リンクはドサンコフ夫妻と別れを告げると、ミドナに頼んでスノーピークの尾根から城下町の東側のポータルまでワープした。
手早く服を着て装備を身に付けたリンクは久しぶりの太陽の光を浴びて手足を伸ばした。城下町の温暖さが身に染みる。しばらく日向ぼっこしていると、ミドナが次の目的地の調査を始めることを促した。彼女は、鏡の破片に誤って触れてしまい被害を受ける人間が出ないうちに回収することを望んでいた。
「リンク、急かしてすまんな」
ミドナは言った。
「だがこれ以上被害者が出ないうちに急ぎたいんだ。それに鏡の破片に魅入られて魔物に変身した奴と戦うのも楽じゃないだろ?」
リンクは同意した。もう昼過ぎだが、昨日と今朝は極上のスープを腹一杯食べたからまだひもじくはない。リンクは跳ね橋を渡って城下町東門をくぐると、東通りから噴水広場を経由して目抜通りを南下し、酒場へ続く裏通りに入った。
リンクは真っ先にテルマの廐に向かった。扉を開けて中を覗くと、エポナもテルマの馬も元気そうだ。だが長い間相手をしてやらなかったことを申し訳なく思い、リンクは両方によく声をかけてやり、身体をブラッシングして餌を与えた。蹄鉄の具合も見たが問題はなさそうだ。十分世話をしてやるとリンクは酒場の扉を開けて中に入った。
テルマはまだ出勤してきていなかったが、奥の客席にはシャッド、アッシュとラフレルがいた。リンクが歩み寄ると三人は立ち上がって挨拶してくれた。
「今度はどこを冒険していたんだい、リンク」
リンクが席につくと、シャッドが話しかけてきた。リンクは言葉を濁しつつ、ゾーラの里周辺で休業していた貸舟屋の復旧の手伝いをしたことを匂わせた。
「雪山には登るなってアッシュにうるさく言われたからね」
リンクはそう言うと女剣士にウィンクした。
「川がまるごと岩で塞がれていたと申されるか」
ラフレルが言った。
「そうです。それも二ヶ所。舟屋の女主人が困り果てていました。爆弾矢でどうにか除去しましたけど」
「それでその女主人といい仲になったとか、そういうオチじゃないだろうね?」
リンクが答えるとシャッドが混ぜ返した。リンクは言われたことの意味が最初わからずポカンとしていたが、やがて彼の暗喩するところに気づいて顔を真っ赤にしてしまった。
「いや‥‥そんなこと、あるわけないじゃないか」
「冗談だよ、冗談。本気にしないでくれ」
シャッドは笑った。
「いやあ、純朴な少年にはちょっとキツかったかな」
シャッドが頭を掻きながら言うと、アッシュはいつになく真剣な口調で抗議した。
「シャッド殿。貴殿のそのような冗談は率直に言って品位があるとは言えない。ましてやリンク殿のような剣士がそのようなはしたないことをするはずがない。今後は少し控えられてはいかがか?」
「わかったわかった、アッシュにまで言われちゃ立つ瀬がないよ」
シャッドは苦笑いした。するとラフレルが咳払いして切り出した。
「その岩の件も我々が調査している異変に該当する。ご報告に感謝いたしますぞ、リンク殿」
「いえいえ、同じハイラル人ですから」
リンクは答えた。
「それで、皆さんが知っている異変にはほかにどんなことがありますか?」
リンクは何気なく尋ねてみた。
「僕たちの活動に興味があるのかい、リンク?」
シャッドが尋ねた。
「ああ。僕も剣士だから、各地で経験を積んで早く力をつけたいんだ」
リンクはラフレルやアッシュに話した口実をここでも繰り返した。するとラフレルが代わりに口を開いた。
「リンク殿、一つお尋ねしたい」
「なんでしょう?」
「あのハイラル城の姿を見て、どう思われますかな?」
ラフレルの質問の意図をリンクは一瞬測りかねた。アッシュから聞いた話では、王家の悪口そのものが法律に触れることになるのだ。ラフレルはそれを承知でリンクを試しているのだろうか?
