いつもと変わらぬ朝。
いつもと変わらぬ習慣。
それが突如壊された時、人は何を思うのか。
「おはようマスター!」
小さな人影がココア片手に厚い本とにらめっこする少年の肩に跳び乗る。
「おはよう。オルン新品のクレイドルはどうだった?」
オルンと呼ばれた小さな人影、彼女は『神姫』と呼ばれる全高15cm程の美少女小型ロボット。数ある種類の中で2041年にFRONT LINE社が剣士型神姫として商品化したブロンドヘアでサファイアアイの白い神姫。素体だけでも十分に戦える戦闘性能を持ち、正義感と真面目な基本性格設定が人気なその名を『オールベルン』。尚、他にカラーバリエーションが存在し、オルンのように白いオールベルンのタイプを正式名では『オールベルンパール』と言う。
「とっても気持ちよかったよマスター。でも、私寝坊しちゃって・・・」
「あらら。でもオルンは可愛いから許してあげる」
「そ、そんな、私が可愛いなんて・・・」
小さな彼女の頬が仄かに赤らむ。とてつもなく人に近い、いや最早人のように表情を変え、マスターと言葉交わす。
「それよりも!マスター、また朝御飯抜いた?駄目だってば」
「朝はお腹減らないんだよなぁ」
「駄目っ。マスターはそう言う所がだらしないの」
「分かった分かった。そうふくれるオルンも好きだよぉ」
肩のオルンを両手で優しく持ち上げて頬擦りするマスターに小声で「私も大好き」と呟いて密かに顔を真っ赤に紅潮させたオルンが、ふと思い出した。
「マスター!バイトに遅れちゃう!」
◇
「さて。お片付け開始」
朝からバイトへと向かったマスターに代わり、部屋を片付け始めたオルン。いつも作業しやすい飛行型リアパーツ『ナイトスター・W』を装着して張り切っている。
元々オールベルン、その姉妹機のジールベルンは剣士型ということだけあって、近接戦闘に特化しており、ポテンシャルもかなり高い為、装甲は腰回りのスカートアーマーや胸部のアーマー、ヘッドギアと手足にアクセサリ程度の動き易さを高めた故に低防御力だ。しかも飛べる相手は苦手な事からFRONT LINE社が両ベルン用に飛行型リアパーツを開発。それがナイトスター・Wとナイトスター・Bだ。背部に装着するそれは名前とは違い、縦楕円形のアンロックスラスタ。ユニットの側面全てが噴射口となっていて、空中での多方向移動が可能だが、直立状態での単純な前進と後進が苦手な面も持つ。だが家事をこなすときにくらいしか使わないオルンにはちょうどいい。
「先ずは机の上から」
マスターの機械工学関係の本や資料で散らかった机をせっせと片付ける。人間にとって難なく持ち上げる軽い本も、彼女ら神姫にとってはとても大きな石板のようなものだ。ただ、それもマスターの喜ぶ顔の為、マスターの為ならと彼女たちは頑張って持ち上げて見せる。
「おも・・・たい」
だがやはり辞典のような本はやはり小さな彼女には持ち上げるのに無理があった。やむなく諦めてその本の上に座る。
「ふぅ。テレビでも見て一休みしようかしら」
ソファの上に転がってるリモコン目掛けて跳躍。華麗な回転も加えつつリモコンの電源ボタンに着地。テレビでは神姫のバトルについての解説や最新武装の紹介などしている。ふと、自分と同型機であるオールベルンがアーンヴァルMk.2と激しい戦いを繰り広げるシーンが目に入る。
相手のアーンヴァルMk.2はアルテミスと呼ばれる、幾度の大会の優勝神姫だ。神姫だけのスペックで言ったらオールベルンが圧勝する。しかし、マスターとの連係と絆、経験がこのように素体スペックを乗り越える事もあるのだ。
「このオールベルン・・・羨ましいな・・・」
