リンクはミドナに頼んでもう一日出発を遅らせた。イリアともう少し時間を過ごしたかったからだ。彼女の記憶は完全に戻ったわけではなかった。笛を見たことでリンクにまつわる記憶を思い出したのである。彼女はまたコリン、タロ、マロそしてベスのことについても思い出すことができたが、トアル村のことについての記憶はいくつか欠落している部分があるようだった。
リンクはその日の午前中イリアと過ごしたあと、今度はエポナの世話に精を出した。酷使した分の労いをこめてその身体をよく洗ってやったあと、平原の入り口に連れ出して新鮮な草を食ませ、純粋なレクリエーションとしての走りを楽しませてやった。
夕方礼拝所に戻ると、堂内中央の祭壇が動いていて、地下室に続く竪穴がぽっかりと口を開けていた。
「リンク、君の知り合いが来ているんだ。地下室にお通ししておいたよ」
夕食を調理していたレナードが台所から声をかけてきた。
「知り合い‥‥ですか?」
リンクは不思議に思って尋ねたが、すぐに思い当たる節があった。シャッドだ。
竪穴を降りて地下道を進むと、地下室には壁に作り付けた燭台に火が灯されていた。果たしてシャッドは地下道から見て左手の壁際にある石像の近くに跪き、舐め回すようにそれを調べていた。リンクが声をかけると、彼は立ち上がって握手してきた。
「奇遇だねリンク。こんなところで会うなんて」
青年は眼鏡の奥の目を細めた。
「元気そうでなによりだよ、シャッド」
リンクがそう返事すると、青年はやや顔を伏せた。
「君に謝らないといけないね、リンク」
「謝るって何を?」
リンクは驚いて尋ねた。
「ラフレルのことさ。あの人は根はとてもいい人なんだ。面倒見も良いし、人情もある。ただ‥‥」
シャッドは溜め息をついた。
「彼は融通が利かないところがあるんだ。元々はハイラル軍の偉いさんだったからね。規則とか立場にうるさいというか、とかくお役所的な考えが抜けないんだ」
青年は肩をすくめて続けた。
「数千人の兵隊を指揮するっていうならそれも仕方がないけど、僕らはたった四人なんだ。もっと柔軟にやったっていいと思うんだけどね」
リンクは首を振って答えた。
「もういいんだ。僕は君たちのことは心の中で応援してるよ。ただ一緒には活動しないというだけさ」
だがシャッドはリンクの手を離さず、その肩に手を置いた。
「リンク、覚えておいてくれ。僕はいつだって君の味方だ。君の言っていたことも僕は信じるよ」
青年は頷いて強調した。
「君があの勇者だってことは僕にもはっきりとわかる。だとしたら今この時に別の世界の誰かが君の助けを求めに来たとしても全く不思議じゃないと僕は思うんだ」
「シャッド‥‥」
リンクは青年からの思わぬ言葉に胸が熱くなった。
「おっと、本題はそこじゃあないんだった」
シャッドは言うと手を離し、さっきまで調べていた石像のほうを見やった。
「いつだったか、天空に住む種族の話をしたのを覚えているかい?」
「ああ、覚えてるよ」
リンクは答えた。
「とうとう見つけたんだ、この石像を。親父の文献に載っていたのと全く同じなんだ」
シャッドが右手に持った本を少し持ち上げると言った。
「この石像が?」
「ああ。実は似たような石像はハイラル中にある。だけどこいつは他とちょっと違う特徴があるんだ」
シャッドは石像に歩み寄った。梟を模したその石像はよく見ると壁に半分埋め込まれたような形になっている。壁と石像の間にはわずかながら隙間がある。覗き込んでみると、どうやら石像の向こう側には地下道が続いているようだ。
「いやいや、そこじゃないんだ。こっちだよ」
シャッドはリンクの手を引くと、石像の中心部分を指差した。円形の装飾部品のようなものが嵌め込まれている。その表面には不思議な形の文字が彫り込まれていた。
「天空文字さ」
シャッドが言った。
「天空文字?」
「そうだ。『解封の言葉を唱え我を目覚めさせよ』と書いてある」
「君、読めるのかい?」
リンクはびっくりして尋ねた。
「ああ、なんとかね」
シャッドは照れ笑いして頭を掻いた。
「死んだ親父が残してくれたんだ。ハイラル文字との対照表をね。それに、有り難いことに元々は同じ言葉だったから文法は似てるんだ」
リンクは感心しながらその文字列を眺めた。だが、当然ながら何が何やらさっぱりわからない。
「そうだ、君の友人のイリアさんのことも聞いたよ」
シャッドは口を開いた。
「僕は直接会ったことはなかったんだけどね。でもアッシュは少し言葉を交わしたことがあるって言ってたよ。彼女、大変な目に遭ったみたいだね」
「そうだね」
リンクは答えた。
「僕は医学のことは専門外だけど、レナード先生ならきっとうまく治療してくれると思うよ。それにさっき僕が話したときもずいぶんしっかりした感じだったんだ」
「イリアと話したのかい?」
「ああ。礼拝所の外で先生のお嬢さんと一緒に散歩していた。天空の杖のことも少し話してくれたよ」
シャッドは言った。
「彼女を匿っていたお婆さんから聞いたっていうことだけだけどね。だけど僕には驚きだったよ。この石像と関連のあるもう一つの重大な要素だ」
リンクの頭の中で記憶が甦った。時を超えた神殿で手に入れた「支配する杖」と、ハイラル中にあるというそれによって動く石像。だが、今リンクが持っている杖は錆び付いてしまって使い物にならない。
「だがこれで余計謎が深まったよ。石像、杖、解封の言葉‥‥」
シャッドは顎に手を当てると呟いた。リンクは青年に言った。
「シャッド、思い当たる節はあるんだ。今はまだ何とも言えないけどね」
「本当かい?」
シャッドは目を見開いた。
「イリアが匿われていた村のおばあさんに詳しく聞いてみることにするよ」
リンクはシャッドと礼拝堂に上がった。その晩は皆で夕食を囲んだが、シャッドはレナードが泊まっていけと勧めるのを固辞し、営業再開した宿屋に行った。
夕食後、イリアがリンクに話しかけてきた。
