3章最終回です。
僕とホシノちゃんは、先生たちとは分かれ、二人で別行動を取っていた。
どうやら先生は僕がアビドス高校に編入されたことを受けて、同じくアビドス高校在籍であるホシノちゃんと、思い出を作ってほしいらしかった。
そんな僕たちだが、今はイズナちゃんから教えてもらった甘味処で団子に舌鼓を打っているところだ。
「うーん、流石に百鬼夜行、食べ物は本当に美味しいねえ。色々と面倒臭いこともあったが、これ一本でお釣りが来るレベルだ」
「本当にね〜。ただまあ、おじさんとしては、まだまだ食べ足りないけど?
「まあ、そりゃあね。折角キヴォトスでもトップクラスのお祭りに来たっつーのに、みたらし団子一本だけで満足出来るわけもねーさ」
そう言いつつ、僕は二本目の団子に食指を伸ばした。うん、程よい甘さが最高だ──なんだか最近、美味しい食事に恵まれているねえ。
「っと……混雑してきたね。いやしかし、まさかここまで人が多いとは。シズコちゃん達がお祭りに責任を感じるというのも、何となく分かる気がするぜ」
「確かに──これ一体何人くらいいるんだろうね? みーんなアビドス自治区に流れ込んできてくれれば、大賑わいだし活気付くのにな〜」
「まあそうなったらそうなったで嬉しい悲鳴だろうがよ、連邦生徒会の方は火の車だろうぜ。人が増えればその分、治安も悪化するだろうし」
「まあその辺が一番の問題だよね〜。今はヘルメット団とか、あとはたまに他の指名手配犯が暴れるくらいだし……ま、たらればを考えてもしょうがないか!」
ホシノちゃんはそう言って、すっくと立ち上がった。それに追随して僕も立ち上がる。
「さ、
「は、言われずともそうするつもりだったっつーの。こう見えても僕は、お祭りが本当に大好きでね」
「それならちょうどいーや。まずはどこ行きたい? 射的でも金魚すくいでも、わたあめでもりんご飴でも、おじさんは何でもいいよ〜?」
「……いや、敢えてここは何も決めずに歩き回るのはどうかな。ほら、散歩とかお祭りっつーのは、成り行きに任せるのも醍醐味の一つだろう?」
「……うへ、それもそうだね〜?」
僕たちは食べ終わった団子の串を、しっかりと併設されているゴミ箱に捨ててから、甘味処を後にした。
……ホシノちゃんは、一体僕に何を聞きたいのかな。
まあ今は、素直にホシノちゃんと桜花祭を楽しむとしよう。
段々と日も沈み、桜花祭は最高潮の盛り上がりを見せていた。動くのにも苦労するほどの人混みの中をかき分けながら、僕たちは様々な屋台を回った。
射的、輪投げ、たい焼き、金魚すくい、チョコバナナ、りんご飴、焼きそば、ヨーヨー釣り、わたあめ、くじ引き、かき氷、その他諸々。
主要な屋台を周り終えたところで、僕たちは人通りの少ない場所を目指して歩き始めていた。
「ふう……いやあ、お祭りって楽しいけど疲れるねえ。あんなに人が多いと、おじさんみたいに小柄な女子はもみくちゃにされちゃうよ〜」
「僕だって同じだっつーの。先生たちはこんな人混みの中でまともに移動できるのかねえ。僕としちゃあ、少々心配だぜ」
「まあまあ。向こうには便利屋のみんなもいるし、先生は大人なんだから、これくらいは平気だって! ま、多分だけど」
「どっちにしろ、祭りを存分に楽しんだあとにする心配ではねーな。わっはっは」
「そりゃあそうだよ〜。おじさんからすれば、むしろこんなに人がいっぱいいるのが羨ましくてたまらないな〜」
そう話しつつ、ホシノちゃんは遠くに見えている巨木──神木を見上げているようだった。
多分彼女にとっての本題は、ここからなんだろうね。それならそうと言ってくれればいいのに──いや、これもまた、
「それにしても、さ。ああいうシンボルがうち──アビドスにもあれば、人が増えてくれるのかな?」
