「──ねえ、ホシノちゃん」
──ここは……生徒会、室?
なるほど、夢か。
「私ね、ホシノちゃんと初めて会った時、これは夢なんじゃないかと思って、何度も頬をつねったの」
……そんなことも言ってましたね。
「ホシノちゃんみたいな、可愛くて強くて、頼れる後輩がそばにいてくれるなんていう夢みたいなことが、本当に嬉しくて……ただ、こうしてホシノちゃんと一緒にいられることが、私にとっては奇跡みたいなものなの」
「……毎日毎日一緒にいるじゃないですか。昨日も今日も、明日もそうです。こんな当たり前なことで、何を大げさなことを」
「はぅ……だって……」
「『奇跡』というのはもっとすごくて、珍しいもののことですよ」
だから私は、あなたにとっての奇跡なんかじゃ──。
「……ううん、ホシノちゃん。私は、そうは思わないよ」
──っ、ユメ先輩、私は……
「ねえ、ホシノちゃん。いつかホシノちゃんにも、可愛い後輩ができたら、その時は──」
ユメ先輩。
なあに、ホシノちゃん。
私、わたしは……。
大丈夫だよ。落ちついて。
分からないって、いったい何が?
自分が。
自分の好きにすればいいんだよ。
やりたいことをやればいいんだよ。
もうなにも、分からないんです。
私が、どうして、まだ生き──。
ねえ、ホシノちゃん。
──なんですか、ユメ先輩。
…………。
ホシノちゃんがそう思ってても、
私が絶対に許さないよ。
……なんでですか。
私は、そんなこと思ってないもん。
…………。
……そんな、ことは──
自分の気持ちに嘘ついちゃダメ。
大丈夫、誰も聞いてないから。
…………わたし、は……。
……私、ずっと苦しかったんです。
うん。
ごめんね、ホシノちゃん。
でも……。
……それじゃあ、こうしよっか。
きっと、間が悪かったんだよ。
……ごめん、なさい。
いいって言ってるのに……。
ほらほら、ホシノちゃん。
思ってること、聞かせて?
うん。
すごく悲しかったんです。
……うん。
心臓がきゅっとなって、
ぽっかり穴が開いたみたいで。
…………。
苦しくて、辛くて、
悲しくて、寂しくて、
どうにかなりそうでした。
今でも、ずっとそうなんです。
あの時私がもっと……って。
多分、一生このままです。
うん……。
先輩にどう思われても、
誰になんて言われても、
私はこれを引き摺り続けます。
…………。
毎朝、あのポスターを見るんです。
びりびりに破いたポスター。
ユメ先輩の、夢の跡。
……とっといてくれてるんだ。
ありがとう、ホシノちゃん。
ホシノちゃん……。
見るたびに心が痛みます。
涙が溢れちゃいそうになります。
あのポスターみたいに、
胸が張り裂けそうになります。
…………。
……でも。
……?
ユメ先輩、聞いてください。
私、後輩が四人もできたんです。
はい、本当です。それになんと、
同級生の友達もできたんですよ。
そう、なんだ……。
ねえ。その子たちって、
どんな子なのかな?
とっても、すっごくいい子たちです。
本当に真剣にアビドスのことを
考えてくれて。
……うんっ。
その子たちと、
信頼できる大人のおかげで、
最近は結構楽しかったんです。
みんなのおかげで、私は──。
「先輩はすぐそこにいるはずです!!」
……ほんの、少しだけですけど。
ちゃんと前を向くための、
準備ができました。
分かりません。
一体私が前を向くまでに、
どれくらいの時間が必要なのか。
……そんなの、どれだけ時間が
かかってもいいんだよ。
「ん、壊れない……もう一度……」
……ねえ、ユメ先輩。
なあに、ホシノちゃん。
私、まだあそこに──
アビドスにいても、
いいと思いますか?
