プリンセプスの夜明け   作:虎ノ門ブチアナ

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プリンセプスの夜明け

 原初アルマノクス“グランベルム”の攻撃を間一髪で止めたアンナの新生アルマノクス、アークナイトブローテ。

 その装甲が展開し、内部の機構をのぞかせる。

 

「他者を恨んだ自分、他者を理解した自分…そして他者の幸せを願う自分。この短い間で多くの自分を知りましたわ。(ゆえ)に辿り着いたこの境地、お見せする時が来ましたわ」

「アンナ、あなたの(たか)き精神が、ようやく開花するのですね」

「ハッ、貴方が私の何を語って? これはエルネスタ、貴方も知らぬ(わたくし)の心の具現、魂の表象!」

 

 アークナイトブローテから放たれる炎が“グランベルム”を退け、湖を蒸発させる。

 

「この熱量…これが魔力、なの…?」

「魔力そのものたる貴方にすら分からないのですわね、まぁ仕方の無いことかしら」

「君たちが(あが)(たてまつ)ってきた魔力を愚弄する気?」

「いいえ、私たちはもう魔力を信仰する気はありません。だからこそ魔力によらない、人の思いの強さがあなたを凌駕(りょうが)するのです」

 

 “グランベルム”が残骸を腕から伸ばし、アークナイトブローテへと激突させる。

 

「はは、どんなご高説(こうせつ)でも力及ばなければ無為だよ、アンナちゃん」

 

 邪魔者に制裁を加え、笑みを浮かべるエクリプスだが、新月は揺らぐこと無く、装甲の衝突による煙の先を見据えていた。

 

「エクリプス…その言葉、そっくりそのままお返ししますわ!!」

 

 煙が晴れると同時に、人型のアルマノクスが“グランベルム”の首を掴む。

 

「!?」

「あァははは! 捕まえましたわッ!!」

 

 姿を変えたアークナイトブローテの姿にエクリプスが眉を寄せる。

 

「はな…してッ!」

 

 敵騎の手を払った“グランベルム”が、腕から出現させた血水の剣による斬撃を見舞う。

 が、一方のアークナイトブローテはその衝撃を全て無にかえす。

 

「これがアークナイトブローテの真価…!」

 

 息をのむ新月に、アンナは狂気にも似た笑いを返す。

 

「ハハァッ、この華憐なる騎体はアークナイトブローテにあらず! (あざな)を呼ぶならば―――『アークナイトフロラシオン(開花)!!!』」

 

 敵の攻撃をかいくぐる、鬼と騎士を織り交ぜたような炎のアルマノクスが見得(みえ)を切る。

 

「姿名前が変わっても! 私の毒と原初アルマノクスがあればッ!!」

 

 エクリプスの叫びと共に“グランベルム”がビームを放つが、その全てをアークナイトフロラシオンの炎が砕く。

 

「これは…わたしの魔力が“破壊”されている!?」

(しか)りッ! アークナイトフロラシオンに与えられた魔術属性は破壊…炎と氷が如く、修復と対を為す力ですわッ!!」

 

 “グランベルム”の攻撃を全て破壊するアークナイトフロラシオンに、新月は感動すらおぼえていた。

 

(修復と破壊…すなわち二律背反(にりつはいはん)―――あれが今のアンナの心なのですね……やはりあなたは強い)

「私も…負けてはいられません」

 

 ようやく復帰したヴィオラカッツェFFが戦場へと()ける。

 

 

 一方、さきほどまで有利であったはずの“グランベルム”が()されはじめ、エクリプスは歯を食いしばる。

 

「どうして!? 魔力そのもののわたしがどうして、ただ力を借りているだけのあの子たちに圧倒されているの!?」

 

 と、エクリプスの体が火照(ほて)る。内側からどんどんと熱くなっていき、苦しみを覚え出す。

 

「これは……まさか、“器”が目覚めたっていうの…? ありえない!」

 

 エクリプスが器と呼ぶ存在は、彼女から魔力を吸い取り、それを魔術師候補たちに譲渡(じょうと)しているらしい。そのため体から力が奪われ、その分魔術師候補らが強くなっていっているのだ。

