黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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そして空へ

「マジかよ‥‥」

 

ミドナは呟いた。リンクは改めてそれを見上げ、その正体に気づくと思わず息を呑んだ。

 

超巨大な大砲だ。

 

「まさか‥‥が本当になるとはな」

 

ミドナが再び呟く。そのとき、後ろからシャッドの声がして、ミドナが素早く姿を隠した。

 

「リンク!リンク!」

 

青年は階段を駆け降りてくると、リンクの前で立ち止まり、両手を膝について荒い息を鎮めた。

 

「驚いたよ。これが封ぜられていたものの中身ってわけだね」

 

シャッドは顔を輝かせると言った。

 

「これ‥‥大砲だよね?」

 

リンクが聞くと青年は答えた。

 

「ああ、いわゆる天空砲さ。これも親父の文献で読んだことがある」

 

シャッドはようやく身体を起こすと続けた。

 

「リンク、君は数日間で立て続けに考古学上の大発見をいくつも成し遂げたんだ。自分で自覚してるかい?まあたぶんしてないだろうなあ」

 

半ば呆れ声でそう言うと、青年は大砲を見上げた。

 

「これが天空と地上を往復するために使われていたんだよ。卓越した技術力の証拠でもある。おそらくハイラル中の科学者や技術者がこれを見に押し寄せてくるよ」

 

シャッドはいたずらっぽく笑うとリンクに言った。

 

「第一発見者はもちろん君さ。だけど学会発表は僕にやらせてほしいな。もちろん君の立ち会いのもとでね」

 

「シャッド、これって壊れているみたいだよね?」

 

リンクはカンテラを灯すとシャッドに尋ねた。巨大な砲塔を支える二つの脚のうちの一つは関節部分が外れてしまっている。

 

「それは仕方ないことさ。何しろ数百年が経過してるからね」

 

「直せないだろうか?」

 

リンクが尋ねると青年は肩をすくめた。

 

「さあ、大砲の専門家ならあるいはね。だけど壊れているからといってこいつの学術的価値はいささかも減じられることはないよ。何しろ天空人の科学力の証拠なんだから」

 

そう言ったあとシャッドは笑って言った。

 

「それともあれかい?君はこの大砲を修理したら中に入って自ら天空まで打ち上げられようって思ってるわけじゃないだろうね?」

 

「実はそうなんだ」

 

リンクがそう言うと青年は腹を抱えて笑った。

 

「リンク、君も城下町ふうの冗談が上手くなったじゃないか。久しぶりにウケた。最高だよ」

 

リンクは首を振ると、シャッドのほうを見た。

 

「いや、冗談を言ってるわけじゃないんだ。本当に行きたいんだ」

 

そう言ったあと、リンクは言い直した。

 

「正確に言うと、行かなきゃならないんだ」

 

シャッドはそれを聞くと眼鏡の奥の目をまん丸にして絶句していたが、やがて口を開いた。

 

「ちょっ‥‥ちょっと待ってくれ。気は確かか?」

 

青年は両手を広げて首を横に振った。

 

「そもそも天空都市が現在も存在しているかは全くわからないんだ。いや、例え存在していたとしても昔と同じ場所にあるとは限らないんだぜ?それなのにこの大砲で行こうなんて‥‥」

 

シャッドは唾を飲み込むと続けた。

 

「一種の‥‥自殺行為だよ。リンク、本当によく考えたのかい?」

 

リンクは大きく息を吸うと答えた。

 

「隠れ里のおばあさんが言っていたんだ。天空が僕を必要としているって」

 

シャッドは困惑した顔でリンクを見つめていたが、やがて言った。

 

「つまり‥‥勇者の務めってわけかい‥‥?」

 

リンクは頷いた。シャッドは少しの間黙っていたがやがて溜め息をついた。

 

「リンク、僕も学問のためならどんな危険な目に遭ってもいいって思う瞬間があるけど、君もきっとそういう使命感みたいなものに動かされているんだね」

 

「使命‥‥かな」

 

