黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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神殿の底部へ

「リンク、とりあえずこいつを私たちの前に立たせて一階に降りよう」

 

ミドナが石像を見ながら言った。

 

「僕らの代わりに戦ってもらうってわけかい?」

 

リンクが言うとミドナがニヤリと笑った。 

 

「ああ。ここから先は楽しいぞ。邪魔する奴は皆叩き潰してやれ」

 

リンクは杖のスイッチをもう一度押した。すると、石像の胴の中央に空いた穴に浮かんでいた光の玉が消え、石像が動きを止めた。

 

リンクは石像の後ろに歩いて下がると、もう一度杖のスイッチを押し、石像に向かって杖を振った。光の玉が再び石像の胴の中央にある穴に浮かびあがった。

 

リンクは石像を扉の手前まで歩かせた。だが、扉の高さに比して石像が大きすぎる。どうやって部屋から出すのだろうか?

 

リンクがもう一度石像を部屋の中に戻そうとすると、それが巨大な鐘の下に入った。鐘の下には円形の低い台座がある。石像がその上に乗ると、途端に作動音がして巨大鐘が降りてきた。石像は鐘にすっぽりと包まれて見えなくなったが、鐘は床の高さまで降りるとすぐにまた上がっていった。

 

驚くべきことに、鐘の内部には既に石像の姿はなかった。

 

「これはいったいどういうことだろう?」

 

リンクは呟いた。

 

「転送装置だ」

 

ミドナは言った。

 

「私やおばちゃんが使うような転送魔法を再現する装置だ。えらく進んだ科学力だな」

 

ミドナが感心しているとリンクは言った。

 

「石像はどこに行ったんだろう?」

 

「おそらく他の鐘の中だろう」

 

ミドナが即答する。

 

「僕らが入って一緒に移動できないのかな?」

 

リンクが聞くとミドナが吹き出した。

 

「バカなことはやめろ。転送魔法は繊細な技術なんだぞ。下手したら身体がバラバラになる」

 

リンクたちは扉を押し上げて部屋から出た。果たしてミドナが言った通り、廊下の真ん中に据えてあった巨大鐘が引き上げられ、中から石像が出てきた。

 

リンクはまた杖のスイッチを入れ、石像に向かって振り、これを起動させた。廊下の終端にあった金属の柵がまた閉まっている。だが、リンクが杖を一振りすると、石像の大槌の一撃で柵が粉々になった。

 

リンクが進むと、石像はその先の床に降り立った。リンクは何度も杖を振り下ろし、そのフロアにいた白い蜘蛛どもを片端から叩き潰した。全ての蜘蛛を潰してしまうと、以前戦士の石像があった壁際の段差の上に木製の大きな箱が現れた。

 

箱に近づいて蓋を開けてみると、紫ルピーが入っている。それを財布に仕舞うと、リンクは石像を出口に向かって歩かせた。

 

だが、部屋から出る廊下に接した場所は段差があり、石像はそれを乗り越えられないようだ。リンクはフロアの中央に四角いスイッチがあるのに気付き、そこに乗ってみた。

 

段差の際の、石像が立っている場所の床がせり上がってきた。リンクが素早く前に歩を進めると、石像は段差の上に乗った。

 

階段を下り、その先の廊下に出ると、リンクの前に立った石像は壁から横に稲妻の走った箇所を難なく越えた。その先の床にある四角いスイッチの上に石像を乗せると、稲妻は止まった。リンクはそこで一旦杖のスイッチを押して石像を停止させると、その近くまで行ってから再び起動させた。

 

右に曲がると、棘つきの棒が転がる廊下だ。リンクが杖を振ると、石像が振り下ろした大槌が棘棒を粉々に粉砕した。石像を進ませると、今度は壁際で左に曲がる。底でも石像の槌を使って難なく棘棒を破壊すると、リンクはそこから四半円形の広場に入った。

 

石像を先に立たせながら進み、リンクはその先の階段に入って前進した。階段の先は警備装置のある円形の部屋だ。

 

石像が部屋に入ると、警備装置が作動して炎を飛ばした。さらに、その周囲を回っていた棘つき独楽が金属音をたてながら次々石像に激突する。

 

だが、そのどれも石像には全く効いていない様子だ。リンクは杖を振り回し、警備装置も棘つき独楽の群れも木っ端微塵に破壊した。

 

円形の部屋の右手には、段差の上に巨大鐘が吊り下げられている。おそらくその中からまた別の場所に転送するのだろうか。

 

リンクは石像を段差の手前に立たせ、そこで一度停止させた。警備装置が立っていた場所の床に四角いスイッチがついている。

 

