リミィ・コマリスキーは強者を求める   作:葵莢

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原作五巻部分
17.皇帝の失踪と私の予感


 

 

 季節は冬に差し掛かった十二月半ば。

 

 天照楽土で行われた次期大神を決める祭典──“天舞祭”からも約二ヶ月程の時が経ったある日。

 

 私は一人、夕暮れ時の帝都の街を歩いていた。

 

 目的地は、この世界の私の生家でもある旧ブルーナイト邸。

 

 そこで私はいつも通り、ミリセントとの実戦稽古に付き合うことになっている。

 

 軍の仕事で国を出ている時などを除き、少しでも時間が空いていれば私は普段からできるだけ姉の元を訪れるようにしていた。

 

 単純に一人だとやることもなくて暇だということもあるのだが、なんだかんだ、数少ない肉親であるミリセントと過ごす時間は、私にとってとても居心地がいい。

 

 ミリセントのほうも最近はなにかと忙しくしているはずだが、それでもこうして毎日鍛錬の時間を作ってくれているあたり、やはり律儀な性格をしていると思う。

 

 今日だって、いつもの中庭まで足を運ぶと、そこには私の言いつけ通りの鍛錬法を黙々とこなすミリセントの姿があった。

 

 

「────……」

 

 

 ──足は肩幅に開きつつ、背筋を伸ばし、腰はやや落とす。

 

 両腕は軽く弧を描くようにして胸のあたりまで持ち上げ、あとはその状態をひたすらキープするという独特な修行。

 

 これは站樁(たんとう)、あるいは立禅とも呼ばれる東洋武術における伝統的な瞑想法の一つだ。

 

 毎日長時間積み重ねることによって体内の氣の巡りを高め、発勁(はっけい)の威力──即ち技の瞬発力を飛躍的に上昇させる効果がある。

 

 ミリセントはこれを約九ヶ月間、毎日欠かさずこなしてくれていた。

 

 他にも彼女には精密な重心操作や内功を練り上げる感覚を掴ませる為、私の知る太極拳の套路(とうろ)(空手などにおける型のようなもの)もあらかた叩き込み、毎日反復してもらっている。

 

 内功を練り上げることは、体内の魔力を操作することと、感覚的な部分でとてもよく似ている、と私は思う。

 

 つまり、内功術を極めてしまえば、体内における魔力操作の精度も爆発的に底上げすることができるのでは、と、私は考えたわけだ。

 

 実際、その考えは正しかったように思う。

 

 彼女と魔力を用いた本気の実戦稽古をやってみればわかるが、今のミリセントの魔力操作技術は私との修行を始める前に比べ、格段に進歩していた。

 

 魔力を纏った全ての動作の爆発力が明らかに強化されているのだ。

 

 彼女は元々、文武を問わず多くの才能に恵まれていたこともあって、あらゆる技術の呑み込みが異常なほどに早い。

 

 この調子ならば、私の持つ全ての武の技術を習得する日も、そう遠くは無いのかもしれない。

 

 と、そんなことを考えながら、私はミリセントの背後、歩数に換算すると約九歩ほど間合いを空けた位置で立ち止まった。

 

 対してミリセントは、私の気配に気づいてもなお、一切こちらに振り返ることもなく声をかけてくる。

 

 

「──今日は少し遅かったのね」

 

 

 言いながらも、呼吸の乱れや姿勢、重心のブレなども一切無く、完璧な站樁(たんとう)を維持し続けるミリセント。

 

 そのことに思わず感心しつつ、私は、数拍ほど間を置いて言葉を返した。

 

 

「……ええ。道中少し、“神聖教”の連中に絡まれまして」

 

 

 答えながら、つい彼らのことを思い出して私は表情を歪める。

 

 ……神聖教、というのはこの世界において最も広く信仰されている宗教の名だ。

 

 曰く、全知全能の絶対なる“神”を崇め奉る一神教。

 

 ここ最近の帝都において、そんな彼ら神聖教徒の布教活動はとても活発なものとなっていた。

 

 帝都を歩けば次から次へと信者連中が寄ってきて、連日に渡ってしつこいほど神の尊さを説いてきては熱心に入信を促してくるのだ。

 

 正直、かなりうんざりしていた。

 

