黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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忘れられた里・天空都市編
記憶の糸をたどって


リンクたちが神殿の扉の前の草原で休んでいると、おばちゃんと息子が近くに飛んできた。どうやら一足先に脱出していたらしい。

 

「お兄ちゃん、お疲れ様!」

 

おばちゃんが言った。

 

「あの杖で天空に行けるのよね。お兄ちゃん、行くときは私たちにも知らせてね!」

 

「え‥‥ええ。いいですよ」

 

リンクはそう答えたが、考えてみればおばちゃんの住所を知らない。

 

「おい、ちょっとこれを見てくれ」

 

ミドナが姿を現した。手には杖を持っている。

 

「どうしたんだい、ミドナ?」

 

リンクが尋ねると、ミドナは杖を差し出した。

 

「どうもおかしいんだ。色が違うだろう?それに錆びだらけだ」

 

確かによく見ると、杖は以前の青銅色から一転して赤錆だらけになっている。

 

「あらあら、これ大変よお」

 

おばちゃんが叫んだ。

 

「この杖、長い時間が経ったあとの世界に持ってきちゃったから壊れちゃったのね。困ったわあ」

 

「壊れただと?」

 

ミドナが聞いた。

 

「私、たしか杖を直す呪文もあるっておばあちゃんに聞いたんだけど、昔の話だからよく覚えてないし、どうしたらいいのかしらねえ」

 

おばちゃんも首を捻っている。

 

「おばちゃん、断片だけでもいい。なにか思い出せないか?」

 

ミドナが尋ねる。

 

「そうねえ‥‥杖でどうやって天空に行くのか私子供のころおばあちゃんに聞いたのよ。そしたら杖で動く像がどうのこうのって」

 

「確かに神殿の中の像はそうだったな。てことは天空への入り口はこの神殿の中にあるのか?」

 

ミドナが言う。

 

「そうじゃないのよ。それがね、杖で動く像っていうのは世界中にあるとかそんな話を私のおばあちゃんがしててね。そのときは興味なかったからよく聞いてなかったんだけど‥‥」

 

「世界中に、か」

 

リンクとミドナは同時に言った。

 

「杖も壊れちゃってるし、私たちはその石像っていうのを先に探しに行こうかしら」

 

おばちゃんが言った。リンクとミドナはおばちゃんとその息子に別れの挨拶をした。二人は相談すると、一旦城下町に飛んで情報収集することにした。

 

リンクが服を脱ぎ狼の姿に変えてもらうと、ミドナがワープを開始した。数秒後には城下町の東門の跳ね橋の前に到着していた。

 

リンクが人間の姿に戻って服を着ていると、遠くから声をかけてくる者があった。

 

「リンクさん!手紙ですよ」

 

顔を上げると、あのポストマンが手を振りながら跳ね橋の上をこちらに走ってきていた。

 

「おや、またおトイレの最中でしたか」

 

ポストマンはリンクの前まで来て手紙を差し出したかと思うと、「じゃあまた!」と言いながら平原のほうに走って行ってしまった。

 

服のボタンを止めながら手紙を受け取ったリンクはとりあえずそれをポーチに仕舞った。装備を身に付けると、リンクは跳ね橋を渡り門を抜けて町に入った。東通りは賑わっている。そこを通って中央噴水広場に入ると、矢を全て使ってしまったことに気づいた。だがセレブショップに行くわけにもいかない。

 

リンクは周囲の町民に聞くことにした。目抜き通りへの入り口の左手にあるオープンカフェに行くと、洒落たカウンターの奥にいた女店員に茶を頼み、代金を支払いながらそれとなく聞いてみた。

 

「この辺りで矢とか爆弾を売ってる場所、知ってますか?」

 

リンクはすぐ付け加えた。

 

「その‥‥セレブショップ以外で」

 

「そうねえ‥‥」

 

店員は三十手前くらいの人懐こそうな女だった。彼女は人差し指を頬に当てて考えていたが、やがて答えた。

 

「昔はねえ、ゴロン族の人たちがこの広場で冒険者向けの店やってたの。ああ、今でも目抜通りの商店街の南端あたりの温泉水屋さんはやってるでしょ?」

 

リンクは頷いた。確かにその辺りでゴロンが露店商をしているのを見たことがあった。

 

「でもねえ、つい最近そのゴロンの店、廃業しちゃったの。ほら、もしかするともうすぐ法律が変わるから‥‥」

 

「刀狩り、ですか?」

 

リンクは声を潜めて尋ねた。

 

「ちょっと、声が大きいわよ」

 

店員は顔を寄せてきた。どうやら噂話が好きらしい。

 

