ゆきんこあるけみすと   作:じいて

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【英雄譚の始まり②】

【三】

ゆきんこにとってユタは家族の様な存在だ。血の繋がりは無かったものの、元居た世界では事情あって同じ屋敷に住み着き、六年もの間毎日顔を突き合わせては他愛もない話をしていた。それがユタの父にはそれがよほど仲睦まじく見えたのか、婚姻を結ぶよう軽く勧められた事がある。

 

その時、彼女は「まるで家族みたいな関係が本当の家族になるだけですよね?」とこれまた軽く承諾した。

 

その後言い方を幾らか変えても返答はほぼ同じだった。

”特に恋愛感情がある訳でも無いが、生涯を共にしても良い程度の親愛はある”

ゆきんこという少女にとって彼はそんな存在で、だからこそ見知らぬ世界に於ける唯一の心の拠り所だった。

 

 

 

 

二人は一度別れ、支度を済ませ、今朝と同じ宿の一室──ユタの自室に移動した。

 

時間を置いて少し考えを纏まったのだろう、寝間着姿の両者が入室し向き合う形で適当な場所に腰かけると、最初にゆきんこが口火を切った。

 

「探索だけならまだしも、戦争に向かうのはやっぱり……私は反対です」

 

「どうして?」

やっぱりか、と今にも嘆息しそうな表情でユタが返す。

 

「理由は大きく分けて二つあります。第一の理由はオマエの命です。探索で必要最低限の生活費は賄えるのに、わざわざ危険を冒す必要はありませんよね?」

 

「ああ」

 

「第二に私は戦争が嫌いです。地を埋め尽くす竜も居ない平和な世界で穏やかに生きられてる筈なのに……そうなったら人と人で殺し合うなんて、冗談きついです」

 

返答はとても単純で、かつ明快なものだった。身を案じる好意と嫌悪による拒絶、その両方を受けたユタは自身が罪人になったような罪悪感を胸中に秘めながら口を開く。

 

「そうだ。マーは今のままの生活でも十分だし、わざわざ人と人で殺し合うなんて馬鹿げてる。だからコレはおれの願望で、お前を巻き込むつもりはない」

 

「…ふざけてるんですか?」

少女の声が怒気を孕む。

 

「本気だ」

呼応する様に彼も少女を睨み返した。ゆきんこは気付く、その瞳に光の無い事に。

 

「お前も分かってるだろ。今のままおれ達が元の世界に帰った所で故郷は、セブザワールは竜の巣だ。何も出来ずにまた(・・)死ぬだけなんだよ……」

 

「だからって、オマエ一人じゃ何も出来ません。今ここに居ることがその何よりの証明じゃありませんかっ!」

 

「っ、それは」

 

ユタが歯軋りをして俯く。……少し言い過ぎたかもしれない。しかし、今の彼の危うさはこうしてでも止めなければいけないとゆきんこは考えた。

 

「……頭を冷やして下さい。私達は英雄譚の主人公じゃない、奇跡を起こせる何かを持ってる訳じゃないんです」

怒りに震えながらもゆきんこの表情は能面の様に動かず、そして冷たかった。そしてその瞳にもまた光は宿っていない事を、ユタは知っていた。

 

「それでも。それでも、だ。”俺”達が何か悪い事をしたか?ただ平穏に日々を生きて、それがいつまでも続くように祈っていただけだ」

「取り戻したい。何もかもが元通りの、あの日常に戻りたい。そう思ったって良いんだよ」

 

「それで今を捨てる事になっても?」

 

「おれは死なない。お前は死なせない。その為の英雄だ。その為の力だ。──全部ぶった斬って、誰より強くなって。おれが英雄(おれ)になればいい」

 

「……」

 

諦念に満ち今を護る少女。片や、蛮勇に満ち過去を目指す彼。両者の双眸にやはり光は無い。方向性の違いはあれど、二人は等しく未来を見ていなかった。

 

「条件があります」

鼻から両者に譲るつもりが無いなら話し合いが成立する筈も無い。そうなればきっと離れ離れになり、彼はいずれ独りで死ぬだろう。そう考えたゆきんこは、自分が妥協をする事にした。

 

「戦いに出るなら必ず私を連れて行ってください。探索でも傭兵でも、どんな時でも」

 

 

 

 

ゆきんこにとってのユタと同じく、ユタにとってのゆきんこもまた家族のような存在だった。

いつまでも共に居たい、例え離れ離れになったとしてもどうか幸福で在ってほしい。そんな存在。

 

ただ、ゆきんことは一つだけ異なる点がある。”ユタはゆきんこの最期を看取った”という点だ。

彼等の故郷セブザワール-何百年もの間平穏を保ち続けた理想郷-は、世界に蔓延る災害の如き”竜”により、一晩の内にあっさりと滅ぼされた。その際ゆきんこは致命傷と共に短期間の記憶喪失を発症したのだ。

 

何も理解出来ず失意のまま眠る様に死んで行った少女と、地獄の最初から最後までを見届けて死んだ彼。

どちらがより不幸かどうかは分からないが──結果としてゆきんこは運命やそういったものへの諦めが付き、ユタは元より持っていた”英雄”への願望を更に強くした。

 




ちなみに翌日に向かう傭兵先というのは、今は亡き【それすたるびいんぐ】の第一回それ滅戦の事です。模擬戦は無料の希望参加制で傭兵とか無いんですが、ユタくん達は勘違いで入国時の挨拶で傭兵と名乗って普通に引かれました。

次:【閑話 彼が彼女になった日】
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