「この王宮を建てた私の先祖たちはお前がここに来るのを見越していたんだ...」
ミドナは静かに呟いた。
「そ..それっていったいどういうことだい?」
リンクも仰天して聞き返した。
「いいか、リンク」
ミドナは向き直ると話し始めた。
「お前の聖剣は光をエネルギー源としている。ほら、お前が最初に剣の力で狼の姿から戻ったとき経験しただろう?」
リンクは思い出した。聖剣の刀身から目もくらむばかりの強烈な光が発せられ、それがリンクの姿を元に戻したのだ。
「私は気づいたんだ。お前がこの世界に来た途端、聖剣の威力がやや弱まっているような気がした」
「確かに...確かにそうだね」
言われてみれば、ザントの警備装置やヘビババを倒すのに思ったよりも多くの手数を必要としたと感じた。
「いっぽう、二つのソルの間に生じたこの文様の上にお前が立ったとき、聖剣がそれに反応した。ほら、ソルと同じような光を発するようになったろう?」
リンクは改めて剣の刀身を眺めてみた。そこから発する光は以前に見たような強烈なものではない。どちらかと言えば穏やかなものだ。言われてみればソルから出る光と似ているかも知れない。
「だから今のお前の剣はソルと同様の力を持ち始めたんだ、見ろ」
ミドナが指さした。野外広場のそこここに立ち尽くしていた、影の使者に変身する途中で放置された男たちの姿がいつの間にか人間に戻っている。
「わかるか?つまりこの二つのソルの間に刻まれた文様は聖剣の持ち主を迎え、その剣にソルの力を授けるために造られたんだ。太古の昔にな」
「太古の昔に....」
リンクはもう一度剣を見やったあとミドナに尋ねた。
「じゃあ、もしかすると君の先祖たちは影の世界が勇者を必要とする時が来るって知ってたってことかい?」
「ああ、どうやらそうみたいだ」
ミドナは首を振りながら溜め息をついた。
「わが父祖たちには全てがお見通しだったというわけさ。何もかもな。なんてこった....私はたまたま見つけた狼姿のお前を拾っただけのつもりだったのに」
リンクは足元の文様に目をやり、それから剣の刀身に目をやった。そして冒険を始めたころを思い返した。その頃は自分があの勇者だなどと到底信じられなかった。その後もその疑念は続いた。だが、もはや真実ははっきりとしている。勇者になるのは能力ではない、神の選びによるのだ、とゲイルが言ったのを思い出した。
ならば迷わず自分の勇と力を尽くして戦うだけだ。リンクは剣を納めると、中央棟に続く坂道を見上げた。坂道を登っていくと、もうひとり影の使者に成りかけの男がいたが、リンクが近づくとみるみるうちに人間に戻っていった。目もうつろで呆然と立ち尽くしているだけだが、リンクはその男の様子を調べ、生きていると確認すると、そうっと路面に座らせた。
坂道は一度平坦になったあと再び続いている。頂上に近づくにつれ、中央棟の入り口を阻む黒い霧の滝が見えてきた。その周辺には黒い影がいくつかうずくまっている。その姿に見覚えがあった。頭がラッパのような形になった怪鳥どもだ。
リンクが坂の頂上に近づくと、怪鳥どもが羽ばたきして浮上した。こちらを襲ってくる気だ。リンクは立ち止まると抜かずに待った。一羽の怪鳥が高度を低くして爪を広げ襲い掛かってくる。その途端リンクは剣を抜いて袈裟斬りにそいつを切り捨てた。もう一羽が近づいてくるのを返す刀で両断し、さらにもう一羽が慌てて高度を上げようとしたところをジャンプ斬りで叩き落した。
明らかに剣の威力が上がっている。リンクは感嘆の念を抱きながら剣の刀身を見やった。
「リンク、今のお前の剣なら黒い霧も払えるはずだ。やってみろ」
ミドナが言った。リンクは坂の頂上に立って黒い霧の滝にギリギリまで近づくと、裂帛の気合を発して回転斬りを放った。
まるで暴風に吹かれたかのように黒い霧が散った。霧が消えたところに、中央棟の入り口まで続く道が見えた。途中が一メートルほど断ち切られたような間隙になっていた。そこに霧が流れ込んでいたのだ。リンクは霧がまた流れ始める前に急いで前進した。間隙を飛んで渡ると、建物の入り口に向かって歩いた。中央棟の建物は他の二つより格段に大きい。そして壁面には赤い光を放つ文様が刻まれている。
扉の前に立つと、それは自動的に開いた。内部は、奥行十メートルほどの通路があり、その先は階段で少し下って床が低くなった広間があった。四十メートル四方ほどの大きさだ。その奥の方は床の上に黒い霧が立ち込めている。上を見上げると、部屋の天井が極端に高い。剣を抜くと、リンクは盾を構えながら用心深く前進した。霧に近づいて剣を振ってみると、たちまち霧が引いていく。
だが、その中から蛸の化け物どもが這い出てきた。おまけに蝙蝠も何匹か飛んでいる。近くに来た蛸の一匹を素早く横斬りで斬り捨てると、リンクは剣を振りながら走った。霧が晴れていくとともに、広間の奥にあったものが見えたきた。短い階段を経由して少し高くなった場所に、ソルに似た二つの球体が安置されている。だがその中央にはデクババが生えていた。
階段を駆け上がって高台に登ると、リンクはデクババに二回ほど斬りつけて大人しくさせた。剣を納め、球体を調べてみる。ソルとは異なり、ガラス質ではなく石のような材質でできており、表面に青白く光る紋様が細かく刻まれている。
「こいつは中継器なんだ」
ミドナが説明した。
「ソルそのものではないがソルからのエネルギーを受信して中継するんだ。リンク、こいつを二つとも広間にある窪みに嵌めてくれないか?」
「隠し階段があるんだね?」
リンクが尋ねるとミドナが言った。
「ビンゴだ。ここから隠し階段の板が床に縦に並んでるのが見えるだろ?その左右に窪みがあるはずだ」
振り向いて広間の床の方を見ると、リンクが剣で霧を払いながら通った場所に細かい床板のパターンが並んでいるのが見えた。霧が再び広がってすぐ見えなくなってしまったが、リンクは窪みの位置に大体の見当をつけることができた。
リンクはまず左側の中継球を持ち上げると、やや左に角度をつけて放った。球は重い音を立ててバウンドすると、霧の中に吸い込まれていった。うまく嵌るかは見てのお慰みだが、とりあえずリンクは右側の中継球も持ち上げて、今度はやや右に角度をつけて投げた。
霧の中から蛸の化け物たちが這い出てきて階段を登ってきていた。リンクは剣を抜いて細かく突きを繰り出し一匹づつ串刺しにした。化け物どもをようやく片付けたとき、突然広間の霧が瞬く間に晴れ、隠し階段がせり上がってきた。中継球が首尾よく窪みに嵌ったのだ。階段は南に登り、そこから左に折れて、壁にしつらえられた高台に繋がっていた。
だが、広間にはまだ蛸の化け物と蝙蝠が何匹か残っている。リンクは剣を持ったまま階段に向けて走った。横から雑魚どもが襲ってくるのを斬り捨て、階段を駆け登る。