「それなのにね、私、その店をやってたゴロンたちを街なかでよく見かけるのよ。だから私ね、もしかするとあの人たち廃業したふりしてヤミで営業続けてるんじゃあないかって」

 

店員がしたり顔で囁いた。リンクはお茶を飲み干すと礼を言って店を出た。この情報は有力だ。

 

リンクはカフェの周辺を見回した。ゴロンは大柄で目立つとはいえ、町の雑踏でごった返している中探すのは面倒だ。噴水広場の南側の城壁に登ることを思い付いたリンクは、カフェの右側にあった壁の扉を試しに開いてみた。

 

内部は暗い通路だ。粗い造りの木箱が散乱し、奥まで続いている廊下の先、左手に階段が見える。

 

リンクが内部に足を踏み入れると、階段の手前の右手壁際にゴロンの親子が立っていた。

 

リンクは驚きながらも歩み寄り挨拶した。

 

「ん?あの勇者の兄ちゃんか?」

 

ゴロンの父親が言った。こちらはなかなかゴロンたちの特徴がわからず、誰が誰なのか区別がつかないことが多いが、向こうはリンクのことをよく覚えていてくれるようだ。二人は握手を交わした。ゴロンの男は鉱山の仕事を仲間と交代して時折行商に来るのだと言った。

 

「久しぶりだな。もしかすると何か要り用かい?」

 

リンクは矢が欲しい旨伝えた。すると、脇に立っていた子供が言った。

 

「兄ちゃん、薬も売ってるよ。買ってよ買ってよ」

 

父親は子供を窘めると、階段を登った展望台にいる仲間が矢を売っていることを教えてくれた。

 

「大変だね。営業許可が取り消されちゃったのかい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「見ての通りさ、兄ちゃん」

 

ゴロンの男は溜め息をついて言った。

 

「何でか知らねえけど俺たちの営業に対する風当たりが最近は強くってな。正式な許可貰ってるのは温泉水屋だけさ」

 

リンクは礼を言って階段を登った。階段の上の通路にゴロンの子供がもう一人いて、壁際に座っていた。

 

「兄ちゃん!カンテラの油買ってってよ」

 

ゴロン少年はリンクの顔を見るなり叫んだ。リンクは少年の頭を撫でてやると通路を進んだ。左手にある出口を抜けると、展望用のバルコニーに出た。噴水広場とハイラル城が一望できる。だが、今のハイラル城は奇怪な魔法防壁に囲まれている。

 

「おう、兄ちゃんか、ずいぶん会ってなかったな」

 

展望台の端に立っていたゴロンが声をかけてきた。リンクは挨拶するとその手を握った。矢束は三十本を四十ルピーで売っているという。リンクはやや高いと思ったが支払った。これで矢は確保できた。

 

「兄ちゃん、最近のハイラル城、おかしいと思わねえか?」

 

ゴロンが呟いた。

 

「そうだね。あんな防壁がどうして必要なんだろう」

 

リンクは答えた。

 

「そうじゃねえ。あの防壁ができるずいぶん前からさ、俺たちが気づいたのは」

 

ゴロンが言う。

 

「どういうことだい?」

 

リンクが尋ねる。

 

「昔は俺たちゴロンだって自由に城に入れて貰えたし営業許可なんてすぐ取れたもんさ。それが、今はずいぶん変わっちまった。締め付けばかり厳しくってな」

 

ゴロンは腕を組んだ。

 

「それだけじゃねえ。断交が終わってしばらく振りにこの町に来たとき、感じたあの異様な雰囲気‥‥忘れられねえんだ。おかしい。何かが絶対にな」

 

リンクは頷いた。口では何も言わなかったが、驚くとともに大いに勇気づけられた。ハイラル城の異常に気づいていたのは、モイたち四人だけではなかったのだ。

 

リンクはその場を辞して通路を戻り、階段を降りて広場に出ると、目抜き通りに足を踏み入れた。

 

リンクの頭の中にある考えがよぎった。まだ自分はモイたちのメンバーに正式に加わったわけではないが、このゴロンたちは仲間になってくれる可能性がある。そうなれば百人力だ。「計画」の成功率も大いに増すだろう。

 

雑踏の中を南下し、右手にある酒場に至る裏通りに折れると、人気のない広場を抜け、酒場の扉を開けた。

 

客はまばらだったが、カウンターの奥にテルマがいた。

 

「リンク!元気そうじゃないか、良かったよ」

 

テルマが満面の笑みを浮かべた。

 

「イリアは元気なのかい?」

 

リンクはイリアの治療が本格的に始まったことを伝えた。テルマはカウンターから出るとリンクの肩を抱いた。

 

