847年トロスト区ウォール・ローゼ南方面訓練兵団訓練地。
そこに青い光が溢れた。
それを中心に巻き起こる風は砂を巻き上げ、小動物は何かを感じてその場から逃げ出す。
そばにいたコートを羽織った体つきの良い大人たちは駆け足でその場に向かう。
その目には警戒と疑問が浮かんでいた。
ーよりによって入団式の前日に…
と、新人らしき大人の中でも若い者が毒づくと同時に光が収まった。
巻き起こっていた砂埃で明確には見えないが、人型の影を映したのを見て眼鏡をかけた男が護身用の小さいナイフを構え、新人の男は手に持っていた縄を握りしめる。
髪のない貫禄と威厳を持つ男は目を細め睨む。
砂埃が収まった。
中に立っていたのは人。
見たことのない縞模様のパーカーを着て、目深くフードを被り、口元にはガスマスクのようなものを装着している。
腰元には四角柱の箱のようなものをつけ、左腕には荊を想像させる何かが巻き付いていた。
背は低めで線は細い、ちらりと見える目はナイフを思わせる鋭さを持っていた。
眼鏡をかけた男と新人の男がその人に飛びかかった。
「何者だっ!」
眼鏡の男が鋭い声で叫ぶ。
寸止めにしようと思ったナイフは避けられとんで距離を取られた。
「チッ、ボランティア中のところに飛んだか!
って…あァ?」
ボランティアー無償での貢献。
そんな意味を持つ言葉をなぜか発したその者は、小さいナイフと縄を見て怪訝な顔をしたが、一瞬苦しそうに眉をひそめると、諦めた表情で構えていた腕の力を抜いた。
「拘束すんならしろ。
そっちのがあんたらには好都合なんだろ?」
突然の降参に戸惑った新人の男だが、威厳のある男が頷くのを見てその人に近寄り、両手首を後ろ手に縛った。
再度眉を深めたが、その人は一番権力を持っていると予測したのか、威厳のある男に視線を向けた。
「教官室に行くぞ」
そう一言いって、男は先立って歩き始めた。
その人もまた無抵抗についていった。
ーーー
ーおかしい。
Will'o爆発に巻き込まれ、転送されたのだろうとは理解できるし、前例もあったはずだ。
そのそも市民の転送やアブダクターの転送にもWill'oは使っているし、暴走したWill'oに強制転送されてもおかしくはない。
そこでの問題は行き先がないこと。
転送機での転送ならば、行き先を設定することができ、その場に転送されるが暴走したWill'o爆発に行き先なんてない。
ならばアタシのいるこの場はどこだ。
転送された際に生じた砂埃に包まれた瞬間から、空気の違和感ー昔の文献で見空気が綺麗ってやつだろうーを感じているし、それに襲いかかってきた他のPTの連中の服が少々お粗末な素材だとも思ったし、それ以上に…
「んだあれ?」
地面から伸びた茶色の無骨で、先の枝分かれした棒や足元の緑と茶の混じった毛のようなものを見て、思わず漏らす。
その言葉を後ろ手に縄を縛った一番若そうな男が聞いていたのだろう、茶色の棒を指差しその名を言った。
「ナラの木だが。
それがどうかしたか」
ー木つったかこいつ?
確か草樹保全課の連中が過去の文献に沿って地面に水をかけても、全くの効果がねェってナタリアから聞いたが…
んでここにそれがあんだよ。
それに何本も。
「なんか手入れでもしてんのか?」
「してるわけないだろ?」
「そうか…」
ー持って帰れる情報はなさそうだ。
にしても…ここはどこだ?
環境が違いすぎる、木が生えてるわ遠くから水の音が聞こえるわ、それに空気も澄んでる。
こいつらの服装も素材が雑なもんだし、なによりPTが見当たらねぇ。
その代わりにあんのは少し遠くに見えるやたら高い外壁みたいな壁だ、天井のないPTかモザイク街に似たなんかだと思えばいいのか?