リンクは呟くと、言葉を継いだ。

 

「僕にとっては半々さ。半分は相棒のためと思ってる」

 

そう言ったあとリンクは上を向いた。

 

「彼女は自分の世界を取り戻すために戦ってる。僕は他人のために戦う彼女を助けたいんだ」

 

しばらくの間沈黙が続いた。だがシャッドはリンクの肩に手を置くと言った。

 

「わかったよリンク。多分君は僕が止めても行くんだろうね。ならこれ以上引き止めはしないよ」

 

青年は少し寂しげな表情をした。

 

「君はあの勇者だからね。僕らには分からない何かに運命を動かされていても不思議じゃない。だけど‥‥だけど約束してくれ」

 

シャッドはリンクの手を握るとその顔を見た。

 

「僕らは必ずまたどこかで生きて会うって」

 

「もちろんさ」

 

リンクは笑った。二人は固い握手と抱擁を交わした。

 

「じゃあ、僕はお邪魔みたいだからそろそろ失礼するよ」

 

シャッドは踵を返して地下道の階段を登り始めたが、立ち止まってリンクに声をかけた。

 

「そうだ、結果は必ず知らせてくれよ!」

 

リンクは手を上げて応えた。振り返って天空砲を見上げたが、こんなもので天空に行けるのか、シャッドにはあんなことを言ったものの、まだ半信半疑だった。

 

リンクはとりあえず翌朝大砲をトビーのところに運ぶことにして、礼拝堂に上がった。後れ馳せながらの夕飯を頂くと、コリン、タロ、マロと枕を並べて寝床に入った。

 

大砲で天空に行くなど本当にできるのだろうか。リンクは天井を見上げながら考えた。大砲が直るかどうかも確証はない。だが、先に進むにはこれしかない。

 

リンクは翌朝朝食後石像の場所まで降り、地下道を通って大砲の所に行った。ミドナが姿を現すと、リンクは服を脱いで狼に変えてもらった。

 

ミドナが大砲に魔法をかける。大砲の周囲に赤い稲妻が走った。ミドナが掛け声をかけると、大砲は浮いて宙に吸い込まれた。

 

リンクも自分の身体が中空に吸い込まれるのを感じた。数秒すると、ハイリア湖畔のポータルの下に降り立っていた。大砲は既に傍らにあった。だが、片方の脚が壊れて傾いた無残な姿だ。

 

リンクは人間の姿に戻ると服を着て装備を身に付け、トビーの小屋に向かった。

 

「よう兄ちゃん、あんなもんいったいどうやって持ってきたんだい?」

 

リンクが挨拶すると、トビーは天空砲を指差して尋ねた。リンクが適当な言い訳を探していると老人は続けた。

 

「自前の大砲を用意するなんざ、よっぽどハマっちまったんだな。ええ?ちょっと俺にも見せてくれよ。自慢の大砲をさあ」

 

リンクはトビーとともに天空砲を置いた広場に行った。老人は天空砲の周りを歩き回っていたが、やがて口を開いた。

 

「こんなもんどこで手に入れたんだ?随分な年代物じゃねえか?」

 

「おじさん、直せますか?」

 

リンクは尋ねてみた。老人は腰の後ろで手を組んだまま少し考えていたが、やがて言った。

 

「まあ起動装置がイカれちまってるがなんとかなりそうだな」

 

トビーはリンクに向き直るとニヤリと笑った。

 

「三百ルピー一括払いでどうだ、兄ちゃん?」

 

「わかりました」

 

リンクが財布を開いてオレンジルピーを三つ手渡すと、老人は少なからず驚いたようだった。

 

「景気がいいんだな。随分持ってるじゃねえか」

 

だが、有り難そうにルピーを仕舞うと、老人は両手を打ち合わせた。

 

「よし、そうと決まったら早速やるか」

 

老人は自分の小屋に戻ると、鉄骨を物置から出し、リンクに手伝わせて広場まで運んだ。

 

