やりたい放題その2。
「つーわけで、すっかりキヴォトスに馴染んじまったわけだけど、しかし……あれだね。改めて考えると、この世界イカれてんな」
「"……えっと、
「どうしたんだい先生。鳩が
「"君一応記憶喪失って
「記憶喪失というか、
まあこうなるのは分かってたさ。人格に大した影響が出ないのも、記憶そのものが消滅するわけじゃないってことも。
ただ、前までいた世界のことが全く思い浮かばないだけ。思い浮かばなければ、帰れるものも帰れないから、僕の世界を僕の代わりに【大人】の先生に覚えておいてもらったというわけだ。
「少し頭にもやがかかっている感じがするだけで、それ以外に問題は無さそうだから、先生はそこまで肩肘張らなくてもいいよ。よし、それじゃあ今日も張り切ってアビドスの連中を助けていこうか」
「"……私、結構な感じで格好つけちゃったんだけど、どうしよう?"」
「別にいいじゃん、そんなに気にすることないって!先生の勇姿はしっかりとカメラに収めておいたから、後で楽しんできな」
と、まあ、僕の方はこんな感じ。大変そうに見えるよな。だけど実はこの記録喪失、デメリットよりもメリットの方が大きいんだぜ。
一つ目のメリット。目標が
これは簡単に説明すると、「僕の記憶を戻せる
僕の記憶は、言い換えれば僕の脳に保存されたデータだ。つまり、
体の一部を物理を無視して元に戻せるなら、体の全部を物理無視で復旧することができないはずがないのだ。
二つ目のメリット。キヴォトスに馴染んだおかげで、
恐らく
「"……とにかく、今の所は大きな変化はない、ってことでいいんだよね?"」
「確認できた限りでは、だけどね。まあなるようになるだろうし、なるようにしかなれないさ。いつまでも同じことを考えていられるほど、僕は気が長くない」
差し当たっては、アビドスの連中にも記録喪失について伝えちまおうか。どうせ大した変化でもないし、シロコちゃんなんかは案外茶化し──。
「───いや、
ただでさえ混乱している対策委員会の連中に、その上僕が記憶を、記録を喪失したことを伝える?
ダメだろ、それは。あんなお人好しの連中にそんなことを伝えたら、僕への心配の方が勝っちまうだろうが。君たちは自分の心配をしていればいいんだ。
「"……
「いや、これは無視できる事態じゃあねーぜ。先生、昨日話したばかりだから忘れているわけがないと思うんだが、僕が三兆年生きていることは知っているね?」
「"うん、覚えているとも。絶対に忘れないって約束したからね……というか、
そう言われてみればそうだな。確かに覚えているのに、
「とにかく、僕は前の世界の記憶を失ったせいで、その三兆年分の経験が
「"18年……つまり、君が生まれてからキヴォトスで過ごした
「随分と物分かりがいいじゃないか。昨日はあんなに慎重だったというのに」
「"あの時はどうなるか分からなかった──もしかしたら、君の命に関わる事態になるかもしれなかったからね。【大人】として、当てずっぽうで動くわけには行かなかったんだよ"」
「今はいいのかい?」
「"命には関わらない。だから、君の判断を
空元気で言って……るわけではなさそうだね。それなら僕は、先生の意思を汲むとしようか。
「オッケー、先生がそう言うなら、シャーレ所属である僕は従うだけだ。もはやどこから来たのかは忘れちまったが、戻る手立てが見つかるまで、
「"任せてよ、そういう約束だからね。じゃあ改めて、私たち
三人……ああ、アロナちゃんをカウントしてんのか。さすが先生、こういうところは外さないねえ。
「……アビドスを支援しに行くのは構わないが、これから先、僕はどう振る舞うべきかな? 今の僕はシャーレ所属なわけだし、君好みの采配にしてくれて構わねーぜ」
「"えっ、私好み!? どうしよう、うわー迷うなあ!"」
……元気なのは良いが、なんというか、一挙手一投足・一言一言が犯罪臭えな。先生のことは信用しているから、そんなことにはならねーだろうけど。
「"……よし、決めた!ナジミ──"」
「僕のことは
僕がそのセリフを吐いた瞬間、先生はひどく驚いた表情をしていた。いや、まあ僕も驚いているけどさ。
「"ナジ……
「僕もそう思ってたんだがね。が、しかし……実際の所は
しかし
「"……
「ごめん、少し考える。だから待っててくれ」
「"……分かったよ。都合が良くなったら話しかけてね"」
失われた三兆年が、前の僕を形取っていたはずなんだ。高々18年しか生きていない(ことになっている)僕では、
もっと子供っぽく、わがままに、一京のスキルを片っ端から試すはずだ。まるでその身に過ぎた力を手にした【子供】みたいに。
なんだ? 一体何が僕を
引き留める、つまりは何かの
まあそれもあるだろうが、なんだか違う気がする。
考えろ、考えろ。前の僕の性格なら、最後の最後に「
