〜〜〜大阪市此花区/西九条〜〜〜
第二次太平洋戦争が始まって1ヶ月が経とうとしている4月4日、此花区では大きな混乱も緊張もないまま日常が続いていた。最近は防衛目的からか艦艇や戦闘車両が見られるようこそなったが、正直アメリカによる直接攻撃がない現状、戦争の真っ只中という実感は湧きづらかった。
ここ、西九条駅でもいつも通り列車が入り、改札口やホーム内ではいろんな人々が行き来していた。今は通勤ラッシュが過ぎた10時ごろのため、多くの人がいるというわけではなかったため、駅構内もスムーズに移動しやすかった。
そんな駅構内を、二人の男性が急ぎ足で歩いていた。
「で、本当にアメリカはイギリスと戦争するつもりなのか?」
特務機関の石田海上幕僚長は、優しい口調でそう言いながら、けた下にある西九条駅出口の階段を降りた。
彼は勲章のついた黒い制服を身にまとい、腰には護身用の九四式拳銃が下げられていた。階級の割には歳が若いため、顔つきなどはとても生き生きしているように感じられた。
ええ、間違いないです。と彼と同じような服装をした部下は答えた。地下に置かれた此花駐屯地に帰ってすぐ書類仕事を行わなくてはならないため、2人は足早にスクランブル交差点のある大通りを通り、西九条歩道橋下へと向かう。
歩道橋下には黒塗りの日産エキスパートの業務車1号が置かれており、石田と部下はすぐにそれに乗り込むと、
「此花駐屯地まで」
と、運転手に命じた。
車は静かに西九条歩道橋下を発進し、そのまま此花駐屯地まで向かいはじめた。
雑居ビルの多い玉造西九条線を曲がり、逆川橋筋第一号線をまっすぐ進む。
しばらくして、六軒家川を通った段階で部下が話を切り出した。
「情報本部によると、現在英特殊軍情報部でスカーレット計画という対イギリス戦争計画が発見されました。これは、欠落などが多かったですが計画が4月中を予定していると書かれていました。それに、アメリカはカナダ東部国境付近に戦力を集中させています。そう考えると、これは戦争が始まると見て間違い無いでしょう」
「なるほど....そこまでの情報が揃ってるならば、戦争開始の可能性は高いな。たしか、イギリスにはすでにもしもの時協力すると伝えていたよな?」
ふと思いついたような表情をした石田は、部下に対して問いかける。
「そうですね。もっとも、詳細な点までは伝えてはいませんでしたが」
「なら、もしもの時にうちから鳳翔型強襲揚陸艦1隻を中心とした戦闘群を送れるようにしておこう。あと、陸自で余ってる部隊はあるか?」
「陸自だと、第6師団が余っておりますけど....いいんですか?常に戦力を分散させてしまえば勝てなくなってしまう恐れがあるのでは」
「たしかに、我々が勝てる可能性が高いわけではないんだけど....外洋国家であるイギリスを中心とした英連邦が勝てる可能性はさらに低いと言っていいからな。なにせ、我が国は自国の領域を持てるほとんどの戦力で守っているほどだし....」
「あ、たしかにそうですね....」
それを聞いた部下はハッとした表情になった。
石田の言うように、日本はその保有する100万以上の戦力で自国の戦力を守っている。国内は上陸兵力や弾道ミサイルへ備えて極度に要塞化され、中央アルプスなどの山脈地帯には弾道ミサイルが配備されていた。
さらに、海上の防衛でも、領海には軍用の無人島が各地に配備され、1〜3艦隊の旗艦には臨時の統合司令部がつけられるほど徹底していた。
そんな日本と比較すると、イギリスは戦力自体は多いとはいえ、その広い領域を守るには十分という程度で、極度に防衛能力が高いというわけではなかった。
保有する戦力も軽空母や駆逐艦、フリゲートなどが中心で、日本と比べると打撃戦力である大型空母や戦艦の数も少ないし、技術力も特殊装甲や無人戦闘艦の研究が進んでいる日本ほど高いほどではなかった。
「兵力を輸送するときも日本全国に配備されてるものを護衛につけられますし、最近だとアメリカ軍の動きも小康状態なので、うまくいきそうですからね」
