1978年 帝都 某料亭
ミンスクハイヴ攻略を目的とした人類史上最大の軍事作戦であるパレオロゴス作戦は人類の敗北という形で幕を閉じた。
BETAの反撃を受けポーランド国内まで後退したNATO諸国の軍隊は、祖国防衛戦と化したBETAとの戦争を戦う東欧諸国の軍隊を盾にして西ドイツ以西まで撤退しようとしていた。
イデオロギーの断絶を超えて手を結んだ東欧諸国との外交関係を破壊しかねない行動だったが、彼らはその危険性を理解しながらも東欧諸国を時間稼ぎのための盾として扱うことを選んだ。
それどころか国民や産業基盤を欧州大陸外へ移転する計画の策定が始まっているという噂まであったから、西欧での防衛すら時間稼ぎにしかなりえないという認識を持っているのかもしれない。
そしてパレオロゴス作戦に投入された帝国陸軍の欧州派遣部隊は戦力の過半を喪失するほどの損害を被っていた。
作戦開始当初からNATO軍司令部の直轄部隊として前線に投入されていた戦術機部隊はともかく、それ以外の部隊については帝国との外交関係を考慮したのか予備戦力として拘置されていたのだが、ハイヴ攻略失敗後の撤退戦に後衛として投入されたことで一時は殲滅される寸前まで追い詰められていたらしい。
NATO軍司令部が壊滅した各国軍の戦術機部隊の残余をかき集めて強引に戦線に投入しなければ、実際に一兵残らず殲滅されていた可能性すらあったようだ。
一方で同様にパレオロゴス作戦に参加した空軍部隊は現在もポーランド国内の航空基地を策源地として戦闘を継続していた。
単純に受けた損害が小さく、戦力がほとんど低下していなかったからだ。
空軍部隊の主力である隼は後方の安全な基地から出撃し、光線属種による攻撃を避けるため低空飛行で移動し、距離を保ったまま機関砲やロケットによって攻撃を行う。
そのため機動力に劣りBETAの接近を火力によって阻止できなければ近接戦闘を行わざるを得ない地上部隊や、機動力に優れていても運用上BETAとの白兵戦を積極的に選択することさえある戦術機に比べると、出撃を繰り返していても空軍部隊が受ける損害は極めて小さかった。
そしてポーランドにおける空軍部隊の奮戦はかなりの戦果を挙げていた。
航続距離が大きく戦術機に比べて簡易な後方支援体制でも運用可能な隼は、BETAの攻勢に対して機動的に投入されポーランド軍の戦線崩壊の危機を何度も救っていた。
「だが、それでもポーランドはもう持たないだろう」
料亭の個室に集まった二人の男のうちの一人が口を開いた
「隼と東欧諸国の戦術機部隊を集中的に投入することで、突撃級に戦線を突破されて陣地防御と火力支援がまともに機能しなくなったところをBETAの物量に蹂躙されるという最悪の事態を防げてはいる。
たがそれらが機能した上でなお、度重なる戦闘による消耗に対する補充が間に合っていない」
ポーランドという国家の国力が尽きようとしているわけではない。
国力を軍事力に変換しきる前に兵士として動員すべき人民と兵器を生産すべき生産設備がBETAによって蹂躙されつつあった。
空軍部隊の奮戦は確実にその寿命を引き延ばしてはいたが、ポーランドを崩壊から救うためには比喩ではなく桁が足りない。
「欧州に移送済みの1個飛行戦隊が近日中に追加でポーランドに展開する予定だ。
今年中に更にもう1個戦隊。
それまでポーランドの航空基地を利用し続けられればだが」
話を続ける男、坂田泰助空軍少佐が口にした見積りは帝国空軍が欧州に送り込むために行った驚異的な努力を物語っていた。
現在の帝国空軍は急激に規模を拡大しつつあったがそれゆえに受け入れた人員の訓練に忙殺されており、欧州への派遣は空軍外へ向けて隼の戦力価値を実戦で証明するという要素を含んだぎりぎりの判断だったのだ。
一方でそれは現時点の帝国空軍にはポーランドを救う意図も能力も無いことを証明してもいる。
現地で戦う将兵にとってはともかく、空軍の上層部にとって現在ポーランドで空軍部隊が戦っているのは隼の実戦証明のための手段であり、政府にとってはEU諸国が戦時体制を整えるまでの時間稼ぎのための盾として、ポーランドひいては東欧諸国を1日でも長く延命させるための行動だった。
そして東欧諸国との関係は急激に悪化し続けている。
帝国空軍が政治的な問題によりポーランドからの撤退を強いられるのは時間の問題だった。
「陸軍は現在移送中の師団と入れ替わりで派遣部隊を本土に帰還させる。
それ以上の増派はしばらく無しだ。
もちろん戦術機部隊は例外だが」
個室にいるもう一人の男、西川昭一陸軍少佐が口を開いた。
「どこもパレオロゴス作戦の結果を受けて大慌てで戦のやり方を根本から検討し直してる。
特にうち(機甲)はひどいもんさ。
例外は戦術機と航空(ヘリ)ぐらいだ」
「戦術機はともかくヘリが?
