自分に力があったなら。
目の前の人を助けられたら。
無力だった少年は今も脳裏に焼き付いた景色に憤りを覚える。
「ただいまー。オルンもう寝たのか?」
時計の針がもうじき23時を過ぎようとした頃、バイトを終えたマスターが靴下を脱ぎ捨てながらリビングへと向かう。綺麗に片付いた部屋の一点、散らかった資料等がそのままにされた机の上に静かに佇むオルンがライトをつける。
「おかえりなさいマスター」
「ただいま。どうしたんだよそんな所で」
マスターのその質問に、やや躊躇しながらもオルンも問う。
「マスター・・・『CC事件』の事、教えて頂けませんか?」
急に丁寧口調になったオルンを凝視。そしてオルンが指差す資料の束を見やったマスターは全てを悟り、椅子に腰掛けてオルンと目線を同じにする。
「・・・オルン。どうして僕が神姫バトルを嫌うか知ってる?」
「いいえ」
「・・・自分で言うのも変なんだけど、4年前の僕はかなり強かったんだ。大会に出れば上位入賞はほぼ確実。負けることはあったけど、強豪マスターで知られていたんだ」
今から4年前。その事件が起きたその時、まだオルンという存在はこの世に存在していなかった頃。
◇
『ようこそお集まりのマスターの皆様。私がこのCry Corporation社長、響 恭助です』
4年前。CC本社のバトルホールに集まった強豪マスター達にCC社長が深く頭を下げる。集まったのは大体30人強。一筋縄ではいかない者ばかりだ。
『今日お集まりになられた皆様は腕に覚えのある方ばかり・・・大会を主催するわたくしもとても興奮してきました。さて、皆様が気になりますでしょう、優勝賞品の発表と参りましょう!』
社長を踵を返すと天井から空中投影機が伸び、社長の顔がデカデカと映し出される。
『今大会の優勝賞品はこちらです!』
再び画面が切り替わったかと思うと、映ったのは神姫、ではなくフルスキンのアーマー。真っ白な、眩しい程に純白なそれは神姫の全身をすっぽり覆い、攻防値上昇、反射速度や情報処理を補佐する物らしい。多くの者がヒソヒソと話だし、様々な性能予想を話し合っている。
『皆様。これだけでは満足しないでしょう。これからわたくしの神姫自ら装着して披露させて頂きます。ジーク』
掛け声と共に最近見掛けるようになった新しい神姫が登場。
『ジークです。宜しくお願い致します』
丁寧にお辞儀をした神姫、CC社が3ヶ月前から販売し始めた新型。正式名を、ジュラミン。どういう型なのかは発表されておらず、かつてCC社社長の祖父が超々ジュラルミンを製造する会社であり、大戦中にあの零戦の製造に携わった事から、それを象徴する神姫を作ったらしい。故に、彼女の名前も零戦のコードネーム『ZEKE』から。全体的に黒い神姫で、髪もショート。基本性格設定は超真面目で感情をあまり表に出さない。若干忍者型フブキに似てるからか、神姫が出始めた頃に20歳前後だった人が買い求めるのが多い。
「・・・妙だな」
「どうしたんですか?マスター」
頭上のモニターを見上げる神姫マスター達の中、双眼鏡で前のジークを直接眺める少年が呟いた。その呟きに反応した彼の神姫、アーンヴァルMk.2がマスターの耳たぶを引っ張る。
「ヴァル。おかしいと思わない?どの神姫も型があるんだ。それなのにどうしてあれは無いんだ?」
「合金型神姫。それがあの神姫の型みたいですが、なんでも少々カッコ悪いので発表しないそうです。今調べました」
「・・・気にしすぎたわ」
「「「「おおーー!」」」」
刹那、ホールが沸いた。どうやらジークが件のアーマーをその身に纏い始めたようだ。
神姫が両手を広げると同時に無機質に佇んでいたアーマーがジークを迎い入れるように上下左右と開く。丁度神姫1体分のスペースが出来た所にジークがゆっくりと入ると開いたアーマーが素早く閉じていき、瞬く間にジークの肌を隠していく。動きやすいように細かく関節が施され、アーマーと言うよりはスーツに近い。顔はシンプルなラインアイで耳の部分から後ろにブレードアンテナが伸びている。