高台に登ると、その北の端にガラス球が設置されているのが見えた。光は発していない。だが、リンクは思い出した。ソルを運んでいるときに、同様のガラス球がソルに反応して作動し足場が出現したのだ。ミドナの見立てによるなら、聖剣を使えばこのガラス球も同じように作動するはずだ。
ガラス球に近づくと、剣でそれを軽く叩いてみた。思ったとおりだ。ガラス球が光を発し始め、その右手の床に刻まれていた四角い文様が光りを発した。リンクがその文様の上に乗ったと同時にそれは宙に浮かび始めた。
だが、近くを飛んでいた黒蝙蝠がこちらに目を付けてきた。そいつを引き付けると剣で叩き落し、それから足場の行き先に目をやった。足場は浮上したあと、部屋を横切るように向かい側、すなわち西側に向かっている。対岸には同じような高台があった。目を凝らすと、三つのガラス球が中央あたりに設置されている。だがその右側にはデクババの葉と見えるものが広がっている。
対岸に近づくとリンクは足場から飛び降りて高台に降り立った。たちまちデクババが顔を出したところを、回転斬りと突きを放って刈り取った。
ガラス球の方に向き直る。だがその途端、ザントの警備装置が高台の南側に現れた。しかも四体もだ。リンクは反射的に突進すると、近くにいた三体のただなかに向かって跳躍し、着地と同時に回転斬りを放った。さらに前転すると奥にいた一体に突きを食らわせた。
ザントの兜四体がたちまち床に落下して崩壊した。だが安心するのは早いと直感でわかった。周囲を見回すと、今度は反対側に二体が出現している。リンクはダッシュして突進すると、ジャンプ斬りを一体に食らわせ、その横にいた奴を袈裟斬りに斬って捨てた。
荒い呼吸を鎮めながらも、辺りを警戒し続けているとミドナが言った。
「リンク、箱だ。後ろを見ろ」
振り向くと、高台の南側の端にある一角から光が発せられ、大きな木の箱が現れつつあった。近づいて蓋を開けると、小さな金属の鍵が入っていた。
「ザントの奴、自分の城まで鍵だらけにしてやがるのかもな」
ミドナが言った。
「誰も寄せ付けたくないのかな。自分の部下を全然信用してないんだね」
リンクが答える。
「全くだ。わが父は居城に鍵など掛けなかったし、民とは時間の許す限り接するようにしていた。例え平民であっても手順を踏めば謁見して請願できるようにしていたんだ。私がこんな平民みたいな喋り方をするようになったのも父の影響でな」
ミドナは少し懐かしそうな顔をした。それを見てリンクは彼女の肩に手をかけようとしたがやめた。代りにこう声をかけた。
「ミドナ、君はきっといい女王になると思うよ」
「ふん、悪いが平民のお前に言われたところであまり励みにはならんな」
彼女がつれなく答えるのでリンクは肩をすくめた。
「...でもありがとう、リンク」
ミドナは聞こえないくらいの小さな声で呟いた。
それだけでリンクには十分だった。次の場所に向かうべく、三つのガラス球が置かれた場所に近づいた。ガラス球のただ中に立つと、剣で回転斬りをしてみた。三つのガラス球に剣が当たると、すべてが同時に光を発し始め、リンクが立っている場所の床に刻まれた四角い文様が光り、そして浮上し始めた。
足場はかなりの高度を得たあと、今度はまた部屋を横切る形で東側に進んでいく。対岸には、今までいた高台よりさらに高い場所の壁に張り出しと扉がしつらえられているのが見えた。
足場がゆっくり進んでいく先に、黒蝙蝠が一匹飛んでいる。リンクは剣を構えたが、どうやら向こうはこちらに気づかなかったようで通り過ぎていった。足場が向こう岸に着くとリンクは飛び降りて張り出しに降り立ち、扉に近づいた。案の定扉は鎖がかけられて錠前で閉じられていた。リンクは金属の鍵を取り出すと、錠前に差し込んで捻った。錠が開いて鎖が床に落ちると、扉は自動で開いた。
扉の向こう側に出ると、そこは東側の空に向かって開いた広大なバルコニーだった。リンクのいる場所から少し北にいくと、東に大きく張り出して広間のようになっている。平和な時であったらどれほど心地の良い場所であったろう、と思われた。しかし、今は上空を怪鳥どもが飛び回り、奥の方には影の使者が一匹うずくまっている。
リンクが盾を下ろし、剣を抜いて前進し始めたとき、ミドナが言った。
「おい、ちょっと後ろを見てくれ」
振り返ると、出てきた扉のすぐ右手にある壁の高所から黒い霧が滝のように流れ落ちている。
「以前はここにこんなものは無かった。この裏はメンテナンス用の足場があるだけだったんだ」
「何か匂うって言いたいんだね、ミドナ?」
「まさにそれだ」
彼女は腕を組んで滝を見上げた。
「リンク、剣で少し霧を払ってくれないか?」
「わかった」
剣を抜くと、リンクは注意深く黒い霧の滝に近づき、回転斬りを発した。霧が吹き飛び、その向こう側が見えた。建物が窪んだ構造が高所から縦に続いており、バルコニーと同じ高さで終わっている。バルコニーと窪みの終端となった床の間には幅二メートルほどの間隙が開いており、そこに滝が吸い込まれていっていた。目を上げると、縦に続く窪みの内側、左手には足場と金網つき照明器具が設置されている。だが、黒い滝が再び落ちてきてそれらもすぐに見えなくなってしまった。
「明らかに怪しいな。リンク、霧を払ったあとあの照明器具をクローショットで狙ってみてくれ」
ミドナが言った。リンクは頷くと、もう一度剣を構え、回転斬りを放った。素早く剣を納めるとミドナがリンクの両手にクローショットを嵌めた。クローショットを上げて、先ほど照明器具が見えた場所を狙った。霧がすぐに降りてきたが、狙いを信じてクローショットを撃つ。鉤爪が金網にかかった。リンクはあっという間に器具に引き寄せられ、足場の上に上がった。
窪みの内側の向かい側の壁を見ると、そこにも足場と照明器具がある。リンクはもう一つのクローショットで向かい側の照明器具を狙い撃ち、飛び移った。
だが今のところ二つの足場の上には何も見当たらない。ふと上を見上げると、天井にも照明器具がつけられ、その下に狭い足場がある。リンクはクローショットをそこに向けて撃った。鉤爪がかかり、たちまち体が天井の照明器具に引き寄せられた。
鉤爪を開いて足場に降りる。そこには、黒い石のような材質でできた巨大な箱があった。蓋を上げてみると、中には黒い金属でできた大きな鍵が入っていた。
「やっぱりな」
ミドナが呟いた。
「そこら中の扉に錠前をかけてあるってことがよくわかるね」
リンクはクローショットをミドナに預けるとポーチに鍵を仕舞った。だがそのとき、ラッパのような音が複数近づいてきた。怪鳥たちだ。剣を抜くと、足場の下から怪鳥が三羽ほど姿を現した。やにわに回転斬りを放ち、先頭にいた一匹を切り捨てる。二匹目と三匹目は突きで串刺しにした。
足場の縁に立つと、リンクは先ほど通った下方の足場を見た。今立っている足場から飛び降りるのは危険だが、足場を一つ下がれば大丈夫と思われた。ミドナにクローショットを出してもらうと、右手に嵌めて低い足場の上の照明器具を狙って撃ち、飛び移った。そこから足場に降り、さらに床に飛び降りて着地すると、剣を抜いて回転斬りし黒い霧の滝を払った。