「さて、どうだろうね。ただ僕的には、単にシンボルがあるだけでは、どうにもならないとは思うが。伝統だとか、技術だとか、歴史だとか……人はそういうものに惹かれるのではないかな」
「……確かに、うちの自治区は砂ばっかりだしね〜。シンボルといえば、巨大な砂漠とか、あとは柴関ラーメンくらいのものだし?」
そんなことを話しながら歩いていたら、ふと、僕たちとは反対方向に向かう人が増えていることに気が付いた。この感じだと──
なるほど、そろそろホログラムの花火が打ち上がる時間だからね。やはり桜花祭の新たなフィナーレともなると、近くで見たい人が相当数いるらしい。
ホシノちゃんに「もっと近くで花火を見なくていいのかい」と聞こうとしたが──しかし、何らかの意図があるような気がして、僕はその言葉を引っ込めた。
代わりに、ホシノちゃんが百鬼夜行に付いて来ると決まった当初から、うっすらと感じていた疑問を、彼女にぶつけることにした。
「なあ、ホシノちゃん。君が桜花祭に付いて来たのは──やはり、これが
「……どういうことかな? おじさんは、別に──」
「いやいや、別に誤魔化さなくていいとも。君が
「──そっかぁ。そりゃ、分かるよね」
「もしかすると君は、お祭りという行事、あるいはその言葉が持つ意味それ自体に、
最悪の場合、内心を暴かれたホシノちゃんに縁を切られてしまう可能性もあるが──しかし、ここを有耶無耶で済ますわけにはいかない。
シャーレの僕としても、アビドスの僕としても。
「……うへへ、おじさんってさ、そーんなに分かりやすいのかな? これでも結構、隠し事は上手なつもりなんだけどね」
「さて、どうだかね。少なくとも僕は、ここ最近の君の様子を見るに、何らかの憂いがあるということを偶然感じ取っただけさ」
僕がそう言うと、前を行くホシノちゃんはその顔に微笑を浮かべながら振り返り、少しの間、僕と顔を見合わせた。
「……ねえ、
「……ふむ、そうだね……人通りはどれくらいかな?」
「ゼロだよ。全くいない。この喧騒の中で見る花火もいいけどさ、ちょっと、人目につかないところでお話ししたいこともあって、ね?」
ホシノちゃんは「お願い」と、やや真剣な表情を浮かべ、そう頼み込んできた。まあ、悪くはない提案だ。
しょーがねーな、乗ってやるよその話。
「ああ、いいとも。いい加減人混みも暑苦しくなってきたところだ──それじゃあホシノちゃん、案内よろしく頼むぜ」
「うん……わがまま聞いてもらっちゃってごめんね、
「構わないよ。ただ、そこは『ありがとう』の方が僕としては嬉しいね。僕たち、友達だろう」
「……それもそう、だね。うん、ありがと、
ホシノちゃんはそう言うと、しおらしく笑みを浮かべた。
「私の先輩──ユメ先輩はさ。アビドス砂祭りを復活させるのが、一つの夢だったみたいなんだ」
周囲にほとんど明かりもなければ、人通りなんかも一切無い穴場スポットに到着するなり、ホシノちゃんはそう言った。
余計なことを言って話を遮るのもあれだから、基本的には黙っておこう。返答はするが。
「例の大オアシス──ほら、カイザー基地に行く途中で見たやつね。昔はあそこで、砂祭りをやってたらしいってことは知ってるでしょ?」
「ああ、知っているとも。あそこで話したことまで、はっきりと覚えているよ。ということは、つまりあれかい。やはり君が桜花祭に来たのは──」
「うん。ちょっとでもいいから、ユメ先輩がずっと夢見てた、お祭りの空気感を体験してみたくて、さ。うへへ、女々しいこと言ってるのは分かってるんだけど……笑う?」
「いいや、笑わないよ。そして女々しいとも思わない。君が笑ってほしいと言うのならば、今この場で爆笑してやってもいいがね」
