リミィ・コマリスキーは強者を求める 作:葵莢
──ゲラ=アルカ共和国との関係が拗れた。
なぜそんなことになってしまったのかというと、言ってしまえばただの
テラコマリ閣下との水着ツーショット写真を懸け、宿泊予定のホテルに向かい全軍によるビーチタワーを開始した奴ら。
しかし、その行いがどうもゲラ=アルカ側から、夢想楽園手前のゲラ=アルカ軍駐屯地に対する進軍行為だと見なされてしまったようで。
結果、待機していた“月桃姫”
挙句の果てには夢想楽園のシンボルたるタワーホテルまでも、メラコンシーの爆発魔法の餌食となり、木っ端微塵に破壊されてしまった。
最悪駐屯地だけならまだわかるが、なぜホテルまで壊す必要があったのかはまるで理解できない。
まあ奴らの破壊行為にいちいち理屈など求めていてもキリがない。
考えるだけ無駄である。
ともかくそういうわけで、夢想楽園の崩壊と共にゲラ=アルカ共和国はムルナイトの完全な敵国となってしまったのだった。
ちなみに私とヨハンが現場に到着した頃には全てが終わった後だった。
それからすぐに閣下のほうからヴィルヘイズを通して撤退命令が下されたので、私たちは全員揃ってムルナイトに帰還した訳だが、事態はそれだけでは終わらなかった。
夢想楽園の崩壊から三日後のことである。
和魂種の国、天照楽土からその日、ムルナイトへと使者が訪れた。
使者の名はアマツ・カルラ。
天照楽土軍五剣帝の一人で、宇宙を破壊する将軍などとも謳われるエンタメ戦争で未だ無敗を誇る少女だ。
その噂が本当なら、閣下と並び得るほどの圧倒的な強者である。
そしてそんな彼女がムルナイトへと訪れた目的。それはテラコマリ閣下との秘密会談を行うためであった。
カオステルや隊の一部の連中はその現場に居合わせたらしい。
その会談の結果、ムルナイト帝国と天照楽土の間で、ゲラ=アルカ共和国に対抗する為の同盟契約が締結。
さらにこのムル天照同盟発足の報せはどこから漏れたのか、翌日には六国新聞によって全世界に大々的に報じられた。
それを受け、ゲラ=アルカ共和国はムル天同盟に対し宣戦を布告。
かくしてゲラ=アルカ共和国とムルナイト・天照楽土同盟の間で、エンターテインメントではない真の意味での戦争が勃発した。
ムル天同盟はその対応の為、数日後にムルナイト帝国の支配地域である核領域の城塞都市フォールにて、七紅天や五剣帝の面々を交えた軍議を行うが、その
突如として飛来した、ゲラ=アルカと協力関係にあった蒼玉種の国──白極連邦軍の魔法攻撃により、会議場は爆破。
さらにはそこへラペリコ王国軍の獣人部隊までもがムルナイト帝国を目指し進軍を始めたという報せまで入り、城塞都市フォールは瞬く間に戦場と化したのであった。
「──とまあ、概要としては以上だ。我々ムルナイト帝国軍第七部隊、特攻班百名も当然ながら、テラコマリ閣下の指揮のもと、夢想楽園へと攻め込む攻撃グループへと割り当てられた。これより始まるのはエンターテインメントではない正真正銘の戦争。しかし、我々のすべきことは何も変わらない。我らはいつも通り、ただ思うがままに暴れ回り、閣下の行く道を切り開けばよい。──諸君らの奮闘に期待する」
──“うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉッ!!”
