プリンセプスの夜明け   作:虎ノ門ブチアナ

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人と魔

 白髪(はくはつ)の少女が、巨大な光の見えた方へと走る。

 

 かつての戦い(グランベルム)によって命を散らしたはずの自分がなぜ生きていのか。その理由を知るため手がかりを追いかける。

 

 土御門(つちみかど)九音(くおん)───彼女は以前、呪いによって昏睡状態となった姉を救うためにグランベルムに参加した。

 姉の解呪には成功したものの、呪いをかけた張本人である水晶によって殺害され、今に至る。

 

「はぁ…つかない」

 

 魔力によって形成された空間は広大で、人の足では步けど目的地には辿り着かない。

 息を切らした九音は、先ほど目撃した魔技がホワイトリリーのものであることを思い出し、自分もアルマノクスを召喚できないか試してみる。

 

「…できちゃった」

 

 自らのアルマノクス、『雪月梅花(せつげつばいか)』を容易く呼び出せてしまった。

 あまりにも奇怪な状況に目を丸くする。が、今はそれよりも事態の究明が先であった。

 

 機動力に特化した騎体、雪月梅花のスピードで瞬く間に目的地…光によりえぐられた山々のもとへと辿り着くと、その惨状に息を呑んだ。

 

「これは……本当にまた、グランベルムが始まっているの?」

 

 と、土御門の血が持つ索敵能力が不穏な気配を察知した。

 気配のした方向を向くと、黒いアルマノクスが飛翔している姿を目撃する。

 

「黒い…ホワイトリリー…!?」

 

 この状況と関係があると予想した九音は、そのまま黒い騎体を追う。

 

──────────────────

 

 時を同じくして、なんとか逃げ延びた水晶は破損したヴィオラカッツェFFを自騎で持ちながら浮遊していた。

 

「いやぁん危なかったぁ〜、『ドロセラノクターン』がいなかったら2人とも消滅してたにゅん」

 

 水晶がドロセラノクターンと呼ぶローブに包まれたような形状の騎体は、近くの山岳に戦闘不能となったヴィオラカッツェFFを放ると、力無く不時着した。

 

「あー疲れた、師匠は自分でなんとかしてくださいね〜」

「フン、分かっていますわ」

 

 アークナイトブローテを着地させると、中からアンナが出てくる。

 

「まさか貴方に助けられるなんて…以前は怒鳴らなければ動こうともしなかったのに」

「協力よ、きょうりょく。謎だらけの状況ですもの、お互い助け合っていきましょうよん♡」

「…怖気(おぞけ)が立ちますわ」

 

 気味の悪い発言に眉を吊り上げるアンナだったが、ヴィオラカッツェFFからなんとか脱出した新月が口を挟む。

 

「目的や理由はどうあれ、水晶の魔術で一命を取り留めたのは真実です。ありがとうございました」

「どういたしまして〜」

 

 愛想笑いをしながら手を振る水晶に新月は押し黙ると、2人のもとへ合流する。

 

「ところで、あの黒いホワイトリリー……『ブラックリリー』としましょう。それと…満月は」

「話を聞きたいところだけど、問答無用でビーム放ってくるような相手とは対話不可能だにゅ?」

 

 新月が拳を握りしめる。

 

「あの()が気になるのは分かるけれど、まずは貴方の騎体を修復するべきですわ。それじゃロクに抵抗もできなくてよ」

「アンナが破壊しておいて言いますか?」

「…」

「もしかして私がワンちゃん2匹手懐けないとダメ?」

 

 視線を交わしていがみ合う新月とアンナにため息をこぼす水晶だったが、敵───ブラックリリーの気配を感じ取り、すぐさまドロセラノクターンへと魔糸を伸ばす。

 

「流石魔力のお人形さん、察しがいいのは流石だね」

 

 挑発するような口調と共に、ブラックリリーが出現する。

 

「うわ、出たわね黒人形…また一帯を焼き払うつもり?」

「不意打ちなんかしても意味無いでしょう、だからあなた達の知りたいことを教えてあげに来たの。優しいでしょ?」

 

