城の前の橋の上でリンクはようやく我に返った。
師の言葉とその声は未だに耳の中に残っていた。一方で、昼下がりの陽光が上から橋の路面を照らしている。堀の水が風に吹かれて城壁に当たる軽い水音が聞こえてきた。空を見上げると青空に白い雲が浮いている。ハイラル城の周囲にある魔法防壁が目に入らなければ平和極まりない午後だった。
「ん?お前何を泣いてるんだ?」
ミドナが気づいて声をかけてきた。
「いや、何でもないよ」
リンクが答え、服の袖で顔を拭った。
「女に振られる夢でも見たか」
ミドナが大して興味もなさそうな声で言った。
「まあそんなところだよ」
リンクも説明するのが面倒なので適当に答えておいた。だがその時、町に通じる柱廊と橋とを隔てる扉が開き、兵士が二、三人姿を現した。
「こら、お前!そこで何をしてるんだ!」
兵士の一人が叫んだ。
「ここは立ち入り禁止だぞ!」
そう言われリンクは立ち上がった。これは不味いところを見られた。ミドナの魔法が解けたのだろうか?
「うん?おかしいな....表にいた衛兵どもは確かに魔法をかけたんだがな」
ミドナが姿を消したままリンクの耳の中で言った。そうこうしているうちにドヤドヤと二十人ほどの兵士たちがやってきて、槍を向けながら半円形にリンクを取り囲んだ。
「わかったぞ。誰かがチクったんだろう。ったくお前が酒場で余計なことを喋るからだぞ」
またミドナが言った。リンクは困惑して兵士たちの顔を見回した。何か言い訳を言おうにもこうなってしまっては打つ手がない。剣で倒せない数ではないと思ったが、人間を傷つけたくはなかった。
「まったく不届きな奴だ。詰所まで来い」
隊長らしき一人が前に進み出てきてリンクの腕を捕まえようとした。だが彼はリンクの前で一瞬立ち止まると、その背後の上空を見上げてポカンと口を開けた。
「予定が狂ったがしょうがない。いっちょやるか」
ミドナの声がした。今度は耳の中ではない。リンクも違和感に気づいて振り返り、そしてそこにいたものを見て驚きのあまり絶句して目を見開いた。
ミドナは変身していた。彼女は黒い石の冠に加え、三つの結晶石を合わせてできた仮面のようなものを被っており、その頭の毛が途方もなく伸びて蛸の触手のように蠢いている。その伸びた毛が身体を支えて持ち上げているので、体高が十メートル以上にもなっていた。
「化け物だ!」
兵士たちはたちまち悲鳴を上げた。後ろのほうにいた何人かは早速槍を放り出して逃げ出した。隊長を始めとする数人はそれでも槍を構えた。だがその両膝がガクガク震えている。その時、ミドナがその髪の毛を大きく広げて威嚇した。残っていた兵士たちもたちまち腰砕けになり、ほうほうの体で逃走し始めた。
兵士たちが全員姿を消し、後には彼らが捨てていった槍だけが転がっている。ミドナの髪の毛が伸びて、その槍の一本を拾い上げた。
「リンク、少し離れてろ」
ミドナが変身したその生き物は、一本の触手でその槍を持つと、他の触手で地面を蹴って一気に跳躍した。見上げていると、それは魔法防壁の斜面の上に降り立って槍を振り上げた。何の変哲もない槍だったものがその先端から鈍い黄色い光を発している。槍が防壁に突き立てられ、甲高い衝撃音がするとともに地響きが起きた。
槍の刺さった個所から魔法防壁に亀裂が走り始めた。亀裂はみるみるうちに広がる。それと同時に、防壁の内側からも黄色い光が発せられ始めていた。
やがて亀裂が防壁全体に広がり、防壁そのものが崩壊し始めたかと思うと、突然消え去った。
ミドナの変身した生き物が支えを失い落下し始めたのを見て、見上げていたリンクは反射的に走り始めた。橋の終端にある城壁の屋根の斜面にバウンドすると、ミドナの変身が解かれた。髪の毛でできた全ての触手が消えた。リンクはダッシュし、前方に飛び込むと落ちて来るミドナの身体を受け止めた。
どうにかミドナを無傷で抱き抱えて立ち上がると、リンクは彼女の顔を覗き込んだ。どうやら気絶しているようだ。見上げると、魔法防壁が消滅した直後から雨雲が城の上に垂れ込めていた。ポツポツと雨が降り始め、リンクとミドナの顔を濡らした。
やがてミドナがゆっくりと目を開けた。目が合って微笑みかけるとミドナも微笑んだ。
「凄かったよ。これが君の本当の力なんだね」
「ふう、少し疲れたぞ」
彼女は溜め息をつき、ふわりとリンクの腕から浮上した。
「予定より早いが突入しよう。準備はいいな?」
「ああ、バッチリさ」
リンクは答えた。橋の終端にある両開きの扉に手を掛けると、思い切り押した。重い扉がゆっくりと動く。できた隙間に身を滑らせると、リンクは中に入った。
リンクにとっては三度目のハイラル城だ。だが正面から入るのは初めてだ。見渡すと、そこは広大な前庭だった。正面には城の堅固な建物があり、植え込みが点在する庭園が右手および左手に広がっている。前庭は北西および北東に斜めに伸びており、それぞれの終端の壁には大きな扉が造り付けられている。上空にはカーゴロックが何羽も旋回していた。
怪鳥どもに見つからないよう姿勢を低くしながら、手近の植え込みに近づいた。城の正面、および左右の前庭の中央あたりには金属製の高い柱の上に立ったハイラル王家の紋章のモニュメントがそびえている。リンクは慎重に前進し、正面のモニュメントの影から城のほうを伺った。城の正面は短い階段の上にある玄関に大きな扉がある。その扉の中に入れ子状に扉がついている。
「例によって扉は施錠されてるな」
ミドナが言った。
「前庭の扉を先に試したほうがよさそうだね」
リンクが応じた。右手の前庭の奥に目をやると、扉の前にボコブリンが二匹歩哨に立っている。もっと厳重かと思っていたが、警備の軽さにリンクは意外の念を持った。
