黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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支配する者の杖

リンクは剣を抜き、盾を構えると用心深い足取りで鎧武者に近づいた。相手は見上げるほど背が高い。

 

リンクのブーツが床に擦れる音が響く。対して、鎧武者は金属のブーツを履いていた。二人の間合いが詰まると、敵は身を低くして盾を掲げ、右手の剣を上げる独特の構えをとった。

 

鎧武者が大剣を横に払った。リンクは盾をしっかりと支え足を踏ん張った。だが、左腕がもげそうなほどの衝撃が来て、リンクは思わず後ろによろめいた。斬撃の重さで盾を持っていられないほどだ。そこに鎧武者が剣を縦に振り下ろしてきた。咄嗟に横っ飛びすると、さっきまで立っていた床に敵の巨大な剣の先がめり込み、石造りの床材に亀裂が入った。

 

だがチャンスだ。リンクは好機を逃さじと敵に殺到して縦斬りを相手の肩口に放った。だが、鎧武者は信じられないほどの俊敏さで盾を上げてリンクの剣を防いだ。

 

敵の盾は目の前が見えなくなるほど幅が広く大きい。リンクは横にホップして再び攻めの糸口を狙った。

 

だがその瞬間だった。敵の盾が目の前に迫ってきた。盾アタックを繰り出してきたのだ。

 

強い衝撃で後ろに押され、リンクは再びよろめいた。鎧武者が剣を振り上げる。だめだ。盾も回避行動も間に合わない。

 

リンクは咄嗟に膝を曲げて体を後ろに倒した。鎧武者が剣を横になぎ払う。横倒しになったリンクの身体の数センチ上を、風を切る音を立てて相手の剣が通過した。

 

リンクは体を捻って着地すると、跳ね起きて盾を構えた。今度は敵の縦斬りが来る。左腕が痺れるほどの衝撃が来た。足を踏ん張っていても二、三歩下がってしまう。これでは、盾で攻撃を受けた後の反撃ができない。

 

リンクは呼吸を整えると後退りして間合いをとった。

 

「逃げてばかりとはとんだ勇者様だな」

 

鎧武者は武器を構えたまま嘲笑った。

 

「余の剣に歯が立たぬならば我が軍門に下るがよい。小間使い程度には取り立ててやろうぞ」

 

「黙れ、出来損ないのガラクタ剣士め」

 

リンクは言い返した。

 

「魔物の身体になってまで強くなりたかったのか。僕に言わせればそんなお前のほうこそ臆病者だ」

 

盾を油断なく構え、摺り足で間合いを保つ。だが勇ましく叫んではみても、勝つための妙案は何も浮かんで来ない。相手は攻撃が途方もなく強く、防御も完璧だ。

 

「ほざけ、小わっぱめ」

 

鎧武者は少しづつ足を運ぶと距離を詰めてきた。

 

「我が力の前には勇者の勇気など気休めにもならぬ。余の剣は何もかも打ち砕く。貴様の盾も、剣も、そして心もな」

 

鎧武者は再び剣を払ってきた。リンクはバックホップしてその射程から出た。ただ一つ、自分が相手より勝っている点は移動が俊敏なことだ。リンクは両の脚で身体を上下させると、相手の死角に回り込むチャンスを伺った。

 

「リンク、すぐに勝負をつけようと思うなよ。奴の体力を少しづつ削る方法を探せ」

 

ミドナが少し離れたところで浮遊しながら言った。

 

「矮人の助言を受けねば戦うこともできぬか。未熟者が」

 

鎧武者は言った。だがリンクはもはや言い返す余裕がなかった。額には次々と冷や汗の粒が浮かんでくる。

 

