先生と
対話なので、つまり大人のやり方です。
夜の学校というものは、存外に賑やかな物で──まあつまり、未だに風がやかましいということだ。
天気を変えるスキル「
ま、実のところはほとんど目星が付いてるんだけどよ。荒唐無稽な仮説に殉じるほど、僕も考えなしってわけじゃない。
それはさておき。
僕と先生は、ホシノちゃんについていく形で校舎を歩き回っていた。規模が小さい学校とホシノちゃんは言うが、それにしたって普通の学校の校舎よりは大きい気がする。
果たして全盛期のアビドスは、どれだけ大きかったのやら。今となっては、それを知る手段はほとんどないがよ。
「うへ〜、ここも砂まみれだあ……まったくさあ、砂嵐ももう少し減ってくれれば、掃除も楽なのにね?」
「掃除くらい、僕が何回でも手伝ってやるさ。青いはずの春が砂色にまみれてるっつーのも、風情があると言うには無理があるだろうし」
「……そりゃありがたいね。借金返済の目処が立ったら、その時はお願いしようかな。
「さて、どうだかね。そもそも僕は、誰の依頼でも断らねーよ。よっぽど変な依頼じゃねー限りはね」
「変な依頼、と言うと……例えばどんなの?」
「『市街地で裸エプロン姿を晒してこい』とかじゃなければ、何でもいいぜ。」
「うーん、ちょっと倒錯的すぎるかな……えっと、念のため聞いておきたいんだけど、私ってそういう依頼するように見える?」
倒錯的だってさ。言われてんぜ 記録喪失 くん……これ邪魔くせーな、マジで。まあこれはまた今度。
……ホシノちゃん、結構マジで不安がってるな。僕の性格上、ふざける時と真面目な時にほとんど違いはないから、本気にしてるのかもしれないね。
おもしれーから黙っとこ。
「ちょっ、ちょっと、
「"大丈夫、大丈夫だから!
「緊張をほぐすためって……
「……はあ、そうだよホシノちゃん。それと先生、僕らしくもなく気を回したんだ。それを指摘するのは無粋ってもんだぜ」
まあ冗談半分だったが、わざわざそれを言う必要もねーだろ。
「うへ、そういうことなら……うん。ありがとう。それじゃあ本題に入ろっか。えっと、そうだな……まずは昔の──私が入学した時のアビドスについてお話ししよっかな」
ホシノちゃんはゆらゆらと揺れるように歩きながら、僕たちに向けて語り始めた。先生と僕は、それを黙って聞くことにした。
「うち──アビドス高校はもともと、今の有様とは似ても似つかないくらい、おっきい学校だったんだって。想像つかないよね〜、私もちょっとできないや」
ホシノちゃんは語る。
「私が入学した時には、もう全校生徒の数は二桁だったし……どうしてこんなに大変な学校に入ろうと思ったんだろうね? 他の学校に行く選択肢もあったのに……」
ホシノちゃんは語る。
「在校生徒数はどんどん減っていって、最終的には私と、あともう一人──
ホシノちゃんは語る。
「その先輩は、馬鹿みたいに楽観的で、馬鹿みたいにお人よしで、馬鹿みたいな馬鹿だったのに……生徒会長なんかやっちゃって、残ってるのは私だけだったし、私も副会長になってさ、二人で馬鹿やってた」
ホシノちゃんは語る。
「アビドス自治区は砂漠化の一途を辿って、財政も凄く苦しかったけど……財政に関しては二人でなんとか、損失を最小限に収めてたんだよ。本当に偉いよね〜、私も……ユメ先輩も」
ホシノちゃんは語る。
「だけど自然の脅威には抗えなくってさ。その後も砂漠化は止まんなくって、他の校舎は砂に埋もれちゃった。残ったのは、この別館だけ。だから移動もできなくて……する気もなかったけどね、大変だし」
ホシノちゃんは語る。
「……両手じゃ数え切れないくらい辛いことがあった。両腕じゃ抱えきれないくらい苦しいことがあった。だけど、そのおかげで今の私がいる。
ホシノちゃんは語る。
「それに、悪いことばっかりじゃなかったしね。ここにいなかったら、ここまで来られなかったら、シロコちゃんやノノミちゃんに会うこともできなかったし、セリカちゃんとアヤネちゃんも迎え入れられなかった」
ホシノちゃんは語る。
「だから……私が今まで頑張ったことには、相当無理があったし、相応の無茶だってしたけど……無駄じゃなかったんだな、って思ってる」
ホシノちゃんは語る。
「……うへ、何言ってるんだろうね? 昔のアビドスの話をするって言ったのに、これじゃおじさんの身の上話だ──」
「"ホシノ"」
ホシノちゃんが照れを隠すかのように、へにゃっと笑いながら頭を掻いた瞬間、先生は彼女へ呼びかけた。その表情は柔らかいもので、何かを問い詰めるようなものではない。
「……なあに、先生?」
「"ホシノは、この学校が好きなんだね。私はホシノと出会って、まだ日は浅いけど……それでも分かるほど。
ここで僕に振るかよ。まあここは正直に、思ったことを言っておくか。嘘をついたりお世辞を弄する必要もない。
本音も言っておこう。
「聞いてるこっちが胸焼けしちまうくらい、アビドスが好きなんだろうなってことは分かったさ」
「アビドスが、好き。なるほど、そうかもね〜……いや、うん。そうだね。多分私は、私自身も言い表せないくらい──言葉にできないくらい、しようとも思わなかったくらいに、
