男は強い正義を胸に秘めていた。
だがそれは間違っていたと思い知った。
己の身をもってして。
決勝と言うことで、どの神姫もそのマスターも己の勝ち負けをすっかり忘れて興奮していた。
「「「アルテミス!アルテミス!」」」
バトル開始はまだかと待ちわびる猛者達がアルテミスの名を叫ぶ。
「「「ヴァル!ヴァル!ヴァル!」」」
アルテミスに比べて若干少ないが、負けじと力強いコール。
「はわわ・・・凄いですねマスター」
「あぁ。僕達もここまで、このステージに立つのは初めてだ・・・」
初めての光景に緊張戸惑い、ここまで来れたんだと犇々と実感し始めるヴァルとマスター。すると、落ち着いた様子のアルテミスと竹姫が2人に歩み寄ってきた。
「緊張気味ね。どう?初めての決勝ステージの居心地は」
「これは・・・この緊張感は、癖になりそうですね」
「ふふ。捜査の為に協力している仲とは言え、こんな強敵を前にしたらそんなの忘れてしまいそうです。宜しく、ヴァル」
「は、はいっ。宜しくお願いします」
ヴァルとアルテミスが握手を交わし、踵を返して離れる。
(一撃で終わらせる!)
(その一撃を撃ち破ってみせる)
◇
決勝戦バトルフィールドは『廃墟』大きな廃ビルが建ち並ぶ。ビル内に入る事もでき、巧く利用できれば狙撃にも使える。
「行ってこい!」
「はい!」
ヴァルが廃ビルの1つの屋上に降り立つ。ビジュアライザーでまるでどこまでも続いていくかのような煤けた空を再現。見下ろすと、濃霧がたちこめている。アルテミスも既にフィールドインしたのだろうが、この濃霧では暗視装置を使わない限りは手探り状態となりかねない。
ヴァルは取り敢えず腰を下ろし、トライブースターViの補助アームに接続させていた『LC7レーザーキャノン』を腰に位置させる。立て膝ついた状態で、いつでも霧が晴れても良いようにスタンバイ。
「・・・」
神姫アイを狙撃モードに変更。風向き、湿度温度、着弾予想地点etc...全てが可視化される。元々“キャノン”という名前であって相当大きく取り回しは悪い。撃ち出されるレーザーも高威力でわざわざ狙撃モードにしなくても当たるのだが、相手は最強。手を抜くなど出来る訳がない。
「・・・やっぱり出るわけ無いですよねぇ・・・んしょ」
LC7レーザーキャノンをパージして屋上に放置。まだ晴れる様子のない濃霧に飛び込んだ。
◆
「濃い霧・・・」
濃霧の中で身動きが取れないアルテミスが呟く。下手に動けば此方の動きを察知しかれかねない。晴れるまでここに留まっていようと愛用の『大剣ギュリーノス』を地面に突き立てた時、突然大きな重低音が轟いた。それと共に霧も少しずつ流れが加速していき、瞬く間に視界が広がっていく。
「本当に一撃で終わらせるつもりですね」
アルテミスの視線の先には、トライブースターViから蒼火をふかせるヴァルが居た。
「わざわざ霧を晴らせて頂いてありがとうございます」
「こうでもしないと進まないので!」
突き立てた大剣ギュリーノスを引き抜き、豪快に振り回してから中段の構え。柄を握る手に力が入る。
(流石ここまで秒殺を貫いてきただけの事はありますね・・・あの気迫に負けたらその時点で私は終わる・・・)
「・・・」
「・・・」
数秒の沈黙。そして突然の爆発音。
(速い!)
初めて目の当たりのしたその加速は最早神姫が扱うような物ではないと一瞬で確信した。そもそもヴァルが使うトライブースターViは発売から僅か1ヶ月で製造中止となった“モンスター”その物だ。中止の理由は明白、危険過ぎたのだ。開発段階ではもっと速度は低かった筈だったのだが、製造機に入力した設計データのミスで速度を制限させるリミッターが付いて無いまま販売した。そこで全てが返品される筈を、ヴァルは折角買ってくれたマスターの為と死に物狂いで練習し、マスターも全力で協力した。それで超加速を物にしたが故に秒殺を成し遂げられる。因みにトライブースターViはヴァルが使っているのしかこの世に存在していない。
(だけど距離はまだある!)