自然と両者の間合いが詰まっていく。敵が剣を縦に振り下ろした。間一髪で横にかわすと、乾坤一擲のジャンプ斬りを放った。だがこれも盾で弾かれた。次に盾アタックが来る。本能的に感じたリンクは横っ飛びすると、前転して相手の後ろに回り込んだ。そこから跳躍し剣を払う。だが鎧武者は恐ろしいほどの速度で振り返った。その盾の縁がリンクの剣を弾く。さらに横斬り、袈裟斬りと連続で放ったが、やはりどちらも盾で弾かれた。その瞬間盾アタックが来た。後ろに押し退けられてふらついたリンクを横斬りが襲う。辛うじて盾で受けたが、盾ごと左腕そのものを弾き飛ばされリンクは後ろに倒れた。頭上に敵の剣がある。横に転がり、縦斬りを紙一重で避けると必死で立ち上がった。

 

呼吸が乱れてきた。師なら、あの骸骨剣士ならどうやってこいつと戦うだろう?だが、すぐにリンクは思い至った。師は、リンクに必要な技は既に教えてくれているはずだ。

 

盾を構え、呼吸を深くし、敵を見据えて少しづつ前進した。敵の予想外の盾アタックを受け、それを警戒し過ぎていたのだ。だが敵に盾アタックのチャンスがあるということはこちらにもあるはずだ。

 

リンクは左右に軽くホップした。こちらを捉えようと、鎧武者が縦斬りの構えを見せる。リンクは相手の攻撃を誘ってわざと足を止めた。

 

縦斬りが来た。横飛びしてギリギリで回避する。帽子のすぐ横を敵の剣の刃が通り過ぎる。リンクは機を見て前に滑り込んだ。こちらも横斬りを放つと敵が盾でそれをあしらった。リンクはすかさず相手の首筋あたりを目掛け突きを放った。敵が盾を上げてそれを逸らした瞬間、リンクは渾身の盾アタックを放った。

 

予想外の攻撃に、鎧武者がほんの一瞬後ろによろめいた。リンクの身体はほぼ自動的に動いた。弾かれるように跳躍し、空中で前転しながら敵の頭に剣を叩き込んだ。鎧武者の兜が真っ二つに割れた。

 

相手の後ろに着地するとすかさず振り向いてジャンプ斬りを頭から浴びせる。さらに縦斬り、横斬り、袈裟斬りを叩きつける。痛烈な剣の一撃を受けて敵の肩当てと胴巻きの繋ぎ目が吹き飛んだ。

 

敵はしかしすぐに頭を振って立ち直った。盾を持ち上げこちらに向き直ると、リンクのさらなる追撃を受け止め、剣を縦に振る構えを見せた。

 

だがリンクはそれを読んでいた。一瞬追撃の手を休め、敵の反撃を誘う。次の瞬間わずかに横にホップし、空気を切り裂いて襲ってくる敵の縦斬りの数センチ横をかいくぐるようにして跳躍し肩口にジャンプ斬りを叩きつけた。

 

肩当てが吹き飛び、聖剣の刃が敵の肉に食い込んだ感触がした。カウンター攻撃を受けた鎧武者が苦痛の声を上げる。リンクは敵の懐に着地するが早いが裂帛の気合いとともに回転斬りを放った。胴巻きの継ぎ目を刃が切り裂く。どす黒い血しぶきが上がった。さらに渾身の左右袈裟斬りを放つ。胴巻きを肩から吊るしている幅広の肩上(わたがみ)が切れた。

 

技を繰り出し終えたあと、リンクは後ろに下がりながら荒い呼吸を鎮めた。大技を一気呵成に使ったことによる攻め疲れだ。だが手応えがあった。これなら勝てるかも知れない。

 

鎧武者は、しかし、盾を投げ捨て、大剣を振り上げるとリンクのほうに思い切り投げつけてきた。リンクは咄嗟に横に転がって避けた。リンクが立ち上がっている間に、敵はズタズタに裂けた肩当てと胴巻きの残骸を自らの身体から毟り取り、腰に下げた細い長剣を抜いた。

 

「こうでなくては面白くないぞ」

 

武者は言った。

 

「少しは剣の心得があるようだな。ならば褒美に我が剣も見せてやろう」

 

次の瞬間、武者がこちらに突進してきた。鉄のブーツを履いているはずなのに信じられないほどの敏捷さだ。敵の鋭い突きを、リンクは盾で受け止めた。先ほどの大剣に比べれば軽いとはいえ、激しい衝撃によろめいた。さらに縦切り、横斬りが連続で来た。

