ゆきんこあるけみすと   作:じいて

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【英雄譚の終わり①】

【一】

数多の冒険者達の眠る世界の深層、その中でも”響峰の頂”と呼ばれ恐れられる場所。その一角で事は起こった。

 

凶悪たる魔物達と、ある冒険者の一団が交戦している最中の事だった。

 

『あっ』

 

気の緩みだったろうか。冒険者達はほんの瞬きの間だけの、しかし戦場に於いては値千銀足り得る時間の隙を晒してしまった。その刹那に翠色に淡く発光する黒い異形の魔物が後衛へと俊敏に接近し、薄水色の髪をした少女の前でその腕(と思われる部位)を振り上げたのだ。

 

「ゆきんこッ!」

前衛の一人、斧槍を担いだ黒髪の女性が叫び、魔物の背に向けて跳ぶ。弾丸の如き速度だが、それでもやはり間に合わない。

 

「っ、やあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

初撃。少女は吠えて己の武器たる鉤爪で防いだが、受け切れず体勢が少し崩れる。

 

弐撃目。間髪入れぬ繰り出されるそれに対し、また防御を試みるが失敗。弾きはしたものの勢いを殺しきれず受けた右腕が後退し、右肩が脱臼する。

 

参撃目。再度の振り下ろし攻撃を躱そうと飛び退くが、間に合わず鉤爪で受ける。当然片腕の力で受け切れるはずもなく、魔物から見て右から左へと流れた強撃は、見事に少女の右肩峰から先を斬り飛ばした。

 

「……っ!」

ぱきんと、食い縛り過ぎた歯の割れる音が小さく響く。

 

四撃目。止めと言わんばかりに横薙ぎが繰り出されるが、殆ど反射で身を反らして躱す事に成功。慣性で浮き上がった髪だけがばさりと切れた。

 

そして伍撃目、その直前にしてようやく。

 

「だらあああああぁぁッッッッ!!!!!!!」

 

ようやく黒髪の女性の得物が魔物の背に迫った。ただ来ると分かり切っている攻撃を大人しく受ける訳も無い。魔物は少女の動作を真似、振り返ってその両の腕を以てその一撃を凌がんとした。

 

白銀の刃と黒き怪腕が衝突する。ブチブチィと肉々しい触感の音色が上がるが、しかし両断には至らない。守りと固めた人ならざるモノの肉体は正しく金剛であった。

 

「良いから黙って斬られてりゃ良いもんをよぉ……」

 

しかし女性の斧槍に込める力は止まらない。魔物の肉鎧に沈み込んでも、増し続けて──

 

英雄(おれ)の道を!!!阻むなッッ!!!!!!!!」

 

そして斬るに至らずとも、埋まった斧槍ごと”放り投げた”。人を優に超える体躯はぶわりと宙を舞い、後衛の位置さえ通り過ぎて更に十数メートル後方へと飛ばされた。

 

「今だ、留めろ!」

 

「言われなくてもっ!【操、第九階位の呪、再現。(バインド・)生命、循環、束縛──停滞(オペレーション)…!】」

 

そして間髪入れずに少女が魔法を唱える。呪の類だろうか、鎖や重りを被せられているような様子が無いにも関わらず、直後魔物の動きは何かに拘束されているかのように明らかに鈍化した。

それはつまり、魔物が再び後衛の位置まで戻って来るまでの短い──しかし、戦場に於いては余りにも悠長な時間を確約させたのと同義だった。

 

後の事は単純だ。分断された魔物達は数で優位に立った冒険者達により各個撃破された。結局目立った被害はたった一人の片腕のみという、比較的軽微なものだった。

 

 

【二】

(ユタが”英雄”を目指してから、どれだけの月日が経ったでしょう)

 

(最初は良かったんです。先人達が長い年月の間に積み重ねた力が圧倒的だったから。アイツは彼等を見上げても、きっとそれ以上に頑張って、途方も無く時間を賭けた先でいつの日かあの場所まで辿り着いてみせる、なんて漫然とした思いを語って居られたのに)