 いったい何が彼らをそこまで突き動かすのか、生粋の無宗教者である私にはまるで理解ができない。

 

 ミリセントは私の返答を聞くと、依然としてこちらには振り返らず、淡々と告げる。

 

 

「……そう。ということは、本格的に“奴ら”が動き出したってことかしら」

 

「? 奴ら、とは……?」

 

「“聖都レハイシア”の連中よ」

 

「聖都……ああ、核領域にあるという神聖教の総本山ですか」

 

 

 聞いたことぐらいはある。

 

 なんでも、核領域に存在する一大宗教都市で、面積にしてムルナイトの帝都の約二倍ほどの大きさを誇っているのだとか。

 

 また、どの国家にも帰属しない最大の中立都市としても知られており、もはや一つの国のような扱いまで受けているらしい。

 

 そんな聖都の連中が動き出した、というのはいったいどういうことなのだろう。

 

 そのまま言葉通りに受け取るのなら単純に、聖都から派遣されてきた信者たちによって、帝都での布教活動が活発化してる、とかそういう意味になるのだろうが、けれど、今のミリセントの言い方だとそれとは何か別の意図があるように感じられる。

 

 ……毎度のことながら、どうしてこの姉はこんなにも含みを持った言い方が好きなのだろう。

 

 そういうお年頃なのだろうか。

 

 私が無言で首を傾げていると、彼女も背中越しにその気配を感じ取ったのだろう。

 

 站樁(たんとう)を解き、ミリセントはそこでようやく私のほうへと身体を向けた。

 

 

「……六国大戦が終わったあたりから、奴らはどんどんその勢力を拡大していってるって話よ。大きな争いや天災が起こると、人は心の安寧を求めて神に祈りを捧げるようになる。そうやって奴らは着々と信者を増やしていってるってわけ」

 

「? それが、何かムルナイトにとって問題なのですか?」

 

「それ自体は別にさしたる問題じゃない。問題なのは、奴らの背後に巣食っている連中のほう。そいつらがいる限り、おそらく神聖教は近いうちにムルナイトの敵になるわ」

 

「……?」 

 

「ま、じきに時が来ればあんたにも分かることよ。──それより、今は」

 

 

 ミリセントはそう言って会話を中断しながら、私に向け、いつものナイフを構える。

 

 それは即ち、この場における実戦稽古開始を告げる合図であった。

 

 ……結局、彼女との会話はほとんど要領を得ないものだったが、まあ、今はこれ以上話すつもりが無いのなら仕方ない。

 

 切り替えて、私も当初の予定通り彼女との鍛錬に励むとしよう。

 

 

 

 ……そうして、その日の実戦稽古は、互いに魔力が尽きるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♢♢♢♢♢

 

 

 

 ──と、ミリセントとそんなやりとりがあった三日後の朝である。

 

 この日は朝っぱらから、宮殿中が大騒ぎしていた。

 

 なんでも今朝になって、皇帝の姿がどこにも見当たらないのだとか。

 

 ……それだけならばまあ、あの皇帝のやることだし、そこまで大事(おおごと)にするようなことでもない(?)のだが、今日に限って言えばあまりにもタイミングが悪すぎた。

 

 何とも運の悪いことに、今日は神聖教の教皇がムルナイトへと来訪する日になっていたのだ。

 

 しかもその教皇は既に、会談場所であるムルナイト宮殿は血濡れの間へと到着してしまっているのだという。

 

 今は宰相のアルマン・ガンデスブラット卿が何とかその場を繋いでいるらしいのだが、状況的にいつ皇帝の不在がバレてもおかしくはないとのこと。

 

 そうなれば外交問題待ったなしである。

 

 というわけで現在、ムルナイト軍は全部隊総出で皇帝陛下の捜索任務にあたっていた。

 

 あの第七部隊の無法者たちですら「どこ行きやがったんだ皇帝陛下ァ!」「閣下のお手を煩わせやがってェ!」「今すぐ出てこねえと殺すぞオラァ!」「出てこなくても殺すぞオラァ!」と一応は真面目(?)に捜索に参加している。

 

 そんな彼らと同じように私もまた、テラコマリ閣下に付き従いながら、共に宮殿中を歩き回っていた。

 

 けれど、まったくもってどこにも見当たらない。

 

 そもそも宮殿内はおろか帝都にいるのかどうかさえわからない。

 

 これだけ探しても見つからないとなると、もはやほとんどお手上げ状態である。

 

 なぜか私の姿を見つけるなり、当然のように私に付いてきたヨハンも隣で、

 

 

「──やっぱ見つからねえよ。テロリストに暗殺でもされたんじゃねえのか?」

 

 

 と、そんなことを言い出していた。

 

 ……っていうかこいつ、なんでいつも私にばかり付いてくるんだ?