 

盾をかざして受けると、リンクは前に踏み出した。こちらも縦斬り、横斬り、左右袈裟斬りと連続して繰り出し応戦する。だが武者は片手を剣に添えてかざし、流れるような動作でリンクの斬撃を防御した。

 

この剣技は本物だ。リンクは驚嘆した。リンクが手詰まりになり攻撃の手を休めたその瞬間、武者が片足で蹴りを繰り出した。盾で受け損ねたリンクは後ろによろめいた。武者が縦斬り、横斬りのコンビネーションを再び繰り出す。辛うじて盾を上げて受けた次の瞬間、強烈な突きが来た。

 

敵の切っ先がリンクの盾の縁をかすめる。咄嗟に身体を捻ったが、刃がリンクの脇腹を切り裂いた。激しい苦痛に歯を食い縛り、呻き声を堪えながらリンクは剣を振るって相手の剣を弾き返した。

 

自分の脇腹から温かい血が流れているのを感じた。長期戦になれば負ける。もはやこの勝負、全てを賭けなければ。リンクは素早く前に進み出ると、縦斬り、横斬り、さらに突きと連続で放った。武者が巧みに剣を操りリンクの攻撃を逸らす。

 

すぐに反撃が来るだろう。だがこれは読み合いだ。敵もこちらが何かを仕掛けるとわかっているはずだ。リンクは相手を攻め続けながらも五感全てを集中した。

 

その刹那、武者が突きを放った。リンクはほぼ同時に横っ飛びすると、前転して相手の後ろに回り込み、跳躍して剣を払った。

 

武者がリンクの剣を自分の剣で受けた。だがここまでリンクは計算していた。さっき通用しなかったのだから今回も同じだ。

 

しかし、武者が振り返りざまの無理な体勢でリンクの体重の乗った斬撃を受けたことで、わずかにその身体がよろめき、構えた剣が動いた。着地したリンクはここを先途とばかりに殺到し、激しい突きを放った。

 

武者の剣の防御をかすめたリンクの刃の先端が相手の皮鎧に食い込む。容赦せず連続突きを繰り出し、柄に全体重を乗せた。深い。再びどす黒い血が飛び散った。

 

だが、武者はそれでも倒れない。片手でリンクを突き飛ばすと、剣を引き抜いたリンクに向かって横斬り、縦斬りと反撃を繰り出してきた。だがリンクはそれを盾で受け止めると、フェイントで剣を橫ざまに払った。

 

武者が剣を縦にかざしてリンクの斬撃を受ける。その瞬間、リンクはすれ違うように相手の横を通り過ぎて身を沈め、回転斬りを放った。

 

リンクの剣が武者の横腹を深く切り裂く。苦痛の呻きが上がる。リンクは向き直ってダメ押しの袈裟斬りを叩きつけると、相手の腹に鍔まで埋まれとばかりに思い切り剣を突き立てた。

 

リンクの剣の切っ先が敵の胴を貫いて背中から飛び出した。歯を食い縛って剣を突き込むと、武者は両膝をついた。武者の顔がリンクの顔のちょうど前に来た。相手の顔は面甲に覆われて見えなかったが、そのスリットから血走った赤い目が見えた。リンクは相手の身体に足を掛けて自分の剣を抜くと、思わず後ろによろめいて座り込んだ。

 

武者は剣を取り落とすと、ドウと音を立てて床に倒れ伏した。

 

「さすがは‥‥勇者‥‥の‥‥剣と‥‥いうわけ‥‥か」

 

武者は咳き込みながら呟いた。

 

「だが‥‥貴様とは‥‥再び‥‥相まみえよう‥‥ぞ。わが‥‥主が‥‥必ず‥‥余を‥‥」

 

武者がそう言ったところでミドナが尋ねた。

 

「おい、死ぬ前に答えろ。お前の主は誰なんだ?」

 

だが武者は既に事切れていた。その身体が崩れ始めたのか、皮鎧がみるみるしぼみ始めていった。

 

