なじみアーカイブ   作:Minus-4

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 やりたい放題その2。





第19箱

 

 

「つーわけで、すっかりキヴォトスに馴染んじまったわけだけど、しかし……あれだね。改めて考えると、この世界イカれてんな」

 

「"……えっと、安心院(あんしんいん)さん?"」

 

「どうしたんだい先生。鳩が88ミリ砲(アハトアハト)喰らったみたいな顔をしちゃって」

 

「"君一応記憶喪失って体(てい)でいいんだよね?"」

 

「記憶喪失というか、記(・)録(・)喪(・)失(・)と言った方がいいかもしれないね。覚えてはいる。ただ、元いた世界のことが頭(・)に(・)思(・)い(・)浮(・)か(・)ば(・)な(・)い(・)んだよ」

 

 まあこうなるのは分かってたさ。人格に大した影響が出ないのも、記憶そのものが消滅するわけじゃないってことも。

 

 ただ、前までいた世界のことが全く思い浮かばないだけ。思い浮かばなければ、帰れるものも帰れないから、僕の世界を僕の代わりに【大人】の先生に覚えておいてもらったというわけだ。

 

「少し頭にもやがかかっている感じがするだけで、それ以外に問題は無さそうだから、先生はそこまで肩肘張らなくてもいいよ。よし、それじゃあ今日も張り切ってアビドスの連中を助けていこうか」

 

「"……私、結構な感じで格好つけちゃったんだけど、どうしよう?"」

 

「別にいいじゃん、そんなに気にすることないって!先生の勇姿はしっかりとカメラに収めておいたから、後で楽しんできな」

 

 と、まあ、僕の方はこんな感じ。大変そうに見えるよな。だけど実はこの記録喪失、デメリットよりもメリットの方が大きいんだぜ。

 

 一つ目のメリット。目標がは(・)っ(・)き(・)り(・)し(・)た(・)ということ。

 

 これは簡単に説明すると、「僕の記憶を戻せる何(・)か(・)があるのならば、僕の体を元の世界に戻せる何(・)か(・)もあるかもしれない」という希望的観測に基づくものだ。

 

 僕の記憶は、言い換えれば僕の脳に保存されたデータだ。つまり、僕(・)の(・)体(・)の(・)一(・)部(・)であると言える。

 

 体の一部を物理を無視して元に戻せるなら、体の全部を物理無視で復旧することができないはずがないのだ。

 

 二つ目のメリット。キヴォトスに馴染んだおかげで、肉(・)体(・)の(・)強(・)度(・)が(・)格(・)段(・)に(・)上(・)が(・)っ(・)た(・)。銃弾なんかじゃあビクともしないだろうね。

 

 恐らく神(・)秘(・)とかいうのが影響してるんだろうけど、その辺はまだよく分からないね。思い付きで動いても大抵碌なことにならないから、ほどほどに調べていこう。

 

「"……とにかく、今の所は大きな変化はない、ってことでいいんだよね?"」

 

「確認できた限りでは、だけどね。まあなるようになるだろうし、なるようにしかなれないさ。いつまでも同じことを考えていられるほど、僕は気が長くない」

 

 差し当たっては、アビドスの連中にも記録喪失について伝えちまおうか。どうせ大した変化でもないし、シロコちゃんなんかは案外茶化し──。

 

「───いや、そ(・)れ(・)は悪手だろ」

 

 ただでさえ混乱している対策委員会の連中に、その上僕が記憶を、記録を喪失したことを伝える?