トビーはきちんとした工学の知識があるのか、テキパキと作業を進めた。天空砲の周りに足場を組むと、二重滑車を使って砲塔を建て直し、壊れた脚部を修理してつけ直した。リンクはリンクで、老人の言い付けで城下町に買い出しに行くなどして立ち働いた。

 

その日の作業が終わると、リンクはトビーの小屋に泊めてもらった。お礼がわりに小屋の狭い台所で夕食を料理して出したが、老人は殆ど食べずにラム酒ばかり飲みながら思い出話を始めた。

 

トビーは昔自分はハイラル軍の士官だったと話した。それを聞いたリンクは大いに驚いた。

 

「士官っつっても俺は技術屋だったからな。仕事は日がな一日中大砲の手入れさ」

 

トビーはラム酒を瓶から直接呷ると言った。

 

「だけど軍隊なんて給料は安いし規則だらけでつまらんところだからな。俺は嫌になって定年前に辞めて自分で商売を始めたってわけさ」

 

老人はそこで唇を歪めて肩をすくめた。

 

「だけどそれが失敗しちまってな。借金まみれになっちまったとこをラフレルの爺さんに世話になったってわけさ。あの爺さん俺の上司だったからな」

 

トビーはもう一口酒を口に含むと盛大にゲップした。

 

「借金の肩代わりもしてもらったし仕事も世話してもらってな。それ以来頭が上がんなくってな」

 

老人はしゃべりたいだけしゃべるとベッドの上で鼾をかきはじめた。リンクは毛布を適当に敷くと床の上で寝た。

 

二日目は起動装置の修理に移った。難しい作業なのか、老人は真剣な顔をして大砲の底部を覗き込んでいたが、やがてリンクの方を見て言った。

 

「なんとか直せそうだ。もう少し待ってな。そうだ、小屋から工具箱取ってきてくれねえか?」

 

リンクは言われた通りに工具箱を運んだ。老人は様々な道具を使って大砲の底にある装置をいじっていた。リンクは老人の指示の通りに箱から工具を出して手渡していった。

 

日が沈むと二人は小屋に戻った。リンクは酒を呷る老人の思い出話を小一時間聞いたあと、また床で寝た。翌朝、老人は砲口から中に入ってしばらく内部を点検していたが、やがて外に出てきた。

 

「ま、こんなもんだな。直ったぜ」

 

そう言うと老人は肩をすくめて付け加えた。

 

「‥‥たぶんな」

 

それを聞いたリンクは困惑して老人を見た。

 

「しかし、こいつはすげえぜ?それこそ天までぶっ飛んじまうかもな」

 

「あの‥‥本当に直ったんですよね?」

 

リンクは尋ねたが、トビーはズボンのポケットに手を突っ込んで自分の小屋に向かって歩き始めた。

 

「じゃ、ごゆっくり」

 

リンクは戸惑いながらも天空砲を見上げた。その巨大な機械はどうやら外見は完全に修復されている。がっちりした脚部が砲塔を支え、砲口は斜め四十五度上に向いていた。

 

しばらく大砲を見つめたあと、リンクは考えた。天空に行くことそのものが今までのどの冒険よりも桁違いに危険であることは明白だった。

 

だが、他に方法はないのだ。恐怖感はなかった。だが、友人たちに何かきちんと別れの挨拶をするべきだという思いが湧いてきた。

 

リンクはミドナに狼姿に変えてもらうと、カカリコ村の泉にワープし、服を着て装備を付けるとまずマロの店に向かった。

 

店に入ると、リンクは矢束を三つ頼んで代金を払った。そして、財布にあった高額ルピーを全てドン・エビーゾの募金箱に放り込んだ。

 

「おい、リンク。どうしたんだ?何があった?」

 

マロが驚いてカウンターから出てきた。

 

「特に何もないさ。だけど最近珍しくルピー持ちになってね」

 

「おいリンク、ごまかすな。お前何かやるつもりだな?」

 

マロは眉をひそめてリンクを見た。

 

「ちょっとした旅に出るだけだよ。今回はちょっと遠いけどね」

 

リンクは答えた。

 

