聞き覚えのある羽音を耳にしたリンクが目を上げると、上空には以前戦ったあいつがいる。 ガーナイルだ。原始的な蜥蜴の顔をして、兜を被り剣と円盾で武装した空飛ぶ剣士。
しかも二匹いた。蜥蜴騎士たちはリンクの十メートルほど上方で背中から生えた羽を羽ばたかせながら、感情のない目でこちらを見据えていた。
「くそっ。今度は二匹か」
ミドナが忌々しそうに言った。
「リンク、無理はするなよ。いざとなったら脱出も考慮に入れていい」
「大丈夫さ。この部屋は壁に穴がないから奴らは僕の死角には回り込めないはずだよ」
リンクは背中から盾を下ろして構えながら言った。だがそうは言ったものの、相当賢く戦う必要があるということが前回の経験で身に染みていた。
ガーナイルたちのうちの一匹が盾を構えて羽ばたく速度を上げた。二匹目は自分たちの優位を確信しているのか、両手に携えた武装をまだ下に下ろしていた。
リンクがミドナに合図すると、右手にクローショットが嵌められた。こちらに突撃しようとしている敵の盾についた、金属が浮き彫りされた紋章に向けて放つ。鉤爪がかかり、たちまち蜥蜴騎士は引きずり下ろされた。リンクは間髪を入れずクローショットを手放し剣を抜いて斬りつけた。
肩口に袈裟斬りを叩きつけ、さらに横斬りから突きを二度食らわす。だが、相手の分厚い皮膚を切っ先が突き破ったかどうかは確信が持てないうちに敵はすぐ立ち直り盾を上げて剣を構えた。
リンクはバックステップして間合いを取りながら、上空にいるもう一匹のほうに目を走らせた。既に羽ばたきの速度を上げて突進して来ようとしている。
咄嗟に盾を上げた。蜥蜴騎士が急降下してきた。体重の乗った突きが襲ってくるのを盾で防ぐ。ガツンと来る強烈な衝撃をなんとか体で支えた。地上にいるほうのガーナイルがじりじりとこちらに近づいてきている。不用意に剣を交えても弾かれるとわかっていた。リンクは相手が地上戦に見切りをつけて飛び立つまで防御に徹した。
まだ小手調べだ。傷を与えたほうの敵も今は悠然と羽を羽ばたかせリンクを上から見下ろしている。さして深刻なダメージを受けたというそぶりもない。
「焦るなよ。やつらだって沢山傷を負えば血を失う」
ミドナが声をかけてきた。リンクは頷いた。無傷なほうのガーナイルがこちらのやや後方に位置しているのを警戒して、リンクは油断なく盾を構えながら横移動し、二匹の敵の両方を視界に入れるようにした。
無傷なほうの敵が羽ばたきの速度を上げた。盾をこちらに向けている。ミドナに合図してクローショットを右手に嵌め、狙いをつけた瞬間、もう一匹も突撃準備を始めた。
二匹一度に来られては防御一択しかない。リンクは咄嗟に盾を持ち上げた。敵の一匹が猛烈な勢いでこちらに突進してきた。盾に衝撃が来る。顔を上げる間もなくもう一匹も急降下してきた。再びの衝撃を歯を食いしばって受け止めた。数歩よろめいて後ろに下がったがどうにか倒れずに済んだ。
我慢のときだ。二匹の敵は後方に飛び去ってからまたホバリングを始め、こちらを見下ろしている。敵の体勢を崩すにはこちらから仕掛けるしかない。二匹が同時に突進して来る前にリンクは行動を起こすことにした。
リンクはクローショットを手離すとブーメランをベルトから抜き出した。
「ゲイル、頼む!」
ブーメランを敵の片方に向けて投げつける。ブーメランの襲撃に驚いたガーナイルが盾を構えた。
「ミドナ、クローショットを!」
戻ってきたブーメランを受け止めてベルトに挟んだリンクが叫ぶとたちまち右手にクローショットが嵌められた。リンクはクローショットを相手に向けて放った。だが僅かに狙いが外れ、鉤爪が相手の足先をかすめて戻ってきた。
その瞬間に、そのガーナイルが突進を開始した。クローショットが作動している間は自由に動けない。リンクはクローショットが鎖を巻き取るが早いが身体を倒して敵の突きを避けた。だが敵の剣先が左肩の皮膚を切り裂いた。舌打ちして立ち上がると、もう一匹のほうも突進の体勢をとっている。盾を構えた瞬間にそいつも急降下してきた。盾ごしではあったが凄まじい衝撃をどうにか左腕で受け止めた。
振り返って後方に飛び去った敵の位置を確認した。忍耐が試される戦いだ。リンクはじりじりと後退りしてさりげなく相手から距離を取った。クローショットで狙う際に仰角がつきすぎると狙いが不正確になるのだ。
用心深く両方の敵を見上げていると、傷を与えたほうのガーナイルが盾を構えて羽ばたきの速度を上げてきた。その機を逃さず、リンクはクローショットの狙いをつけると敵の盾の紋章を撃った。鉤爪が敵の盾を捉え、ガーナイルがたちまち引きずり下ろされる。クローショットを手離して剣を抜くと、リンクは敵の腹に突きを四連放った。人蜥蜴の分厚い皮膚を切っ先が貫き、血が飛び散った。だが一人に時間をかけている間にもう一人にやられるわけにいかない。
リンクは四つ目の突きを素早く引き抜くと、強烈な盾アタックを放って相手をよろめかせ、滑るように身を沈めて渾身の回転斬りを食らわせた。蜥蜴の胴体を剣の刃がばっさりと切り払い、切り傷から臓物が飛び出てきた。