「すぐに良くならなくっても気を落とすんじゃあないよ。あんたは今できることをしっかりやりな」

 

リンクは礼を言うと、奥の客席を見た。いつもの場所にシャッド、アッシュとラフレルがいるが、モイの姿は見当たらない。

 

リンクは三人に近づいて挨拶した。だが、どうも反応がぎこちない。

 

「モイはどうしたんだい?」

 

リンクは立ったままシャッドに尋ねた。

 

「‥‥あ、ああ。まだ戻ってないよ。君は会わなかったかい?」

 

シャッドが答えたが、どこか気のない返事だった。

 

アッシュの顔を見ると、彼女もリンクの顔を見返した。だが、心なしか眉根を寄せて、なぜだか心配そうな表情をしている。彼女にしては珍しい。

 

「リンク殿、ちょうど良かった。一つお聞きしたいことがありましてな」

 

ラフレルが口を開いた。

 

「なんでしょう?」

 

リンクは手近にあった椅子を引き寄せて座った。

 

「貴殿は魔法をお使いか?」

 

ラフレルに問われ、リンクは驚いて首を横に振った。

 

「もちろん使えませんよ。僕はただの剣士見習いですから」

 

「なら、可能性は一つしかないようですな」

 

ラフレルは言った。

 

「リンク殿、貴殿は雪山の麓からオルディン地方のカカリコ村まで一日で移動したということになる。これは明らかに尋常ではない」

 

そう言われリンクは背筋が寒くなった。あまりに迂闊だった。ワープを繰り返して移動時間を短縮したのはよかったが、第三者から見たらそれは明らかに異常なことだ。

 

「リンク殿、少し説明していただけますかな。貴殿ご自身が魔法を使わない以上、貴殿には助力者がいるとお見受けする」

 

「いや‥‥あの‥‥それは‥‥」

 

リンクは返答に詰まった。

 

「貴殿を我らのメンバーに加えるようアッシュ嬢から提案があったものでしてな。貴殿もまたそれを望んでいるとの話であった。アッシュ嬢、そうですな?」

 

ラフレルがリンクから目を離さないまま聞いた。

 

「さよう」

 

アッシュは答えた。

 

「剣の腕、人格、身元全てにおいて申し分ないと私が推薦申し上げたのだ。それでラフレル殿が多少の‥‥調査を」

 

彼女が言いよどむと、ラフレルが引き取った。

 

「その後我らで手分けして貴殿のことをお調べ申したのです」

 

ラフレルの表情は、言葉の柔和さに比べると固いものだった。

 

「ゾーラ兵たちによると、ゾーラ王子の帰還は貴殿の助力によるものとの話でありましてな。それは良いとして」

 

ラフレルは少し間を置くと言葉を継いだ。

 

「貴殿は雪山の麓でアッシュ嬢と会ったその日の夕方にはカカリコ村に到着し、その翌日にはゾーラ王子のために岩で塞がれた水路を開いたということになる」

 

リンクは返す言葉も見つからなかった。だが、そうかといって自分は狼に変身して影の国の王女の魔力を借りて自由にワープできるなどと言ったら彼らはどんな顔をするだろうか。

 

「リンク殿。我らのメンバーに加わるなら、貴殿の助力者についても我々は知っておく必要があると考えましてな」

 

ラフレルは切り出した。

 

「よろしければこの老輩に説明してくだされ」

 

リンクはシャッドとアッシュの顔を見た。シャッドは肩をすくめ、困った顔をした。アッシュは先ほどと変わらず申し訳なさそうな表情だ。そこへラフレルが促した。

 

「勿論、説明して下さいますな?」

 

なんと答えたらいいのか。リンクはしばらく下を向いて黙っていたが、考えあぐねた挙げ句口を開いた。

 

「皆さん、僕は知ってのとおり田舎の剣士見習いに過ぎません。物事を飾ったり言い繕ったりするのは苦手です。だがら、経験したこと全てをそのまま話します」

 

そう前置きしたうえでリンクは話し始めた。イリアとコリンが目の前で突然誘拐され、取り戻そうと後を追ったら奇妙な霧の立ち込めた影の領域に迷い込んだこと。そして黒鬼に捕らえられ地下牢に閉じ込められたところをミドナに助け出されたこと。それ以来、ミドナと協力しあって影の領域を晴らし、魔物を倒してきたこと。

 

また、ミドナがかつてハイラルから追放された魔術に長けた影の一族の王女であり、彼女は今ハイラル城を支配しているザントと戦っていることも話した。

 

