、しばらく獣人の料理を手伝うことにした。

 

リンクは流しから金網を取ってくると、台の上に乗って、獣人がカボチャを割り入れる際に鍋に入ってしまったワタや種を丁寧に取り除いた。次いで、塩で味を調え、さらに香草を刻んで少々加えた。

 

カボチャに火が通り、甘い香りが鍋から漂い始めた。リンクは再び自分のガラス瓶を取り出すと一杯掬って飲んでみた。

 

良い出来だ。先ほど魔物の一撃を喰らって冷えきってしまった身体がまた芯から暖まってきた。これならマトーニャも喜んでくれそうだ。リンクはもう一杯掬ってよく冷ますと、獣人にも勧めてみた。だが、スープを飲み干した獣人は何か得心の行かない顔をしている。

 

「どうです、おじさん。おいしいでしょう?」

 

リンクが言うと、獣人は首をかしげて呟いた。

 

「ううむ。パンチが足りんのお」

 

それを聞いたリンクは思わずクスリと笑ってしまった。養父のボウと全く同じような言い方だったからだ。ボウの家で暮らしていた頃は、ボウとイリアが料理の味付けを巡ってちょっとした言い争いをしているのをよく見かけたものだ。何かと濃くてパンチの効いた味付けを好むボウに対し、イリアは身体に悪いからとか色々口実をつけて薄味に仕上げてしまうのが常だった。もしマトーニャが薄味好きだった場合、あまり塩を加えてしまうとかえって食欲を減じてしまうかもしれない。

 

「おじさん、それならチーズはどうでしょう?」

 

リンクは提案してみた。

 

「チーズか。それは旨そうだべのお」

 

獣人が答える。

 

「また探してきます」

 

リンクはそう言い置くと、東側の扉から台所を出ようとした。

 

「おいリンク、台所の中はよく探したのか?」

 

ミドナの声が耳の中で聞こえた。リンクは苦笑いした。確かに肝心の場所を捜索していなかった。

 

リンクはまず、流しの周辺やその左右にあった樽などを片端からあらためてみた。だが、調味料の瓶のほかは、塩っぱそうな塩漬け肉が大量にあるだけだ。台所の南側には棚で仕切られた区画があったのでリンクはそこにも足を踏み入れてみた。そこには人参、玉ねぎ、ニンニク、ジャガイモが山のように積まれている。だがチーズはなさそうだ。

 

リンクは床に置いてあった壺の一つを何気なく手にとってみた。するとその途端、壺が激しく振動し始めた。

 

リンクは驚いて壺を取り落とした。壺が床に落ちて割れると、中身が姿を表した。

 

あの鳥人間だ。鶏ほどの大きさで、人の頭のような頭部をしているが、頭髪はなく、目には瞳もない。ゴロン鉱山で出会ったものと同じ個体だろうか?リンクがそう思案しているうちに相手は口を開いた。

 

「あら、あのときのお兄ちゃんじゃない!また会えてうれしいわ!」

 

聞き覚えのあるおばちゃん口調だ。おばちゃんは少し羽ばたいて羽のかたちを整えるとリンクの顔を見上げた。

 

「お‥‥お久しぶりです」

 

リンクはかろうじて挨拶した。だがこんな場所で再会するとは思ってもみなかった。

 

「せっかく会えたんだから一緒に行きましょう?おばちゃんついていくから外に出たくなったらいつでも言って?」

 

おばちゃんが言う。リンクは相手の勢いに呑まれて頷いた。その途端、おばちゃんの姿が消えた。ミドナによって彼女の魔法空間に収納されたのだろうか。おばちゃんの話し相手をミドナが引き受けてくれたことに感謝しながら、リンクは台所の捜索を打ち切った。

 

東の扉を抜けて居間に出る。暖炉のほうに行くと、マトーニャはうたた寝をしているようだ。気が引けたがリンクは彼女をそっと揺り起こし、示された部屋にあった箱にはカボチャが入っていたことを告げた。

 

「えっ‥‥カボチャ?」

 

ドサンコフ夫人は当惑した声で呟いた。

 

「どうしてそんなところに‥‥困ったわ。じゃあ一体どこにいったのかしら」

 

「お具合のわるいところ本当にすみません」

 

