リミィ・コマリスキーは強者を求める 作:葵莢
大聖堂へと攻め入るにあたり、カオステルが提示してきたのは至極単純な陽動作戦だった。
ベリウスからの報告によると、聖都に駐屯する聖騎士団の数はおよそ3000。
大聖堂へ突入するとなれば、そのほぼ全てを相手にすることになる。
対して、こちらが動かせる戦力は最大でも第七部隊全員を合わせた約500のみ。
第一から第六までの全部隊員およびこの場にいない四人の将軍たちについては現在、ムルナイト帝都を守る防衛戦力として割り振られているため、聖都まで呼び寄せることができないのだ。
3000対500。
数だけを見ればかなりの戦力差である。
無論、テラコマリ閣下の圧倒的な力があればこの程度の数的不利など無いにも等しい。
……が、此度の任務は殲滅戦ではなく、ヴィルヘイズの奪還およびスピカの説得──即ち、神聖教との和解を目的としている。
ムルナイトとしても、六国最大の宗教勢力が相手では慎重な行動を取らざるを得ないのだろう。
ゆえに我々は可能な限り交戦を避けつつ、どうにかして大聖堂に座すスピカの元まで辿り着く必要がある。
だからこその陽動作戦というわけだ。
街で騒ぎを起こせば、大聖堂に駐屯している聖騎士団も戦力を分散させて対応せざるを得ない。
それなりに理に適った作戦ではあった。
……しかし。
この作戦には一つ、重大な欠点があった。
それは作戦立案者が“
……カオステルはこの陽動作戦を実行するにあたり、既に部隊を動かしていた。
具体的には、第七部隊全員に雪合戦を命じていた。
意味がわからない。
困惑する閣下や私たちにカオステルはドヤ顔で説明した。
「どうせ騒ぎを起こすのなら血沸き肉躍るほうが楽しいと思いまして、第七部隊で雪合戦大会を開催することにしました。もちろん何でもありの殺し合いです。たぶん余波で建築物が破壊されるので聖都は大混乱に陥ると思いますよ」
──即ちいつものテロ行為である。
これにはさすがの閣下も「なんでデフォルトで身内争いなの?」と頭を抱えていた。
だが一度始めてしまったものは仕方ない。
メラコンシーの爆発魔法によって凄まじい爆発音と悲鳴が聖都の街にこだまする中、私たちはすぐに行動を開始すべく店を出ようとする。
──が、そこへ。
ばんっ!! と突然店の扉が勢いよく開け放たれ、店の中に次々と甲冑姿の連中が押し入ってきた。
「──テラコマリ・ガンデスブラッドだな! 神に楯突いたことを後悔しながら死ぬがよいッ」
おそらくは彼らが例の『聖騎士団』と呼ばれる連中なのだろう。
店に入ってくるなり、先頭にいた翦劉の男が間髪入れずに剣を抜き放ち、突っ込んできた。
その瞬間──。
私とミリセントは同時に動く。
「姉さん──」
「──わかってるってのッ!」
近くにあったテーブルを蹴り上げ、連中の進行を妨害する私と。
その隙に閣下の手を引き、【魔弾】で窓を破壊して即座に店の外へと脱出するミリセント。
サクナやカオステル、ベリウスもまた、そんなミリセントたちの後に続いて店を出て行った。
私もまたそれに続こうか──と、一瞬そう思ったが、このまま逃げてもどうせ追われるだけだと判断し、ただ一人その場に留まることを決意する。
そんな私を見て、翦劉の男は「ふん」という嘲笑を浮かべた。
「死兵のつもりか、女? だが貴様一人が残ったところで大した足止めには──、ッ……ゴハァッ……!!」
──先頭の男が全身の穴という穴から血を噴き出させて絶命する。
魔力を纏い、一瞬にして彼我の距離を詰めて放った私の鎧通しが、男のありとあらゆる内臓を爆裂させたのだ。
幾ら甲冑を着込んでいようが関係ない。
魔力で身体機能を極限まで強化した私の鎧通しは、もはや片手で触れただけでも瞬時に勁を流し込み、相手の内臓を爆裂させる威力がある。