その刹那、既に急降下を開始した二匹目のガーナイルが目前に迫っているのに気づいたリンクは咄嗟に横に転がった。二匹目の敵の剣の切っ先が頭をかすめ、衝撃で一瞬気が遠くなった。両手をついて気力で立ち上がると、頭を振って気を取り直し、盾を構えながら戦況を確認した。
一匹目のガーナイルはもはや戦える状態ではないようだ。剣を取り落とすと、よろめきながら腹からはみ出た臓物を必死で押さえようとしている。口からも血が溢れ出ていた。だが、二匹目は健在だ。羽音が聞こえるほうに振り向くと、リンクの後方上空でホバリングしながら攻撃の機会を伺っている。
剣を持ったまま頭の傷に手をやった。血は流れているが深手ではない。まだ戦える。一匹目のガーナイルが力尽きてうつ伏せに倒れていくのを横目で確認しながらリンクは盾を持ち上げて敵からの次の攻撃に備えた。
二匹目のガーナイルが武器を構え直して体勢を整えると急降下してきた。盾を掲げて足を踏ん張る。ガツンと突きの衝撃が腕に加わり、倒れそうになるのをこらえた。自分の後方上空に飛び去った敵のほうに振り向くと、リンクは剣を納めてベルトからブーメランを抜き出し、ガーナイルに向けて投げつけた。飛び道具による奇襲に警戒した敵が盾を構える。
リンクが戻ってきたブーメランを受け止め左手に持つと、ミドナがその右手にクローショットを装着した。クローショットで浮き彫りの紋章のついた敵の盾を狙い撃つ。鉤爪がかかってガーナイルは一気に引きずり下ろされた。リンクはクローショットを手離すと剣を抜きざま縦斬り、横斬り、袈裟斬りを叩きつけ、さらに突きを放った。
だがガーナイルは異様なまでのタフさを発揮して立ち直った。盾を上げてリンクの更なる追撃を断念させると、蜥蜴騎士は無表情のまま剣を持ち上げて縦斬りを放ってきた。
リンクは咄嗟に横飛びし、次いで前転して相手の後ろに回り込むと、跳躍しながら剣を払った。だがガーナイルは身軽にジャンプするとリンクの渾身の背面斬りをいとも簡単に回避した。
リンクも深追いはしなかった。二人の剣士はしばらく構えたまま互いに睨み合っていたが、やがてガーナイルのほうが羽ばたいて上空に飛び上がった。
「リンク、頭の怪我は大丈夫か?」
ミドナが尋ねてきた。
「大丈夫だ。問題ない」
リンクは即答した。額から血が垂れてくるのを時折手首で拭った。不思議なことに痛みはあまり感じなかった。ガーナイルが上空でこちらを伺っているのを見上げる。一匹だけならもう経験済みだ。次で仕留める。リンクは剣を納めると左手のブーメランを右手に持ち変えた。
ガーナイルに向けてブーメランを投げた。高速回転しながらブーメランが敵に向かって飛んでいく。
「ミドナ!クローショットを!」
反射的に敵が盾を構えた瞬間にリンクの手にクローショットが装着された。素早く敵の盾の紋章を狙い撃つと、ガーナイルは急速にリンクの目の前に引きずり下ろされる。クローショットを手離すと、リンクは剣を抜いて袈裟斬りに斬りつけた。敵の肩口から胸にかけて深い切り傷が走る。さらに返す刀で横斬りを繰り出して胴に深手を負わせた。
だがこれでも十分ではないとわかっていた。相手に立ち直る間を与えず、リンクは突きを放って追撃した。切っ先を敵の臓腑に届けとばかりに叩き込むと、間髪を入れず盾アタックを食らわせた。矢継早やの攻撃で相手がよろめいたところに裂帛の気合いを発しながら跳躍して兜割りを叩きつけた。リンクの剣が蜥蜴騎士の顔面を兜もろとも両断し、敵は断末魔の呻き声も上げずに剣を取り落とした。
ガーナイルはしばらくの間棒立ちになっていたが、やがてゆっくりと崩れ落ちた。それでも倒れたままその身体だけはもがき動いていたが、すぐに力を失って口から舌をだらんと突き出し痙攣し始めた。リンクが荒い息をついている間に、蜥蜴騎士の身体は崩壊していった。
リンクは装備を床に置き、服を脱いで負傷箇所を点検した。お世辞にも快勝とはいかなかった。身体のそこここに切り傷を負って、ゾーラの服に付随した兜も額が割れている。兜が無ければ即死だったかも知れない。
「リンク、済まない。私のためにお前をこんな目に遭わせて」
ミドナがリンクの身体の傷に膏薬を塗りながら言った。
「ミドナ、言ったろ?君のためというのは半分さ。残り半分は僕自身の務めだよ」
リンクは切り傷を負った額にも布を巻きながら答えた。
「勇者の務め、か?」
「僕は勇者になりたくてなったわけじゃない。その点は君と同じさ。君だってそうだろ?」
「自分の意志でなったわけじゃないからこそ、自分の意志で止めるわけにいかない。お前にもそれが分かるというのか?」
ミドナが呟く。
「君の気持ちの全てが分かるとは言わないよ。だけど僕にだってこれをやり切る意地はあるんだ。僕の勝手な思い付きならとっくに止めているような割に合わない冒険であったとしてもね」
リンクはそう答えると、服を着て装備を身につけた。傷はどれも浅かったが、それでもこの激しい戦いで体力を大幅に消耗しているのがわかった。
