大日本帝国空軍遂ニ勝ツ   作:要塞

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81式砲戦車

 20世紀初頭、欧州を中心に世界を巻き込んだ大戦の中で生まれた戦車という兵器は、20年の時を経て行われた次の大戦において陸戦の主役としての地位を確立した。

2つの大戦の間に行われた性能の向上と運用の進歩が、戦車を戦争そのものの勝敗を決しかねない兵器へと押し上げたからだ。

そして大戦が終結し、2つの超大国が核兵器を持って睨みあう冷戦と呼ばれる静かな戦いが始まってからもその地位が揺るぐことはなく、東西両陣営の陸軍で強力な戦車を製造・運用することに多くのリソースが注がれ続けていた。

 

しかし1973年より始まったBETA大戦において主役を務めたのは戦車ではなく開戦の翌年に開発された戦術機だった。

もちろんBETAとの戦闘において戦車の活用が試みられなかったわけではない。特に1970年代中盤においてBETAとの戦闘の中核を担ったソ連地上軍は世界最大の機甲戦力を有しており、中央アジアでの戦闘では何度も戦車を中心とした機動戦が試みられた。

しかしいずれも悲惨な結果に終わったようだ。

 

原因は明らかだった。

大半の個体が戦車を超える速度と路外機動性を持つBETAに対して積極的に機動戦を仕掛けるには、戦車を中心とした機甲部隊では機動力が不足していたのだ。

BETAの攻勢を受け止める部隊が別に存在するのなら、機甲部隊でBETA梯団の側面を突くこと自体は難しくなかった。

だがひとたび交戦を開始するとその交戦自体が梯団に属する他のBETAを引き寄せることとなり、結果として殺到するBETAの物量に押されて目標である梯団内部の光線級の撃破を達成することなく撤退を余儀なくされ、あるいはその場で殲滅されることとなったらしい。

BETAとの戦闘で機動性を活かした戦術を行うためには戦術機のような既存の戦闘車両を圧倒する機動性が必要だったのだ。

 

 機動戦を諦めて歩兵と協同し直接射撃による大型種の撃破や火力支援などに徹するとしても突撃級に対する火力の不足が大きな問題になった。

BETAの梯団と正面から交戦する場合、まず始めに高速で重防御の突撃級を中心とした前衛による突撃を受けることになるのだが、戦車の主砲では装甲殻に対して威力が不足しているため正面からの砲撃で突撃級を撃破することが困難だったからだ。

側背からの攻撃や装甲殻と地面の間の隙間を通した射撃によって突撃級を撃破すること自体はできたし、ソビエト連邦のT-72などが搭載する大口径の主砲なら至近距離から複数の徹甲弾を命中させることで装甲殻を貫通することも可能だったが、そのような効率の悪い迎撃手段ではある程度以上の規模の集団による突撃を受けた場合、あっさりと対処能力を飽和させられる危険があった。

 

オーデル=ナイセ線と呼ばれる要塞陣地の存在を前提とした特異な戦術を採用した東ドイツなどではともかく、ソビエト連邦やNATOではこの問題を戦術機の投入によって解決していた。

圧倒的な機動力を持つ戦術機なら突撃級と距離を取りながら攻撃を続けることも側背に回り込むことも容易だからだ。

絶大な衝力を誇る前衛の突入さえ阻止することができれば、戦術機に拘束されたBETAに対して地上部隊が一方的に火力を投射し続けることも可能だった。

 

この戦術は既存の地上戦力と戦術機が相互に弱点を補い合うことで大きな戦力を発揮することを可能としていたが、一方で戦術機の機動を強く制限してもいた。

本来、戦術機の機動力なら特殊な地形か重包囲下におかれでもしない限り自由にBETAから距離を取ることが可能なのだが、自衛能力に乏しい地上戦力と連携する場合はBETAを拘束するために危険な近接戦闘を強いられ大きな被害を受けることも多かった。

 

 この問題に対して各国の陸軍では戦術機の性能を向上させ、数量を揃えることで対処しようとしていた。

そしてその流れの中で戦車を含む地上戦力は高価で数の揃わない戦術機に代わって火力を提供するだけの脆弱な存在として位置付けられるようになっていった。

 

EU諸国の一部ではオールTSFドクトリン、つまり在来戦力を廃して全てを戦術機によって賄うという極端な発想を唱える者もいるらしい。

戦術機のコストの高さや既に在来戦力に対して投じられたリソースの大きさから実現は難しいだろうが、そのような構想がある程度でも支持を得ること自体がBETAとの戦闘において戦術機が担う役割の大きさを物語っていると言えるだろう。