 

 ダメだろ、それは。あんなお人好しの連中にそんなことを伝えたら、僕への心配の方が勝っちまうだろうが。君たちは自分の心配をしていればいいんだ。

 

「"……安心院(あんしんいん)さん、どうかしたの? これは私の憶測に過ぎないから、間違っていたら無視してもらっても構わないのだけれど"」

 

「いや、これは無視できる事態じゃあねーぜ。先生、昨日話したばかりだから忘れているわけがないと思うんだが、僕が三兆年生きていることは知っているね?」

 

「"うん、覚えているとも。絶対に忘れないって約束したからね……というか、そ(・)れ(・)は覚えてるんだね"」

 

 そう言われてみればそうだな。確かに覚えているのに、意(・)識(・)す(・)る(・)と(・)思(・)い(・)出(・)せ(・)な(・)い(・)というのは、なかなか気持ち悪いね。

 

「とにかく、僕は前の世界の記憶を失ったせいで、その三兆年分の経験が封(・)印(・)さ(・)れ(・)た(・)と見ていい。無意識の行動には三兆年分の重みが出るが、意識してしまうとたった1(・)8(・)年(・)分(・)の重みだ」

 

「"18年……つまり、君が生まれてからキヴォトスで過ごしたこ(・)と(・)に(・)な(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)時間ってことだね"」

 

「随分と物分かりがいいじゃないか。昨日はあんなに慎重だったというのに」

 

「"あの時はどうなるか分からなかった──もしかしたら、君の命に関わる事態になるかもしれなかったからね。【大人】として、当てずっぽうで動くわけには行かなかったんだよ"」

 

「今はいいのかい?」

 

「"命には関わらない。だから、君の判断を尊(・)重(・)する"」

 

 空元気で言って……るわけではなさそうだね。それなら僕は、先生の意思を汲むとしようか。

 

「オッケー、先生がそう言うなら、シャーレ所属である僕は従うだけだ。もはやどこから来たのかは忘れちまったが、戻る手立てが見つかるまで、S.C.H.A.L.E(独立連邦捜査部)の安心院(あじむ)ナジミとして扱ってくれたまえ」

 

「"任せてよ、そういう約束だからね。じゃあ改めて、私たちS.C.H.A.L.E(独立連邦捜査部)の三人で、アビドスの支援に行こっか!"」

 

 三人……ああ、アロナちゃんをカウントしてんのか。さすが先生、こういうところは外さないねえ。

 

「……アビドスを支援しに行くのは構わないが、これから先、僕はどう振る舞うべきかな? 今の僕はシャーレ所属なわけだし、君好みの采配にしてくれて構わねーぜ」

 

「"えっ、私好み!? どうしよう、うわー迷うなあ!"」

 

 ……元気なのは良いが、なんというか、一挙手一投足・一言一言が犯罪臭えな。先生のことは信用しているから、そんなことにはならねーだろうけど。

 

「"……よし、決めた!ナジミ──"」

 

「僕のことは親(・)し(・)み(・)を(・)込(・)め(・)て(・)安心院(あんしんいん)さんと──おや、こ(・)れ(・)は(・)残(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)の(・)か(・)」

 

 僕がそのセリフを吐いた瞬間、先生はひどく驚いた表情をしていた。いや、まあ僕も驚いているけどさ。

 

「"ナジ……安心院(あんしんいん)さん、それは、昨日、忘れちゃったはずじゃ……"」

 

「僕もそう思ってたんだがね。が、しかし……実際の所はこ(・)の(・)通(・)り(・)だ。どうやら前の僕と今の僕は、か(・)な(・)り(・)近(・)い(・)と(・)こ(・)ろ(・)に(・)い(・)る(・)らしい」

 

 しかしど(・)う(・)し(・)て(・)? 前の僕はキヴォトスに馴染んでしまったから、今の僕がここにいるわけで。よくよく考えれば、人(・)格(・)に(・)大(・)し(・)た(・)影(・)響(・)が(・)出(・)て(・)な(・)い(・)のもおかしいだろ。

 

「"……安心院(あんしんいん)さん? もしかして、まだ何か"」

 

「ごめん、少し考える。だから待っててくれ」

 

「"……分かったよ。都合が良くなったら話しかけてね"」

 

 失われた三兆年が、前の僕を形取っていたはずなんだ。高々18年しか生きていない(ことになっている)僕では、こ(・)ん(・)な(・)性(・)格(・)の(・)ま(・)ま(・)で(・)い(・)ら(・)れ(・)る(・)と(・)は(・)思(・)え(・)な(・)い(・)。

 

 もっと子供っぽく、わがままに、一京のスキルを片っ端から試すはずだ。まるでその身に過ぎた力を手にした【子供】みたいに。

 

 なんだ? 一体何が僕を前(・)の(・)僕(・)の(・)ま(・)ま(・)で引き留めている? 前の世界への想い? いや、違う。記憶を保持できるほど強い想いなら、僕は思い出せるはずだ。

 

 引き留める、つまりは何かの繋(・)が(・)り(・)が重要になるはずだ。どれだけ離れても切れない繋がり……まさか、友情?

