リミィ・コマリスキーは強者を求める 作:葵莢
01.ある男の最期と私の始まり
──物心ついた時には拳を振るっていた。
実家が古流空手の道場だったこともあって、幼い頃から師範である父によく稽古をつけてもらっていたのだ。
己の技を磨くことは、とても楽しかった。
少しずつ上達して、自分が強くなっていくのを実感するたびに、心が満たされていくのを感じた。
何より好きだったのは、格上の相手との手合わせだった。
ゲームに例えたらわかりやすいだろうか。
練習を積み重ねることでレベルを上げ、手合わせを繰り返す中で相手の技やテクニックという名のスキルを盗み、思考を凝らして敵の動きを読んで、その果てに強敵を討ち果たす。
ただそれだけの作業が、たまらなく楽しかった。
絶対に勝てないと思っていた強敵を倒せたときの快感、達成感はまさに格別だった。
十二の頃に師範である父を負かしてからは、ロクに学校にも行かず、様々な流派の武術道場や格闘技のジムに赴いては、ただ強敵を求めてひたすら手合わせを繰り返した。
ある程度年齢的に成長した頃には、合法、非合法問わず、様々な格闘技の大会に出てはファイトマネーと賞金を掻っ攫い、路銀を貯め、世界中を渡り歩くようになっていた。
空手、柔術、合気道、ボクシング、ムエタイ、テコンドー、レスリング、少林拳、太極拳、八極拳、軍隊式格闘術、他にも様々な武技の道の達人たちに勝負を挑んでは、その技を吸収して自分の物とし、最終的に全て打ち負かした。
武の道に生きる者として、とても充実していた日々だったと思う。
けれどそうやってただひたすらに自らの武の研鑽に励んでいく中で、俺は一つの壁に打ち当たった。
──いつの間にか、超えるべき相手がいなくなっていたのだ。
ある時期を境に、世界中のどこを探しても強敵と呼べる相手が見つからなくなった。
どんな相手と戦っても、どれほどの達人を前にしても、物足りない。満たされない。
どうやら俺は、強くなりすぎてしまったらしい。
自らの武を突き詰めた先に辿り着いた孤独。
その孤独は俺の心に失意という名の大穴を穿ち、それからは空虚な日々が続いた。
そんな中。
俺はある日、突然に死んだ。
微かに思い出せる最後の記憶が、山ごもり中に空腹に倒れ、近くに生えていた見たこともない色鮮やかなキノコを食したところで止まっているので、おそらく死因はそれなのだろう。
つまりはどれだけ身体を鍛え、技を磨いても、飢えと毒キノコの前では無力だったわけだ。
我ながら、なんとも呆気ない結末だ。
享年にして三十七。
誰に看取られることもない、孤独な最期であった。
──と。
以上が、
吸血鬼たちの住まう国、ムルナイト帝国が名家、ブルーナイト家に生まれた吸血鬼。
このリミセント・ブルーナイトが生まれながらに持っていた前世の記憶だった。
……そう。
私は気づいたら生まれ変わっていたのだ。
文字通りの別の世界で、吸血鬼、それも見目麗しい、青髪で金色の目をした美少女として。
なぜ他の者が持っていないであろう前世の記憶を、私だけが持って生まれたのか、その理由は全くわからない。
けれど、持って生まれたものは──いや、生まれ変わってしまったものは仕方がない。
たとえ生まれ変わったとしても、生き方までは変えられない。
そうだ。
私は今世でも、武の道に生きる。
前世の記憶を思い出してすぐ、私はそう決めたのだ。
それに私が生まれた国。
このムルナイト帝国の気風も、そんな私の人生方針に対して実に相性が良かった。
なぜならこの国は、世界でも群を抜いた実力至上主義国家であり、大抵のことは何でも武力で解決するお国柄。
下克上を是とした文化でもあり、皇帝の地位すらも戦争における個人の武力や戦果でもって勝ち取るものとされている。
そして極めつけは、この世界独自の文化──エンタメ戦争。
この世界では怪我などの外的要因による死がほぼ存在しない。
その理由は、魔核と呼ばれる無限に魔力を生み出す特級神具がどんな傷でも、それこそ死んだ後ですら完全な形で再生してしまうからだ。
細かい例外はあるものの、この国で生まれ、この国で生活している限りは、寿命以外の要因で死ぬことはない。
そしてそれは他国においても同じことであり、この世界における戦争は生命を脅かすものではなく、自国の力を誇示するためだけの、謂わば競技種目のようなものでしかないのだ。
故に、エンタメ戦争。
強者との戦いを求め、前世から武の道に生きる私にとってはまさに理想の環境と言える。