 

 だが、器が目覚めることなど本来ありえないのだ。

 その器とは、エクリプスが体のモチーフとした、かつての戦いで散ったはずの魔術人形───小日向満月だからだ。

 

──────────────────

 

 「新月ちゃん」

「…この声、満月?」

 「うん、ほんの少しの間だけど、エクリプスちゃんをこう…なんか、つなげて…?」

「経由して?」

 「そうそう! KU(けーゆー)して、ちょっとだけ残ってたわたしのこころを届けてるんだ」

「…エクリプスの力はなおも強大です。もう少しだけ、力を貸してくれませんか」

 「もちろん! 新月ちゃんの願いはわたしの願い。それはいつになっても、どこに行っても、変わらないよ」

「ありがとうございます」

 

──────────────────

 

 エクリプスを囲むように各アルマノクスが陣取り、それぞれの魔技を繰り出す。

 一気に形成逆転し、“グランベルム”を打破するのも時間の問題に思えた。

 ───が。

 

「おかしいわ、何度も攻撃を当てているはずなのに、全然ダメージが入ってないじゃない」

 

 異変に気付いた寧々が姉妹らの情報をあおぐと、“グランベルム”の真実に気付いた。

 

「ハイファミリアを使って調べてみたけれど、どうやら損傷した箇所を瞬時に修復しているみたい」

「それじゃあダメージを食らってないのと同じじゃない!?」

 

 まさしく無敵、そういえるほどの修復速度をみせる“グランベルム”には、流石の新生アルマノクスらでも太刀打ちするのは骨が折れる。

 加えて、新月の助力で魔力の消費による肉体疲労がゼロに近いレベルで軽減されていても、長期戦による精神の疲労には耐えられない。

 継戦能力の高いアウロラノクターンもいるが、いくらダメージを与えても存在しつづける“グランベルム”の前には意味をなしていなかった。

 

「そうこうしている内にエクリプスが!」

 

 再び“グランベルム”は飛翔、世界間の境界を壊して人々の暮らす世界に侵攻しようと画策する。

 なんとか手足を砕いて道を阻むが、すぐに修復してしまうのできりが無い。

 

「ちょっと楽しみすぎちゃったな…最初からあなたたちなんか相手にせず、目的にだけ集中していればよかったね。ほら、そうすれば……すぐに辿り着く!」

 

 “グランベルム”が上空に手を伸ばし、再び世界の境界に足を踏み入れようとする。

 

「させませんわァァァァァァ!!」

 

 アンナの叫びに呼応するようにアークナイトフロラシオンの炎が高まる。

 が、炎すらも一瞬で消し去る“グランベルム”の力に押し負ける。

 

「一体どうすれば……」

 「九音ちゃん、少しだけ力を貸して」

「───満月さん?」

 

 「寧々ちゃんおっきくなったね」

「うっさいわよ! …満月!?」

 

 「水晶ちゃん、新月ちゃんに協力してくれてありがとう。わたし、信じてるからね」

「…お人形さんが、“信じる”なんて、ね…」

 

 「ロサちゃん、だっけね。この前はゴメン。クレアちゃんのために…力になってほしいんだ」

「フン…分かってるよ!」

 

 「四翠さん…ようやく九音ちゃんと会えたから…絶対に守ろう、みんなの笑顔を」

「満月さん、あなたともまた、バーベキューしたいわ」

 

 

 「アンナちゃん」

「貴方ですか、小日向満月」

 「新月ちゃんをよろしくね」

 

 

 それぞれの魔術師候補に声だけで語りかけた満月は、屈託の無い笑顔のまま気配を消す。

 一体何が起きたのかを把握しきれないものの、一同はただ1つ、考えることがあった。

 

「皆様、新月に力を注いでくださる?」

 

 アンナの提案に全員がうなづき、アルマノクスに残った魔力をヴィオラカッツェFFに分ける。

 

「まさか師匠が新月の手助けをするなんてねん」

「それは貴方もそうでしょう?」

 

 水晶、アンナが苦笑いを浮かべると、騎体の手をヴィオラカッツェFFへと伸ばす。

 