三人は黙って聞いていたが、それぞれがそれぞれに驚きの表情を浮かべていた。

 

「本当か嘘かを判断するのは皆さんに任せます」

 

リンクは話したあと結んだ。

 

「これは驚きだ。本当だとしたら凄いことだよ」

 

真っ先にシャッドが口を開いた。

 

「ハイラル古代史においては一時期大いに繁栄した魔術が急激に姿を消したことがある。僕は今までその原因を推測することしかできなかったが、追放されたということなら確かに説明がつく」

 

彼はリンクに向き直った。

 

「リンク、できれば‥‥その‥‥彼女と直接話をさせてもらえないだろうか?」

 

「僕は彼女を晒し者にしたくはないんだ」

 

リンクは首を横に振った。

 

「というのも、彼女は今彼女本来の姿ではないんだ。勿論彼女が自分で姿を現しても問題ないと判断したら彼女はそうすることもあるよ。でも僕としては彼女が望まない形で姿を現すように求めることはしたくない」

 

「ラフレル殿」

 

今度はアッシュが口を開いた。

 

「『敵の敵は友』と申す通り、我々はリンク殿の助力者と利害を共有するところが多い。我らはリンク殿と協力関係を結ぶべきでは?」

 

「おのおのがた」

 

するとラフレルは重々しく切り出した。

 

「老輩は影の国のことは今初めて知ったが、リンク殿の話が真実ならば、リンク殿の助力者もまた我らの味方となると即断はできぬと考えまする。というのも、もしもこのハイラルから追放された者の末裔ならば、この世界に恨みを抱くのは人の情というもの」

 

「そんな‥‥」

 

リンクは声をあげた。

 

「彼女はハイラルに恨みを抱いてなんかいませんよ。ただ自分の世界を取り戻したいだけです」

 

ラフレルはリンクが喋ったあと腕を組んで少し黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「よろしいですかな、今は三つの可能性があると老輩は考えまする」

 

他の皆が聞いているなか、ラフレルは話し始めた。

 

「一つは、リンク殿の話が真実である可能性。もう一つは、その影の国の王女が今ハイラル城を支配しているという影の王と戦いつつも、自らもまたハイラルを狙っておるという可能性」

 

ラフレルは続けた。

 

「そして今一つは、その王女が影の王と裏で共謀関係にあるという可能性」

 

そこまで聞いていてリンクは首を横に振りながら言った。

 

「違います。彼女はハイラルを狙ってなんかいないし、ましてやザントと共謀なんかあり得ないです。ザントは彼女から多くのものを奪ったんですから」

 

「ラフレル殿、リンク殿もこう申されている。失礼ながら貴殿の思い過ごしということはないだろうか?」

 

アッシュは言葉を少し探した上でこう付け加えた。

 

「私にはリンク殿が嘘をついているようには思えぬ。このアッシュ、一度剣を交わせば相手がどのような人物かは分かりまする。リンク殿については嘘偽りを申されるようなことはないと私は信じております」

 

「アッシュ嬢」

 

今度はラフレルがアッシュに向き直った。

 

「ご承知のとおり我々の活動は機微なもの。例えリンク殿が信頼に足る人物であったとしても、その助力者が何者で何を企図しているのかが分からぬ限りはリンク殿を仲間に加えることはできぬ」

 

「しかし、そのリンク殿が信頼しておられるのならば‥‥」

 

アッシュが割って入った。

 

「アッシュ嬢、世の中には年を経ぬと分からぬこともありまするぞ。己が利のため人を騙すは人の世の常」

 

ラフレルは続けた。

 

「であれば我々が顔を見ず言葉も交わしたことのない影の国の者を信ぜよと申されるのはご無理というもの。お分かりですかな?」

 

「ラフレルさんの言うことはよく分かります」

 

リンクは言った。

 

「ですが僕は彼女と一緒に冒険してきました。彼女は危険な時も僕を見捨てませんでした。僕らは互いを守り合って戦ってきたんです。だから彼女が僕を騙すなんてことはあり得ません」

 

「それはリンク殿の主観というものではないですかな?」

 

ラフレルは少し眉を上げた。

 

「リンク殿、老輩もまたアッシュ嬢同様、貴殿が嘘偽りを申されるような方とは思ってはおらぬ。だが、それは必ずしも貴殿がどのような偽りも見破る用心と識別を備えておられるということを意味しない。違いますかな?」

 

「ラフレル殿、私は人を見る目についてもまたリンク殿は信頼に足ると考えておりますぞ。私の評価はそれも含めてのこと。用心に欠ける者は剣にもそれが表れるものですゆえ」

 

アッシュが食い下がった。

 