コンマ2秒。アルテミスが大剣ギュリーノスを握り直す。
コンマ4秒。ヴァルがアルテミスとの距離を半分まで詰める。
コンマ5秒。再び加速。同時に斬撃ビット『シルバークロウ』を4基射出。
コンマ7秒。加速の運動エネルギーも乗って一足先にアルテミスに到達。神姫の超速演算を駆使して4基中3基を大剣ギュリーノスで防御。1基は左膝間接部を掠めた。それによりアルテミスのバランスが崩れる。
コンマ9秒。ヴァルのLS9レーザーソードがアルテミスの胴を捉えた。
「ゥッ!?」
逆袈裟で持ち上がった体はグングンヴァルから離れてゆき、廃ビルの1つに激突した。灰色の埃を大量に巻き上げながらビル全体に亀裂が走る。
「「「おおおおお!!」」」
ホールが今日一番に盛り上がる。そこには先程2つの応援グループに別れていたのとは違い、ただ目の前のスクリーンに映し出される強者の闘いに熱くなった者達だ。
「はぁ・・・はぁ・・・」
レーザーソードを振り切った状態で肩で呼吸するヴァル。たかが一瞬の超加速でも、使うのに相当な体力を消耗する。故に一撃で終わらせないといけない。
「マス・・・タ・・・私、勝て・・・」
「私のアルテミスはまだ敗けてないわ」
刹那、無防備なヴァルの足元に幾つもの光が現れる。それを見た途端、マスターが叫んだ。
「ヴァル!粒子ブラスターだ!」
「そん・・・!?」
何も出来ず、足元から天に向かって光柱がヴァルを襲う。
『粒子ブラスター』それは『ハンドブラスター』と『ランチャーブラスター』を総称した言葉。直接標的にエネルギー弾が飛んでいくのとは異なり、壁越しに攻撃出来る。更にパターンが2種類あり、ハンドブラスターの場合は幾つかのエネルギー光球がロックオンした標的の周囲に連続で出現することで攻撃する。こちらは連射可能。ランチャーブラスターの方はロックオンした標的の足元から十字を描くように光柱が出現、ガードは難しい。尚、連射は不可で威力は期待できる。
「くぅっ!」
「なかなか・・・効き、ましたよ・・・先程の一撃ッ・・・」
瓦礫の山から大剣ギュリーノスを杖に這い出てきたアルテミス。廃ビルにぶつかる直前にスラスタを逆噴射させて威力を軽減させたようだが、そのせいで背の『シンペタラス』は大破。もう飛行も加速も出来ない。
「ヴァル逃げろ!」
「アルテミス畳み掛けて!」
竹姫の指示でアルテミスが粒子ブラスター(ランチャータイプ)『サラ・ヴァティーヌ』のトリガーを引く。それに合わせてヴァルの足元から光柱が立つ。
(ブースターが!?)
紙一重で回避したかと思ったがトライブースターViの伝達回路が密集した部分が焼かれて誤作動を起こす。すぐさまトライブースターViを切り離して地面に転がると反射的にLS9レーザーソードを真上に突き上げた。
「ん!」
ガキンッと甲高い音が響く。トドメと斬りかかってきたアルテミスが咄嗟の反撃に目を見開き、驚きながらも大剣ギュリーノスの腹で防御。飛行リアパーツを失ったアルテミスは空中での回避は出来ない。ヴァルは力を抜いて落ちてきた所を容赦なく叩き斬る。
「ぃぐッ」
胸部アーマーが斬り裂かれる。
「!」
ヴァルの右肩のネジ穴に違和感。すると力が抜けて掴んでいたLS9レーザーソードを落としてしまう。人間で言うところの脱臼を起こしたのだ。
「嘘だろ!」
「そこ!」
アルテミスが間髪入れず反撃。落としたヴァルのLS9レーザーソードを拾い上げ、両手の大剣でX字に斬り上げる。更に素早く足首を返してその場で綺麗なターン。流れるような動作で凪ぎ払う。
ヴァルも負けじと残る左手で『アルヴォPDW11EXT』を腰から引きずり出す。本来はアルヴォPDW11はハンドガンなのだが、それの後継型であるEXTは射撃に加え、レーザーブレードを出して近接化もはかった物だ。ただ連射性、威力、安定感等の低下はしてる為、牽制程度にしか射撃面では期待できない。普通に撃ちたいならEXTではない方をオススメ。
「まだ、負けません!」
片手では2本の大剣をおさえられない。そこで手首を捻って銃口とレーザーブレードの間に刃を落とさせる。そうすることで銃口がアルテミスへと向かい、至近距離で全弾浴びせようとした。しかしこれは読まれた。捻る直前にアルテミスがLS9レーザーソードを離し、顔に迫る刃を退けようと左手を振り払った。
