その神姫は迷っていた。
自身の主の凶行に。
己に仕組まれたプロトコルに。
2039年。この年、人々はまだ知らなかった。次の年『神姫ライドシステム』が開発され、神姫とマスターが擬似的に一体となる事を。より熱狂的となる神姫バトルを。
「ヴァル、どうしたんだ?」
ヴァルはマスターの小学校入学祝いでやって来た。因みに、神姫を買おうものならそれ相応の値段を覚悟した方が良い。そんじょそこらの精密機械とは訳が違う。一昔前のお掃除ロボットなんかは4~6万程度だったが、神姫は大体最新のノートパソコンを買おうとする位だ。故に、入学祝いで祖父母がランドセル代わりに買ってあげたり、少年たちが長いこと貯めてきたお年玉を使ったりと、そうホイホイ買うのは無理だ。例外で、会社の募集でテストモニターに応募して選ばれればそのテスト神姫(モニター期間が過ぎて特に大きな問題など無ければ)を貰うことが出来る事も。
「マスター。私バトルの時に毎回思い出すんですよ。マスターと勉強した日々の事を」
「どうしたんだよ急に?」
「まだ小学校に入ったばかりで勉強を頑張ってたマスターを見て、私を勉強を真似てたんですよ。マスターと一緒に漢字を書いたりしましたね」
「あー。懐かしいね。しかもヴァルの方が覚えるの圧倒的に速いからいつも追い越そうと頑張ったよ。そのお陰で、今じゃ勉強大好きの変人野郎だよ」
笑うマスターに頬を紅潮させながらヴァルが呟いた。
「あの、マスター・・・私、マスターが大好きです。でも、私は所詮神姫・・・これからマスターは人間の女性とつ、付き合うでしょうし結婚もして・・・で、でも私、ずっと、ずっとマスターのお側に居たいんです!」
神姫はずるい。可愛い顔してマスターになにかおねだりしたと思えば、こうして告白みたいな事もしてくる。
「ヴァル。なにいってるんだよ。当たり前じゃないか!誰もヴァルを手離すなんて言ってないだろ?ずっと一緒だよ」
「マスター・・・」
『トーナメントB第1回戦の2名はバトルホールBブロックに移動してください』
「お呼びがかかった。行こうかヴァル」
「はいっ。私とマスターなら余裕です!」
1部の神姫マスターの間ではヴァルは『青い閃光』の異名を持っている。その理由は目の前の男とその神姫のアークが知ることとなる。
『Ready...』
バトルステージは砂漠。中央が盛り上がっていて射撃するにはジャンプか曲射砲を使うのが有利に戦える。無論、初期位置から相手を直接神姫アイでは確認出来ないが、ヴァルにはそんなもの関係なかった。
因みにヴァルの武装は『LS9レーザーソード』大型のソード。リアパーツ『トライブースターVi』名前通り、3つのブースターがついた瞬間超加速機。非常に扱い辛いので有名。あとは『ヘッドセンサーユニコーン』等のアーンヴァルMk.2用装備。一目見た印象はロケットを背負ったような感じだ。
「ヴァル。点火準備」
マスターの指示で加速出来るようにレーザーソードを両手で腰に添えて、腰を落とす。ゥゥゥウンとブースターの重低音がホールに響く。
『GO!』
「瞬殺だぁ!」
アークがトライクに変形して砂漠中央の盛り上がりから宙に舞い上がった。刹那、ヴァルの背負うトライブースターViも爆発したように青い火を吹く。そして、いつのまにか宙に舞い上がった筈のアークが砂埃を巻き上げながら落下。沈黙していた。
「は?」
アークのマスターは開いた口が塞がらない様子。バトル開始僅か4秒で決着。空中には、ヴァルが通ったのであろう、真っ直ぐ伸びた青い光がまだ残っている。
これこそ、『青い閃光』の理由、光が瞬くように敵を一瞬で倒し、その後には青い光だけが残っている。
「ふ、ふざけるな!」
激怒した男が沈黙したアークを抱えて出ていく。
「へぇ、凄いねあのアーンヴァル。アルテミスといい勝負するんじゃない?」
「確かにあの速度は私を遥かに上回ってます。ですが、あくまであれは一撃必殺・・・最初さえ避けられれば勝てます」
「なるほどね。じゃあ神姫アイをあれに対応したののにアップデートしておいた方がいいんじゃない?」
竹姫とアルテミスが既にヴァル達と戦う気になっている所に一人の中年男性が声をかけてくる。
「君が竹姫葉月さんだね」
「貴方が神宮司八郎さんですね」
お互いに既に名前で知っただけで会うのは初めて。何から話そうかと神宮司が考えていると、胸ポケットのアトラがひょっこり顔を出して話始めた。
「マスターはこの大会が例の自爆神姫事件と関係があると踏んでます。そこに竹姫さんのタレコミがマスターの耳に届いたので」
「アトラ、声が大きいぞ。まぁ、つまり俺は君に協力を頼みたい」
「そして私は貴方に情報提供もそうだけど、この大会で優勝して更に内部に侵入できる」
「優勝できる自信があるんだな。それなら助かる」
竹姫はまだ子供であるのに堂々とした態度で神宮司と話している。神宮司も子供目線で話すよりもこうして堂々とはなしてもらった方が良い。かつて、初めて神姫と話した時、メイリーを思い出す。
以前、神宮司は神姫を新聞の端でしか見たことないようなアナログ人間であった。ところが、ある事件を担当したことで、彼の人生に大きな変化をもたらした。そして、神姫の命の尊さを痛いほど知った。彼は神姫を救いたい、故に彼は神姫関連の事件をこなしていく。彼に与えられた宿題なのだ。