ああ、そういえばうちの隼の開発にも関わっていたらしいな」
「ああ、欧州にも持ちこんだ新型ヘリだがペイロード(搭載量)や航続距離が従来のヘリとは段違いだ。
宇宙開発技術を応用した大出力エンジンと軽量強靭なカーボンフレームとやらのおかげらしい」
「その辺りは隼と同じだな」
坂田はそこで言葉を切り、清酒を一口のどの奥に流し込んだ。
「それで、戦車はそんなにひどいのか」
同様に清酒に口をつけていた西川は、重々しく言葉を返した。
「ナナヨン(74式戦車)がな、どうもダメらしい」
ちびちびと舐めるように清酒を口にしながら言葉を続ける。
「欧州帰りの奴から聞いた話だが、主砲が突撃級の装甲殻にまともに通じないらしい。
側背から撃てれば一発だが、よほど地形かBETAの動きが都合よくなければかなり近づいてからでないと撃てる機会がない。
突撃級は三桁単位で突っ込んでくるからとてもじゃないがそれでは止めきれないというわけだ」
「そいつはひどいな。
上はどうするつもりなんだ」
「当面は火力の強化でしのぐ方針だ。
ラインメイタルの新型120mm 砲を搭載した新型砲塔の設計がすでに開始されているらしいから、こいつに載せ換えれば突撃級の装甲殻相手でも近距離ならある程度勝負になるだろう。
もっとも装甲は可能な限り下ろすことになるし、特に行進間射撃の精度などに問題は出るようだが、まあ指揮中枢も通信網も兵站線もないBETA相手に機動戦をやっても仕方がないからな」
苦々しげに語られたその言葉は、帝国陸軍が保有する戦車では、BETA相手に『戦車』として戦うには性能が不足しているという現実を示していた。
だがその予測は現実にならなかった。
実際に陸軍が選んだのはラインメイタルの新型戦車砲ではなく戦術機の120mm滑腔砲を車載化した大口径無反動砲の搭載だった。
元々105mm砲を主砲とする前提で開発された74式戦車に120mm砲を搭載することについてはトラブルの発生を懸念する声があった。
無論、新型砲塔の設計においては主砲の重量や反動の増大について考慮されていたが、試験段階や実戦への投入において車格に比して強力すぎる主砲を搭載したつけが致命的な不具合として現れる可能性は否定できなかった。
一方で無反動砲なら通常方式の高初速砲に比べ重量や反動が格段に小さく74式戦車どころか61式戦車やそれより小型の車両にも搭載することができた。
低初速に起因する長距離射撃における命中率の低下や威力の不足、装填の難しさによる発射速度の低下を問題視する声もあったが、前者については戦術機用の120mm滑腔砲は要撃級をキャニスター弾で撃破可能なほどの高初速砲であり、威力についてもHESH弾のような威力が初速に依存しない弾薬やロケットアシストによって補うことができた。
また発射速度についても戦術機用の突撃砲として車載火器より遥かに過酷な条件下で自動装填を可能とした実績があった。
ただしこれはあくまで一時しのぎの手段に過ぎなかった。
BETA梯団の密集突撃を防ぐためには突撃級の装甲殻を遠距離から貫通できる火力が必要であり、そのためにはさらなる大口径砲が求められると考えられたからだ。
大日本帝国陸軍機甲科がようやくBETAの突撃に対抗しうる火力を獲得したのは、1981年に正式採用される81式砲戦車の大量配備によってのことだった。