リンクは心から頭を下げた。

 

「もう一度思い出していただけませんか?」

 

マトーニャは目を閉じて少し考えていたが、やがて口を開いた。

 

「もしかしてあの部屋かも。見取り図を出して下さる?」

 

リンクはポーチから見取り図を出して広げた。彼女は指先で建物の北側に近い小部屋を指差した。

 

「ごめんなさいね。とってきてくださる?」

 

リンクが快諾すると、マトーニャは居間の北側の壁の右手にある扉を目線で示した。すると、その扉にかかっていた金網がひとりでに上げられた。怪訝に思いながらもリンクは夫人のもとを辞してその扉から外に出た。

 

そこは雪の積もった中庭だった。先ほど入った中庭から見て壁で隔てられた反対側だ。西側の壁の中央近くには大砲が置いてある。トビーが持っているような移動用・サーカス興行用ではなく純然たる軍事用のものだ。絵でしかそのような大砲を見たことのないリンクは思わず目を引かれた。

 

だが、中庭の奥の雪面から幽霊狼が三匹ほど這い出してきた。こちらを見ながら歩き回っている。どうやらちょっかいを出そうとしているらしい。

 

リンクは盾を構えると剣を抜いた。一匹の幽霊狼が走り寄ってくる。そいつがジャンプして飛び掛かってきたところを縦斬りを喰らわせた。雪の上に転がった敵が起き上がって逃げようとするところを、素早い突きを連続して繰り出した。

 

聖剣が効いている。立て続けの攻撃を受けた幽霊狼が悲鳴を上げて倒れた。

 

残りの二匹が時間差で向かってくる。リンクは一匹が飛び掛かってきたのを回転斬りで吹き飛ばした。残り一匹が突進してくるのを盾で弾いて逸らし、回転斬りを喰らって倒れたほうの敵が起き上がったところにダッシュして止めを刺しに行った。

 

だが、雪に足を取られ思うように進めない。リンクは背後に気配を感じて振り向いた。攻撃をかわしたほうの狼が跳躍し目の前に迫っている。上体を倒して咄嗟に回避すると横斬りを繰り出した。クリーンヒットし、叩き落とされた狼にすかさず突きを喰らわせる。さらに追い討ちでもう一撃を加えると、そいつは倒れて大人しくなった。

 

最後の一匹はリンクを遠巻きにしながら走り回っていた。だが、リンクはそいつの息の根を止める心算だった。相手が嘲るように走って近くを通過した途端に渾身の突きを放ち、絶命させた。

 

剣を納め盾を仕舞うと、リンクは改めて中庭を見回した。マトーニャが示した部屋に行くには、北側の壁の左手にある扉を開けなければならないが、その扉の前には奇妙な物が立っていた。

 

高さ三メートルほどで周囲が一抱えの大木ほどもある氷の柱のようなものだ。あれを退けなければ扉は開けられそうにない。リンクは積もった雪の上を歩きながらその物体に近づいてみた。中庭を向こうに進むにつれ、積もっている雪は薄くなり、多少は歩きやすくなっている。

 

距離十メートルほどに近づくと、しかしリンクは妙なことに気づいた。氷の側面のところどころに赤い目のようなものがついている。リンクの頭の中で危険信号が鳴った瞬間、その物体が動いた。

 

そいつの身体の側面に大きな口のようなものがパックリと開く。リンクが身構えた瞬間、その口から白い霧のようなものがこちらに向かって吹き出してきた。

 

リンクは脱兎のごとく横っ飛びして霧をかわすと、矢も盾もたまらずに逃げ出した。これは絶対に捕まったらまずい奴だ。

 

化け物が吐き出す霧の届かない東の壁際まで待避すると、リンクはようやく一息をついた。カボチャほどの大きさの氷塊と戦っただけであれほど酷い目に遭ったのだから、あの巨大氷塊と正面切って戦って生きて帰れるとは思えない。リンクが呼吸を整えたあと東側の壁を調べると、北側に格子のない窓が一つ、南側には錠のかけられた扉があるのがわかった。

 

「リンク、あの化け物を倒す方法があるぞ」

 

ミドナが話しかけてきた。

 

「いったいどうやって?」

 