だが、腹の探り合いは得意ではない。リンクは率直に答えた。
「ヘンですよね。戦争してるわけでもないのに魔法防壁なんて。それに民を誰も中に入れないというのもおかしいです」
リンクは続けた。
「きっと王家にも何か事情があるんでしょうね。だから仕方ないのかも知れませんが、でも何か困ったことがあるんなら、もっと民に力を借りたっていいのにって僕は思いますよ」
三人はそれを聞いて少し黙っていたが、やがてラフレルが口を開いた。
「まさに我々も同じことを考えておったのです」
ラフレルはリンクに向き直ると続けた。
「我々はハイラル王家のため力を尽くそうと集まった者たちです。この老輩も人生の最後をそのために費やそうと決心しております。リンク殿、これからも力をお貸しいただけますかな?」
「もちろんですよ。僕にできることなら何でも言ってください」
リンクは答えた。だが、会話の意味が分かったような分からないような釈然としない気持ちだった。アッシュの話していた「計画」に関係があるのだろうか?だが敢えて尋ねることのできる雰囲気でもなさそうなので、リンクは話題を変えた。
「ところで、モイはどこにいるんでしょう?」
「ああ、彼ならフィローネの森に行ったよ。奥さんと赤ちゃんの様子を見に行くついでにね」
シャッドが答えた。
「森へ?異変が見つかったのかい?」
リンクは逸る心を押さえながら、何気ない風を装って聞いてみた。
「そういうわけじゃあないんだがね。長い話になるけど、リンク、知りたいかい?」
リンクが頷くとシャッドが説明し始めた。シャッドの本業は考古学者であり、その研究によると、天空から降りてきた古ハイリア人たちのほかに、より神に近い別の種族がいたという可能性が見つかったという。
シャッドによればその種族に関する伝承は各地に散在するということだった。彼らは古ハイリア人たちと同様、天空から地上に降りてきただけでなく、その科学技術は現存するものを遥かにしのぐものであったという。そのような伝承の一つに、フィローネの森の奥の奥にある隠された神殿の話があるとシャッドは話した。
「だからモイがラトアーヌ地方に戻るって聞いて僕が頼んでおいたのさ。できる範囲でいいから調べてくれないかってね」
「なるほど」
シャッドの説明にリンクは納得した。一同の話題は別の事項に移っていったが、リンクは心の中でこの情報が陰りの鏡の破片に繋がる見込みを考えていた。伝承そのものは興味深いが、フィローネの森は広い。賢者の言っていた古の森といえばほぼフィローネの森のどこかに違いないとは思うが、見当をつけずに探し始めても本命に行き当たる保証はない。
リンクが思案していると、アッシュがリンクの肘を引き寄せて話しかけてきた。
「リンク殿、一つ確認したいことがある」
「なんだい、アッシュ?」
リンクは答えた。ラフレルとシャッドは二人で何事か話し込んでいた。
「貴殿、本当に雪山に登ってはいまいな?」
直截にそう問われてリンクは一瞬ドキっとしたが、平静を装って答えた。
「もちろん行っていないよ。君でさえ苦労するような魔物と戦えると思うほど自惚れてはいないからね」
アッシュは黙ってリンクの顔をじっと見つめていたが、やがて口を開いた。
「ハイリア湖に降りてきたゾーラ兵たちから今朝聞いたのだ。昨夕スノーピークを覆っていた雪雲が霧消四散し斜面に草花が現れ始めたと」
「本当かい?」
「本当らしい。それに毎朝のように目撃されていた獣人も来なかったそうだ」
リンクがどう答えていいかわからず言葉を探しているうちにアッシュが尋ねてきた。
「貴殿、何か知っているのではあるまいな?」
アッシュの射るような目に見つめられたリンクはもう少しで白状しそうになったが、辛うじてごまかした。
「さあ、僕は何しろゾーラの里までしか行かなかったからね。それに舟の上から爆弾矢で岩を吹き飛ばすのも結構大変だったんだ。雪山のことを気にするどころじゃなかったよ」
そう答えるとアッシュはまだ何か聞きたそうな顔をしていたが、リンクは立ち上がり、皆と握手してその場を辞した。
リンクは店の外に出ると安堵の息を漏らした。
「もう少しでバレるところだったよ、ミドナ」
人気のない裏通りの広場の隅に腰かけるとリンクはミドナに話しかけた。
「まあ、お前も最初の頃に比べたらずいぶん口がうまくなったものだな」
ミドナが姿を消したまま笑って答えた。
「女の子相手に嘘をついて隠しおおせるとは思わないけどね。あんなんで良かったのかな?」
リンクは尋ねた。
「別に完全に納得させる必要はない。言葉尻を捉えられないようにするのが肝心なんだ」
ミドナは答えた。二人はシャッドがもたらしたフィローネの森の奥にある隠された神殿の情報について吟味した。神殿といえば、おそらくはリンクが聖剣を見つけたあの場所だろう。ほぼ廃墟と化していたとはいえ、神殿と言えるほど大規模な建造物はあの場所しかないと思われた。だが陰りの鏡の破片があるかどうかは別問題だ。
「だがまず行ってみるほうがいい」
ミドナは言った。
「雪山の館の一件でわかったが、陰りの鏡の破片がある場所の周囲ではその魔力によって著しい異変が起こる。だから現地で調査を続ければ遅かれ早かれ行き当たるはずさ」
リンクも納得した。二人はすぐ現地に向かうことで合意し、まずリンクが目抜き通りの市場で食料を買い込むと、城下町東門から外に出た。そこで服を脱いで狼に変身すると、ミドナがワープを開始した。