リンクは盾と剣を放り出すと荒い息をついた。装備のストラップを外し、チュニックを脱いで鎖帷子を確認すると、腹のあたりが切り裂かれている。もし帷子を着ていなければあの一撃で死んでいたかもしれない。

 

帷子を脱ぐとシャツも血に染まっていた。シャツを捲ると、横腹に長い切り傷がある。幸運にも筋肉までは引き裂かれていないようだが、出血が続いている。

 

「リンク、大丈夫か?」

 

ミドナが傍らにやってきた。

 

「なんとかね」

 

リンクは微笑んだが、傷の痛みで顔をしかめた。手拭いを取り出して血を止めようとしていると、ミドナが叫んだ。

 

「リンク、こんなに血が出てるじゃないか!」

 

彼女は慌てふためいて引っ込むと、消毒薬の瓶を持って再び出てきた。

 

二人は扉まで戻った。扉の上に降りてきていた格子は既に引き上げられている。薄暗い部屋から明るい廊下に出ると、リンクは消毒薬を受けとり、苦痛で顔をしかめながら傷に振りかけた。その間ミドナは両手で自分の頬を覆っていた。

 

「リンク、頼む。死なないでくれ。頼むから」

 

「ミドナ、大丈夫だ。落ち着いてくれ。人間はこれくらいじゃあ死なないから」

 

リンクは言うと、ミドナがくれた清潔な布を腹に巻いた。

 

「ああ、どうしよう。リンク、大変だ。ああ、どうしよう。どうすればいいんだ?」

 

「ミドナ、落ち着いてくれ」

 

リンクは繰り返した。だがミドナはすっかり動転していた。

 

「リンク、一度ここから出よう。お前が死んだら元も子もない」

 

それにはリンクも同意した。ミドナがおばちゃんを呼び出すと、彼女も大きな声を上げた。

 

「あら大変。お兄ちゃん怪我しちゃったのね!」

 

彼女はすぐに息子を羽の間から出した。

 

「坊や、お兄ちゃんをお外に連れてってあげて?」

 

「はいでちゅ」

 

おばちゃんの息子がリンクの頭上でくるくると円を描くように飛び始めると、やがてリンク自身も回転し始め、その身体が空中に吸い込まれていった。

 

気が付くと、リンクは神殿の入り口の扉の前の草原にいた。時刻はもう夕方のようだ。改めて負傷箇所を調べると、血がいっこうに止まっていない。縫い合わせる必要がありそうだ。

 

リンクはトアル村に戻ることを提案した。村に戻ればモイに経過報告もできるし、傷の手当てもこれくらいなら村の人間でも可能だ。

 

「わかった。じゃあすぐに行こう」

 

ミドナが言った。

 

「だけどこの子はどうしよう?」

 

リンクはおばちゃんの息子を見た。

 

「ぼくちん大丈夫でちゅ。ここで待ってるでちゅ」

 

「たった一人でかい?」

 

リンクは目を丸くして尋ねた。

 

「ぼくちん離れててもママとおしゃべりできるでちゅ。それにいつでもママのとこに帰れるから平気でちゅ。時々ママのとこに帰ってから、またここに戻ってくるでちゅ」

 

リンクは納得した。冒険を再開するに際してはここでおばちゃんの息子と合流することにして、リンクはミドナにワープを頼むことにした。

 

リンクが服の残りを脱ぐと、ミドナがその身体を狼の姿に変えてワープを開始した。たちまち周囲が暗くなり、リンクは数秒後トアルの泉に立っていた。

 

ミドナはリンクを人間の姿に戻し、改めて傷に包帯を巻いてくれた。服と装備を身につけるとリンクは泉から出て脇の小道を南に歩いた。もはや日は暮れかけていた。

 

脇腹を圧迫しながらどうにか血を抑えていると、出血が落ち着いてきた。リンクは長い間帰っていない自分の家の前を通り過ぎると中央集落に下っていった。その頃にはすっかり日が暮れていた。

 

