遅刻癖が付いてる。
そういうわけで、アリスの面倒を見なければいけなくなった僕だ。あの後モモイちゃんの思考を本腰入れて覗いてみたんだが、どうやら「アリスがいなくなると部員が足りなくてゲーム開発部が廃部になっちゃう!」ということを考えていたらしい。
僕からユウカちゃんの気配を感じ取った結果、アリスの存在がセミナーに密告され、身元不明のアリスがミレニアムから追い出されるのではないか──そう早とちりした結果が、さっきの
モモイちゃんは
その直後にモモイちゃんは「アリスが懐いているから」という理由で僕に新たな「普通の依頼」──セミナーを誤魔化してアリスを不正に入学させるために
もちろんここまで、モモイちゃんは想定していた──が、流石に僕がアリスを破壊しようとしていたことまでは把握していなかったらしい。
偶然にも関わらず、モモイちゃんはアリスを救い、自分たちも助かり、僕も手を汚さずに済む最善手を取ったわけだ。いやはや、人は見かけによらないね。
さて。そういうわけで、僕はアリスの面倒を見なければならない上、一見しただけではロボットと気付かれないようにしなければならない。
……のだけど。
「
骨が折れたところでスキルがあれば秒で直せるだろって? そういうことじゃねーよ。
いやしかし、あまりに没個性すぎるのもそれはそれで怪しいか。ゲームが好きとなると、それこそ
と、今後のアリスの教育方針について僕が頭を悩ませていたところで。突如として先生が口を開き、言葉を放った。
「"そういえば、みんなには詳しく紹介してなかったね。こちら、シャーレで私の手伝いをしてくれている……
「ん? ああ、そう言えばまだ自己紹介すらしちゃいなかったのか。教えてもいない通称で呼ばれていたから忘れてたぜ──そういうわけで、
確か先生が「廃墟」に行くまでの雑談として僕のことを話題に出したのだっけか。ちゃんと愛称の方で呼ぶようにしてくれていたらしいので、まあ連絡がつかなかったことに関しては許してやるとも。
「つーか先生、どうして携帯電話が壊れたんだい。適当な言い訳ではないのだとすれば、結構危険な目に遭ってるんじゃないかな?」
「"うっ……そ、それはね……"」
「あっ、
と、僕が先生の方を振り向きながらそう言っていたところで、僕たちの会話に参加してきたのはミドリちゃんだった。
どうやら彼女の説明によると、辿り着いた「廃墟」の奥で突如として足元が開き、モモイちゃんとミドリちゃん、そして先生が落下。身を賭して生徒二人のクッションになったため、尻ポケットに入れていた携帯が破損したらしい。
「と、言うことなんです……ごめんなさい、どうにか弁償はするので……」
「えー、エンジニア部に頼めば良くない?」
「お姉ちゃん、こういうのは誠意を見せるのが一番大切なんだよ……!」
あー、なるほど。モモイちゃんは本当であれば
さて、弁償の件だが……先生に目配せをしてみると、目が合った瞬間に首を縦に振った。どうやら『"弁償しなくてもいいよ"』とのことだった。
「あー、そのことなんだがね、ミドリちゃん。先生の携帯は形状記憶合金で出来ているから一日寝かしておけば元通りになるんだよ。つーか、そろそろ治ってんじゃねーかな」
「形状記憶合金ってそういうのじゃないですよね?」
「えっ!? もしかして新素材開発部が開発したっていう、あの超高性能形状記憶合金!? もう実用化されてたんだ!」
「えっ、知ってるのお姉ちゃん!? というかそんなのあるんだ、知らなかった……」
「いや、全部嘘だけど……」
「その嘘今必要だった!?」
僕が適当な嘘をついたせいで才羽姉妹の喧嘩が始まってしまった。流石にこれはモモイちゃんが便乗したのが悪いから、僕は悪くねーよな。
そんなこんなで十五分が経過したところで、二人はようやく喧嘩をやめた。アリスの方を見ると、喧嘩に動揺したような様子はなかった。
ふむ、となると、まずは
「はあ、はあ……ミドリ、いつの間にか腕を上げたね……お姉ちゃんは嬉しいよ……!」