二人はワープ空間に吸い込まれ、数秒後にはフィローネの森の北の広場に降り立っていた。リンクは素早く服を着て装備を身につけると、広場を横切り、以前聖剣を探すためにミドナの先導で飛び越えていった崖のほうに向かって歩いた。
巨木の前の回廊に足を踏み入れると、右手の奥に進んでいき、鳥が店番をする無人販売所の前を通り過ぎた。すると、販売所の向こうにある大きな切り株の上に男の後ろ姿があった。モイだ。
リンクは声をかけた。モイは振り返ると大きな声を上げて両手を広げた。リンクは切り株の上に登ってモイと抱擁を交わし、無事を喜びあった。
「まったくお前とこの森に来るのも久しぶりだな」
モイは感慨深げに言った。
「そうだね」
リンクも記憶をたどりながら言った。タロが森に迷い込み、食人鬼に誘拐されたのを救い出したのはいつのことだったろう。リンクにとってはもう何年も前のことに思われた。
「シャッドから聞いたよ」
リンクは切り出した。
「森の奥を調べに行くんだって?」
「なんだ、お前も早耳だな」
モイは笑った。
「でも意外だよ。モイが考古学に興味を持ってるなんてね」
リンクが言うとモイはその肩を小突いた。
「おいおいどういう意味だ?俺がまるで剣と酒と女以外興味ねえみてえじゃないか」
二人は笑った。だがモイはふと真顔に戻った。
「まあ本当のことを言うと別に考古学に興味があるってわけじゃあねえんだ。ただ役に立つものが見つかるかも知れないって思ってな」
「役に立つって何に?」
そう尋ねたあと、リンクは思い切って当て推量をしてみた。
「もしかして、四人の『計画』ってやつに、かい?」
それを聞くとモイは驚いた顔をした。
「おい、お前なんでそんなに勘がいいんだ?」
「いや、なんとなく思ったままに言ってみただけだよ」
リンクは答えたが、モイはいつになく真剣な口調で尋ねた。
「リンク、お前どこまで知ってるんだ?」
「どこまでって‥‥」
言葉に詰まったが、リンクはモイには正直に答えることにした。
「ほとんど何も知らないよ。ただ、アッシュは最近のハイラル城はあきらかにおかしい、なんとかしなきゃ、そう言ってた」
リンクは肩をすくめて続けた。
「それで、中身は何か知らないけど、『計画』ってものがあるって。でもそれ以上は教えてくれなかったよ」
モイは腕を組むと森の奥のほうを向いて何事か考えていたが、やがて口を開いた。
「リンク、お前には話しておく。本当は四人で決めた規則に違反するんだがな」
彼はリンクのほうを見た。
「だが弟子のお前にいつまでも隠し事をするのは俺の流儀じゃあない。それじゃあまるで俺が弟子を見る目がないって言ってるのと同じだからな」
「信頼してくれて嬉しいよ、モイ」
リンクは言った。
「それで『計画』って、いったい?」
一呼吸置くと、モイは言った。
「ハイラル城の魔法防壁を破って内部に突入し、中に潜む魔物どもを討ち果たす。これが『計画』さ」
リンクは驚きのあまり絶句した。モイは続けた。
「冗談で言ってるわけじゃあねえ。本気だ。既に城の見取り図もラフレルが入手してる。あとはどうやって魔法防壁を破るかだけだ」
「で‥‥でも‥‥モイ。そんなことをしたらどうなるか‥‥」
リンクは辛うじて言った。
「百も承知さ。だが来年には刀狩りで俺たちは武器を奪われる」
モイはそう言うとまた森の奥に目をやった。
「ハイラル城が狂っちまってるのはお前も知っての通りさ。このまま何もしねえでいたら国全体が魔物のモノになっちまう。その前になんとかしなきゃならねえんだ」
リンクは少し黙っていたが、やがて尋ねた。
「でも危険すぎるよ。ウーリに赤ちゃんが生まれたばかりだし‥‥」
「ああ、そのことなんだがな」
モイは言った。
「実はあいつとは離婚しようと思うんだ」
「離婚‥‥!」
リンクは我が耳を疑った。
「もし計画が失敗したら俺たちは全員晒し者にされたうえ縛り首だ。そうなれば家族に塁が及ぶのは避けられねえ。その前に手を打っちまおうってえことさ」
モイは前を向いたまま平然と答えた。リンクはその横顔を見つめたが、やがてたまらなくなって彼の腕に手を掛けた。
「モイ、考え直してくれ。そんなこと絶対にいけないよ。ウーリがどんなに悲しむか‥‥それに、それに」
リンクは言葉を継いだ。
「コリンだってまだ子供だ。父親が必要なんだ。彼の前からいなくなっちゃだめだよ」
必死にかき口説いていると、モイはリンクの手をそっと握って自分の腕から離した。
「お前の言ってることはわかる。だけど考えた上でのことなんだ」
モイは続けた。
「いま、こんなハイラルを子供たちに残したところで、あいつらが幸せに生きられるとは思えねえ。もし元の自由なハイラルを取り戻せる可能性が少しでもあるならそれに賭けたい。コリンだってわかってくれるさ」
リンクは途方に暮れた。自分とミドナが力を合わせてザントを倒すから、それまで待って欲しい。よほどそう言おうとしたが、やはりミドナの存在を明かすことはできない。リンクは代わりに言った。
「モイ、だったら僕も計画に入れてくれ。僕は剣士だ。いや‥‥」
リンクはモイの顔を見上げた。
「僕を剣士にしたのはモイ、君だろう?」
モイは微笑むとリンクの肩を抱いた。
「嬉しいこと言ってくれるな、リンク。だけどな」
モイは続けた。