言い終わるや、部下たちの喧しい雄叫びが大気を震わせた。
指示出しというにはあまりにも漠然としすぎた内容ではあったが、こいつらにはこの程度のことを言っておけば大丈夫だ。
どうせ細かい指示を出したところですぐに無視して突撃を開始するに決まっているのだから。
……まあ、私も人のことは言えないけどな。
ともかく、これでとりあえず形だけは幹部としての仕事は果たした。
あとはさっさと閣下のもとへ合流するとしよう。
あの方のすぐ近くにいたほうが強敵とも巡り会えそうだしな。
「──へへっ! 腕が鳴るぜ、僕の最強の火炎魔法でゲラ=アルカの鉄錆どもなんか残らず消し炭にしてやるよ!」
私の隣で副班長のヨハンが気合充分といった様子で啖呵を切る。
相変わらず威勢だけは良いなこいつ。
「そうか。ならばヨハン、まずは手始めにあいつらから迎え撃ってみてはどうだ?」
「ああん?」
私はとある方角を指差した。
指し示した先には、都市の裏門からなだれ込んでくるやたら図体のデカい野獣共の姿がある。
ラペリコ王国軍のキリン部隊だ。
奴らはその長大な首をぶんぶん振り回しながら、一心不乱に突撃を敢行していた。
そしてキリンたちの直線上の進路に目を向けると、そこにはテラコマリ閣下たちの姿もある。
よかった。
これで探す手間が省けたな。
「──はん、あんな図体だけの草食動物の群れなんざ、この僕の敵じゃねえぜッ!」
そう言ってヨハンは魔力で生成した炎を撒き散らしながら、意気揚々とキリンどもの群れへと突っ込んでいった。
がんばれよー。
と、私はヨハンをけしかけるだけけしかけ、以降、そちらには一切目もくれず一人、閣下のすぐ傍へと馳せ参じる。
キリンどもの相手はヨハンたち特攻班の部下どもに任せることにしたのだ。
なぜなら奴らの相手は面白くなさそうだから。
そもそも私の武術は大前提として、対人間用に編み出されたものだ。
決して狩猟用ではない。
まあ血が通い、そこに肉や骨や
戦うならばやはり人型に限る。
というわけで、私は一目散に閣下の前で跪き、随伴の許可を願い出るのだった。
「閣下。リミィ・コマリスキー中尉、此処に参上致しました。つきましては御身への随伴の許可を願います」
「リミィ! よかった、無事だったんだな! お前がいていてくれたら百人力だ! 喜んで一緒に──」
「コマリ様。そんなことよりこちらのボタンを押していただけますか?」
「ん? なんだこれ」
「いいから押してください」
突然、閣下の言葉を遮るようにして、ヴィルヘイズが何やらよくわからない何かのスイッチらしきものを閣下に差し出した。
閣下は訝しみながらもポチりと中央のボタンを押す。
その瞬間──。
「──ぎゃああああああああああああ」
──目の前で壮絶な大爆発が巻き起こった。
どうやらヴィルヘイズが閣下に差し出したのは、地雷かなにかの起爆スイッチだったらしい。
それもかなり強力なものらしく、今の爆発でキリンどもの群れは一匹残らず一掃されていた。
ついでに私の部下たちも巻き込まれて全滅していた。
もちろんヨハンも死んでいた。
「…………………」
……許せ。
全ては不幸な事故だった。
まさか私も、こんなところに地雷が設置されているだなんて知らなかったのだ。
だからまあ、その……なんだ。……悪く思うな。
「──さあ行きますよ」
「わ、ちょっと──」
目の前で爆死した第七部隊の同胞たちのことなどまるで気にする様子もなく、ヴィルヘイズは淡々とした動作で閣下を抱えて走り出す。
部下たちやキリンどもの死体の山を踏み越えながら、私もそれに続いた。
見れば、同じく攻撃グループへと配置されたサクナとデルピュネーの率いる軍勢もまた、閣下に付き従うように進軍を開始している。
そうして閣下たちの後を追い、全員が都市の裏門から外へと抜け出る。
フォールの外に広がっていたのは、広大な草原の風景だった。
普段のエンタメ戦争でもよく戦場として使われている、ムルナイトの軍人たちにとってはもはや見慣れた景色である。
「コマリ様! ムルナイト帝国軍第四部隊、第六部隊、第七部隊、ならびに天照楽土第五部隊、あわせて約二千名が城を脱出しました。ここで【転移】を使います」
「ちょっと待て、どこに【転移】するつもりなんだ!?」
「決まっています。夢想楽園にもっとも近い“門”です」
「ま、待ってくださいコマリさん! 新しい敵です!」
サクナの声に閣下が振り返る。
私も釣られて見ると、そこには草原の景色を埋め尽くさんばかりの勢いで、次々とゲラ=アルカ軍の翦劉たちが【転移】してきていた。
それも凄まじい数だ。
どうやら相当な数の部隊が動いているらしい。
……あの数を一度に相手取るのはさすがに面倒だな。
「おいヴィル! 逃げるぞ! はやく【転移】してくれ!」