間隙を飛び越えて、バルコニーに戻った。東側に突き出た広場に影の使者がうずくまっている。リンクは剣を抜いて近づいた。向こうが気づいて振り返った瞬間に突進してジャンプ斬りを叩きつける。黒鬼はあえなく崩れ落ちた。
周囲を見回すと、バルコニーの東の終端にはガラス球が二つ設置されている。一方、振り返って建物のほうを見ると、先ほど通り抜けた黒い滝の右側に新たな扉があるが、そこには鎖がかけられ施錠されていた。
どうやら先に進むにはガラス球を試してみなければならないようだ。リンクはバルコニーの縁に進むと、ガラス球の間に立って回転斬りを放った。たちまちガラス球が光を放ち始め、立っている場所の床に刻まれた文様が発光しゆっくりと浮上した。
頭上で飛び回っていた怪鳥どもがこちらに気づいたのか、高度を下げてきた。足場は緩やかな速度で南に移動している。見ると、今までいたバルコニーとは別に、分離された小さなバルコニーが南側に設置されていた。
リンクは剣を納め、弓を背中から下ろすと矢をつがえた。怪鳥どもがリンクの足場に近づいてくる。こちらを襲おうと爪を広げた一羽に向け矢を放つと、胴に命中し、敵は苦し気なラッパ音を立てて墜落し始めた。だが次々に怪鳥どもが群がってくる。リンクはつるべ撃ちに矢を連射した。怪鳥どもに片端から矢を撃ち込んでいく。
十本ほど費やしたところで、ようやく怪鳥どもは諦めてリンクの足場を離れた。弓を背負って周囲を見回すと、乗っている足場は西に方角を変えた。
その時、南側の小さなバルコニーから魔法弾が飛んできた。咄嗟に身体を倒して回避する。足場から転げ落ちそうになるのをどうにか踏みとどまると、攻撃の源を見やった。ザントの兜がバルコニーのひと隅にいたが、すぐに姿を消した。
リンクの足場は今はその小バルコニーに向かっている。到着すると、リンクは飛び降りて剣を抜いた。果たして、バルコニーの奥の壁際にザントの兜が姿を現した。リンクは突進すると、間合いを詰めてジャンプ斬りを叩きつけた。警備装置の前面がバックリと割れる。ザントの兜は床に落下すると煙を上げて動かなくなった。
今立っている小バルコニーの中央辺りにもガラス球が二つ設置されている。リンクはそこに歩み寄るとガラス球の間で回転斬りを放った。予想通り、ガラス球の間の床の文様が光って浮上し始めた。足場に乗っていると、それは浮上したあと北に向かい始めた。元のバルコニーに戻るらしい。
だが目を上げると、さっきまでいたバルコニーの広場に三体ほどのザントの兜が現れている。一斉にこちらを狙って魔法弾を射出してきた。
ここに居ては防戦一方だ。リンクは迷ったが、行き先のバルコニーとの間隔を見極めると、思い切って足場から跳躍した。
足の下を魔法弾が次々と通過する。ギリギリの距離でリンクは向こう岸の床に降り立ち、転がったあと立ち上がった。既にザントの兜たちは消えている。
背中から盾を下ろし、剣を構え直した。警備が強化されていると感じた。多数のザントの兜を相手に戦うことになりそうだ。バルコニーを前進すると、前方にまた三体の警備装置が現れた。その口のあたりに光球が浮かぶ。リンクは相手に駆け寄ったあと、咄嗟に横っ飛びした。魔法弾が体の左右をかすめていく。前転し敵の後ろに回ると跳躍して背面斬りを放った。二体に刃が直撃し、致命傷を与えた。だがもう一体は姿を消した。
次の相手はどこに現れる?リンクは感覚を研ぎ澄ませた。後ろに振り向きかけた瞬間、すぐ目の前にザントの兜が現れた。すかさず横斬りを放つ。刃が面甲の部分を切り裂き、敵は床に転がって動かなくなった。
だが、まだこれで終わりではないと感覚でわかった。踵を返し、施錠された扉の前のフロアに向かう。案の定、新たな警備装置が三体同時に姿を現した。前方の一体に突進してジャンプ斬りを叩き込むと、右に方向転換して一体に縦斬りを食らわせた。すかさずバックホップすると、敵のほうを見ずに回転斬りを放つ。果たして刃が三体目にも当たった。
三つの警備装置がガラクタのように床に転がり、やがて崩壊していった。これで全てだろうか?リンクは剣を納めながらも、その柄に手をかけて周囲を警戒した。
すると、バルコニーの北端にある一角から光が発せられ始めた。大きな木の箱が姿を現している。近づいていってその蓋を開けると、中身は小さな金属の鍵だ。
「ここが本丸ってことはなさそうだね。あの大きな鍵を使う扉に行き当たらないとザントには会えなさそうだ」
リンクはそう言いながら鍵を持って扉に向かった。
「その通りだ。まだこの先は議員たちが使っていた会議の間だからな」
ミドナが答える。リンクが扉にかけられた錠前に鍵を差し込んで捻ると、錠が開いて鎖が床に落ちた。扉の文様が光を放ち、自動的に扉が開いた。
「おそらくザントは父の玉座に座ってるんだろう。考えるのも腹立たしいがな」
ミドナが続けた。
「それも本物の女王が戻ってくるまでの間だけさ」
リンクが答えた。扉の内部は、短い廊下の先に五十メートル四方ほどはありそうな広間があった。やはり天井が高い。部屋の奥のほうの床には黒い霧が立ち込めている。
リンクは霧の方に歩いていき、剣を抜いた。だが霧を払おうとしたその瞬間、聞き慣れた落下音がした。魔法結界の柱が床に刺さる音だ。前方の霧の立ち込めた箇所の手前に結界が形成された。振り向くと、入り口の方面も塞がれている。
敵が来る。リンクは盾を背中から下ろした。どこから来る?そう思った瞬間、天井から気配がした。
影の使者たちがボトボトと落下してきた。リンクは後ろに飛びのくと、床に落ちて立ち上がろうとしていた手近の一匹を袈裟斬りに斬った。あと三体いる。そいつらが立ち上がるが早いが、リンクは跳躍して真ん中の一匹にジャンプ斬りを叩きつけ、間髪を入れず回転斬りを放った。
四体の影の使者たちが床に崩れ落ち、その身体がボロボロと崩壊し始めた。魔法結界の柱が消滅していく。リンクは改めて黒い霧が立ち込めた場所に近寄ると、剣を振って霧を払った。奥に進むと、四角い台座の上に四つのガラス球が設置されている。リンクはその中心に立って回転斬りを放った。
ガラス球が発光し、立っている場所の床の文様が光を放って半透明の足場が浮上し始めた。足場は十メートルほど高度を得ると静止した。
「どこへ向かうんだろう?」
リンクが言うと、ミドナが指さした。
「後ろだ。こっちに乗り移るんだ」
振り返るといつの間にか同じ高さの足場が背後に浮いている。リンクがそちらに飛び移ると、今度はその足場が南に向かってゆっくり移動し始めた。すると前方に二つの足場が現れた。
「左に行ってくれ。それが上に登るほうだ」
ミドナが指示する。リンクが左側の足場に飛び移ると、果たしてその足場はゆっくりと浮上し始めた。上方の壁を見ると、小さな張り出しがしつらえられており、その少し上には金網つき照明器具が設置されている。その張り出しの左手には半透明の浮遊足場が静止していた。