「アッシュ嬢。失礼ながら、貴女のその結論は拙速に過ぎるとお見受けする。なんとなれば、リンク殿一人についてもその人物を見定めるのにこれ程時間をかけたにも関わらず、その影の王女については今のリンク殿の短い説明のみで納得したと申されるのか?」

 

ラフレルは反論した。

 

「リンク殿と影の王女は共に戦ってきたとリンク殿は申された」

 

アッシュは言った。

 

「危地において共に戦うとは、いわば一蓮托生の仲となるということ。であればリンク殿と影の王女もそのような関係かと」

 

彼女は言葉を継いだ。

 

「このアッシュ、自らもそのような戦いを通って参った。危地において背中を守り合った相手が信ずるに足るかはもはや言葉は要さぬものと考えまする」

 

「アッシュ嬢、多くの時において真なることも常に真であるとは限りませぬ」

 

ラフレルも切り返した。

 

「もしも魔術に長けた種族ならば、それらの冒険すべてを仕組むことも可能ではないか?魔術の恐ろしさを我らは知らぬ。であるなら我らは重々に注意せねばならぬはず」

 

「ラフレル殿、いたずらに注意を重ねたとて戦いに勝てるとは限りませぬ」

 

アッシュは立ち上がった。

 

「戦いとはそもそもが危うきを冒すもの。全ての危険を排することで我らは今直面する巨大な敵に勝てましょうや?」

 

「我らの目的は勇に逸り戦場で名を遂げることに非ず、あくまでもハイラルを救うこと。ならば危うきを避けるは当然のこと」

 

ラフレルが言った。

 

「ハイラルを救わんとする働きならば、リンク殿は我々と同じように、いや我々以上に行っておられる。どこにそれを疑う余地がありましょうや?」

 

アッシュも譲らない。

 

「それも老輩にとっては頭から信ずることは出来かねること。武勇伝に尾ひれがつくのもまた世の常なれば」

 

ラフレルが答えた。

 

「ラフレル殿、なぜそこまで疑われる?」

 

アッシュが尋ねた。

 

「我が目で見ることもせず我が耳で聞いてもおらぬゆえ」

 

ラフレルが即答する。

 

「それは失礼ながら」

 

アッシュが少し逡巡してから続けた。

 

「若くして多くの功をなしたリンク殿に嫉妬しておられるのでは?」

 

「らちもないことを申される」

 

ラフレルはやや気色ばんだ。

 

「アッシュ嬢、ご自身が紅顔の美少年たる剣士を贔屓目に見ておられるかも知れぬと思われたことは?」

 

「ラフレル殿は私が美少年に見とれて判断を誤るようなうつけ者と申されるか」

 

まなじりを決したアッシュは語気荒く言うと腰に下げた長剣の柄に手を添えた。

 

「それならば我が剣に聞いてみればいかがか?このアッシュ、いつ何時誰と決闘することも厭わぬ」

 

「やめてください!」

 

そこまでの会話を聞いていたリンクは思わずテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「僕が皆さんの仲間に入りたいと思ったのはもともとモイがいたからです。モイは僕の師で、一番親しい友人の一人です。だから、モイが戦うなら僕も必ず一緒に、と思っていました」

 

リンクはアッシュとラフレルを交互に見ながら言った。

 

「でも、僕のせいで皆さんの間に争いが生じるのなら、僕はもう身を引きます。それに、ミドナのことを疑う人と、僕は一緒に戦うことなんてできません。なぜなら彼女は僕の‥‥」

 

そこまで言うとリンクは下を向いた。

 

「僕のかけがえのない相棒だからです」

 

リンクは、誰かが何かを言う前に踵を返して客室から出た。アッシュが何か言いかけたような気がしたが、リンクは振り返らなかった。

 

カウンターの中で料理を作っていたテルマかリンクの表情に気づいたのか、声をかけてきた。

 

「リンク、どうしたんだい?」

 

リンクは微笑むとテルマに言った。

 

「テルマさん、お世話になりました」

 

「いったいどうしたっていうんだい。お世話も何も、私とあんたの仲だろ?」

 

テルマは作業の手を止めると怪訝な顔をして尋ねた。リンクはラフレルたちとの会話のあらましをテルマに話した。すると、テルマは信じられないといった表情をして両手を広げた。

 

「私は難しいことは分からないけど、どうしてそれでラフレルにとってあんたが信用できないって話になるんだい?そればっかりは私も納得行かないよ」

 

「テルマさん、もういいんです。僕はやっぱり世間の人から見たら怪しいインチキ剣士に過ぎないんですから」

 

「ちょっとあんた、何を言うんだい?」

 