「私が敵ならそこらじゅうに罠を張るぞ。見えているものだけで判断するなよ」
「わかってる」
ミドナの忠告にリンクは返事すると、立ち上がって右手に前進し始めた。植え込みの間にある小道を辿って進み、歩哨のボコブリンに近づく。悪鬼どもはリンクを見咎めると身構えた。リンクも盾を背から下ろし剣を抜くと足早に距離を詰めた。
ボコブリンたちの間合いに入った瞬間、奇妙な異音がした。魔法結界が周囲に浮かび上がってくる。リンクの周囲二十メートルほどが閉鎖されてしまった。同時にカーゴロックが高度を下げてくる。怪鳥もこちらに気づいたのだ。
黙って囲まれる手はない。リンクはやおら回転斬りを発した。マスターしたばかりの大回転斬りだ。周囲の空気がビリビリと震えるのがわかった。二匹のボコブリンが胴をバッサリと払われ、背後から近づいていたカーゴロックも深手を負って墜落した。ボコブリンたちが仰向けに倒れる。
「くそっ、結界が解けないな」
ミドナが呟く。武器を構えたままリンクが周囲を見回すと、結界の外側から新手のボコブリンたちが喚きながらこちらに走り寄ってきている。左手から二匹、右手から一匹だ。彼らは結界を抜けるとリンクたちに向かって威嚇の声を上げ、武器を振り上げて間合いを詰めてきた。
「リンク、雑魚どもを全員倒せ。こいつはおそらく魔力連動型だ」
「わかった」
頷くと、リンクは右手のボコブリンに素早く向き直って盾アタックを叩きつけた。跳躍しながら前転し、ふらついた相手の頭に刃を叩き込む。相手の背後に立つが早いがジャンプ斬りを放ってダメ押しの一撃を頭部に浴びせた。包囲に失敗した残りの二匹が喚きながら鉈を振り上げる。リンクがバックホップすると、彼を狙った一撃が空振りし、絶命しかかった一匹を引き裂いて倒した。
リンクは腰を落とすと両手で剣を上段に構えた。手強いと見て取ったボコブリンたちは慎重に身構え、攻めあぐねている。力を溜めつつ五感を研ぎ澄ませて相手の動きを見据える。二匹のボコブリンたちが再び動いたその瞬間、リンクは力を解放させた。裂帛の気合を発して飛び上がると、大ジャンプ斬りを敵のただ中に叩きつける。
一匹に斬撃が直撃し、倒れる。衝撃波に当てられたもう一匹も吹き飛んだ。リンクはすかさず剣を逆手に持つと跳躍して一匹に止めを刺した。剣を抜いて立ち上がると、残りの一匹もヨロヨロと起き上がる。リンクは駆け寄ると横切り、縦斬り、袈裟斬り、さらに深々とした突きを見舞った。
最後のボコブリンが倒れてその死体が崩壊し始めた。それと同時に魔法結界が消失した。
「リンク、教えてやる。トラップ式の魔法結界に引っ掛からない方法をな」
ミドナが言った。
「そんなことできるのかい?」
リンクは尋ねた。
「原理は単純だ。この手の魔法結界には必ずトリガーがある。トリガーを踏んでから結界が完成するまでの零コンマ数秒の間に結界範囲から脱出すればいい」
ミドナが事も無げに言う。
「それって例えば、まずいと思ったら思い切りダッシュして引き返すとかそういうことかい?」
リンクは聞いた。
「まあそういうことだ。お前の反射神経だったら不可能じゃないぞ。閉じ込められて時間と体力を無駄に削られるのを防げ」
剣を血払いして納めると、リンクは壁の扉に手をかけて押し上げ、その先に抜けた。そこは荒涼とした中庭だった。
目の前の左右には粗い作りのバリケードが建てられ、十メートルほどは中庭の中心部分に向けて進む以外にない造りになっている。ミドナが声をかけてきた。
「おい、こいつは早速怪しいところに出たな」
「魔法結界が出そうだってことだね?」
リンクが尋ねた。
「どう考えてもそれっぽいな。リンク、私が言ったことを覚えているな?」
ミドナが言う。リンクは頷くと、用心深く前進した。草の上を摺り足で歩きながら、どんな軽い異変も見逃さないように五感を研ぎ澄ませた。バリケードに挟まれた領域から抜け、一歩足を踏み出す。
その途端、覚えのある異様な音が聞こえた。反射的に振り返ると黄色く輝く魔法結界がいましも浮かび上がろうとしていた。リンクは全力で地面を蹴ると前に飛びこんで前転した。
草地に尻餅をついて顔を上げると、どうやら閉じ込められることは回避できたようだ。リンクは立ち上がると結界のほうを見た。中庭の中央部分が直径二十メートルほど円形に囲われている。そのこちら側の終端と、左側に設置されたバリケードとの間には僅かな隙間があった。
「うまいぞリンク」
ミドナが言った。
「だが気を付けろ。さっき見たとおりこの防壁は外からは自由に入れるタイプだ。触れると吸い込まれるぞ」
リンクは半身になるとその隙間にそろそろと滑り込んだ。どうにか隙間を通り抜けると、リンクは大きく溜め息をついて額の冷や汗を拭いた。円形の魔法結界を右手に見ながら前進していくと、結界の裏手の前方右手の壁に鉄の縦格子が嵌った出入口がある。よく見ると、その格子の向こう側にはボコブリンが何匹もたむろしていた。そしてガラガラと鎖を巻き上げる音とともに、格子がゆっくりと引き上げられつつあった。
「ミドナ、爆弾袋を出してくれ」
リンクは草地にひざまずくとミドナが出した爆弾袋から爆弾を取り出し、矢尻をその底面に差し込んで爆弾矢を拵えた。格子が完全に引き上げられて出入口からボコブリンたちが中庭に入ってくるのを確かめると、爆弾の導火線に点火し、矢につがえた。
ボコブリンたちはまだこちらに気づいていない。リンクは敵の群れの真ん中を狙って矢を放った。飛んで行った爆弾矢は過たず目標地点に落下し爆発を起こした。不意を突かれた悪鬼どもが数人悲鳴を上げて倒れる。辛うじて生き残った悪鬼が衝撃から立ち直って左右を見回した。