 警戒を怠らない3人に痺れを切らしたその黒き騎体は、地面へと着地すると中から満月が顔を出す。

 

「どうしてそこの2人が生きているのか、魔力が消えたハズなのにアルマノクスが出てくるのか…聞きたいことは沢山あるでしょ?」

 

 そう言って笑う満月と思しき少女に、新月は睨みを利かせながら歩み寄る。

 

「ちょっとエルネスタ! パートナーの姿をしているからと不用心過ぎやしなくて!?」

「分かっています。ですが彼女に問いただしたいことがあります…危険であっても知らなければならないことなんです」

 

 チッ、と舌打ちをしつつもアンナは新月についていく。

 

「そこまで言うのならば、まず1つ聞かせてください……魔力は、魔力は無くなってないんですね?」

「うん」

 

 明確に即答された新月は予想通りと思いつつ、おおよそ事実だと思われるその情報に落胆した。

 

「それで貴方は何者なんですの? あの()───小日向満月の姿ですけど明らかに別人ですわよね?」

「……」

 

 少女は少し口を閉ざすと、周囲の面々の表情を眺めて大きなため息をついた。

 

「バレバレだよねぇ~…口調は寄せたけど、これ以上の“効果”は見込めなさそうだね」

 

 独り言を並べると、少女は困ったような笑みを浮かべながら自己紹介を始める。

 

「わたしは“魔力そのもの”。マギアコナトスによって閉ざされていた、人の悪意に触れて意思を獲得した魔物と言ったところかな。満月、なんて呼びたくないだろうから便宜上わたしのことは『エクリプス』と呼んで?」

「エクリプス…すなわち月食や日食を指す“(しょく)”、ってことにゅん?」

「そ、私のは日食の方。月が太陽を食べちゃうの」

 

 エクリプスと名乗る少女が語った言葉に一同が眉を動かす。

 “人は太陽によって生かされ、魔術師は月によって生かされる”…古くからの言い伝えであったその言葉を思い出した新月らは、彼女の発言が大きな災いを招く予兆であると直感した。

 

「もしかして、あなたの目的は───」

「魔力によって世界を(むしば)み、魔力に満ちた心地いい新世界を作るコト。プリンセプス? ザ・ウィッチ? まぁ呼び方はなんでもいいけど君達が目指していたモノにようやくなれる世界だよ。悪くないよね」

「悪くない訳ありません!」

 

 新月の怒号が響く。

 

「…あの世界で、魔力を知らない場所で幸せに暮らしている人々を巻き込む訳にはいきません。それに私の中では既に結論が出ています、魔力など無い方が幸せなのだと」

「魔力が無い方が幸せ? ほんとかなぁ?」

 

 エクリプスがそう言うと、アンナに目線を合わせる。

 

「フン、考えるまでもありませんわ。魔力があるからこそグランベルムでエルネスタと戦い、勝利をもぎ取れるのですから」

「アンナ…!」

 

 意見が相反していると感じた新月は悲しみや孤独感、多くの複雑な感情を交えながらアンナの名前を呼ぶ。

 

「そうだよね、魔力が消えたら君が世界で唯一の魔術師になれるチャンスは無くなっちゃうもんね?」

「ですが、私を当て馬にしたマギアコナトス…()いては魔力の息がかかった世界など反吐(へど)が出ますわ。誰かに与えられた舞台で、誰かに与えらえた衣装で、誰かに与えられた台本のまま踊る───そんなモノつまらなくってよ」

「え?」

 

 困惑するエクリプスに、アンナは背を向ける。どうやらこれ以上会話をするつもりは無いらしい。

 

「それじゃあ水晶ちゃんは? あなたも魔力を無くせないって言ってたよね? あなたが正しかったんだよ? 私の意見も正しいと思うよね?」

「黙りなさい…魔力風情が私のことを語らないで」

 

 本気の怒りを見せる水晶にエクリプスもばつが悪そうな顔になる。

 

「はぁ…じゃあいい? 前に水晶ちゃんが言ってた通り、魔力は完全に消せなかった…それが答えなの。新月ちゃんがプリンセプスとしての願いを果たした時、マギアコナトスの力は失われ、グランベルムも永劫に起こらなくなった。でも魔力による現実干渉が続いていたの、気付いてた?」