リンクは周囲を見回した。巨大鐘の吊られた段差の手前の左右に狭い台があり、その上に小さな金属の黒い像がある。台はやや高く、リンクの手が届かない。

 

「リンク、あの小さな像も動かせるかも知れないぞ。真ん中に穴がある」

 

ミドナが言った。リンクは試しに、杖のスイッチを入れて小さな像に向けて振った。果たして、小さな丸い像の真ん中にある穴に光の玉が浮かんだ。リンクが部屋の中央に向けて歩くと、その像はそれに従うように動いて台座から降りてきた。

 

リンクはその像を床の真ん中の四角いスイッチに乗せた。石像の立っていた床がせり上がる。リンクは杖を操作して小さな像の制御を切り、大きな石像を起動させて鐘の下に動かした。

 

すると、鐘は自動的に下がってきて石像を包んだ。鐘が上がったときには既に石像の姿はなかった。転送成功だ。

 

リンクは部屋の北側の突き当たりの扉を開けた。その先は天秤の部屋だ。左側の壁のやや高い場所にしつらえられた小部屋に据えられた巨大鐘がいましも引き上げられていて、内部から石像が姿を表した。

 

リンクは杖のスイッチを押して石像を起動させ、小部屋から床に下ろした。だが、ここから先はこの重そうな石像に天秤を渡らせないとならない。

 

リンクはまず石像を前進させ、手前の天秤に乗せた。たちまち天秤が沈み込む。こちらの天秤に二つの小さな金属の像も乗っている。リンクはそれを一つづつ持ち上げると、奥側の天秤に投げ上げた。だがこんなものでは石像の重さとは釣り合わないのは明らかだった。

 

だが、奥の天秤の先に目を凝らすと、向こう岸の通路の左脇の壁にしつらえられた棚に小さな金属の像が三つほど並んでいる。

 

リンクは奥の天秤によじ登ろうとしたが、高さがありすぎて無理だ。石像を一旦置いておき、元きた通路に登った。そこから下の床を見下ろすと、白い蜘蛛どもが群れをなして蠢いている。

 

「ミドナ、ちょっと目をつぶっててくれ。後で石像を使って蜘蛛たちを根絶やしにするから」

 

リンクはそう声をかけると、通路から床の上に飛び降りた。急いで部屋を横切り、蜘蛛たちの間を縫って反対側の階段に到達した。

 

階段を上りきると、横の壁の棚にある小さな像に向かって杖を振り、全てを床に下ろした。

 

リンクは小さな像の一つを持ち上げると、こちら側の天秤に投げ上げた。まだ天秤は動かない。だが、もう一つの像を投げ上げると、天秤がガタンと動いて平行になった。

 

リンクは杖のスイッチを押すと、石像を起動させた。石像をこちら側の天秤に移すと、再びその天秤が沈んだ。

 

リンクはその天秤に飛び降りた。四つの小さな像で石像と釣り合うとわかった以上、あとは簡単だ。リンクは一つづつ小さな石像を持ち上げて向こう側の天秤に投げ上げた。四つの石像を移動させ終わったところで、自分は手前側の通路によじ登って戻った。

 

果たして天秤はまた平行になった。リンクは杖で石像を起動し、天秤からこちらの通路に渡らせた。

 

リンクは石像とともに階段を降りていき、杖を振るって片端から蜘蛛どもを叩き潰した。全滅させると、部屋の中央にある天蓋の下の巨大鐘の下に石像を立たせた。

 

鐘が降りてきて石像が転送された。リンクは部屋の東側の扉から外に出た。

 

その先の階段を降りて横長の部屋の端に出ると、手前側の区画の柵の向こうにある鐘が上がって、内部から石像が出てきた。

 

リンクは杖で石像を起動し動かした。リンクがいる区画の前は石造りの壁で塞がれている。石像を前進させ、その壁の近くで大槌を振り下ろさせると、壁は見事に砕け散った。

 

石像を歩かせて、リンクは真ん中の区画をクリスタルスイッチ側とこちら側に隔てる稲妻の走る場所を越えさせた。石像を連れて部屋の一番向こうの区画まで行った。

 

そこから突き当たりを右に折れ、階段を下りる。階段が左に折れるあたりで、補充兵なのか、蜥蜴男が一匹顔を出した。だがリンクの前を歩く巨大な石像を見ると驚いて口を開けてしまった。その瞬間リンクは杖を振り下ろし、哀れ蜥蜴男は石像の槌にぺしゃんこに叩き潰されてしまった。

 

階段を下り切ると、その先の部屋との間の石造りの壁が閉ざされていた。だがそれも石像の槌で叩き壊すと、リンクは部屋に進んだ。

 

手前側の区画から、警備装置の立ってた場所を通り抜け、石像を鐘の下に誘った。鐘が降りてきて石像が転送されると、リンクは一つ目の警備装置のあった場所を抜け、クリスタルスイッチを右手に見ながら部屋を出た。

 

階段を下って突き当たりの扉を開けると、昇降機のある巨大な円形の部屋の二階部分だ。リンクは渡り廊下を渡って中央の舞台の上に行った。

 

だが、石像が見当たらない。一体どこに?