「天空に行くのか?」

 

マロが尋ねた。リンクは驚いた。

 

「何で知ってるんだ?」

 

「あのシャッドって奴が話してるのを小耳に挟んだ。お前、生きて帰れる目算は立ってるんだろうな?」

 

普段クールなマロが珍しく気にしてくるのでリンクは当惑した。

 

「正直‥‥わからないよ。とにかく行ってみないと」

 

「リンク、なぜ僕に一言相談しないんだ」

 

マロは首を横に振った。

 

「君がそんなに気にしてくれてるなんて意外だったよ」

 

リンクは両手を広げた。

 

「見損なうな。僕は同郷のよしみを忘れるほど冷淡な男じゃあない。お前が何か必要なら僕が仕入れる。それが僕の使命だ」

 

リンクは改めて胸に熱くこみ上げるものを感じた。それと同時に、自分の戦いが孤独であると嘆いてばかりいた過去の自分を恥ずかしく思った。

 

「そうだな、じゃあ‥‥」

 

リンクは棚に陳列されていた薬を指差した。

 

「あの薬をもらおうか」

 

それは赤い色の薬液だった。冒険者の間では体力回復に即効性のある薬として定評があるとのことだった。マロがリンクの空き瓶に薬を注いで渡してくれた。リンクは代金を支払った。

 

「時は金なり、だったっけ?」

 

リンクが尋ねるとマロはにこりともせず答えた。

 

「そうだ。時間を無駄にするなよ。それから命もな」

 

リンクは改めてマロの前で膝をかがめ、その手を握った。店を出ると、礼拝所に入った。

 

どうやらシャッドが皆に話してしまったらしく、子供たちは三人とも泣き顔になって待っていた。イリアとレナードとルダもそこにいた。

 

「リンク、本当に行っちゃうの?」

 

コリンが尋ねた。

 

「大丈夫さ。必ず戻ってくるから」

 

リンクが請け合うと、少年は少しだけ微笑んだが、また涙を手で拭いた。

 

「リンク、ずるいよ。自分だけ天空に行くなんて」

 

タロが精一杯の強がりで涙をこらえながら言った。リンクは二人の少年を抱き寄せた。

 

ベスは大きなパンの塊を持っていた。パン種を使わず、平らに焼き固めた腹持ちの良いパンだ。

 

「リンク、これ私が焼いたの」

 

リンクが喜んで礼を言うと彼女は照れて付け加えた。

 

「ほとんどはイリアとルダにやってもらったんだけどね」

 

イリアとルダもリンクの傍らに来た。

 

「リンク、気をつけて行ってきて」

 

イリアは手を伸ばしてリンクの襟元や帽子を整えながら言った。

 

「私の可愛い弟だったリンクはなんだか手の届かない人になっちゃったみたいね」

 

彼女が冗談めかして呟くのを聞いてリンクは慌てて言った。

 

「そんなことないよ。僕はどこまで行っても僕のままさ」

 

「無理はしないでねって昔の私だったら言ったと思うけど」

 

彼女は改めてリンクの顔を見上げてその頬に手を当てた。彼女の手は昔と変わらず温かく柔らかかった。

 

「今はただあなたが生きて戻ってくること以外は何も望まない。だから必ず帰ってきてね?」

 

「もちろんさ」

 

リンクは微笑んだ。

 

「リンクさん、ご武運を‥‥」

 

ルダが膝をかがめ頭を下げた。

 

「ありがとうルダ。イリアをよろしく頼むよ」

 

レナードが進み出て、リンクに手を置き旅の無事を祈った。挨拶が済むと、リンクは礼拝所を出て皆に見送られながら村の東側に抜ける道に入った。そこで服を脱いで狼姿に変身すると、ミドナがワープを開始した。数秒後にはハイリア湖畔のポータルに降り立っていた。

 

そこで人間の姿に戻り服を着て装備を身に付けていると、北側の木道を通って近づいて来る人影がある。トビーだった。

 

「おい、兄ちゃん。行く前に渡すものがあるんだ。ちょっとそこで待ってな」

 

