リミィ・コマリスキーは強者を求める 作:葵莢
一日目の指導が終わり、夜。
姉と一緒に風呂に浸かりながら、今日負った怪我の箇所を確認する。
痕が残っているのは、目の届く範囲で二十三箇所か。
結構やられたな……。
転生してからだと、ここまで全身打ち身だらけになったのは初めてだ。
前世を含めても、こういう痛みはかなり久しぶりだな。
「うぅ……ひっく……、ごめん、ごめんね……。私のせいで、リミィにまでたくさん怪我させちゃって……」
「気にしなくていいですよ、ミリィ姉さん。痛みなんてものは、耐えていればじきに慣れるものです」
そう。
痛みなんかいちいち気にしていたら、武術家なんてとてもやっていられない。
痛みを恐れず突き進むことが、私なりの強くなる秘訣だ。
「……リミィは強いね」
ミリセントは力無げにそう呟く。
「私に烈核解放なんて力、本当にあるのかな……?」
「少なくとも、私よりは可能性があるとのことですが」
……アマツ曰く、私では恐怖心が薄いから心に揺さぶりをかけるのが難しく、既存のアプローチで力の解放を促すのは不可能に近いのだそうだ。
それゆえ、アマツは早々にミリセントのみに対象を絞ることに決め、私のほうはミリセントの心に更なる負荷をかけるためのオマケのような扱いになっていた。
ひたすら放置されつつ、ミリセントが殴られる度に同じ箇所を一緒に殴られるだけの存在。
その度にミリセントは罪悪感を覚え、それを乗り越えることで心を鍛えていく。
そういう理屈らしい。
「烈核解放が使えるようになったら、お父様もたくさん褒めてくれるかな」
「……ええ、まあ、それはきっとそうでしょう」
「じゃあ、頑張らないとね……。お父様に認めて貰えるように」
「…………」
私は思わず無言になる。
ミリセントのその期待は逆に言えば、烈核解放が発現しなければ想像を絶する落胆と叱責が待っているということでもあった。
私は何を言われても平気なのだが、ミリセントのほうは少し心配だ。
……父に認められたいという彼女の思いが、報われてくれればいいのだが。
♢♢♢♢♢
「──どうして烈核解放が発現しないのだ! 」
父の書斎に呼び出されるや、凄まじい見幕で怒声を飛ばされた。
「もう一ヶ月だぞ一ヶ月! お前たちの努力が足りないんじゃないのか? 言っておくが、アマツ先生は天照楽土の《五剣帝》だった人だぞ。悪いのはお前たちに決まっている!」
……ふむ。
五剣帝……、初めて聞く単語だったが、察するにムルナイト帝国でいう七紅天大将軍みたいなものか。
国で最上位の武力を持つ者に与えられる称号だ。
あの男、意外と大物だったんだな。
「それにミリセント。学院の成績も見させてもらったがな、あれは何だ? ええ? 二位に落ちてるじゃないか。お前はブルーナイト家の吸血鬼としての自覚があるのか?」
「お父様、それは仕方がないことです。今まで勉強にあてていた時間が修練に変わったのです、ミリィお姉様だって──」
「出来損ないは黙っていろ!!」
「…………」
……ひどくない?
なんだこの扱いの差。
ほんと、どんだけ期待されてないんだよ私。
たしかに今回のテストもワースト二位だったけどさ。
逆に私よりいつも下のやついったい誰なんだよ。
「……これではガンデスブラッドに笑われてしまう。跡継ぎが二人揃ってこんな体たらくでは……くそ、どうして私の娘はあいつのよりも……」
苦々しい吐息を漏らしながら、吐き捨てるように呟く父。
ガンデスブラッドというのはたしか、代々この国の将軍職を世襲し、一族から何人もの偉人を排出してきた帝国でもトップクラスの名家だったか。
ブルーナイト家とは昔から政治的に敵対している家系だとも聞いたことがある。
名前の響きに濁点が多くてかっこいいから珍しく覚えていた。
「──っ……」
と、そんなことを考えていたら、ミリセントが部屋を飛び出していった。
その目にはうっすら涙が溜まっていたように見える。
「何をしている。もう用はない、お前もさっさと出ていけ」
「はい」
返事をしつつその場で父に一礼すると、私はすぐにミリセントの後を追いかけた。
だが、彼女はそれきり自室に閉じこもってしまい、部屋の外から何度呼びかけても応じてはくれなかった。
……変に思い詰めたりしなければいいのだが。
♢♢♢♢♢
──それからしばらく経った頃。
学院内でよからぬ噂を聞いた。
なんでも、ミリセントが下級区出身の生徒を、取り巻きを引き連れ数人がかりでいじめているらしいとのことだった。
私はミリセントとも、そのいじめられている生徒ともクラスが違うので今まで知らなかったが、聞くところによると学年一位の座を奪われたことへの腹いせだとか、そんな風に噂されているらしい。
実際に現場を目撃した生徒もおり、話を聞く限りどうやら信憑性も高い。
そこで私はこっそりミリセントの行方を追うことにし、ある日ついに、その現場を見つけたのだった。
「きゃはははは! ねえヴィルヘイズ。あんた三十一位だってさ。どんな気持ち?」
「……………」