 

「おい、あそこじゃないのか?」

 

ミドナが右手の壁の高所から伸びている張り出しを指差した。リンクたちのいる場所からは、その上までは見えない。

 

リンクは舞台中央のハンドルスイッチを左に回した。舞台は上昇していき、ミドナが指差した張り出しと同じ高さになった。

 

彼女の推理した通り、張り出しの奥の壁際に鐘が吊られていて、石像がその下にあった。しかも、リンクたちがいる舞台が直角に回転し、渡り廊下との接続部分がちょうど張り出しの端と合致している。

 

リンクは舞台から張り出しに移ると、杖を操作して石像を歩かせ、舞台の上に乗せた。それから今度はハンドルスイッチを右に回して舞台を下げた。さらにもう一段舞台を下降させて蜘蛛たちの囲みの中に下げると、石像を再び動かして自分の前に立たせた。

 

「ミドナ、これから蜘蛛を退治するよ。ちょっと目と耳を塞いでいてくれ」

 

リンクは渡り廊下との接続口だった場所から石像を床に下ろすと、槌で蜘蛛をことごとく叩き潰した。全て潰すと、蜘蛛の囲みに一ヶ所開いていたところを走っていた稲妻が、発生装置が故障したのか、止まってしまった。

 

リンクは石像を前に立たせて安全に柵の外に出た。そこから部屋を右回りに移動し、鐘のある小部屋を目指した。途中にあった警備装置を石像の槌で破壊すると、たちまち白い蜘蛛の群れがその下から湧いて出てきた。そいつらも石像の槌で全滅させ、リンクは鐘の吊られた小部屋の前まで石像を移動させた。

 

小部屋の前の柵は槌の一撃で脆くも崩壊した。リンクは石像を鐘の下に置いた。たちまち鐘が降りてきて石像を転送した。あと一息だ。

 

リンクは警備装置があった場所の左手にある扉から部屋を出ると、階段を下った。

 

「リンク、蜘蛛はもういないのか?」

 

ミドナが恐る恐る尋ねた。

 

「さすがにもういないよ。目につくところは全部駆除したからね」

 

リンクが答える。階段が左に折れ、その終端まで行くと次の部屋の手前で金属の柵が閉じられている。石像はこの部屋の鐘の下まで転送されているはずだ。

 

リンクは部屋の天井に金属を浮き彫りにした紋章があることに気づいた。腰につけたクローショットを手に嵌めると、紋章を狙い撃った。鉤爪が紋章に引っ掛かってたちまちリンクは引き寄せられた。鉤爪を開いて部屋の床に飛び降りると、リンクは鐘を探した。右手にあった鐘の下に、やはり石像がある。

 

杖を操作して石像を起動し、鐘の下から部屋の床を横切らせ、向かい側の階段通路に入った。下り階段が右へ、そして左へ折れる。下り切ったところの部屋の突き当たりに鐘が吊られている。リンクは部屋の前の金属の柵が閉じているのを石像に叩き壊させ、石像を鐘の下に誘導した。

 

鐘が降りて石像が転送された。リンクは左手の扉から部屋を出て階段を下った。

 

これで一階の部屋に到達した。中央の天蓋の下にある鐘が上げられ、石像が姿を表した。リンクは階段を下り切って段差から飛び降りると、杖を操作して石像を歩かせ、北側に向かう緩やかな階段を上らせた。

 

正面扉の右側にある空の台座に石像を誘う。石像はその台座に乗った途端、最初から決められていたかのように姿勢を整え、左手の石像と全く同じ形で止まった。

 

すると、次の瞬間、固く閉ざされていた正面扉に刻まれていた紋様が光を放った。そして扉は音も立てずに両開きに開いた。

 

扉の先は短い廊下で、突き当たりにはまた扉がある。だが、その扉は他のありふれた扉と同じ形で、施錠もされていないようだ。

 

「なんか嫌な予感がするな。これだけ厳重に閉ざされていたってことは‥‥」

 

ミドナが呟いた。

 

「よっぽどの大物がいるってことかな?」

 

リンクが引き取った。

 

「そんなとこだ。何しろ陰りの鏡の破片はまだ見つかっていない。何か変な奴がそれにくっついていないといいんだがな」

 

ミドナが言う。

 

「考えていてもしかたない。行こうよ」

 