 

一方で日本陸軍はパレオロゴス作戦における大損害を経験しても欧米諸国ほど在来戦力に対して見切りをつけていなかった。

単純に、より強力な兵器を開発する目処が立っていたからだ。

 

 

 

 陸軍による新型戦車の開発そのものは1970年代前半に、77式軽攻撃機、もしくは隼と後に呼ばれることになる新型攻撃機の開発を空軍が開始したという情報を得た直後に始動したと言ってもいいだろう。

ただし当時はどのような兵器を開発するかという具体的な構想があったわけではなく、空軍と同様に宇宙開発の過程で開発された先進技術を陸軍の使用する兵器に応用する可能性を探る研究をしているだけだった。

 

始まってすぐにこの研究にはおおいに見込みがありそうなことが分かった。

すでに軍事分野での応用が始まっている、あるいは予定されている技術だけでも電磁伸縮炭素帯やスターライト樹脂に代表される炭素・樹脂系素材をはじめとして、既存の軍事用製品より遥かに高性能なセンサーや処理装置などの電子機器、大出力重量比のガスタービンエンジン・燃料電池など有用なものがいくらでも有ったからだ。

後に81式砲戦車と呼ばれることになる新型戦車の構想もこのような研究の中で生じたものだ。

 

 新型戦車に対してもっとも強く求められたのは突撃級の装甲殻を通常の戦闘距離で正面から貫通することが出来る大威力の主砲だった。

米国を通して流れてきた中央アジアでのソビエト連邦とBETAとの戦闘の情報から、ソビエト連邦の新型戦車であるT-72の125mm滑腔砲(2A46)でさえ強固な装甲殻を有する突撃級相手では貫通力が不足することが明らかになっていたからだ。

 

西ドイツのラインメイタル社で開発が進んでいた戦車用の120mm滑腔砲(後の120mmL44)の搭載も検討されたが、技術的な差異によってソ連製の戦車砲に優越し得るとしても突撃級の装甲殻に対して十分と言えるほどの威力は得られないと考えられたことから採用には至らなかった。

あるいはそのような既存の戦車砲の威力不足こそが、宇宙開発関連の先端技術を応用した新型戦車の開発という突飛にも見える計画を開始させた最大の動機であると言ってもいいだろう。

 

既存の技術の範囲内で設計された戦車砲より強力な砲を開発する目処自体は既に立っていた。

砲弾に運動エネルギーを与える発射薬については、より高エネルギーのものがすでに戦術機用の120mm滑腔砲で用いられていた。

それによって発生する高温高圧の燃焼ガスを受け止める砲身についても、ロケット開発の過程で培われた表面加工技術や材料工学を利用すれば十分に製造可能だっただろう。

あるいは既存の戦車砲と同程度の規模の砲でも必要な能力を持たせることはできたかもしれない。

しかし帝国陸軍が選んだのは135mm砲という大口径砲の開発だった。

 

口径を拡大せずに威力を高めることを選択した場合、原理的に極端な高腔圧を許容せざるを得ず、先端技術を用いたとしてもそれが開発の遅延や砲身命数の低下、命中精度の悪化などに繋がることが懸念されたからだ。

135mmまで口径を拡大しても在来砲より腔圧が高くなることは避けられなかったが、それでも条件を大きく緩和することが出来た。

その甲斐あってか砲自体の開発は順調に進められた。

 

一方で主砲の大口径化を選んだことは車両全体の設計に大きな影響を及ぼしていた。

特に大きな問題となったのは自動装填装置の構造、というよりは巨大すぎる弾薬の配置だった。

新型戦車では発射速度に対する高い要求と人力で素早く装填するには重すぎる135mm弾薬の重量から自動装填装置の採用が前提になっていた。

そしてBETAとの戦闘では一度の交戦で大量の弾薬を消費することになるから、今までの戦車より即応弾、つまり素早く主砲に装填できる場所に搭載される弾薬を増やす必要があった。

しかし即応弾を砲塔と車体のどちらに置くとしても非常識な程の巨大化を容認しない限り大量の135mm弾薬を搭載するスペースの捻出は難しかった。

砲塔と車体の双方に分散して即応弾の搭載スペースを確保するという案もあったが、この案には2つの弾薬庫から装填を行う自動装填装置の構造が複雑なものになってしまうという問題があった。