「時すでに遅し! 君たちが何をしようと全て無意味だよ、このままあちらの世界へと介入し、かつてと同じ魔力の満ちる時代を創りあげる!」

「“時すでに遅し”…ですか。それはこちらのセリフです」

 

 新月に口を挟まれ、苛立(いらだ)ちながらエクリプスが振り向く。

 

「何をしたってわたしには効かない、なのにまだやろうと言うの?」

「あなたとは戦いません…これは武器や魔術で勝ち取る戦いではありませんから」

 

 そう言い放つ新月のヴィオラカッツェFFにそれぞれのアルマノクスの力が収束する。

 

 「新月ちゃんがくれたわたしの力、お返しするね。きっと力になるはずだから」

「満月……見ていてください。あなたが背中を押してくれた、魔力の無い世界を、今度こそ叶えてみせます!!」

 

 かつて敵だった者たち、そして満月から託された願いを胸に、新月は飛ぶ。

 それと同時に各々のアルマノクスがヴィオラカッツェFFに吸い込まれていく。

 

「だから、何をしたって無意味だと! 言っているだろう!」

「いいえ意味はあります! あなたをこの世界にとどめ、二度と人が魔力に触れないように、できる!」

 

 新月の宣言に応えるように、ヴィオラカッツェFFは白く発光し、その形を変化させる。

 そうして新生した姿は、ヴィオラカッツェというよりも、満月の騎体、ホワイトリリーに似通っていた。

 一体化したそれぞれのアルマノクスの意匠を持った背部装甲に極彩色の光が入り、瞳に魂がこもる。

 コックピット部である『ミッドハート』に搭乗した新月がゆっくりと目を開く。

 

「これこそが、最後のアルマノクス…人と魔の永訣(えいけつ)の象徴―――」

 

 最終アルマノクス、『ホワイトリリーFF(フォースフューチャー)』。これからの未来をきざす白と黒、虹色が全身に映える騎体が爆誕する。

 

「エクリプス、あなたを止めます!」

 

 と、ホワイトリリーFFは“グランベルム”を掴み、取っ組み合いながら湖へと突き落とす。

 

「何をするの!?」

「このままあなたと共に沈みます!」

「沈む!? そんなことをしたって!」

 

 と、ホワイトリリーFFの背部パーツが分離し、天空へと上昇する。

 

「私はもとより魔力を消し去って、永遠の孤独を享受(きょうじゅ)するつもりでした。だから、今度はここであなたという魔力そのものを封じ込めながら世界の終わりまでずっとこうしていようかと」

「狂っているのかッ、新月!?」

「どう言ってくれても構いません、ですが私は本気です。あなたと同じように攻撃をすぐに修復できます。いくらホワイトリリーを破壊しようとしても…それこそ無意味です」

 

 仲間を逃がして魔力を封じる人柱になろうとする新月に、エクリプスは恐怖すらおぼえる。

 

「あなたはそれで良いの!? 一生遊ぶことも食べることもできないんだよ!?」

「構いません、それが私の願いですから」

 

 と、エクリプスの背後に満月が現れる。

 

「君は…器!?」

「こんにちわ、エクリプスちゃん」

「何しに来たッ!?」

「1つ教えておくとね、エクリプスちゃんが新月ちゃんの拘束から逃れられないのは、君がわたしの姿かたちにこだわりすぎちゃってるからなんだよね」

 

 どういうことだ、とエクリプスが問う。

 

「なんていうのかな~、難しい言い方とかは分からないんだけど……わたしの姿を使っちゃったことでわたしの意識が復活した…だからわたしがここにいるんだけど、おかげさまで新月ちゃんの手助けができてるんだ」

「は…じゃあわたしがこの姿を取ってしまった結果が…この事態だというの…?」

 

 満月が眉を八の字にゆがめつつ苦笑いを浮かべる。

 

「ならばこんな体捨ててやる! そうすればわたしは自由! また新たなチャンスに向けて、だっしゅつ!!」

 

 エクリプスの体から黒いもやが抜けて、浮上していく。

 が、その姿を新月は見逃さなかった。

 