トビーはリンクにそう声をかけると、木道を渡って自分の小屋に戻っていった。不思議に思いながらも待っていると、老人は布の包みのようなものを携えて戻ってきた。

 

「ほれ、こいつを持っていきな。ただしレンタルだからな。終わったら返してくれよ」

 

「何ですか、これは?」

 

リンクは老人が差し出した包みを受け取ると尋ねた。

 

「こいつはパラショールっつってな。二本の取っ手を持って開くと風圧で開いてゆっくり落下できるようになってんだ」

 

トビーは大砲に顎をしゃくると説明した。

 

「大砲は直ったっつっちゃあ直ったんだが、目標地点が昔と同じ地形とは限らねえからな。もし失速したあと下に何にもねえようだったらこれで降りな。うまくやりゃあ怪我はしねえはずだ」

 

リンクは驚いて礼を言った。

 

「なあに、お前さんは今や俺の大口顧客だからな。これからもご贔屓に頼むぜ?そんじゃあな」

 

トビーはズボンのポケットに両手を突っ込むとまた自分の小屋に戻っていった。

 

改めて大砲を見ると、尾部に穴が空いており、そこに人一人立てるくらいの小さなスペースがある。その壁にはクローショットを引っ掛けられる金属の浮き彫りを施した紋章があった。そこから搭乗するものと見当をつけると、リンクはクローショットを右手に嵌めてそれを狙い撃った。

 

リンクはたちまち紋章に引き寄せられた。鉤爪を開いて足場に降りると、クローショットを掛けた紋章のついた壁がが自動的に開き、リンクたちは半ば強制的に大砲の尾部に転がり込んだ。紋章のついた壁が閉じられる。中に閉じ込められた形だ。

 

部屋の中は暗かった。扉が開閉したことで自動的に大砲が起動したのか、下の方からガタガタと振動が響いてき始めている。砲口から光が入ってきてはいるが、リンクたちのいる所には届かなかった。手探りで床を探ると、どうやら背中をつけるためのシートが用意されているようだ。

 

「リンク、本当に後悔はないのか?」

 

ミドナが尋ねた。

 

「後悔って何だい?」

 

リンクは聞き返した。

 

「この大砲が本当に壊れていないっていう保証もない。それに天空都市の位置が変わっていない保証もな。つまり‥‥」

 

「これで君と心中になるかも知れないって言いたいのかい?」

 

リンクは笑った。

 

「ミドナ、その心配はないと思うよ。僕には分かるんだ」

 

そう言うとリンクは背中をしっかりと床につけて上を向いた。

 

「目に見えない力が僕らを天空に呼んでいるんだよ。それにインパルも言ってたしね。天空が僕を必要としているんだって」

 

「それでお前はこんなことをしてまで天空に行こうとしてるっていうのか」

 

ミドナは溜め息をついた。大砲の底部から発生している振動音が大きくなってきた。殆ど轟音だ。

 

「リンク、お前って奴は底なしのお人好しだ」

 

ミドナが言った。

 

「なんだって?聞こえないよ」

 

リンクが聞き返した。

 

「だけどお前のそういう所、私は嫌いじゃないぞ」

 

ミドナがそう言った瞬間、昇降扉が開いて何者かが中に飛び込んできた。驚いたリンクとミドナが見ると、あの鳥人間親子だ。

 

「ふう、間に合った!」

 

おばちゃんは息子を羽の下に抱き抱えるとリンクの脇に身を寄せた。

 

「もう、探したわよぉ!どうして早めに知らせてくれなかったのぉ?」

 

大砲の起動装置から響く轟音に負けないようなよく通る声でおばちゃんが叫んだ。リンクが何かを答える前に、大砲がガタンと動いた。両脚で立ち上がったのだろうか。

 

大砲はまるで独立した生物のように何歩かを歩くと、砲口を持ち上げて角度を調整した。振動と轟音が耐え難いほど大きくなってきている。

 

すると、発射室の壁にしつらえられていたのか、赤い目玉のような灯りが唐突に点灯した。それと同時に巨大な蜂が羽ばたいているような奇妙な音が発せられ、また止まる。それが十回繰り返されると、リンクは耐え難いほどの衝撃を背中に受けるのを感じた。

 

気がつくと皆が空中に浮いていた。眼下にはハイリア湖さえ見えない。いま一体どこを飛んでいるのだろう?