 

 弾薬の配置についての問題は、最終的には前大戦でドイツ軍が使用した突撃砲などで採用された無砲塔方式の採用、つまり主砲を車体に直接搭載することで解決された。

この方式なら砲塔内の狭い空間ではなく車体に設けられた戦闘室から主砲に弾薬を装填することになるから、戦闘室後方に車内空間の断面全てを使った大容量の弾薬庫を置くことで多くの即応弾を搭載することが出来た。

一方で主砲を前方の限られた範囲にしか指向出来ず側面や後方への砲撃が不可能になるという弱点があったが、大型種に包囲されるような状況でもない限り致命的な問題とはならないため運用によって補うものとされ許容された。

 

また突撃砲形式の車両は通常、砲塔がないことを活かして全高を低く抑えることで装甲面積の圧縮による軽量化と被発見率の低下を狙うのだが、大口径の主砲とその弾薬を搭載するために車体が大型化したことから既存の戦車と比較しても全高はあまり低くならなかった。

 

 主砲以外の構成要素についても様々な形で先端技術が適用された。

例えば機関はディーゼルエンジンなどの内燃機関ではなく燃料電池とモーターの組み合わせが選択された。

これは戦術機や強化外骨格で用いられている要素技術の組み合わせで、技術の発展に伴って高い性能と信頼性を獲得しており、低速トルクが大きく回転数の制御が容易なモーターの特性により駆動系を簡素化出来たことも合わせて機関部の重量・容積を大きく圧縮することを可能にした。

センサーやFCS等の処理装置についても74式戦車や他国の戦車と比べて大きく性能が向上しており、状況認識能力と戦闘効率の向上に大きく寄与している。

 

一方で装甲は戦車としては脆弱なもので、もっとも厚い正面装甲でもようやく機関砲弾を受け止める程度の能力しかなかった。

対応防御、つまり自車の主砲に抗堪しうる程度の防御力を持たせることが基本になる戦車の設計としてはこれは異様なものだ。

このような攻防性能の不均衡が許容されたのは大型の車体に戦車として十分な防御力を持たせようとした場合、重量が極端に大きくなりかつての重戦車のように扱いにくい車両になってしまうからだった。

実際に制式採用された81式砲戦車の重量はソ連のT-72と同程度の40トン台に収まっており、戦車砲としては常識外れに巨大な135mm砲を搭載した車両としてはかなり軽量であると言える。

またこの選択には装甲の防御力を高めてもBETAとの戦闘においては生存性にほとんど寄与しないという認識も影響している。

ほとんどのBETAは肉薄するまで相手を攻撃することが出来ないし、仮に肉薄されたなら戦車程度の車格で突撃級や要撃級などの大型種の攻撃に耐えることは構造上の強度の問題でほとんど不可能であり、中型種である戦車級の攻撃に対しても単純な装甲は僅かな時間稼ぎにしかならなかった。

 

ただし戦術機と同様の対レーザー蒸散塗膜加工を施した耐熱耐弾複合材の装甲は光線属種の照射するレーザーに対しては高い耐性を有しており、この点においては従来の戦車を上回っていた。

また戦車級への対策としてERA(爆発反応装甲)や遠隔操作12.7mm機関銃塔などが用意されており、限られた重量の中で生存性の確保が図られていた。

 

 

 新型戦車には直近に開発された74式戦車と比較するとあまりにも多くの新技術が投入されることとなったが、開発は一部を除く関係者が意外に思うほど順調に進んだ。

主砲関連以外の構成要素については開発の遅延に備えて開発済みのコンポーネントで置き換えたり省略することも検討されていたが、それもほとんど必要なかったほどだった。

投入された新技術のほとんどは実際には戦術機や強化外骨格の分野ではすでに実績のあるものであり、開発を遅延させかねない本当の意味での新技術の投入は可能な限り避けられていたのだ。

 

1978年のパレオロゴス作戦への参加とそれによって生じた大損害を受けて開発は加速し、1981年にはついに81式砲戦車として制式採用。

主力戦車とは異なる理念によって設計されたことを示すためか砲戦車という古い分類名を割り振られてはいたが、大量生産された81式砲戦車は改装を受けてもなお火力の不足する61式戦車、74式戦車に代わって機甲科で広く用いられることとなる。

 




本話の投稿とともに6,9,10話の改訂を行っております。
設定のつじつま合わせのためのものなので読み返さなくても支障はないと思います。
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