潜れ、思考のもやの中へ。何としても見つけ出せ、前の僕が最後の最後の最後まで抵抗した
その行動には理由がある。その言葉には理由がある。その文脈には理由がある。その抵抗には理由がある。その現象には理由がある。その論説には理由がある。その消失には理由がある。その理由には理由がある。
そうだ。そうだよ。そうじゃないか。
今はもう、誰としたかも覚えていないけれど。
僕は確かに、【約束】したんだった。
「……先生。どうやら僕は、何がなんでも元の世界に戻らなきゃいけないらしい。大事な約束をしているのを、完全に忘れていたよ」
「"そっか。それで私は、君に大事な約束を守らせてあげるために、何をすればいい?"」
「僕は先生に、出来る限りの力を貸そう。だから先生は僕に、出来る限りでいいから
「"あくまで、なんでとんでもない。初めて会った時から決めていたよ。
僕と先生は、どちらともなく──全く同時に、お互いの手を握った。先生が持っているシッテムの箱も、何かを伝えるかのようにピコピコと点滅している。
僕はシッテムの箱の管理者──アロナちゃんに向かって、手を伸ばして頭を撫でた。どことなく、嬉しそうにしているように見える。
「……先生、いつまで手を握るつもりなのかな」
「"君が安心出来るまで、私は君の手をとり続けるよ"」
「そういうことじゃないんだが……まあいいや、困った時は頼るからよろしく頼むぜ」
その言葉を皮切りに、僕たちは手を離した。だけど、以前よりもぐっと距離が縮まった……ような気がする。
「それじゃ、今度こそアビドスに向かおうか。ボケっとしてると置いてっちまうぜ、先生」
「"やけに積極的だね。でも、私はそうやって能動的に動ける人のことは、尊敬するな"」
積極的? そりゃあそうだろ。だって僕には、
【先生】が【物語】の【主人公】?
シロコちゃんを【主人公】に据える?
知ったことかよ。
僕の人生の【主人公】は僕だ。
だから僕は、失われた僕を取り戻しに行かなければならない。是が非でも、何がなんでも、死に物狂いで。
記憶喪失も記録喪失も、関係ない。どんな障害が立ちはだかろうとも、僕は、
1章 砂狼シロコのありふれた襲撃
「ちなみに先生。さっきの質問の続きの答えを聞いておきたいんだが、君は僕に、何をさせようとしていたのかな?」
「"
「わっはっは、それでこそ先生だ。これからもよろしく頼むぜ」
「"こちらこそ! 頼りにしてるよ、
「……それで? 今度は私に何の用があるのさ、黒服の人」
「おや、暁のホル……いえ、ホシノさんでしたか。予定していたよりも早い時間なのですが……まあ折角ご足労いただいたわけですし、早めに始めてしまいましょうか」
ホシノは黒いスーツを身に纏った、全身黒ずくめの男と相対していた。この場合の黒ずくめというのは、文字通りに、頭の天辺から爪先の先まで、真っ黒に染められている、という意味である。
しかし、その男の頭部。特筆して挙げるのならば、頭頂部から、人間の口に相当する部分にかけて。
右目部分の罅割れは、ホシノに対して、見透かされているかのような感覚を与えた。口元は常に笑みを
──人外。
人から、外れている。
と、そう評するしかないその【大人】は、依然立ち上がったままのホシノに着席を勧めたが……しかしホシノが座るつもりはないというのを感じたのか、大人しく席についた。
「
「……新しい提案? っ、ふざけるな!! それはもう──」
「まあまあ、落ち着いてください。あなたにとっても、アビドス高等学校の皆様にとっても……
「──っ、はぁ……それで?」
「そう焦らずとも、私の気が変わることなどありませんからご安心を。それから、敢えてこう言わせてもらいましょうか──」
黒服は、机の上で両肘を立て、そのまま腕を組み、どこか楽しげに首を傾けた──逆光で黒味がより際立ち、罅割れのような口元が、ホシノを嘲笑うかのように持ち上がる……そんな錯覚を与えた。
「──あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ。興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください」
ホシノは、【子供】だ。目の前の【大人】の異様な雰囲気に気圧され、その場から動くことも出来なかった。
緊張からか、喉が乾いた。だというのに、一筋の冷や汗が流れ落ちる。水分を求めるかのように、一度固唾を飲む。
が、しかし。
変えられない。
小鳥遊ホシノには、なにも。
黒服の笑い声だけが、ホシノの耳に響いていた。
1章「砂狼シロコのありふれた襲撃」はここで終わりです。ここまでが実質序章でした。タイトル回収が早い。
次章は少し書き溜めしてから連続投稿することにします。
感想・評価・ここすき等よろしくね。