「……笑わないでいてくれて、ありがと。三年生にもなってこんなこと考えてるなんて、馬鹿馬鹿しい……って、ちょっとだけ思ってたけど、
「
「うへ……うん、
僕の台詞を取られちまったが……まあいいさ、許してあげよう。ホシノちゃんは本当に、安心した笑みを浮かべていたから。
そうしてしばらくした後、やはりホシノちゃんは、真剣な表情を浮かべて僕に語りかけた。
「……それじゃあ、
「
「うん、その通り。まあ本題というか、
「──へえ、
「後輩たちに迷惑がかからなければそれでもいいよ」
「……本気かい? 今なら冗談で流してやってもいいんだぜ」
「冗談じゃない、私は本気で言ってるよ。それくらいに、私はとんでもないお願いをしようとしてる」
……先生ではなく、僕に言ってくるあたり……やはり、
それにしたって、あんまり迂闊なことは言わねーでほしいんだがね。
「まあ、いい。今はとりあえず、そのとんでもないお願いとやらを聞いてみようじゃねーか。ほら、言ってみなさい」
「うん……あのさ、
「──僕はね、ホシノちゃん。そりゃあもう数多くのスキルを持っているとも。戦えるし、サポートできるし、それ以外のことだって──やろうと思えば、世界を丸ごと滅ぼすことだってできる」
「うん」
「今は少しミスをやらかして、スキルを使える数は少なくなってるが、実は今だって、
「……うん」
「だが、しかし。そんな僕でも──一見全能に見えるかもしれない僕にも、実は、一つだけ、たった一つだけ出来ないことがある。本当はここで話を切ってやりたいんだが、しかし断言しないことには、君の
「…………」
「ホシノちゃん。小鳥遊ホシノちゃん。僕は死者を蘇らせるスキルだけは持っていない。本当に申し訳ないのだけれど、だから僕には、君の先輩は──」
……そう伝えた時の、ホシノちゃんの表情を、僕は一生忘れることはできないだろう。
絶望、というわけではない。
ただ、「やっぱりな」という、
そして──極めて強い
それらの感情をごちゃ混ぜにした上で、しかしそれを僕に気取らせないように、上っ面だけはいつも通りを装っていた。
繕っていた。
「そっ……かぁ。そりゃ、そうだよね。うへ、うへへ、そこまで都合のいいこと、そうそう起きっこないかあ。
「……僕でなければ──」
と、そう言おうとして、やはりやめた。
起こらない奇跡を──掴めない希望をチラつかせるのは、悪手でしかないと思ったから。
だから僕は、ホシノちゃんに近づき、彼女の顔を──その悲痛な表情を覆い隠すかのように、彼女に抱きついた。
と、同時に、遠くでホログラムの花火が上がったのが見えた。数秒遅れて、通常の花火のような残響が耳に届き、体を震わす。
「……ね、
「……悪かったね。何となく、こうしてやりたい気分だったのさ──それじゃあ、ホシノちゃん。花火、見るかい?」
「……もうちょっとだけ、さ。このままで、いさせて」
「そうかい。それなら、いつまででもこうしていてやるぜ」
「……ごめんね、ありがとう……」
そう言うと、ホシノちゃんの方も僕の体を掴んできた。いつもの彼女らしくはない、弱々しい力だったが、しかし、何よりも強い繋がりだったように感じた。
ふと、花火が打ち上がっている方を眺めると、ホログラムの花火が──大勢の人々の夢が、明るく町を照らしていたのが見えた。
その景色は、まるで夢のように美しかったが。
その底抜けの明るさは。
僕たちを照らしはしなかった。
3章、完。
ホシノを連れてきたのは八割これをやるためでした。
次回からは4章「天童アリスの不可逆リファクタリング」が始まります。
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