「それともう1人、勘の鋭いのか相手の手先かはまだ分からないけど、協力してくれそうな人が居るわ」
「ほぉ。今居るか?」
「あそこにね」
竹姫が指差した先には大きな頬に頬擦りするアーンヴァルMk.2とそのマスターが居た。
「『青い閃光』とそのマスター・・・果して吉とでるか凶とでるか・・・」
◇
大会は思っていたよりも早く過ぎていった。
ある神姫は思うように戦えず敗退し、ある神姫は順調に勝ち進む。
「あっという間に準々決勝。の前だね。しかしまぁ、ここまで何も起きてない訳だけど・・・そろそろかな」
「マスター怒られちゃいますよ?」
「大丈夫だって」
己の神姫を宥めて携帯を弄りだす。実はこの会社のダクトにこっそり侵入させた偵察用のラジコンを操作していた。1回戦を終えてすぐに家から持ってきたそれはジャンクショップで入手したもの。本当は学校の教師が生徒の金を盗んでいる映像を隠し撮りする予定で買ったのだが、撮る前にその教師の行為がバレたらしく計画は失敗。解体して神姫用のラジコンにしようとしていた所。
「ほぉら、見てろ・・・ここを曲がれば・・・」
「研究所?いや、何か作ってるのが見えますね」
「・・・ヴァル見て。あれ、自爆神姫と同じだ。しかもCSCが入る場所に小さなスペースだ・・・」
“自爆神姫”、それはここ1ヶ月の間に数件発生した不審な爆発に使用されたとされる神姫だ。もっとも、神姫と言うにはあまりにも無機質で同じに扱うのは難しい。分かりやすく言うなら、何の塗装もされていない人型の模型のような物だ。
「流石マスターです!このまま警察に」
「無理だ。もしかしたらこの行為は違法収集証拠になるかも知れないんだ。僕らは誰の許可も得ないで、尚且つ侵入させて撮ってるからね」
「それ、私達と協力してやらない?」
「っ・・・竹姫さん。協力、ですか?」
唐突に話し掛けられてマスターとヴァルの肩が跳ね上がった。変な汗を滲ませつつ平静を装う。
「竹姫葉月さんは我々警察に協力してくれてるんだ。まぁ、俺自信は直接上の指示で動いてる訳じゃないから外部での協力者が必要な訳だ」
「んしょ。マスターは自爆神姫の事件を任されているんですが、この会社が怪しいと踏んだんですよ」
補うように現れた神宮司。例の通りアトラが胸ポケットから説明。最強、そして警察に協力する同型が揃って、マスターの手首に馬乗りしていたヴァルが興奮。自分と同型が活躍しているのが嬉しいようだ。
「マスターっ、皆とお話ししてきも良いですか?」
「良いよ」
「アトラ、行っておいで」
「アルテミスも良いよ」
「わーい」
ヴァルを先頭にホール内にある、ヂェリカン飲み放題コーナーに駆けて行く。それを見た神宮司はほっとした様子で再び話しを始める。
「アトラはよく無茶をするんだ。俺が普段相手してやれないせいか、仕事についてきたがってな。実際何度も助けられた場面はあったが、とても心配なんだ。今回もな」
「神宮司さんは何で神姫を?」
「前に神姫関連の事件を初めて扱った時に、言い方は変だが、拾った神姫でな・・・さて。話を戻そう」
◇
神宮司はマスターの隠し撮り映像を「俺は法律のスペシャリストでも無いから分からないが、これは使わないでおこう」として処理。神宮司の作戦はこうだ。
1・変に動いて怪しまれない為、取り敢えず優勝を目指す。
2・優勝賞品とは別に渡す物があるらしく、渡される時に内部に入れるチャンスがある。
3・それまでに証拠収集の許可を神宮司が貰う。
4・入れたら、且つ許可を得られたら隠し撮り。盗聴機設置。
5・経過確認。
6・黒だったら証拠提出して捜査令状をとってあとは流れるまま。
以上が神宮司の作戦だ。ただ、アトラは実力はあるが優勝できる程では無い。そこで優勝候補の竹姫葉月、彼女が認めた実力者、ヴァルのマスターが選ばれた訳だ。
「マスター!もう次が私達の番ですよ!」
「すまない、すぐ行く。そう言うことだ子供に関わらせるのは気が進まないが、君達しか居ない。頼んだぞ」
神宮司がアトラに急かされながら対戦相手が待つブロックへ。
「じゃあ決勝で」
竹姫とアルテミスがそう言った。勿論冗談ではなく、本気でだ。
「やったなヴァル!トップランカーから実力を認めて貰えたぞ!」
「はい!こうなったら優勝しましょうマスター!」
「おう!」
それに応えるようにヴァルは決勝までの立ちはだかる相手を秒殺、ホールを沸かせた。一方のアルテミスも踊るように優雅で鋭い戦いで魅せる。残念ながらアトラは先刻のバトルで敗退。捜査の一環と言えど、本気で悔しかったようだ。
「ヴァル、決勝の相手は今までとは桁外れの強さだ。最初で潰すぞ」
「はい!」
竹姫、アルテミスは。
「いい?相手は一撃で勝負を決めてくる。最近に全力を出さないと負ける」
「勿論です。端から手を抜くつもりはありません」
神宮司、アトラは。
「マスター、どちらが勝つと思いますか?」
「そうだな・・・各ブロックの準々決勝者を薙ぎ倒して、残った2人だ。俺には予想もつかない」
「他ブロックでトップになった準々決勝者はどなたも素晴らしい実力者でしたが、それさえ敵にならなかったお2人の存在感で他のバトルが霞んでしまいますね」
そして・・・
「きひひ。素晴らしい戦闘データが集まったぞ・・・秒殺と最強・・・どちらが勝っても完成する!」
其々が闘志と希望、そして野望を胸に、決勝が始まる。