リンクは聞き返した。

 

「大砲を使え」

 

ミドナが言う。

 

「大砲?」

 

「そうだ。砲丸は建物のどこかにあるはずだ。火薬は手持ちの爆弾を転用すればいい」

 

それを聞いてリンクは感嘆の声を上げた。

 

「まったくその通りだね。すごいよミドナ」

 

「教養の違いさ。原始的な武器だから原理さえ理解していればどうってことなく使いこなせる」

 

相変わらず誉められても平然としている。リンクは苦笑いすると、まずはこの雪原の中に役に立つものが隠れていないか探すことにした。

 

服を脱ぐと、ミドナに頼んで狼に変えてもらった。鼻を利かせて雪の上を探っていく。だが南側にはなにもなかった。北側の雪原を、氷塊の化け物の吐く息に触れないよう注意しながら探っていくと、雪が脆い箇所があった。掘ってみると、中に金属の箱が埋まっていた。掘り出して鼻先で開けてみると、金属の小さな鍵が入っている。

 

リンクはミドナに人間の姿に戻してもらい、服と装備を身に付けると、鍵を持って東側の壁の施錠された扉に向かった。

 

鍵は錠前と合致した。捻ると錠前が外れ、リンクはドアノブを回して扉を開けた。

 

向こう側は南北に走る廊下だ。良くしたことに足元には砲丸がいくつも転がっている。ふと目を上げると、廊下の北側の突き当たりには梯子がかかっている。だが近づいて見上げると、どうやら梯子の上には先ほど見たものと同じような巨大氷塊の化け物がいるらしく、白い霧が吐息のように漂っていた。

 

リンクはさしあたり手近の化け物を大砲で倒せるか試してみることにした。床にかがんで砲丸を両手で持ってみた。想像したよりはるかにずっしりと重い。壁を見ると、扉の右側に巨大なハンドルとこちらに傾いた樋のような装置がついている。どうやら砲丸を壁を通じてやり取りするためのもののようだ。

 

なぜそんなものがついているのかは見当がつかなかったが、便利そうなので使うことにした。まず樋のこちら側の終端に砲丸を乗せ、扉を開けて外側に出る。外側の壁にもにも全く同じ装置がある。リンクがハンドルに手を掛けてぶら下がると、樋が傾いて壁の向こうにあった砲丸がこちら側に転がってきて、樋の終端で止まった。

 

リンクは砲丸を樋から持ち上げると、苦労して大砲の場所まで運んだ。大砲をしつらえてある木の台に上り、大砲の後ろに開いている投入口に砲丸を落とし込んだ。

 

次いで、大砲の横についているハンドルに手を掛けて押し、方向を変えた。化け物と反対方向に向いていた大砲を百八十度動かして化け物に向ける。

 

「それで爆弾をどこに入れるんだろう?」

 

リンクはミドナに尋ねた。

 

「後ろから入れるに決まってるだろ。前から入れたら逆噴射するぞ」

 

リンクはミドナに爆弾袋を出してもらうと、一つ爆弾を取り出した。導火線のキャップを捻って点火すると、大砲の後ろの挿入口に放り込み、両手で耳を覆いながら台から飛び降りて距離を取った。

 

爆発音が中庭に響き、次いで砲丸の飛行音がして、北側の扉の前にいた巨大氷塊の化け物が粉々に砕け散った。リンクはミドナとともに歓声を上げた。

 

「よし、ゴールは近いぞ」

 

ミドナは言ったが、そのあと付け加えた。

 

「あの女が嘘をついていなければな」

 

「そんなわけないじゃないか」

 

リンクは反論した。

 

「自分の家のことをそうそう間違えるわけないし、もしも間違えたとしたらそれは熱のせいだよ。嘘つき呼ばわりしたら失礼だよ」

 

「わかったわかった。ともかく行こう」

 

二人が目当ての扉のほうまで進んでいくと、巨大氷塊が立っていた場所には小さな氷塊が三つほど転がっている。小さいが危険なことには間違いない。リンクは注意深くそいつらを避けると、扉を開けて中に入った。

 

扉の内部は薄暗く南北に縦長の部屋だった。床は石が剥き出しで、左右には鉄格子が迫るように設置されている。

 