だが退却する気は微塵もなかった。あの竜との対決は近い。リンクはそう確信していた。立ち上がると、部屋の上方を見上げた。地図によれば、この部屋の上に広大な円形の広場があるはずだ。そこがこの棟の最上層でもある。
今いる部屋は円筒形で極めて天井が高い。おそらく百メートルはありそうだ。上にいくほど細くなっていく構造のようだった。天井の中央から下がっている長い棒の先に金網つきの巨大な四角い板がぶら下がっている。床からはクローショットでも届きそうにない高さだったが、入ってきた入り口の上に円形の大きな金網があり、そこに飛び付けばその板までは進めそうだ。
リンクはまずクローショットで入り口扉の上の円形の金網を狙い撃った。すぐに引き寄せられて金網に飛び付くと、今度はそこからもう一つのクローショットで天井から下がっている四角い板を狙って撃つ。
成功した。リンクは四角い板に飛び移り、そこから周囲を見回した。すると、正面の壁から突き出た張り出しにクリスタルスイッチが設置されている。
リンクはクローショットでそのスイッチを狙って撃ってみた。するとスイッチが変色し、作動音が鳴り始めたと思うと、リンクが今しがみついている四角い板が回転し始めた。目を上げると、やや上方の壁に食い込んだ形で半円形の小部屋がしつらえられていて、その上からぶら下がった棒を中心として巨大な四角い金網つきの板が回転していた。その板は回転しながら半分が小部屋の中を通っている間、もう半分がその外に露出するという設計になっているようだ。
今しがみついている四角い板から眺めて、その回転する板の位置と、自分のいる板の位置関係が合えば向こうに飛び移れそうだとリンクは目算した。
互いの板の回転の周期を見ながら慎重にタイミングを計ったうえで、こちらの板が向こう側に回っていった時にリンクは上方の板を狙い撃った。
クローショットの鉤爪がかかり、リンクは次の金網つき板に飛び移った。その板がゆっくりと回転していくのを待ちながらリンクは次の経路を探した。
この部屋に来てから最初に飛び付いた四角い板の真上に同じような板があと二つある。どうやら同じ要領で部屋の最上部にまで登ることができそうだ。
今しがみついている板が回転により小部屋から出た。それが部屋の中央に向かって回っていくのを見計らい、リンクは天井の中心から下がっている棒に取り付けられた二枚目の巨大な四角い金網に向けてクローショットを放った。
鉤爪が金網にかかり、リンクは飛び移った。そこから周囲を見回すと、やはり思った通りだ。少し上方の壁に、さっきと同じような半円形の小部屋がしつらえられており、その上から下がった棒を中心として同様の金網つき四角板がゆっくりと回転している。
リンクはクローショットを持ち上げ、次の小部屋の回転板を狙った。周期が合わないとクローショットを撃っても鉤爪が届かない。リンクは自分のしがみついている板の回転を待ちつつ、向こう側の回転を見極めてそれがこちらに直角近くになった瞬間を狙ってその先端近くをクローショットで撃った。
鉤爪が届いた。リンクは二つ目の小部屋の回転板に飛び移った。
もうすぐだ。リンクは自分のいる板が小部屋の中を通り終わって外に出るのを待ち、部屋の天井の中央から出ている棒の一番上に設置された金網つき四角板を見据えた。それは停止していたので狙うのは容易だった。
クローショットを撃って 向こうに飛び付くと、同じ高さの壁から張り出した箇所にクリスタルスイッチがついている。それをクローショットで狙い撃つと、スイッチが変色して作動音がした。 自分が今いる四角板がゆっくりと回転し始める。
ここはもう部屋の最上層のはずだ。板の回転に従って、その裏側にあったものが見えてきた。壁の丁度同じ高さに足場があり、その突き当たりに頑丈そうな扉がしつらえられている。鎖がかけられゴツい錠前で厳重に施錠されていた。
扉の上の壁には金属の浮き彫りを施した紋章がついていた。リンクはそれをクローショットで狙い撃って飛び付いたあと、扉の前の足場に降り立った。
「おそらくここが最後だな」
ミドナが言った。
「地図からするとすぐ屋上だ。あの竜からするとそこが最も戦いやすいはずだ」
「てことは最も隙を見せやすい場所になるってことかな?」
リンクがポーチから中央棟の上部で手に入れた黒い大きな鍵を取り出しながら尋ねた。
「そうだ。奴はまだ幼いはずだ。お前を舐めているだろうな。だから隙を見つけたら絶対逃がすなよ」
ミドナが答えた。リンクは錠前に黒い鍵を差し込んで捻った。果たして、重々しい音を立てて錠前が開き、鎖が外れて床に落ちた。リンクは扉を押し上げると向こう側に出た。
どうやらそこは、最上層の一つ下にあるバルコニーのようだ。横長の構造で、上の階層が庇がわりに覆い被さっている。転落防止の手摺りはあらかた崩壊していた。目の前の空は雲行きが悪くなってきている。来たときは快晴と思えたが、今は湿った風が吹き始め、雨雲が集まってきているようだ。
