大日本帝国空軍遂ニ勝ツ   作:要塞

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海軍軍備計画 あるいは戦艦という艦種について

BETA大戦初期の段階において、帝国海軍の変化は斯衛を除く帝国四軍の中で最も小さなものだった。

重装備の充実を進め戦術機や強化外骨格を導入した陸軍や、解体が既定路線となりつつあった中で低空運動性に優れた攻撃機によるBETAへの航空攻撃というドクトリンを打ち出し、開発に成功した機体の性能と欧州で挙げた実績をテコに野放図ともいえる拡大に邁進する空軍、組織そのものが黎明期にある航空宇宙軍と比べ、海軍の変化は弾薬の備蓄や人員の充足に務め戦時体制に移行した程度で、傍目には規模の拡大さえろくに行っていないかのように見えた。

 

その最大の原因はBETAとの戦闘に海軍が介入する想定が難しいことにあった。

(無人の探査機を除けば)人類が初めてBETAと接触した天体である月の表面には海がない。

海と呼ばれる地形はあったが実態は巨大な平原にすぎなかった。

よって月面で行われた戦闘は低重力や真空など特殊な条件こそあれ陸戦の一種であり、そこでの戦訓から海軍がどのようにBETAと戦うべきかを考えるのは困難だった。

 

地球上での戦闘が始まっても海軍の動きは鈍かった。

着陸ユニットが落下した中華人民共和国新疆ウイグル自治区カシュガル地区はユーラシア大陸の中央部に位置し、長射程の弾道ミサイルでも用いない限りは艦艇による戦闘への介入など到底不可能な場所だった。

 

 だがその状態も戦局の悪化に伴い次第に変化を見せる。

1970年代も後半に入り欧州への派遣が検討されるようになると、海軍内部でも沿岸部からの火力投射が重視されるようになり、その一環として予備役に編入されていた紀伊型戦艦を現役に復帰させる措置が取られることとなった。

 

欧州に派遣された2隻の紀伊型戦艦は海軍上層部の期待以上の活躍を示し、特にパレオロゴス作戦失敗後の欧州連合軍の撤退を支援するため、光線級に照射を受けながらも火力投射を継続したことは、欧米諸国からも大きな称賛を受けていた。

 

パレオロゴス作戦後、大きな損傷を受けた2隻の紀伊型戦艦はアメリカ東海岸で修理を兼ねた改装に入るため、戦列を離れていた。

そしてその穴を埋めるように、現役復帰のための改装を受けた改大和型の2隻が欧州に回航される予定だった。

 

巷では紀伊型戦艦の活躍を受け、帝国海軍が保有する残る4隻の戦艦も同様に改装を受け、現役に復帰するのではないかと噂されていた。

しかし当の海軍内では、さらなる戦艦の現役復帰について否定的な意見が強くなり始めていた。

 

 理由の一つは運用コストの大きさにあった。

戦艦は一部の空母以外では比肩するものがないほど巨大で複雑な兵器システムであり、運用にはそれに比例して大きなコストが要求された。

特に紀伊型は排水量で比較すればアメリカ海軍の原子力空母さえ上回る世界最大の戦闘艦だった。

 

単純な人員数で考えても、紀伊型と改大和型の計4隻を運用するために合計で一万人を超える乗組員が必要とされており、さらに4隻の大和型戦艦を現役復帰させるなら戦艦を運用するためだけにそれに匹敵する数の乗組員が必要とされることになる。

人員の育成に時間のかかる海軍としては頭の痛い問題だった。

 

メンテナンスに必要な資材や設備も大きな問題であり、とくに設備については欧米諸国が次々と自国の保有する戦艦を現役に復帰させている状態で、合計8隻もの戦艦を欧州で活動させれば大型艦のメンテナンスが可能な設備が不足し、可動率が大きく低下することが懸念されていた。

(余談だが今回の紀伊型の改修についてはなぜかアメリカ海軍が奇妙なほどの熱心さでアメリカの施設で実施することを希望した。

紀伊型がモンタナ級戦艦の技術を取り入れて建造されたことについて、アメリカ海軍の側に何らかの思い入れがあるのではないか)

 

 そして戦艦の現役復帰について否定的な見方がされるもう一つの理由は戦艦の汎用性の低さにあった。

戦艦主砲の射程距離は通常弾でせいぜいが40km程度、威力と散布界に悪影響をもたらすRAP(ロケット補助推進弾)を用いてすら60km台に過ぎない。

この程度の射程では海岸のすぐ近くに大量のBETAが存在するような状況でしか使いようがなかった。

そのうえ戦況によっては、実際に紀伊型の2番艦である尾張がそうだったように光線属種からの照射を受けかねないほど海岸に接近して砲撃を行う必要に迫られることも多かった。

 

またその火力についても疑義が呈されていた。

確かに戦艦の投射弾量は大きく、例えば大和型戦艦なら時間当たりの投射量は陸軍の運用する榴弾砲100門分以上に匹敵する。

しかし戦艦主砲から放たれる炸薬比の低い巨大な砲弾は、それこそ戦艦のような強固な装甲に守られた敵を相手にするのでもない限り効率が悪く、通常のBETAに対する砲撃としては投射弾量相当の効果があるとは言いづらい面があった。