 

 エクリプスの問いに新月はある違和感を思い出した。

 

「───九音がいない」

「…そう、私は殺されてしまったから」

 

 新月の言葉に続いたのは、ようやくたどり着いた九音本人であった。

 その少女が存在していることに新月、そして水晶が目を丸くする。

 

「九音、あなたまで…」

「ええ、なぜか生きている…そこにいるアンナ・フーゴさんも。一体どういうこと?」

 

 九音が水晶を睨む。

 自分が命を終えて以降の記憶が無い彼女にとっては今なお水晶は仇敵であり、これら現象の容疑者なのだ。

 

「私に聞かれてもわかんないにゅーん」

「とぼけないでッ!!」

「九音、水晶の言っていることは本当です。彼女はあのあと私と満月の力によって倒され、プリンセプスの座を託してくれました。今回の件は彼女も知る(よし)が無く、一緒に(こと)の関係者…そこにいる満月の姿をしたエクリプスと名乗る者に聞いていたのです」

 

 新月から詳しい事情を聞いた九音だったが、やはりまだ納得がいっていないらしい。

 膠着(こうちゃく)した現状に不安を覚えた新月はエクリプスへと視線を移し、再び問いかける。

 

「それで、なぜ彼女たちは復活しているのですか? あなたの口から答えてください」

「わかった……でも言っとくと、この子達を生き返らせたのはわたしじゃなくて、新月ちゃんだよ?」

「私…!?」

 

 呆れ顔で真実を告げるエクリプスに、新月は絶句する。

 

「新月ちゃんはずっと魔力が消えたと思ってたみたいだけど、結果消えていなかった。それで、新月ちゃんはプリンセプスの持つ願いを叶える力を得たまま、こう思っちゃったんじゃない? “独りぼっちはさみしい”って」

 

 新月の顔が徐々に青ざめていく。

 それでは、まるでかつての自分と同じじゃないか。新月がそう自分に問うと、胸が苦しくなってきた。

 幼い頃、孤独が辛かった新月は魔力の力で友達になってくれる人形───満月を作り出した。だが、それがどれ程空虚なのか思い知った彼女はこんな思いをする人がいなくなるようにと魔力の消滅を願った。

 

 だが、魔力は無くならず、過去の過ちを繰り返す結果となってしまったことに新月は動揺が隠せない。

 

「もう二度と繰り返さない、なんて思ってたコトをまたしちゃったなんてね。本当に人間は───」

「人間は愚かで浅はか、ってね?」

 

 エクリプスの言葉に水晶が口を挟む。

 

「そうそう、さすが水晶ちゃん。君の考えている通りだよ」

「やっぱりそう? 人間って変わらないものねぇ。でも、新月エルネスタ深海はちょっと違うと思うわよ」

 

 そうかな? と笑うエクリプスに水晶も微笑みを返す。

 

「彼女の願いが叶わなかったとしても、強い覚悟と信念を持って、誰もたどり着けなかったプリンセプスの座についた…その思いの(たか)さは、確かに世界で唯一の魔術師たり得るものだったわ。少なくとも私が知ってる誰よりも」

「水晶?」

 

 九音が戸惑いを見せる。

 こんなにも人のことを高く評価している水晶は初めて見た。

 

「私が認めたプリンセプスが愚弄されるのはどうしても納得いかないのよねぇ」

「ハイハイそうですか、自分にとって都合の悪いコトはかばっちゃうんだね。水晶ちゃんも人間と変わらない、卑怯な子だよ」

「あっそ」

 

 その瞬間、ドロセラノクターンが動き出し、その手に持つ武装、『嫫母(ばくぼ)の杖』をエクリプスへと叩きつけた。

 

 

 間一髪回避していたエクリプスは少し口角を上げると、自らの騎体に乗り込んだ。

 

「今のは危なかったよ、水晶ちゃん」

「アンタが魔力そのものなら平気でしょう?」

 

 もちろん、とエクリプスが返すと、ブラックリリーに乗り込みながら湖畔へと向きを変える。

 