「死ぬべきときってものを決めるのは、よく考えることをしねえで簡単にやっちゃいけねえぞ。でないと思い残しが出るからな」
そう言うとモイは前を向いた。
「ラフレルの爺さんはとっくに死ぬ覚悟ができてる。アッシュも小さな頃から大義のために死ぬことを教えられて育ってきた。あいつらは両方そういう家系なのさ」
リンクは驚きのあまり息を呑んだ。ラフレルはともかく、あの若いアッシュがそんな風に育ってきたとは。
「シャッドの奴はなあ、ああいうふうにチャラチャラして見えるが、実際恐ろしく頑固でな。自由な研究ができない世界に生きるくらいなら今すぐ死ぬほうがいいって抜かしてやがる。剣の腕はイマイチだが、中身は芯の通った男だよ」
そこまで話すと、モイはリンクの背中を叩いた。
「リンク、お前はよく考えろ。俺がやることを全て真似しなくていい。お前はもう十分ハイラルに尽くしたんだ。村でイリアと一緒に生きるって道もあるんだ。そうだろ?」
リンクは沈黙した。だが、師匠が死地に向かおうとしているのに自分が傍にいないなどと考えるといかにも口惜しかった。
「わかった。わかったよモイ」
リンクは言った。
「でも、『計画』を実行する前には僕にも知らせて欲しい。何も知らないうちに君が死んでいたなんてことは僕には耐えられないよ」
「おいおい、俺が必ず死ぬみてえなことを言うなよ。ずいぶんと見くびってくれるじゃねえか」
モイはまた笑ってリンクの頭を乱暴に撫でた。
「それになあ、『計画』をいつ実行するかを誰かに話すなんて、それこそ規則違反だからな。お前の頼みといえどもそればっかりは聞けねえよ」
リンクは溜め息をついた。するとモイは呟いた。
「ま、リンク。ヒントを一つやろう。あの魔法防壁だな。あれを破る方法さえありゃあなあ‥‥‥」
そうか。リンクは気づいた。いずれにせよ魔法防壁を突破しなければ『計画』は実行不可能だ。あの防壁を破る方法は早々には見つからないだろう。それが見つかったような素振りを四人が見せたら、あとは城の様子を観察していればいつ彼らが突破したのかは一目瞭然だ。リンクはそれ以上は尋ねないことにした。
「でも、森の奥にどうやって行くつもりだい?」
リンクは聞いた。
「ああ、それなんだがな」
モイは言うと、右手の人差し指と親指を口に入れて鋭い音色の指笛を吹いた。しばらくすると、騒々しい羽音がして、モイの足元に鶏が降り立った。
鶏といっても特大サイズだ。羽は鷲と見紛うほど立派で、全身が金色だ。
「俺の相棒だ。抜群の滞空力でな。こいつがいればあの崖を越えるのも朝飯前さ」
モイは鶏を紹介した。
「モイ、神殿の探索は僕にやらせてくれ」
リンクは申し出た。
「お前が?」
モイは眉を上げて言った。
「モイ、君はトアル村で待っていてくれないか。ウーリと赤ちゃんとできるだけ時間を過ごして欲しいんだ」
リンクは答えた。
「僕はその間に神殿を探して、その中に何か役に立つ物がないか探してみるよ。一番難儀なのは魔法防壁を破ることだろ?本当に古ハイリア人の凄い科学力が使えそうな道具があれば報告するよ」
モイはリンクを見つめていたが、やがて息を吐いて呟いた。
「まさかお前がいつのまにかこんなに頼もしくなっちまうとはなあ」
「モイ、弟子を見る目があるって言ってたのは君だろ?僕はちゃんとこの仕事をやり遂げる自信はあるよ。それに‥」
リンクは言葉を継いだ。
「生きて帰ってくる自信もね。まずいと思ったら‥‥」
「まずいと思ったらすぐ引き返すのが冒険者の知恵だ」
モイは微笑むと引き取った。それはリンクが子供の頃からモイが繰り返し教え込んだ、彼自身の製による格言だった。
モイは少し考えたあと頷いてリンクに言った。
「わかった。お前にそこまで言われたら仕方ねえな。この冒険はお前に預けることにするよ」
リンクは微笑んで、モイの肩に手を置いた。
「わかってくれて嬉しいよ。ウーリと赤ちゃんによろしく頼むよ」
「ああ、わかった。気を付けてな」
二人は再び抱擁をかわし、別れの挨拶をした。リンクは金色の鶏の脚をつかむと、切り株の端に立った。
十メートルほど先にある、巨木の右手の脇に突き出た幹の残骸に目を注ぐと、リンクは床を蹴って飛び出した。
金の鶏の揚力は驚くべきものだった。力強い羽ばたきを見せると、崖から飛び出したリンクはほぼ地面と平行に飛んで、幹の残骸に飛び乗った。
次いで、リンクはその先にある巨大な根の上に向かって跳躍した。鶏の羽の力を借りて飛ぶと、無事に目的の場所に到達した。そこから東の方を見ると、岩壁に掘られた通路がある。
リンクは鶏の脚を握り直すと、ジャンプして通路に飛び移った。そして、鶏を持ったまま歩いてトンネルを進んで向こう側に抜け、通路の途切れている地点に立った。
その先にある二本一組の橋は、前回と違って風が凪いでいるので動いていなかった。手前側の橋はこちらから見て直角で止まっている。
リンクは一旦鶏を下ろすと、ブーメランを取り出した。ゲイルに頼み、手前の橋の中央にある風車目掛けてブーメランを投げつけた。ブーメランは飛んでいって風を起こした。風車が回り、手前の橋が回転してこちらと平行になって止まった。
戻ってきたブーメランをベルトに挟むと、リンクは再び鶏の脚をつかんで通路の終端から飛び出し、橋の上に移った。そこから奥の橋に進むと、また鶏を下ろしてブーメランを取り出した。奥の橋の中央にある風車に投げつけると、その橋は九十度回転して止まった。リンクは鶏を連れ、そこから右手の岩棚に渡った。