私を相手にこうも容易く接近を許した時点で、既に男の敗北は決まっていたのだ。
そして私のこの行動が合図となり、聖騎士団の連中は一斉に私に襲いかかってきた。
ある者は武器を手に、またある者は魔法で援護を。
どうやらこいつらは、全体的に空間魔法を得意とする部隊らしい。
空間魔法によって距離の概念は消失し、瞬間移動のように私の元に飛来する無数の短剣や暗器による投擲攻撃。
けれども直前で魔力の流れを察知すれば、それらは決して避けられない攻撃ではなかった。
近接攻撃は無論のこと、魔法の一発すら彼らは私に当てることができない。
すべての攻撃を足捌きと重心操作だけで避け、一人、また一人と確実に敵を爆砕していく私の掌。
……決して閣下たちのことを追えぬよう、ここで全員を殺し切る。
ただ殺すことだけを目的とするなら、【魔弾】や【魔榴弾】を使うよりも直接素手でやったほうが確実だ。
目の前で次々と仲間が血を噴き出して倒れていく中、やがて恐怖に身を竦ませ、この場から逃げようとする者が出てきた。
──そこへ一瞬にして詰め寄り、増援を呼ばれる前に、逃げようとする者から殺していく。
そうして聖騎士団全員を殺し尽くした私だったが、次に私に襲いかかってきたのは店内にいた他の客や店員たちだった。
どうもこの街の住民は、もはやほぼ全員が我々の敵らしい。
一般人相手に手を下すのは少々抵抗があったが、けれど、武器を手にして向かって来るのなら仕方がない。
店中を血に染めながら、今度こそ店にいた全員を殺し切ったところで、私はすぐに閣下たちの後を追うべく店を出た。
「…………」
……外に出ると、そこはもはや完全に暴徒の群れ。
聖都の往来は武装した信者たちによって埋め尽くされていた。
──だが。
彼らが私の存在に気づき襲いかかってこようとした、その時である──。
「──じゃま」
──白銀の魔力を纏った閣下が、一瞬にして往来を埋め尽くす信者の群れを氷漬けにしていた。
閣下が片手を振るうだけで凄まじい魔力爆発と共に突風が巻き起こる。
その突風は絶対零度の冷気を纏いて、それを浴びた信者たちは全員が残らず物言わぬ氷塊と化していた。
……というか、立っている場所が一歩でも違えば、おそらくは私も今頃彼らと同じ姿になっていたことだろう。
さすがは閣下。相変わらず尋常じゃない魔力量だ。
それにあの形態は、七紅天闘争の折に見せたという
私はあのとき全力で死んだふりをしていたので、こうして直接目にするのは初めてのことだ。
閣下の烈核解放・【孤紅の
……逆に言えば、それ以外のことは何も知らないということでもあるのだが。
そもそもあれはいったい、どういう原理で発動する力なのだろう。任意で効果の切り替えができるのか、それとも何か特殊な発動条件でもあるのか。
……って、今はそんな考察に耽っている場合ではないな。
「こわれろ」
──氷結魔法による特大の魔力光線(おそらくは煌級魔法クラスだろう)を放ち、聖都最大のシンボルである大聖堂を一撃で粉砕する閣下。
本気を出した閣下に、情けや容赦などといった概念は存在しない。
閣下は倒壊した大聖堂を見つめながら、「まってろ。ヴィル」と、それだけ呟いて、あっという間にその場から飛び去ってしまった。
その姿を見送りつつ、私は先程まで閣下がいたすぐ真下あたりで呆然と立ち尽くしているミリセントと、それからひっくり返って失神している様子のサクナの元へと歩み寄る。
完全に気を失っているサクナを活法で覚醒させてやりながら、私は未だ呆けた様子のミリセントへと訊ねた。
「──これからどうしますか、姉さん。やはり閣下の後を追うべきでしょうか」
ミリセントは一拍間を起きながら「……そうね」と答える。