「リンク、私シャッドさんと話してから急に思い出したの」
「イリア、大丈夫かい?そんなに急にいろいろ思い出しても」
リンクはイリアをベンチに座らせた。
「大丈夫。これはあなたに伝えなきゃって思ったから」
彼女はリンクに隣に座るよう促すと話し始めた。
「私、おばあさんに逃がしてもらったとき一緒に逃げようって言ったの。だけど彼女は自分は村を離れられない事情があるって」
「事情が?」
イリアは頷くと続けた。
「ある人が来るのを待ってるからって。その人っていうのは、天空の杖というのを持った人で、その人が来たら渡さなきゃいけない物を持っているって言ってたわ。それが先祖から長い間伝わってきた一族の仕事なんだって」
「ありがとうイリア、よく思い出してくれたね」
リンクは労った。
「レナード先生から聞いたわ。あなたがあの勇者だって。幼馴染みの私にはなんだか信じられないような話だけど」
そう言ってクスリと笑うと彼女は首から紐で下げた笛を外し、リンクに手渡した。
「この笛、あなたにあげようと思って作ったの。持っていてくれる?」
リンクは受け取るとそれを自分の首に掛けて礼を言った。
「あなたが今たくさんの人を救うために頑張っているなら私も応援してあげたいから。私は祈ることしかできないど、この笛を見たらそのことを思い出して?」
リンクは微笑んだ。やがて皆が就寝し、リンクも旅に備えて早く寝た。翌朝夜明け前に起きると、リンクは全ての武具を身に付け、泉で水筒に水を満たし、エポナに装具をつけて跨がった。
人気のない目抜き通りを並足で北上し、バーンズ爆弾工房を過ぎたところで右手に折れると、一気に加速した。
崖に挟まれた小道を抜け、左手に岩場、右手に峡谷を見ながらしばらく走ると平原だ。東の空が美しい茜色に染まってきたが、平原には猪騎兵どもがいるのをリンクは忘れていなかった。
案の定、平原に入ってしばらくすると騎兵どもが西の方角から走ってきた。リンクは弓に矢をつがえると、エポナの上から敵を狙った。だが、騎兵どもは真っ直ぐ接近して来ず、リンクの進路とは直角に移動し、大きく回り込んできた。後ろから攻撃するつもりのようだ。
リンクは舌打ちすると、矢を矢立てに戻し弓を背負った。
「エポナ、ちょっと面倒な連中だ。少し手伝ってくれ」
愛馬に声をかけると加速の合図を送った。敵が右後方から接近してくるのを、自分は左に鋭く曲がりながらその火線から身をかわした。
小回りの良さでは猪よりエポナのほうがはるかに上だ。犬の追いかけあいの要領で相手の後ろにつくと、リンクはエポナを一気に加速させて騎兵どもを二騎とも弓手もろとも斬り捨てて片付けた。
やや減速して一時間ほども走ると、オルディン大橋の構造物が見えてきた。足元が石畳に変わる。リンクは背中から弓を下ろすと矢をつがえて橋の門に近づいた。
門の上にいた弓兵がこちらに気づいて矢を放ち始めた。だが敵の射程に入る前にリンクはコースを変えた。橋の門に真っ直ぐ向かわず、一旦西方面に通り過ぎると方向転換して再び門に近づいた。
エポナの胴体を両脚でしっかりと挟み、弓を構え引き絞りながら門の上の敵を狙う。距離が近づくとまた相手の火矢が飛んでくる。その軌道を見極めつつも、リンクは動じずにしっかりと狙いを定めた。
敵の矢がまた飛んできた。それが自分の頭をかすめた瞬間リンクは放った。矢が命中し、鬼は門の上で崩れ落ちた。
リンクはエポナを再び方向転換させ、ゆっくりとした足取りで門に入り大橋を渡った。まだもう一匹いたはずだ。橋の中程で馬から降りると、弓に矢をつがえたまま忍び足で進んだ。
門の脇の段差の上にいたブルブリンは距離二十メートルほどでリンクの接近に気づいた。跳ね起きて弓に矢をつがえこちらを狙ってくる。リンクは一瞬早く狙いをつけて放った。ほぼ同時だったがリンクの矢が敵の胸を刺し貫いた。敵の矢は頭の上数センチをかすめて背後の地面に突き刺さった。
リンクは汗を拭うと、橋の上を戻りエポナに跨がった。これで当分は橋の通行は安全になるだろう。エポナを早足で進ませて橋を渡り切り、平地を横切ってその先の小道に入った。
太陽が昇ってきても、両側を灰色の岩壁に挟まれた道は薄暗い。それでも、ブルブリンの待ち伏せに遭わず快速に進み、昼過ぎには隠れ里への洞窟にたどり着いた。
エポナを前回と同じ目立たない場所に止め、自分の水筒から水を飲ませると、リンクは彼女を置いて洞窟を抜け隠れ里に向かった。
里は、以前と同じく荒れ果てた光景だったが、鬼が一匹もいないのが良くなった点だ。目抜き通りを見ると、そこらじゅうに猫がいて寛いでいた。インパルが世話をしていたのが、鬼がいなくなって外に出てきたのだろうか。
目抜き通りを突き当たりまで進んでインパルの家の扉を叩くと、老女は喜んでリンクを迎えてくれた。
老女はイリアのことを気にかけ何度も尋ねてきたが、順調に回復している旨をリンクが請け合うと大いに喜んだ。彼女がまたなけなしの穀物をかき集めて来客に手料理を振る舞おうとするのをリンクは固辞して、本題を切り出した。
「お母さん、実はもう一つ聞きたいことがあるんです」
リンクは言った。
「イリアはあなたから天空人の話を聞いたと話してくれました。そのことを詳しく教えてもらえませんか?」
「ようございます」老女は答えた。
彼女の言うには、彼女の部族は先祖の代から天空人と王家の間を取り持つ任務を担っていた。そして、天空と地上との交流が途絶えた後も、その往来の鍵を握るある物を保管してきたというのだ。
それは、天空人の言語で書かれた文書だった。先祖からの言い伝えに従い、インパルはこの村から離れることなく若い頃からその文書を預かってきた。それは、いつか地上から天空への使者として正当な資格を持つ者が現れたときに、その者を天空への入り口にいざなうためである。