岩棚を進み、それが途切れた場所から先を見通す。すると、以前はここから先にある小さな岩の足場に渡るためのロープがあったのが、今は切れてしまっている。その足場から向こう岸に渡るために張ってあったロープも同様だった。
だが、この鶏の揚力があれば容易に飛び越えられそうだ。ただ、もともとロープのあった箇所それぞれの頭上からは、以前と変わらず巨大な木材が吊るされており、風に煽られて左右に揺れていた。
リンクは鶏の脚をつかむと、風に吹かれて揺られる木材の動きを見極めて飛び出した。木材の横をかすめるようにして足場に到達すると、そこから先も同じようにして向こう岸に渡った。
リンクはそこで金の鶏を解放してやった。
「さ、もういいぞ。ご主人のところに戻りな」
そう声をかけてやると、リンクは前方に向き直った。一度訪れたことがあるから勝手はわかっている。道を前進すると、トンネルを抜けてその先の広場に出た。
岩壁に囲まれた五十メートル四方ほどの広場だ。そこここに年を経た高木が生えている。そこでリンクは異様な笑い声が聞こえてきたのに気づいた。
頭上を見ると、木々の間を通って案山子が一体降りてくる。あの幽霊案山子小僧だ。以前と同じよう片手にカンテラ、もう片方の手にブリキ製の小さなラッパを携えていた。
「またあいつか」
ミドナがうんざりした口調で呟いた。広場に降りてきた案山子小僧はラッパのマウスピースを口に当てて音を吹き鳴らした。頭上の木々の枝から次々と新手の案山子たちが降下してくる。
幽霊案山子は小馬鹿にするような笑い声を上げると踵を返し、広場の奥の洞窟の中に走り込み、向こうへ行ってしまった。リンクの目の前に四体の案山子どもが迫ってくる。リンクは剣を抜いて横斬りを連発し案山子どもを斬り捨てると、幽霊案山子小僧を追って洞窟に入った。
短い洞窟の先の広場に出てあたりを見回したが、幽霊案山子小僧の姿が見えない。さしあたり、向こう側半分の浅い泉の手前側右手にある短い洞窟に進むことにして方向を変えると、背後から三匹の案山子どもが迫ってきた。リンクは振り返るなり回転斬りを放ち敵を片付け、踵を返して洞窟を抜けた。
向こう側はところどころ大きな茸が生え、苔むした岩が目立つ広場だ。奥のほうにまで小道が続いていて、その右手に岩棚があるほか、正面突き当たりの岩壁には洞窟が口を開けている。
ラッパの音が聞こえてくる。近い。リンクは右手にある岩棚に向かった。その上に高木が一本植わっている。かくれんぼをするならその裏に隠れるのが定石だ。
リンクが岩棚を調べようとすると、また案山子どもが頭上から降りてきて襲ってきた。素早く振り向き先頭の奴にジャンプ斬りを叩きつけ破壊した。残りが三体でリンクを取り囲んできたところを回転斬りで一掃する。
岩棚に這い上がると、予想どおりあの幽霊案山子が高木の裏で踊っているのが見えた。リンクはダッシュして突進し剣の一撃を喰らわせた。
相手がギャアと悲鳴を上げ後ろによろめく。だが、案山子小僧は驚くほどの早さでリンクの脇をすり抜け、右手の洞窟の向こうに逃げてしまった。
リンクは岩棚から飛び降り、走ってあとを追った。洞窟を抜けた先の広場には、右手にやや深い池があり、その対岸には高台がある。その高台の上には幽霊のカンテラが浮かんでいた。だが今は相手をしている時間はない。
池の左手奥に洞窟がぽっかり空いている。案山子小僧はその向こう側に行ったと見当をつけリンクはそこに走り込んだ。
向こう側に抜けると、左手、正面、右手の壁それぞれに洞窟があり、右手の洞窟の脇には石段を登ってアクセスできる高い通路が横に渡されていた。
あいつはどこに?薄暗い森の中にラッパの音が響く。そのとき、右手の洞窟の先に見える地面が、幽霊案山子小僧のカンテラの光に照らされて一瞬光ったたような気がした。
リンクは迷わずその洞窟に入った。向こう側に抜けると、今度は左右に二つ洞窟の開口部が見える。
右か?左か?リンクは自分の勘を信じて、右を選んだ。走って洞窟に向かうと、案山子どもがわらわらと群れをなして追ってきた。
それでも構わずに洞窟を抜ける。いた。目の前に広がる池の中に林立した木のうちの一本が中途で切れており、その切り口の上に案山子小僧が立って踊っていた。
だが、案山子の雑兵どもも後ろから迫ってきた。リンクは剣を振り回して横に薙ぎ払い、五匹ほどいた案山子どもを叩き壊すと、弓を下ろして矢をつがえ、案山子小僧に向けて放った。
矢が命中し、案山子小僧は悲鳴を上げて飛び上がり、池の手前の地面に着地すると逃げ出した。池の手前右手の壁に突然洞窟が口を開け、案山子小僧はそこに飛び込んだ。
弓を背負うと、リンクも後を追って洞窟を抜けた。そこはさっき通った幽霊のいる広場だ。左手に池を見ながら駆け抜けようとすると、また後ろから四匹ほどの案山子どもが追ってくる。
リンクは立ち止まり、接近してきた敵群にやにわに回転斬りを叩きつけて弾き飛ばした。剣を握ったまま再び走り出すと、突き当たりの洞窟を抜けて、左手に岩棚のある広場に入った。出発点に戻ってきている。
やがてリンクはその広場の突き当たりの洞窟も抜けて、泉のある広場に出た。左手の洞窟は最初の広場に戻るだけだ。泉の向こう側の壁にある二つの洞窟のうちどちらを選ぶべきか?