 

 言葉遣いや態度から見ても別に部下としての忠誠心があるようには感じられないが……もしや、他に一緒に行動してくれる隊員がいないとかだろうか。

 

 そっか……お前、友達いなかったんだな……。

 

 まあ……その、なんだ。強く生きろよ……。

 

 

「なあヴィル。皇帝はお父さんにも何も言わずに出て行ったのか?」

 

「何か言っていたら今頃見つかっているはずだと思いますが──ところでマスカレール殿。陛下が勝手に姿を消すことはよくあるのでしょうか?」

 

「よくあるはずがないでしょう。カレン様はエキセントリックな性格ですが皇帝の責務を放り出すような方ではありません。きっと何か深い事情があるに決まっていますわ」

 

 

 ……ちなみに、この場には自称英邁なる七紅天ことフレーテ・マスカレール将軍の姿もあった。

 

 私が合流したときには既に彼女も閣下と一緒にいたのだ。

 

 フレーテは私が近付いた途端、「ひぃ!? 出ましたわね腹パン女ぁっ!」とまるで妖怪にでも出会(でくわ)したかのような態度で即座に両手で腹を隠しながらフシャー!と猫みたいに威嚇してきた。

 

 ……どうも七紅天闘争前の例の騒動がきっかけで、完全に嫌われてしまったらしい。

 

 これは今度、菓子折りでも持って正式に謝罪に出向いた方がいいのだろうか。

 

 ……いやでも、あれに関しては勘違いしていたとはいえ、先に手を出してきたのはフレーテのほうだしな。

 

 だから私は悪くない。

 

 半殺しにはしたけれど、たぶん正当防衛の範囲だ、と思う……うん、面倒くさいのでそういうことにしておこう。

 

 と、私がフレーテのことを横目で眺めながらそんなことを考えていると、不意に閣下が「はー」と寒そうに自身の両手に息を吐きかけていた。

 

 するとすかさず、横にいたヴィルヘイズが「あらまあ」と呟き、閣下の両手を自身の両手でそっと包み込む。

 

 

「かじかむといけませんね。本格的な冬に備えて手袋を作って差し上げましょう」

 

「え? クローゼットの中にあったような気がするけど」

 

「ありましたけど私が作りたいのです。あとはマフラーも必要ですね。でも今は残念なことに用意がないので専属メイドによる人肉マフラーで我慢してください」

 

「なんだよ人肉マフラーって──おいくっつくな! はなれろ! 抱きしめるな! 温かいのは理解できるけどこれは流石に恥ずかしい……いやでも温かい……でも恥ずかしい……」

 

「白昼堂々何をやってるんですのッ!!」

 

 

 くんずほぐれつといった様子で何やら睦み合いを始めようとする閣下とヴィルヘイズに、フレーテからの激しい怒声が飛ぶ。

 

 うむ。これに関してはフレーテが圧倒的に正しいな。

 

 愛情表現は人それぞれだが、変態メイドはもう少し時と場所を弁えたほうが良いと思う。

 

 

「いいですか。いま我々はムルナイトの看板に傷がつくかどうかの瀬戸際にいるのです。是が非でも陛下と連絡を取らなければ──」

 

 

 と、そんなふうにくどくどと二人へ説教を始めるフレーテ。

 

 しかし続く言葉は、唐突に駆けつけてきたフレーテの副官の男の「フレーテ様! 一大事でございます!」という声によってかき消された。

 

 彼はそのまま青い顔をして。

 

 

「教皇が。教皇猊下が……」

 

「落ち着きなさいバシュラール。いったいどうしたのですか」

 

「申し訳ありません……ガンデスブラッド宰相が時間稼ぎをしていたのですが、どうやら教皇猊下の堪忍袋の緒が切れてしまったようで……皇帝が無理なら今すぐそれに準ずる位の者を連れてこいと仰せで。拒否すれば断交するとまで言い出しています」