 

(中途半端に強くなってしまったのが、本当にいけませんでした)

 

(血に塗れない日の方が珍しいぐらい張り切って。今回こそ死んでしまうんじゃないかと思うような危機を一緒に幾度も乗り越えて来て。それで漸く、”伝説の英雄”の末席に名を連ねられる様になって。──差は縮まってなんかいない。寧ろ引き離されてゆく一方だったと、気付いてしまった)

 

(…あの人達がもし、私達の世界に居たなら。いえ、いえ。考えるだけ無駄な事です)

 

(真の英雄達の背を追って、ユタはもうずっと身の丈に合わない危険な探索ばかりを行っています。いつ死ぬかも分からないような日々の連続なんて正直付き合いきれません。けれどアイツは私が居なければ僅かな躊躇いさえ失って、もっと早く野垂れ死ぬのでしょう)

 

(どっちを選んでも結末は悲劇なんて。厭な英雄譚ですよね、ほんと)

 

 

 

 

「んぅ……」

見慣れた殺風景の木造ワンルーム…宿屋の自室で少女(ゆきんこ)は目を覚ました。窓からの日の入り方からして、今は昼の様だ。よほど熟睡していたのか、眠気も殆ど感じない。

 

しゃり、しゃり。

さっさとベッドから起き上がろうとも思ったが、傍らから果物の皮を剥く音が聞こえている事に気付いた。

 

「おはよう。良く眠れたみたいだな」

ベッドの傍の椅子に座って林檎を剥いているのは、昨日の探索にも居た黒髪の女性──もうずっと前に変な薬を飲んで性転換したユタだった。

甲斐甲斐しい行動とは裏腹に片目隠れにポニーテールという良く分からない髪型をしていて、服装もピンクのキャミソールと黒のホットパンツを着ただけという雑なものだ。……そして恐るべき事に、これは部屋着でなく外着兼冒険着である。軽装なんてレベルでは無い。

 

「おはよーです…あれ?」

 

上体だけ起こし、軽く伸びをしようとして……出来ない事に気が付いた。右肩に包帯がグルグルと巻かれ、関節を動かせない様に固定されていたからだ。

 

「あぁ、昨日の」

 

ゆきんこの右腕の欠損を受けて第十層の探索を中断した後、パーティーと解散した二人はウィンバルトに帰ると町医者に腕の縫合を頼んだ。自然治癒に頼る方法での治療を選ぶならば、しばらくの間は冒険など行えない。それを承知しての事だった。

 

他に選択肢が無かった訳ではない。高位の魔法による治癒を以てすれば傷跡も療養期間も無しに冒険に復帰出来る。実際、二人は幾度もそれに頼って活動を続行してきた。

 

しかしそれにも高額のマーが必要だ。日毎に少し稼いでもたまの治療費で目減りしてしまう貯蓄は、遂に先日底を付いてしまったのだった。

 

「これじゃ、もう暫くは冒険なんて出来そうに無いですね」

そんな窮した現状であるにも関わらず。ゆきんこはひどく嬉しそうな表情でそう言った。

 

「…何かえらく笑顔だな?」

 

「そうです?」

 

「怪我人のする顔にはとても見えんよ。何か良い事でも有ったか」

 

「何も無いですよ」

ゆきんこはやはり、満面の笑みのままそう言った。

 

「……まあ、良いか。辛くて泣きそうな顔をされるよりはずっとマシだ」

 

「うーん、オマエにはもう分からない感覚かもしれませんが……何も無いのが嬉しいんですよ」

 

怪訝な顔をしたままのユタに、ゆきんこは覚えの悪い子供に優しく説く様にして語る。

 

「きっと明日からは何事も無く、ただ安穏とした今が続く。その位の細やかな幸せで満足出来るんです。私は」

 

「そうかい。……ん、林檎切れたぞ」

 

「わーい、うさぎさん型!」




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