「【大量転移】には時間がかかります。転移している間に切り刻まれて肉片だけが向こうに転送されることになります」
「肉片だけ転送されても意味ないだろぉーっ!」
「あ、あれは──!」
と、そこで次に叫んだのは、いつの間にか合流してきていた天照楽土のアマツ・カルラだった。
しかしなぜか鼻血を垂らしている。
どこかでぶつけたのだろうか。
「あれはマッドハルト大統領の腹心パスカル・レインズワースの軍と、共和国最強の八英将ネリア・カニンガムの軍です! このままでは全滅してしまいますので撤退しましょう!」
……いや撤退するってどこにだよ。
思わずそんなツッコミが浮かんでしまう私だが、けれどもそんなカルラの叫びは虚しくも、獲物を目の前にした
奴らは例のごとく、閣下の号令を待たずして勝手に進軍を始めていた。
だが私は先程のカルラの発言を一言一句聞き逃さなかった。
カルラはたしかに言ったのだ。
あそこにいるのはマッドハルトの腹心と、そして“月桃姫”の軍勢であると。
それはつまり、私たちの目の前にいるのはゲラ=アルカの中でも最精鋭の部隊ということではないか。
なんという幸運だろう。
やはり閣下の傍にいれば強敵のほうから自然と湧いてくるらしい。
控えめに言って胸の高まりが止まらなかった。
「──ふははっ!」
気づけば私は無意識のうちに哄笑を上げて走り出していた。
“月桃姫”──ネリア・カニンガム。
ゲラ=アルカ軍最強と呼ばれる将がどれほどの実力か、凄まじく興味がある。
先日のリゾートでは結局、その姿すら一度も拝めないままに撤退を命じられた。
聞けば私や閣下と同年代の少女らしいが、さて、その実力はいかなるものか──。
「────?」
……が、おかしい。
どれだけ探しても、ネリア・カニンガムらしき者の姿が見当たらなかった。
どこかに将軍っぽい見た目の奴は──あのトカゲみたいな顔つきの翦劉は男だから違うな……。
他にそれらしい風格の者は──。
「────ッ!」
その時だった。
私のすぐ真横を、桃色の旋風が駆け抜けていく。
たった一瞬、ほんの微かにだけ捉えることのできたその姿は、桃色の髪を靡かせた年若い少女のように見えた。
……あの練り上げられた魔力の密度、そして他の雑兵とは明らかに一線を画す身のこなし。
間違いない。
あれが“月桃姫”、ネリア・カニンガムだ──!
「逃がさん──」
呟いて、私はその場で即座に身を翻し反転する。
次いで瞬時に魔力を練り上げ、自身の最高速をもって桃色の軌跡を追いかけた。
やがて、桃色髪の少女は閣下のすぐ傍にまで接近するとそこで動きを停止する。
もらった──!
追いすがる私は嬉々としてその背中へと手を伸ばし──。
「──コマリ。やっと会えたわね。ここではゆっくり話せない。私と一緒に遠くへ行きましょう」
──そして突如として、私の視界は“月桃姫”が懐から取り出した何らかの魔法石の光によって覆い尽くされたのだった。
♢♢♢♢♢
──光に呑まれた直後。
気づけば私はどこかの林にある川のほとりに立っていた。
どうやら、あのときネリアが発動したのは【転移】の魔法石であったらしい。
「──コマリ様、お怪我はありませんか」
見ればこの場には閣下や私、ネリアだけでなく、同じく【転移】に巻き込まれたらしいヴィルヘイズやネリアのメイド、それに何やら気を失っている様子のアマツ・カルラらしき者の姿もあった。
サクナやデルピュネーなど、他の者たちの姿は見当たらない。
どうやら【転移】してきたのはこの六人だけらしい。
「あら、余計なものがくっついてきちゃったみたいね」
そう言って私やヴィルヘイズ、カルラへと視線を向けながら、ネリアは不敵に笑う。
おそらく彼女には何らかの特別な意図があるのだろう。
でなければ、わざわざ戦場を離れ、こんな人気のない場所にまで【転移】させたりはしない。
私としては今すぐにでもネリアに襲いかかり一戦交えてみたいところではあったが、閣下たちも何やら困惑している様子なので、ひとまずは状況を整理するためにも様子を窺ってみることにする。
「お、おいネリア! いったい何のつもりだ! ここはどこだ!」
「夢想楽園の近く──のはずだったんだけど、どうやらマッドハルトの馬鹿が“門”を壊していたみたい。よくわかんない場所に飛ばされちゃったわ」
そう言ってネリアは、乗っていた岩から飛び降りて肩を竦める。
「そんなに警戒しなくてもいい。私はあなたに敵対するつもりはないもの」
「噓をつけ」
「噓じゃない。手紙、読まなかったの? 私の事情とかアルカの現状とかを書いたやつ」
手紙……というと、もしや先日、第七部隊宛てに届けられたというアレだろうか。
内容はたしか一言『拝啓 許さねえ』とだけ書かれていたただの殺害予告であったと聞いているが……。
