1978年 ベラルーシ
状況は最悪だ。
NATO・WTO軍合同で行われたミンスクハイヴ攻略作戦『パレオロゴス』は失敗した。
2か月に渡る戦闘で30%近い損失を被りながらミンスクハイヴを包囲した両軍だが、
ハイヴへの突入に成功したヴォールク連隊との連絡が突入の三時間半後に途絶した直後、ハイヴ内から出現した大規模なBETA集団による反撃を受け戦線が崩壊。
NATO・WTO両軍はなし崩し的に撤退戦に移らざるを得なかった。
フランツ・ホフマン少佐率いるドイツ連邦(いわゆる西ドイツ)軍第32戦術機甲大隊が師団主力の撤退を援護するための遅滞戦闘を行っているのはこのような状況によるものだった。
大隊の戦力はこれまでの戦闘で大きく減少しており、戦力として数えられる戦術機は11機。
1個中隊にも満たない数字だった。
このような状態にある大隊が遅滞戦闘を任されているのは師団、いやNATO軍全体(おそらくWTO軍も)がこの大隊同様に無惨にすり減らされた状態にあること、そして師団の手元にある戦力の中で全滅を前提にせず遅滞戦闘を行える戦力が第32戦術機甲大隊以外に存在しないことが原因だった。
物量や光線属種の対空能力に比べると意識されづらいがBETAの機動力は驚異的なものだ。
黎明期の航空機を凌駕する速度で移動することすらある突撃級を例外としても、BETAの中で最も個体数が多い戦車級でさえ不整地で時速80kmを発揮することができた。
これは戦車を含むあらゆる車両の路外機動力を明らかに越えている。
その結果として陸上戦力が一度BETAと接触した場合、その集団を殲滅しない限り戦力を保持したまま撤退を行うことは大きな困難を伴うこととなった。
戦術機はその唯一と言っていい例外だった。
跳躍ユニットにより時速数百キロで移動可能な戦術機はBETA梯団の奥深くまで入り込まない限り安全にBETAから距離を取ることができた。
だが現在の大隊にそれは許されない。
師団主力に迫りつつあるBETA梯団、その先鋒である突撃級の集団を大隊が撃破しなければ、師団主力の壊滅さえありうる状況だったからだ。
突撃級集団の撃破自体は現在の大隊に残された戦力でも時間さえあれば可能だった。
問題は突撃級を撃破するまでの間に後方のBETA梯団主力が追い付いてしまうことだ。
光線属種に頭を押さえられながら大量の要撃級や戦車級の波に呑まれれば間違いなく大隊は壊滅する。
そんなホフマン少佐の機体に入ってきたのは後方から接近する
「こちら日本『空軍』独立第52飛行中隊
これより貴隊を支援する。攻撃目標を知らせよ」
「ああ、助かった。
とにかく後続が追い付く前に先鋒の突撃級さえ吹き飛ばせばなんとか…待て、航空機だと!?」
接続が不安定になっているらしいデータリンクの情報は、後方から迫る機体が戦術機ではなく通常の航空機であることを示していた。
それに、少佐の記憶によれば日本軍の戦術機部隊は陸軍の所属で、すでに別の方面に投入されているはずだった。
「早く引き返せ! 光線級に撃ち落とされるぞ!」
「……突撃級…………だな!」
無線まで不安定になったらしく、日本軍機からの返答はとぎれとぎれにしか聞こえてこなかった。
こちらの発言もどこまであちらに届いているかわかったものではない。
ホフマン少佐はその後も呼び掛けを続けたが、突撃級集団を視界に捉えると、戦闘指揮に集中するため日本軍機のことは一旦忘れるしかなかった。
突撃級集団の規模と速度は事前の情報通りだった。
ホフマン少佐は周囲の地形を素早く確認し、部隊に号令を下すタイミングを計りはじめていた。
突撃級集団の側面に向けて、不意を討つように小高丘の向こうから数十条の光芒が伸びたのはそんな瞬間だった。
光芒の正体はかなり大型のロケットであるらしい。
わずか数kmの距離から放たれたロケットが突撃級集団の間近で連続して炸裂した。
ホフマン少佐はロケットの軌道から発射地点を推測し視線を走らせた。
おそらく先ほどの砲撃は地上部隊の多連装ロケット発射機によって放たれたはずだ。
こんな場所に取り残された地上部隊が存在するとしたら、大隊が任務を放棄して救援に向かったとしても全滅を避けることは不可能だった。
しかし発射地点と思わしき場所に目を向けても、多連装ロケットどころかそれらしき部隊の存在さえ見つけることはできなかった。
訝しむ少佐の耳に通信が飛び込んできた。
「こちら第52飛行中隊。こっちはこれで弾切れだ。
すまんがあとは頼んだ」
無線から聞こえてきたのは先ほど言葉を交わした男の声だった。
発言からするとロケットを発射したのは日本軍機であるらしい。
その時、少佐が視界の端に映った青白い炎の方に視線を向けると、そこには10機を少し超える程度の航空機が飛行していた。
その航空機は一見すると古めかしいプロペラ機のように見えた。
だが翼端の構造物から吹き出す青白い炎と木々の梢を掠めるような飛行高度は少佐の持つ常識から大きく外れたものだった。
少佐は混乱しそうになる思考を強引に打ち切った。
今は奇妙な日本軍機について考察している場合ではない。
「こちらドイツ連邦軍第32戦術機甲大隊。支援に感謝する。あとはこっちで片付けられるだろう」
見栄ではなかった。
集団全体を包み込むようにあえて弾着を散らしていたのだろうロケット弾の炸裂は突撃級集団に大きな損害を与えていた。
おそらくトン単位の弾薬を惜しげもなく投射したのだろう。
少しでも長く戦闘力を維持するために弾薬を節約しながら戦う戦術機では考えられない戦い方だった。
だがそのお陰で突撃級集団の密度は低下し、容易に側背から攻撃を加えられるようになっていた。
この状態なら突撃級を短時間で殲滅し、後方のBETA梯団主力に対して機動砲戦を挑むことでかなりの時間を稼ぎ出せるはずだ。
短い会話を交わしたあと、離脱していく日本軍機を横目に見ながら第32戦術機甲大隊はBETAとの戦闘に突入した。