黄昏の姫と緑の勇者   作:nocomimi

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トアル村への帰郷

ゼルダ姫が戴冠式を行い晴れてゼルダ女王となったのはハイラル城の解放から一ヶ月ほど経った頃で、父王の崩御から実に一年以上が経過した後の即位であった。ゼルダ姫のたっての意向でリンクとモイは列席を要請され(ガノンドロフを倒した救国の勇者とハイラル城解放の四勇士の一人が欠席とあっては格好がつかないというのも当然である)結局彼らのトアル村への帰村も遅れに遅れることとなってしまった。

 

しかし、その頃にはリンクはあれほど苦手に感じていた城下町での暮らしがさほど苦にならなくなってきたことに気づいた。その主な理由は、アッシュとシャッドという友人たちに負うところが大きかったであろう。

 

リンクはこの生まれも育ちも自分と全く異なる新たな二人の友達との交流を心から楽しんだ。シャッドはリンクの冒険の顛末を事細かに聞きたがり、またリンクもこの博覧強記の青年から毎日のように教えを受けているうちに、いつの間にかすっかり歴史に詳しくなってしまった。

 

リンクはまたアッシュと度々剣の稽古をした。勿論木剣でである。リンクは彼女の洗練された剣捌きと組み打ちの技術に驚かされた。彼女はそれを自分の膂力の無いのを補うためと謙遜したが、リンクは十本中七本は彼女に取られてしまうのが常であった。同時にアッシュはリンクの奥義に驚きの目を見張った。剣術書の中でも全く見たことがなかったものだったからである。

 

「剣術とは何と奥深いものだろう。私は世の剣術の殆どを知ったと思っていたがそうではなかった。リンク殿、その技を教えてはもらえぬか?」

 

もちろんリンクに異存はなかった。互いに教え合ううちに、二人の距離は日に日に近づいていった。

 

だが、モイは日にちが経つにつれトアル村への帰還を焦り始めていた。その理由は意外なところにあった。モイには気がかりなことがあった。実のところ彼はアッシュがリンクと知り合ってから彼女の様子が次第に変わって行くのに気づいていたのである。アッシュはモイと言葉を交わす度にリンクのことを知りたがった。好きな食べ物や、イリアとの関係などを根掘り葉掘り尋ねたあげく、困り果てたモイから「本人に聞け」と突き放されると、彼女は溜め息をついては宙を見つめるばかりだったのである。

 

冒険者気質の無骨なモイであっても、まだ少女と言っていいほど年若いアッシュの心の機敏を察するくらいの敏感さは持ち合わせていた。アッシュは人並みの青春を知らず、父の手ひとつで武術だけを教えられ育てられてきた。その彼女が城下町に出て来たばかりの頃に最初に出会った同年代の少年がリンクである。彼女と同じ剣士であるだけでなく、気立ても良く裏表のない純真なリンクに対して、アッシュが何かしら特別な感情を抱いてしまったとしても無理からぬこととモイは理解していた。

 

だが、それが故にモイは心配していた。リンクの年頃の少年というのは美しい少女から何か思わせ振りな素振りを見せられただけですぐに気が移ってしまうものだ。もしもリンクがアッシュと良い仲になってしまったら、村には帰らないと言い出すかも知れない。彼はどうしてもリンクをトアル村に連れ帰らなければならなかった。彼は自分が今後長い間現役の剣士でいられるとは思っていなかったからである。だが一方で息子は剣士になると言ってはくれたもののまだ幼い。リンクには、せめて息子が一人前になるまでの間トアル村を守ってほしい。それがモイの腹の内であった。

 

戴冠式が終わると、モイは半ば強引に出発の日程を決めた。注文していた馬車は完成した。旅費もたっぷりある。カカリコ村ではコリンを始めとした子供たち、そして誰よりもイリアが待ちわびている。そう告げて、モイはリンクに出発の支度をさせた。

 

その日の早朝、アッシュとシャッドに見送られリンクたちは城下町の西門を出た。

 

「リンク殿‥‥これを」

 

アッシュは別れ際にエリンジウムの青い花をリンクに渡した。花言葉など何ひとつ知らないリンクは微笑むと礼を言った。

 

「ありがとう。綺麗な花だね」

 

モイは馬車に乗り込んで二人に手を振るとすぐに手綱を鳴らした。馬車が発車するのを見たリンクは慌ててエポナに跨がった。アッシュとシャッドはリンクたちが視界から消えるまで手を振り続けた。

 

完成したばかりの橋を渡って二人は平原を南西に横切った。途中カーゴロックがちょっかいを出してきたのを弓矢で撃ち落とした以外は平穏な旅で、リンクたちは夕方にはカカリコ村に到着していた。

 

リンクとモイが礼拝所に入っていくと、子供たちは大騒ぎだった。コリンは父親に抱きついてしばらく離れなかった。タロとベスはリンクの傍に駆け寄って質問責めにした。だが、イリアは少し離れたところに立ってリンクを見ていた。

 

「リンク‥‥本当に帰ってきたの?」

 

子供たちによる歓迎が済んでリンクが歩み寄ると、イリアはためらい勝ちに言った。

 