「……信者連中も今ので軒並み戦意喪失しているみたいだし、大聖堂に乗り込むなら今しかない」
「わかりました。では急ぎましょう──立てますか、サクナ殿」
「……え、あっ、はい……! ありがとうございます、リミィさん」
へたり込むサクナをゆっくりと抱き起こし、私たちはすぐに走り出した。
ヴィルヘイズが囚われているであろう聖都中枢、大聖堂を目指して──。
♢♢♢♢♢
──その後、結果だけを述べると、私たちは無事にヴィルヘイズの奪還には成功した。
彼女は大聖堂地下の牢獄へと囚われており、三人で手分けして大聖堂内を捜索している際にミリセントが発見し、先に到達していた閣下と共に無事に回収することができたらしい。
ミリセントの話では、大聖堂の地下には聖騎士団を束ねる団長にして“逆さ月”の幹部──“朔月”の一人でもあるトリフォン・クロスという男の姿もあったらしいが、ヴィルヘイズの回収を優先したミリセントは彼との戦闘は一切行わなかったそうだ。
その一方で、大聖堂の中をどれだけ探してもスピカの姿は見当たらず、仕方なく私とサクナの二人もスピカの捜索は切り上げ、ミリセントや閣下たちと合流した。
そうして迅速に聖都から脱出を果たした私たちは現在、核領域にあるムルナイト直轄領の小さな城塞都市まで辿り着き、とある宿屋の食堂で一息ついている。
料理が運ばれて来るのを待ちながら、私の隣に座るミリセントが皮肉たっぷりの笑みを浮かべながら口を開いた。
「──絶体絶命ね。行商人の話によれば帝都は壊滅寸前なんだとか」
そんなミリセントの言葉に、魔核によって傷を治し終えたヴィルヘイズが不満げな顔で反発する。
「何故そんなにも嬉しそうなのですか。あなたは立派な帝国軍人なのでしょう」
「国が滅びたって構わないわ。べつに私が死ぬわけじゃないもの」
「コマリ様、こいつの顔面にマヨネーズをぶちまけていいですか?」
「まあまあまあ落ち着け! ミリセントだって本心から言ってるわけじゃないんだ!」
「そうですよヴィルヘイズさん。ミリセントさんは……なんていうか。ツンデレみたいなものなんです。好意の裏返しで悪意を振りまいちゃうだけで」
「殺すわよ」
「ひうっ……!」
ミリセントからのあまりにもシンプルな殺害予告を受け、サクナが短い悲鳴を漏らしながら縮こまった。
……ミリセントはツンデレというよりは基本的にただ
デレることもほとんど無いし、言うなればツン
なんだその属性……面倒臭いだけじゃないか。
「コマリ様。ミリセント・ブルーナイトは殺しておくべきです」
そんな風に現在進行系で殺意をみなぎらせるヴィルヘイズだが、当のミリセントは特に気にした様子もなく「言い争いほど無駄なことはないわ」と、仕切り直すように話を本筋へと戻した。
「──現在、帝都を襲っているのは逆さ月の構成員と神聖教徒が混合したゲリラ兵の集団。そしておそらく帝都側は押されつつある。皇帝がいないからマトモに作戦も立てられていないのでしょうね」
「七紅天の人たちが簡単に負けるとは思えません……たぶん、逆さ月は、相当ズルい方法を使ってるんじゃないでしょうか……」
「まあその可能性もなくはない。連中は人を貶めるためならどんなことでもするからね。とにかく──私たちは一刻も早く帝都に戻って暴動を鎮圧しなければならない。あるいはトリフォン・クロスや“神殺しの邪悪”を直接倒す必要がある」
「神殺しの邪悪? 何それ」
「逆さ月のボスよ。……“神殺しの邪悪”については不明な点が多い。逆さ月にいた私も会ったことはない。でも今回の騒動では必ず姿を現すわ。その隙を突いて殺せば──」
「わあ! 見てヴィル。オムライスの上にハンバーグが二つも載ってるよ!」
「本当ですね。でも食べきれますか? かなりの量がありますよ」