 

切れ切れの薄い雲が物凄い速さで傍らを通りすぎていく。幸いなことに、トビーの大砲とは違って発射物に回転をあまり加えないような設計になっていたらしい。リンクたちは高速で飛びつつぐんぐん上昇しているようだった。耳の中を誰かが摘まんで捻っているような強烈な違和感を感じる。

 

やがて傍らを過ぎていた雲も無くなった。完全に雲の上に出たのだ。

 

遠くに目をやると、地平線なのか水平線なのか、地球と空との境目が見えた。体感的に飛翔の速度が落ち着いてきたと感じる。ミドナは先ほどから姿を消したまま一言もしゃべらない。

 

やがて前方の空中に建造物のようなものの群れが見えてきた。周囲に雲がところどころかかっているが間違いない。色からすると、石のような材質で建てられていると見えた。

 

リンクたちは今や大砲の力による揚力を失い始めていた。慣性力で空中建造物群に向けて前進し続けている。だが、眼下は一面の雲で、目標と思われる地点はまだ遠い。

 

リンクはやや不安になってきた。もし到達できなければ自分は一体世界のどの辺りに落ちるのだろう?そこからハイラルに戻るにしてもミドナのワープは使えるのだろうか?

 

リンクたちはぐんぐん建造物群に接近するとともに次第に高度を失っていった。建造物は、どうやら四つほどの巨大な棟から成り立っているようだ。一番手前に位置するものからはこちらに向かって長い通路が伸びているのが見てとれた。

 

すると、その通路の先端に円形のプールがあることに気づいた。リンクは凄まじい速度で自分達がプールに向かって突っ込んで行っているのを感じた。

 

速度が落ちたと感じたのは、ただ単に建造物群が巨大すぎたからなかなか近づいていないように思えただけだったのだ。リンクたちはまるで撃ち出された矢のように飛んでいくと、やや仰角をつけて一直線にプールに突っ込んだ。

 

派手な音と衝撃がした。リンクは水に叩きつけられた衝撃で咄嗟に息を全て吐き出してしまった。無我夢中で水を掻き浮上する。幸いなことに水深はそれほどでもなかった。

 

水面に顔を出すと、思い切り息を吸いながら立ち泳ぎした。

 

だがすぐにわかった。空気が薄く、強い風が吹いている。傍らには鳥人間が水面に浮いていた。両脚をかきながら悠々と周囲を見回している。その息子は小さな羽を羽ばたかせながら母の頭上を飛び回っていた。

 

「ふう、やっと着いたわ!やっと着いたわ!」

 

彼女は感嘆の叫び声を上げた。

 

「お兄ちゃん、ここなのよ!ここは私たち天空人の都なのよ!」

 

リンクはそう言われて改めて周りを見た。プールは直径五十メートルくらいの円形だ。東西南北にそれぞれ階段があり、周囲を囲むように設置された通路に登れるようになっている。

 

今いるプールの北側には長い廊下が伸びて、その終端が背の高い建造物に行き当たっていた。目を凝らすと、どうやらその建造物の東西にも別の棟が一つづつ浮いているようだ。また、プールの西側にも廊下が伸びており、それは小さな半球形の建物に繋がっている。

 

後ろを振り返ると、南側には短い通路を介して円形の小さな足場があり、その上にはリンクたちがたった今使った大砲と寸分違わず同じ形式の大砲が据えられていた。こちらは壊れてはいないようだ。

 

「お兄ちゃん、せっかく来てくれたんだから私がここを案内してあげるわ!」

 

おばちゃんがそう言った瞬間、不気味な叫び声のようなものが空に響き渡った。

 