リンクはミドナにクローショットを出してもらうと、それで張り出しの上の照明器具を狙って撃った。だが目的地に飛び移った途端、足場の上にデクババが生えているのに出くわした。リンクは鉤爪を開いて飛び降りると、クローショットをミドナに託し、剣を抜いてデクババに斬りつけた。二度ほど打撃を与えてそいつを大人しくさせると、剣を納めて浮遊足場のほうに飛び移った。
足場は浮上すると西に向かって移動し始めた。向こう側を見ると、同じ高さの壁に三つほどの張り出しがわずかな間隙を開けて設置されている。どうやら足場はそこに向かっているようだ。行き先にある三つの張り出しのうち真ん中にあるものの上の壁に照明器具がついていた。
だが、その目的地にザントの兜が一体姿を現した。その口に赤い光球が浮かび上がり、射出された。光球がこちらに向かって飛んでくる。リンクは身構えたが、足場も一定の速度で移動しているので向こうの狙いもわずかに逸れたようだ。敵はすぐ姿を消した。リンクはクローショットを再び構えると、向こう岸の壁にある照明器具が射程内に入るのを待った。
向こう岸が近づいてきた。リンクはクローショットで照明器具を狙って撃ち、飛び付いた。その床にはデクババ等はいないようだ。鉤爪を開いて飛び降りた瞬間に、ザントの兜が今立っている張り出しの縁に姿を現した。リンクはすかさずクローショットを手離すと剣を抜いて敵を袈裟斬りに斬って捨てた。
ザントの兜がバラバラになりながら落下していく。剣を納めると、ミドナが預かってくれていたクローショットを再び手に嵌めた。
「天井を見ろ。あそこからぶら下がれば中央を通る足場に乗れる」
ミドナに言われたとおり目を上げると、天井の中央にも照明器具がついている。リンクはそれを狙ってクローショットを撃ち、飛び付いた。ぶら下がりながら眼下に目をやると、浮遊足場が規則的に東西に反復移動している。
「リンク、あそこを見ろ。狙われているぞ!」
ミドナが警告した。彼女が指差す方を見ると、東側の壁の高所に三つの張り出しがしつらえられており、その一つの上にザントの兜が出現していた。赤い光球がその口から放たれる。リンクは咄嗟にクローショットの鎖を伸ばす操作をした。弾が逸れて、光球の灼熱がリンクのすぐ頭上を通過していった。敵は素早く姿を消した。
冷や汗をかきながら、リンクはそのまま鎖を伸ばし浮遊足場に降り立った。足場が東に進んでいく。ついさっきザントの兜が現れた張り出しの上に照明器具がついている。リンクはクローショットでそれに狙いをつけた。その時ザントの兜が左端の張り出しに姿を現した。リンクは構わずクローショットの狙いを保つと、敵の口に光球が浮かび上がり、それが今しも放たれそうになった瞬間に撃った。
たちまちリンクの身体が向こう岸に引き寄せられる。身体の後ろを魔法弾が通り過ぎた。照明器具に飛び付くと、リンクは張り出しに降り立った。だがザントの兜は既に姿を消している。クローショットをミドナに預け、剣を抜く。奴はすぐに現れるはずだ。
右か。左か。前か。後ろか。その瞬間、気配を感じてリンクは振り向きざま背後に斬りかかった。まさにその瞬間ザントの兜がそこに出現し、斬撃を喰らってふらふらと床に落下した。
周囲に敵がいないのを確かめて剣を納めた。すると、三つある張り出しの南端の隅から光が発せられ始めた。リンクは間隙を飛び越えてそちらに移ると、木の箱が現れるのを待ち、その蓋を開けた。中身は小さな金属の鍵だ。
鍵を仕舞うと、次の移動経路を探した。三つの張り出しのうち中心のもののすぐ前に浮遊足場が静止している。リンクがそこに飛び移ると、その足場はゆっくりと高度を増し、ついで北側に移動し始めた。同じ高さの北側の壁には短い階段がしつらえられており、その突き当たりには扉がある。扉は例に漏れず施錠されているようだ。
「これでもう空中移動は終わりだ。本当はこんな移動の仕方は整備係くらいしかやらんのだが。ザントが他の移動装置を全て切ってしまったからな」
ミドナが言った。
「あの扉の先が王の間かい?」
リンクが尋ねる。
「いや、まだだ。父の秘書たちと大臣たちが使っていた執務室だ。その先が王の間さ」
ミドナが言った。浮遊足場が階段の前に到達すると、リンクは飛び降りて前進した。階段を駆け登り、扉の錠前に鍵を差し込んで捻った。錠が開いて鎖が落ちた。扉の文様が光って自動的に開く。
扉を抜けると、そこは二つの部屋が繋がったような作りだった。短い廊下に続いて、少し幅の広くなったスペースが一つあり、その奥にもう一つの部屋が直接繋がっている。奥のほうの部屋は、厳めしい柱のような装飾が彫られた壁に囲まれた広間だった。その広間には黒い霧が立ち込めている。
だが手前側のスペースには影の使者が一匹うろついていた。リンクは剣を抜くと素早く突進して袈裟斬りに斬って捨てた。敵の死骸を背後にその先の広間に入っていき、剣で霧を払っていった。
だがそのとき、魔法結界の柱が床に刺さる音が聞こえた。たった今通ってきた背後の部屋との境が塞がれた。前方にも魔法結界ができている。
敵は天井から落ちてくる。リンクは直感した。何も見ずに回転斬りを放つ。落ちてきた影の使者が一匹痛撃を喰らってそのまま倒れる。さらに一呼吸、二呼吸待って、もう一度回転斬りを繰り出した。もう一匹、落ちてきた影の使者が深手を負って崩れ落ちた。だがこんなものではないはずだ。リンクは盾を背中から下ろすと、五感を研ぎ澄ませ待った。
背後に落下音がした。リンクは振り向きざまジャンプ斬りを繰り出し、着地した瞬間回転斬りを放った。二匹落ちてきた黒鬼が、二匹とも致命傷を負って崩れ落ちる。油断せずに待ち構え続けた。肩越しに背後を振り返った瞬間、部屋の奥にまた二匹降りてきた。突進し、構えを取る暇を与えずに片方を縦斬りで葬り、返す刀でもう片方を袈裟斬りにした。
そのとき、部屋の中央にバタバタと新手が降りてきた。全部で四匹だ。だがいくら来ようと同じだ。リンクは気合を発すると、手近の一匹にジャンプ斬りを叩きつけ、そいつが崩れ落ちる間もなく二匹目の胴を横斬りで払った。さらに滑るように前進して身を沈め、回転斬りを繰り出して残り二匹の息の根を止めた。
まだ来るか?リンクは血払いもせず剣を構え周囲に目を配った。出てくる度に数を増している。だが片端から斬り捨ててやる。リンクはもはや誰も自分を止められないという自信が湧いてきた。
果たして、部屋の奥に新手が次々降りてきた。総勢五匹だ。リンクは駆け寄って回転斬りを繰り出し、二匹を一まとめに斬り倒した。残り三匹が起き上がる。その時には裂帛の気合を発してジャンプ斬りを真ん中の一匹に叩きつけていた。ようやく二匹が戦闘体勢をとる。右手の一匹に向かって前転すると、痛烈な突きで腹を刺し貫いた。背後から最後の一匹が襲い掛かる。リンクは向き直って盾を上げた。ガツンと衝撃が来る。だが、今度は逆に自分から盾を突き出して敵に叩きつけると、跳躍して前転し相手の頭部に刀身を叩き込んだ。