リンクはもう一つ爆弾矢を拵えると、導火線に点火した。生き残りの悪鬼どもが三匹ほどリンクに気づいてこちらに走ってくるところを爆弾矢を放って歓迎してやった。爆弾が再び爆発し、残りのボコブリンたちも崩れ落ちる。
リンクは立ち上がって弓を背負い前進し始めた。中庭を横切り、ボコブリンたちが出て来た戸口をくぐる。その先は左に伸びる細長い庭園だった。丸く刈り込まれた植え込みが点在するなか慎重に進んでいくと、その終端には左手にもう一つ同じような格子のかけられた戸口があった。
戸口の周りを調べると、右手の地面近くの壁から鎖が伸びており、その先端に大きな鉄のハンドルスイッチがついている。ハンドルを持ち上げて引っ張ると、ガチャリと作動音がして格子がゆっくりと引き上げられた。
リンクはハンドルを置いて戸口を抜けた。その先はガランとした中庭が右手に広がっている。今度は植え込みどころか草さえも生えておらず足元は石畳のままだ。斜め向かいの隅には松明台の上に明りが点されていた。だが、そこから進む扉はどこにも見当たらない。
こちらの区画には鍵は隠されていないのだろうか?リンクは中庭の中ほどまで進んで周囲を見回したが、木箱どころか壺一つも置かれていない。諦めて踵を返そうとしたとき、ミドナが叫んだ。
「おいリンク!上を見ろ!」
その瞬間、奇妙な異音がした。見回すと、周囲二十メートルほどに魔法結界が一瞬にして形成された。目を上げると、中庭の上を横切るようにかけられている石造りのアーチの上に巨大な人影があった。そいつはそこから飛び降りてくると、地響きを立ててリンクの目の前に着地した。
角のつけられた鉄兜に、山のような肥満体。手に持つのは恐ろしく巨大な戦斧。キングブルブリンだ。
鬼の王は唸り声を上げて立ち上がると戦斧を持ち上げた。その身体じゅうにはかつてリンクがつけた深い刀傷の跡が鉛色になって残っている。
リンクは反射的に盾を背中から下ろして構えると剣を抜いた。まだ生きていたのか。だがリンクの心には以前のような驚きはなかった。いつか再び戦うことになると予期していたからだ。
キングブルブリンは一声吠えるとのしのしと音を立てて迫ってきた。だがリンクはじっくりと相手をする気はなかった。ダッシュして距離を詰めると、突如横っ飛びし、そこから前転して相手の後ろを取り、跳躍して背面斬りを放った。剣がバッサリと巨大鬼の背中を切り裂く。間髪を入れず縦斬り、横斬り、さらに袈裟斬りを放って深手を与えた。たちまちどす黒い血しぶきが飛び散った。
だが鬼の王も気迫を見せた。こちらに向き直って武器の柄を跳ね上げてリンクの追撃を弾き返すと、身を沈めて戦斧を払う構えを見せた。
だがリンクは見越していた。素早く突きを繰り出して牽制し、敵の腹に刃を突き立てる。不意を突く痛撃に、鬼の王は攻撃の構えを解いた。さらに盾を相手に叩きつけると、リンクは跳躍して前転し、鬼の王の頭に刃を叩き込んだ。
頭部への手痛い一撃で鬼が動きを止める。敵の背後に着地したリンクは裂帛の気合を発してジャンプ斬りを叩きつけた。キングブルブリンの首筋から背中までに長い切り傷が走る。着地したリンクはすかさず回転斬りを放った。ただの回転斬りではない。余すところなく力を込めた大回転斬りだ。
巨大鬼の腹がバックリと裂けて血が噴き出した。臓腑に届く手前ではあったが痛恨の一撃だ。リンクは少し後退すると、攻め疲れを防ぐため呼吸を整えた。
キングブルブリンが喚き声を上げて戦斧を持ち上げた。間合いはまだ開いている。リンクが反射的にバックホップすると同時に鬼の王が戦斧を縦に斬り込んできた。だがその刃は空を切るばかりで、鬼の王は前のめりにたたらを踏んだ。武器の刃が深く地面に刺さった。リンクはその隙を逃さなかった。敵に殺到して距離を縮め前転し、深い突きを放った。刃が深々と鬼の王の腹に食い込む。
剣を敵の腹から抜くと、リンクは横にホップして敵を攪乱した。鬼の王がこちらに向き直ろうとした瞬間に袈裟斬り、縦斬り、さらに横斬りを叩きつける。キングブルブリンは絶望的な吼え声を上げると、リンクを戦斧の柄で押しやった。だが鬼の王が武器の刃を払おうとしたとき、リンクは横に飛んで相手の視界から姿を消した。前転して後ろを取り、再びの背面斬りを食らわせる。さらに着地すると、ダメ押しの大回転斬りを叩きつけた。
二度にわたって腹を大きく割られ、とうとう鬼の王が悲鳴を上げた。リンクは袈裟斬りに刃を斬り上げて追い打ちすると、その背中に深々と突きを叩き込んだ。臓腑に届いた手ごたえがあった。キングブルブリンががっくりとうなだれると両膝をついた。もはや勝負は決したのだろうか。どうであっても、これほどの深い刀傷を負ってまだ相手が生きているということ自体がリンクには不思議だった。
リンクは油断せず盾を構えると、剣を提げたまま後じさりして様子を見た。
「リンク、止めを刺せ。こんなやつとまた戦うのは嫌だろ?」
ミドナが言う。リンクは彼女を見ると頷いた。戦意を失った相手を斬るというのもリンクは気が進まなかった。だが剣を構え直すとリンクは敵に近づいた。
するとリンクはあることに気づいた。嗚咽とともにすすり上げる声が聞こえる。リンクに背を向けて座り込んだ鬼の王は、声を上げて泣いていた。その背中には先ほどから降り続く雨だれが当たってポツポツと音を立てている。その様子を見たリンクは思わず剣を下げた。
「リンク、何やってるんだ。絶好のチャンスだぞ」
ミドナが再び促す。だがリンクはどうしても剣を上げられなかった。泣いている相手を殺すというのはどうも具合が悪い。何もできず立ち尽くしていると、ミドナが溜め息をついた。