リンクは再び勘を信じて右を選んだ。洞窟を抜けると、右手、正面、左手に洞窟がある。右手の洞窟と正面の洞窟の間に、高い通路に至る石段が見える。さっき訪れた広場だ。
リンクは耳を澄ませた。左だ。選んだ洞窟を抜けて先へ行くと、今度は右のほうからラッパの音が聞こえてくる。右手のほうにある洞窟の開口部から向こうを覗くと、案山子小僧のカンテラに照らされて地面が光るのが見えた。
迷わずそちらに走り洞窟を抜ける。その先の広場に出ると、その正面の壁には人工物と思われる形状でアーチ状にレンガが積まれている箇所があった。
右手には洞窟がある。道はこれしかなさそうだ。その洞窟に進むと、次の広場には正面と右手の壁に洞窟があった。
音は右手から聞こえる。堂々巡りか?リンクは疑いつつも自分の五感に従って右手を選んだ。
洞窟を抜けると、左手には高い通路に至る石段があり、その左奥、および正面と右に洞窟の進路が見える。ラッパの音は近い。いったいあいつはどこに?
リンクは高い通路から見渡すことにして、石段に近づいた。だが、石段に登ろうとするとまた案山子どもが降りてくる。リンクは剣で横斬りを繰り出して次々と案山子どもを斬り捨てると、剣を納めて石段を登り、高い通路の上に立った。
いた。通路から広場を見渡した正面の木の枝の上だ。
リンクは背中から弓を下ろして矢をつがえた。そうしている間にも案山子どもがバラバラと周囲に降りてくる。だが、リンクは構わずに本命の敵に狙いをつけて矢を放った。
矢は過たず案山子小僧に命中した。案山子小僧がまたも悲鳴を上げた。だが、すぐに笑い声をたてると跳躍してリンクのいる高い通路に飛び降り、奥の壁にある塞がれた洞窟に向かった。すると洞窟を塞いでいた岩が消失し、案山子小僧はそこを通り抜け向こう側に走っていった。
リンクは敵を追って洞窟をくぐった。そこを抜けると道の終端が広場を見渡す張り出しになっている。跳躍して下に飛び降りると、正面の洞窟の先に案山子小僧のカンテラの光がチラリと見えた。この方向に間違いない。
その洞窟を抜けると、ひときわ広い円形の広場を見下ろす場所に出た。苔むした石壁で囲まれ、各所に大きな岩や、演説台として使われていたと思しき平らな台が置かれている。中央には高い円柱が立っていた。幽霊案山子小僧はその上にいた。
リンクが広場に降り立つと、案山子小僧は既に複数の案山子の雑兵どもを呼び出して待ち構えていた。だがリンクは素早く弓を構え、矢をつがえると相手を狙った。案山子どもが迫ってくるなか、矢を放つ。
命中だ。矢を食らった案山子小僧は悲鳴を上げて飛び上がると、今度は広場の右手の壁際にある高い石舞台の上に移った。
案山子小僧がラッパを吹くと、六匹ほどのお化け案山子小どもが湧いて出てきた。リンクのいる位置からは案山子小僧が狙いづらい。弓を握ったまま剣を抜き、次々と襲いかかってくる案山子を斬り捨てながら案山子小僧の近くに向かった。
六匹を斬り倒したと思ったら、また増援が降りてくる。リンクはそいつらがこちらに向き直っている短い隙を突いて弓に矢をつがえ、案山子小僧を狙い撃った。
案山子小僧が打撃を喰らって悲鳴を上げ、倒れた。だがすぐに起き上がって跳躍すると、今度は広場の奥の壁にある石の張り出しに陣取ってラッパを吹き始めた。
多数の案山子どもが広場のあちこちに降りてくる。だがリンクは既に二の矢をつがえていた。素早く向きを変え、案山子小僧を狙う。
やや遠い。案山子どもが四方八方からこちらに近づいている。そのうち何匹かが腕を振り上げて攻撃態勢をとった。リンクはギリギリまで時間を使って慎重に狙うと矢を放った。
命中した。悲鳴を上げて倒れた案山子小僧はすぐにむくりと起き上がり、跳躍して姿を消した。あれほどいた案山子どもも消えている。案山子小僧の薄気味悪い笑い声が遠ざかり、聞こえなくなっていった。
「終わったな」
ミドナが呟いた。リンクは弓を背負い剣を納めると、以前通った神殿跡地に向かう小道に向かって歩き始めた。
「やっと森の奥に来たのは良いけど、森は広いよ。どこから探せばいいんだろう?」
リンクは尋ねた。
「リンク、その神殿ってやつの内部に行く方法を探してみたらどうだ?」
ミドナが提案した。
「神殿の中か‥‥」
リンクが反芻した。
「私がザントなら陰りの鏡の破片は人間や他の動物が訪れない場所に隠すだろう」
ミドナが言った。
「森の真ん中に置いたほうがかえって見つからないんじゃないか?」
リンクは問うてみた。
「野生動物が通りがかってあれに触れたらとんでもない怪物に変異しないとも限らない。そうなったらいずれ騒ぎが大きくなってしまうぞ。だとしたら建物の奥のほうが安全だ」
ミドナは答えた。リンクたちは小道を進んだ。そのまま前進すると、以前訪れた石像二体に守られた広場だ。だが、左手に上り坂が分岐しているのに気づいた。そこを登ると、一帯を見渡せる高台に出るようだ。
「わかったよ。まずこのあたりから始めようか」
リンクは言うと、坂を上って高台に出た。大昔には石造りのバルコニーだったのだろう。苔むした石積みの手すりが北側に面して広がっており、その左端にはトライフォースの紋章が刻まれた、一辺二メートルほどの立方体の石ブロックが置いてある。