上に目を上げると、左上方に最上層の床から下がっている円柱の名残りが見えた。途中から崩れているので今いる階層には達していないが、濃い蔦がそこらじゅうにびっしりと生えているからクローショットを使えば到達できそうだ。リンクは右手にクローショットを嵌めると、円柱の表面の蔦を狙い撃った。たちまち身体が引き上げられたリンクは蔦にしがみついた。そこから蔦をよじ登っていく。そうしてどうにか最後まで円柱を登り切り、その上にたどり着いた。
そこは直径二百メートルほどの屋上庭園だった。手入れされずに一面に雑草が生えている中に、ところどころプロペラの木の実が地面から半分ほど顔を出して埋まっている。鳥人間たちが埋めたものが発芽せず残っているのかも知れない。
「託宣の庭ってわけか」
ミドナが呟いた。
「なんだって?」
リンクが尋ねる。
「ここは天空都市のすべての建物でもっとも高いところにある。多くの文明では神は高いところにいると考えたものさ。だから神の声を聞くための庭なんじゃないかと思ってな」
ミドナが答えた。
「それがいまじゃ竜の庭なんて、鳥人間たちは悔しくてしょうがないだろうね」
リンクが周囲を見渡しながら言った。外縁近くの四ヶ所に高さ五十メートルほどの柱が立っている。柱は見たところ二本一組となっており、ペアとなる二本は互いに近接している一方で他の二本とは離れている。柱の内側には一面に金網が張られている。おそらく鳥人間がしがみつきやすいようになっているのだろうが、クローショットを使った移動にも適しているということをリンクは心に留めておいた。
その時、恐ろしい獣の叫び声が空に響き渡った。顔を上げると、庭を囲む柱の頂上のあたりで竜が羽を羽ばたかせホバリングしている。竜はリンクが顔を上げると、方向を変えて滑空を始めた。広場の上空を一週したあと、四本の柱の間に飛んできてそこで羽を羽ばたかせ滞空し、再び吠え声を上げた。耳を轟するような恐ろしい声だった。
「宣戦布告だ。始まったぞ。準備はいいな?」
ミドナが唇の端を上げながら言った。
「準備は万端さ」
リンクも答える。盾を構え、剣を抜いて広場の中心に陣取って待ち構える。竜は一旦上空から飛び去ると、悠々と大きく弧を描くように飛び、再び戻ってきた。高度を下げると、両足の爪を大きく広げ、速度を落として地面すれすれに滑空してきた。
リンクは横に転がって回避した。竜の長い鉤爪が屋上庭園の床材と擦れあって火花を散らした。威嚇効果だけで満足したのか、竜は一度飛び去っていった。
「ずいぶん鈍くさい竜だね。まるでのんびりしてるじゃないか?」
リンクが敵の行った先を見据えながら呟いた。
「バカ、まだ小手調べだぞこんなのは」
ミドナが応じる。竜は悠然と滑空しながらこちらに再び近づいてくる。
「リンク、あいつの尻尾に衝角みたいなものがついているのが見えるだろ」
「ああ、見える」
リンクは答えた。確かに、翼に風を受けて滑空する竜の長い尾の先端に金属細工でできて先端の尖った武具がついていた。
「奴が近づいてきたらそこを狙ってクローショットを撃ってしがみつけ。そうしたら私が両足に鉄のブーツを履かせてやる」
それを聞いた瞬間リンクはニヤリと笑った。
「それであいつを引きずり下ろすってわけだね。君の性格の悪さが最高によく出てる作戦だよ」
「戦闘知能と言ってくれ」
ミドナが訂正した。
「君を敵に回したあの竜は本当に不運な奴だよ」
リンクが近づいてくる竜の姿を見据えながら言った。
「お前にしちゃ気の利いた褒め言葉だな」
風の力で滑空しながら弧を描き、竜がこちらに接近してきた。鉤爪攻撃は本当にただの挨拶がわりだったらしい。竜は四本の柱の間の上空に入ってくると、激しく羽ばたいて滞空しながらまたあの恐ろしい吠え声を上げた。
炎を吐くか?それとも牙を剥いてくるか?だがリンクは相手が何かを仕掛けて来る前に行動を起こした。剣を納めてクローショットを右手に嵌め、頭上に垂れ下がってきていた竜の尾の先端に装着された金属の衝角を狙って撃った。
クローショットの鉤爪が引っ掛かりリンクはたちまち引き上げられ竜の尾にぶら下がった。その瞬間にリンクの両足に鉄のブーツが装着された。いかに強い翼を持つ竜といえども突然の荷重で尻尾を激しく引っ張られたことでうろたえたようだ。
慌てて羽ばたきの速度を上げたが間に合わない。竜は引きずり下ろされると、胴体から激しく地面に叩きつけられた。翼を支える腕や胸や脚に装着された黒い金属の鎧が弾け飛んだ。
「ミドナ、ブーツを!」
リンクはクローショットの鉤爪を開いて竜の尾を離すと叫んだ。ブーツが元に戻ると、剣を抜いてダッシュし竜の頭部まで駆け寄った。だが、竜はやにわに頭を持ち上げると羽ばたきをした。たちまちその体が浮上する。竜は一声吠えると飛び去っていった。リンクはその翼が起こした強い風を受けて思わず顔を腕で覆った。
「そう簡単にはいかないぞ。奴の鎧を全て引ん剥いてから本当の勝負だ」
ミドナが言った。顔を上げると、飛び去った竜のシルエットが遠くの空に見える。だがそれは方向を変えて次第に近づいてきていた。今度は高度が低い。鉤爪攻撃か?