 

 とはいえ効率の悪さを考慮しても戦艦の火力は絶大であることは事実だった。

それにいったん人員と燃料弾薬などの物資を積み込んで出航さえしてしまえば、砲撃に必要なすべての要素を一つのプラットフォームにまとめた戦艦は、同程度の火力を投射可能な砲兵部隊に比べかなり機敏に行動することができた。

BETA大戦初期の、長射程のミサイルや航空機などの機動性の高い火力投射手段が光線属種によって封じられた状況では、戦艦による対地砲撃が他に代えがたい威力を発揮していたことも確かだった。

 

しかし空軍が画期的な攻撃機を開発し、BETAに対して機動性と集中性に優れた航空機による効率的な火力投射が可能となったことでその状況は大きく変化していた。

海軍でも同機を改修して艦載機として運用する計画が動き出していた。

母艦はひとまず商船を改装して航空機運用能力を持たせた艦艇を使用する予定だったが、アメリカなどからの技術情報の提供を受けて設計された空母の建造も開始されている。

 

第二次世界大戦後、空母を保有してこなかった帝国海軍が改めて空母を持つことの政治的意義は大きかった。

公式には新たな兵器を保有するというだけのことに過ぎなかったのだが、西側第二位の国力を持ちながら旧敵国としてさまざまな制限を課せられてきた大日本帝国という国家の国際的な地位の向上を象徴する出来事として捉える者も多かった。

 

もちろん軍事的な面においても、沿岸部のみならず内陸数百キロまで火力を投射することができる空母の戦力価値は大きかった。

帝国海軍が空母にかける期待は大きく、一部では軍団規模のBETAを単独で撃破可能な規模の洋上航空戦力を整備する構想まであった。

当然、このような構想を実現しようとするなら大量の人員や造船能力などの資源を投入する必要があるわけだから、さらなる戦艦の現役復帰など行われれば実現は遠のくことになる。

 

 海軍内で戦艦のさらなる戦力化を重視する戦艦派と航空戦力の整備を重視する航空派による対立が発生するのは必然のことだった。

まるで戦前の焼き直しのような対立だったが、今回は航空戦力の有用性が広く認められていること、すでに世界最大級の戦艦を4隻も運用していること、海軍外部からの政治的な後押しも受けられることなどの要因から後者が圧倒的に優勢だった。

 

戦艦派はそれに対して今後、欧州で何度も行われるであろうBETAの漸減のための上陸作戦においては、沿岸部への火力投射 が重要であり汎用性が低くとも射程内なら圧倒的な投射量を実現できる戦艦の運用数を増やすことが軍事的にも外交的にも有効であるという主張を展開した。

 

しかしその主張はBETA大戦が開戦した後に計画・建造が始まっていた、地上目標に対する火力投射を専門とする艦艇が多数就役し始めたことで説得力を失っていた。

例えば火砲を搭載した艦艇であれば、投射弾量に対する破片効果の効率が良い小口径の艦砲を搭載し、自動化が進んだことによって少数の乗組員によって運用することが可能だったから、対地砲撃に限定して考えれば水上砲戦を想定して重厚な装甲や大出力の機関を搭載した戦艦と比較するとコストパフォーマンスは格段に良かった。

これらの艦艇は最大でも巡洋艦程度の規模しか持たなかったから、整備どころか入港が可能な港湾さえ限られるような巨大戦艦と比べると使い勝手も大きく向上していた。

さらに最近では長足の進歩を遂げたアクチュエータ技術を利用して既存の艦砲をはるかに上回る発射速度を実現することが可能な揚弾・装填機構の研究も始まっているらしい。

 

またロケットによる火力支援も大きな存在感を発揮するようになっていた。

陸軍ではすでに性能を向上させた新型ロケットモータを使用することで、砲兵が運用する多連装ロケット砲の射程を戦艦主砲以上に延長することに成功していた。

簡便な発射装置から投射可能なロケットで、光線属種の攻撃を受けない安全な距離から効率よく一方的にBETAを攻撃できることの意味は大きく、海軍もすでに小型の貨物船などの甲板にユニット化したロケット発射機を並べた火力支援艦艇を実戦に投入していた。

弾頭重量は戦艦の主砲弾に比べ格段に小さかったが、これについては投射数で補うことができた。

むしろ光線属種による迎撃を考慮するならその方が効率が良かった。

 

 結果としてさらなる戦艦の現役復帰の優先度は大きく引き下げられることになる。

正式に中止されたわけではなかったが、航空母艦や揚陸艦艇、戦術機母艦や輸送艦など整備すべき艦艇がいくらでもある状況を考えると実質的には同じことだった。

結局のところ、戦艦という艦種は水上艦同士の砲撃戦のために生み出されたのであり、世界最大級の戦艦群を地上砲撃のために現役に復帰させたのは一時しのぎの手段に過ぎたなかったというのが、今次大戦において帝国海軍という組織が戦艦に対して下した評価だったといってよいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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