五匹の黒鬼が床に倒れ、その死骸がボロボロに崩れた。それと同時に、部屋の奥を塞いでいた魔法結界の柱も消え去っていった。
「リンク、やったな。最初の頃とは別人みたいだ」
ミドナが言った。
「僕はただの田舎の少年さ。貴族じゃなく平民だしね」
リンクはそううそぶくと、よく血払いして剣を納めた。
「そう拗ねるな。お前がもしこちらの世界の人間なら取り立ててやるんだが」
ミドナがリンクの肩に手を置いた。リンクは微笑むと奥の扉に進んだ。ひときわ大きく複雑な文様が施された扉に、太い鎖がかけられゴツい錠前がついている。
「君の部下って大変そうだよ。それに都会的な人じゃないと務まらないんじゃないか?」
リンクはポーチから大きな鍵を取り出すと、錠前に差し込んだ。果たして鍵はぴったりだった。鍵を捻ると錠が開き鎖が落ちた。扉の文様が光を放つと、自動的に開いた。
扉をくぐり抜けると、リンクは盾を左手に持ち、剣を抜いた。相手の力を考えたら、いつ攻撃されてもいいように備える必要がある。
慎重に前進する。短い廊下から階段が伸びていた。どうやらその先が王の間のようだ。階段を登ると、その上は三十メートル四方ほどの広間だった。周囲の壁は先ほどと同様荘厳な柱状の装飾が施されており、床の中央にはさらに短い階段がしつらえられていた。その階段の上の台座の上の玉座に腰かける人影があった。
ザントだ。今度は幻影ではない。
リンクは素早く周囲に目を走らせた。他に魔物はいないようだ。だがどんな魔法攻撃が来るか予測できない。武器を構えたまま前進した。いっぽうミドナは怒り心頭かと思いきや、冷静な表情だった。
「おいザント」
彼女は玉座の上の僭王に声をかけた。
「お前がかけた呪いが結果的にお前を追い詰めた。皮肉なもんだな?」
ザントはしばらくすると口を開いた。
「ミドナよ、そなたはまだわからぬか」
その声もまた感情を感じさせぬ静かな声だった。
「我々は長年の間虐げられてきた。魔術に長けた優れた一族であるにもかかわらずこの鳥かごのような影の世界に閉じ込められてきたのだ」
ザントの兜についていた面甲が自動的に巻き上げられ、その真っ白な顔が露わになった。リンクが想像していたよりずっと滑らかな顔をしている。歳も若いものと思われた。僭王は立ち上がるとゆっくりと歩いてきた。
「そして我々一族は怒りも欲望も持たぬ腑抜けた存在になり果てたのだ。これら全ては何もせず影の世界に甘んじた愚かな王家の所為なのだ!」
ザントはいきなり声を荒げた。
「ふざけるな!お前に王権の何がわかる。貴様のせいでどれほどの人数が死んだと思ってるんだ」
ミドナが言い返す。だがザントは無視して話し続けた。
「そんな腐敗した王家に耐え忍び私は長年仕えてきた。それは次に一族を統べるのは自分だと信じていたからだ」
突如、その両足がフワリと床から浮上し、ザントはいきなりリンクたちのほうに飛行してきた。反射的に盾を掲げると、いつの間にか僭王は二人の背後数メートルの場所に回っていた。着地すると彼は独白を続けた。
「それなのに...それなのに私は一族の長として認められず、長の力を与えられることはなかった」
「当たり前だ。お前が一族のことより自らの権力のみを愛していたのは誰の目にも明らかだった。議会もわが父も正しい判断をしたまでだ。それを逆恨みするとは度し難い奴だ」
ミドナが語気荒く割って入った。だがザントはそれにも構わず両手を大きく広げて高く天を仰いだ。
「だがしかし...私は絶望と憎悪のただ中でわが神に出会ったのだ」
「神..だと?」
リンクとミドナは顔を合わせた。
「けったいな奴だ。どうせ幻覚薬でもやって幻覚でも見たんだろ。だが話せ」
ミドナは腕を組むと、ザントを睨んだ。
「お前はどうやってその魔力を手に入れた?あるいは誰から?」
「わが神は言われたのだ。『わが力をその身に宿せよ』と。そして『汝、望むものあらば我もまたそれを望む』と」
「答えろ。そいつは誰だ?」
ミドナが問い詰める。その時、リンクの頭の中で記憶が弾けた。賢者たちが話していたあの男。もしかしてあの男が‥‥。
「ミドナ、まさかそいつって...」
その刹那だった。ザントは瞬間的に姿を消した。どこだ?振り返ると、彼はまた玉座の前に現れていた。今度はゆっくりと浮上していきながら、その両手を高く掲げている。今となっては見慣れたその仕草にリンクは警戒を強めた。仕掛けてくる。
「わが神の望みは一つ」
僭王は呻くように言った。
「光と影を一つの闇に返す!」
その瞬間、ザントは両手の間に赤い光球を生じさせて気合を発した。ザントの周囲の空中に紋章のようなものが浮かび上がり、すぐ消えた。その瞬間にリンクは自分たちが全く別の空間にいることに気づいた。
広大な木の洞のような部屋。奥には紫色の毒々しい沼。ババラントと戦った場所だ。リンクは盾を構え、剣を握り直した。その瞬間、沼の上空にザントが出現すると、空中浮遊したまま矢継ぎ早に小型の魔法弾を撃ってきた。
咄嗟に盾を上げると、真っすぐ向かってくる魔法弾が次々着弾する。盾がグラグラ揺れるのを押さえつけ、しっかりと脚を踏ん張って受け止めたが、目を上げると既にザントは消えている。
「リンク、頼みがある」
ミドナがリンクの背後に身を寄せて囁いた。
「なんだいミドナ?」
リンクは盾を掲げ、用心深く周囲を伺いながら聞いた。
「お前の聖剣であいつの魔力を出来るだけ削ってほしいんだ。魔法対魔法だと打ち消しが生じてダメージを与えられないことも多い」
「それは平民の僕の力をあてにしてくれてるってことでいいのかな?」
再びザントが前方上空に現れた。多数の魔法弾が礫のように飛んでくるのを、盾を掲げて受け止める。
「まだ拗ねてるのか、そんな場合じゃないだろ....」
ミドナは溜め息をついたがすぐ思い直して言った。
「頼むリンク。お前しかいないんだ」
それを聞いたリンクは俄然やる気が出てきた。盾を掲げたまま沼の方に進んでいく。また現れたザントが魔法弾を撃ちかけてくる。盾をしっかり構えて防御した。左腕に激しい衝撃がある。盾がある限り防げるが、反撃の糸口が見えない。そうこうしているうちにザントが消えた。次に現れたら矢で撃ち落としてやろうか?そう考え始めたとき、腰に挟んだブーメランからゲイルの声がした。
「リンク、奴が現れたら私を投げてください」
「ゲイル、奴をどうにかできそうかい?」
リンクは剣を納めてブーメランを抜いた。
「滞空魔法は繊細なものです。気流が乱れると失速します。私があいつを引き摺り下ろしてみせますよ」
またザントが現れた。リンクは今度は素早く横っ飛びに移動して魔法弾の弾幕から身を避け、ブーメランを構えた。ザントが消えたあとの前方上空の空間に目を走らせる。
ザントが再び現れた。リンクはブーメランを投げる。ザントは両手を前に出し魔法弾射撃の体勢をとった。だが、高速回転しながら向かっていったブーメランが浮遊するザントの足元にまとわりつく。ゲイルの言った通りだった。ザントは落下すると、毒の沼に片足を突っ込んで悲鳴を上げた。慌てて跳躍しながら、こちらの床に向かってくる。リンクはブーメランを受け止めてベルトに挟むと、剣を抜いてザントのほうに走り寄った。