 

 まあそれもあるだろうが、なんだか違う気がする。最(・)も(・)大(・)き(・)な(・)理(・)由(・)で(・)は(・)な(・)い(・)。根拠はないが、妙な確信だけがあった。頭のもやがかかった部分が、やたらと疼く。

 

 考えろ、考えろ。前の僕の性格なら、最後の最後に「ま(・)た(・)遊(・)ぼ(・)う(・)ぜ(・)」なんてセリフを吐(・)く(・)わ(・)け(・)が(・)な(・)い(・)んだから。

 

 潜れ、思考のもやの中へ。何としても見つけ出せ、前の僕が最後の最後の最後まで抵抗した根(・)拠(・)を。

 

 その行動には理由がある。その言葉には理由がある。その文脈には理由がある。その抵抗には理由がある。その現象には理由がある。その論説には理由がある。その消失には理由がある。その理由には理由がある。

 

 

「また遊ぼうぜ」には、理由が──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ。そうだよ。そうじゃないか。

 

 今はもう、誰としたかも覚えていないけれど。

 

 僕は確かに、【約束】したんだった。

 

 

「また遊ぼうぜ」って。

 

 

「……先生。どうやら僕は、何がなんでも元の世界に戻らなきゃいけないらしい。大事な約束をしているのを、完全に忘れていたよ」

 

「"そっか。それで私は、君に大事な約束を守らせてあげるために、何をすればいい?"」

 

「僕は先生に、出来る限りの力を貸そう。だから先生は僕に、出来る限りでいいから力(・)を(・)貸(・)し(・)て(・)く(・)れ(・)。あくまで、平等に」

 

「"あくまで、なんでとんでもない。初めて会った時から決めていたよ。安心院(あんしんいん)さんと私は、対等で、公平で、平等だ。だから、私に君を手伝わせてくれ"」

 

 僕と先生は、どちらともなく──全く同時に、お互いの手を握った。先生が持っているシッテムの箱も、何かを伝えるかのようにピコピコと点滅している。

 

 -・-(わ) -・(た) --・-・(し) -・・-・(も) ・-・・・(お) ・-・--(て) ・--・(つ) -・(た) ・・(゛) ・-(い) --・-・(し) -・・-(ま) ---・-(す) --(よ) か。ありがたいね。

 

 僕はシッテムの箱の管理者──アロナちゃんに向かって、手を伸ばして頭を撫でた。どことなく、嬉しそうにしているように見える。

 

「……先生、いつまで手を握るつもりなのかな」

 

「"君が安心出来るまで、私は君の手をとり続けるよ"」

 

「そういうことじゃないんだが……まあいいや、困った時は頼るからよろしく頼むぜ」

 

 その言葉を皮切りに、僕たちは手を離した。だけど、以前よりもぐっと距離が縮まった……ような気がする。

 

「それじゃ、今度こそアビドスに向かおうか。ボケっとしてると置いてっちまうぜ、先生」

 

「"やけに積極的だね。でも、私はそうやって能動的に動ける人のことは、尊敬するな"」

 

 積極的? そりゃあそうだろ。だって僕には、自(・)分(・)か(・)ら(・)動(・)く(・)理(・)由(・)が(・)出(・)来(・)た(・)ん(・)だ(・)か(・)ら(・)。

 

【先生】が【物語】の【主人公】?

 

 シロコちゃんを【主人公】に据える?