オルンは『収納状態』であった武装『ラミマ=クリミナル』を『展開』。オールベルンの唯一の専用武器の長剣であるラミマ=クリミナルはビーム系統の武器で普段は柄のみの状態で、オルンはそれを横一文字に振ってビーム刃を出す。そしてテレビの動きにあわせてラミマ=クリミナルを振る。
『では次のコーナーです』
「あ・・・」
画面が切り替わって武装の紹介コーナーへ。その瞬間にオルンは思わず声を漏らした。力が抜けたようにラミマ=クリミナルを下ろしたオルンが悲しげに呟いた。
「どうしてマスターはバトルが嫌なんだろ・・・バトルしたいよ、マスター・・・」
オルンのマスターは神姫バトルが好きではない。それこそオルンはマスターと暮らしはじめて2年間、1度も神姫バトルをしたことがない。マスターが作ったバーチャルバトルシュミレーターで多様な擬似戦闘経験を積んでいる為、大会に出ても恥じない実力を持っているが。近所の神姫達からは大会に出てみるべきだと声を揃える。
「はぁ・・・」
「おーい。おーいオルンー」
「ん?あ、シャラン。待ってね今開けるわ」
カラカラとベランダの窓を開けると紗羅檀、AVANT PHYSIQUE社のヴァイオリン型神姫であるシャランがヂェリカン片手にニコニコ立っていた。
「こんにちはーオルン。今日もマスターはバイト?」
「えぇ」
「あ、そーだ。メロン味のヂェリカン持ってきたのー。一緒にどーお?」
のほほんとした喋りと雰囲気が何となくミスマッチな彼女は実際、かなりボケてる。
「いいけど、先に片付けを手伝ってもらえないかしら?」
「はーい。じゃああの机の資料をどかすねー」
ヒョイと跳躍して机の上に乗った瞬間に大量の資料と共に床に帰ってくるシュラン。
「きゅぅぅ・・・」
「何してるのシュラン・・・ん?」
資料の中から数枚ピンセットで止められた束が出てきた。妙に気になったオルンがペラペラと捲って見る。
「なに、これ・・・」
資料の写真には、爆発の事故現場とみられるものや、爆散した神姫とおもしきものの写真、黒焦げた車とその運転手の死体・・・『2039年 CC事件資料』と付箋が貼られている。
「CC事件?あー、この人知ってるー。有名な刑事さんだよー。えーと名前は・・・」
「神宮司八郎・・・この写真は当時のね。でもどうしてマスターがこの事件の資料を?」
CC事件。それは4年前に起きた神姫悪用事件。Cry Corporationという大手の神姫製造会社が起こした事件で、当時その会社が開発していた神姫に小型の自爆装置を内蔵、更には対象人物攻撃プログラムも入れ、暗殺や破壊工作用として外国に売り出そうとしていた。その試運転として他会社の重役や警備が強力な政府の人間を狙っては殺害させ、改良を加えていった。更にその会社は神姫の戦闘性能向上させ、作戦遂行確率を更に上げる目的で大会も開いた。勿論数多くの強豪達が参加し、知らず知らずの内にその会社に戦闘データを提供していたのだ。ところがすぐに怪しいと気付いたのが竹姫葉月と神宮寺八郎だ。彼女らは他にも信頼できる者と協力して悪事を暴いたと資料に書いてあり、首謀者であり会社の社長は彼自身の神姫に殺され、その神姫も自爆した。
「え・・・この写真、マスター・・・?」
最後の資料に神宮司八郎と竹姫葉月と写る少年の姿があった。そしてその3人の前に並ぶ3体のアーンヴァルMk.2。
「ほんとだーオルンのマスターだねー。それと彼の神姫ねー。つまりオルンのマスターは事件解決に協力して、尚且つかなり強かったってことねー」
「マスター・・・どういう事なの・・・」
オルンはその写真の、マスターの神姫と思われるアーンヴァルMk.2の顔を記録した。