「あの子は私に一緒に逃げようと言ってくれました。ですが、この老婆にはどうしても村を離れられない理由がある、と言って私はあの子だけを行かせたのですじゃ。その理由というのが、天空への使者のための文書を預かる務めなのですじゃ」
「お母さん、天空の杖というものはもしかすると、『支配する杖』っていうのではないですか?」
リンクが尋ねると、老女は答えた。
「さようでございます。別の名では『支配する杖』とも申します。天空への入り口は、私どもが預かってきた文書と、その杖の両方がなければ決して開かれることはないのです」
リンクはミドナに小声で頼み、杖を出してもらって老女に差し出した。それを見た老女は驚きに目を大きく見張ると、両手を組んで膝をついた。
「おおお、あなた様が天空への使者だったとは‥‥」
「お母さん、僕が『使者』って‥‥いったいどういうことでしょうか?」
リンクは慌てて老女を助け起こしながら尋ねた。
「その杖こそが天空人が造って王家に献上した『支配する杖』なのですじゃ」
インパルは言った。
「その杖は地上から天空を訪れる使者の資格を持つ者にのみ渡される決まりなのですじゃ。この里から魔物どもを打ち払って下さったあなた様がそれを手に入れたのが何よりの証拠」
老女はそう言うと、家の奥の物入れ戸棚に急いで歩いていった。しばらく待っていると、インパルは分厚い皮の表紙で綴じられた本を持ってきた。
「これがその文章ですじゃ。どうかお役立て下され」
リンクは戸惑いながらも書物を受け取った。表紙にも中のページにも、リンクには全く読むことのできない文字が書かれている。
「かつて地上から天空へ使者を送るさいには必ずその杖とこの文章がその者に与えられたのですじゃ」
老女は言った。
「でも僕が使者になるって‥‥天空の人たちに何を伝えればいいんでしょう?」
「地上で起きていることは天で起きていることの鏡と申します。この悪しき時に、天空はあなた様の力を必要しているとこの老婆は考えますのじゃ」
老女の言葉を聞いて、リンクには朧気に分かってきた。ザントが陰りの鏡の破片を持ち込んだせいで天空にもいま混乱が生じ魔物たちが跋扈しているのかも知れない。
「もしもあの娘と出会わなんだら、あなた様がこの村を訪れることもなかったでしょう。この村を離れなくて本当に良かった」
リンクが文書を自分のポーチに仕舞うと、インパルは大きな安堵の溜め息をついて有り難そうに両手を組んだ。リンクはこの荒れた土地で一人で暮らす老女の生活を気遣い、馬の背に乗ってカカリコ村に行かないかと持ちかけたが彼女は固辞した。
「ここには井戸も畑もありますし、この老婆が一人生きていくには十分ですじゃ。リンク様、どうかお気をつけてお行きなされ」
後ろ髪を引かれる思いを残しながらも、リンクは老女のもとを辞した。
村を出る前に、西側の手前の建物を抜けて崖側の中庭に入った。風の力で遠吠えのような音を出しているあの石碑に近づくと、服を脱いでミドナに狼姿に変えてもらった。
石碑の奏でるメロディによく耳を傾けると、今度はそれを真似して吠えた。師が教えてくれる技もあと一つとなってしまった。自分が勇者として十分な力を備えているなどまだ信じられなかった。
だが、いずれにせよいつまでも誰かに頼っているわけにはいかない。最後の技を教わる前に少しでも成長していたい。リンクはひとしきり吠えると、確かに師にその思いが伝わったような気がした。
人間の姿に戻って服と装備を身に付けると、洞窟を抜けてエポナを止めた場所に戻り、彼女に跨がってオルディン方面に出発した。
カカリコ村に着いたときには夕暮れ時になっていた。リンクはエポナを泉で休ませ飼い葉を持ってきてやると、文書を携えて礼拝所に急いだ。
祭壇の横の穴から地下道に降りて石像のある地下室に行くと、シャッドは昨日と同じように石像を調べていた。
「もう行ってきたのかい?ずいぶん早いじゃないか」
リンクが近づくと青年は驚いた顔をして振り向いた。
「シャッド、君に見てほしいものがあるんだ」
リンクはそう言うと文書を差し出した。それを手に取り、何気なくページをめくったシャッドの目の色がみるみるうちに変わっていった。
「こ‥‥これは天空文字じゃないか!いったいどこでこんなものを?」
リンクは老女から聞いたことのあらましをシャッドに話した。
「これは驚きだ。凄い発見だよ。シーカー族の生き残りっていうだけでも凄いのに、その人が天空文字で書かれた文書を持っていたなんて!」
シャッドは興奮も覚めやらぬ様子でリンクから受け取った文書を開き、自分の本と照らし合わせながら読み上げていった。
「我‥‥天空‥‥人‥‥の‥‥頭領‥‥くそっ、これは固有名詞か。ここに‥‥記す。シ‥‥シーカー族の‥‥頭領‥‥インパに‥‥対し‥‥天空都市‥‥に‥‥遣わされる‥‥べき‥地上人の‥‥使者を‥‥我らが‥‥迎える‥にあたり‥‥」
「シャッド、読めるかい?」
「ああ、どうにか」
シャッドは眼鏡を上げて目頭をマッサージすると再び文書を睨み、今度は黙読しはじめた。五分ほどもすると、彼は本を一旦綴じてリンクに向き直った。
「リンク、これは考古学史上に残る貴重な文書だよ。君がこれを使い終わってからで構わないが、どうか一ヶ月ほど僕に預けて写本させてくれないか?」
「もちろん構わないよ」
リンクは快諾した。
「だけどシャッド、一体どういう内容なんだい?」
「一種の外交文書みたいなものだな」
シャッドは言った。
「どうやらこれが書かれた時代、天空人たちはハイラルとは別個の統治体を形成していたみたいなんだ。そして彼らとハイラルの間をシーカー族が仲介していたらしい」
青年はそう言って文書を持ち上げた。
「そこからが面白いんだ。まだ解読し切れていない部分もあるけど、この文章は地上から派遣される天空への使者をどのようにして送り出すべきかが書かれている。つまり正式に認められた訪問方法だよ。それ以外の方法は認められないというわけだ」
そこまで説明するとシャッドはまた文書を開いて読み始めた。