リンクは何気なく石ブロックに近づいて手で押してみた。それは滑って動くと、バルコニーの下に落下した。
ブロックがあった場所から下を見てみると、そこはもう一段低いバルコニーになっていて、その中央には以前出会った聖剣を守る石像と同じような石像が一体鎮座している。よく見ると、その石像の背後には滑らかな形に彫り込まれた扉が立っていた。枠と扉だけが残り、左右の壁があらかた崩れている。その扉の後ろには酷く壊れた階段が広場まで降りていた。
リンクは下のバルコニーに飛び降りた。さっき落としたブロックは、そのバルコニーに開いていた穴に落ち込んだようだ。穴を覗くと、そのブロックがちょうど良い足場になって安全に広場の高さまで降りられるようになっていた。
そこからは広場に至る短い通路になっているようだ。リンクはブロックづたいに一番下まで降りると、広場のほうに向かった。
「やっぱり以前来た時と変わらないね。完全な廃墟だし、どこかに入れるような入り口らしい入り口もないよ」
リンクは言った。広場の中央にあるトライフォースの紋章を模した床板の上を通り過ぎると、二体の石像に守られたファサードから、かつて聖剣が刺さっていた台座のある広間に向かってみた。
「リンク、そういえば気になることがあるんだ」
ミドナが言った。
「なんだい、ミドナ?」
「雪山の館で例の鳥人間に会ったろう?」
「ああ、そうだね」
リンクは「おばちゃん」の特徴的な口調を懐かしく思い出して笑った。
「あの人たちはもう君のところを出ていったのかい?」
「ああ。だがその前に奇妙なことを言ってたんだ」
ミドナは思わせ振りに言った。
「なんだい、奇妙なことって」
リンクは階段を登り、台座のある広間に足を踏み入れながら尋ねた。
「自分の故郷を探してる、だとさ」
ミドナは答えた。
「故郷?」
リンクは足を止めた。
「確かにそう言った。てことは奴らはもともとハイラルの者たちではないってことになるな」
ミドナは言った。
「ハイラルの者ではないって‥‥」
「リンク、あのシャッドって奴が言っていたことが妙に気になるんだ。古ハイリア人以外に、より神に近い種族がいたっていう話がな」
「神に近い種族がいたなんて話、ミドナは信じるのかい?」
「そいつらが本当に神に近かったかどうかなんて私には興味がない。どうせそんな要素はそいつらが自ら吹聴したか、あるいは後世の人間が作り出したんだろうからな」
ミドナは肩をすくめた。
「だが、天空から降りてきたという古ハイリア人に加えて、もうひとつ別の種族がいたって話を聞くと、あの奇妙な鳥人間どもの姿が妙にちらつくのさ」
「そうか‥‥!」
リンクはミドナの言わんとすることを理解した。
「ミドナ、じゃああの人たちがその種族だとしたら凄い発見だよね?それに彼らが天空から降りてきたってことは‥‥」
「ビンゴだ。賢者たちは最後の陰りの鏡の破片は天空にあると言っていた。つまりそれを探すためには私たちはいずれ天空人の過去の住処を探さなければならないんだ」
「そうだね。それにその種族とこの神殿に関わりがあるとしたら、陰りの鏡の破片がなかったとしても調べる価値はありそうだね」
リンクは答えた。広間の周囲は高い石の壁に囲まれている。以前訪れたときと同じように、台座以外は見るべき物はなにもない。リンクは台座に近づいた。
「さっき石像に塞がれていた扉があったよね」
リンクは言った。
「ああ。だが扉の向こうには壊れた階段しかなかったぞ」
ミドナが指摘した。
「わかってるんだけど、どうしても石像が気になってね。あの像が守ってるってことはそうとう大事なものって気がするんだ。あの石像を動かす方法があれば試してみたいんだ」
「案外その剣が鍵だったりするのかもな」
ミドナが言った。
「君もそう思うかい?」
リンクは聞いた。
「ああ。最初ここに来たときに会った石像はその剣を守るために立っていた。お前が剣の正当な保持者だと証明された以上、お前がその剣を示せば建物の出入りは簡単にできるようになるはずだ」
そう言ったあと、ミドナは付け加えた。
「あくまで建物が残っていれば、の話だがな」
リンクはミドナの言ったことを試してみることに決心した。
剣を鞘から抜き、逆手に持って台座の中央のスリットに刺し込んでみた。だがしばらく待っても何も起きない。
「やっぱりダメみたいだね」
リンクは剣を台座から抜き取って鞘に納めると、溜め息をついた。
「リンク、とりあえず石像を調べてみろ。こういう調査はあらゆる可能性を試しながら少しづつ丁寧にやらないとダメだぞ」
ミドナが説教するので、リンクは肩をすくめて踵を返し、広間を出た。階段を降り、二体の石像のある広場に出る。だが石像たちを点検しても何も変わったところはない。
今度はバルコニーの上の石像だ。リンクは広場を歩いて横切った。だが、中央にあるトライフォースの紋章の床板のあたりを通り過ぎた瞬間、上空で巨大な管楽器が鳴るような不気味な音がした。
見上げると、空に黒い渦巻きのようなものが出現している。渦巻きの中心から大きな黒い塊が押し出されるように出てきて、地面に落下してきた。一体。二体。三体。四体。計五体だ。