「どこへ行くのですか!?」

「この湖に用があってね、君達と戦うのも面白いけど…まずはこっちが優先ね」

 

 エクリプスが優先する程の事象とは一体何なのか。新月がその要件を問えないまま、エクリプスは飛び去ってしまった。

 

「行ってしまいましたか……彼女がこれから何をしようとしているのか聞きそびれてしまいましたが、目的を聞く限り良からぬことであるのは確かです。なんとかして止めないと…」

 

 新月が呟くが、大破したヴィオラカッツェFFを見上げ、顔を落とす。

 

「ヴィオラカッツェは修復できないんですの? 貴方の魔力なら瞬く間に治るでしょう?」

「ブッ壊した張本人が言う~?」

 

 水晶に嫌味を言われアンナが舌打ちをする。

 

「それが何度も修復を試みているのですが、どうしても進みが遅くて───成程」

 

 何かに気付いた新月がアンナへと視線を移す。

 

「戦闘時に私の騎体が回復しないよう、力を(むしば)む魔術が施されています。それも私の魔力に反応するように……これは私のみに作用することを条件にして強められています」

「……新月さん専用の毒、のような魔術ということですが」

 

 九音の推測に新月はうなづくと、アンナへと視線を移す。

 そうした魔術特性を持っていて違和感無く、かつ新月にこの魔術を与えられるのは、アンナであった。

 

「エルネスタにのみ効き目のある魔術など今までだって何千もかけてきましたわ、それが有効だった試しなどありませんでしたが…それがなぜ今になって?」

「アルマノクスを覚醒させたゆえ、アンナの魔力が高まったことも原因として考えられますが、恐らく大きな要因となったのはエクリプスの仕業でしょう」

「そーいえばあの真っ黒、最初は師匠の騎体に付いてたものねぇ」

 

 水晶の言葉に新月はそれです、と返す。

 

「舞台さえ用意すればアンナと私は戦う、そう見越したエクリプスが私に悟られること無く“毒”を付与したのでしょう……原因はおおよそ予想できましたが、それでこれからどうするれば…」

 

 肩を落とす新月だったが、九音が1つ提案する。

 

「外部の関係者に協力を求めるのはどうでしょうか」

「協力? ここから出る方法だって分からないのにどうしようと言うんですの?」

 

 アンナが反論を述べると、いえ、と新月が口を挟む。

 

「私の魔力があれば協力者を募るのも、外部との連絡をおこなうことも可能です。ただし、行使できる力の範囲は制限させてください」

 

 制限? と九音が問う。

 

「私の使う魔術が人の尊厳を奪わないようにするものです。例えば、協力者を募る場合、魔術を使えばいくらでも人を従わせられますし使い魔を大量に出すことだって可能です。後者はともかく前者の場合はその人の自由を奪うわけですから、そこに心理的な抵抗が生まれて不安定な魔力を使う結果になります」

 

 魔術を使うとき、使用する魔力の大きさによれど集中が求められる。それは魔力を安定化させなければ自身が想像した通りの結果にならないからである。

 マギアコナトスのような装置であれば機械的に人の記憶や歴史を操作することができるが、新月の場合はそこに気の迷いが生まれてしまう。そうした不安定な状態で人に関わる操作をしてしまえば全く予想していなかったような不測の事態を招くことになるのだ。

 

「プリンセプスになってもそんな面倒なこと考えていますの、貴方?」

「ええ。でも、面倒なことでも考えていたからこそ、果たせたことはありましたよ」

 

 どんな思考であったとして、新月はプリンセプス……誰もなし得なかった力を手にすることができた。その説得力にアンナは眉間にしわを寄せながらも言葉を失ってしまった。

 

「それで外部との連絡手段ですが、これを使います」

 

 そう言うと、新月が開いた手の平の上に、金色の豚を模したマスコットが出現する。

 そのふざけた形にブタ? と一同が困惑する。

 

(りん)家の風水師、林寧々(ねね)は、マギアコナトス内との連絡手段として“これ”を用いていました」

 

 気の抜ける造形の豚を九音に渡すと、新月はそこへ魔力を通す。

 