「新月ちゃん、今だよ!」

「はいっ!!」

 

 空へと向かうもやへと、ホワイトリリーFFが手元に召喚した血水の剣を向ける。

 

「はああああああっ!!!」

 

 剣がもやを刺しうがつと、最大魔技(オーバードスペル)、メルド・リュミエールを放つ。

 ゼロ距離で打ち放たれた究極の光に照らされたエクリプスは、視界を失い方向感覚を失ってしまう。

 

「このわたしが…数多(あまた)の人々を操り続けたわたしが、たった1人の人間に、敗北するだと…!?」

「ひとりではありません…これまで戦ってきた魔術師候補たちの思いを背負ってわたしはここにいる! なのであなたに言っておくことがあります」

 

 ふらつくもやを闇撫手で掴んだホワイトリリーFFはその眼光を鋭くさせる。

 

「───あなたは、私たちには勝てない」

 

 

 その一言を叩きつけると、新月はエクリプスを放り投げ、仲間たちを追って元の世界へと帰還する。

 

「ところで満月、あなたは…」

「うん…この空間とそっちの世界が繋がらないように、こっち側から扉の鍵を閉めるよ。だからそっちにはいけない」

 

 新月が口を閉ざす。

 が、満月の声色は笑っていた。

 

「大丈夫、満月ちゃんはひとりじゃない。そこには新月ちゃんが助けてきたたくさんの人がいてくれるから」

「…本当のことをいうと、満月と一緒に過ごしたかった」

「そうだよね……でも、マギアコナトスが最後にくれた試練、きっとそれさえあれば新月ちゃんは大丈夫なハズだよ」

 

 そういうと満月は新月の頭を撫でると、姿を消す。

 

 

 満月と別れたあと、新月は世界の狭間で共に戦った仲間と邂逅(かいこう)する。

 

「アンナ、水晶、九音、寧々、四翠、ロサ……」

 

 面々が新月を見つめる。

 

「これでようやく、みなさんは平和な生活に戻れます。魔力は無くなってしまいますが」

 

 はあ、とアンナがため息をつく。

 

「もうそんなモノに頼って貴方を下す気はありませんと言っているでしょう?」

「そうでしたか、成長を感じます」

「バカにしていますの…? 私は魔力など無くとも貴方と命懸けの戦いをしても良くってよ…!?」

 

 青筋を立てるアンナに新月が軽く謝ると、続いて水晶に視線を向ける。

 

「プリンセプスの力には条件があると言いましたが、水晶が人として生きるためにも条件があります」

「なになに? 私が罪を償い切らないと人になれない的な?」

「いえ、一度赤ん坊として転生していただこうかと」

 

 水晶の開いた口が塞がらない。

 自分が赤子になるという事実には流石に驚きが隠せないようだった。

 

「九音と四翠も異論が無ければ」

「赤ちゃんになるなんてなんだか可愛らしくって待ち遠しいわね」

「来世は良い子になってね」

「なんかフクザツ……」

 

 その様子に寧々とロサが笑う。

 

「2人も、またお会いできると嬉しいです」

「会いに行くわよ、絶対にね」

「エルネスタがいるとアンナが面白いカオするからね、会いたくなくても会いに行くよ」

 

「それじゃあ、またいつかどっかで会えるなら会いましょう、一生魔術師になれない未熟者たち♪」

 

 水晶が笑うと、それぞれの意識がまぶしい光の中へと吸い込まれていく。

 その輝きは、まるで夜明けのようだった。

 

──────────────────

 

 午前7時30分。

 小鳥のさえずりと共に目を覚ました新月は学校へ通う支度を整える。

 

 

「あっ、おーい!」

 

 通学路にて、聞きなれた少女の声が聞こえてくる。

 小日向希望…満月の妹が手を振って走ってくる。

 

「おはよー希望ちゃ~ん」

「寧々ちゃんは?」

「多分、そろそろ来ると思うけど…」

 

 林姉妹の美々、菜々と談笑する希望。

 そこへ寧々がやってくる。

 

「何? 待ってなくていいって言ったのに……」

「おはよう寧々ちゃん」

「“寧々さん”でしょ、年上なんだから!」

 