巨大な獣が叫ぶような声だ。気配を感じてリンクが空を見上げると、大きな翼を広げた生物が南側上空からこちらに近づいてきていた。

 

その全長は頭の先から尻尾の先までで二十メートル以上、翼の両端は三十メートルはありそうだった。二本の脚先には鋭い鉤爪がある。翼の中途からも同じような鉤爪が生えていた。

 

竜だ。

 

竜が近づいてくるとリンクにはその細かい様子が見えた。頭、首、胴体、両の太腿、さらに翼を支える骨格の一部にまで黒い金属でできた鎧が装着されている。そのパックリ開いた口には鋭い牙が多数並んでいた。

 

竜はリンクたちには気づかなかったのか、そのままプールの上を通り過ぎて北側の建物の群れに向かっていった。

 

その時、プールの西側に伸びる通路からこちらに駆けてくる小さな影があった。

 

別の鳥人間だ。その鳥人間はプールの際まで来るとおばちゃんに何事か呼び掛けた。咳き込むような早口の言葉で、リンクにはそれが何を言っているのか全く聞き取れなかった。

 

二人の鳥人間はしばらく会話していたが、やがて新しく来た方の鳥人間はもと来た西側の通路を戻っていった。

 

おばちゃんがリンクの方を向いて言った。

 

「困ったわぁ、今なんでも竜が都の周りで暴れまわってるんですって!」

 

おばちゃんは息子とともにプールから上がりながら続けた。

 

「私、みんなが心配だからあのお店の様子見に行くわね」

 

リンクは立ち泳ぎのままプールの際に近づき、おばちゃんに続いて水から上がった。

 

風が強く、気温も低い。水に濡れたままでは体力を失ってしまいそうだ。リンクはさしあたり、おばちゃんが向かった西側の廊下の先にある小さな建物に入ることにした。

 

廊下の長さは五十メートルほどだ。左右に転落防止の低い塀があるが、ところどころ脱落しているうえ、風が周期的に強烈な強さになり吹き飛ばされそうになる。

 

身を低くして進んでいくと、廊下の床材もところどころ剥がれ落ち、雑草が生えてきていることに気づいた。どうやら天空の都は建造されてからある時点で手入れがなされなくなってしまったようだ。

 

廊下の終端まで近づくと、草むらの中からヘビババが赤い花弁をもたげた。そいつが口を開いた瞬間、リンクは反射的に剣を抜いて茎を横斬りで切断し、それから縦斬りを二度叩きつけて大人しくさせた。

 

剣を納めながら突き当たりの建物の扉を開ける。向こう側に入ると、どうやらそこは商店のような場所らしい。カウンターに各種の商品が並べられ、その奥に先ほど来た鳥人間が座っている。おばちゃんとしきりに彼らの言葉で立ち話しているようだ。

 

「ミドナ、聞こえるかい?」

 

リンクは何度かミドナに呼び掛けてみた。

 

「ああ‥‥聞こえる。もう着いたのか?」

 

ミドナがやっと返事をした。

 

「ああ、着いたよ。君は大丈夫かい?」

 

リンクは尋ねた。

 

「最悪の気分だ。気絶してたらしい」

 

「もう少し休むかい?」

 

「いや、時間を無駄にしたくはない。行動を開始しよう」

 

ミドナが言った。リンクは付け加えた。

 

「ミドナ、君は見なかったかも知れないがどうやらここのボスらしき奴に会ったよ」

 

「なんだって?ボスだと?」

 

「竜さ」

 

リンクが言うとミドナはしばらく絶句していたが、やがて忌々しそうに呟いた。

 

「ザントの奴、なんでもかんでも復活させりゃあいいと思ってるらしいな。竜なんてとっくの昔に絶滅したんだぞ」

 

リンクがその外見をつぶさに説明すると、ミドナは言った。

 

「そいつはまだ幼生だ。今ならまだ倒しようがある」

 

ミドナは姿を現すと言った。

 

「今回のお前の仕事は竜退治だな。リンク、抜かりはないな?」

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