「これを近くに置いて、あとは九音のやり方で外部へと語りかけてください。範囲を絞って精度を上げるために連絡する相手は決めておいた方がいいです」

「最初からそのつもりです。私が言葉を交わしたいのは……ひとり」

 

 神妙な面持ちで雪月梅花に乗り込み、弦のように引かれた魔糸を弾いて美しい音色を響かせる。

 アルマノクスの持つ魔力を増幅させる作用を使って外部との連絡手段を構築しているのだ。

 

(お姉ちゃんは、音で私にすべてを教えてくれていた…だから、私もお姉ちゃんに、音を送るね)

 

 九音の様子を水晶が眺める。

 

「水晶、九音のことが気になりますか?」

 

 新月に話しかけられ、水晶が肩を震わせる。

 

「私がどう考えてたってあの子にとってはどーしょーも無い話でしょ」

「…かも知れませんね。それで、あなた自身は九音のことをどう思っているんですか?」

「……」

 

 水晶はそのまま押し黙ると、ばつが悪そうに口を八の字に曲げる。

 

「あんたなんかに言うワケないじゃない」

 

 そうですよね、と新月が残念そうに返す。

 と、水晶が視線を合わせずに再び口を開いた。

 

「でもね、もうあの子達にはちょっかいかけないわよ」

「良かったです」

 

 新月が微笑む。

 他者を騙し、偽り続けた水晶であっても、いや───水晶だからこそ、その言葉が真実であると新月は信じる。

 

──────────────────

 

 コンビニの前で休憩するスーツ姿の女性の携帯が鳴る。

 会社からの連絡かと思い顔を歪めながら着信先を確認すると、見知らぬ名前からの電話だった。

 連絡先を登録していなければ名前を編集できないはずだが、その番号には心当たりが無い。

 だが、着信元に書かれた名前を見た瞬間、それが絶対に切ってはならない電話であると確信していた。

 

「…九音(くおん)

 

 名前かも分からないはずの文字を迷わず読めたことに戸惑いながら、その女性は電話に出る。

 

「もしもし…」

「お姉ちゃん!? お姉ちゃんだよね、わたし…九音だよ! 分かる!?」

 

 ───正直、よく分からない。

 だが、自分をお姉ちゃんと呼ぶその声が、とても懐かしいものに感じた。

 

「私が…お姉ちゃん?」

「そう、今は記憶を無くしちゃってるかも知れないけれど、お姉ちゃんには妹がいたの」

「確かにもし妹がいたら、とか考えてたけど…」

「グランベルムに敗退した私の記憶を、マギアコナトスが消してしまったの。プリンセプスの新月さんの協力でお姉ちゃんの記憶を戻せるかも知れなくて…私……」

 

 グランベルム、マギアコナトス、プリンセプス。

 どこかで聞いた覚えのある言葉が並び、頭が混乱する以上に整然としてきた。

 新月という名前も聞き覚えがある。

 

「そういえばあの時、妹のために歌を歌ったわ。一緒にいたのは、寧々ちゃんに、希望ちゃんに───」

 

 自分は何かを忘れている。

 その正体は掴めないが、自分にとって大きなモノを失くしているという自覚が湧いてくる。

 

「お姉ちゃん…その時の歌を…歌ってほしいな」

 

 九音の願いを聞き、その女性───土御門四翠(しすい)は歌う。

 

 

 1つ1つの詩を刻むごとに、四翠の脳裏に妹との思い出が浮かぶ。

 それと共に今まで改ざんされてきた全ての記憶が蘇る。

 紡いだ詩と共に、四翠の頬を涙が伝う。

 

「…思い出したわ、九音!」

「本当!?」

「ええ……九音、九音なのね!?」

 

 大粒の涙をこぼしながら四翠は笑う。

 妹と会話ができたのはいつ以来だっただろうか。

 何年も言葉を交わせなかったゆえの感動が胸を埋め尽くす。

 

「……そうだ、お姉ちゃんに協力してほしいことがあるんだ」

 

 九音が涙を拭いて、現状を伝えはじめる。

 

 

つづく

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