リンクは横に走って庭の外縁にある柱の一本の下に身を寄せた。高速で低空飛行してきた竜は、案の定鉤爪を大きく開いて庭園の地面を削り取るように通り過ぎて行った。 一旦庭園を離れた竜は、その上空を遠巻きに一週した後、また近づいてきた。リンクが見ていると、化け物は四本の柱のうちの一本の頂上に止まった。
「まるで空を飛べないお前を愚弄してるみたいだな」
ミドナが上を見上げながら言った。
「ところがこっちにはダブルクローショットがあるってわけだね」
リンクは剣を納めた。ミドナが指を鳴らし、リンクの両手にクローショットを嵌める。
竜が止まっている柱の下に走り寄ると、リンクはクローショットを持ち上げて柱の中途を狙い撃った。飛び出した鉤爪が金網に引っ掛かり、身体が引き上げられる。飛び付いた先からさらに対となる柱の少し上方を狙ってクローショットを撃ち、リンクはそこに飛び付いた。
到底自分のところに来られないと思っていた相手が近づいてきたことで驚いたのか、竜は急速に羽ばたいて離陸すると、リンクの少し上方でホバリングし始めた。
敵に手を打たせる前に攻撃だ。リンクは柱にしがみつきながら竜の尾の先端をクローショットで狙って撃った。身体が引き寄せられ、リンクが竜の尾にぶら下がる。同時に両足のブーツが入れ換えられ、鉄のブーツになった。
凄まじい重さをいきなり加えられ、竜は再び泡を食ったように羽ばたき始めた。その尾はぶら下がるリンクの重みにより、胴体から引き抜かれんばかりにピンと真っ直ぐ伸ばされていた。耐え切れなくなった竜は揚力を失って地面に墜落した。胴体から地面に激突することで、また胸や腹の鎧が割れて弾け飛ぶ。
リンクは着地すると竜の尾から鉤爪を離した。ミドナが 両足のブーツを皮のブーツに戻した。
「ミドナ、クローショットを頼む!」
二つのクローショットをミドナが収納すると、リンクは盾を背から下ろし剣を抜いた。だがこれが致命傷になるとは到底考えられないし、敵がこれからどう動くかはまだ分からない。
用心深い構えで竜に近づくと、そいつはガバっと起き上がり、羽ばたいて浮上した。激しい羽ばたきで上昇しながら、また恐ろしい吠え声を上げた。一度、二度、三度と吠えると、滞空しながら身体を激しく揺すり始めた。竜の身体にまとわりついていた鎧の破片がたちまち周囲に振り飛ばされ、庭園の地面に次々と落ちてきた。
竜は激怒しているのが明らかだった。彼が二つの羽を思い切り羽ばたかせると、リンクのいる庭に強烈な風が吹き付けてきた。風圧でよろめいたリンクは、ミドナに合図して再び鉄のブーツを装着した。竜はしばらくの間こちらの上空で羽ばたき続けたあと、方角を変えてどこかに飛び去っていった。
「どこへ行くんだろう?」
リンクが剣を納めながら竜が飛び去った方角を見やって呟くと、ミドナがブーツを元にしながら言った。
「あいつはまだ戦いに慣れていない。たぶん歯向かってくる奴に出会うのは生まれて初めてだ。頭を冷やしてからもう一度来るぞ」
その時、頭上から雨垂れがポツポツと降ってきた。上空を見上げると、先程から垂れ込めていた雨雲が一層濃くなっている。ほどなく雨が本降りになり、風も吹いてきて雨滴が横殴りにリンクの顔に当たり始めた。
「あいつ雨雲を呼びやがったか」
ミドナが言った。降り注ぐ雨が地面の草むらに当たって音を立てる。すると、そこここに埋まっていたプロペラの木の実の天辺に生えている葉が大きく開き、次いで回転し始めた。
葉の回転で揚力が生じて、プロペラの木の実はひとつまたひとつと埋まっていた地面から上昇していった。やがて木の実の群れがリンクたちのいる広場の上空に円を描くように浮遊し始めた。風に煽られながらも、概ね同じ場所に留まっている。
「同じ手は三度は通用しないかな?」
リンクが言った。
「おそらくな。それにそれよりもいい作戦がある」
ミドナはそう答えると、広場を囲むように立っている四本の柱を指差した。
「リンク、今のうち高いポジションを確保しておけ。地上を歩いているうちに火炎放射をされたらこっちはイチコロだ。だが柱の上なら隣の柱にも木の実の下にも移れる」
ミドナがリンクの両腕にクローショットを装着した。リンクはそれを構えると、まず手近の柱の側面の金網を狙って撃った。身体が引き上げられ、金網に飛び付くと、そこから対になる柱を狙う。少し上方をめがけてクローショットを撃ち、向こう側に飛び移ると、再び元いた柱のほうを振り返って、現在地より上方の部分を狙ってクローショットを撃った。
飛び移った先から、対になる柱の頂上近くの金網をまたクローショットで狙い撃つ。飛び移った先で、柱の天辺までよじ登った。
雨がますます激しくなっている。遠くの空に稲光が走るのがリンクの目を引いた。だがリンクはその時、竜がほとんど目の前の空にいることに気づいた。相手が羽音を控えていたのか、雨音で聞こえなかったのだろうか。
竜は一声吠えると、大きく喉を膨らませながら頭を上に向けた。
「火炎放射だ!逃げろ!」
ミドナは叫んだ。目を上げると、先程からの雨で発芽し空中浮遊を始めたプロペラの木の実が今いる柱の頂上の少し上方の横を飛んでいる。リンクは咄嗟にその木の実を狙ってクローショットで撃った。