できることならすぐにでも軍に入隊したいところだが、今の私はまだ十一歳の子供で、親の庇護下にある状態だ。
そのため親の許可が無ければ入隊などできないし、我が家はこの国でも高名な貴族の家系。
軍に入るにしても、貴族には貴族なりのルートというものが存在する。
だから今は仕方なく学生という立場に甘んじ、この世界における父の『強くなりなさい。他の誰よりも』という簡潔な教えのもと、日夜勉学や習い事に勤しんでいたのだった。
そんなある日のことである。
父は言った。
「お前たちのどちらかは、いずれ皇帝になる。その為に何が必要かわかるかね?」
「強さ、だと思います」
と、父の問いかけにそう答えたのは、私の双子の姉であるミリセントだった。
そう、今世での私には姉がいたのだ。
それも双子というだけあって、彼女と私は全く同じ容姿をしていた。
顔の形や声だけでなく、髪や瞳、肌の色、果ては身長、体重、スリーサイズまで同一という、まさに骨格レベルで完全にうり二つという一致ぶりだ。
双子にしてもこれほどそっくりなのはもはや奇跡のレベルだろう。
父はそんな、私の生き写しとも呼べるミリセントの答えに、満足げに頷いた。
「その通りだ。やはりお前はよくわかっている」
“お前は”、という部分を強調されたあたり、どうやら父は私よりもミリセントへの期待のほうが大きいらしい。
まあ学業の成績が常にトップのミリセントと違い、私はいつも下から数えたほうが早い順位ばかりなので、父の中で私たち姉妹の評価に差が付いてしまうのも当然のことだ。
うん。気にしない気にしない。
褒められてよかったね、ミリセント。
嬉しそうに微笑んじゃってまあかわいい。
「お前たちは強くなる必要がある。強くならなければ皇帝になれない」
「はい」
「ただし、普通の強さでは話にならない。皇帝になるような者たちは得てして特別な力を持っているのだ。だからお前たちも特別な力を手に入れたまえ」
「どうすればいいのですか?」
「それは先生が教えてくださる」
「……!」
と、ミリセントは驚いた顔をしながら、そこで初めて父の隣に立っていた男に目を向けた。
どうやら今の今まで全く気づいていなかったらしい。
まあたしかに、見事なまでに気配を殺しきっていたからな。
特殊な隠形の訓練でも積んでいるのか、前世の私であってもおそらくここまで完璧に気配を消すことはできない。
そもそもそういう訓練も特にした記憶もなかった。
……ともあれ目の前のこの男、きっと只者ではない。
相当な使い手と見るべきだろう。
「天照楽土からはるばるお越しになったアマツ先生だ。今日からお前たちに戦いの授業をしてくださる。失礼のないようにしろ」
父にそう紹介されたその黒髪赤目の男は、ミリセントのすぐ傍まで歩み寄ると、おもむろに右手を差し出しながら言った。
「
「…………」
簡潔にそう名乗る男、アマツに対し、ミリセントは緊張でもしているのか、少々たじろぎながらもその握手に応じようとする。
その瞬間──。
「────!」
アマツの手が瞬時にミリセントの右手首を掴み、また、それとほぼ同時に私の手がそんなアマツの腕を押さえこんでいた。
咄嗟に反応した私に対し、アマツは興味深いものを見るように目を細める。
「……ほう」
「失礼しました。少々、不穏な気配を感じましたもので。これはいったい?」
「ふん、瞬時に害意を感じ取ったか。姉のほうが優秀と聞いていたが、どうやら、お前のほうが見どころがありそうだな」
「え……、あの……これは」
何が起こったのかわからない、といった様子のミリセントが、私とアマツの顔を交互に見比べる。
……大方、この男は握手のフリをしてミリセントの身体を投げ飛ばそうとでもしていたのだろう。
挨拶の段階でこれとは、なかなか苛烈な指導方針のようだ。
「ブルーナイト殿。妹はともかく、姉のほうは育成に少し手間がかかりそうだ」
「謝礼はいくらでも払います。好きなように教育してやってください」
「ふむ。金を貰えるなら鋭意努力してみせよう」
そう言ってアマツが浮かべた微笑は、酷く冷たいものに見えた──。
♢♢♢♢♢
──アマツによる指導が始まった。
「父君は、お前たちに“特別な力”が宿ることを望んでいる」
「特別な、力……」
「《烈核解放》と呼ばれる異能だ。聞いたことぐらいはあるだろう?」
ふむ。
全く知らない単語だ。
ミリセントのほうも同様に首を傾げている。
アマツが言うには、烈核解放というのはこの世のあらゆる法則から外れた特殊能力のことを言うらしい。