今日は村民が早めに畑から家に戻ったのか、道の周囲には人影がない。リンクは雑貨屋の脇を通り過ぎると、二つ目の橋を渡ってボウの家を目指した。

 

ボウは家の扉の前にはいなかった。リンクは階段を上ると扉を開いた。

 

入ってすぐの居間の台所の前にボウとウーリが立っていた。ウーリは手に赤子を抱いている。

 

「リンク!」

 

ボウはリンクの顔色が悪いのに気づくとすぐ駆け寄って来た。リンクがフィローネの森の奥で強い魔物に遭遇して負傷してしまったと説明すると、ウーリが赤子を抱いたまますぐに奥に引っ込んでいき、薬と針と糸を取ってきた。その間ボウがリンクの服を脱がせて傷をあらためた。

 

ボウはウーリの取ってきた膏薬をリンクの傷口に塗ると、針を消毒して傷を縫い合わせた。不器用なやり方ではあったが、どうにか傷口が塞がった。

 

やっと落ち着くと、リンクはボウの入れてくれた茶を飲みながら一息ついた。

 

「お前が突然帰って来るってわかってたら村の皆にも知らせたんだがな」

 

ボウは苦笑いして言った。

 

「ごめんごめん。何しろ最近はあちこちで魔物狩りの依頼ばかり受けててね。ほら、こうやって剣を持って旅してるとよく本職の剣士と間違えられるもんだから」

 

リンクは適当な口実をでっち上げた。

 

「お前、じゃあ村にはいつ帰って来るんだ?」

 

ボウは眉をひそめた。

 

「お前だけじゃあない。イリアも元気でやってるなら手紙でも出してそう知らせてくれればいいのに、便りのひとつもないじゃないか。あっちの居心地が良くて親の顔も忘れてしまったんかいのう?」

 

リンクは曖昧に笑った。イリアの記憶が戻っていないことはまだボウには話していなかった。それにどう話せばいいか、上手い言い方も思い付かない。

 

「子供たちもカカリコ村に落ち着いてしまってちっとも帰る素振りがないじゃあないか。ジャガーやセーラも寂しがって仕方がないわい。第一レナードに世話になりっぱなしというのも塩梅が良くないじゃろう?」

 

「ボウ、コリンたち四人は今向こうで大活躍してるんだよ」

 

リンクはそう言うと、彼らが商店の切り盛り、畑仕事、魔物の見張りなどで自分達の役割を立派に果たしていることを説明した。

 

ボウは一応納得したようだった。リンクは話題を変えようとして口を開いた。

 

「そう言えば、モイが帰ってこなかったかい?」

 

ボウはその途端に顔色を変えた。彼はウーリに席を外すよう合図し、彼女が赤ん坊を連れて二階に引っ込むと、怪訝な顔をしたリンクに言った。

 

「いいかリンク、落ち着いて聞くんだ」

 

「いいけど、いったいどうしたっていうんだい?」

 

ボウは咳払いして続けた。

 

「あいつはもう二度と村に戻って来ない。わしが追い出したんだ」

 

「何だって?」

 

リンクは大声を上げた。

 

「あいつはちょうどお前が帰ってくる少し前に村に戻ってきたんだ。だがそこで開口一番何て抜かしたと思う?」

 

ボウは尋ねた。リンクが答えあぐねていると、彼は吐き捨てるように言った。

 

「城下町で新しい女が出来たからウーリとは別れたい、だとさ!まったく見損なった奴だ。だからわしはあいつの頬を張り飛ばして言ったんだ。二度とこの村に顔を見せるな、てな」

 

リンクは言葉もなかった。あんなにモイに考え直してくれと頼んだのに。

 

「全くわしの姪っ子をなんだと思ってやがるんだ。わしはあいつだけは絶対許せん。村の剣士だろうが何だろうが、あんな奴を置いておくわけにはいかんのだ。リンク、お前もそれはわかるだろうな?」

 

ボウに問われ、リンクは辛うじて頷いた。だが胸の中は激しく感情が騒いでいた。本当は違う。本当は違うんだ。

 