……それは、それはさ。
私が決めることじゃないよ、
ホシノちゃん。
「ホシノ先輩!! ここにいるんでしょ!?」
……そう、ですよね。
これは、私が決めないと。
そうじゃないと、ダメなことだ。
うん、そうだよ。
それにさ、ホシノちゃん。
決めるのはホシノちゃんだけど──。
……はい。
ホシノちゃんがそうするのを
望んでる人なら、きっと、もっと、
たっくさんいると思うよ。
「くっ……中々扉が開きません……!」
……そう、なんですかね。
……ふふっ。それじゃあ、
あんまり信用できませんね。
「"みんな! 安心院さんがやるから、一旦離れて!!"」
……ユメ先輩。
実は最後に一つだけ、
聞きたいことがあります。
──うん。分かった。
何でも聞いていいよ。
何でも答えてあげる。
……そんなの、
決まってるじゃん。
ホシノちゃんは──。
「うわああっ!? 安心院さんやりすぎ!!」
とっても可愛くって。
とっても強くって。
とっても頼りになる。
「──おや、何か来ているね」
……そう、なんですね。
私も、同じです。
「なっ……なんですか、これ……!?」
……ねえ、ユメ先輩。
なあに、ホシノちゃん。
私、まだみんなと……。
アビドスのみんなと、
一緒にいたいんです。
だから……──。
……うん、それがいいよ。
そして、それでいいんだよ。
「……しょーがねー、やるか」
それじゃあ、ホシノちゃん。
はい、ユメ先輩。
いってらっしゃい。
いってきます。
「分かって、ますよ。ユメ先輩」
目が覚めた。
そこは既に、生徒会室ではなかった。
なんて、都合のいい夢だろう。
笑えてくる。涙が出るほど。
それでも十分だ。
きっと安心院さん辺りの計らいだろう。
「…………ぁれ?」
……身体が、動く?
何故か知らないが、自由になっている。
まだ立てる。
なら守護れ。
後輩たちを。みんなを。そして私の居場所を。
私にとって、唯一残された意味のある場所を。
私は立ち上がって、声の方へと向かった。身体がとんでもなく重い。一歩歩くだけで気絶しそうだ。
だけど私は歩く。ここで諦めるわけにはいかない。みんなの声がした、気がした。だから、向かわなきゃ。
目に入った扉から、光が漏れている。きっとあそこだ。そう信じて、私は薄暗い地下から、ほのかに明るい地上へと──足を進めた。
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「え、えっと……安心院さん、今だけで何個スキル使ったんですか……!?」
「たったの100個でそんなに驚かれてもねえ。ほら、僕からすれば、こんなもんは全体の1%にも満たない量だからさ」
「ますます規格外……一回戦ってみたい」
「シロコ先輩!? 何であれ見てそんな感想になるの!? 戦闘狂すぎるでしょ!!」
「あっ、蛇みたいな兵器、撤退していきます!!先生、どうしますか!?」
「"……いいよ、放っておこう。それよりも今は──みんな、ホシノに言わなきゃいけないことがあるからね"」
先生がそう言うと──みんなの視線が、私に向いた。
「あっ、お……おかえりっ! 先輩!!」
「あーっ!! セリカちゃんに先を越されてしまいました!!」
「うっ、うるさいっ! 別に順番なんてどうでもいいでしょ!」
「セリカちゃん、どんだけホシノちゃんのこと心配してたんだい?」
「安心院さんだってそうでしょ!? とんでもない量のスキル使って、『心配してる』って言ってるようなもんじゃん!!」
「まあ僕S.C.H.A.L.Eだからね。そりゃあ心配にもなるさ」
「卑怯すぎる!!」
「まあまあ……おかえりなさい、ホシノ先輩!」
「はい、おかえりなさい、ですっ!」
「おかえり、ホシノ先輩。無事でよかった」
「……あれ〜? 安心院さんは言わなくていいの〜? あっでもシャーレだから」
「おかえり、ホシノちゃん。同じアビドス高校の生徒としてそう言わせてもらうぜ」
「やっぱり卑怯すぎるって!!」
「"まあまあ、落ち着いて、セリカ……うん、それじゃあ私も。ホシノ、おかえり"」
……いつも通りの、対策委員会だ。
私が好きな、対策委員会の空気だ。
どうやって、私を助けに来たのか分からないけど……きっと、先生が──大人が、頑張ってくれたんだ。
安心院さんも、済ました感じに取り繕っているけど、額に汗をかいている。それだけ、真剣だったのかな。
でも、みんな笑顔だ。まるでそれは、私を助けられたことが、本当に嬉しいと言っているようで。