リンクは言った。二人は前進すると扉を開けて向こう側に出た。

 

そこは薄暗く、それまでにいた部屋とはうって変わって荒れ果てた場所だった。そこは幅五メートルほどの細長い柱廊だった。いや、かつては柱廊だったのが、目の前の床が崩壊して底も見えないほどの奈落が口を開けており、残った壁も床も手入れがなされないまま歳月が経過するに任されていたことが見てとれた。

 

おまけに、奈落の先の向こう岸には、左手に白い円柱の警備装置が一体、その向こうにも自動で転がる棘つき棒や天井からぶら下がって左右に揺れる巨大斧の刃が配置されている。

 

「一体全体これは何なんだろう?」

 

リンクは思わず呟いた。

 

「相当見られたくないものが仕舞ってあるってことなんだろうな」

 

ミドナが言った。リンクは奈落の手前まで通路を進みかけてすぐ足を止めた。こちら側の岸の際にも、回転する棘つき独楽装置が高速で左右に行き来している。

 

奈落の幅は二メートルあまりで、この独楽装置に引っ掛けられなければ、どうにか跳躍して向こう岸に飛び付くことは可能と思われた。だが、向こう岸の通路の手前部分は左右が少し崩壊していて幅が狭くなってしまっている。おまけに警備装置がその左側で回転していた。

 

リンクはミドナに杖を預かってもらうと、弓を下ろし矢をつがえて警備装置の目玉を狙った。矢を放つと、命中し目玉が壊れ、警備装置が動きを止めた。

 

だが、目を凝らすと、柱廊の奥の方にある天井からぶら下がった巨大斧の刃の向こう側にも警備装置がある。しかも二体だ。

 

リンクは弓を背負い、目の前を行き来する独楽装置の動きを見極めると、助走をつけて思い切り跳躍した。どうにか向こう岸に両手で取りつくと、自分の身体を持ち上げて這い上がった。

 

そこから先は、崩れた通路の幅が戻ったあたりにもう一つの回転独楽装置が左右に行き来している。その向こうに自動で転がるは棘つき棒だ。

 

その二つをかいくぐっても、巨大斧の刃の向こうに二つの警備装置が立っている。リンクは再び弓を構えると、矢をつがえて左手の警備装置を狙った。巨大斧の刃に邪魔され、なかなか射つチャンスが来ないのをじっと待つ。刃が大きく横に動いたタイミングで警備装置の目玉がこちらを向いた。

 

矢を放つと過たず目玉に当たり、警備装置は煙を上げて停止した。リンクはもう一本矢をつがえると、右側の警備装置に狙いをつけた。辛抱強く機会を待つ。巨大斧の刃の脇に警備装置の目玉が見えた瞬間に矢を放ち、もう一方の装置も破壊した。

 

弓を背負うと、リンクは回転独楽装置の動きの周期を縫って前に走った。次に棘つき棒の手前で立ち止まり、それが転がってくるのを避けてダッシュし、巨大斧の刃の前まで到達した。

 

近くまで来ると、天井からぶら下がって左右に揺れる巨大斧の刃は三枚連続で設置されていることがわかった。リンクは左手の壁に身を寄せると、手前の巨大斧の刃が向こうに揺れた瞬間に通り抜けた。

 

壊れた警備装置の脇を通り過ぎ、その裏手で左右に揺れていた巨大斧の刃の動きを見極めて先に進んだ。だが、その次の、最後の一枚の巨大斧の刃の先はまた奈落になっていた。向こう岸までは二メートルほどだ。

 

リンクは最後の一枚の巨大斧の刃が遠くに揺れて行った瞬間に思い切り助走をつけて跳躍し、向こう岸に飛び移って転がった。成功だ。

 

だが顔を上げると、その先の突き当たりには金属の柵がかけられていた。柵の向こうには狭い通路が続いており、その向こうには施錠された扉があるようだ。

 

柵を開けるスイッチはないのか?リンクが振り返ると、通り抜けてきた最後の二枚の巨大斧の刃の間の床に、四角い金属のスイッチがあるのが見えた。

 

周囲を見回すと、今立っている柱廊の終端の壁際に黒い小さな金属の像が置いてある。

 

リンクは像に歩み寄るとそれを持ち上げた。奈落の手前まで行くと、思い切りそれを向こう岸に投げつけた。像は大きな音を立てて向こう岸の床に落下して転がった。

 

リンクはミドナに杖を出してもらうと、スイッチを押し、向こう岸に転がった像を狙って振った。像の空洞部分に光の玉が点った。奈落の手前に立ったまま移動していき、どうにか像を床スイッチの上に置くと、果たして前方を塞いでいた柵が左右に開いた。

 