飛び移った瞬間に竜の口から火炎が放たれた。一瞬の差で、さっきまでリンクが居た場所が炎に包まれる。クローショットの鉤爪で木の実にぶら下がりながらリンクはそれを半ば呆然と眺めた。こんな炎に耐えられる人間、いや生物などこの世に存在しないと思われた。
「ボウッとするな!次の木の実に移れ!」
ミドナが激を飛ばす。リンクは周囲を見回した。竜はリンクを取り逃がしたことに気づいて、火炎放射の方向をこちらに変え始めている。
リンクは火炎から逃げるように一つ右隣を浮遊するプロペラの木の実をクローショットで狙い撃った。飛び移ると、火炎からやや距離が出来た。見ると、同じ高さにはプロペラの木の実が円を描くような配置で多数浮遊している。
リンクは火炎から距離を取るべく次々と木の実を移動していった。さすがの竜も、高速で木の実の間を移動するリンクの姿を追尾し切れなくなったらしい。竜が火炎放射をやめて辺りを見回し始めたときには、リンクは相手の背後に位置するプロペラの木の実にぶら下がっていた。
初めて竜の背中が見えた。そこに金属の枠に嵌め込まれた大きな楕円形の宝玉が光っている。リンクにはその瞬間に気づいた。あれが弱点だ。咄嗟にクローショットを向けると、リンクはその宝玉の枠目掛けて撃った。
鉤爪が飛んで行き金属枠に引っ掛かった。リンクは木の実にぶら下がっているほうの鉤爪を開くと、一気に竜の背中に飛び付いた。クローショットを手放すと、左手で宝玉の金枠を掴んで右手で剣を抜いた。
両足を竜の背中に掛けながら剣を思い切り振るって宝玉に斬りつけた。硬いガラス質を剣の刃が叩く。一度。二度。三度。四度に渡って剣を叩きつけると、破壊音がして宝玉に亀裂が走る。
竜は苦痛の吠え声を上げて首をのたうち回らせ、羽をばたつかせて暴れた。そうかと思うと、宝玉への損傷は著しい打撃だったのか、竜は一旦力が抜けたように羽ばたきをやめて落下し始めた。リンクは剣を背中に納めると両手で懸命に竜の背中の宝玉の枠にしがみついた。
竜が眼下の庭園に墜落していく。だが、羽ばたきをせずとも羽を広げていたのが落下速度を弱めた。竜が広場にバサリと落ちると、リンクはその背から飛び降りた。予想通り、竜はすぐ立ち直って再び羽ばたき上昇した。
方角を変えると竜は庭園の上空から一旦飛び去った。だが旋回して戻ってくるのは間違いない。時間は一刻も無駄にできない。リンクは手近の柱を見上げるとその側面の金網に向けてクローショットを撃った。たちまちそこまで引き上げられると、今度は向かい側の柱の少し上方をもう一つのクローショットで狙い撃って飛び移る。さらにそこから元いた柱の上方に飛び移ったあと、最後に向かいの柱の天辺近くに到達した。柱の頂上によじ登ると、既に竜はこちらに戻ってきている。四本の柱の間で、その頂点近くの高さでホバリングしながら、竜は恐ろしい咆哮を上げて頭を持ち上げた。
来る。リンクは横に浮遊していたプロペラの木の実をクローショットで狙い撃って飛び付いた。凄まじい炎の熱が近くを通り過ぎるのが感じられた。さっきまでいた柱の頂上を炎が包んで焦がしている。リンクはさらに隣の木の実にクローショットで飛び移り、そこから次々と隣の木の実に移動していった。またも獲物を取り逃がしたことに気づいた竜は火炎放射を止めた。だがその頃にはリンクは竜の背後に位置する木の実の下にぶら下がっていた。
竜の背中についた宝玉を固定する金属の枠に向けてクローショットを放つ。リンクはたちまち竜の背中に引き寄せられて飛び付いた。ミドナが瞬時にクローショットを収納する。金属の枠に左手でしがみつき、剣を抜くと宝玉に痛烈な打撃を与えた。一度。二度。三度。四度。切っ先が金属の枠に当たって火花が散る一方で刀身が宝玉に強い衝撃を与え、先刻の攻撃で生じた亀裂が広がっていった。
竜は苦痛と怒りの咆哮を上げ、どうにかリンクを振り落とそうともがいた。だがリンクは剣を納めて両手でその背中にしがみついた。宝玉を割られたことが大きなダメージになったのか、竜は苦しげに身悶えしながら高度を下げると、庭園の地面に不時着し、身体をバタバタと引っ繰り返した。リンクはその背から飛び降りて転がり、竜から距離を置いた。確実に効いている。
だが竜はすぐ立ち直った。ひと吠えして首を上げると羽ばたきして離陸し、庭園から一旦離れた。遠くの空を弧を描いて飛び回っていたが、またこちらに近づいてきている。
宝玉を完全に破壊しなければだめだ。そう直観したリンクが柱を見上げた瞬間ミドナがその両手にクローショットを嵌めた。柱の中途を狙い撃って飛び付くと、そこから向かい側の柱の上方に飛び移る。ジグザグに柱の間を移動してき、柱の天辺に近くに取り付くと頂上によじ登った。
竜は怒り心頭の様子で急速にこちらに飛んで来ると、一声恐ろしい咆哮を上げ、柱の頂上近くでホバリングしながら首を膨らませ頭を大きく上げた。
リンクは迷わず柱の隣にあったプロペラの木の実をクローショットで撃って飛び移った。竜の口から迸る炎の奔流が体をかすめる。竜はこちらの動きを察知し、身体を横に回しならが炎の方向を変えてきた。木の実にぶら下がっていてもあっという間に炎が迫ってくる。