黒い塊は影の使者たち、すなわち背の高い黒鬼たちだった。リンクの周囲に地響きを立てて落下すると、むくりと起き上がった。同時に、周囲一帯を囲むように魔法結界の柱が地面に突き刺さり、リンクたちを取り囲んだ。
「噂をしていたら奴っこさんの仕掛けが出てきたぞ。抜かるなよ!」
ミドナが言った。リンクは頷くと盾を背中から下ろし、剣を抜いた。森の木立から飛んできたのか、吸血蝙蝠たちの群れまでが上空から降りてきた。リンクは剣を左右に振って二匹ほどを叩き落とすと、目の前にずいと迫ってきた二匹の黒鬼が攻撃態勢をとったのを見て盾を上げた。
鬼の一匹が腕を振り下ろす。盾に激しい衝撃を感じた。もう一匹も腕を振り上げてきたところを、こちらから突進して盾アタックをぶつけ、回転斬りを放った。
二匹の黒鬼が腹を裂かれて絶命し倒れ伏した。だが、まだ三匹が残っている上に、吸血蝙蝠たちが絶え間なく上空からこちらを狙っている。
リンクは結界の中を大きく走り回り、上から蝙蝠に捕捉されるのを防いだ。三匹の黒鬼のうち二匹がリンクを追尾する。一匹を温存し、他が全滅したときの切り札にするつもりだと見てとれた。
そうはさせるか。リンクは二匹に向き直り、剣を左右に振り回して威嚇した。攻撃しようとしてきていた黒鬼が一旦足を止める。すると吸血蝙蝠が上空で攻撃態勢をとり、次々と襲いかかってきた。
間一髪で盾を上げる。バシンバシンと衝突音がして盾が揺れた。盾アタックを突き出して一匹を気絶させ地面に落とすと、リンクは横斬りを放って二匹ほどを斬り捨てた。
敵が保険として残している黒鬼一匹を目で探した。だが目の前の二匹が攻撃態勢をとった。バックホップして間合いをとる。さっきまでリンクがいた地面に右側の黒鬼が手を叩きつけ、地響きがした。
そのとき、リンクは黒鬼の最後の一匹が広場の南東の隅にいるのを見た。だが、目の前にいる左側の黒鬼が手を払ってくる。リンクは身を低くして盾を構え踏ん張った。ガツンと衝撃がしたがなんとか持ちこたえた。
リンクは前転して左側の鬼の脚の間をくぐり抜けると、孤立した一匹に向かってひた走り、距離を詰めるが早いがジャンプして襲いかかった。敵がこちらを向いた瞬間ジャンプ斬りがその頭に命中した。平たい面が真っ二つに割れ、顔から首にかけて深い切り傷を負った鬼はゆっくりと前のめりに倒れた。
素早く振り向くと、二匹の黒鬼たちは慎重に互いの距離を置きながらこちらへの攻撃の機会を伺っていた。リンクは盾を構えて摺り足で前進した。途中襲ってきた蝙蝠どもを二、三匹剣で叩き落とすと、鬼どもとの間合いを詰めた。近いほうの一匹が手を振り上げてくる。その攻撃を見極めてギリギリで横っ飛びにかわすと、リンクは走って奥の一匹に近づいた。
その一匹も手を振り上げる。だがリンクは盾を上げながら肩越しに背後の一匹に目を配った。前方の一匹が手を振り下ろし、盾に強い衝撃が走る。だがリンクは何もせず耐えた。
もう一撃がくる。その時、リンクが打つ手なしと見たのか、背後の黒鬼がずいと近づいてきた。前方の鬼の二撃目が飛んでくる。リンクは力を込めて盾を支えた。強い衝撃とともに、怪物の爪と金属の盾が弾きあう嫌な音が響く。だがまだだ。
背後の黒鬼がリンクを爪の射程距離に捉えるべく前進してきたのを見ると、リンクは前方の鬼に素早い突きをくれた。刃先で腹を傷つけられた鬼は、怒りの声を上げてこちらに迫ってきた。背後の鬼もほぼ同時に手を振り上げる。
その瞬間裂帛の気合いとともに回転斬りを放った。二匹の鬼どもは深手を負ってよろめき、両方とも地面に崩れ落ちた。
鬼どもの死骸がバラバラに崩壊し、その破片が上空の渦巻きに吸い込まれた。周囲を囲んでいた魔法結界の柱も消え去っていった。リンクは剣を血払いして納めると盾を背負った。
「奴さんの手下どもがここに現れた以上、鏡の破片がこのあたりに存在する可能性も濃厚になったな」
ミドナはリンクの傍らにやってきて言った。
「そうだね。やっぱりここなんだろうか」
リンクは雪山の尾根でも全く同じことが起こったのを思い出した。もう一つの石像の様子を確かめるために、広場を横切って右手の隅にある通路に入り、突き当たりの穴に落ち込んだ石ブロックを足場にして上のバルコニーに登った。
件の扉の前まで行くと、石像は消えていた。
「ミドナ‥‥これって‥‥?」
リンクは驚いて絶句した。
「まさか本当に私の言ったとおりだったとはな」
ミドナも少し驚いているようだ。
「この扉が神殿の正式な出入口だったんだろう。大昔にはな」
ミドナに相槌を打ちながら、リンクは何気なく扉に手を掛けてそれを開いた。
だが、リンクは扉の中の光景を見た瞬間、驚きのあまり呆然としてしまい、しばらく沈黙してしまった。
「なんだリンク、どうしたんだ?」
ミドナもやってきて扉の中を覗き込んだ。だが彼女もまた次の瞬間大きく息を呑み、少しの間口をポカンと開けていた。
扉の間から見えたのは、新しい大理石でできた美しい階段、ツルツルと光る床と、美しく壮麗な柱が立ち並んだ石造りの壁だった。
内部には屋根もあった。リンクとミドナは、扉の間の光景と扉の外の光景を何度も何度も見比べた。
扉の向こうは遠く時を過去に遡った風景だったのだ。