「会わせたい奴がいる。あの塔までちょっと付き合ってもらうぞ」
茫然自失としていたリンクは妖精が指で指し示しながら言ったので我に返った。目の前には人が上を行き来できる百メートルほどの城壁が伸びており、それが平らな屋根の見張り塔の頂上を介してもう一層の城壁につながっている。その城壁が切れるところの右側に、巨大な青い屋根を持つ構造物がありその中央あたりにひときわ高く尖った尖塔があった。
会わせたい?誰だろう?まさかこのひねくれた妖精がイリアやコリンに今すぐ会わせてくれるとも思えない。だがともかく、彼はもうこの妖精の力を借りなければこの状況からの脱出は不可能だということが良く分かっていた。ならやることは一つしかない。リンクは歩哨台から飛び出した。今の彼の獣の体なら十メートルくらい下に飛び降りるのはわけもないことだった。城壁の上を走るとその終端にはまたあの白い炎が浮かんでいる。リンクが近づいて立ち止まると、目が慣れてきたので、甲冑を着て槍を持った兵士だとすぐわかった。だがその兵士もまた今まで出会った者たちと同様、完全に意気を挫かれ、ただ茫然と立ち尽くしているのが見てとれた。リンクがさらに近づいて耳を澄ますと、男がガタガタと歯を鳴らしながらつぶやくのが聞こえた。
「くそ.......いったい何なんだあの化け物みたいな鳥は?」
リンクは兵士が見る方向に目をやった。今いる場所から、頂点の平らな見張り塔を介してつながっているもう一層の城壁の手すりの上に黒い塊が見える。目を凝らすと確かに鳥のようにも見えたが、その姿はあまりにも異様だった。その大きさがそもそもあり得ないほど大きくて馬ほどもあり、また全てが真っ黒だったうえ、その頭部がまるでラッパのような形をしている。こんな生き物は全く見たこともない。
「会わせたいのはこいつじゃないんだ。さ、尖塔まで頑張って行ってみようか」
妖精が言う。リンクはもう一層の城壁への接続部分にあたる見張り塔に近づいた。城壁の上部からは三メートルほどの高さの差があり、やや高すぎて飛び移れそうにない。だが近くに大きな木箱がある。リンクはあまりにも立て続けに妖精に頼み事をするのも嫌だったので頭でその木箱を押し、その上によじ登って目的地に飛び移った。そこからもう一層の城壁に飛び降りる。進んでいくとあの奇妙な鳥がうずくまっている場所に近づくことになるが仕方ない。リンクはやや忍び足に歩調を落とした。だがそのとたん、錆びたラッパのような鳴き声を上げてその怪鳥が飛び立ったかと思うと、両足の鉤爪を開いてリンクのほうに襲い掛かってきた。
「見つかったぞ!走れ走れ!」
大して慌ててもいない口調で妖精が言った。リンクは走る速度を全速にして城壁の端に突進した。途中で壁が切れている部分を一息に飛び越える。またラッパのような鳴き声がして、肩越しに後ろを見ると、怪鳥が二羽、三羽と数を増しながらリンクを追いかけてくるのがわかった。リンクはさらに速度を上げると城壁の終端に設けられた木の足場に到達した。
「よし、もうすぐだ。私に向かって飛んでこい」
妖精は空中をふわりと飛ぶと二十メートルほど離れたところにある建設中の足場の頂点に飛び移る。そこに向かってジャンプした瞬間、さっきまでリンクがいた空間を怪鳥の鋭い爪が引き裂いた。リンクが妖精の後を追ってさらにもう一度ジャンプすると、巨大な青屋根の上に降り立った。屋根の上にも下水施設で見たのと同じような骸骨が転がっている。リンクが目を上げると尖塔まではあと五十メートルほどだったが、その麓の屋根の上にもあの怪鳥がいた。リンクはダッシュした。おそらく気づかれないように通り過ぎる手は通用しない。だとしたら強行突破だ。
