【彼の昔のはなし】
彼はとある豊かな国の王子でした。唯一幼い時分に母こそ亡くしてはいたものの、それ以外は何の不自由も無く、家族と国民から愛されて育ちました。
国は大昔に賢者が創ったという大規模な幻惑魔法により竜達から護られており、外敵の心配も殆どありません。強いて言うなら、時折魔獣が迷い込んで来るぐらいでしょうか。
彼はいつしか、国軍を率いてそれを討つ父に憧れるようになりました。
「俺もいつかはそうなろう。そしたら竜どもだってやっつけて、みんなが本当に安心できる世界にする英雄になるんだ」
そんな事を童心に誓ったのです。
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ある日、国の外から一人の少女がやってきました。何でも北にある故郷をこの国の魔法で助けて欲しくてやってきたのだと。
自分には想像も付かないほどの貧しい暮らしを変えようと、たった独りここまで来た彼女の話を聞いた彼は思いました。それもきっと一つの英雄の形なのだろうなと。
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共通の話題を持つが故か、彼が少女と話す事は少なくありませんでした。国王である父も他国との繋がりが深まる事には肯定的で、週に一度茶会をするよう伝えられていたほどです。
その中では当然、互いの近況を報告し合う事もありました。日々魔法を修めるべく勉強に励む話を聞く度に、彼女が自国に帰る日が近付くのを実感します。
出会いの日から約二年、少女の10の誕生日。彼は悩み悩んだ末に、氷晶をモチーフにしたティアラを贈りました。どうか何時までも幸福で在って欲しいと、細やかな祈りを込めて。
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更に月日は流れて、6年後。少し遅めの茶会を終えた黄昏れ時に事は起こりました。
それまで身を覆っていた”何か”が剥がれ落ちた様な若干の解放感と共に、遠方からとてつもない轟音が響き渡ったのです。
──竜の咆哮が。
空の向こうを見やれば、暁を背にした巨影がひとつ。それが少しずつ大きくなっているのが分かるでしょう。
「っ、待って下さい!オマエ!オマエーーー!!」
迷っている暇は有りません。彼は直ぐさま屋敷に戻り、鎧を着込み、愛用の斧槍を携えて、竜を迎え撃たんとして向かいました。
・・・
目を覚ますと、全てが終わっていました。
何時間眠っていたのでしょうか、もうすっかり夜のようで辺りはよく見えません。ただ見渡す限りの家屋らしきものは全て焼け落ち。身近にはまるで食べ残しの様に無作為に、赤黒い何かが散乱しているのが分かります。
胸から肩に掛けてを爪で引き裂かれたのでしょうか、彼の身体にも袈裟斬りを受けた様な傷跡が3本。そこから段々と熱が失われてゆくのを感じます。
彼は竜と戦い、そして敗れたのです。
「嫌だなぁ。そんなのって、無いだろ……」
命の灯火が消える前にと、ぼうっとする頭で自分の”終わり”を考えます。
くらくてさむい、こんな空の下に独りきり。きっと誰に気付かれる事も無く、何も報われる事は無く死ぬのだと。
かつて憧れた英雄ならば最期まで諦めずに戦うのでしょう。けれど独りで逝きたくはない。誰かに傍に居て欲しい。頭の中はもうそれでいっぱいで。
彼は結局、家に帰る事にしました。
・・・
竜という災害の前に人の建造物など大した違いは無いのでしょう。破壊の痕跡は如何なる場所に於いても平等でした。望外の喜びがあったとすればそれは、倒壊した屋敷の前に血塗れの少女が倒れ伏しているのを見付けた事ぐらいでしょうか。
「……■■■■、お前」
弱った心の創り出した幻覚かもしれません。そうでなければもう手遅れで、自分と同じ様に看取ってくれる誰かを待っていたのかもしれません。
「行こう。何があっても俺が……いいや、”
それでも少女の僅かな脈拍は、再び彼に英雄の夢を見せたのです。
・・・
しかし彼は物語の主人公でも、ましてや英雄でもありません。
少女を背負い近隣の森へと薬草を摘みに向かうも、既に血を流し過ぎていた少女はその最中に息を引き取り。すると彼も糸が切れた様に倒れ、目覚める事はありませんでした。
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