「お腹が空いているんだ。食べられるに決まって──」
「話を聞けっ!!」
自分から訊ねたにも関わらず話の途中で料理が運ばれたきたことにより、即座にそちらのほうへと意識を向けてしまう閣下。かわいい。
まあ結局昼食も摂れずじまいだったしな。
閣下もまだまだ成長期だし、それだけお腹が空いてしまうのも無理はない。
ちなみにこの
まあまあ抑えて抑えて。
「いいかテラコマリ。私は帝国にはさして思い入れもない。でもあんたはムルナイト帝国が滅んでほしいとは思っていないんでしょ? だったら覚悟しているはずよね──今回の騒動を解決する鍵はテラコマリ・ガンデスブラッドが握っているのよ」
「…………」
オムライスを口に運ぼうとしていた閣下の手が止まる。
ミリセントの言葉に私もまた同調していた。
「たしかに、これだけ戦火が広がってしまえば、もはやそう簡単に事態に収拾をつけることはできないでしょう。こうなれば、閣下の御威光をもって神聖教の連中を丸ごと屈服させるしかありません」
「そ、そんなこと言われたって……私には……。……そもそも鍵を握っているのだって、たぶん私じゃない」
「──お前は馬鹿か」
なぜか不安そうに瞳を揺らして言い淀む閣下に、ミリセントは吐き捨てるようにそう告げた。
「世界を変えていくのは心が強いやつなんだ。あんたにはそれだけのポテンシャルがある──だって実際にアルカや天照楽土を変えてきたでしょ? 覚えてないの?」
「…………………」
ミリセントの言葉に、閣下はなにかをじっと考え込むようにして目を伏せ、黙りこくる。
そんな閣下に、ミリセントはおもむろに立ち上がりながら──。
「ムルナイトの国民はテラコマリ・ガンデスブラッドに祈りを捧げている。その期待に応えるのがあんたの使命のはずよ」
それだけ言うとミリセントは「──私は部屋に戻るわ」と、食堂から去っていく。
……その場に重い沈黙が流れる中、ふとテーブルの上に目を向けると、そこにはミリセントが注文した分のオムライスが手付かずの状態で乗っていた。
ふむ……。
注文した、ということは決して食欲がないわけではないんだよな?
だとしたらなぜ食べなかったのだろう。
もしや真面目な話をしすぎて食べるタイミングを見失ってしまったとか、そういうことだろうか。
はぁ……まったく世話のかかる姉だ。
私は同じく手付かずの自分の分のオムライスと一緒にミリセントの分のオムライスが乗った皿も抱えると、静かに席を立った。
そして、「すみません。私もこれで失礼します」と閣下たちに一礼しつつ、足早にミリセントの後を追う。
ミリセントだって昼間から何も食べていないのだし、きっとお腹を空かせているはずなのだ。
次にいつ食べられるかもわからないこんな状況では、食事はなるべく摂れる時に摂っておいたほうがいい。
ついでにミリセントとは同部屋なので、私も一緒に部屋で食べることにしよう。
……その後。
ミリセントは「余計な気を回すんじゃないわよ……」と悪態をつきつつも、私の持ってきたハンバーグ乗せオムライスを綺麗に完食したのだった。
……お読み頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
見直しするだけのつもりが、気づけばほとんど丸々書き直すことになっていてかなり時間がかかってしまいました。
次で五巻部分のエピソードはラストになります。
こちらももしかしたらまた見直しに時間をかけてしまうかもしれませんが、なんとか数日中には終わらせますので気長にお待ちしていただければと思います。
それでは次話もお付き合い頂けましたら幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。