使い手によりその効果は千差万別であり、ひとたび行使すれば大地を穿ち、星をも動かす力を発揮するという。
ただし代償として、使用者の肉体を著しく傷つける効果があるらしく、それが魔核の“無限
使用するには何らかの手段を用いて魔核とのパスを切断する必要があるらしい。
つまり烈核解放を発動している間は、魔核の恩恵を得られないということか。
だとするなら、魔法に比べて少し使いどころを選びそうな力だな。
「人がこの力を先天的に有している可能性は極めて低い。だが、特殊な修練を積めば後天的にも発揮することが明らかになった。これは俺たちが発見した新事実なんだぜ」
「特殊な修練とは何ですか?」
「逆境にめげない心を養うことだ。どういう訳か、烈核解放には心のありようが深く関係しているらしい──そして心を鍛えるのに最も手っ取り早いのが……リミセントといったか。妹のほうだ、前に出ろ」
名指しされたので言われたとおりにする。
その瞬間、何の前触れもなく棍の一撃が凄まじい速度で飛んできた。
私は反射的に、棍の先端を右手で掴んで止める。
「ふむ。やはりこれにも反応するか。凄まじい観察眼と反応速度だな。相手の重心や筋肉の動きでも読んでいるのか?」
「さあ、なんとなく感覚で」
……さすがに前世の話をする訳にはいかないしな。頭のおかしい子だとか、痛い子だとか思われかねないし、今はこう言うしかない。
「……まあいい、そういうことにしておこう。そういった天才も稀にいるものだ。──では、次は姉のほう。前に出ろ」
「はい……、──あぐっ……!」
ミリセントから苦悶の声が漏れる。
私と同様、ミリセントが前に出た瞬間、彼女の胸の中心を棍の刺突が襲ったのだ。
「どうだ。吸血鬼といえど、お前たちぐらいの歳なら普通はこんなものだ。身構えていたとしても、簡単に避けられるようなものでも、ましてや掴みきれるものでもない」
「……そう言われましても」
「お前にまともに攻撃を当てるには、俺でもなかなか骨を折りそうだ。だが、ただ棒立ちさせているところを殴るのも芸がない。そこで、だ」
ビシッ、と。
アマツが持つ棍の先端が、ミリセントのほうを指し示した。
「俺はこれから、姉の方を徹底的に痛めつける。避けられるなら避けても構わんし、反撃してきてもいい。むしろ、俺を倒してみせるがいい。──だが、お前に攻撃が当たる度に、同じ箇所、同じ強さで妹のほうにも同じ傷を負ってもらう」
「えっ……!?」
「ほぼ一方的に殴り続けられるということでしょうか。それにいったい何の意味があるんです?」
「心を鍛えるのに最も手っ取り早いのは、“生命を脅かされること”だ。治らない傷の痛みに耐え続けることで、心は
と、まるで要領を得ないその返答に、私とミリセントは二人揃って首を傾げる。
「あの……治らない、というのは……?」
「この武器は神具といってな。魔核の効果を打ち消す力があり、この武器で負った傷は魔核では癒えない」
「つまり肉体の自然治癒でしか回復しない、と」
「そういうことだ」
なるほど。
つまりは火事場の馬鹿力よろしく、命の危機を感じることで無意識のうちに肉体に施している
理屈としてはそんなところか。
「では、早速一発目といこう。躱すなよ」
……次の瞬間、私の胸を突き刺すような鈍痛が襲ったのだった。
……はじめまして。いかがだったでしょうか。
ひきこまり吸血姫の悶々はアニメを見てハマり、そこから原作に触れ、今に至ります。
一応、原作一巻部分にあたる内容は既に書き終えておりまして、それをちょっとずつ見直ししつつ、本日から毎日投稿していく予定です。
二巻分につきましてはまだ執筆は始めておりませんので、そちらも書き上がり次第毎日投稿にしようかと思っております。
毎日決まった時間を取れず、休日など時間の空いた時に執筆するスタイルになりますので、この方式を取らせていただくことにしました。
ぶつ切り投稿だと早く次話を投稿しないと!という焦りも生まれて精神的によくなさそうですし、趣味として長く続けていきたいと思っておりますので、どうかご容赦くださいませ。
投稿時間は何時ぐらいが一番人に見てもらえるのか迷っておりまして、とりあえずしばらくはいろんな時間帯に投稿してアクセスの流れを見て判断しようと思っております。
それでは、次話もお付き合いいただければ幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。