「シャッド、君はどう思う?」
リンクは尋ねた。
「ごめんリンク、今なんて言った?」
シャッドは顔を上げた。
「君の意見を聞きたいんだ。天空と地上に交流があったのなら、どうしてその間を往来する方法がこんなにも複雑になっているんだろう?」
リンクが言うと、シャッドは手を止めて少し考えたあと答えた。
「僕の推理でしかないが‥‥天空人は地上人から何かを守ろうとしていたのかも知れないね」
「何かを守る?」
「ああ。天空人の科学力は地上より数千年分ほども進んでいたとする推測もある。だとすればその技術が漏洩したり乱用されたりしないよう接触を厳しく制限することは不自然ではないと思うよ」
シャッドはまたしばらく黙って文書をめくっていたが、突然あるページを指差して言った。
「おい、リンク。これかもしれないぞ」
「なんだい、シャッド?」
「ここに『唱えよ』とあるんだ。石像に書いてあるのとまったく同じ言い方だ」
眼鏡の奥の青年の目が輝いていた。
「つまり、解封の言葉っていうことかな?」
「可能性はあるよ。やってみて損はない」
シャッドは石像の前に立つと、文書を広げて唱え始めた。
「クントーノーテキーニーオテーネ・ナイロクントーノーテキーネー」
奇妙な言葉だったがリンクにはそう聞こえた。シャッドが唱え終わったあと、二人は固唾を飲んで石像を見守った。だが何も起こらない。
「くそっ、これじゃなかったのか?」
青年は呟いた。
「ほかにそれらしい言葉は書いてないのかい?」
リンクは尋ねた。
「実はこの文章はまだページがあるんだが、最後のほうはところどころ言葉が欠けているんだ」
シャッドはページを操るとリンクに示した。
「古代文書だから仕方がないんだけどね。だけどまだ希望はあるよ。僕はこれと似た石像がある場所に行って呪文を試してみようと思うんだ」
シャッドは自分の持っていた手帳を開くと、物凄い勢いでメモを取り始めた。一通りメモをとってしまうと、文書を閉じてそれをリンクに返した。
「これは一旦君に返しておくよ。これと同じ石像の場所を君にも教えておくよ。時間があったら立ち寄ってみてくれ」
青年は自分の手帳から白紙を一枚破くと、簡単なハイラルの地図を描き、その上の六つの地点に×印をつけてリンクに渡した。
シャッドは皆と夕食をとった。ベスは都会的でウィットに富んだシャッドのことをいたく気に入っていたので、彼が明日カカリコ村を離れると言うとたいそう不満な顔をした。いつか城下町に遊びに来たら自分が案内すると青年が申し出ると、ベスの機嫌もやっと直った。その夜、リンクが男子たちと枕を並べて寝ようとしていると、ミドナが耳の中で囁いた。
「リンク、ちょっと石像のところまで行ってみろ」
リンクは他の皆が寝静まった頃に起き上がり、祭壇の脇の竪穴から地下道に降りて石像のある部屋へ行った。
「リンク、これを見ろ」
ミドナが姿を現した。その手にはあの杖が握られている。それを見たリンクは驚きの声を漏らした。
「ミドナ、これって‥‥」
錆びだらけだった杖は元の青緑色に輝いている。杖を受け取ったリンクがスイッチを入れてみると、かつてのように飾り羽のある先端に黄色い光球が浮かんだ。
「あいつが唱えたのはどうやら違う呪文だったみたいだな。結果的にそのお陰でこの杖が甦ったが」
リンクはその状態で杖を石像に向かって振ってみた。だが何も起きない。
「リンク、この石像には体の中心に穴が空いていない。おそらく、だから『解封の言葉』が必要なんだろう」
ミドナは言った。確かに思い返すと、あの神殿で動かすことのできた石像はすべて体の中心に穴が空いていて、その穴に光球が宿っているときのみ動かせたのだ。だが目の前にある石像は該当する部分が塞がれていた。
「ミドナ、たしかおばちゃんが言ってたのは‥‥」
リンクは思い出した。
「杖で動く石像がハイラル中にあるって話だろ?」
ミドナは答えた。
「それで気になったんだがな。リンク、あの文書をちょっと見せてくれ」
リンクが文書を取り出すと、彼女はそれを手にとってパラパラとめくった。そして文字の書けているページを開くとそれをリンクに見せた。
「いいか、これが文字の欠けた場所だ。そして‥‥」
彼女がページをめくると、その次にはハイラルの地図が書かれている。
「リンク、気づいたか?」
「これって‥‥もしかして?」
リンクはシャッドからもらった地図を取り出した。文字の欠けた文書のページと、次のページの地図を重ね合わせると、文字の欠けた部分と重なる地図上の場所が六ヶ所あった。それらはすべてシャッドが印をつけた地点と一致していた。
「簡単な謎解きさ。つまりこの場所に行かなければ解封の言葉は完成しないってことだな」
ミドナはニヤリと微笑んで呟いた。
「まったく君は本当に凄いよ。シャッドと直接話してあげたら喜ぶんじゃないか?」
「まあ私もああいう変態は嫌いじゃあないな」
「変態?彼はそんなんじゃないよ」
リンクは慌てて言った。
「ものの言い方さ。天空文字を読みたいなんて普通の人間は誰も思わんだろう。だがああいう奴が臣下に一人くらいいると役に立つときがあるんだ」
二人は示された地点を確認するために明朝出発することで相談をまとめた。
翌日朝早く、リンクはシャッドの泊まっている宿屋を訪ねてみた。青年は既に出発の準備をしていた。リンクは彼にもう二、三日待つように頼み、あの杖を見せた。
「リンク‥‥これは?」
シャッドは驚きのあまり絶句し、杖とリンクの顔を交互に見るばかりだった。
「隠すつもりはなかったんだけどね。モイが調べていた森の奥に行ってそこで見つけてきたんだ。だけど君が呪文を唱えるまで錆び付いて壊れていたんだ」
「じゃあ‥‥これが天空の杖?」
「隠れ里のおばあさんによればそういうことなんだ」
リンクはミドナに杖を収納してもらうと、シャッドに言った。
「この杖はある種の石像を動かせるんだ。僕が行って調べてみるから、もう少しこの村にいてくれないか?」