しかも、その部屋には訪れる者を威圧するかのようにあの巨大な鎧が飾られていた。通路のど真ん中を塞ぐように、一つ、二つ、三つ。

 

リンクはその部屋の放つ異様な雰囲気を感じ取ってやや顔をしかめた。兵士の錬成場だろうか。天井も一面が金網で、殺風景なことこの上ない。

 

リンクは巨大鎧の脇を通り過ぎて、北の突き当たりの扉に向かった。だが何かがおかしい。誰かに見られている気がする。リンクが扉の前に立ったその瞬間、物凄い金属音がした。振り返ると、傍らを通り過ぎたばかりの二つ目の鎧が動いている。

 

いや、鎧の中にはその主である兵士がいたのだ。身長は二メートル半、異様に肩幅が広く胸板が厚い。その兵士は先端に鉄球のついた長い鎖を振り回していた。その鉄球に当たって、彼の背後にあった鎧がバラバラに崩壊したところだった。

 

彼は鎖を振って鉄球に勢いをつけると、リンクに向かって叩きつけようとしてきた。間一髪で壁際に身をかわすと、鉄球の当たったもう一つの鎧も砕け散った。

 

「リンク!こいつはヤバいぞ!用心しろ」

 

ミドナが叫んだ。言われなくとも見て取れた。並外れた体格だけではない。鎧の間から覗くのは鱗の生えた茶色の肌。腰のあたりからは尻尾が突き出ている。

 

ハイブリッド戦士。ミドナが想像していた怪物が現実に現れたのだ。

 

リンクは剣を抜いた。だが敵が鎖を高速で回転させているのでなかなか斬りかかる隙がない。しかも、敵は頭と顔を全て覆った兜を被っているだけではなく、胴体と肩、腕と手、下腹部から足元にかけても全て鉄の鎧で覆われていた。

 

リンクはあっと言う間に壁際に追い詰められた。この鉄球の一撃を喰らったら只では済まない。その刹那リンクは部屋の天井が金網でできていたことを思い出した。剣を持ち変え、腰につけたクローショットを右手に嵌めると、敵の背後の天井目掛けて撃った。

 

相手が鉄球を叩きつけてきたのはまさにその瞬間だった。鉤爪が離れた場所の天井に引っ掛かり、リンクは鉄球を回避してたちまち引き上げられた。鉤爪を開いて床に飛び降りると、剣を右手に持ち変えて相手に向かって走った。

 

だが敵は思いもよらない反応の早さを見せ、素早くこちらに向き直った。再び鉄球のついた鎖を振り回すと、リンクに向けて勢いよく投げつけてきた。リンクは立ち止まると咄嗟に横に倒れて回避した。鉄球がもの凄い早さで身体の横を通り過ぎる。

 

鎖の長さをギリギリ一杯に伸ばして鉄球を投げた敵は、大きく体勢が崩れてつんのめった形になった。今がチャンスだ。リンクは素早く立ち上がると、怪物に向かって殺到した。だが正面はすべて鉄の鎧で覆われている。リンクは敵の後ろに走り込むと、尻尾の突き出た鎧の腰の部分に突きを喰らわせた。

 

鎧は尻尾のある体型を想定せず設計されたものらしく、その周辺は乱暴に装甲が削り取られている。リンクの刃先が敵の腰に食い込んだ。その部分にさらにもう一撃縦斬りを叩きつけると、化け物は激しい呻き声を上げてのけ反った。

 

だが、相手もうつけ者ではなかった。素早く体勢を持ち直すとリンクに向き直り、鎖を手繰り寄せて再び振り回し始めた。まずい。リンクは後ろに飛び退くと、クローショットを腰のベルトにつけ、背中の盾を下ろして構えた。

 

鉄球が横から飛んでくる。リンクは盾を上げてそれを受け止めた。だが、腕がもげそうな衝撃がして、リンクは横の鉄格子に背中から叩きつけられた。

 

「リンク!お前の盾じゃ鉄球は防げない!やり方を変えろ!」

 

ミドナが叫ぶ。リンクが顔を上げると再び鉄球が襲ってくる。咄嗟に頭を下げ体を伏せると頭上を唸りを上げて鉄球が通り過ぎた。リンクは思い切って相手の足元に飛び込んだ。

 