リンクは屋根を斜めに走り登って尖塔に続く尾根部分に達した。そこから怪鳥に向かって真っすぐ突進する。その怪鳥はまた例の恐ろしいラッパ音を鳴らして飛び上がった。尖塔の根元にある歩哨の見張り窓はすぐ目の前だ。リンクは勢いをつけて飛びついたが、やや高い。辛うじて前足を引っかけたリンクはそのまま這い登ろうとした。だがその瞬間、背中に鋭い痛みを感じ彼は引き剝がされるようにして青屋根の上に墜落した。素早く立ち上がると、四羽もの怪鳥がバサバサと大きな羽音をたてて迫って来ているのが見えた。リンクは唸り声をあげその一羽に飛び掛かった。首を横にねじって牙を思い切りその腹に突き立てると、そいつはまたラッパのような鳴き声を立て屋根の上に墜落した。だがまだ死んでおらず立ち上がる。それと同時に他の三羽がリンクに爪を立てようと次々に襲い掛かってきた。
「そいつらに構うな!早くしろ!」
妖精の声が聞こえた。一羽の爪が目の前に迫ったときリンクは反射的に頭を下げて躱した。彼はその瞬間体を一回転させ、自分の顎と後ろ脚を怪鳥たちに叩きつけた。怪鳥たちはやや体勢を崩され攻撃の手を緩めた。彼らが態勢を整えようと羽ばたいている隙にリンクは歩哨台の上に登り尖塔内部に滑り込んだ。
怪鳥どもは塔の内部にまでは追ってこなかった。リンクが見張り窓から飛び降りるとそこは螺旋階段だった。先ほど登ってきたものとは異なり、人がひとりふたり並んで通れるほどの狭いものだったが、破損はしていない。リンクが階段を上るとほどなくして両開きの扉で行きどまった。片方はわずかに開いている。リンクはそうっとその開いた扉から顔を突っ込んでみた。
そこは薄暗くガランとした部屋だったが、内装や床の状態を見ると、今までリンクが通ってきた地下牢や下水施設とは雲泥の差と言っていいほどよく整備され清潔だった。それどころか、凝った文様の格子が嵌った背の高い窓際には高価そうな椅子まで置いてある。リンクは久しぶりにまともな人間が過ごした形跡のある場所というものを見てややほっとした。だが、窓際に人影を見て、彼は再び警戒心を強めた。背はそれほど高くない。向こうを向いているので顔は見えなかったが、足元まである長いケープを身に着け頭にはフードを被っている。
リンクが唸るのを見て妖精が笑う。すると人影はこの狼と妖精の組み合わせという珍妙な来客に気づいたらしく、こちらに振り返った。リンクがその顔を見上げると、フードに一部隠されてはいたが女性だと分かった。まだ若く、年のころは二十を過ぎてしばらくだろうか。しかしその若さに似合わないほどの老成された気品が感じられる。
「ミドナ.........?」
その人物は尋ねた。それが妖精の名前なのだろうか。しかし、リンクの狼の姿を見ても少しも驚いた様子を見せない。しかも彼の毛皮には泥と汚物がこびりついて酷い悪臭を放っているはずなのに眉ひとつしかめることもない。それが不思議だったが、いずれにせよ危険はないと判断したリンクは相手に近づいた。これが妖精が「会わせたい」と言っていた人物なのだろう。
「ふん、覚えててくれたんだね」
妖精は答えた。二人は前に会ったことがある様子だ。
「この方があなたの探していた......?」
女性はリンクを見やった。だがその目には、通常人間が危険な野獣を見るときに浮かべる恐怖の色や侮蔑の色は見当たらない。人間と接するときと全く同じようなその様子にリンクはますます不思議を覚えた。
「思ってたのとちょっと違うけど、まあそんなとこかな」
ミドナと呼ばれた妖精が言うと、女性は近づいてきてリンクの前に体をかがめ膝をついた。リンクは直観的に、この女性は彼が人間から姿を変えられたということに気づいていると感じた。
「あなたが捕らえられていたのですね」
彼女はそう独りごちてしばらく下を向いて黙っていたが、やがて言った。
「ごめんなさい」
なぜ謝るのだろう?怪訝を覚えたリンクの背中で妖精が陽気な調子で引き取る。
「こいつ何がどうなったのかまるで分ってないみたいだからさ、教えてやってくれる?あんたのしでかしたことを」
しでかした?何か大罪を犯したのだろうか?だが女性のいで立ちや振る舞いからとてもそんなことができそうな人物には見えない。
「さ、話してきかせてやってくれ、黄昏の姫さんよ」
妖精が続けて促す。謎の女性はしばらく黙っていたが、やがてリンクの顔をまっすぐ見つめて話し始めた。