「ミドナ、ブーツを!」
リンクは咄嗟に叫んだ。足元が鉄のブーツに置き換わり、ぶら下がっていたプロペラの木の実が急激に高度を下げる。地獄のような炎が頭上を通り過ぎる。リンクはミドナに合図した。ブーツが元に戻ると、隣のプロペラの木の実目掛けてクローショットを撃つ。さらにその隣へと次々にクローショットを撃って移動していった。
その時、竜が突然火炎放射を止めた。羽ばたきしながら身体をぐるりと横に回したかと思うと、自分の真後ろに方向を変えて再び頭を持ち上げた。
相手はこちらが背後に回ろうとしているのに気づいたのだ。二つ目、三つ目から四つ目のプロペラの木の実に移ろうとした瞬間、竜がリンクの進もうとしていた先の空間に強烈な火炎放射を始めた。リンクは自分も方向を変えてたった今離れたばかりのプロペラの木の実に向けてクローショットを撃って飛び移った。
プロペラの木の実を次々とクローショットで元の方向に飛び移っていく。雷鳴が轟き、雨がますます激しくなっていくなか、竜はリンクの位置を失ったと見えた。リンクが竜の丁度真後ろのプロペラの木の実に到達したとき、竜は再び火炎放射を止めた。
だが絶対に逃がさない。リンクは顔を後ろに振り向け、クローショットで竜の背中を狙って撃った。飛び出した鉤爪が竜の背中の宝玉の周囲の枠に引っ掛かり、リンクはたちまちそこに飛び付いた。
竜は小さな仇敵がまたぞろ自分の背中に取り付いたのを悟ったのか、羽を大きくバタつかせながらもがいた。クローショットをミドナが瞬時に収納し、リンクは片手で宝玉の枠にしがみつきながら剣を抜いた。
剣で宝玉に更なる一撃を加える。苦痛を感じたのか、竜が咆哮を上げながら首をのけ反らせ、一瞬もがくのを止めた。リンクはその一瞬を見逃さなかった。
両脚で竜の背の上に立つと、両手で剣を逆手に持ち宝玉の亀裂に向かって一息に突き立てた。そして渾身の力を込めて刃を突き入れると剣をこじった。宝玉が損傷に耐え切れず真っ二つに割れた。
竜は激しい苦痛の叫び声を上げた。そして首を左右に振りながら高度を上げ、それから突然急降下し始めた。リンクは剣を納めると必死でその背中にしがみついた。眼下の庭がぐんぐん近づいてくる。
竜が激突する寸前に針路を変え床すれすれに飛び始めたとき、リンクは咄嗟にその背から飛び降り、草むらの上に転がった。竜は羽ばたくと再び上昇した。だがその軌道はもはや瀕死の蛾のように心もとない。最後の力を振り絞った竜が空中でひときわ高い断末魔の叫び声を上げ、口から炎を吐き出した。すると、次の瞬間突然その体が崩れ始めた。その背中に装着されていた宝玉が溶けていく。
リンクたちの上空でバラバラになった竜の遺骸の中から何かが飛び出してきた。ミドナが空中に飛んでいくと、その残滓の中から黒い破片をつかみ出した。
影の鏡のかけらだ。ミドナはリンクのほうに戻ってきて、ハート型のガラス瓶をこちらに放った。リンクはそれを受け止めると、蓋を開けて中身を飲んだ。辛いが、疲れきった身体に再び力が回復してくる。竜の身体の破片はもはや紙を燃やした灰のように細かくなってリンクの回りに降り注いでいた。あれほど激しかった雷雨がいつの間にか嘘のように止み、空に晴れ間が広がりはじめている。
「やったなリンク。これで全て揃った」
ミドナは少しの間その手に持った鏡の破片を見つめたあと、それをどこかに収納した。
「リンク、賢者のおっさんたちが言ったこと、覚えてるか?」
彼女は続けた。
「陰りの鏡を破壊することができるのは影の一族が認めたその長だけだ」
「ザントは鏡を四つに割ることしかできなかったよね」
リンクが引き取る。
「その通りだ。なぜ奴があんな強力な魔力を手に入れたのか、それだけは未だにわからない。だが一つはっきりしてるのはどれほど力があっても奴は本物の王ではないってことだ」
ミドナが言った。
「いよいよ次は最後の敵だね」
リンクが呟く。
「リンク、取り戻すぞ。私の国も、そしてお前のもな」
ミドナがリンクを見た。リンクは頷くと、右の拳を突き出した。最初怪訝な顔をしていたミドナだったが、意図に気づいたようで自分も小さな拳を突き出して、リンクの拳と打ち合わせた。
リンクたちが商店に戻ると、そこには店主のほか数人の鳥人間たちが待ち受けていた。その中の一人で、頭部も羽も白く変色した高齢と見える鳥人間が前に進み出て、リンクたちに対して何事か話し始めた。
おばちゃんが姿を現し、逐次通訳してくれた。それによれば、その鳥人間は天空都市の頭領であって最長老ということである。(名前はハイラル人には発音できないようなものであった。)彼は、竜を退治してくれたことについてリンクに対して深い感謝の意を表し、名誉市民の称号を授与するためにやってきたとのことであった。
「そんな、気を遣っていただかなくても。僕は自分の務めを果たしただけです」
リンクは謙遜した。ミドナが横から顔を出して長老に尋ねた。
「差し支えなければ教えてくれ。お前たちの起源はいったいどこにあるんだ?」
長老はおばちゃんの通訳した質問を理解すると、順を追って話し始めた。その答えはミドナを驚愕させるに十分なものであった。