リンクは通路の中に進んだ。だが、少し進むと、今度は先ほどのスイッチの操作によって新たに出てきた柵によってまた通路が塞がれている。リンクは振り返ると、再び杖を操作し、奈落の向こう岸の床スイッチの上に置いた像を狙った。巨大斧の刃が揺れる周期を縫って杖を振るうと、再び像が起動され、リンクが通路を奥に向かって歩くのにしたがって動き、スイッチの上から降りた。すると、今度は通路の入り口の柵が元のように閉ざされ、代わりに通路の奥を塞いでいた柵が開いた。

 

通路を終端まで進むと、そこは壺が散乱した小部屋だった。突き当たりにはゴツい鎖がかけられ施錠された扉がある。床には大きな蜘蛛が二匹ほどうろついている。

 

リンクは剣を抜くと、ミドナが騒ぎ出す前に蜘蛛どもを散々に打ち据え大人しくさせた。ポーチから以前手に入れた大きな黒い金属製の鍵を取り出し錠前に当てはめてみると、それはピッタリと嵌まり、鍵を捻ると錠前が外れ鎖が床に落ちた。

 

「文字通りこれが最後の部屋だね」

 

リンクは扉を押し上げながらミドナに言った。

 

「陰りの鏡の破片はここだ。ここにしかない。だが‥‥」

 

ミドナは少し不安そうに言った。リンクは扉の向こう側に出た。背後で大きな音を立てて扉が落ちる。

 

「だが‥‥なんだい?」

 

リンクは周囲を見回しながら尋ねた。そこは直径百メートルほどの円形の部屋で、燭台や灯りになるものは何もなかったが、天井にところどころ開いた穴から外の光が射込んでいる。

 

「なんだか‥‥嫌な予感がするんだ」

 

ミドナが呟いた。

 

「どんな予感だい?」

 

リンクは尋ねた。とにかく広い空間だ。床には何も置かれていないようだ。だが、壁際を見ると、巨大な石像がが等間隔で床を囲むように並べられている。リンクが八階から連れてきた石像に形は似ているが、遥かに巨大で、高さは十五メートルほどはありそうだ。また、槌は持っておらず、片方の拳を空に突き上げたポーズをとっている。

 

「想像しちゃったんだ‥‥‥もし‥‥もしあの蜘蛛が‥‥」

 

ミドナが怯えた声を出した。

 

「あの蜘蛛が?」

 

リンクはまた尋ねた。

 

「もしもあの蜘蛛が陰りの鏡の魔力で巨大化したらって‥‥」

 

ミドナがそう言った瞬間に、リンクは気配を感じて上を見上げた。

 

蜘蛛だ。

 

天井には、想像を絶するほど巨大な黒い蜘蛛がべったりとくっついていた。

 

「ヒイイイイイイイイ!蜘蛛ォォォォォォォォォォ!」

 

ミドナが悲鳴を上げた。蜘蛛は頭と胴体の大きさだけで家ほどもある。脚の長さは一本で十メートルくらいはありそうだ。リンクは思わず盾を背から下ろして構え、剣を抜いた。

 

「リンク!私無理!無理!無理!早く脱出しよう!」

 

ミドナが絶叫した。そのとき、蜘蛛の背中の真ん中の皮膚がパックリと開き、中から大きな目玉が覗いた。目玉はあたりをギョロリと見回すと、リンクたちの方に視線を定めた。

 

「ミドナ、鏡の破片を取り戻すんだろ!諦めちゃダメだ!」

 

リンクは叫んだ。見上げていると、蜘蛛は天井に取りついたままゴソゴソと動き始めた。

 

「無理だよォォォォォ!あんなの無理!」

 

ミドナ顔を覆うと自分の魔法空間に引っ込んでしまった。リンクは武器を構えたまま蜘蛛を見上げていた。だが頭の中にこれまでに経験した大物たちとの戦いの記憶が甦り、すぐに一つの推量が浮かんだ。

 

魔物は巨大な目玉を持っていることが多い。だが、その目玉は彼らの力の源であると同時に弱点でもあるのだ。

 

リンクはすぐに盾を背負い剣を納めると、かわりに弓を手にとって矢をつがえた。超巨大蜘蛛の動きに目を据え、弓矢を向ける。だが、巨大蜘蛛は既に背中の目を閉じていた。

 

リンクは弓矢を構えたまま待った。蜘蛛は天井をあちこち這い回っていたが、やがて一つの位置に落ち着くと、背中の目を開いた。

 

チャンスだ。リンクがそう思った瞬間に、その目の瞳孔から炎の線が発射された。炎は床に命中し、煙を上げると、みるみるうちにリンクの足元に向かってきていた。

 