彼女の語るところはこうであった。ここは古くから神の力が宿ると言われたハイラル王国の中心地ハイラル城である。しかし既にリンクも見てきたとおり、ハイラル王国は黄昏の黒雲が覆う影の領域となってしまった。
その異変はついひと月ほど前に始まった。まず、ハイリア湖に流れ込むゾーラ川の水流が急激に減少し、湖はみるみるうちに小さくなっていった。次にエルディンやラトアーヌ地方から以前は溢れんばかりに城下町に持ち込まれていた物資が途絶していった。報を受けた王城により結成され各地に派遣された調査隊は、ハイラル平原の各所で魔物の活動が前例がないほど活発化していることを突き止めた。商人たちはその影響で交易を断念せざるを得なかったのだ。これら魔物の跳梁跋扈は遠く北部ゾーラ族の支配地域にまで及んでいた。さらに、いくつかの主要交易路を塞ぐようにして一夜にして巨大な門が建造され、馬車を用いた通行が不可能になったことも決定的であった。
これらの現象が短期間に次々と発生し、王城が対策会議で大わらわであったまさにそのとき、その者たちは突然出現した。文字通り「突然」である。通常、戦が起こる場合は使者が訪れ宣戦布告を行うか、それに加えて戦争回避の交換条件としての要求事項を申し述べるものである。そうでなくとも国境に多数の兵が終結すればおのずとそれが広く知れ渡ることになり、それを迎え撃つ側にもまた兵力を整える時間を与えることになるのが普通である。
ところが、その者たちはなんの前触れもなく城下町の前の平原に出現したのである。それは、恐ろしく背の高い真っ黒な悪鬼たちからなる軍勢であった。最初の何匹かが城下町に侵入した後でその跳ね橋は引き上げられたが、それは無駄であった。巨大な悪鬼たちは難なく堀を越えて次々と雪崩込み、大砲の準備を整える暇さえなく王城の大扉は押し破られた。警護の兵士たちは成すすべもなく薙ぎ倒された。城は本来侵攻を防ぐための何重もの防御策が施されていたがそれらは全て無効化された。悪鬼の軍勢が城の最奥部の王の間に侵入すると、絶望に震える兵士たちは最後の気力を振り絞って立ち向かった。だがそれも無駄であった。全員が悪鬼の一撃で吹き飛ばされ、それでも立ち上がる者は悪鬼の巨大な手で縊り殺された。そうして、もはや勝敗は決したと思われたその瞬間に「影の世界を支配する王」を名乗る男が悪鬼どもの列の真ん中を通って進み出たのである。
その男は降伏か死かを選ぶよう求めた。これほど無慈悲かつ野蛮な戦さの仕掛けかたはハイラルの歴史でも聞いたことがないほどであった。だが、その男は確かに言ったというのだ。「ハイラル全土の生か死かを選べ」と。
王城がその侵略の前に屈することでハイラル国そのものがその男の支配下に落ち、たちまちあの黒雲が国を覆った。その黒雲の中では人々は白い炎のような魂の姿になり、また常にあの黒い悪鬼に怯えながら生きるほかはなくなってしまった。
ここまで話してから女性は一度口を閉ざし、窓のほうを向いた。リンクがじっと待っていると、彼女はやがて彼のほうを向いて名乗った。
「私はこの国の王女、ゼルダです。この私が降伏を決めました」
彼女はそう言うと被っていたフードを下した。リンクは思わず息を呑んだ。その女性の顔は想像したこともないほど美しい顔というほかなく、どのような名画家、名彫刻家もその美しさのほんの一部を再現することもかなわないだろうと思われた。しかし同時に、その両の目には、リンクが見たこともないほどの深い悲しみと苦悶の色が浮かんでいた。
「そんな悲しい顔しなくてもいいじゃない、光の領域が影の領域になっただけのことだろ?そのほうが私らには住みやすいしね」
ミドナがあい変わらず気軽な調子で言う。
「ミドナ、影の者たちはあなたを捕えようと探し回っています。なぜです?」
ゼルダ姫は尋ねた。ミドナはリンクの背中から浮き上がると思わせぶりな調子で肩をすくめた。
「さあねえ?なんでだろう?」
ミドナがそれ以上答えずにいると、ゼルダ姫はリンクのほうを向いて言った。