「お前も甘い奴だ。こいつを生かしておいたら後に禍根を残すぞ。まあ私の世界じゃないからこれ以上は言わないがな」
「だめだよ、ミドナ。僕にはどうしてもできないよ」
リンクは剣をよく血払いして鞘に納めた。以前に戦った時より自分の実力が大幅に相手を上回っていることは感じられたが、まさかこんなことになるとは。
「だがお前、鍵はどうするんだ?まさかこいつがご丁寧に鍵のありかを教えてくれるなどと思うのか?」
ミドナが再び口を開く。その時、キングブルブリンが鼻をすすり上げながらむくりと立ち上がった。リンクは反射的に再び剣を抜き放った。
鬼の王は戦斧を地面に置いたままリンクに向き直ると、自分の腰の辺りをごそごそと探り、鍵の束を帯から外してリンクに差し出した。
相手の意図がわからず、リンクは目を丸くしていたが、キングブルブリンは鍵束をこちらに突き出したまま動かない。ミドナがリンクの傍らから顔を出すと、素早く手を伸ばして鍵束をひったくった。
鍵を渡してしまうと、キングブルブリンは首から紐で下げた角笛に口を付けて吹き鳴らした。すると魔法結界が消え去っていく。しばらくすると、白い巨大な猪が中庭の戸口から入ってきて鬼の王のもとまで走ってきて止まった。キングブルブリンは戦斧を肩に担ぎ、猪に乗ると言った。
「オレタチハツヨイモノニシタガウ。ソレダケダ」
相手が人間の言葉を喋るのを聞いてリンクもミドナも唖然として口を開けた。鬼の王が手綱を鳴らし、白い大猪を走らせる。彼は中庭の戸口を抜けてどこかに走り去ってしまった。
「あいつ、喋れたんだな」
ミドナがポツンと言った。雨が降りしきるなかリンクもまた呆然として立っていたが、やがてミドナの手から鍵を受け取ると、ポーチに仕舞った。
キングブルブリンが立ち去った戸口を抜けて、植え込みのある中庭を横切り、そこから魔法結界が貼られた荒涼とした庭に出た。帰り道も、魔法結界に引っ掛からないよう注意しながらその右脇を通り抜け、バリケードに挟まれた領域にまで抜けると、前庭へ続く扉を押し上げて向こう側に出る。
上空を見上げると、まだ二、三羽のカーゴロックが周回している。リンクは植え込みの縁に身を寄せ、身を低くしながら城の前面の扉に向かって進んでいった。建物の前の短い階段を上がると、エントランスに散乱した箱や樽の間をすり抜けて扉の前に向かった。上空の怪鳥どもを警戒しながら、鍵を取り出して扉にかけられた錠前に差し込んでみる。鍵を捻ると錠が開いて鎖が落ちた。
ドアノブを回すと、扉を開けて建物の中に入った。内部は薄暗く、短い廊下の先に直径五十メートルほどの大広間がある。向こう側突き当りの壁には高所に小さなバルコニーが複数しつらえられている。以前はここから市民の請願が聞かれたり、王族の一般参賀が行われていたのだろう。
いかにも敵が潜んでいそうだ。リンクは盾を用心深く掲げ、剣を抜いて前進した。廊下から広間に足を踏み入れたその刹那だった。異音がして、瞬時に魔法結界が周囲に浮かび上がってきた。これは避ける暇がなかった。
「おい、お前ドジ踏んだな、リンク」
ミドナが言った。
「お前が魔物どもとイチャイチャしているのを見てるのも退屈で仕方ない。さっさと終わらせてくれ」
リンクは苦笑すると、結界の中央に進んでそこに陣取った。ミドナに頼んで爆弾袋を出してもらうと、手早く爆弾矢を拵えた。
弓を手にすると、敵が現れるのを待つ。すぐに西側から三匹、東側から二匹のボコブリンどもが結界の外からこちらに向かってきている。リンクは爆弾矢の導火線に点火すると、三匹の敵群が結界をすり抜けるが早いが撃ち込んだ。
爆発がして三匹のボコブリンたちが吹き飛ぶ。だがその時には残り二匹のボコブリンたちが迫ってきていた。リンクは弓を捨てるとやにわに剣を抜いて居合い斬りを放った。一匹のボコブリンがバッサリと袈裟斬りに致命傷を負ってよろめく。そいつが倒れるのを待つことなく、リンクは横斬りを放ってもう一匹の動きを牽制し、突きを三連続ぶち込んだ。さらによろめいたところをジャンプ斬りを叩きつけた。
ボコブリンたちが倒れその遺骸が崩れ始める。だがリンクは警戒を緩めず、盾を背中から下ろして構えた。予想通り、魔法結界の左右から人影が近づいてくる。半月刀で武装した蜥蜴男たちだ。左右から二匹づつ、結界の中に滑り込んでくる。
「ミドナ、鎖と鉄球を!」
リンクは剣を納め叫んだ。途端に鎖がその手に握られた。一気に振り回すと、鉄球が唸りを上げる。重い鉄球が蜥蜴男どもの頭部に次々と直撃した。
喚き声を上げながら魔物どもが倒れていった。だがこれくらいで倒せる相手ではないと分かっていた。リンクは鎖を手離すと、剣を抜いて逆手に持ち、手近に倒れていた蜥蜴男の上に跳躍して切っ先を突き立てた。刃が敵の胴を刺し貫き、断末魔の叫び声が響く。だがその時には他の三匹が頭を振ってよろよろと立ち上がり始めていた。目を上げて左右を見回すと、東からさらに二匹の新手の蜥蜴男どもが近づいてきている。
リンクは剣を構え直し、腰を落として上段に構えた。力を溜めて新手の二匹に向き直る。敵が結界を抜けて近づいて来たところで力を解放し、大ジャンプ斬りを叩きつけた。一匹が直撃を喰らって倒れ、もう一匹が衝撃で仰向けに転がった。
だが三匹の敵が完全に立ち直った。素早くリンクを包囲して来る。咄嗟に前転すると、一匹が横に払った半月刀の刃をかいくぐり、痛烈な突きを放つ。敵の腹に深く刺さった刃を抜くが早いが回転斬りを放った。大回転斬りだ。
凄まじい気合とともにリンクの剣が空気を震わす。突きを喰らった蜥蜴男が胴を払われ血と臓物を噴き出しながら崩れ落ちる。背後から襲おうとしていた二匹も斬撃を喰らってよろめき倒れた。間髪を入れず剣を逆手に持って跳躍し、その一匹に止めを刺す。