リンクは相手と抱き合わんばかりの近距離にいる自分を見いだした。周囲で鉄球が回り風を切る音が聞こえる。リンクは覚えず相手の顔を見上げた。だが兜に覆われその表情は見えない。死地において剣を抜かざる奥義、それを自分は学んだばかりではないか。リンクは急にそれを思い出した。

 

実際はほんの数瞬だっただろう。鉄球が唸りを上げる音がゆっくりに聞こえた。リンクにはその軌道が見えた。敵に正対した今の状態では傷を与えることはできない。だが周期を読めば鉄球をかわせる。そう確信したリンクは、五感を総動員した。鉄球の音、残像を読む。今だ。そう感じた瞬間にリンクはそこから外に飛び出した。

 

成功だ。床に身を投げ出したリンクは素早く立ち上がった。盾を投げ捨てると、クローショットに持ち変えて敵の背後の天井を狙って撃った。

 

鉤爪が金網を捉え、リンクはたちまち引き寄せられた。鉤爪を開いて飛び降りると敵も素早くこちらに向き直る。そして上体を反らし、勢いよく鉄球を投げようとする動作をを見せた。

 

リンクは再びクローショットで敵の背後の天井を狙い撃った。鉤爪がかかり、引き上げられたリンクの脚の下を、投げられた鉄球がゴウと音を立てて通り過ぎる。

 

リンクは鉤爪を開いて床に降り立った。ちょうど敵の背後だ。鉄球を投げたばかりでつんのめっている。

 

リンクは剣に持ち変えると裂帛の気合いを発して敵の腰にジャンプ斬りを叩きつけた。さらに縦斬りから四連続の突きを放つ。四つ目の突きは、鍔に至るまで深く剣の刀身を敵の身体に沈めた。

 

勝負はついた。敵は内臓を切り裂かれたらしい。断末魔の悲鳴も上げず、鎖を取り落とすとよろめいて膝をつき、そのままうつ伏せに倒れた。

 

リンクは荒い息をつきながら剣を血払いした。寒いはずなのに身体中から汗が吹き出している。これほどの強敵との戦いはキングブルブリン以来だ。

 

「リンク、大丈夫か」

 

ミドナが心配そうな顔で声をかけてきた。

 

「どうにか大丈夫だよ」

 

リンクは頷いて微笑んだ。クローショットを腰につけると盾を拾い上げた。鉄球攻撃を喰らった腕も格子に叩きつけられた背中も痛むが、動けないほどではない。

 

床を見ると、兵士の身体はボロボロに崩壊し始めていた。魔物だったのだ。その傍らには、彼が使っていた鎖と鉄球が落ちている。

 

リンクはそれを拾い上げてみた。鉄球はずっしり重いが、それだけにかなりの威力がありそうだ。

 

「ミドナ、頼みがあるんだ」

 

リンクはミドナに声をかけた。だが彼女は顎に手を当てて何か考えているようだ。

 

「ミドナ、聞いてるかい?」

 

リンクはもう一度声をかけた。

 

「ああ、なんだリンク?」

 

やっとミドナが気のない返事をした。

 

「頼みがあるんだ。この鉄球、役に立つと思うんだ。運んでくれないか?」

 

だがミドナは応えなかった。まだ考え事をしているようだ。

 

「ミドナ、ミドナ、どうしたんだ一体?」

 

リンクは再び言って、ミドナの肩に手を置いた。

 

「ん‥‥すまん。考え事をしていてな」

 

ミドナは言った。

 

「どうしたんだ、君らしくない。何か心配なことでもあるのかい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「心配?そうだな。心配と言えば言えなくもない」

 

彼女はそう答えた。

 

「何だい?言ってごらんよ」

 

リンクが水を向けると、ミドナは少し間を開けてから口を開いた。

 

「あの‥‥獣人の女なんだがな」

 

「マトーニャだよ。ちゃんと名前で呼んであげなきゃ」

 

リンクは訂正した。

 

「で、彼女がどうかしたのかい?」

 

「そうだな」

 

ミドナはふうと溜め息をつくと続けた。

 

「あの女、ひょっとしてお前を殺そうとしてるんじゃあないのか?」

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