シャッドの承諾を取り付けると、リンクは礼拝所に戻り、短い旅に出るがすぐ戻ってくる旨を皆に告げた。今回はエポナを置いていくことにし、コリンにその世話を託した。
礼拝所を出ると、泉の近くにある茂みに身を隠して服を脱ぎ装備を外した。すぐにミドナがリンクを狼に変身させワープを開始した。地図によれば、ハイリア湖の北側に二ヶ所印がある。リンクたちはまず城下町の東のポータルの下に降り立った。
狼姿のまま、南のほうに向かって走った。地図上の印は、以前テルマと一緒に訪れた展望所と一致している。足元に伸びる石畳をしばらく走っていると、登り坂が終わりやがて岩壁が左右に切れてハイリア湖の眺望が現れた。
リンクはミドナに合図して人間に戻してもらった。服を着て装備を身に付けると、展望所への階段を下った。
石畳を敷いた展望所はそこここに石の柱の残骸や巨大な岩のブロックが点在している。だがそれらの間にブルブリン兵が二人ほどうろうろしていた。最近増え始めた観光客を襲うための待ち伏せ場所を探しているようだ。
リンクは弓に矢をつがえて、二匹を手早く射殺すると、展望所に降り立った。石材の残骸をくまなく調べていくと、左手にあった巨大な岩のブロックの上にある円柱のようなものがよく見ると彫像らしいことがわかってきた。野外で風雨に晒されていたので表面が風化していたが、中央に穴も空いている。
リンクはミドナに杖を出してもらうと、スイッチを起動して石像に向けて振った。果たして石像の中央に空いた穴に光球が浮かんだ。
そのまま後ろに下がると、石像は岩のブロックから石畳の上に落ちてきた。だが衝撃音は少なく、自動的にバランスを取る機能も健在なようだ。
「ミドナ、だけど欠けた天空文字はいったいどうやって探せばいいんだろう?」
リンクは杖のスイッチを入れたまま言った。
「ふむ」
ミドナはしばらく石像の周囲を浮遊し調べていたが、今度はそれが乗っていた岩のブロックの上に浮上した。
「リンク、こっちに来てみろ」
やがてミドナが手招きした。リンクは降りてきた階段のほうを顧みた。東西に二つある階段の左右は高い石段になっている。段と岩のブロックとの間に石像を位置させれば目的の場所に飛び移れそうだ。
リンクは石像を再び動かしてその位置を調節すると、杖のスイッチを切って階段を登った。そして横の石段に移ると、助走をつけて石像の上に飛び乗り、さらに勢いを生かして岩のブロックに飛び付いた。
どうにかミドナがいる場所まで這い上がることに成功した。彼女は石像が立っていた場所を覗き込んでいる。そこは丸い台座になっており、その上に不思議な文字が彫り込んであった。
「文書を貸してみろ」
リンクはポーチから文書を取り出してミドナに渡した。文書を受け取ると彼女は文字の欠けたページを開き、地図と照らし合わせ、現在地に該当する場所の空白部分を確認した。
すると不思議なことが起こった。空白だった場所に台座に書かれたものと同じ文字が浮かび上がったのだ。
「文書自体に地点情報を検知する機能があるのか、それとも互いに呼応するトークンが仕込んであるのか‥‥」
ミドナは感心した顔で文書を持ち上げ、リンクを見た。
「どうしてわざわざこんな仕組みを作ったんだろう?」
リンクは文書をミドナから受け取って自分のポーチに仕舞うと、岩のブロックから飛び降りた。
「さあな。推測レベルだが、ハイラル中に散らばった石像を動かさなければ解封の言葉が完成しないってのはハイラル全体の地理に通じた者でなければ代表として認めないってことなのかもな」
そこまで言うと、ミドナは展望所の西側にある別の岩のブロックを指差した。
「おい、あの上に箱があるぞ」
確かに、そのブロックの上には木製の大きな箱があった。リンクは杖を使って再び石像を起動すると、今度はその岩のブロックとその近くの段差の間に位置するよう石像を動かした。杖のスイッチを切り、階段に登って横の石段から石像の上を経由して岩のブロックの上に飛び乗ると、リンクは木の箱を開いてみた。
中はオレンジルピーだった。ルピーを財布に仕舞うと、リンクは床に飛び降りて次の目的地に向かうことにした。
次なる地図上の印はハイリア大橋の北だ。リンクは服を脱いでミドナに狼に変えてもらうと、ハイリア湖畔のポータルまで飛ぶことにした。
ポータルの下に降り立つと、リンクは服を着て装備を身に付け、木道を渡ってトビーの大砲小屋に向かった。
「兄ちゃん、最近来なかったじゃねえか。元気してたか?」
老人は相変わらずの派手な道化師風の扮装をして、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま小屋の前で暇そうに立っていた。ちかごろ景気は若干上向いてきたとはいえ、まだまだ以前の状態には程遠いという。リンクがノーマルコースを頼むとトビーは喜んでリンクを小屋にいざなった。
トビーの大砲でラッカの鶏小屋に飛ぶと、リンクはすぐに外に出てハイリア大橋に向かった。シャッドの地図によれば橋の北側に石像があるはずだ。
ハイリア大橋の北側の平原に出ると、リンクはまず以前岩を砕いた西側の崖のあたりを捜索した。午前の気持ちのよい太陽の下、ついつい手足を伸ばして寛ぎたくなるが、シャッドを待たせていると思うとのんびりとはしていられない。
東の崖から北のほうに捜索範囲を移していくと、とうとうそれらしいものが見つかった。岩壁の途中三メートルほどの高さのところに岩棚が二つ、人手で彫り込まれたような形でできている。周囲には草や蔦も生えていたが、右側の岩棚に石像らしきものがあった。
リンクは杖のスイッチを入れて石像に向けて振ってみた。苔むして古びた外見になっていたが、石像の中央の穴に光球が浮かび上がった。成功だ。
リンクは後ろに下がると、石像を岩棚から草原に下ろした。だがどうやって石像があった台座のある岩棚に乗ったものだろう?