「そりゃあそうだろうね、僕にだって分かるんだから──だからこそ解せねーな。どうして
「……しょうがない、正直に話すよ。変に誤解を残したままだと、明日からもわだかまりが残っちゃいそうだしね〜」
変に取り繕っているという印象は……特段感じねーな。少なくとも、嘘を吐きそうな気配はない。今のところは。
「私は二年前から、
「"……それは、どんな提案だったの?"」
「『アビドス高校を退学し、私たちの指定する企業に所属してくれれば、
うわ、胡散臭いにもほどがあるだろ。僕が言えた義理じゃねーが──「言えた義理じゃねー」が思い浮かんだってことは、前の僕も大概胡散臭かったってことかよ。しかも自覚アリ。
「で、ホシノちゃんはそれにサインしたのかい? いやまあ、ここにいるということは、していないのだろうけど」
「そりゃそうさ〜。破格の条件だったけど……でも私がいなかったら、アビドス高校は崩壊しちゃうじゃん?ほら、多分シロコちゃんとか、毎日銀行強盗の計画を企てちゃうよ」
企てるだけに留めてくれればまだ御の字だろ。あの子はやる時は……やる時じゃなくてもやるはずだ。
「とにかく、あいつら……PMCで使える兵力を集めてるみたい。何のためかは知らないけど、先生も見た通り、過剰なくらいの兵力を」
「"ホシノに取引を持ちかけてきたのはどんな人なのかな。カイザー理事? それとも、もっと別の人?"」
「別の人だよ。ただ、あいつの正体は分からないんだけど……私はあいつのことを黒服って呼んでる。何となくぞっとする奴で、なんて言うのかな。武力でなら勝てると思うけど──
──それは、なんだ。
僕は知っているぞ、そういう奴を。どのような形であれ、
思い出せないということは、つまり
「怪しいやつだけど、特段問題は起こしてなかった。ただ、あのカイザー理事でさえ、黒服のことは恐れてたように見えたよ」
……まあ、そんなことは万に一つもないとは思うが、
一回、その黒服とやらを訪ねてみるか。
「"それじゃあ、ホシノ。この退部届は──"」
「……うへ。まあ
ホシノちゃんはそう言うと、先生から退部届を取り返し……その手でビリビリに破り捨てた。
「うへ〜、すっきりした。こんなことを伝えたら無駄に心配させちゃうと思って黙ってたけど……対策委員会に隠し事はナシ、ノノミちゃんの言ってた通りだね」
「"だったら、ホシノ。ちゃんとみんなに説明するんだよね?"」
「うん、明日の朝、ちゃんとみんなに説明するよ。心配かけっぱなしってのも、なんというか無責任だしね。ま、実際のところ、今はあの取引を受ける以外の方法は思いついてないんだけど──」
……流石に苦言を呈したいところだが、先生が何か言いたげだ。僕が今何を言ってもホシノちゃんには響かねーだろうし、適材適所という言葉もある。
頼んだぜ、先生。ここで話が済めば、決着が付いてくれれば──
「"きっと何か、他に方法があるはず。だから私は、まだ諦めるには早いと思う"」
「……あはは、そうだね。奇跡でも起きてくれれば、そうかもね〜。うん、そうだよ、奇跡が……奇跡…………ははっ、
……先生でも、ダメか。
「──はい、この話はここでおしまい。じゃあ、また明日ね、先生、
ホシノちゃんは、まるで全部諦めたみたいに笑って、僕たちに背中を向けた──ところで、突如先生がホシノちゃんを呼び止めた。
「"ホシノっ!!"」
「っ……何かな〜、先生?」
「"私が、大人としてなんとかする! だから……!!"」
「……うへへ。私、そんなに元気なさそうに見えた?」
先ほどよりも、少しだけ安心したような表情を浮かべたホシノちゃんは、やはり態度を取り繕い──いつもの調子で笑った。
「……そっか。そっかあ──ありがとうね、先生」
ホシノちゃんはそう言うと、手を振りながら昇降口を通って、校舎を後にした。残された僕と先生の間には気まずい空気感が……じれったいな。
「さ、先生。顔を上げたまえ……この後ホシノちゃんがどういう行動に出るのか、大抵の予想は付いているんだろう?だったらうじうじとはしていられないぜ」
「"……
「おっと、止めないでくれよ、先生。なに、そこまで変なことをするつもりじゃない──大人が諭して聞かねー奴には、やっぱり
本当に、こんなことはしたくねーが……いや、待てよ。見方を変えれば、これも僕がこの世界についてより詳しく知る足がかり、もとい手がかりになるのではないか。
つまりこれは、ホシノちゃんのためではなく、僕自身のために
「先生。アビドスから依頼されて、僕たちはここに来ているわけだが──『
「"──いいや、
流石だね、先生。僕のやりたいこと、目指すところ、望む結果──全てを瞬時に察し、僕に合わせてくれた。
だったら応えねーとな。
「"ところで、
「おいおい、まさか僕が生徒に手を出すとでも?それに『何をしに行くのか』って、そりゃあ決まってんだろ──」
さて、いっぺんやり合おうぜ、ホシノちゃん。
絶対に逃さねーからな。
大人のやり方がダメなら子供のやり方で行くしかないですよね。というわけで、駄々をこねます。
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