「もうすぐ見張りの者が来る頃です。そろそろ行かないと見つかってしまいます」
それとほぼ同時に、外の螺旋階段の下のほうから足音が聞こえてきた。まだ距離はありそうだが、グズグスしていたら鉢合わせしてしまう。
「早く逃げて」
鋭い声でゼルダ姫が囁く。ミドナが再びリンクの背中に乗る。リンクは入ってきた扉から静かに外に滑り出た。螺旋階段を少し下ると、ミドナが突然リンクの頭を抑えて止まるよう指示した。自らもリンクの背の上で低く伏せる。見ると螺旋階段の向こうからランプの灯りが上がってくるのが見える。下から聞こえてくる足音は石の壁への反響が原因で遠くにあるように聞こえていただけで、実際にはすぐ近くまで来ていたらしい。
ミドナは壁の上方にある窓を見つけると、そこまで浮かんでいきリンクに手振りで飛ぶよう促した。リンクがそこに飛び移り窓から静かに外に出たときにはもう見張りはすぐそこまで来ていた。
窓から外に出ると、そこは入って来たところからは反対側のようだった。広大な青屋根があるのは同じだったがあの怪鳥は見当たらない。だが、外ではいつしか雨が降り始めていた。リンクが青屋根に降りると妖精はその背中から離れしばらく踊るように浮遊していたがやがてリンクの前に降り立った。
「さ、ここがどこで一体何が起こったかようやくわかったろ?」
リンクはゼルダ姫が話したことを思い返した。大いなるハイラル城が一夜にして陥落するなどあり得るのだろうか?しかし今現に目の前にあるのはその結果としか思えない惨状だった。兵士たちは逃げ、城は魔物がうろつき、王女は幽閉されている。リンクはモイが言ったことを思い出した。運が良ければゼルダ姫に会える、と。確かに会うことはできた。確かに彼女は想像もしなかったほどの美しさだったが、それと同時に想像もできないほどの悲しみと苦しみを両肩に背負っていることが見て取れた。その瞳に浮かぶあまりの悲しみの色に、リンクはその重荷を軽くしてやる方法はないかとも思ったが、もはや国家に関わる大事を前にして自分などにできることが何かあるとは考えられなかった。
「まあ約束だからな。元いた村に逃がしてやるよ」
ミドナと呼ばれた妖精がそう言うのを聞いてリンクは耳を立てた。
「でもねぇ。本当にこのまま戻ってもいいのかねぇ?」
彼女はまた思わせ振りな調子で呟き、両手を頭の後ろで組むとニヤリと微笑んだ。
「探さないといけないんだよね?大事な友達を」
その瞬間リンクは我が目を疑った。妖精の姿が一瞬コリンに変わったのだ。それは大きさこそ違えどもコリンそのものだった。恐怖に怯えた表情でリンクを見つめている。その口が「助けて」という形に動くのが見えた。するとその姿はイリアに変化した。何かに追い詰められたかのように顔を反らせ背をのけぞらせている。その口は悲鳴をあげるように大きく開いていた。
リンクは驚愕した。なぜこいつがイリアとコリンを知っている?この妖精が幾つかの驚くべき技を持っていることはもう理解できていたが、リンクが探そうとしているこの二人の顔をどうやって知ったのだろう?心が読めるのだろうか?リンクは生まれて初めて底知れない恐怖感を覚えた。
「ま、このミドナさまが手伝ってやってもいいんだけどな」
彼女はまたもとの姿に戻ると腕組みして得意そうに続けた。手伝う?リンクは、もはやこの妖精の手助けは自分がしようとしていることを成功させるには必要不可欠だということを痛いほど理解していた。イリアとコリンは魔物に捕らわれているのだ。彼らを救うには、魔物たちの根城に忍び込み、彼らの鎖を解き、気づかれないよう脱出しなければならない。いかに敏捷な獣の体とはいえ、妖精の魔法の力なしにリンクひとりでそんなことができるとは絶対に思えない。だがリンクにはもう次に続くはずの妖精の言葉が完全に予想できた。
「ただしお前はこれから私の言うことを何でも聞くこと。それが約束できるんならって条件だがな」