ザントが床に着地した瞬間に、ジャンプ斬りを叩きつけ、次に縦斬り、横斬り、さらに突きを喰らわせた。手応えがあった。だがすぐにザントは姿を消した。しかし、もう次は惑わされない。リンクは剣を納めブーメランを構えた。
ザントが空中に出現するが早いが、ブーメランを投げつける。空中でこちらに魔法弾を発射し始めたザントは、またしても高速回転するブーメランに足元を掬われた。リンクは敵の魔法弾を前転して躱すと、剣を抜いた。戻ってくるブーメランを左手で受け止めると、失速落下したザントが毒沼の上を渡ってくるのを待ち、敵が沼から出るが早いが縦斬り、横斬り、袈裟斬りを食らわせ、さらに回転斬りを叩きつけた。
「効いてるぞ!」
ミドナが叫んだ。次の瞬間、沼の上空にまたザントが現れた。だが魔法弾を撃つのではなく、両手を広げて気合を発した。紋章のようなものが空中に拡散する。その途端、リンクは尋常ならぬ暑さを感じた。足元の床が青い金属になっている。周囲をよく見ると、ゴロン鉱山でダンゴロスと戦った、溶岩の上に浮く円形闘技場だ。
ブーメランを仕舞いながら顔を上げると、前方の縁にザントが現れた。嘲りの笑い声を上げながら、上下にジャンプを繰り返し始めた。そのたびごとに足元がグラグラと揺れる。
「ミドナ、ブーツを!」
リンクは叫んだ。たちまち足元が鉄のブーツに変わる。目を上げるとザントがいない。だが必ずどこかに現れるはずだ。再び嘲笑の声がして振り返る。背後だ。ザントがまた上下にジャンプし始めたが、今度は鉄のブーツが床にしっかりくっつき、リンクは微動だにしなかった。ザントはすぐに姿を消すと、今度は最初と同じ場所に出現した。だが足場を揺らしても効果がないと気づいたらしい。両手を前に出して魔法弾を射ち出した。
盾を構え受け止める。一つ一つの魔法弾は小さいが、矢継ぎ早の連射で盾を動かせない。だが盾の縁から敵のほうを目を離さず伺った。きっと隙ができるはずだ。案の定、ザントはひとしきり連射を終えると、肩で大きく息をし始めた。
「今だ!」
リンクが叫ぶが早いがミドナがそのブーツを元に戻した。ザントに向かって全力で突進していき、渾身の突きを放つ。刀身が突き刺さったが、さらに容赦せず三つ連続して突きを食らわせた。だがザントはまた姿を消した。
すぐに現れる。そう予期したリンクはミドナに合図して足元を鉄のブーツに入れ替えた。果たしてザントが右手の端に現れて上下ジャンプを繰り返し、闘技場を揺らした。それが効かないと気づくと、ザントは姿を消し、次に向こう側の縁に出現した。魔法弾だ。
盾を構えて防御すると同時に魔法弾が着弾し始めた。左腕をしっかり上げて耐える。身体がグラグラと揺れるのを、鉄のブーツの力を借りて踏ん張った。連射に最後まで耐えると、リンクはミドナに叫んでブーツを入れ替え、ここを先途と突進した。攻め疲れで肩で息をしているザントに駆け寄ると、裂帛の気合を発してジャンプ斬りを食らわせ、続いて縦、横、袈裟斬りと刃を叩きつけた。
ザントが唐突に姿を消したかと思うと、闘技場の上空に姿を現し、両手を広げて気合を発した。だがその声は心なしか苛立ちが込められているように思えた。紋章が周囲の空中に拡散する。
その途端、リンクは自分が水中にいることに気づいた。これもザントの魔法か?そう思うと、すぐに装備ベルトと服のボタンが外され、みるみるうちにゾーラの服が着せられた。
「落ち着け、リンク」
ミドナが近くに現れて言った。
「奴の空間操作術だ。だが今までの攻撃が効いてるぞ」
「ありがとうミドナ」
リンクは装備ベルトを確認すると、周囲を見回した。水底は砂地で、円筒形の広い部屋だ。オクタイールと戦った部屋と同じだ。
「リンク、奴は身体を魔法防御しているがそれが切れるときが来る。それまでダメージを与え続けろ」
「言われるまでもないよ。なんなら奴の尻の毛まで剃り落としてやるさ」
ミドナに言われリンクも応じた。
「お前意外と下品だな。取り立ててやるって言ったけど取り消すぞ!」
ミドナの声を背にリンクは泳ぎ始めた。ザントはどこから現れるのか?そう思った瞬間に水底から大量の気泡が浮かび上がってきたかと思うと、砂地から建造物のようなものが轟音とともにせり上がってきた。
ザントの兜だ。高さは十メートルほどもある。こいつが敵だ。リンクは見当をつけると、ミドナに合図して鉄のブーツを履いた。たちまち身体が水底に降り立つ。盾を背から下ろし、剣を抜いて用心深く相手に近づいた。
すると、ザントの兜を模した建物の面甲の口の辺りが巻き上げられるようにして開いた。中にはザントがいる。僭王は両手を前に出して魔法弾発射の体勢をとった。リンクは一歩前に進むと盾を構えた。魔法弾が次々と盾に着弾しリンクの身体を揺らす。
「ミドナ、クローショットを右手に嵌めてくれ」
リンクが言うと、すぐにクローショットが装着された。魔法弾の弾幕が終わった瞬間に反撃だ。
果たして、ひとしきりの射撃のあと魔法弾が切れた。すかさずクローショットを構え敵に狙いを定めて撃つ。ザントの寛衣の直垂についていた装飾に鉤爪がかかる。鉄のブーツを履いたリンクとでは体重が比較にならない。ザントがたちまちこちらに引き寄せられてきた。リンクはクローショットを手放してミドナに託すと、剣を抜いて縦斬り、横斬り、袈裟斬りと突きを立て続けに放った。
ザントが呻き声を上げてよろめく。だがすぐ姿を消した。次の出現に備えリンクは周囲に目を配った。
すると、砂地から四ヶ所にわたって大量の気泡が涌き出てきた。砂を押し分けて巨大なザントの兜がせり上がってくる。全部で四つだ。リンクはそれらに包囲される形になった。
まずい。リンクはミドナに合図すると、鉄のブーツからゾーラの足ヒレに戻し、盾を背負って剣を納めた。包囲網から脱出しようと浮上しはじめたとき、背後でガラガラと音がした。四つある兜のうちの真後ろだ。
攻撃が来る。回避しようと泳ぐ速度を上げた。だが魔法弾が左の肩の後ろに着弾し、肩当てが丸ごと吹き飛んだ。焼けるような痛みにリンクは思わず呻き声を上げたが、素早く進路を真下に変えて残りの弾幕を躱した。頭上を魔法弾がいくつも通りすぎていく。
「リンク!」
ミドナが叫んだ。だがリンクは手で問題ないと合図を送った。連射が止む。肩越しに振り返ると背後に位置していた巨大兜の面甲が閉められるところだった。
四つの巨大兜が音を立てて砂地の中に沈んでいく。次のチャンスを待つしかない。リンクは砂地の上を泳いで周回した。やがて再び轟音がした。気泡が砂地の四ヶ所から上がり、リンクを囲むように巨大兜が四つせり上がってきた。
リンクは考えた。自分がザントなら近くに寄せ付けないよう遠くの位置から撃つか、あるいは背後から撃つだろう。四つの巨大兜を見回す。どれだ?