つられて自然と口角が上がる。一緒に涙腺も緩むけど……それは何だか恥ずかしいから、必死で押し殺した。
「……なんだかみんな、期待したような表情を浮かべているけど……求められてるのは、あの台詞?」
いつもみたいに、おどけてそう言ってみる。
なんだか、それだけで嬉しくなった。
あなぼこまみれの心が、二度と埋まらないはずの心が、なんだか満たされていくような気がした。
「ああもうっ! 分かってるなら焦らさないでよ!!」
しっかり者のセリカちゃんをからかってみると、いつも通りに顔を紅くしてそう大きな声を出した。
何だか今の感じ、青春っぽいもんね。気恥ずかしいよね、分かるよその気持ち。
だけど、やっぱり。
私は、ここが大好きだ。
アビドスのみんなだけじゃなく。
シャーレの二人も、大好きなんだ。
だから、これだけは茶化さずに。
心からの本音で、みんなに伝えよう。
「うへ〜……全く、可愛い後輩たちのお願いだし、しょうがないなぁ──」
第36箱
「ただいま」
全てが終わって、後輩たちも私をもみくちゃにするのをやめてくれた頃。私は安心院さんに、どうしても聞きたいことがあったので話してみることにした。
「ねえ、安心院さん。一つ聞きたいんだけど、いいかな?」
「ん? ああ、構わないとも。救出作戦の成功祝いに、何でも一つ質問に答えてやるさ」
「……それじゃあ、さ。安心院さん、私とユメ先輩を──会わせてくれたりとか、した?」
「……会ったのかい? 梔子ユメ……君の先輩に?」
「え……何さその反応。いや、だって……スキルでも使わないとあり得なくない、かな。私が相当参ってたのもあるけど、それにしたって──」
リアルすぎた。夢と断じるには、あまりにも。
「……そうか、なるほど……ホシノちゃん、先に言っておくが、その件に関しては僕は本当に何もしてねーよ。扉をぶち破るのに躍起になっていたからね」
「えっ……いや、でも、確かに『いってらっしゃい』って、背中を押してくれて……その後、手を振って……」
「ホシノちゃん、教えてやるよ。人はそういうのを、奇跡と呼ぶんだぜ」
……奇跡。
そっか。
「本当に、奇跡なんて起こるんだ」
「奇跡なんて、本当はどこにでもあるんだよ。生まれてきただけで奇跡だし、今生きているだけで奇跡。こうして君を助けられたのも奇跡だし、後輩たちが君を助けられて喜んでいるのだって奇跡なんだよ」
「……そんな、ことでも?」
「ああそうだとも。君がそう思えば、あまねく全てが奇跡の仲間入りさ。そしてそれは、君に限った話じゃない。覚えておきなさい、ホシノちゃん。例え君がそう思っていなくても、自分に自信が無くなりそうになってしまったとしても──」
君の存在は、誰かにとっての奇跡なんだよ。
安心院さんは透き通った青い空を背にして、私に向かって指をさした。太陽の光で照らされた安心院さんの表情は、優しげな微笑みだった。
……何だか気恥ずかしくなって、私はその場で後ろを向いた。ちょうど、安心院さんに背を向ける形で。そして、声をかける。
「……ありがとね、安心院さん。それじゃあさ、帰ろっか。私たちの学校に」
「……ああ、そうするとしようか……楽しみ、だぜ」
その言葉を聞いて、私は歩き出す──と、その瞬間。黒服の言っていたことを思い出した。
そういえば……安心院さんは、私よりも神秘保有量が少なかったのだったか。それなのにスキルをあんなに連発しているということは、余程効率よくスキルを使っているのだろう。
さっきも蛇っぽい兵器相手に、100個もスキルを使っていたようだし……私が全力でスキルを100回も使ったら、神秘が枯渇しちゃうだろうなあ。
まあ、しばらくしたら回復するからいいんだけど……限界超えて使うと色々とヤバいらしいし、あんまりそこまでやりたくはないよね。
……でも、いざという時のことも考えたら、やっぱり鍛えておいた方がいいかなあ。安心院さんにスキルの神秘消費量を抑えるコツでも聞いてみようかな。
「ねえねえ、安心院さん。ちょっと気になったんだけどさ、どうやってスキルを使った時の神秘の消費量抑えてるの? コツみたいなのがあれば、おじさんに聞かせてほしいな〜」
振り返りながら、安心院さんにそう問いかけた。
「安心院、さん?」
少し考えれば、分かることだった。
安心院さんはキヴォトスの外から来たんだ。だから、キヴォトスでのスキルの仕組みなんて知っているはずがない。
私が。
そのことに気が付かなかったから。
安心院さんは、砂漠に倒れ伏していた。