それが彼女の敗因だった。
「はぁぁあ!」
「きゃあ!」
地面ごと豪快にヴァルを斬り払った。真っ直ぐ廃ビルに衝突して灰色の土煙が巻き上がる。
そして、決着がついた。
◇
「はぁぁ・・・凄いなあの2人は」
「別次元でしたね・・・」
観るのも疲れたといった様子の神宮司とアトラ。めまぐるしく繰り返された攻防にまばたきを忘れていたのか、眼が乾いたように痒くなる。
「マスター。電話です」
僅かな振動に気が付いたアトラが神宮司の襟を引っ張る。
「ん?森永か・・・」
森永とは神宮司の部下の森永穂波のことだ。いつも神宮司に振り回されてばかりで大変な役なのだが、これがまた引き受けた仕事は完璧に且つ迅速にこなせる。それが神宮司の強い信頼を得ているところでもある。同時に神宮司の痛い所を突いたり、無茶を感知するのが速かったりもする。
「ちょっと待ってろ。すぐかけなおす」
◆
「何だって!?」
ホールの外で神宮司は声を張り上げた。それを携帯越しで耳に食らった森永もお返しと声を張る。
『根拠も証拠も無いから無理だって言われたんですよ!』
「マスター、声が大きいです」
アトラに注意されて息を整える。どうやら森永も自分の神姫であるアニーに言われた様子。今度は2人揃って若干小声になった。
「・・・で、何でか分かるか?」
『私だってCC社の事色々調べたんですよ。どうやら過去に1度、社内で傷害事件が起きたようでここの署が捜査に入ったんです。が、事件性が無いといきなり捜査を打ち切られたそうです。気になって署内のデータベースにアクセスしてみたんですが、事件のファイルはおろか、CC社に関係する全てが検索不可でした。噂では研究開発者を攻撃したのは神姫だとも・・・』
「ふむ。つまり揉み消されたと?」
『そうかも知れません』
神宮司は頭を抱えた。捜査の許可がおりなかったのだ。これでは優勝してもらった意味が無い。
「分かった。ありがとう」
『勝手な捜査はくれぐれも“慎重”にやってくださいよ』
もう森永は神宮司が許可がおりなくても勝手にやることは想定済み。だったらその為にと非常口の位置やダクトの配置図等も既にコピーしてとって神宮司のパソコンに送信してある。もう少し前は頑固でこんなことはしなかったが、ここ最近にそれだけでは多くの事件の解決が出来ないと思い知らされたからか、柔軟になってきたようだ。
「流石森永さんですね」
「あぁ」
携帯をしまった神宮司がコートのポケットに深く手を突っ込んで参ったと呟く。だが今更引き返す訳にも行かない。取り敢えず神宮司はホールの中に戻っていった。
◇
『皆様!非常に白熱したバトルをありがとうございました!これより優勝賞品の贈呈、と行きたい所なんですが、まだ楯無の調整が済んでいないので後日贈呈という形になります。そして!決勝戦で見事な戦いを見せて下さった彼にも準優勝賞品が贈られます!が、すみませんがこちらも後日となってます』
大会が終わって家に帰るとテレビでは既に今日の決勝戦が流れていた。それを見たヴァルは自分も有名になったんだと満足に動かない小さな体で大きな喜びを表現。だがすぐに痛そうにうずくまる。
「あぁ、ほら。こっちきて」
激戦でボロボロの武装や素体のメンテナンスの為に優しく持ち上げて作業台の明かりをつけてペンを枕代わりに仰向けに寝させる。ごく一部の神姫を除いた神姫は、この時間が幸せなのだ。自分のマスターに体の隅々まで点検してもらえ、優しく整備してもらえる。恥ずかしくも有るが、至福の一時。
「今日は無理させちゃってごめんな」
「いやっ、マスターは悪くないですよっ。あと少しで優勝できたのに・・・」
「それはしょうがないよ。ほら、右肩やるよ」
人間で言うところの脱臼を起こした右肩を拡大レンズで見る。どうやらネジが折れたようで関節がずれている。これはかなり痛いだろうとヴァルを眠らせる為に1度クレイドルに寝させる。パソコンと接続したクレイドルからヴァルの状態を確認。そこからスリープモードに移行させようとする。
「起きたらもう万全になってるよ」