見れば、閣下やヴィルヘイズも全く身に覚えがないらしく、一様に首を傾げていた。
「……え? 本当に届いてないの?」
「見た覚えがないな……」
「おかしいわね。配達事故かしら……まあいいわ。とにかく私に敵意はないの。それだけはわかってちょうだい」
「でも軍を率いて襲ってきたじゃないか」
「あれは八英将だから仕方なくよ。本当はあんなことをするつもりはなかった」
「じゃあ私をしもべにして世界征服するつもりなんだろ」
「しもべは本当だけど世界征服は噓よ」
「しもべは本当なのかよ!?」
「あなたみたいな部下がいたら毎日楽しそうだもの。──それはともかく私には世界征服するつもりなんてない。そんな大仰なことを考えているのはマッドハルトのほうよ。まあ、私がやるとしたら“平和のための世界征服”ね」
言い終わるや、ネリアは腰に
それはつまり、ここで戦うつもりはないという意思表示に他ならなかった。
私は状況がうまく呑み込めず、思わずネリアへと訊ねる。
「話が見えないのですが、結局、月桃姫殿はいったいどのような目的があって閣下を連れ出したのです?」
「あなたは?」
「申し遅れました。私はテラコマリ閣下が配下、第七部隊幹部リミィ・コマリスキーと申します」
「……ふぅん。まあ、コマリの味方なら問題はないか……。──ええ、それについてはこれから説明するわ」
ネリアは頷き、再び閣下のほうへ向き直った。
「ねえコマリ。こないだのお茶会であなたが平和主義者であることは理解できたわ。力に溺れた馬鹿ではないことがよくわかった。あなたはマッドハルトのような人でなしとは違う」
「そんなことはありません。閣下は戦争をこよなく愛する殺戮主義者で──」
「コマリスキー中尉。いま大事な話をしておりますので口を挟まないで頂けますか?」
「…………はい」
ヴィルヘイズに怒られたので仕方なく口を噤む。
しかし、今の発言でわかったが、どうやらネリアは閣下の人となりを盛大に誤解してしまってるらしい。
閣下が平和主義者などと、それはいったい何の冗談であろうか。
閣下は誰がなんと言おうと殺戮の覇者である。
いずれ他国の将軍全てを殺害して六国を血に染めると本人が自分で言っていたのだから間違いない。
けれども閣下やヴィルヘイズに、ネリアのその盛大な勘違いを正そうとする様子は全く見受けられなかった。
ということはおそらく、ネリアにはそういう風に思わせていたほうが、閣下たちにとっては都合が良いということなのだろう。
なぜかは全くわからないけども、そこにはきっと私などでは到底考えも及ばないような深淵のように深い理由があるに違いない。
──ふっ、なるほど。
であるならば私も、これ以上は何も言うまい。
全ては閣下の御心のままに、というやつだ。
「私はあなたの本心を知っている。無用な争いはしたくない平和主義者だってことに気づいている。本当によく似ているわ。私の先生にね」
「先生? どちら様だ?」
「あなたのお母さまよ」
そしてここで衝撃の事実が発覚した。
どうやらネリアは、閣下の母君の元教え子であったらしい。
閣下の母君──ユーリン・ガンデスブラッドといえば、ムルナイト帝国においては知らぬ者などほとんどいない。
何せ歴代最強とも名高い伝説の七紅天として、数々の偉業を成し遂げられたムルナイト帝国の大英雄であらせられる方だ。
聞いた話では五年ほど前に行方をくらまし、既に故人扱いになっているとのことだが、まさか閣下とネリアの間にそのような繋がりがあったとは。
ネリアは閣下のことをまっすぐに見据えながら、強く決意を固めた表情で問う。
「取り引きをしない? あなたはマッドハルトの過激な行動に怒りを燃やしている。私ももちろん怒っている。協力して立ち向かえば怖いものは何もない」
「で、でも」
「恐れる必要はないわ。コマリと一緒ならどんなことでも成し遂げられると思う。あなたとなら世界を変えられる……そんな気がするの」
……そうしてネリアは、ぽつぽつと自身の生い立ちとその目的について語り始めるのだった。
……お読み頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
三巻部分は色んな勢力の視点で目まぐるしく場面が入れ替わり、特に序盤と中盤を繋ぐこのあたりの展開についてはどうしても説明部分が多くなるのが二次創作として書く上でとても難しいところでした。
そして前話から頑張って出番を増やしたヨハンも、今話で遂に原作通りフェードアウトです。
彼の次の出番は四巻部分になりますね。
次話も明日中には投稿予定です。
それでは次話もお付き合い頂けましたら幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。