彼ら天空人の祖先は、地上に降り立った古ハイリア人たちの中で魔術に長けたある一族であった。その一族はやがて自分たちの優越性を確信するようになり、自らこそが支配者層にふさわしいと考え聖地を我が物にすることを画策したのである。
「まさか‥‥お前たちが?」
ミドナは驚いて目を見開いた。長老が話すところによれば、その魔術師一族の中で、他者との争いを嫌い、聖地支配の陰謀を行う同胞から離反した一家がいたという。それが彼ら天空人の祖先である。
やがて魔術師一族の反乱は女神ハイリアと精霊たちに鎮圧され、彼らは影の世界に追放された。その企みから離反していた一家は追放を免れた。しかし、苦難はそこから始まった。魔術師の一派とスティグマを貼られた彼らは、他のハイリア人たちから恐れられ、迫害されるようになったのである。
その時、彼らの中で「天空信仰」が芽生え始めた。人の真の故郷は天空であり、天空では争いのない平和な暮らしが享受できる、そのような思想である。
やがて彼らは、その信仰を実現すべく動き始めた。かつて人間と魔物の戦争が始まった時に女神ハイリアが浮かべた浮島は、そのほとんどが消滅してしまっていたが、彼らは独力で空中に都市を浮かべる技術を作り出すことに成功した。
その次に彼らが着手したのは自らの身体の遺伝子改造であった。かつて古ハイリア人たちが天空に住んでいたころは、女神の恩寵によりロフトバードという忠実な鳥たちが翼がわりに与えられていた。だが、時代が下るとロフトバードの血筋は絶えてしまったので、彼らは自らが鳥のように自由に空を飛べるようになるしかないと結論したのである。
遺伝子改造は段階的に行われた。彼ら一族は次第に腕に羽が生え、身体が細くなり、骨が軽くなっていった。そうなると一つの問題が生じた。その身体では重労働は勿論、有事に戦ったり、法を執行することができなくなってしまったのである。
そこで彼らは自分たちの代わりにそのような行為を行う石像を造り出した。『支配する杖』はその石像を動かすための道具である。
やがて天空都市を構成する全ての浮島の建設が完了し、また彼らの身体改造も最終段階を迎えるときがきた。彼らの科学力を惜しんだハイラル王家は、出発にあたり二つのことを要請した。一つは、これまで彼らが開発してきた様々な装置を、森の奥深くに隠された神殿に奉納し保存すること。もう一つは、地上から天空への使者派遣の経路を一つだけ残しておくことである。これらの要請を満たすことにより、彼らはハイラル王家への朝貢を免除され、晴れて天空に独立国家を樹立するに至ったのである。
ミドナは長老の話を聞き終わった後しばらく黙っていたがやがて呟いた。
「私と共通の先祖を持ってたなんてな‥‥」
彼女は首を振った。
「だけど平和な暮らしをするためにそんな身体になったっていうのか‥‥?不自由はないのか?」
おばちゃんの通訳を介して長老が答えた。彼らが天空に昇ってから数百年の間、内戦はもちろん犯罪すらも殆ど発生せず、天空人たちは文字通りの平和を享受してきたのである。彼らはそれに満足しており、今さらこの暮らしを変える気はないと。
リンクたちは長老たちの感謝の言葉を受け取ると、おばちゃんと息子にも別れを告げた。
「お兄ちゃん、いろいろありがとね。たまにはこっちにも遊びにきて?」
おばちゃんが言った。
「こちらこそ、冒険中に助けてもらって感謝してます」
リンクが答えた。
「お兄ちゃん、しゅごいでしゅ!しゅごいでしゅ!」
リンクが竜を倒したと聞いた息子は小さな羽をしきりに羽ばたかせながら頭上を飛び回っていた。
「お兄ちゃん、僕も大きくなったら勇者になるでしゅ!」
おばちゃんの息子は興奮覚めやらぬ表情で言った。
「きっとなれるよ。たくさん食べて、ママの言うことをよく聞くんだよ」
リンクは彼の頭を撫でてやった。
リンクとミドナは商店から出ると、プールの脇の通路を経由して南側の足場に設置してある大砲に向かった。
大砲の末尾部分にしつらえられた足場に入るため、その壁に嵌め込まれた金属の紋章をクローショットで撃った。引き寄せられてその足場に降り立つと、昇降扉が自動的に開いてリンクたちは発車室に滑り込んだ。
起動装置が動き始めた。振動音はトビーに修理してもらった天空砲よりも小さく、穏やかだった。リンクは発射室の底に設置されていたシートに背中をつけた。
「だが平和な暮らしと言ってもあいつらの都市は滅亡寸前じゃないか。これからどうするんだろうな?」
ミドナが呟いた。
「大丈夫だよ。次の世代が育っているんだ。それにおばちゃんたちは地上でだって生き残れたんだろ?きっとここでだってたくましく生きていくさ」
リンクが答える。
「確かにな」
ミドナが応じた。
「君にしちゃあ気にするんだね」
リンクが言うと、ミドナは大きく伸びをした。
「まあな。同じ先祖となると少しは気になるさ」
彼女は自分の魔法空間に引っ込むとリンクに言った。
「私は耳栓をして酔い止めを飲んで寝るとする。地上についたら起こしてくれ」
「わかったよ」
リンクは答えた。やがて発車室の壁に設置された赤色灯が点滅し始めた。十回点滅するとリンクたちは凄まじい衝撃で打ち出された。
地上へ向かって。