上を見上げると、岩壁から生い茂った蔦がカーテン状になって垂れ下がっている。リンクはクローショットを右に嵌めると蔦に向けて撃った。たちまち身体が持ち上げられ蔦に引き寄せられる。次に鉤爪を開いて落下すると、どうにか石像の上に降り立つことができた。
リンクは岩棚に飛び移り、石像があった台座を調べてみた。やはり文字がある。ポーチから文書を取り出して開くと、もう一つの空白部分に文字が浮かび上がってきていた。
「リンク、隣の岩棚に箱がある。ルピーだったら儲けものだぞ」
周囲を調べていたミドナが声をかけてきた。リンクは岩棚の上に乗ったまま杖を使って石像を再び起動し、少しづつ西に向けて動かした。二つの岩棚の間あたりに位置させると、リンクはその石像を伝って隣の岩棚に飛び移った。
果たして木製の立派な箱があった。開けてみるとオレンジルピーだ。
「最近お前もツキが向いてきたんじゃないのか?」
ミドナが言った。
「そうかもね」
ルピーに目をやると、リンクはそれを財布に仕舞った。
「でもこれはすぐ必要になるような予感がするよ」
リンクは呟いた。岩棚から飛び降りると、ミドナと相談して次の目的地はオルディン大橋の上の印の地点とした。
服を脱いで狼に変身し、ミドナのワープでオルディン大橋の上空のポータルの下に降り立った。人間に戻り服を着て装備を身に付けると、橋の北端に向かう。だが、橋の門の手前、左脇の段差の上にブルブリンの姿を見つけてリンクは弓を手に取った。
矢をつがえた状態で慎重に近づく。相手がまだこちらに気づいていないうちに、ゆっくりと狙いをつけながら摺り足で近づいた。
ブルブリンが気配に気づいて武器を構えた瞬間に放った。矢が過たずその胸を貫き、鬼は床の上に崩れ落ちた。
弓を背負うと、リンクは前進して門の手前の構造物を調べた。右手の段差の上に石像らしきものがある。よじ登って確かめると、風雪に晒されてはいたが確かに石像だ。杖のスイッチを入れて石像に向かって振り、起動させると、中央部分の空洞に光球が浮かび上がった。
石像を動かして取り退け、台座の上を確かめる。文字がある。文書を取り出して調べると、やはり該当する部分に文字が浮かび上がってきていた。
これで文字は三つ見つかった。残り三つはゲルド砂漠、フィローネの森、そしてカカリコ村から東に出た平原の北部だ。
リンクはゲルド砂漠に飛ぶことにして、服を脱いでミドナに狼姿に変えてもらった。ミドナがワープを始めると数秒後にはゲルド砂漠東部の高台の上にいた。かつてオルディン大橋の一部が刺さっていた場所だ。
「おい、あいつが印をつけた場所には以前行ったことがあるんじゃあないか?」
ミドナがシャッドのくれた地図を手にすると言った。確かに、前回ここに来たときに、現在地の少し西に打ち捨てられた石造りの建造物群を見たのをリンクは思い出した。
リンクは狼姿のまま高台から飛び降りると西に向かって走り出した。高く昇った太陽が照りつける。早速周囲の砂が騒ぎ立った。巨大な牙付き芋虫の化け物どもだ。
芋虫どもが砂から飛び出してきて襲いかかってくるのを、ジグザグに避けて走り抜ける。目を上げると、目標の建造物群はそれほど遠くはない。しばらく走ると、足元が砂から土に変化し、化け物どもは出てこなくなった。
リンクは人間の姿に戻してもらうと服を着て装備を身に付けた。杖を手に石像を探す。陽光の下、石像はすぐ見つかった。建造物群を構成する四つの巨大な石のブロックのうち、手前側の北側にあるものの上だ。
杖のスイッチを入れて石像に向かって振ると、石像の中央部にある穴に光球が浮かび上がった。石像を建造物群の間に落とす。
石像が置いてあったブロックの上に登る方法を探していると、ちょうどそのブロックの西側にあった同じようなブロックに低い石の段がしつらえてあり、よじ登れるようになっていた。
リンクは石段を伝ってそのブロックによじ登ると、杖をつかって再び石像を起動させてその位置を調整し、その天辺を伝って向かい側の石ブロックに飛び乗った。
石像が置いてあった台座を確認すると、文字が刻んである。また、文書の空白箇所にも新たな文字が浮かび上がっていた。
周囲を見回すと、現在立っている石ブロックの斜め向かいの石ブロックの上に木製の箱が置いてある。石像の位置を調節すれば到達できそうだ。
リンクは杖で石像を起動して、まず自分がいるブロックの南側のブロックのとの間にそれを移動させた。石像を足場にして南側のブロックに飛び移ると、また同様の方法で石像を動かし、今度は木の箱のある西側のブロックとの間に位置させた。
石像を足場に飛び移り、木の箱を開けるとまたオレンジルピーだ。リンクはそれを財布に仕舞うと、次にフィローネの地点に向かうことにした。服を脱いで狼に変身するとミドナがワープを開始した。
数秒後、リンクたちはフィローネの森南のポータルの下に降り立っていた。すぐに人間の姿に戻り、服と装備を身に付けると、リンクは泉の前を横切り、洞窟をくぐって突き当たりを左に折れ、キコルの小屋に向かった。
油売りの青年はいつものように小屋の前で焚き火の後ろに座っていた。
「兄さん、しばらくぶりじゃないですか。元気っすか?」
