少女はとある貧しい村の一員でした。日の光も届かない穴倉の中、100にも満たない人間の集団と共に竜に怯えながら細々と暮らす。そんな日々を送っていました。
しかし無気力と退廃に満ちた生活の中、少女は一筋の光を見出します。それは一冊の古びた本。かつての世にありふれた、闇を打ち払い人々の心を救う英雄譚でした。
少女はいつしか、存在する筈も無い本の中の英雄を待ち呆けるようになりました。
「あなたは一体、どんな顔をしてるんでしょう。わたしの手を取って本のあとの世界につれだしてくれますか」
そんな事を童心に想ったのです。
・・・
ある日、村を出て旅に出ていたという女性が帰って来ました。女性は暗闇の中、無気力でこちらを見ているのかも分からない村人達に向かってこう告げます。
「南には楽園が在った。竜に怯えずとも太陽の下で暮らせる場所だ。一緒に行こう、こんな場所は早く出て」
しかし女性の声に耳を貸す村人は居ません。松明に照らされている彼女の色鮮やかな異国衣装が、その言の正しさを物語っていたとしてもです。村人達には女性の言葉を信じるほどの希望も、応えるほどの気力も無かったのです。
そんな中、少女だけが彼女の話を聞き入れました。
話を聞いた少女は楽園を護る魔法をこの国に持ち帰る事に決めました。それは英雄に成りたいからではなく、『自分だけが幸せになろうとする悪い子は果たして、英雄様に助けてもらえるだろうか』という、只の不安から来るものでした。
・・・
女性の手を取って訪れた国は語られた通りの楽園でした。人々の表情は明るく誰もが明日を信じて疑っていません。
少女は此処こそが自分の求めていた場所であると確信すると同時に、不安を更に大きくします。自分だけがこんなにも幸福になるだなんてきっと、あの村の人達も英雄様も許しはしないと。
とても難しい魔法の勉強の中では他者との交流機会が少ないのも手伝い、少女は強迫観念に突き動かされていっそ自罰的な程に頑張りました。
そんな少女の話し相手は魔法の先生と、なぜか自分の事を気に掛ける彼……この国の第二王子様ぐらいでした。
・・・
心休まらない勉学と物好きな彼との交流の日々は思いの他長く続きます。
一年、また一年と年月を重ねて、互いの畏まった口調が消えた頃。少女は彼から誕生日プレゼントに綺麗な
かなり真剣味のあるプレゼントに驚いてしまった少女はしかし、気持ちの籠った贈り物に嬉しさを感じない訳でも無く。邪魔にならない時は頭に飾るようになったようです。
「(くるりと回って)どうです、似合いますか?」
「まあ……そうだな、似合ってるよ」
・・・
更に月日は流れて、6年後。少し遅めの茶会を終えた黄昏れ時に事は起こりました。
それまで身を覆っていた”何か”が剥がれ落ちた様な若干の解放感と共に、遠方からとてつもない轟音が響き渡ったのです。
──竜の咆哮が。
少女は気付きます。先ほどの感覚は、この国に入ってから、一度たりとも途切れる事の無かったものが途切れた感覚。即ち楽園を楽園たらしめていた大魔法、その終焉だったと。
「っ、待って下さい!オマエ!オマエーーー!!」
竜の咆哮と同時に駆け出した彼は、大声で呼び止めようとも止まらず行ってしまいました。かつての故郷、穴倉の中で、飢えて地上へと狩りに出た者は一人たりとも帰っては来なかった事を思い出します。
きっと彼も死ぬのでしょう。だって、英雄ではないから。
「…嫌です」
「そんなの嫌です!私が、何とかしないと…!」
魔法には必ず行使者が居ます。国を覆う程の大魔法であってもその事実は変わりません。
少女は誰が、一体どうやってそれを為しているかまでは知りませんでしたが……何十年も維持されて来た魔法が解除されたとあらば、その術者に何らかの事故が起こったに違いなく。代わりの術者を用意すれば被害は抑えられる筈だと推測しました。
即ち自分の魔法の師を探し出し、対処に向かって貰おうと。
決意を固めた少女は思い当たる場所を探しに、彼とは別の方向に駆け出しました。
・・・
痛くて、暗くて、寒くて。そんな感覚と共に目覚めて、少女は夜空の元で倒れていたと気付きました。
目覚めた場所は王家の屋敷の前。といっても屋敷は巨大な何かに押し潰されたかのようにぺしゃんこで、茶会に赴く度見えた見事な庭園はとっくに焼け落ちています。
何故今ここに自分は居るのか、何をしようとしていたのか、少女には皆目見当も付きません。きっと強く頭を打ったのでしょう、痛む後頭部に手を添わせると、べったりと厭な感触がします。治療を試みようとしましたが、体内のマナさえ尽きているようでした。
懐かしさすら感じる無力感の中、少女は今一度自らの運命を悟ります。
「私を救ってくれる”誰か”なんて結局、この世界の何処にも居なかったんでしょうか」
・・・
薄れゆく意識に身を任せて瞼を閉じ、少女は夢を見ました。
特別幸せな訳でもないただの夢。
英雄でも何でもない彼の背に身を預けて、よく晴れた空の下を行きながらいつものように下らない話をする。そんな夢。
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