《ヒンメルの死から28年後 グラナト伯爵領》
屋敷の地下牢に、押し込まれたのは2人。
片やエルフの魔法使い、「フリーレン」
片や異端の魔族、「ディエゴ」
魔族の対する容赦の無さに定評のある彼女でさえも、この時ばかりは隣の牢にいるディエゴに向けてゾルトラークを壁越しに撃とうとは思わなかった。
「どうしてくれる、イカレ女。お前のせいで魔導書まで没収された」
牢の壁越しにディエゴは恨み言をフリーレンに投げ掛ける。
「魔族が人間に化けて「角」もプライドも捨てて、魔力制限をしてまで街に忍び込んで魔導書を買う理由は何?」
そう、彼はここに来る前に自身の角を切り落としていた。
断面も伸びた髪で隠れており、お陰で連行される際にも魔族だとバレることは無かった。
「…俺は魔族としてあまりにも脆弱過ぎる。 ただ身を守る為の手札を増やしておきたかっただけだ」
フリーレンはディエゴに質問をしつつ、ある違和感を感じていた。
―この魔族、死臭がまるでしない。
―若いと言うだけでは説明がつかない程に無臭だ。
「ねえ、確か…」
「ディエゴだ」
「ディエゴ。人を食った事は?」
「っ…!人の肉なんぞ、例え飢えて死ぬ10秒前でも俺の誇りが許さん!あんな人の形をした化け物共と同じにするんじゃあないぞ!」
フリーレンの問いに対し、彼はあの時村落を襲撃した時の光景を思い出しながら捲し立てるように言った。
答えに対し、フリーレンは僅かに目を見開く。
「そう、人を食らわずにはいられない筈の魔族がそれを拒むとは――」
「お前がフリーレンか」
唐突に、フリーレンがいる牢の扉が開かれた。
ディエゴは何が起きているか分からず、壁に耳を当てる。
数秒の会話の後に、戦闘が始まったのか激しい物音が聞こえて来る。
肉を切り裂く音と共に男の呻く声が牢に響く。
「このクソアマ!!」
「待ってくれ話を――」
「先ずは1匹」
決着はあまりにも呆気なく付いたようだ。
静かになった牢から、彼女が出てきた。
そしてディエゴのいる牢の前に立つと、右手を前に出す。
攻撃魔法を撃つつもりだと直ぐに勘付いた。
「抵抗しないなら楽に殺してやる。そのまま動くな」
攻撃魔法を放とうとするフリーレンの顔を見てディエゴはやはりか、と過去の記憶を振り返る。
―あの時、草陰に隠れた俺にゾルトラークを撃って来やがったのはこの女か!
「撃ちたきゃ撃てばいい…」
ディエゴは両手を広げて無抵抗をアピールする。
フリーレンはそんなディエゴの姿を前にしても警戒は解かない。
―観測できる限り、魔力の流れに異常は無い…不意打ちの心配は無さそうだ。
―武器も隠し持ってる風には見えない…でも、何か胸騒ぎがする。
「…念を入れておくか」
「ぐッ…!これは!」
ディエゴの体が突然動かなくなると、空中で磔にされたかのようにピタリと止まった。
「拘束魔法だ、お前の力では振りほどく事も出来ないだろう」
漸く安心を手にしたと確信したフリーレンは攻撃魔法を発動する。
「これで2匹目――」
「本当に、勝ったと…そう思うのか?」
「…何?」
訝しむフリーレンに対してディエゴは不敵な笑みを浮かべる。
彼は拘束された時点で既に勝っていた。
「無駄だッッ!!ザ・ワールドッッ!!!」
時が止まった。
制限時間は5秒。
時の止まった世界の中で唯一動けるディエゴと彼のスタンド、「ザ・ワールド」は先ずは拘束魔法を力ずくで振りほどいた。
「どうやら、近距離パワー型レベルの腕力なら何とか脱出はできるようだな」
次に牢の鍵をパンチで壊し外に出る。
そして動けないフリーレンの眼前に立つ。
胴体をその拳で貫いてやろうかとも考えたが直ぐに拳を下ろした。
―いや、もう「遺体」の争奪戦をしていたあの時とは状況が違う。
―無闇な殺しは避けて通るのが吉と見た。
フリーレンの前を素通りし、彼は地下牢から出ていった。
5秒後には何もいない牢の壁に向かって攻撃魔法を放ち、想定外の事態に呆然とするフリーレンの姿があった。
◇◆◇◆◇◆
地下牢から出たディエゴは宿で荷物を纏めると、この街から逃げる為に門の方へと向かった。
その前に、あのフリーレンが追って来ていないか魔力探知を行おうとした時だった。
《□□□□□》
「!?」
魔力とは全く違う別のエネルギー、そして何かの「声」のようなものをある場所から感じ取った。
彼を呼び寄せるかのようにエネルギーと声は絶えずその方角から発され続けている。
その方角にあるのは、先程まで彼のいた地下牢のあるグラナト卿の屋敷だった。
「ま、まさか…いやそんな筈は…!」
困惑しながらも、ディエゴの体は自然と屋敷の方角へ戻っていった。
そこにある何かを求めて。
これから先、物語の展開的にディエゴくんには嫌でも黄金の精神に目覚めて貰います。