テルマは腕組みをして眉を寄せ、リンクを見た。

 

「リンク、私ラフレルと話をしてくるよ。あんたはここで待ってな」

 

「テルマさん、本当にもう良いんです。僕のことが原因で、あの人たちの間で争いさえ起きたんです。だがら僕は関わらないほうがいい」

 

「リンク‥‥」

 

テルマはしばらくリンクを見つめていたがやがて口を開いた。

 

「リンク、私はいつだってあんたの味方だよ。あんたがイリアやゾーラの王子のためにどんな思いをして戦ったかを私は全てこの目で見たんだ。忘れやしないよ」

 

「ありがとう、テルマさん」

 

リンクは礼を言った。テルマはカウンターから出るとリンクの頭を自分の肩に抱き寄せた。

 

「リンク、一生懸命やってると世間からありもしないことを言われることもあるさ。私もそういう経験をしたことがあるからわかるよ。でも諦めちゃダメだからね?」

 

テルマはリンクの目を覗き込んだ。

 

「あんたはいつでもこの店に遊びに来ていいよ。あんたは私のお気に入りだから特別待遇さ」

 

彼女はそう言うとウィンクした。リンクはテルマの肩に手を置いて再び礼を言うと、彼女に見送られながら店の扉を出た。

 

右手の厩に行って扉を開けると、エポナはテルマの馬と肩を並べていた。リンクは二頭に声をかけると、エポナを繋いでいたロープを解いた。

 

「さあ、行こう。長い間放っておいてごめんな」

 

リンクはエポナを厩から出して扉を閉めると、彼女を引いて広場を横切り、目抜き通りに入った。北上して中央噴水広場に出ると、東通りを抜けて東門をくぐり、跳ね橋を渡った。

 

「ミドナ、ごめん。君のことを話しちゃったよ。僕はやっぱり嘘をつくのが下手なんだよ」

 

リンクは言った。エポナに跨がって手綱を操り、ハイリア湖方面への小道に入った。

 

「まあ構わんさ。ザントは既に我々の活動に気づいている。あいつらに知られたところでどうってことは無いさ」

 

ミドナが答えた。

 

「これからどうしようか?」

 

リンクが尋ねた。

 

「まずは天空の情報集めだな」

 

ミドナは姿を現すと、顎に手を当てた。

 

「そう言えば手紙が来てたろう。中身を見てみたらどうだ?」

 

彼女に言われ、リンクはポーチに入れた手紙を取り出して開封した。中身はレナードからだった。「イリアの記憶のことで聞きたいことがある。至急カカリコ村に来られたし」とのことだった。

 

「イリアの記憶のことで?」

 

リンクは呟いた。

 

「リンク、行ってやったらどうだ?」

 

ミドナが言った。

 

「だけど寄り道になっちゃうかも知れないよ」

 

リンクは答えた。

 

「今はまだ天空へ行く方法の手がかりを何もつかんでいないんだ。カカリコ村に行きながらしらみ潰しにその調査をしていけばいい」

 

ミドナがそう言ってくれたので、リンクはカカリコ村に向かうことにした。また、実のところリンク自身もカカリコ村が真っ先に頭に浮かんだのだ。リンクにとって、カカリコはもはや第二の故郷だった。

 

リンクは手綱を鳴らしてエポナに加速の合図を送った。ところが、エポナは並足のまま一向に走ろうとしない。

 

「どうした、エポナ?」

 

リンクは声をかけ、彼女の顔を覗き込んだ。だが、もう二週間ほども彼女の相手をしてやっていなかったことを思い出した。拗ねてしまっていてもおかしくはない。リンクは並足のまま旅をすることに決めた。

 

崖に挟まれた小道を抜けると、ハイリア大橋の前に出た。日がだいぶ傾いてきている。夕焼け色の空の下、ハイリア大橋から眺める湖は格別の美しさだった。リンクは橋をゆっくりと渡ると、両側にあるゴツゴツとした岩の並びを横目に道を進んだ。

 

以前この道を通ってカカリコ村に向かったのはいつだっただろう。あの時は迷いを感じることなどなかった。イリアのために戦うというその一念だった。例えイリアが自分のことを少しも思い出してくれなくても、それでも構わないと思っていた。リンクにはその頃の自分が懐かしく思えた。

 

やがて木でできた小さな橋が前方に現れた。その橋を渡る頃にはとっぷり日が暮れてしまった。高い崖に挟まれた道が右にカーブし始める地点だ。ラルス王子を護衛したときはここでブルブリンどもの待ち伏せに遭ったことを思い出した。リンクは念のため日没後もしばらくは月明かりの下で馬を進ませ、以前も野宿したハイラル平原の手前の門のそばで寝ることにした。