「あ、待ってくださいマスター。その・・・肩を治したら起こして貰えませんか?」
「ん?何で?」
「な、何でもです!」
折角の至福の一時を眠って過ごすわけにはいけないと必死に訴える。そんなのは知るよしもないマスターは首を傾げる。
「まぁ、分かったから。ちゃんと起こすよ」
そう言ってヴァルを眠らせる。すぐに引き出しから同じネジを取り出して肩のネジを取る。このネジ一本だけで繋がってる訳では無いので腕が取れたりはしないが、しっかりと押さえてネジを巻いていく。素体の関節歪みも無く、作業は2分と掛からず終了。ヴァルの要望どおりに起こした。
「わぁ、右肩は万全ですね!」
「良かった。さて、後は傷の修繕だね。はいこっち向いてー」
頬を赤らめたヴァルが仰向けになる。右脇腹の素体の塗装がはげているのを発見し、塗装筆で優しく撫でるように白色で塗り潰す。
「ひゃひっ!ま、マスター冷たいです・・・」
わざと冷たくした塗料に身をくねらせるヴァルを見て面白そうに頬を緩めるマスターにヴァルが「むぅ」と頬を膨らませる。
「だぁ、怒らない怒らない。ちゃんと温めてからやるから。ね?」
今度は手で温めながら塗っていく。今度は心地よい塗料の温度に思わず恍惚として吐息をもらす。次はうつ伏せになって背中やお尻と塗っていく。
「んぅっ、マスター・・・お、お尻はもっと・・・優しくっ・・・」
「あぁ、ごめんごめん。もう少しで終わるからね」
言葉通り、1分もしないでメンテナンス終了。中々細かい作業なので、伸びをしたマスターに見えないように至福の一時が終った事にヴァルが溜め息をついた。
「はいお疲れ様。乾くまでじっとしててね」
「はい」
うつ伏せで脚をパタパタと上下させながらメモリーカードを取り出す。中には今日、神宮司とアトラ、竹姫とアルテミスと自分達の6人で撮った写真がデータとして入っている。それを大事に抱えてクレイドルの引き出しにしまう。
『メールだ。早めに見ておくように』
パソコンからかなり渋い声でメールが来たことを知らせる着信音が鳴る。
「わぁ、随分一杯来ますねぇ・・・」
今日大会が終わってからパソコンに企業やファンだと名乗る大勢の人からのメールが来ている。神姫を持つマスター達は『神姫ネットワーク』と呼ばれる特殊なネットワークに自分と神姫の名前、メールアドレスを登録する。すると、バトルの申し込みや知り合った神姫マスター達とでコミュニケーションを取り合う事ができる。登録は必然ではないが、バトルを主にやるマスター達は皆登録しているのが現状。当然、ヴァルのマスターも登録していた為、こうして企業やファンからのメールが届くのだ。
「あ、FRONT LINE社からも来てる」
「神姫と言えばFRONT LINE社」と一時期そんなフレーズも流行った程大きな会社であるFRONT LINE社からもメールが届いてびっくりする。どうやら研究開発リーダーの野方東四郎からのようだ。
「野方東四郎と言えばFRONT LINE社で神姫の研究開発における重鎮・・・」
「マジか。野方東四郎さんから招待メールとは」
「うわ!マスター居たんですか!」
いつの間にか作業台から顔を半分覗かせたマスターがパソコンのキーボードを叩く。メールの内容は、現在開発中の神姫の性能を確かめたいとのことだ。なんでも、竹姫葉月にもお願いしたらしいのだが、彼女はそう言った事はしないらしく、こうしてヴァル達に白羽の矢が立ったわけだ。しかもヴァルは廃産リアと呼ばれたトライブースターViを見事に使いこなしていたのも、製造元であるFRONT LINE社としてはとても嬉しかったようだ。
「開発中の神姫は剣士型オールベルンとジールベルン。型番は各々YFL-018とYFL-019の2体か・・・ほぉ、もう来年にはコンセプトモデルとして発表するのか」
「再来年には発売が目標みたいですね」
こんな面白そうな事を無視できる訳がないとヴァルのマスターはすぐに野方東四郎に返信。
一言「是非お願いします」と。
「楽しみですねマスター!」
この時はまだ知るよしもなかった。2年後に完成した剣士型オールベルン第1号が自分のパートナーになるなんて。