 

 知ったことかよ。

 僕の人生の【主人公】は僕だ。

 

 だから僕は、失われた僕を取り戻しに行かなければならない。是が非でも、何がなんでも、死に物狂いで。

 

 記憶喪失も記録喪失も、関係ない。どんな障害が立ちはだかろうとも、僕は、安心院(あじむ)ナジミは──。

 

 

 

 

 

 

 

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なじみアーカイブ

 

 1章  砂狼シロコのありふれた襲撃 

 

第19箱 安心院(あじむ)ナジミの能動的決意

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちなみに先生。さっきの質問の続きの答えを聞いておきたいんだが、君は僕に、何をさせようとしていたのかな?」

 

「"自(・)由(・)。自由にさせようとしていたんだよ。私に生徒の行動を縛る趣味はないしね"」

 

「わっはっは、それでこそ先生だ。これからもよろしく頼むぜ」

 

「"こちらこそ! 頼りにしてるよ、安心院(あんしんいん)さん!"」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで? 今度は私に何の用があるのさ、黒服の人」

 

「おや、暁のホル……いえ、ホシノさんでしたか。予定していたよりも早い時間なのですが……まあ折角ご足労いただいたわけですし、早めに始めてしまいましょうか」

 

 ホシノは黒いスーツを身に纏った、全身黒ずくめの男と相対していた。この場合の黒ずくめというのは、文字通りに、頭の天辺から爪先の先まで、真っ黒に染められている、という意味である。

 

 しかし、その男の頭部。特筆して挙げるのならば、頭頂部から、人間の口に相当する部分にかけて。ま(・)る(・)で(・)罅(・)が(・)入(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)か(・)の(・)よ(・)う(・)に(・)、そこだけが白かった。

 

 右目部分の罅割れは、ホシノに対して、見透かされているかのような感覚を与えた。口元は常に笑みを湛(たた)えているようにも見え、なんとも言えない薄(・)気(・)味(・)悪(・)さ(・)を演出している。

 

 ──人外。

 

 人から、外れている。

 

 と、そう評するしかないその【大人】は、依然立ち上がったままのホシノに着席を勧めたが……しかしホシノが座るつもりはないというのを感じたのか、大人しく席についた。

 

「事(・)情(・)が(・)変(・)わ(・)り(・)ま(・)し(・)た(・)。そして、都(・)合(・)が(・)良(・)く(・)な(・)り(・)ま(・)し(・)た(・)。故に、アビドス最(・)高(・)の(・)神(・)秘(・)を持つあなたに対して、新(・)し(・)い(・)提(・)案(・)をさせていただこうかと思いましてね」

 

「……新しい提案? っ、ふざけるな!! それはもう──」

 

「まあまあ、落ち着いてください。あなたにとっても、アビドス高等学校の皆様にとっても……悪(・)い(・)提(・)案(・)で(・)は(・)な(・)い(・)はずです」

 

「──っ、はぁ……それで?」

 

「そう焦らずとも、私の気が変わることなどありませんからご安心を。それから、敢えてこう言わせてもらいましょうか──」

 

 黒服は、机の上で両肘を立て、そのまま腕を組み、どこか楽しげに首を傾けた──逆光で黒味がより際立ち、罅割れのような口元が、ホシノを嘲笑うかのように持ち上がる……そんな錯覚を与えた。

 

「──あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ。興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください」

 

 ホシノは、【子供】だ。目の前の【大人】の異様な雰囲気に気圧され、その場から動くことも出来なかった。

 

 緊張からか、喉が乾いた。だというのに、一筋の冷や汗が流れ落ちる。水分を求めるかのように、一度固唾を飲む。

 

 が、しかし。何(・)も(・)変(・)わ(・)ら(・)な(・)い(・)。

 

 変えられない。

 

 小鳥遊ホシノには、なにも。

 

 

 

「ククッ、クックックック……」

 

 

 

 黒服の笑い声だけが、ホシノの耳に響いていた。

 

 

 

 








 1章「砂狼シロコのありふれた襲撃」はここで終わりです。ここまでが実質序章でした。タイトル回収が早い。

 次章は少し書き溜めしてから連続投稿することにします。

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