「はあ、ふう……いやっ、お姉ちゃんそれ、どういうキャラ付け……?」
「アリス、よく見ておきなさい。いらない嘘をつくと、ああいう風に喧嘩になっちまうからね。人を傷付ける嘘はつかないようにしなさい」
「理解。
おっと、そこに気付くとはこいつ、なかなかやるね。思考回路に関してはそこらの連中と大差ない程度には発達していると見える。
それならまあ、そこまで気を遣って教育を行う必要もないのかな。無駄なところに気を遣わなくていいってのは助かるぜ。
「まあ、それについては後々教えてやるさ。それよりもアリス、きみは先に語彙を磨いた方がいい──それで一応聞いておきたいんだが、小説と映画とゲーム、どれを使って語彙を磨きたいかな?」
「ゲームです! アリスはゲームを所望します!!」
そう来るだろうと思ってたぜ。つーか実際のところ、僕にかかればどれを使ったって
そうと決まれば話は早い。それなら僕よりもゲームに詳しい連中に、おすすめのゲームを教えてもらうとしよう。
「さて、そういうことらしいぜ
「本当に!? じゃあ『英雄神話』! 『ファイナル・ファンタジア』!! 『アイズ・エターナル』!!!」
「ちょっとお姉ちゃん、アリスちゃんは初心者だよ!? 絶対『ゼルナの伝説・夢見るアイランド』だって!!」
「えっと、えっと……『ロマンシング物語』……!」
やはりこの手の連中には得意分野の話を振るに限る。ロッカーの中にいるシャイな奴も、流石ゲーム開発部なだけあってゲーム好きらしい。
「……期待。再びゲームを始め、
アリスはそう言って、僕の手を引き、テレビ画面の前に陣取った上で僕を先に座らせ、その上に座ってきやがった。
身長がそこまで変わんねーっつーのにそんなことをされちまうと、僕としては画面が見辛くてしょうがねーんだが。まあいいけどさ、減るもんでもねーしよ。
「……いや、理由くらいは説明しろよ。アリス、何で僕の上に座ってるんだ」
「
「いや、それならそれでいいんだけどね。とりあえず、きみがしたいようにやってみるといいさ」
僕の許可を得たアリスは、嬉しそうに微笑み、それからテレビ画面に向き直った。
いや、本当に感情表現豊かだな、こいつ。
普通の生徒と見分けなんか付かねーよ。
案外、
先生の腹立つ笑顔を見ながら、僕はそう思った。
再びゲームを初めてから六時間が経過した。僕とアリス以外は全員眠っていて、目を覚ましている奴はいない。ロッカーの中の奴も含めてだ。窓から月明かりが差し込んでいて、部屋は薄暗い。
アリスは未だにゲームをやりながら、僕と話している。姿勢はもはやほとんど膝枕だ。どうやらだいぶ処理面では優秀らしく、マルチタスクなんかはお手のものって感じらしい。
……いや、違うな。
僕もそろそろ、間違いを認める時なのかもしれない。
僕でも間違うさ、そりゃあね。
実際判断を間違えたから僕は死んでいるわけだし。
僕以外の誰にも、間違いだとは言わせねーがよ。
「……
「ああ、いや……気にすることはないさ。きみはゲームを楽しんでいればいい──話している感じ、それだけで十分らしいしね」
「でも、先ほど検索した時には、友達が困っていそうなら話を聞くべきだと書いてありました。何か困っているなら、アリスに聞かせてほしいです」
……はあ。
「僕の悩みについては、また今度教えてやるさ。もっと仲良くなった時にでもね。いや本当、大したことじゃねーんだ。だから気にしなくていいさ」
「そう、ですか……それなら、ついさっき後回しにされた『人を傷付けない嘘』について教えてほしいです。ずっと気になっていました」
「ああ、そういえばそうだったね。いやあ失敬、すっかり忘れていたよ」
アリスは本当に好奇心旺盛だ。彼女は彼女なりに、何か思うところがあって言葉や話し方を学ぼうとしているのかもしれない。
それは果たして、機械的な学習なのか……それとも
どっちだったとしても、どうでもいーけどさ。
「人を傷付けない嘘なら、それはついてもいい。ただ一つ注意するべきは、他人を傷付けないってことが