 

木立というほどの木立は周辺には無かったが、エポナから降りて手綱を引きながら灌木や茂みを回ってどうにか柴を集めると、崖のふもとに落ち着いて焚き火を起こした。天幕を張り、水を飲んで食事をすると、リンクはブーメランを取り出してゲイルと話しながら夜長を過ごした。

 

「リンク、君の落胆も理解できます」

 

ゲイルは言った。

 

「僕はやっぱりミドナみたいに強くはないんだよ」

 

リンクは溜め息をついて首を振った。

 

「雪山の麓でアッシュと話したときも、これで一緒に戦う仲間ができるかもって内心嬉しかった。それに城下町の展望台でゴロンと話したときもそうだった。でもそんなに甘くはないんだね」

 

「リンク、それは早計というものです。人間は変わるものですから」

 

ゲイルは言葉を継いだ。

 

「それに、今の君に必要な経験というものがあるのだと私は思います」

 

「僕に必要な経験?」

 

リンクは顔を上げた。

 

「リンク、君は多くの戦いに勝利してきましたが、同時に多くの落胆も経験してきました。君は正しい方向に向かっているのです」

 

「正しい方向?」

 

「そうです。君は驚くべきことをやり遂げてきたにも関わらず、冒険を始めたときの君と同じくらい謙虚です。多くの人たちは成功を収めることで慢心してしまうのですよ」

 

ゲイルは続けた。

 

「リンク、君のそのあり方がなにより大事なのですよ。ですから私には見えます。君がいつの日かこの冒険の目的を成し遂げるところが」

 

「君がそう言ってくれるのはうれしいよ。そんなふうにうまく事が納まればいいけどね」

 

リンクは膝を抱えて焚き火を見つめた。

 

「いえ、この冒険が終わっても君の戦いは終わるわけではないのですよ。君は薄々気づいているかも知れませんがね。むしろそれは始まりなんです」

 

「始まり‥‥なのかな」

 

リンクは呟いた。

 

「そう、君が勇者としての務めを果たし切ったあとも、このハイラルには多くの問題が残るでしょう。人の偏見、そねみ、虚栄心などが世から尽きることはありません。むしろ日常の中で長きに渡ってそのようなものと戦い続けることこそが真の力を要すると言ってもいいでしょう」

 

「じゃあ同じような落胆もこれから先たくさんあるってことなんだね」

 

「しかし君のことを支えてくれる人もまた現れるでしょう。君が君のままであり続ける限り、そのような人たちはずっと共にいてくれるはずです」

 

「テルマやレナードみたいに?」

 

リンクは聞いた。

 

「そうです。それに彼らだけでだけだはなく、もっと多くの人たちが既に君の傍らにいるでしょう?」

 

そう言われてリンクは記憶を振り返った。コリンやタロ、マロはいまやリンクの目的を完全に理解してくれていたし、カカリコ村のゴロンたちは既に友人以上の存在だった。リンクは思い直した。自分は既に一人ではないのだ。

 

ゲイルにお休みを言い、リンクは天幕の中に横たわった。九月に入ったせいか、気温が下がるのが早い。体を丸めて目を閉じると、それでもすぐ眠りがやってきた。

 

夢も見ない深い眠りのあと、夜明け前に寒さで目が覚めた。リンクは焚き火に柴を足して体を暖めた。その後荷物をまとめ、エポナに跨がって移動を再開した。

 

空が白みかけてきても、崖沿いの道は暗いままだ。エポナに跨がると、宥めながら少しずつ加速の合図を送る。ようやく反応してくれるようになると、リンクは早足にして進みハイラル平原へ出た。エポナは機嫌を直してくれたようだ。快速に蹄の音を響かせながら南西に向かう道を走り始めた。

 

やがて、上空を飛んでいたカーゴロックが二羽ほど、こちらに目を付けて下降してきた。リンクは一旦速度を落とし、気づかぬ振りをして相手を引き付けると、怪鳥どもが攻撃してきた瞬間に加速した。

 

最大まで速度を上げると、さすがの怪鳥どもも追ってこれず、やがて諦めて離れていった。その後速度を落としたが、太陽が高く上がる頃にはリンクたちは高木が傍らに立ち並ぶ街道に出た。左手に沼地が見え始める。リンクはエポナを並足にすると、清い水が流れる場所を探して道を逸れた。

 

枯れかかっているがまだ水の流れる川を見つけると、リンクはそこでエポナに水を飲ませた。自分も水を飲んで食事をすると、エポナにしばらくのあいだ水辺の草を食ませた。

 