リンクは咄嗟に判断して、最も遠くにある巨大兜に向けて全速力で泳ぎ始めた。近づいていくと、果たして読みが当たったとわかった。目標としていた巨大兜の面甲から気泡が吹き出し始め、口の部分が巻き上げられた。
だが内部にいたザントがすぐに両手を前に出し魔法弾を射ち始めた。咄嗟に方向を変え、リンクは上方に鋭く角度をとった。連射された魔法弾が足をかすった。さらに横に方向を変え、火線に対し大きく角度をつけ必死に泳ぐ。次々とリンクの背後を魔法弾が通過していく。片足の足ヒレに魔法弾が命中し、ヒレが吹き飛んだ。だが構わずリンクは泳ぎ続けた。
やがて連射が途切れた。ザントを見ると、両手を下ろし肩で息をしている。そして近い。このチャンスは逃さない。リンクはミドナに合図して鉄のブーツを履いた。砂地に降り立つが早いが、意図を察したミドナが手に嵌めてくれたクローショットを撃った。ザントはたちまちリンクに引き寄せられた。クローショットを手放して剣を抜くと、相手が泳いで逃げようとするところを横斬りで払い、さらに三度の連続突きを叩き込んだ。
呻き声を残してザントは消えた。だが数秒すると、僭王はリンクたちの上方に現れ、水中に浮遊しながら直立し両手を広げて気合いを発した。その声には明らかに苛立ちと怒りが込められていた。紋章が空間に拡散し、リンクたちは水中から出たことを感じた。
周囲を見ると、木の壁に囲まれた円形の大広間に来たことがわかった。森の神殿のボス猿と戦った広場だ。円形に配置された八本の木の円柱と、その真ん中に立った木の柱に見覚えがあった。
「リンク、怪我は大丈夫か?」
ミドナが尋ねた。彼女の魔法でたちまち装備とゾーラの服が取り去られ、勇者の服が着せられた。
「ああ。痛むけど支障ないよ」
リンクは腕を上下させて答えた。ミドナはリンクのシャツをめくると素早く負傷箇所を点検した。
「水中では炎熱系の魔法弾の威力が中和されるんだ。そんな計算もできないくらい奴は追い詰められてる」
その時、広場中央の円柱の上にザントが現れた。ミドナが指を鳴らし、リンクの鎖帷子とチュニックがすぐに着せられ、装備が装着された。
「貴様ぁぁぁぁ!」
ザントが叫びながら両手を前に出し、魔法弾を連射してきた。リンクは横っ飛びに転がり、それから斜めに走った。弾幕を回避しつつ距離を詰める。
だがザントは奇声を発しながら円柱の天辺を次から次へと飛び回る。こちらを惑わす気だ。リンクは追尾しながらも落ち着いてその動きを観察した。ザントは二度、三度と跳躍すると、その先の円柱の上からこちらに向き直り、魔法弾発射の体勢をとった。
チャンスだ。リンクは敵に向かって半月形の弧を描くように走った。身体のすぐ横を灼熱の球が次々とかすめる。だが距離が詰まるとリンクは思い切って前転し、弾幕の下を潜り抜け、敵からの射角が仰角気味になって形成された死角に滑り込んだ。
「ミドナ、鎖と鉄球を!」
リンクは叫んだ。手に鎖が握られる。振り回すと鉄球が円柱を直撃し、それをぐらぐらと揺らした。もう一度鉄球が円柱に当たるとザントは耐えられなくなり転げ落ちた。
僭王は頭から床に落下し、だらしなく伸びていた。リンクは鎖を手放し敵に駆け寄ると、ジャンプ斬りを叩きつけ、次いで縦斬り、横斬り、袈裟斬りを食らわせた。
衝撃で目が覚めたのか、ザントは飛び上がって再び円柱の上に乗った。だがもう同じ手は食わない。リンクは確信した。僭王は円柱の上を飛び回る。リンクは相手の位置から目を離さずにいて、敵が魔法弾を射ち始めるのを待った。
ザントが真ん中の円柱の上で停止して両手を前に出した。それを見た途端リンクは動いた。外周に配置された円柱の一本の後ろから斜め前に飛び出す。魔法弾が木の円柱をかすめて煙を上げた。
火線に対して斜めの角度でダッシュした。それを追尾してザントが魔法弾を放ってくる。走るリンクの足元に次々と着弾した。だがリンクは円柱の真横まで来ると急激に方向を変え相手に真っ直ぐ向かい、前転して一気に距離を詰めた。魔法弾が頭をかすめた。もう一度前転すると、リンクは思い切り円柱に体当たりした。そして再びミドナに合図すると鉄球のついた鎖を手に握り、振り回す。
鉄球が円柱にぶちあたると、その上にいたザントはたまらず転げ落ち、床に倒れた。鎖を手放すと、リンクは剣を抜いて殺到した。縦斬り、横斬り、袈裟斬り、さらに突きを叩き込む。
悲鳴を上げて姿を消したザントはすぐに広場の上空に現れた。両手を広げて気合いを発する。だがその声はもう自暴自棄の喚き声のようになっていた。
紋章が空間に拡散し、周囲の光景が一瞬にして変化した。気温が低い。リンクは自分の息が白いことに気づいた。足元はツルツルに凍りついている。広い円形の床を囲むのは装飾窓のしつらえられた石造りの豪奢な壁だ。ここは雪山の屋敷で鏡の破片に魅入られたマトーニャと戦った部屋だ。敵はどこだ?リンクは見回した。
上だ。
ザントは床の上空に浮遊すると、唸り声を上げた。その身体は巨人のように大きい。これも魔法なのだろうか?