もう一匹にも止めを刺そうとしたとき大ジャンプ斬りで仕留め損ねた一匹が立ち上がった。向き直って駆け寄ると、横斬り、縦斬り、袈裟斬りと矢継ぎ早に斬撃を放ち、さらに深々とした突きをぶち込んだ。すぐに振り向くと、最後の一匹が立ち上がったところに盾アタックを叩きつけ、跳躍してその頭部に剣の刃を叩き込んだ。
頭を真っ二つに割られた蜥蜴男が倒れ、広間に静寂が戻った。剣を手に荒い呼吸を鎮めていたリンクは、魔法結界が消えていくのを見届けると、剣を血払いして鞘に納め、盾を背に背負った。
床に落ちていた弓を拾い上げ、先に進む経路を探して目を上げた。バルコニーが五つほど壁の高所に設置されている。正面にあるバルコニーの奥には扉がついているのが見えた。
バルコニーとの高低差は大きいが、天井から複数下がっているシャンデリアにクローショットを引っ掛ければ登れそうだ。広場の中を見回すと、木製の大きな講壇が西側の隅に置いてあった。お触れを読み上げる官吏が使っていたものだろう。
リンクは講壇に登り、クローショットを両手に嵌めると正面から一つ左手のバルコニーの上にあったシャンデリアを狙って撃った。鉤爪が引っ掛かり、シャンデリアに飛び付いてぶら下がると、鎖を伸ばしつつ、正面バルコニーの近くのシャンデリアにもう一つのクローショットの狙いをつける。
目標のシャンデリアにクローショットを撃って飛び付く。さらに正面バルコニーの真上のシャンデリアに狙いを付けて撃ち、飛び移ったあと、リンクはクローショットの鉤爪を開いて飛び降りた。
バルコニーの扉は施錠されていない。リンクはクローショットをミドナに託すと、リンクは扉を開けた。だが、一歩足を踏み出した途端にもはや聞き慣れた異音がして、たちまち周囲に魔法結界が発生した。
「おいリンク、またか」
ミドナがうんざりした声で言った。
「こればっかりはしょうがないよ。部屋に入ってすぐなんだから」
リンクが弁解する。部屋は四十メートル四方ほどの大きな広間だった。突き当りには高い段差の上に左右に伸びる通路が続いている。段差の手前に異様に背の高い人影があった。全身を鎧で固め、兜を被り顔は面甲で覆われている。人の身長と同じくらいの長さの大剣を持ち、巨大な盾を掲げている。
時を超えた神殿で会った鎧武者だ。予告したとおり甦らされたらしい。
「小僧。また会ったな」
鎧武者が言った。リンクは溜め息をついて首を横に振った。
「お前もしつこい奴だな」
鎧武者は姿勢を低くし、武器を上げて構えをとった。
「今度こそは勝負をつけようぞ。余の剣が上か貴様の剣が上か」
「インチキ剣士め。剣の技は自分の身体で磨くものだぞ。お前なんか何度やっても同じだ」
リンクは吐き捨てるように言うと、背中から盾を下ろして構え剣を抜いた。両者とも摺り足で互いの間合いを測る。次第に距離が詰まっていく。
鎧武者がやおら大剣を振り上げた。リンクはその動きをギリギリまで見切るとバックホップした。数センチ前を剣の刃がかすめると床に食い込んで亀裂を生じさせた。地響きが起きそうなほどの斬撃だ。
だがこの隙を見逃すリンクではない。反射的にダッシュして跳躍するとジャンプ斬りを放つ。敵の武器の下がったところにリンクの刃が直撃した。着地するが早いが左右に袈裟斬りを叩きつける。だが、さらに突きで追撃しようとしたところを鎧武者が盾を上げてそれを逸らせた。
距離が近い。リンクは予感がして僅かに後ろに下がった。次の瞬間鎧武者が盾アタックを繰り出してきた。しかし空振りだ。直撃を免れたリンクは、相手が隙を見せるのを待った。また鎧武者が剣を振り上げる。後ろに転がって距離をとると、相手は剣を横に払ってきた。顔の前を暴風のように剣が通り過ぎる。盾で防げないこともないが、受けないに越したことはない。
敵がさらにこちらに踏み込んで大剣を振り上げる。今度は縦斬りだ。リンクは確信した。その刃筋を見極め、横にステップしてかわすと、再び突進してジャンプ斬りを放った。剣先を床に食い込ませた鎧武者の肩口にリンクの刃が食い込む。さらに横斬り、縦斬りを叩きつけ、ダメ押しに突きを放った。今度は刃が通った。胴巻きの隙間に切っ先が食い込み、鎧武者が呻き声を上げる。
深追いしたら、構えを崩す盾アタックからの斬撃で痛手を喰らうことは分かっていた。リンクは再び距離をとると用心深く間合いを測った。
「子鼠のように飛び回りおって。貴様は一つところに留まって戦えぬのか」
鎧武者が毒を吐いた。その語調に苛立ちが込められているのをリンクは聞き逃さなかった。
「お前がノロマなのがいけないんだ。悔しかったらその野暮ったい鎧を脱いだらどうだ?」
鎧武者がジリジリと進んでくる。リンクは剣を構え直すと、滑り込むように前進して剣で敵の盾を横に払いながら相手の脇を抜けた。鎧武者が反射的に盾を上げたその背後で、リンクは何も見ずに回転斬りを放った。大回転斬りだ。
盾の防御がないところをリンクの刃がざっくりと払う。胴巻きが切り裂かれ、血しぶきが飛び散り、鎧武者が再び呻き声を上げた。リンクは素早く敵に向き直ると、ジャンプ斬りを頭部に叩きつけ、着地したところで突きを二度放った。
確かな損傷を与えた手応えがあった。リンクが呼吸を整えながら再び距離を取ると、鎧武者は唸り声を上げて大剣を投げつけてきた。咄嗟に盾を上げてそれを受ける。左腕が痺れそうなほどの衝撃が来た。鎧武者は、盾を落とすと、自分の胴巻きと肩当てを剥ぎ取り、兜をかなぐり捨てた。
「新たな技を身に着けたというわけか。面白い!」
鎧武者が腰につけた長剣を抜き放つ。
「こっちは日々努力してるんだ。お前みたいな化石とは違うんだよ!」