エポナに十分食事をさせると、また街道に戻り、早足で南西を目指した。路面を見ると、比較的新しい轍が刻まれている。どうやらリンク以外にも往来する者が出てきたらしい。

 

昼頃には真西にオルディン地方に向かう道に到着した。その岐路に入ると、リンクはエポナを思い切り加速した。思い起こせば、彼女もまたリンクの傍らにい続けてくれた存在なのだ。リンクはエポナと共に行く旅を心から味わった。

 

途中、街道にボコブリンがうろついていた。リンクは剣を抜くと馬に乗ったまま走り寄って一太刀浴びせた。相手が倒れたところをエポナを止めて歩み寄り、止めを刺した。

 

剣を血払いして納めると、またエポナに跨がって街道を走り始める。急げば日没には目的地に到着しそうだ。リンクは途中でまたボコブリンを見つけると馬上から奇襲し、さらに何度か追い討ちをかけて退治した。馬車が往来するようになったのならば、出来るだけ街道を安全にしておきたかったからだ。

 

日が傾く前にはカカリコ峡を越える橋を渡った。遠くには平原の終わりを示す高い岩壁が見える。オルディン地方特有の赤茶けた岩だ。平原を走り抜けると、道沿いのほうぼうに風に削られた丸い岩の柱が立っている。

 

街道の終端にある門を抜け、崖に挟まれた小道を進んだ。しばらくしてオルディンの精霊の泉に着くと、エポナから降りて全ての装具を外してやった。

 

水を飲むエポナをそのままにしてやり、リンクは村の目抜き通りに入った。明らかに以前よりも活気を増しており、往来には人間の住民のほかゴロン族たちも行き来している。礼拝所の扉を開けるとゴロン長老のゴローネと族長のダルボスが堂内に座っていた。奥を見るとイリアとルダが台所に立っている。

 

リンクが声をかけるとゴロンたち二人が立ち上がって出迎えてくれた。

 

「久方ぶりだな、兄ちゃん。元気そうじゃねえか」

 

ゴローネが手を差し出した。

 

「長老もお元気そうで何よりです」

 

リンクは相手の手を握ると、隣にいた族長にも挨拶した。

 

「よう、剣士の兄ちゃん。今日はなにを隠そうお前さんの女友達のことで来たのさ」

 

族長が言った。相変わらずの堂々たる巨体で、天井の高い礼拝所の中でもやや窮屈そうにしている。

 

「イリアのことで?」

 

リンクは驚いて尋ねた。

 

「そうだ。実は記憶を取り戻す方法についてレナードから相談を受けてな」

 

ゴローネが答えた。

 

「俺たちゴロン族の若者で、以前落盤でひどく頭を打って記憶を失った奴がいてな。だがそいつは記憶を失う直前の時期に見聞きした物を見せることで治ったんだ。だから同じ方法があの嬢ちゃんにも効くかも知れねえ」

 

そこへレナードが書斎からやってきて、リンクを見つけると大きく両手を広げて歓迎の意を表した。二人は抱擁を交わした。

 

「リンク、よく来てくれた」

 

レナードが口を開いた。

 

「イリアの記憶に関する手掛かりが見つかったんだ。真っ先に君に伝えるべきだと思ってね」

 

「それはいったい何です?」

 

リンクは思わず身を乗り出した。

 

「順を追って話そう」

 

レナードはベンチに座るようリンクに促した。

 

「実は最近、城下町に住むある学者から手紙をもらってね。中身は近々礼拝所を見学させてほしいとの依頼だったんだ」

 

レナードは言った。そこへイリアとルダが皆に茶と菓子を持ってきてくれた。リンクが挨拶すると二人とも顔を輝かせた。

 

「それで、その学者が言うには、この礼拝所には古の天空人につながる遺跡があるということなんだが‥‥」

 

「祭司さま、もしかするとその学者って、シャッドという人ではないですか?」

 

リンクは尋ねた。

 

「これは驚いたよ。知り合いなのか?」

 

レナードは目を見開いた。

 

「ええ、まあ」

 

リンクは答えた。

 

「それで、私が彼の手紙を読んでいたらイリアが突然思い出したんだ。自分は以前誰かに助けられ、その人から天空に住む人々の話を聞かされたと」

 

レナードは続けた。

 

「中でも、『天空の杖』という言葉は克明に思い出せるそうだ」

 

「天空の杖‥‥」

 

リンクは驚いて呟いた。レナードはリンクの肩に手を置いた。

 

「君にも手伝って欲しい。イリアの記憶が戻るかも知れないぞ」

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