「…ほぅ?」
自分の意思と同じように他人の掌が頬に当たる。頬に当たる掌の感覚も当然の様に共有している。反射的に動かした腕の一振りで空に溶けて消える呪霊そっちのけで、四つの瞳はぐりぐりと周囲を見渡す。
目線が低い。左手を握り、開き。無造作に近くの建物の角を砕くつもりで握れば掌の中で砂となった。
随分と地力のある受肉体だな。生前の異形の俺に匹敵する────。
距離を取って此方を警戒している者にも意識を向けず。屋上から周囲を見渡す。
「群れたものだな。肥え過ぎた蛆の様な匂いもするが…まぁ良い。千年ぶりだ、そこらで祝杯と行こう。」
洗練されたか、退化したか。人に関しては幅が広がった様に感じるがこの時代の料理はどうだ。
未知を愉しむのも一興。喚き何やら印を結ぶ下郎の手首を指先ひとつ動かすことで切り落とす。掌印無き詠唱。成立するはずもなく無意味として立ち去ろうとしたが脚が動かない。
「俺を受け止めることの出来る器…では無く抑え込み、閉じ込める檻か。自我を保てているのは褒めてやる、小僧」
《人の体で何やってんだ!》
「騒ぐ羽虫を黙らせただけに過ぎんと言うのに。酒だ。酒とツマミを食えば身体を返してやらんこともない。これ以上不快な声を頭の中で響かせれば、目の前のコレがどうなろうと知らんぞ?」
宿儺の目線の先にあるのは切り落とされた手首から先。滑らかすぎる断面は今すぐ冷却し、腕の良い医者に持っていけばすぐ治る。そんなものだが…其の儘にしておけば手遅れになる程度には不衛生な血の海の発生源。
誰も動けない状況に、第三者が舞い降りた。
「これ、どういう状況?」
「五条先生!」
「ほう、甘い香りだな。それだ、それを寄越せ。今日はそれで手打ちにしてやる。」
「恵、被害は?」
「学校に指目当てで集まってきていた呪霊の親玉は此奴が祓いました。校舎の一部欠損と俺の手は…宿儺です。ですが、それ以上は何も。」
「害を向けて来たら対処をするのは当然であろうが。…それで?酒とツマミか、ソレ。どちらでも良いぞ?早くしろ。俺は今機嫌が良い」
両面宿儺は呪いの王。禍々しい印象を受けるには些か言動が言い伝えと乖離する。そう五条悟は六眼で見ながら結論付けた。
「話しが見えていないしコレ僕が新幹線帰りに僕が食べるモノだったんだけどな〜」
五条が包み紙を破り「生クリーム大福」8個の内一つを投げ渡す。
「……ふむ、知らぬ味だ。だが良い。良いものを食べた。小僧、美味いものを食う時は呼べ。今の所はそれで大人しくしてやろう」
ペロリと一個食べ終えれば満足した様な表情。虎杖の身体に浮かんでいた刺青が薄くなって消えて行く。
両面宿儺。檻の中で尚その受肉は完了した。
56回。それは虎杖悠仁が両面宿儺の生得領域内でリハビリがてらにバラされ臓物を腑分けされた回数である。現実の肉体に何ら効果を及ぼすことは無いが、精神はその限りでは無い。
魚に例えるならば活け締めすること無く皮を剥かれ身を剥がされ、生きて行く為の最低限の臓器だけ残して活け造りとする様なもの。暴れ回る身体を目の前に実体を持たぬ宿儺の術式が虎杖悠仁の肉と骨を丁寧に分離させて行く。
普通ならば絶命する工程。されど呪いの王にして食のスペシャリストは違う。頭を切り開き脳の一部を切断、歪に反転術式で治すことにより意識を残した儘気絶することも出来ずに解体する技術を確立していた。
本当に美味い肉を喰らいたければストレスを与えることは無いがコレは別。器の強度と、両面宿儺自身が意識を乗っ取った際に出来ることの確認である。
「随分と良い身体だなぁ小僧。その癖にお粗末な脳ミソだな?」
虎杖悠仁が目覚めるまで、この生き地獄は続く。されど、宿儺にとってはただのリハビリと暇潰し。
「ケヒッ、良いぞ。抗ってみせろ。女の柔い肉も良いが丁寧に筋を処理した男の肉も良い。小僧の肉ももう少し呪力に熟れさせたならばまずまず美味いかもしれんなぁ?」