その夜、リンクはボウ、ウーリとウーリの赤ん坊と食卓を囲んだ。久し振りの温かい手料理は旨かったが、会話は弾まなかった。

 

食事が終わり、ウーリが赤ん坊を寝かしつけにいくと、ボウはリンクに言った。

 

「リンク、お前が将来誰と結婚するかはわしにはわからん。だが一度結婚したら相手を泣かせるような真似はするんじゃあないぞ」

 

「わかってるよ、ボウ」

 

リンクは頷いた。

 

「あの赤子はわしが養子として育てるつもりだ。コリンの奴が戻ってきたら、あいつもな」

 

リンクが黙っていると、ボウは続けた。

 

「モイの奴がウーリを貰いたいとわしに言ったとき、わしは少しだけ心配だったんだ。ウーリは男のことなど何も知らないウブな娘だった。だからわしはあれを泣かすようなことだけは絶対にするなと何度も奴に念を押した。それなのにこの有り様だ」

 

リンクは聞いていたが、ボウの繰り言はいつまでも収まらなかった。ようやく夜が更けると皆が寝る準備を始めた。ボウとウーリたちは二階に引っ込み、リンクは居間の竈の前に毛布を敷いて寝た。

 

「リンク、傷は痛むか?」

 

耳の中でミドナが囁いた。

 

「少しだけ。でも大丈夫だよ」

 

リンクも囁き返した。

 

「私はちょっとお前をこき使い過ぎたな。今は気にせずゆっくり休め」

 

ミドナが再び囁いた。リンクは微笑んでミドナにお休みを言った。だが胸のうちはやるせない気持ちだった。モイのために弁護してやりたかったが、リンクを信頼し規則を破ってまで「計画」の中身を教えてくれたのに、これ以上秘密を漏らすことは絶対にできない。

 

リンクはそれから五日ほどボウの家に留まった。久し振りに装備を外し、自分の家を掃除したり村人を手伝って農作業をしたりして一日を過ごしていると、蓄積していた疲労がすっかり取れるとともに傷もみるみるうちに回復した。

 

だがリンクは、師であるモイが他の村人たちから妻を泣かせた浮気者のレッテルを貼られてしまったことを知るにつけ、いたたまれなくなってしまった。傷が治ったらもはやここに長居する意味はない。

 

リンクは翌朝朝食後村を出た。自分もモイも、旅を続けているうちにトアル村の日常とは全く違う世界に来てしまったと感じた。いつか分かって貰える日が来るだろうか。リンクはせめてモイたちが行動を起こす前にザントを倒すことを心に決めた。

 

中央集落から自分の家の前を通り、トアルの泉へ至る小道に入ると、誰もいないのを見計らって服を脱ぎ、ミドナにワープを頼んだ。

 

二人はたちまちワープを始め、数秒後には二体の石像に守られた神殿前の広場にたどり着いた。

 

リンクは服と装備を身につけると、石像から見て向かい側右手にある通路から上のバルコニーによじ登った。

 

果たしておばちゃんの息子はそこで飛び回っていた。

 

「お兄ちゃんお帰りでちゅ。もう怪我治ったでちゅか?」

 

リンクはおばちゃんの息子を撫でてやると、もとの部屋に戻してくれるよう頼んだ。さっそくおばちゃんの息子が頭上で円を描くように飛び始め、リンクは空中に吸い込まれてワープした。

 

ほどなくして、リンクは鎧武者と戦った部屋への扉の前に降り立った。

 

「あらあら、お帰りなさい!」

 

おばちゃんがリンクを出迎えた。

 

「怪我はもういいの?無理はしちゃダメよ」

 

「もう大丈夫です。心配をおかけしました」

 

リンクは言った。鳥人間たちをミドナが収納すると、リンクは扉を開けて中に入った。

 

「あの石像をどうにか動かせるといいんだけどね」

 

リンクは正面の壁際の高所にある台座に鎮座した石像を見上げた。

 

「おい、その前にあれを調べてみろよ」

 

ミドナは指差した。石像の台座のちょうど真下の壁際に小部屋がしつらえられており、中には木製の大きな箱がある。

 