「……? すみません、よく分かりません……もっと詳しく教えてほしいです」
「例えば、そうだな──」
僕の頭の中に、ホシノちゃんの顔が浮かんだ。
「……その人の、大切な人がいなくなってしまったとして。もう戻ってこないその人を待たせ続けることほど、虚しいことは存在しないということさ」
「えっと……? む、難しいです……」
「うーん、僕も案外混乱しているのかもな……僕がこの話できみに伝えたいのは」
「きみではなくアリスと呼んでください。その呼び方は……何となく、寂しいです」
「──この話でアリスに伝えたいのは、過去は変えられないけれど、
「……なる、ほど? 今はまだ、アリスには難しいですが……いつかアリスにも、
「うん、アリスは賢いからね──いつかきっと、分かる時がくるとも」
僕はそう言ったあと、膝枕のような姿勢になっていたアリスの目を覗き込んだ。カメラアイがわずかにきゅるきゅると収縮しているのが見える。
……もういいか。聞いてみるとしよう。
「アリス。実は僕はね、きみを初めて見た時に破壊しようと思ってたんだぜ」
「え、ええっ!? アリス、解体されてしまうのですか!? い、痛いのはいやです……」
「大丈夫、もうそんなことをする理由はないし、するつもりもない──だからまあ、安心してくれたまえ(
僕がそう言うと、アリスは怯えた表情を収めた。こうして見ると、やはり表情豊かだね。僕たちと、生徒たちと、何ら変わりやしない。
うん、やっぱりそうなんだろう。
それなら、まあ。
休暇ついでに仲良くしてやってもいいか。
「アリス。一応聞かせてもらいたいのだけれど、きみは人に害を加えるつもりはあるかな?」
「人に、害……それは、モモイやミドリ、ユズや先生、
「だろうね。ここ六時間できみの
実際、アリスからデカグラマトンに似通った要素は──ないわけではないが、しかし関係があるとも言えない程度しか検出されなかった。
正直断言はできねーが……まあ、今の僕はあくまでも休暇で来てるんだ。あんなに気を張らなくてもよかったかな。ちょっと過敏になりすぎたぜ。
「アリス。きみは、何になりたい? どんな存在になりたい? せっかく友達になったんだ、それだけでいいから聞かせてほしいもんだぜ」
「アリスが、何に……
……純粋だねえ。是非ともこのまま汚れを知らぬまま育って欲しいもんだぜ。確か前の世界で知り合った連中は、一癖も二癖もある連中ばかりだったからねえ。
たまにはこういう子とつるんでみるのも、まあおもしれーよな。
「そりゃありがたい話だ──それできみは、何になりたい?」
「アリスのなりたい
「──そうかい。そうだな、アリスなら……なれるのかもしれないね」
まだ何も知らないきみなら。
きっと何にでもなれると思うぜ。
それは例えば──
わははは、こいつの将来が楽しみで仕方がねーな。
「ほら、アリス。余所見をしていていいのかい? このゲームもそろそろ終盤だぜ。感動のクライマックスを共に迎えようじゃないか」
「はい! アリス、ゲームを再開して世界を救います!」
当初の予定とはだいぶズレちまったが、こういう適当なのも、まあ僕好みだしね。
アリスについてはあまり気負わず、ほどほどに解明していくことにしよう。
困ったら、そうだな……ヒマリちゃんや先生に相談すりゃあ、まあどうにかなんだろ。そうでなくとも、僕には一京のスキルがあるしね。
まるでレトロゲームのドットのような、荒っぽい展開にはなっちまったが。しかしまあ、たまにはこういう、いわゆるご都合的なのもいいよな。
ほら、たまにあるだろ? 最近のゲームじゃなくて、レトロゲームをやりたくなるタイミングが。
ここ最近、色々と無駄なことを考えすぎちまってたからね。前の僕ならともかくとして、
そういうわけで、ここ最近入りっぱなしだった肩の力を抜きながら、僕とアリスの夜は
……いや、しかし。
僕って
まあいいか。
どうなんでしょうね。
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