リンクにとってはこれほどしたくない約束は生まれて初めてだった。しかし、確かにリンクはその約束をしたのだ。だがそのあとしばらくは自分が何をしていたのか覚えていなかった。あまりの嫌悪感にその約束をさせられた時の記憶が薄れたのだろうか?どれくらい経ったのかはわからないが、リンクは自分がいつの間にかトアルの森の泉に立っていることに気づいた。
「あ、そうそう。言い忘れてた。お前のその姿は影の領域から抜け出しても元には戻らないからな」
妖精の声が聞こえたが姿は見えなかった。
「それはなぜでしょう?それじゃまた、ごきげんよう!」
リンクには妖精の言葉を聞いている余力はなかった。彼はガックリと首を伏せるとなかば泉に体を沈めるように身体を横たえた。見慣れた泉の風景に彼は心からほっとした。異常なほどの疲労感を覚えリンクは一瞬意識を失った。
だが彼はすぐ意識を取り戻した。リンクの心は本能的に村に向かっていた。自分がもはもとの姿とは似ても似つかない野獣と成り果てていて、村人たちからは決して受け入れられないであろうということはよくわかっていた。だがそれでも、イリアとコリンを探しに行く前に、一度は村の風景を見て、その空気を吸いたかった。
リンクがふらふらと泉の出口から出ようとすると、途端にあの妖精の声が聞こえた。
「おいちょっと、どこに行くつもりだ?」
妖精の意地の悪い含み笑いが聞こえると同時に、その姿が半透明の状態で目の前に浮かび上がった。
「私がいなくなったと思ったのか?ああ、言っておくけどひとりで探しに行ったって無駄だからな。あの橋の向こうは影の領域さ」
ミドナはフィローネのほうを指さした。
「あそこに出入りするには私のような影の者の助けがなければ無理だ。だからお前は私の言うことを聞く以外にないのさ。ま、あとはお前の態度次第かな。口先じゃなく誠心誠意でやってもらわないといけないがな」
リンクは猛烈に嫌な予感がした。今度は何をやらせようというのだろう?
「今私は自分に似合う剣と盾が欲しいんだ。言ってる意味はわかるな?」
耳にした言葉を信じられず、リンクは一瞬口をあんぐり開けてしまった。なぜこいつが剣と盾のことまで知っている?
「お前の村では今年剣と盾を城に持っていく予定だったんだろ?ま、私も色々と知ってるんでね。しらばっくれても仕方ないのはお前にもわかるな?」
こいつは本当は悪魔なんじゃないか、とリンクは思った。人の心のなか全てを読み取り操る能力があるとは、もはやただの妖精とは思われなかった。
「そうこうしてるうちに影の領域はどんどん広がっちゃうんだけどなぁ。急いだほうがいいんじゃない?」
剣と盾を村から持ってくる。これは盗み出すという意味だということは説明されなくてもリンクには理解できた。だが、自分が愛してやまなかったあの村から盗みをするのか。しかも、養父のボウが自分を信頼して預けようとしてくれた献上品の剣と盾を盗めというのだ。
リンクは愕然とし、次いで激しい絶望に襲われた。そんなことをすれば、例え狼の姿から元に戻ることができたとしても自分はもう二度と村の皆に顔向けできなくなるだろう。だが、そうしなければイリアとコリンを取り戻すことは不可能だ。
リンクは自分を呪った。自分の運命を呪い、自分が生まれたこと自体を呪った。出来ればあの邪悪な妖精を噛み殺してやりたいと思ったが彼女はもう姿を消していた。狼のリンクは唸り、吠え、悶え狂った。
ひとしきり荒れ狂ったあと、しかし彼の心には諦念を伴った不思議な静けさが訪れてきた。荒い呼吸を鎮めながら彼は考えた。
たとえ自分が盗人に身を落とし二度と村に帰れなくなっても、イリアとコリンさえ無事に返すことさえ出来ればいい。あの妖精の力を借りることによってたとえ自分が魔物と成り果てても、あの二人さえ救えればいい。そうすることができた暁には、自分は二度と村には戻らず野の獣となろう。そして村での思い出を胸に抱きながら一生をさすらおう。リンクにその覚悟が湧いたとき、彼の身体の中には狂暴な狼の力が漲ってくるのが感じられた。
既に日は暮れ、周囲は暗闇に覆われている。リンクは顔を上げると、泉の脇の小道をトアル村に向けて走り始めた。