リンクは咄嗟に横に転がって炎の線を避けると、再び蜘蛛を見上げた。蜘蛛は炎の線を目玉から出し続けている。炎の線がリンクを囲んだ円を描くように追ってきた。

 

迷っている時間はない。リンクは巨大蜘蛛の目玉に狙いを定めると矢を放った。一直線に飛んでいった矢が蜘蛛の背中の目玉に命中した。巨大蜘蛛は苦痛を感じたのかギシギシと歯を鳴らすと、天井から脚を離し、地響きを立てて床に落下した。

 

リンクは弓を背負い、剣を抜いて敵に駆け寄った。だが仰向けにひっくり返った蜘蛛に近づくにつれ、はたと気づいた。巨大すぎる。樹木の幹ほどもありそうな太い脚にも胴体にもゴワゴワとした剛毛が生えており、剣を突き立てるのも一苦労に見える。

 

そのときリンクは気づいた。石像だ。

 

「ミドナ!杖を!」

 

リンクは剣を納めると叫んだ。蜘蛛は失神から目覚めつつあるのか、その脚先がピクリと動いた。

 

「ミドナ!早く!杖をくれ!」

 

リンクがもう一度叫ぶと、ようやく杖が目の前の床に落ちてきた。リンクは杖に飛び付くとスイッチを入れ、近くにあった石像を狙って振った。

 

光の玉が巨大石像の腹のあたりに浮かび、その体表に彫り込まれた紋様にも光が宿った。だが、蜘蛛は意識を取り戻したらしく、脚をもぞもぞと動かして仰向けの体勢から姿勢を立て直そうとしている。

 

リンクは再び杖を振った。上に突き上げられていた石像の拳が振り下ろされた。拳は巨大蜘蛛の腹に叩きつけられた。ほとんど地震かと思うほどの衝撃音だ。

 

巨大蜘蛛は再度の痛撃に怒りと苦痛の呻き声を上げた。だが今ので完全に目が覚めたらしい。仰向けになっていた自分の身体をひっくり返すと、左右を見回し始めた。リンクはその視界に捉えられないように横に走った。

 

どうやら蜘蛛の頭の正面についた点眼は、背中の目玉に比べると性能が悪いらしい。巨大蜘蛛はリンクを見失ったと判断したのか、ごそごそと脚を動かして壁を登り、天井に戻った。

 

「ミドナ、杖を頼む!」

 

ミドナに杖を託すと、リンクは再び弓を背中から下ろし、矢をつがえた。

 

だが異変が起こった。天井に取りついた巨大蜘蛛が身体を震わせると、その尻から次々と卵が出てきたのだ。卵はボトボトと音をたてて床に落ち、その中から一匹また一匹と白い蜘蛛が這い出てきた。子蜘蛛といえども、腹の大きさが人間の頭ほどもある奴だ。

 

白蜘蛛はすぐに大群をなしたかと思うと、リンクの方に向かってきた。リンクは反射的に白蜘蛛の一匹に矢を放った。矢が命中し子蜘蛛が吹き飛んだ。だが焼け石に水だ。リンクは弓を背負うと、剣を抜いて左右に振り回した。足元に近づいてきた子蜘蛛どもが飛び掛かってくる。

 

一匹、二匹と子蜘蛛がリンクの振り回す剣の刃に当たって真っ二つになる。だが数が多すぎる。一匹がリンクの脚に取りついて噛み付いた。ズボンが破れ、太腿に激痛が走る。そいつを引き剥がして剣を叩きつけているうち、何匹もが次々とリンクに取りついてきた。

 

回転斬りを放つと、身体に取りついた子蜘蛛どもが振り落とされ、剣の刃が三匹ほどを叩き潰した。だが、その瞬間にリンクは異様な熱気を感じた。目を上げると巨大蜘蛛の背中の目玉から出てきた炎の線がすぐそこまで迫っている。

 

リンクは横に転がって炎を避けた。そこにまた子蜘蛛どもがたかってくる。子蜘蛛の一匹が炎に巻き込まれて焼け死んだ。もはや自分の子供さえも犠牲にするつもりらしい。リンクがなりふり構わず両手を振り回して蜘蛛どもを振り払っていると、炎の線がこちらの周囲を囲む円を描くように迫ってきた。

 

間に合うか?リンクは必死で剣を振り回した。子蜘蛛の最後の一匹が潰れると、背中の弓を下ろして左手に握った。だが炎の線が背後から急速に近づいてきてリンクの背中に当たる。激しい衝撃とともに、炎熱を感じたリンクは前の床に吹き飛ばされた。

 

呻き声を上げながらもリンクは必死で立ち上がった。炎の線が迫ってくるのを見て再び横に転がり、立ち上がりざまに矢を弓につがえて天井の巨大蜘蛛の背中の目玉を狙った。放った矢は真っ直ぐ飛んで行き、標的に命中した。