 

「何ですって……?」

 

 

 フレーテの顔つきが途端に険しいものに変わる。

 

 皇帝に準ずる位の者……即ちこの国のナンバー2とも呼べる存在。

 

 文より武を重んじるムルナイト帝国において、文官のトップである宰相は階級的にはナンバー3に過ぎない。

 

 では、ナンバー2とは誰か。

 

 それは無論、武官のトップである七紅天大将軍のことである。

 

 ──と、いうことは。

 

 

「おっと仕事を思い出した。フレーテ、私のかわりに何とかしておいてくれ」

 

「何を仰っているのですかコマリ様! さっそく教皇のもとへうかがいましょう! 皇帝陛下の尻拭いをできるのは次期皇帝最有力候補であるコマリ様だけです! フレーテ・マスカレールごときに務まる仕事ではありません!」

 

「放せえええええ! 息を吐くようにフレーテを煽るなあああああ!」

 

「カレン様の尻拭い!? 次期皇帝最有力候補!? ──愚かしいにもほどがありますッ! そのような戯言(ざれごと)を公然とのたまう人間には任せられませんッ!」

 

「公然とのたまったのは私じゃなくてメイドだろうが!!」

 

「おっと。コマリ様の行動にケチをつけるおつもりですか? いいでしょう、ならばどちらが教皇猊下のご機嫌をとれるか勝負です。まさか恐れをなして逃げたりはしませんよね?」

 

「おいやめろ挑発をするんじゃない」

 

「わかりましたッ! ガンデスブラッドさんに任せておいたらムルナイト帝国が危機に晒されることは必至! ここは私も一緒に教皇猊下のお相手をいたしますッ!」

 

「おいやめろ挑発に乗るんじゃない」

 

「だそうですコマリ様。さっそく勘違い教皇に一発ぶちかましてやりましょう」

 

「ちょっと待てヴィル──おい引っ張るなぁああああああ!!」

 

「では抱っこします」

 

「抱っこするなぁああああああ!!」

 

 

 あれよあれよという間に閣下がヴィルヘイズに抱きかかえられながら、教皇が待つ血濡れの間へと連行されていく。

 

 その後ろ姿を私は無言で見送っていた。

 

 けれども不意に、そんな私の隣で何者かが立ち止まる気配があった。

 

 見るとそこには、枯れ木のような痩躯が特徴の背の高い男の姿がある。

 

 第七部隊幹部の一人、カオステル・コント中尉であった。

 

 彼は去っていく閣下たちの後ろ姿を眺めながら、感心したように自身の顎を撫でていた。

 

 そして後ろにぞろぞろと集まってきている第七部隊の他の隊員たちにもしっかり聞こえるような声音で、やや興奮したように次のような言葉を告げる。

 

 

「ふふ、さすがは閣下ですね。アルカと天照楽土に続き、まさか今度はあの神聖教までをも手中に収める算段であったとは。──さあみなさん! 我々もこうしている場合ではありませんよ。この歴史的瞬間をしかと目に焼き付けるとともに、我々も閣下の援護に向かおうではありませんか!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおぉっ──!!」」」

 

 

 カオステルの呼びかけに呼応し、第七部隊の連中が揃って雄叫びを上げた。

 

 そしてそのまま、この場にいた約百人ぐらいのバーサーカーたちが一斉に血濡れの間へとなだれ込んでいく。

 

 ……よくわからないが、まあ、みんな行くなら私も行っておくか。

 

 と、謎の義務感に駆られ、なんだか嫌な予感がしつつもヨハンを引き連れ、私もカオステルの後を追って走る。

 

 ──そして、この後。

 

 そんな私の予感は見事に的中したというか、なんというか……。

 

 ムルナイト帝国と神聖教の関係はこれ以上ないほど、それはもう盛大に(こじ)れてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






……お読み頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか。

……やっと、やっと五巻部分のエピソードが書き終わりました。
とても難産でしたが、何とか書き終えられてよかったです……。

冒頭からいきなりミリセントの站樁というなかなかにシュールな絵面から始まってしまいましたが、どうも着々と烈海王化が進んでいるようですね。頼もしい限りです。

次話も見直しが終わり次第投稿致します。

それでは、次話もお付き合い頂けましたら幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。
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