リンクは言い放つと、再び盾を上げて剣を握り直した。相手は装甲を捨てたとはいえ、動きが早くなるから用心が必要だ。鎧武者が突進してくると重い突きを放ってきた。盾を支えて衝撃を堪えると、リンクは相手の出方を慎重に見極めながら間合いを調節した。
再び鎧武者が縦斬り、横斬りを放ってくる。盾を上げて防ぐ。さらに突きが来る。それも盾で防いだ。剣の長さだけ間合いには相手に分がある。だが近づいたら前蹴りで構えを崩しにかかってくるのは経験済みだ。
鎧武者はリンクから目を離さないまま左右に運足し、隙を伺っている。だがこちらからしゃにむに斬りかかっても防がれると知っているリンクは容易に動かなかった。
間合いが離れ、また縮む。相手の再びの縦斬り、横斬りが来た。盾を上げて受けるとリンクは前進した。だが攻めず、盾を構えながらジリジリと間合いを縮める。
読まれてはならない。リンクは相手が仕掛けてくるギリギリまで待った。五感を研ぎ澄ませ相手の息を読み取ったその瞬間、リンクは回転斬りを放った。大回転斬りが空気を震わせる。それを長剣を縦にかざして受けた鎧武者が後ろによろめいた。
リンクはここを先途と敵に殺到すると、跳躍してジャンプ斬りを頭から叩きつけた。さらに袈裟斬りから横斬り、次いで突きをぶち込んだ。敵の革鎧が裂けて血が飛び散る。それでも倒れず、鎧武者は呻きながらも剣を上げてリンクの追撃を逸らした。
そこから突きがきた。リンクは自分の盾を引き寄せてその軌道を逸らすと、近い間合いのまま手を出さず、敵が仕掛けてくるのを誘った。次の瞬間、リンクは素早く横に滑るように摺り足で敵の横に回った。同時に鎧武者が前蹴りを放ってくる。だが僅かに逸れた。リンクは袈裟斬りに敵を斬り上げると、突きを二連続放った。
鎧武者はそれでも倒れず剣を上げて追撃を防ぐ構えを見せた。リンクは長引かせるつもりはなかった。もう一度ダメ押しの突きを放つと見せかけてフェイントすると、近距離でのジャンプ斬りを繰り出す。意表を突かれた鎧武者は剣を横にして受けた。だが、受けきれずに体勢が崩れる。着地したリンクは回転斬りを放った。再び大回転斬りに胴を払われ深手を負った鎧武者がよろめく。リンクは止めに深い突きを叩き込み、刃をこじって相手の臓腑を強引に切り裂いた。
もはや鎧武者に戦う力は残っていなかった。剣を取り落した鎧武者はどうにか立ち続けようともがいていたが、すぐにうつ伏せに床に倒れた。みるみるうちにどす黒い血が周囲に広がっていく。リンクは身を引くと剣をよく血払いして鞘に納めた。
「お前って奴はよくよくこういう気持ち悪い連中に好かれるんだな」
ミドナがからかう。
「まったく嫌気がさすよ。いい加減に往生して欲しいね」
リンクは答えながら先に進む道を探した。部屋の奥には高さ三メートル以上の段差がある。普通の方法ではよじ登れそうにない。段差の前に近づいてみると、幅五メートルほどの壁が建てられており、その前と裏には床部分に色の違う長方形の領域がある。もしかすると段差に登れる仕組みかも知れない。
リンクは部屋の中を見回し、次の瞬間息を呑んだ。あの巨大兵士の甲冑だ。壁沿いにいくつも並んでいて、燭台の灯火を反射し黒い鉄の鈍い光を放っていた。
「ミドナ....この鎧は...」
「ああ。気づいていた」
ミドナは答えた。空中に浮かび上がると、鎧のほうに近づいてそれを指でつついた。
「巨大兵士育成はやはりハイラル王家肝いりのプロジェクトだったんだ。ゼルダ姫がどれだけそれを知ってたかはわからんがな」
「そんな...」
リンクは半信半疑で首を振った。
「だが結果として巨大兵士実用化は失敗した。造ることはできても量産はできなかったんだろうな。そして先取りして造った鎧だけがここに残された」
「そんな兵士を造っていったいどうしようとしてたんだろう?」
「さあな」
リンクが尋ねるとミドナは肩をすくめた。
「どんな指導者でも絶対的な軍事力に憧れる瞬間はある。そうすれば外患にも内乱にも備えられるからな。自分の地位権力だけじゃない。国の安寧を考えてもそれは理解できない話じゃあない。だが...」
ミドナは首を横に振った。
「あの獣人夫婦やお前の戦った鎧武者を見たあとじゃあな。あんなことになるとしたら私だったらやらないだろうな」
「ハイラル王家は酷いことをしてきたんだね」
リンクは悄然として呟いた。
「後ろ暗いところのない王家などこの世に存在しないぞ、リンク」
ミドナが言った。
「じゃあ君の一族も...?」
リンクが思わず顔を上げるとミドナが腕を組んだ。
「謀略、粛清、失脚、院政、内紛、後継ぎ争い...そんな話はいくらでも転がっている。だが、それでも私は我が一族を統べる務めから逃げるつもりはない」
彼女はリンクのほうを向くと続けた。
「わかるかリンク?こういったことは人間の本質のようなものなんだ。どれほど文明が進歩しようと人間の性質の醜い部分が消え去ることはない。だがそれだからといって諦めることも私はしない。綺麗な政治ができないからといって全てぶち壊したくなる、そんなナイーブな年頃はもうとっくに過ぎたからな」
リンクは心から理解した。たとえこの戦いに勝ってガノンドロフから城を取り戻したとしても、ハイラルのための苦闘は長い間、いや一生の間続くだろう。そして、それは影の世界も全く同じなのだ。だが、リンクはそれを知っていながら統治者としての自らの務めに迷わず向かおうとしているミドナに対し驚きと畏敬の念を抱いた。
「その話はあとでしよう。さあ、先に行くぞ」
ミドナが促す。リンクは再び部屋の中を捜索した。部屋の東側に燭台と大きな油入れが置いてある。自分のカンテラを取り出して油入れから油を補充すると、点火して辺りをくまなく探した。