 

巨大蜘蛛は気を失うと、天井から床に地響きを立てて落下した。リンクは敵に走り寄りながらミドナに叫んだ。

 

「杖を!早く!」

 

今度はすぐに杖がリンクの右手に握られた。リンクはダッシュしながらそのスイッチを入れると、目の前に横たわる巨大蜘蛛の身体の脇を回り込み、近くの壁際の石像に向けて杖を振った。石像に光が宿る。リンクが再び杖を振るうと、石像の拳がその前に横たわる巨大蜘蛛の身体に強烈な一撃を叩き込んだ。

 

巨大蜘蛛は激しい苦痛と怒りの声を上げた。リンクはまたミドナに杖を託すと、慎重に相手の視界から身を避けた。だが、次も同じ攻撃が来るはずだ。リンクの背中は火傷で激しく痛み始めた。だが今は気にしている余裕はない。巨大蜘蛛は壁を登って天井に陣取った。

 

「ミドナ、スピナーを出してくれないか」

 

リンクは言った。スピナーが足元に転がる。見上げていると、巨大蜘蛛がまた身体を震わせて産卵している。卵がボトボトと床に落ちてきた。

 

孵化した子蜘蛛どもがまたぞろ群れをなしてこちらに向かってきている。目を上げると、親蜘蛛はまだ背中の目を開けていない。こちらが子蜘蛛にたかられているうちに狙うつもりのようだ。

 

リンクは子蜘蛛どもの群れを引き付けると、スピナーを起動させて一気に突っ込んでいった。ステップを踏んで回転を加速させると、スピナーの歯車に子蜘蛛どもが引っ掛かり、次々と悲鳴を上げて潰れていった。

 

目を上げると、親蜘蛛が背中の目を開けて炎を発し始めた。炎が床を焼きながら追ってくる。だがスピナーの移動速度にまだ追い付いていない。リンクは向こうの壁際まで移動すると、スピナーから一旦降りて方向転換した。生き残りの子蜘蛛どもが迫ってきたところで再びスピナーを加速させ、数匹を轢き潰した。

 

子蜘蛛の群れが小さくなってきた。リンクは巨大蜘蛛の発する炎に追い付かれるまでまだ距離があるのを見極めると、スピナーから飛び降りて弓を手に取った。

 

矢立てから矢をとって、迫ってくる子蜘蛛に次々と射かける。矢が命中し、一匹、また一匹と悲鳴を上げて吹き飛んだ。

 

同時に親蜘蛛が発する炎の線がこちらに迫ってくる。つるべ撃ちに子蜘蛛どもを全て射殺すと、リンクは矢立てに手をやった。

 

だが矢がもうない。

 

炎の線が足元一メートルにまでに近づいてきている。リンクは横に転がって炎を避けると、ダッシュして先ほど射殺した子蜘蛛どもの遺骸に駆け寄った。

 

撃ったばかりの矢を子蜘蛛の一匹から引き抜くと、弓につがえて親蜘蛛の背中の目玉に向けた。そこから発する炎の線も、リンクを狙って床に円を描くように急速に迫ってくる。激しい熱気が身に迫る。リンクは覚悟を固めた。子蜘蛛の体液でぬらぬらと滑る矢筈を持ち、正確に狙いをつけた。

 

炎の線がリンクの足先に触れたその刹那リンクは撃った。矢はこちらに向かって飛ばされる炎の線の脇をかすめるようにして標的を目指し飛んでいった。矢が目玉に命中し、巨大蜘蛛は悲鳴を上げて床に落下した。

 

リンクは弓を放り出すと、ここを先途とばかりにダッシュして敵に近づいた。

 

「ミドナ!杖を!」

 

叫ぶと同時に右手に杖が握られた。杖のスイッチを入れて近くの壁際の石像に向けて振る。石像に光が宿るが早いが、リンクは杖を振り下ろした。同時に石像の巨大な拳が巨大蜘蛛の腹に叩き込まれた。

 

巨大蜘蛛は断末魔の悲鳴を上げると、八本の脚をバタバタと動かした。次いで痙攣しながら身体を丸めていたが、とうとう命尽きたのか脚を床に投げ出した。

 

巨大蜘蛛の身体がボロボロと崩れ始めた。倒した。リンクはようやくの勝利に溜め息をついた。太腿の傷や背中の火傷が痛み始めた。装備を下ろすと、背負っていた盾が異様な熱を持っていて、リンクは思わずそれを放り出してしまった。この盾のお陰で深手を負わずに済んだのだ。

 

「ミドナ、終わったよ」

 

リンクは話しかけた。

 

「‥‥本当か?」

 