リンクはキコルと握手すると隣に腰を掛けた。勧められたのでカンテラの油を補充し代金を払うと少し世間話をした。
「げっ‥‥僕の姉貴に会ったんですか?」
リズの川下り屋の復旧を手伝った話をすると青年は驚いて声をあげた。
「リズはああ見えてちょっと優しいとこもあるんですよ。一番怖いのはなんつってもヘナのほうですね」
青年は言った。
「もう一人のお姉さん?」
「そう。釣り堀を経営してるんですけどね。まあクセがスゴいっていうか何ていうか‥‥」
するとキコルは思い出したように言った。
「兄さん、気をつけてほしいことがあるんスよ。ヘナの店のカウンターを叩いたり押したりは絶対しちゃダメっスよ。めっちゃ激怒しますから」
リンクは了承した。それにしても、この温厚で穏やかな青年の姉たちがそんなにも気性が荒いというのもなんだかおかしな気がした。
「ところでキコルさん、このあたりで石像を見たことはないですか?」
「石像?」
リンクに尋ねられ青年は少し考えたあと答えた。
「そういえば右手の崖に昔は抜け道があったんスよ。その先にずいぶん古びた石像があったような気がしたけど、何せ今は岩が落っこちてきて塞がれてますからね」
リンクは礼を言うと暇乞いをした。青年が指差した東側の崖を辿って少し北に歩くと、確かに途中で崖が切れて小道になっている。だが数十メートルもいかないうちに岩で塞がれていた。リンクはミドナに爆弾袋を出してもらうと、爆弾を一つ取り出して導火線に点火し、岩の下に置いてから後ろに下がった。
爆発音がして、岩が真っ二つに割れた。岩の残骸をどけると、リンクは小道を進んだ。道は右に折れたあと、地表に露出した岩と歳を経て蔦が絡み付いた樹木が目立つ広場に出た。
広場を囲う岩壁を調べると、南側の壁に半ば埋め込まれるような形で石像らしきものがあった。周囲にまつわりついている蔦や落ち葉を取り除くと、確かにあの石像だ。杖にスイッチを入れて石像に向かって振る。苔だらけの石像が軽く振動し、その紋様に光が宿った。中央の穴にも光球が浮かび上がる。
石像を壁の窪みから引き出すと、台座を確かめた。天空文字が刻まれている。文書にも同じ文字が浮かび上がったのを確認すると、リンクは最後の石像を探しに行く前に広場に座り込んで休憩した。
「ミドナ、天空にはどうやって行くんだと思う?」
リンクは水を飲み、古びて乾いたパンをかじりながら尋ねた。
「それは私にもわからんな。何らかの転送装置か、あるいは空を飛ぶ機械があるのかも知れん」
ミドナは肩をすくめた。
「ミドナ、君にとって嫌な方法じゃないといいんだけどね」
ゲルド砂漠への移動の際に経験したことを思い出してリンクが呟くとミドナが忌々しそうに言った。
「不快なことを思い出させるんじゃあない。第一、まさか科学力の進んだ天空人があんな原始的な方法で移動するわけがないだろう」
「確かにそうだね」
リンクはパンを飲み込むと食事を終えた。あとひと働きだ。
次はカカリコ村から東側に出た平原だ。服を脱いで狼姿になると、ミドナがワープを開始した。
目的地はカカリコ峡の橋の上のポータルだ。数秒すると、リンクたちは木の橋の上に降り立っていた。狼姿のまま西に向けて橋を抜けると、針路を若干北に向けた。
地形はなだらかな登り坂だ。平原の終端となる岩壁はすぐ見えてきたが、雄大な地形のせいで実際より距離が近く見えるらしくなかなか到着しない。
それでもしばらくの間走ると、岩壁との距離が縮まり詳細な地形が見えてきた。シャッドの地図によればこの周辺に石像があるはずだ。
だが、今回は目印となる建造物が無く、手掛かりを聞き出す相手もいない。リンクは無駄を省くため、峡谷沿いに走る古びた街道に沿って北上し、岩壁に到達したらそこから西に向けて捜索することにした。
狼姿のまま岩壁に沿って平原を走る。時刻は夕刻に近くなってきている。岩壁から上に突き出ている巨岩を通り過ぎ、さらに西に向かう。だが手掛かりらしきものがなく、捜索は明日に延ばすかと考え始めたとき、崖から突き出た岩棚の上に木の大きな箱が置いてあるのが見えた。
もしかすると石像もあるかも知れない。リンクはその岩棚から目を離さず、さらに西に向かった。すると、突然崖が内側に抉れたような地形になり、岩棚もそれにそって円くカーブしている。
足元の地面を見ると、崖が抉れてできた広場のような地形の部分の内側に入る前に少しの段差がある。それを越えて内側に進むと、直径百メートル以上はあろうかという天然の劇場のような半円形の地形になっていた。
崖の途中にある高さ三メートルほどの岩棚が、ところどころ欠けていながらもその地形を取り囲んでいる。そしてその岩棚の中心には古びた黒い円柱状のものがあった。
近づいてよく調べると、風化してはいるがあの石像だ。リンクは人間に戻り服を着ると、杖のスイッチを入れて石像に向かって振った。石像の中央部分の穴に光球が浮かんだ。
リンクが動くと、石像も動く。石像を台座から引き出すと、リンクは台座の上の文字を確認した。
最後の文字だ。文書を取り出すと、最後の空白部分にも同じ文字が浮かんでいる。
「やったな」
ミドナがリンクの傍らで言った。二人は空中で互いの掌を打ち合わせた。