 希望からかなり身近に思われていた寧々は怒りの鼻つまみを見舞う。

 

「えへへ…なんか“さん”ってしっくり来なくて」

「まったく……新月も何か言ってやりなさいよ!」

「確かに寧々は“さん”という感じでは無いですね」

「新月まで! 少しは年上を敬いなさい!」

 

 怒り心頭の寧々をなだめる新月の前に、今度はアンナ、ロサ、クレアが現れる。

 

「新月! 今日も遊びに来てくれるのよね?」

「はい、クレアのクッキー、楽しみにしています」

「ゥエルネスタ? 貴方の学校では今日調理実習があると伺いましたわ。貴方の作る料理、どのような出来か確かめてみたいものですわねぇ?」

「どうしてウチの時間割を知ってるんですか」

「貴方の動向を知り、勝利の機会を探るのは最早ライフワーク…そのくらいの知識当然ですわ。それよりも! エルネスタ…今日はクレアにクッキーの作り方を教えてもらいなさい。でなければ私との戦いの舞台にも上がれなくってよ!!」

 

 高笑いを浮かべるアンナにクレアとロサは苦笑いを浮かべる。

 

「あれでもアイツ、随分柔らかくなったよな」

「それはロサもそうだと思います」

「…まっ、私は肩の荷が降りて今の世界でのんびりさせてもらってるしな」

「それは良かったです」

「今日は私もお菓子作るつもりだから、恩返しにゃなんだが食べてくれよな。きっとアンタよか旨いぜ」

「楽しみにしてます」

 

 一行と別れ、再び歩を進めていると、立ち寄ったコンビニの近くで四翠が走っていくのを見つけた。

 

「…急がなきゃ」

 

 どうやら仕事に遅刻しそうな雰囲気の四翠だったが、その後ろを九音が追いかけていた。

 

「お姉ちゃん、お弁当忘れてる…!」

 

 姉妹の微笑ましい姿に口角を緩ませながら先ほど買ったトンカツマンを頬張(ほおば)る。

 

──────────────────

 

 学校に着くと、クラスメイトが地域の話題で盛り上がっている。

 

「聞いた? 袴田さんちに赤ちゃん産まれたみたいよ!」

「へ~、男の子かな? 女の子かな?」

「女の子らしいよ、水晶ちゃんって言うんだって」

 

 

 どこにでもある普遍的な日常。だが、その営みの中に自分がいる幸せを、新月は噛みしめていた。

 

(こんな風に普通の暮らしができるなんて、少し前までは思ってもみなかった。こうしていられるのも、私だけの力じゃ絶対に実現しなかった)

 

 この世界から魔力は消えた。新月はマギアコナトスの寵愛(ちょうあい)を持たない、できることよりできないことの方が多いただの少女になってしまった。だが、彼女は幸せだった。

 

(魔力が無くなり、私もなに無い人間になってしまった。でも、今ならわかる。何も無いなんてことは無いということが…)

(“世界にはすごいステキな事がたくさんある”、とあの子はいってくれました───私も、そう思います)

 

 

 

──────────────────

 

 

 昼食の時間になり、新月が弁当を取り出そうとすると、忘れてきていたことに気付いた。

 人として生きれば腹も減る。このまま午後の授業に出るのも良くないと考えていると、近くの席の女子から声をかけられた。

 

「もしかしてお弁当忘れちゃった? 今日は余っちゃったから1つあげるね」

「ありがとうございます―――満月」

 

 新月が彼女をそう呼んだとき、はっとして訂正する。

 

「ごめんなさい、馴れ馴れしかったですね、“小日向さん”」

「ううん、全然いいよ! そしたら私も…“新月ちゃん”って呼んでいい?」

「…はい」

 

 彼女は快活な笑顔を新月に向けると、弁当を開封していく。

 

「ささ、食べてみてよ、梅干し入ってるけど大丈夫?」

「はい…いただきます」

 

 黙々と食べる新月を彼女は楽しそうに見つめる。

 

「おいしい?」

「味は普通ですね」

 

 

おわり

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