ミドナが恐る恐る尋ねた。

 

「本当さ、ずいぶん手こずったけど‥‥」

 

リンクは言いながら目を上げ、固まった。

 

巨大蜘蛛が倒れていた場所に、その大きな目玉が転がっており、その周囲に子蜘蛛どもが群がっている。よく見ると、その巨大目玉には黒い小さな頭部と八本の細い脚が生えていた。こいつ自体が一匹の蜘蛛だったのだ。

 

「ヒイイイイイイイイ!まだいるぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

ミドナが叫んだ。リンクは足元に転がしておいた剣を拾い上げて抜き放った。巨大目玉は怯えたような様子であちこちを見回していたが、リンクに気づくとそそくさと逃げ始めた。回りを囲む子蜘蛛どもも今度は襲ってこない。目玉を守るかの如く付き従っている。

 

リンクは走り寄ると、目玉を追い回しながらそれを取り囲んで護る子蜘蛛たちに向かって剣を突き出した。もはや肉の盾としてしか価値がないと親から判断されたのか、子蜘蛛は一匹また一匹と悲鳴を上げて倒れていった。

 

子蜘蛛の囲みが薄くなっても目玉蜘蛛はまだ諦めず走り回っている。リンクはダッシュして速度を上げると、思い切り腕を伸ばして突きを放った。聖剣の切っ先が目玉蜘蛛に突き刺さる。

 

目玉蜘蛛は悲鳴を上げると少しの間のたうち回っていたが、やがて痙攣しながらこと切れた。周囲を取り巻いていた子たちも、文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 

目玉蜘蛛の死体が崩れ始めるとともに、その中から黒い鏡の破片が現れた。やはりこれのせいだったのだ。鏡の破片の脇には見慣れたハート型の器も転がっている。

 

リンクは鏡の破片に手を伸ばそうとしたが、思い直してやめた。

 

「ミドナ、今度こそ終わったよ」

 

リンクは剣を床に置くと座り込んで荒い息をついた。

 

「鏡の破片が見つかったよ。早く仕舞ってくれ」

 

ミドナが出てこないのでリンクはもう一度呼び掛けた。

 

「ミドナ?早く仕舞わないと僕が触って魔物に変身するかも知れないよ。それでもいいのかい?」

 

冗談めかして言うとやっとミドナが姿を現した。

 

「悪い冗談はやめてくれ、リンク」

 

彼女は真剣な口調で言った。

 

「お前も見ただろう?あの化物を‥‥」

 

「ああ。とんでもない奴だったよ」

 

リンクは額の汗を拭きながら答えた。

 

「鏡の破片の持つ魔力は想像以上だ。私たちはもしかするととんでもないものを集めているのかもな」

 

ミドナは呟いた。

 

「もしかすると、この世から消し去ったほうがいいのかも知れないな」

 

「だけど君が元の世界に戻るためには‥‥」

 

リンクは言った。

 

「いや、何でもないんだ、リンク」

 

ミドナはリンクを見ると言った。

 

「鏡の破片はあと一つだ。リンク、天空と呼ばれる場所を探そう」

 

リンクは頷いた。装備を全て集めると、リンクたちはミドナのワープで外の草原に出た。

 

外は昼過ぎだ。周囲の木立から小鳥が飛んできて草の間で餌をついばんでいる。リンクはミドナが回収しておいてくれたハート型の瓶の魔法薬を飲んだ。太腿の傷や背中の火傷の痛みがたちまち和らいだ。血も止まっておりどちらも軽傷だったが、ミドナが念のため薬を塗ってくれた。

 

「リンク‥‥今日はお前にだらしないところを見せちゃったな」

 

手当てを終えるとミドナは呟いた。

 

「これじゃあ王女の威厳も何もあったもんじゃあないよな」

 

「大丈夫だよ、ミドナ。僕は誰にも言わない」

 

リンクは請け合った。

 

「それにミドナ、人間は一つくらい弱点があったほうが魅力的だよ」

 

「わかったふうなことを」

 

ミドナは溜め息をついた。リンクは水を飲んで食事すると、草原に横になった。

 

「あの神殿はなんのために作られたんだろう?」

 

リンクは呟いた。

 

「まだ謎は多いな。だがあの杖が全ての鍵だということは間違いない」

 

ミドナが言う。

 

「天空への行き方がわかれば色々わかるだろう」

 

「そうだね」

 

リンクは頷いた。モイは今どこでどうしているのだろうか?ザントと決着をつける時もいよいよ近づいてきたと感じる。もし勝利できれば、村人たちの誤解も解けるだろうか。モイのため、ウーリのため、そしてコリンとその妹のためにもこの戦いには絶対に負けられない。リンクはそう心に決めた。

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