「リンク、惑わされるな!魔法で膨らませてるだけだ!」
ミドナが言った。ザントは浮遊しながらリンクの頭上をとろうとしている。
落下して押し潰す気だ。リンクにはすぐわかった。滑りやすい床の上を走り出した。凍りついた床を見ると、上空の様子が映っている。ザントは気合いを発すると、一気に高度を下げてきた。予想通りだ。
リンクは瞬間的にダッシュすると前転した。背後の床に巨人ザントが地響きを立てて着地する。
「鎖と鉄球だ!」
リンクは叫んだ。たちまち鎖がその手に握られる。振り向くと、鎖を振るって鉄球を巨人ザントの足に叩きつけた。
ギャアと悲鳴が上がった。僭王は片足を手で押さえながら飛び回って逃げ始めた。逃げているうちにみるみるうちに縮んでいく。リンクはすぐさま鎖と鉄球をミドナに預け剣を抜いた。
やがてザントは巨人化魔法の反動なのか、子供ほどの身長になってしまった。リンクは不規則に跳躍して逃げるザントを必死で追った。床が滑る。右、左と方向を変える相手に追いすがる。前転して距離を縮めると、渾身の突きを放った。小人ザントが悲鳴を上げると、リンクはさらに剣を払い、次いで二度続けて袈裟斬りにした。
ザントが唐突に姿を消した。だが上だと見当がついた。唸り声が聞こえる。凍りつく床を見ると、再び巨人化したザントが浮遊してこちらの上空に向かってきている。
リンクは剣を納め走った。もうすぐ落下攻撃が来る。飛行してくる敵の姿を床越しに見極め、ザントが気合いを発した瞬間ダッシュした。頭上に落下してきた巨人ザントを、前転してかろうじて躱した。立ち上がるとミドナに合図し、鎖を握る。敵に向き直ると、鎖を振り回し鉄球を巨人の足に叩きつけた。
悲鳴が上がり、ザントが片足を押さえて逃げ始めた。鎖を手放し剣を抜いて、縮んでいく僭王を追いかける。小人化した僭王は不規則に左右に飛び回りながらどうにか逃れようとしていた。リンクは滑る足元を前に転がりながら追いかけた。
距離が詰まった瞬間に放った突きが刺さった。間に合った。次いで袈裟斬りと回転斬りを叩きつけた。さらにもう一度突きを放つ。僭王は斬撃を食らうたび苦しげに呻く。だが、リンクがさらなる追撃を与えようとした瞬間に突然姿を消した。
次の瞬間ザントが空中に現れた。両手を広げて気合いを発したが、その声にはもはや悲痛なものが混じっている。紋章が拡散し、肌を覆う冷気が消えた。
リンクたちはいつの間にか石畳の上に立っていた。ここはどこだろう?回りを見回すと、リンクは気づいた。城下町の南門の外だ。だが不思議なことに、本来そこから見えないはずのハイラル城が見えた。
気配に振り向くと、ザントが姿を現していた。その背後に魔法結界が見える。見渡すと、周囲二十メートル四方ほどを結界が囲っているのだ。ザントは自分も左右を見回していた。どうやら自らの魔法の制御も失いはじめているらしい。
だが僭王は気を取り直すと、どこからか長い半月刀を二本取り出して両の手に構え、二つの刀身を打ち合わせた。
リンクは盾を構えて立ち向かった。ザントはやおら奇声を発すると、しゃにむに刀を左右交互に振り下ろしてきた。
盾を上げて受け止める。だが、ザントの斬撃の尋常ならざる重さにリンクは驚いた。隙を突くどころではない。盾を掲げて懸命に耐える。しばらくリンクに向かって剣を振り下ろしたあとザントは消えた。
気配に振り向くと、また背後にいた。縦斬りの連続で襲ってくる。盾を上げて防ぐ。だがリンクはすぐに気づいた。あまりにも攻撃が単調過ぎる。ザントはただ魔法で剣の威力を水増ししているだけでは?
ひとしきり剣を振り下ろすと、ザントはまた突然消えた。リンクは確信を強くした。奴は剣術など全く知らないのだ。振り返るとすぐ背後にザントが現れ、また両手の剣を交互に振り下ろしてきた。盾をしっかりと構え受け止める。重い攻撃だが、同じ軌道の縦斬りしか来ない。
リンクはザントが姿を消すと、一計を案じた。身を沈め、感覚を研ぎ澄ませる。次の瞬間、渾身の回転斬りを放った。
いましも死角から不意打ちしようと姿を現したザントに斬りが命中し、僭王は悲鳴を上げた。すぐに姿を消す。次はどこだ?リンクが身構えると、斜め後ろから高速回転する独楽のようなものが襲ってきた。
ザントだ。二本の刀をかざして体を回転させている。リンクは盾をかざして防いだ。敵の刀身がガンガンと盾を叩き、火花が散る。縦斬りよりも格段に手数が多い。相手の勢いで少しづつ後ろに押されていく。踏ん張って堪えたが、リンクは魔法結界まで押しやられてしまった。結界に身体が触れると、小さな稲妻が触れたような衝撃が走り、リンクは床に倒れた。
何くそと気合いで立ち上がる。武器を構えると、結界から離れて周囲を見回した。ザントは消えていた。だが次は引っ掛からない。そう決心すると、リンクはミドナに叫んでブーツを鉄のブーツに入れ換えた。
果たして、またザントが背後に現れて回転攻撃を仕掛けてきた。リンクは盾を構えて防いだ。次第に押されていく。肩越しに振り返ると魔法結界が近づいている。だが、ザントの回転速度が少しづつ遅くなっていく。また振り返ると、魔法結界までの距離はあと僅かだ。だがリンクは盾を支え踏ん張り続けた。やがて回転の勢いが尽きて、ザントは棒立ちになった。攻め疲れで肩で息をしている。
耐えに耐えたからにはこっちの番だ。ミドナに合図してブーツを元に戻すと、リンクは縦斬り、横斬りからジャンプ斬りを敵に叩きつけ、さらに突きを食らわせた。ザントは呻き声を上げたが、すぐ姿を消した。
ザントの技は全てハッタリだ。リンクは見透かし始めた。五感を動員し、一呼吸置くと、やおら回転斬りを放つ。やはり、死角から襲おうとしていたザントに剣が命中した。独楽のような回転をしながら、ザントはあらぬ方向へ進んでいった。
回転速度が落ちていく。やがて停止したザントは棒立ちになって荒い呼吸をし、肩を上下させはじめた。リンクは駆け寄ると思い切りジャンプ斬りを食らわせた。着地と同時に回転斬りを放つ。さらに渾身の突きを二度繰り出した。
ザントが悲鳴を上げつつも姿を消す。だが、次の瞬間死角に姿を現したザントが自棄糞とも思える絶望的な声を上げながら回転攻撃をしようとしたとき、リンクの鋭い五感はそれを逃さなかった。
裂帛の気合いとともに回転斬りを放ち、独楽となったザントを弾き返すと、その回転が遅くなっていくのを待ち、棒立ちになったところでジャンプ斬りを叩きつけた。
それまでとは何か違う手応えがあった。ザントの兜が真っ二つに割れ、頭が露出した。袈裟斬りに斬り下げる。これも手応えがあった。剣の刃が衣を裂き、肉を切っている。さらに横斬りで胴を払う。初めて血が飛び散った。
魔法防御が効かなくなったのだ。リンクはさらに突きを放った。だが、手心を加え、無意識のうちに浅くに止めた。あとはミドナに任せようと思ったからだ。切っ先をザントの腹から引き抜くと、リンクは身構えながら様子を見た。
僭王は両の刀を取り落とすと、悲鳴とも喚きともつかぬ声を上げ、何とか立ち続けようともがいた。だがすぐに耐えきれなくなり、ガックリと膝をつくとうつ伏せに倒れた。
その瞬間、リンクは自分たちの周囲が影の宮殿の王の間に戻っていることに気づいた。もう魔法結界もハイラル城も見えない。ただ、玉座の前に一人の男が血を流して倒れていた。
「痛い‥‥痛い‥‥痛い。痛いよぉ‥‥痛いよぉ」
床に倒れたその男は激しく嗚咽し、涙と鼻水と涎を垂れ流していた。
これが本当にハイラル城を占拠したあの僭王なのだろうか?もはやその男に一片でも戦う力が残っているとは誰の目にも見えなかった。