小部屋に近づくと、もともと柵で塞がれていたらしい。左右の壁際から金属の柵の端が覗いている。箱に歩み寄って蓋を開けると、中には大きな杖が入っていた。青銅で出来ているのか青緑に光っておりずっしりと重い。羽のような装飾がいくつもついている。

 

「おい、苦労したかいがあったぞ。当たりを引き当てたみたいじゃないか」

 

ミドナが興奮した声で言った。

 

「じゃあ‥‥これが‥‥」

 

リンクは杖を持ち上げてためつすがめつ眺めた。

 

「そうだ。これがおそらく『支配する杖』ってやつだろう」

 

ミドナが言う。

 

「だけどどうやって使うんだろう。ていうか何に?」

 

リンクは杖を弄りながら呟いた。持ち手にスイッチのようなものがついている。押してみると、杖の上端の羽のような飾りの間に黄色い光の玉が出現した。

 

「何だこれ?」

 

リンクは言った。

 

「光の玉‥‥杖‥‥」

 

ミドナはリンクの持つ杖を見つめながら呟いていたが、やがて叫んだ。

 

「わかったぞリンク。その杖は文字通り支配するためにあるのさ」

 

リンクは意味がわからずミドナの顔を見た。

 

「支配するって、何を?」

 

ミドナは石像を指差した。

 

「あの石像さ。いやあいつだけじゃあない。おそらく神殿内の複数の石像がその杖に反応するようになってるはずさ」

 

リンクはもう一度手元の杖を見た。杖の上端に点った光の玉があたりを照らしているが、それ以外に何かの力があるようには見えない。

 

「リンク、その杖をあの石像に向けて振ってみろ」

 

ミドナが言った。リンクは小部屋から出て部屋の中央に戻ると、半信半疑で言われた通りにしてみた。すると、杖の先に点っていた光の玉が石像に向かって飛んでいった。

 

光の玉が石像に吸い込まれると、その光の玉が今度は石像の胴の中央に空いた穴に現れた。それから数秒して、変化が起こった。石像が振動し始めたかと思うと、兜を被ったその頭が激しく揺れ、次いで一回転した。そして石像は捧げ持った大槌を高く掲げた。

 

石像の身体についた紋様が黄緑色の光を発し始めている。まるで命が宿ったようだ。

 

リンクは何気なく杖をもう一度振ってみた。すると石像は両手に捧げ持った大きな槌をブンと振り下ろした。

 

「これであの石像を動かすようになってるんだね」

 

リンクは驚いて言った。試しに石像に背を向けて出口の扉に向けて歩き始めた。すると、石像も従って前に歩き始め、台座から落下すると床の上に音を立てて着地した。だが自動で平衡を保つ機能がついているのか、揺れることもなく真っ直ぐ立っている。

 

「ミドナ、凄いよ。どうしてわかったんだい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「紋章さ。入り口の石像に刻んであったんだ。羽のついた杖の上端に玉が乗った意匠がな」

 

ミドナは石像に向けて浮遊していくと、その腕を指差した。

 

「ほら、ここにもその紋様が刻んである。てことはこの石像は杖の持ち主の『モノ』なのさ」

 

リンクも石像に近づいた。高さは五メートル近くはありそうだ。捧げ持った大槌は極めて大きく、こんなもので殴られたらどんな魔物でもひとたまりもないだろう。

 

「リンク、こいつは拾い物だぞ」

 

ミドナは言った。

 

「これがあればこの神殿内部のケチな魔物どもなんか一撃だ。だがそれだけじゃあない」

 

「天空に行くための鍵でもあるってことだね」

 

リンクが引き取った。

 

「ああそうだ」

 

ミドナが頷いた。

 

「リンク、とりあえずこいつを私たちの前に立たせて一階に降りよう」

 

「僕らの代わりに戦ってもらうってわけかい?」

 

リンクが言うとミドナがニヤリと笑った。

 

「ああ。ここから先は楽しいぞ。邪魔する奴は皆叩き潰してやれ」

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