「ああ、本当だよ」

 

リンクが答えてイリアを引き寄せようとすると彼女は横を向いて呟いた。

 

「でも、どうすれば信じられるの?あなたはいつもひとつの冒険が終わると直ぐに次に出掛けてしまうから」

 

リンクは返答に困った。そう言われれば言い訳のしようがない。その時コリンを抱き寄せたままモイが近づいてきた。

 

「こいつの冒険はこれで終わりだ。そいつは俺が保証するぜ」

 

モイはイリアにウィンクした。

 

「なにしろこの俺が一緒に戦ったんだから間違い無え。こいつが百匹以上の蜥蜴野郎どもに囲まれてたとき、俺は仲間三人と一緒にハイラル城に突入したところだった。俺たちが魔物どもを引き付けてる間にこいつがゼルダ姫を魔物の親玉から救い出しに行ったってわけさ」

 

モイはそう言うと、ポーチから書状を取り出した。それは城で授与された感謝状だった。

 

「ことの顛末はここに書いてある。ほれ、ゼルダ姫のサインもあるだろ?姫様がそう言ってんだから間違いはねえってことさ」

 

イリアはようやく安心したらしい。だがそれでも、これまで感じていた心労と不安とが堪えたのか、肩を震わせながら泣き始めた。リンクはイリアを抱き寄せた。気を利かせた子供たちとモイは礼拝所を出ていったが、往診に行っていたレナードとルダが入れ替わるように帰ってきたので、結局どちらからともなく二人は笑い出してしまった。

 

「リンク」

 

レナードはリンクの顔を見るとしばらく絶句していた。手を伸ばし、彼の額にできた大きな切り傷を調べていたがやがて言った。

 

「服を脱ぎなさい。全く君みたいに次から次へと怪我をして帰ってくる患者は初めてだよ」

 

その日、全員で賑やかに食卓を囲んだあと、男女に別れて皆床を敷いて就寝した。考えてみるとミドナが傍にいないということがリンクにはつくづく妙な感じだった。だがこれでいいのだ。ミドナは今ごろ影の王国の再建のため忙しく働いていることだろう。

 

翌朝起きると、モイはレナードに礼を述べ、別れ際に恩賜金の残りを渡そうとしたが、祭司は受け取ろうとせず「感謝は神にしなさい」と繰り返すばかりだった。ようやくモイが諦めて皆を馬車に乗せようとしたとき、ちょっとした問題が起きた。マロが帰らないと言うのだ。

 

「モイ、僕の務めはまだ終わっていないんだ。高い物価に苦しめられている庶民を救わないといけない。それが僕の生涯の仕事なんだ」

 

マロはそう言い張って譲らない。リンクにはマロの言いたいことが理解できた。彼はモイの肩を叩くと、出発を促した。

 

「おい、だけどジャガーにどう説明すりゃいいんだ?」

 

モイはまだ困惑していた。だがマロは背を向け店に向かって歩き始めている。コリン、タロとベス、そしてイリアが馬車に乗ろうとするとレナードとルダが見送りに来た。

 

「リンク、君に武運を祈るのはもうやめにしていいかな?私ももういい加減疲れたのでね」

 

祭司が言うとルダがクスクスと笑った。

 

「先生、今まで本当にありがとうございます」

 

リンクは頭を下げて心から礼を言った。

 

「私は勇者の助けになれるなんて光栄だと最初は思った。だが実際は思っていたのと違ったよ」

 

レナードは言った。

 

「イリアを見ていて痛感した。近くで支えるだけでもこれほど辛いのだということをね」

 

「心配かけてすみません」

 

リンクは神妙に呟いた。だがルダが横から明るく言った。

 

「リンクさん、父はこう見えて愚痴っぽいところがあるんです。親しい相手にしか見せないんですけど。あまり気にしないで下さいね」

 

リンクは笑った。リンクがレナードと固い抱擁を交わすと、イリアもルダと姉妹のように抱擁を交わし別れを惜しんでいた。皆が別れの挨拶を済ませると、モイは馬車を出発させた。レナードは古ハイリア人のように腰を直角に曲げる敬礼で馬車を見送った。

 

客車の中ではコリンが父にもらった剣と盾を大事そうに抱えていた。彼はタロが貸せと言うのも頑として耳を傾けなかった。コリンはその後の道中リンクのように剣と盾を肌身離さず身につけていた。それどころが、休憩で馬車を止めている時の見張りを自ら買って出たのである。

 

「あいつ、いっちょ前の剣士になったつもりでいやがる」

 

モイは苦笑いしていた。だがコリンの目は真剣そのものだった。一行はごくゆっくりとした旅を続けた。平原で稀にボコブリンに行き会うこともあったが、モイとリンクの前に彼らの勝ち目は無かった。

 

草原で二泊野宿しながら進み、一行はとうとうフィローネの森への入り口に辿り着いた。そこからは勝手のわかった場所だ。魔物の襲撃の心配もないので、イリアとベスは馬車に揺られながら幌車の後ろの端に腰掛けて談笑した。

 