「可能性があるとしたら、燭台の点火と消火による床の上下ではないでしょうか」
リンクのベルトに挟んだブーメランからゲイルの声がした。
「お前気が利くな。リンク、やってみろ」
ミドナが言う。リンクは頷くと、ブーメランを燭台に投げつけた。高速回転による風で燭台の火がたちまち消える。すると、部屋の奥の、小さな壁の裏にある段差の手前の床がせり上がってきて、段差と同じ高さで止まった。
「さすがだねゲイル」
リンクは言うと、自分のカンテラをかざしてもう一度燭台に火を点した。すると、せり上がった隠し床がまた下降し元の位置に戻った。リンクは部屋の奥に行って隠し床の上に立つと、振り返って燭台めがけてブーメランを放った。
飛んで行ったブーメランが燭台の火を消すと同時に隠し床がせり上がる。リンクは戻ってきたブーメランを受け止めてベルトに挟むと、段差の上に進んだ。
登ってみるまで見えなかったが、段差の上には巨大兵士の鎧二体分と木の立派な箱が置いてあった。木の箱にはルピーがあるかも知れない。だが、この最後の戦いの後ではもはや武器の仕入れは必要ないだろう。また、侵略による損失を回復するために王家も資金を要すると想像したリンクは手を付けなかった。
右手と左手に廊下が伸び、その先に扉がある。リンクは考えた末直感で左を選んだ。窓からの弱い明かりで照らされた薄暗い廊下の突き当りの扉を開けて先に進む。その先は長い廊下だった。やや左手にカーブしている。全ての窓が塞がれており、入口と、遠くにある向こう側の扉の左右に立つ燭台の明りに照らされているが、光量が不十分で真ん中あたりは暗い。
ところどころ壁際に巨大兵士の鎧が飾られている。五、六十メートルほど進み向こう側の扉に行く着くと、その扉には格子がかけられていることがわかった。
格子を開ける仕掛けはないだろうか?リンクは自分のカンテラに火を点けてかざし、あたりを調べた。出口の扉の手前には赤い絨毯が敷かれ、巨大兵士の鎧とともに多数の槍が壁に飾られている。そのさらに手前には、壁沿いに左右二つづつ、火の消えた燭台がしつらえられていた。
リンクは自分のカンテラを持ち上げて、手近にある燭台に火を点けた。淡い光が周囲を照らす。だが、次の燭台にも火を灯そうとして歩いていっているうちに、最初の燭台がくすぶり始め、やがて消えてしまった。ミドナが言った。
「リンク。これが格子を開ける仕掛けだとしたら順番が問題になるかも知れないぞ」
「確かにそれもそうだね」
リンクも気づいた。森の神殿で四つの風車を動かして鍵の置き場所の門を開いたときは確かに順番が問題になったのだ。燭台に火をつけるのを止めると、今度は手がかりを探して壁を調べ始めた。
ほの暗い中、左手の壁に絵がかかっているのが見えた。薄暗い中絵柄は見えないが、リンクはもしやと思い弓を背中から下ろし、矢をつがえて絵の額縁を吊るす紐を狙って撃った。
矢が紐に命中しそれを断ち切った。額縁が音を立てて床に落下する。思ったとおりだった。額縁の裏の壁には図柄が描かれている。弓を背負ってその図柄に目を凝らした。
四角いスペースの中、右下に灯火を図案化した記号が描かれているのが分かった。そこから左上、そして下向かって線が引かれ、最後に右上まで伸びて終わっている。
その図案を見ていてリンクは気づいた。右奥、左手前、右手前、左奥の順番だ。リンクは急ぎ足で目的の燭台に向かい、次々と火を点けていった。
その途端、天井から騒がしい羽音がしてリンクは顔を上げた。吸血蝙蝠たちの群れが頭上に降りてくる。リンクはカンテラを投げ捨てると、剣を抜いて咄嗟に横っ飛びし、次いで前転した。跳躍して剣を払う。剣の刃が蝙蝠を五、六匹叩き落した。だがまだ生き残っている連中がたかってくる。リンクは横斬りで薙ぎ払うと、さらに突きを繰り出して蝙蝠たちを串刺しにした。
剣を血払いして納めると、リンクは扉に向き直った。蝙蝠たちと戦っている間に扉にかけられた格子が引き上げられたようだ。ドアノブに手をかけて扉を開けると、先に進んだ。
扉の向こう側は同じくらいの長さの廊下だ。右手の壁にしつらえられた窓からの明かりのお陰で先ほどよりやや明るい。前方を見渡すと左手にカーブしたうえで行き止まっているようだ。床には赤い絨毯が中央に敷かれている。廊下の右手の中ほど、そしてその向かい側の壁にも扉がしつらえられていた。
敵が潜んでいる場合に備えて静かに扉を閉めたリンクは前進しようとして異状に気づき足を止めた。廊下の向こう、突き当りに人影が見える。全身を銀色に光る鉄の鎧で固め、戦斧と円盾で武装した竜男。二匹いる。
注意深く戸を開閉したお陰でまだ連中は気づいていない。リンクは姿勢を低くし床にかがみ込むと、ミドナに爆弾袋を出してもらった。爆弾矢を一つ拵えると、矢を背中から下ろした。爆弾の導火線に点火し、弓につがえて廊下の突き当りに立つ魔物どもを狙って撃った。
放物線を描いて飛んでいった爆弾矢が竜男の片方に当たって爆発した。不意の痛撃を喰らった魔物が膝から崩れ落ちる。もう一匹も爆風を受けてよろめいた。だが立ち直ると、武器を構えてこちらに向き直った。
リンクは弓を背負うと盾を背中から下ろし、剣を抜いた。竜男が走り寄ってくる。リンクも相手に駆け寄って間合いを詰めると、いきなり盾アタックを叩きつけた。跳躍すると前転し、よろめいた相手の頭部に剣の刃を叩き込む。着地するが早いが、振り向いて縦斬り、横斬り、左右袈裟斬りを繰り出し追撃した。
だが敵もしぶとい。しかも人ならぬ爬虫類だ。立ち直ると、盾を上げて戦斧を構えた。追撃を止めると、リンクも盾を構え呼吸を整える。敵も両脚でリズミカルに身体を上下させながら用心深い様子で間合いを測りにきた。