『フルスキンタイプのパワードアーマー、『楯無』です。こちらの楯無は存じ上げたように、フルスキンタイプとなっており、現行販売されている神姫すべてに対応しているのでご安心を。ジーク』
最早神姫と言うか特撮やSF映画に出てきそうな見た目のジークが飛行する。背面の小型ノズルから青白い尾を引いてホール内を1周。
「凄い機動力ですねマスター。飛行時も非常に安定してますしジークさんの状態も問題なさそうです」
「これは子供の見解だけど、あのパワードアーマーの小型ノズル、多分イオンスラスタだな。あながちアーマー背部の出っ張りにフューエルカートリッジが内蔵されてるんだろうな」
「あぁっ、マスター惜しいです。イオンスラスタは少量の燃料で長時間使用できるのが大きな特徴なんですが、最大推進力が小さいのがまた難点なんです。だから宇宙空間での使用がメインなんですよ。因みにあの推進機もイオンスラスタですが宇宙運用型とは違うので使用時間を落として推進力を上げた物です」
「ようは神姫用のイオンスラスタね?」
『いかがでしたでしょうか?本アーマーは光学迷彩も搭載されていますが、今は不調のためお見せできません。以上がプレゼンテーションとなります。ありがとうジーク。さて!おまちかねの大会を15分後に開始します。各ブロックの控え室でお待ち下さい』
わらわらとホールから出ていく人混みを避けるように壁に寄り掛かった少年に一人の少女が歩み寄る。
「やぁ。君もアーンヴァルがパートナーなんだね」
「?こ、こんにちは」
「マスター。この方、竹姫葉月さんですよ。今年のF1優勝者ですよ?マスターもF1出たじゃないですか」
「だって僕準々決勝敗退だから・・・」
呆れたヴァルに「戦いに必死で覚えてなかった」と付け足すマスター。すると竹姫の神姫、アルテミスがどこからともなく表れて竹姫の頭に着地した。
「・・・マスター、バトルホール内を調べました。どうやら黒のようです」
アルテミスが小声で竹姫に伝える。
「そう。ありがとうアルテミス。ねぇ、君はこの大会をどう思う?」
「ん?んー、そうですね。最近、自爆神姫の事件が相次いで起きて神姫の安全性や神姫の製造反対が声を強めてきた中で、こんな大きな大会を開くとはわざわざ叩いてくれって言っているようなものではないかと。しかも、あのパワードアーマー・・・飛行時、駆動時の音もほぼ皆無で光学迷彩も持ってるとなると、神姫同士の戦闘目的と言うよりはどこかに潜入、もしくは隠密行動の為に開発された感じがします」
「なるほど。つまりこの会社は少し怪しいと?」
竹姫はマスターを面白そうに見やると踵を返して一言残してホールから出ていった。
「気を付けて。この大会には何か裏がある」
と。
◇
「マスター。いいんですか?彼らにお話を聞かなくても」
「今はまだその時じゃないよアトラ。今おおっぴらに動けば“魚”を取り逃がしてしまうからな。さて、次だ」
◇
「神宮司八郎・・・神姫事件担当の男らしいが、今回は普通に参加しただけか?既に気付いてたとしたら早すぎる・・・」
薄暗い部屋で監視カメラの映像を頻りに見る男が1人の男をズームしていた。そこに映っているのは中年の男。彼のコートの胸ポケットには楽しげに顔をひょっこり覗かせる金髪の神姫。彼は特に周りを気にする様子も無く、ただ神姫と楽しんでいるように見える。
「どちらにせよ、野放しに出来ん男だ。用心しておこう」
男は口角を歪める。
◇
控え室でうとうとと頭が上下するマスターにヴァルが耳元で優しく囁く。
「マスター。起きてください」
「んぁ・・・ぁあ、もう僕の番?」
「いえ、マスター。彼が一言言いたいと・・・」
ヴァルが指差す先には仁王立つ金髪の、いかにもチャラい男が居た。
「テメェが俺の最初の相手か。今のうちに帰る準備でもしてるんだな」
「そうだ。うちのマスターとアタシのスピードについてこられる訳ないからな!」
マスターと同じく挑発してきた彼の神姫。ハイスピードトライク型神姫アーク。これは偏見だが、アークは基本的に外れ者ばかりに好かれている気がする。
「ははは。そちらこそね」
適当に返したマスターに苛立ちを隠さず、チャラ男は舌打ちして立ち去る。
5分後、大会が幕を上げる。