リンクはモイに先に行くように言い、自分は油売りのキコルの小屋に立ち寄った。だが、案に相違して小屋の前にも小屋の中にも青年は居なかった。主の立ち去った小屋は以前にも増して寂れ果て、もはや完全なあばら屋となっていた。青年は別の地方に商売を移したのだろうか。それとも生まれ故郷のラネールに帰ったのかも知れない。リンクは小屋の扉をそっと閉じると再び馬に跨がった。

 

トアル村に着いたのは三日目のまだ日が高いうちだった。モイの妻ウーリは川沿いで赤ん坊に昼寝をさせていたが、馬車が近づいてくる音で顔を上げた。手綱をとっているのは元夫のモイである。ウーリが思わず立ち上がると、コリンが馬車から飛び降りて母親に駆け寄り抱きついた。リンクは馬を止めて、モイが何かを言う前に素早くウーリの傍に近寄った。

 

「ウーリ、今まで黙っててごめん。本当のことを話すよ」

 

リンクは困惑と驚きで目を丸くしているウーリに説明した。モイが彼女を離縁したのは、彼がハイラル城を占領していた魔物どもと戦う決死の覚悟を決めていたからであって、万が一失敗したときに塁が及ばないようにするためだったのだと。コリンも拙い言葉ながら父親を擁護した。

 

リンクがゼルダ姫からの感謝状を見せるとウーリはようやく事を理解したようだった。馬車を降りたモイは頭を掻きながら何かを言おうとしたが、言葉が出ない。ウーリは夫に抱きついた。

 

面白くないのは馬車から降りてきたタロである。

 

「ちぇっ。どうして行く先々で男女のイチャイチャを見させられなきゃいけないんだよ?」

 

馬車の音と騒ぎを聞きつけて、ジャガーと妻のキュリーも橋を渡ってやってきた。ジャガーはタロの姿を見るなり近づいてきて大声で怒鳴った。

 

「バカやろう。おめえ、無事なら無事でなんで手紙の一つも寄越さねえんだ!」

 

タロは驚いて身を竦ませたが、次の瞬間ジャガーの岩のような顔がくしゃくしゃになり、その目からは涙が溢れ出してきた。ジャガーはこれまた岩のようなゴツゴツした手でその長男を抱き寄せた。タロは必死で泣くまいとこらえていたが、結局泣いてしまった。(但し、本人は後々に至るまでこれを否定している。)

 

リンクがボウの家に向かうと、彼はちょうど戸口から降りて橋のたもとに向かって来るところだった。

 

「リンク、こりゃ一体全体何の騒ぎだ?」

 

ボウが尋ねる。リンクはその肩を叩いた。

 

「お待たせ。イリアを連れ戻したよ、父さん」

 

リンクは何気なくそう言っただけだったが、ボウはますます驚いてその小さな目を真ん丸にした。だがすぐにその目は川向こうに止めた馬車から降りてこちらに向かってくるイリアに釘付けになった。

 

「お父さん」

 

イリアは弾む声で呼び掛け、走って橋を渡り近づいてきた。ボウは口を開けたまま言葉もなかった。唇を震わせ娘の方に手を伸ばしたボウの胸にイリアは真っ直ぐ飛び込んだ。

 

橋の向こうに目をやると、雑貨屋の扉が開き女主人のセーラと夫のバンジョーが飛び出してきたところだった。夫妻は二人して娘を固く抱き締めた。ベスは少し迷惑そうな顔をしていたが、リンクと目が合うと首を傾げて微笑んだ。リンクも彼女に微笑み返した。

 

リンクはボウが何かを言う前にモイのことを切り出した。だが、イリアが帰ってきた驚きと嬉しさでボウは茫然自失となっており、追放にしたはずのモイが戻ってきたことなど殆ど気にしていないようだった。

 

その日の夜リンクはボウの家で三人で夕食を囲んだ。全ては平穏に戻った。今や旅と冒険と戦闘とに慣れ切ってしまったリンクにはどこか奇妙な感覚だったが、自分はまさにこれのために戦ってきたのだということを思い出した。

 

リンクはその夜ボウの家に泊まり、翌朝早く自分の家に帰った。主不在のまま長期間放置しておいたら荒れ果ててしまうからだ。リンクは以前鎧武者との戦いで負った負傷の治療期間に途中までやりかかった掃除と片付けを再開した。

 

全ての汚れを洗い落とし、壊れた家具を修繕し終わったくらいの頃合いで、家の外から聞き覚えのある声がした。

 

「おおおい、リンク!いるのかい?」

 

窓から顔を出すと、ファドが家の前に立っていた。

 

「ファド、久し振りだね。元気かい?」

 

リンクは手を振って挨拶した。

 

「ああ、俺は元気だよ。だけど山羊の連中が‥‥」

 

ファドが答える。リンクは全てを了解した。

 

「待っててくれ。今降りるから」

 

リンクはロフトの梯子を滑り降りると一階に降り立ち外に出た。家の脇の木陰で休んでいたエポナの手綱を引くとファドに声をかけた。

 

「お待たせ。行こう」

 

天気は快晴だった。またトアル村での日常がこれから始まるのだ。

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