リンクは先程の箱の中身も確かめることにした。夕暮れどきで暗くなり始めたなか、岩棚の構造を調べると、二ヶ所だけは数メートルの長さで欠落しており、石像を使わなければ渡れないと分かった。だが、西の端まで行くと岩棚は低くなっておりよじ登れるようになっている。
リンクはまず岩棚によじ登った。そして上から石像を再起動し、自分に従わせると、それを動かして最初の欠落箇所に移動させ、その上を渡って向こう岸に行った。再び岩棚の上から石像を起動して移動させると、途中で石像が嵌まっていた間隙部分を飛び越え、さらにもう一ヶ所の広い欠落部分に石像を位置させ、そこも乗り越えた。
そこから歩き続けると、木箱のあった場所にまで到達した。箱を開けてみるとオレンジルピーだ。
「おい、お前史上最高の金持ちじゃないか。いったいどうしたっていうんだ?雪でも降るんじゃないか」
ミドナがからかってきた。
「さあね。でも天空でルピーって通用するのかな」
リンクは財布にルピーを仕舞いながら呟いた。
「どうだろうな。だが持ってて損はないだろ」
リンクは平原に飛び降りて大きく伸びをした。帰る時間だ。服を脱ぐと、ミドナに狼に変えてもらい、カカリコ村の泉にワープした。
すっかり日が暮れていた。一日で多くの地方を巡る旅は戦闘がなくてもやはり疲れる。リンクは服を着ると、泉の傍に放しておいたエポナを撫でてやったあと礼拝所の扉を開けた。
子供たちはすでに食卓についていた。コリン、タロ、ベスの三人が喜んで立ち上がろうとするのを、後ですぐ来ると言って押し止めると、祭壇の横の穴から地下に降りた。
果たしてシャッドは石像の近くにいた。リンクは歩み寄って声をかけると、文書を取り出して手渡した。
「リンク、もう行ってきたのか?」
シャッドは半ば呆れ顔だったが、すぐに思い出したようだ。
「そうか、君の相棒は魔法が使えるんだったね」
「シャッド、あのページを見てくれ。今度は大丈夫のはずだよ」
「オーケー」
青年は文書を開くとページをめくった。空白のあった部分に目を止めると、シャッドは息を飲んで絶句した。
「天空文字が浮かび上がってる‥‥これはいったいどういうことなんだろう?」
「石像の置いてある場所に刻んであったんだ。不思議なんだけど近づくと同じ文字が空白の箇所に浮かんだんだよ」
リンクが説明すると、シャッドの目が輝いてきた。楽しくて仕方がないといった風情だ。
「本当に彼らは驚くべき種族だね。一生かかっても調べ足りないよ」
シャッドは文書を持ったまま、壁に埋め込まれた石像のほうに向き直った。
「リンク、君のお陰で解封の言葉が完成したよ。いよいよ再挑戦だ」
リンクも頷いた。シャッドは文書のページを目の前に掲げると、声に出して読み上げ始めた。
「アーンイーアテイークーイーイーンオールオークオートオーンーウーウークンーエトーアー」
奇妙な言葉だったがリンクの耳にはそのように聞こえた。シャッドは言葉を唱えたあとしばらく待った。数十秒が経過すると、作動音がした。石像の中心部分に嵌まった石の部品からだ。
「なんだろう?何かが変わったんだろうか?」
シャッドは怪訝な顔をしながら石像に近づいた。彼が石像の中心の円い部品に手を触れると、それは石像から抜け落ちて地面に落下した。その跡にはぽっかりと穴が空いている。
「どういうことだろう?他の石像と同じ形になっただけなのか?」
青年は興奮で顔を赤らめながらも、混乱を感じたのか頭を振った。
「リンク、ちょっと外で頭を冷やしてくる。この謎かけの連続は僕にもなかなか堪えるよ」
苦笑いした青年は礼拝堂に昇る地下道のほうに歩いていった。
リンクは気づいた。他の石像と同じ形になったということは、他の石像と同じようにリンクの杖で動かせるということなのだ。
振り向いてシャッドに声をかけようとしたが、彼は既に地上に戻ってしまったようだ。肩をすくめると、リンクはミドナに杖を出してもらった。
杖のスイッチを入れ、石像に向けて振る。果たして、石像は生命を得たかのように振動し、その紋様が光った。中央に空いた穴に光球が浮かぶ。
リンクが後ろに下がると、石像も動いた。そしてリンクが予想した通り、石像が塞いでいた場所は地下道の入り口だった。
「やっと天空への乗り物のお出ましだな」
ミドナが姿を現すと言った。
「長かったね」
リンクも微笑むと、地下道に足を踏み入れた。地下道は下り階段になっている。二十メートルほど進むと、円形の広い部屋に出た。
灯りもなく薄暗い。天井には隙間があるのか、地表の月明かりがうっすらとではあるが射し込んできている。
部屋の中央には巨大なものがうずくまっていた。シルエットだけを見るとまるで脚の生えた生き物のようだ。だが、近づくと明らかに機械物だった。高さは七メートルほどはありそうだ。
リンクはそれに近づくと、表面を軽く叩いてみた。金属とも石ともつかない硬い材質で、表面には見慣れない紋様が刻まれている。
「マジかよ‥‥」
ミドナがそのオレンジ色の瞳を大きく見開いて呟いた。
「リンク、これ何だかわかるか?」
そう言われてリンクは改めてそれを見上げ、そしてその正体に気づくと思わず息を呑んだ。
それは超巨大な大砲だった。