間合いが詰まると敵が戦斧を振り下ろしてきた。盾を上げて受け止める。咄嗟に前進し盾アタックを叩きつけると、リンクは後ろに飛び下がり距離を取った。剣を上段に構え両脚を開き気味に腰を落とす。
後ろによろめきながらも、頭部への痛撃を警戒して円盾を上げた竜男が怪訝な顔をした。だがすぐに喚き声を上げると、戦斧をかざしながら突進して来る。
その瞬間、リンクは溜めた力を解放した。渾身の大ジャンプ斬りだ。跳躍する際に振った一の太刀が竜男の顔面を真っ二つにする。リンクは落下とともに斬撃を叩きつけ、敵の肩口から胴体までを大きく斬り払って着地した。竜男は大量の血を流しながらゆっくりと崩れ落ちていった。
血払いして剣を納める。魔物どもの身体が崩壊すると同時に、廊下の左右にしつらえられた扉にかかっていた格子が自動的に上げられた。
廊下の曲がり方からすると、左手の扉は最初の広間に通じているものと思われた。右手の扉を試してみると、城壁の上に出た。城壁上の通路が建物に沿って登り坂になりながら左手、すなわち東に伸びている。いっぽう、正面にも城壁が真っすぐ伸びていてその突き当たりに高い見張り塔があった。
建物沿いの通路を調べることにして、左手に向かった。坂を登っていくと、やがて頂上で建物側に扉があるのがわかった。扉には鎖がかけられ錠前で閉じられている。
鍵はどこにある?リンクは周囲を見回したあと、道を引き返すことにした。坂を下り、出てきた扉の前で左に折れると、見張り塔のほうに進む。
その瞬間、異音がして城壁上の通路の前方、見張り塔の手前とリンクの背後に魔法結界が現れた。
「おいリンク!....っつたく、次から次へと引っ掛かりやがって」
ミドナが文句を言う。
「わかってる。すぐ敵を倒す!」
リンクは盾を背中から下ろすと剣の柄に手を掛け周囲を見回した。だが通路上にはいない。
その刹那羽音を聞いて目を上げると、翼を持ち円盾と剣を下げた魔物が上空にいた。ガーナイルだ。
「ゲイル、頼む!」
ブーメランを抜き放つとリンクは敵に投げつけた。高速回転をしながら蜥蜴騎士にブーメランが向かっていく。警戒した相手が円盾を上げた。
「ミドナ、クローショットを!」
叫んだ瞬間にクローショットが右手に嵌められた。敵の盾についた金属紋章を狙って撃つ。飛び出した鉤爪が引っ掛かりたちまちガーナイルが引き寄せられた。クローショットを手離すと、リンクは剣を抜いて袈裟斬りに斬り下ろした。間髪を入れず横斬り、縦斬りから突きを放つ。リンクは相手が立ち直る前に間合いを詰め盾アタックを叩きつけた。よろめいたところに殺到し突きをぶち込む。一発。二発。三発。そして四発目は思い切り深く突き込んだ。切っ先が蜥蜴騎士の背中から突き出る。
剣を相手の身体から抜きざまに思い切りその臓腑を斬り払った。腹から臓物と血を噴出させながら、蜥蜴騎士は口からだらりと舌を出して剣を取り落とした。返り血を浴びないようリンクは急いで飛び下がった。
敵は次いで、ゆっくりと膝をつき、うつ伏せに倒れるとやがて痙攣し始めた。通路の前後を塞いでいた魔法結界が消滅していく。血払いして剣を鞘に納めると、リンクは見張り塔のほうに向かった。通路の突き当りに小さな戸口があり、見張り塔内部の小部屋に通じている。足を踏み入れてみると、大きな木の箱が中に置いてあった。
蓋を開くと小さな金属の鍵が入っている。おそらくさっきの扉の鍵だ。リンクは鍵を仕舞うと踵を返して通路を戻った。城の建物に突き当たったところで右に曲がり、坂を登って頂上に行き着くと、扉を塞いでいた錠前に鍵を差し込んで捻る。錠が開いて鎖が落ちた。
その時、魔物の喚く声がしてリンクは顔を上げた。音のしたほうを向くと、歩いてきた城壁上の通路のさらに東のほうが下り坂になっており、それが右に折れた先に伸びた通路の突き当りにもう一つ見張り塔があった。
その見張り塔の壁の通路が突き当たった個所には格子のかかった戸口があり、その中に小部屋がある。目を凝らすと、その格子の内部には黒い石のような材質でできたひと際大きな箱が置いてあり、その周囲に蜥蜴男どもが何匹かたむろしていた。
「ミドナ、あそこにも箱がある。調べてみる価値はありそうだ」
リンクは指さすと言った。
「おいリンク、ああいうのは罠かも知れないから十分注意しろよ」
ミドナが助言した。
「大事な鍵があると見せかけて敵が大勢押し寄せるとか?」
リンクが尋ねる。
「冗談ごとじゃないぞ。私が敵だったらお前の息の根を止めるため一個中隊だって動員する」
ミドナが重ねて言った。
「大丈夫。雑魚どもが何匹来たって代わり映えはしないよ」
リンクは答えると、目の前の坂を下って突き当りを右に折れた。盾を下ろして構え、剣を抜くと敵襲に備えて用心深く見張り塔に向かって進んだ。
その途端、通路の突き当りの見張り塔の根元の戸口にかけられた格子がガラガラと引き上げられた。内部から蜥蜴男どもが次々と飛び出してくる。その数は予想したよりはるかに多い。十匹以上が出てきてもまだ続いている。
その刹那、背後からも騒がしい魔物の喚き声がしてリンクは振り向いた。下ってきた坂の上からも蜥蜴男どもが隊列をなして押し寄せてくる。ミドナの予言が当たったかのようだ。十匹、ニ十匹、いや数え切れないほどの蜥蜴男どもが通路をこちらに向かってくる。
「見ろ!だから言わんこっちゃない」
ミドナが叫んだ。もう一度見張り塔のほうを見ると、頂点近くと中央辺りにある歩哨窓からブルブリン弓兵たちが現れ、火矢を弓につがえリンクに狙いを定めた。そして今や蜥蜴男どもはリンクの前方、そして後方をぎっしりと埋め尽くしていた。
完全に包囲されたのだ。