確実にうちのPTからはかなりの距離があるから、力技で脱出して帰還するのも困難だろうし、それにこいつらこんな縄での拘束で無力化したと勘違いする平和ボケした連中だ、不意を突かれなきゃ…
一瞬頭に鈍痛が走る。
ここに転送されてから間隔をあけてちょくちょく響くもんだからたまったもんじゃねェ。
転送機なしでの転送の代償だろうと諦め、アタシは男の後について行きながらも堕ちないように歯を食いしばっていた。
やがてその男の言っていたキョウカンシツとやらに着いたようで、その部屋の椅子に座るよう指示された。
「まず、貴様に戦闘の意思はない。
そう受け取って間違いはないな?」
「あぁ」
そう答えると、目の前の椅子に座る一番偉そうな男は少し体勢を崩した。
「私はキース・シャーディス。
ここ、トロスト区ウォール・ローゼ南方面訓練兵団訓練地にて教官を務めるものだ」
ー所属PTを言わないか…
隠してんのかそれとも…
「俺はレイ・"白銀"・ダルク。
アトランティスPTの二級市民だ」
アタシの名前はともかく、アトランティカPTの名前ぐらいは知っているだろうー咎人の実力に重視を置いている奇抜なPTだしーと思い、そう自己紹介をしたが、返ってきたのは理解に至っていない怪訝な顔。
嫌な予感が当たりやがった。
「アトランティカPTという地名も二級市民という単語も知ってはいない、そして名前が三つの単語から成り立っていることは発音からわかるが、そのような人物とあったことがない」
この世界は地球というらしい。
そしてそいつは戦争で削れていなきゃ球体をしているらしい。
そしてアタシはいま、地球の裏側とか言う奴に来ているのだろうか。
それならばある程度社会のなり方が違うことも木の繁殖が成功していることも理解できるが、一つ気がかりなのは技術の差が大きすぎる。
ー一度衰退して、その後人類史を最初から辿ってんのかここらへんの人間は。
アタシはそう考え、こちらでの社会情勢と技術についての概要やアタシの所属していたPTについてなどをキースに話し始めた。
アタシ自身Will'oなどに関して詳しく知っているわけではないので四苦八苦はしたが、ある程度伝えられたはずだ。
「信じられない。
生物に宿る電子を原動力にしたWill'oだと?
キース教官!
こいつはおそらく兵士の食料を奪いにきただけのこそ泥です!」
そういったのはアタシを縄で縛っていた一番若いやつ。
「信じられねェってんなら見せるしかないわけだが、いいか?」
キースの方を見てそう尋ねる。
「私としては貴様の身のこなしからして全部とはいえぬが信じられる内容だと思っている。
だが、さりとて訓練兵を預かり心臓を王に捧げた私が言葉だけで歴史と全く異なることを信じるわけには行かぬ」
「なら示せってか」
キースは黙っていた。
アタシはそれを是として受け取り、椅子から立ち上がる。
縄は未だ縛られているがこの程度問題ですらない。
丁度いい、先ほど信じられねェって言ったやつに見せつけるか。
ー縄から脱出する方法は三つほど。
関節を外して抜けるか、プロンラヴィンを出して切るか、それとも…
-ブチッ
音を立てて引きちぎれた縄を見て目を見開く男どもがそれを理解するよりも早く、プロンラヴィンが一番若い男の首元に添えられた。
「ひっ」
「ほう…」
そいつの小さな悲鳴と、キースの感心した声を耳にしながら、アタシはプロンラヴィンを降ろす。
「これでまずは俺の身体能力があんたらの基準より高いことと、Will'oによって武器を出せることは証明できただろ?」
キースはゆっくりと頷いた。
「貴様の言は信じよう、そしてここにきた経緯も…
しかしこれから貴様はどうするのだ?