「そうだな。あと、護衛をつける場合はなるべく戦艦とか巡洋艦あたりがあったほうがいいな。向こうの戦艦と鉢合わせたらまずいだろうし」
「たしかにそうですね。せっかくの強襲揚陸艦なわけですし」
部下は石田の言ったことに頷いた。たしかに、大型戦闘艦が近くに入れば戦闘群も安心してイギリスまで迎えるはずだ。
「あと....気になるところとしては最近のロシアの動向ですな」
「ロシアか。たしか、向こうの戦争でも中国製戦闘機の輸送などに関わっていたらしいよな?」
「ですね。いくらアメリカとはいえ東側の戦闘機なんてあまり持てないでしょうし、輸送ルート的にも関わっている可能性は限りなく高いです。あと、最近じゃ我が国やイギリスの周りで戦力を活発に動かしてるみたいです」
「活発にか....どれぐらいなんだ?」
不思議そうな表情で石田は尋ねる。
「えーと、ヨーロッパの方では北方艦隊やバルチック艦隊がそこらへんで動き回ってるみたいで、陸空軍も国境線付近に複数の部隊を置いてるみたいです。我が国の近くでは、樺太や千島列島に一部旅団を動かしてるみたいで、太平洋艦隊も潜水艦を中心に活動してるようです」
「なるほど、確かに例年のロシア軍の稼働率から考えると、ここまで大規模に動くというのは妙だ。念のため、日本海にいる哨戒戦隊にはよく監視させておく必要があるな」
車はすでに此花通りに入り、マンションや住宅街の見られる道路をまっすぐ進んだ。もう着く頃だなと感じた石田は、窓越しに流れていく風景を見つめた。
「しかし、イギリスまで戦火が広がることとなるとはな。ここまでくると、世界のどこもかしこが巻き込まれてしまうかもな」
「まったくですね。そうならないためにも、我々の戦争だけは早く終わらせましょう」
二人はそう言って車を降りた。すでに彼らの目の前には此花駐屯地直結のエレベーターが止まっていた。
~~~アメリカ/ニューロンドン海軍基地付近~~~
黒い鯨のような船体が海面を切り、白波を立てながらゆったりと水上を進んだ。横には海沿いらしい小さな港町が広がり、時折白い船体に赤いストライプをした沿岸警備隊のカッターが艦の真横を通過した。
「そろそろ入港だな」
潜水艦〈ソードフィッシュ〉艦長のトーマス・ドッジ大佐はセイルの上でそうつぶやいた。
顔自体は通常の平静なままだが、内心は飛び上がりたいほど喜んでいる。排水量2550トンかつ電力をよく使えるスケート級攻撃型原子力潜水艦は、今まで乗っていたバラオ級より格段にいい生活が送れたが、やはり内心では陸地がとても恋しくなっていた。
(しかし、むこうの軍港はすごかったな)
トーマスは心の中でそう言うと、前日のことを思い出した。
大西洋まで監視任務を行っていた彼の艦は、一時的にニュージャージー州のフィラデルフィアに寄港していた。
通常だとこの港は多くの艦がいるような場所ではなく、多くても巡洋艦や駆逐艦がちらほらいる程度の軍港であった。
アメリカ大西洋艦隊は第二次太平洋戦争が始まる前から第1、第4、第6艦隊という海上兵力を保有しており、それらは北部と南部の境目にあるノーフォーク海軍基地を根拠地として活動していた。もともとこの基地は工廠が近くにあり、なおかつ原子力空母をはじめとする大型艦が停泊できるので、普段から多数の艦艇が行き来している場所であった。なので別の拠点まで主力が来ることはまずなかった。
ところが、トーマスが来た時には空母6隻、戦艦4隻、巡洋艦や駆逐艦が多数という大規模な戦力がそこにたむろしていた。
それらの艦艇は艦隊の第一線で活躍するようなものたちで、普段なら拠点から動くことはまずないであろう艦たちであった。明らかに、普段から大型艦が少ないフィラデルフィアにいるのは珍しい。
(もしかして....)
上はイギリスとの戦争で最初に大打撃を加えるつもりなのではないか。疑問に感じていたトーマスはふとそう考えた。
たしかに、もうすでに彼らとは一触即発の状態だし、日本との戦争が小康状態な今、軍を動かすことは難しくないはずだ。となれば....
「戦争か」
そこまで考えた彼は、思わず急に身震いした。
すでに次なる戦いが今始まっているように感じられた。