広さの分からぬこの世界を練り歩き探すことは不可能といっても過言ではない。
巨人がいる限りはな」
巨人ーその字のままに巨大な人形の生き物。
人間を食し、その体に有効な攻撃方法はうなじに斬撃や砲撃をかますほかないらしい。
五メートルほどの個体ならアタシの武器が通用しなくともなんとかなる。
通用するなら多少数が多くともなんとかなるだろう。
まぁWill'oの供給ができるのならばの話だが…
どうもこっちに来てからWill'o変換の効率が悪いー死体がほとんど転がってないからなのだろうが…
「とりあえずは戦場に顔を出すほかねぇよ。
聴いた感じだとかなりの地獄らしいんだろ壁外調査とか言う奴は」
死体がないのであれば死体が出るところに行けばいい。
Will'oの供給と同時にうまくいけば転送できるほどのWill'oが出るやもしれない。
この世界でそれを言えば不謹慎だろうが、あいにくアタシやアタシの世界に死を悼む自由ー権利ーはない。
「壁外に出て壁外調査を行う調査兵団に混じるのは困難極まるぞ。
作戦立案の時点で人員を確認し、固まって発つ。
死体に駆け寄る隙はほぼ無い上に、巨人との戦いを知らぬうちに出てはミイラ取りがミイラになるぞ」
「んなこたァわかってるが、俺にここの人間だっつう証明がねェんだ。
正規の軍に入れるわけねェだろ」
どう足掻こうと、この世界においてアタシは異端なのである。
そんな異端のアタシを正規軍に入れる方法はない。
しかし、キースは両肘を机について手を組んだ姿勢をとり、アタシの目を見つめてきた。
「私の知り合いには壁外調査を行う調査兵団の団長と壁内の治安を守る駐屯兵団の司令官がいる。
貴様がこの世界での戦い方を身につけ、元の世界に帰るまでの期間だったとしても戦力となるのであらば、その二人に手を貸してもらうことも考える」
「キース教官!
そのようなことが露見したら!」
眼鏡をかけた男が取り乱してそう怒声をあげる。
確かに、キースの言葉から察するに短期間の戦力を得るために偽の戸籍を作ろうとしているが、それが政府だのに見つかると厄介なはずだ。
「落ち着けクロード。
このことは単にエルヴィン・スミスがリヴァイを引き込んだ時のような、一人分の強大な戦力を得るだけの行為ではない。
この者の高い身体能力に魅せられた他の訓練兵の士気をあげることにもつながる。
私は兵士の育成のためにこの心臓を捧げた。
ならばこの行為が私の首を刈り取る者だったとしても、それは本望だ」
そう諭され、クロードど呼ばれた男は黙って、構えていた腕の力を抜いた。
「レイ・"白銀"・ダルク。
私とのこの契約、結ぶか?」
その老いていてもなお消えぬ闘志のこもる目を見てアタシはキースの前に立つ。
「あァ結んでやる。
この義理は俺がここにいる間は必ず返し続ける」
アタシはプロウマスクを外し、フードを脱いでそう返した。
キースは少し満足そうに鼻で笑うのであった。
なにかさらに一言言ってやりたかったが、そこでアタシに限界が来たことを知った。
「いきなり悪ィが、どこか堕ちてもいい場所あるか?
そろそろ意識が保たねェ」
バランスを崩し少し後ろに数歩下がりながらそうとうと、キースの応答は速かった。
「クロード、彼女を医務室に連れて行き寝かせてやれ。
そしてその足でエルヴィン・スミスとドット・ピクシスに一報伝えてきてくれ」
「分かった」
私はそのまま意識が途絶え途絶えになりながらも、イムシツとやらにつき指差されたベッドに倒れこんだ。
気持ち悪いほどに柔らかかったが、それでも意識は途絶え、眠りに落ちた。
今回出てくる木の名称は進撃のモデルと思われているドイツの木で、また眼鏡の教官の名前も調べたものでオリジナルではありません。
ちなみに私は進撃の巨人に関しては漫画を一度読んだくらいなので多少矛盾があったりすると思いますが目をつむっていただけると幸いです。
今後からは進撃の巨人と同じように要所要所を書いていく形になると思います。