「立ちなさいよ。あんた本当は強いんでしょ? 私たちくらいなら簡単に殺せる烈核解放を持ってるんでしょ? だったら少しは踏ん張ってみろっての!」
……信じたくはなかったが、どうやら噂は本当だったようだ。
見ればミリセントが取り巻き二人を引き連れ、一人の生徒を囲い込み、執拗に殴る蹴るといった暴行を繰り返していた。
ヴィルヘイズと呼ばれた少女は抵抗もせずに、ただ黙ってその仕打ちに耐えている。
すぐに助けに入るべきだろうか。
だが私が変に仲裁に入ったところで、さらに拗れた結果になる可能性もある。ここは慎重に──、
「ねえミリィ。こいつもうダメよ。壊れちゃってるわ」
「反応がないとつまんないよね」
「──じゃあ殺そうか」
その瞬間。
ミリセントの口から漏れ出たその単語にハッとする。
見れば、ミリセントの右手の先には魔力による光が生じていた。
おそらく放とうとしているのは、彼女が最も得意とする初級光撃魔法【魔弾】。
初級とはいえ頭でも撃ち抜けば、簡単に人を殺せる威力を持った魔法だ。
これ以上はさすがに見過ごせない、すぐに止めなければ。
「──やめろ」
……だが、私が止めに入るよりも先に、小柄な金色の影が、いつの間にかミリセントとヴィルヘイズの間に割って入っていた。
「────」
……あれは、えっと、誰だったか。
なんとなく見覚えがある気がしないでもないが、だめだ。
全く思い出せん。
とにかく止めに入ってくれる者がいて助かった。
この流れに乗じて私も出ていくことにしよう。
「……ミリィ姉さん。どうしてこんなことを」
「リミィ……。それに……テラコマリ・ガンデスブラッド……」
……ん?
ガンデスブラッド?
ということはこの子が、あの父の言っていた、すごい才能を持っているとかいうガンデスブラッド家のお嬢様なのか?
立ち姿や体つきを見ても、とても強そうには見えないが。
あー、高位の魔法がめちゃくちゃ使えるとかそういうタイプか。
そっち系の手合いは見た目だけじゃ強いのか弱いのかわからないからな。
納得だ。
「リミィあなた……、そんなやつとつるんで何してるの……? そいつは私たちの──いえ、いいわ。もうどうでもいい。リミィは私なんかより強いものね。私の気持ちなんか、わからないわよね」
「姉さん……」
どうしてこうなる前に気付いてやれなかったのか……。
きっと、今の彼女の耳には私が何を言ったところで届かない。
瞳の奥が、完全に濁り切ってしまっている。
「行くわよ」
取り巻きに一言そう告げ、ミリセントはその場を去った。
ガンデスブラッドのお嬢様は、彼女が去ったのを確認してホッと安堵の息を吐いていた。
その体には微かに震えが残っている。
おそらく相当な勇気を出して止めに入ったのだろう。
彼女はうずくまるヴィルヘイズに「痛かっただろ。苦しかっただろ」と、そっと手を差し伸べながら。
「もう大丈夫だから。あんなやつらに、負けちゃだめだよ」
「…………っ」
彼女のその言葉は、ヴィルヘイズにとってきっと大きな救いとなったのだろう。
瞳に大粒の涙を溜めながら、ヴィルヘイズは差し伸べられた手を取った。
そんな二人に、私はその場で深く頭を下げる。
そして、これまでミリセントがしてきたことを謝罪した。
「──申し訳ありません。私が謝って済むことでもないと思いますが、それでも謝罪させてください。姉さんにも、もうこんなことはやめるように話します。必ず謝罪するようにも伝えます。私にできることがあれば、なんでもやります」
「っ……」
「……もう絶対にやめさせてくれよ、こんなこと」
「──はい、必ず」
♢♢♢♢♢
……その日。
家に帰るなり姉さんに何度も声をかけたが、悉く無視された。
アマツとの修練中など、私のほうには見向きもしてくれなかった。
こうなれば、殴ってでも話を聞いてもらうべきか。
いや、さすがにそれは逆効果だろう。
とにかく根気強く話しかけ続けるしかない。
……それからさらに数日が経ち、いつの間にかイジメの対象がヴィルヘイズからガンデスブラッドさんへと変わっていた。
私はイジメの現場を目撃する度に止めに入ったが、クラスの違う私では、そのすべてに対処できるわけではない。
ガンデスブラッドさんにも何度も謝罪したが、そのたびに彼女は無理した笑みを浮かべながら「ほんとあいつら幼稚だよな」とか「まったく可哀想なやつらだ」と、何とか気丈に振る舞おうとしてくれていた。
家ではミリセントの可愛がっていた愛犬のペトロが突然死を迎え、より一層目に淀みを浮かべるようになった彼女に相変わらず無視され続けた。
修練による打撃痕だけが姉と私の身体に刻まれていく日々が続いた。
けれど、ある時。
「は……?」
私は突然、学院の指導室に呼び出され、身に覚えのない様々な悪事の証拠の数々を、淡々と突きつけられていた。
窃盗、恐喝、暴行、器物損壊、その他色々。
……間違いなく、ミリセントの謀略だろう。
双子であるがゆえに私と同じ顔を持ち、ブルーナイト家の権威を使って学院内に派閥を作っている彼女なら、偽の証人なんていくらでも用意できる。
それに頼みの綱の魔力残滓による鑑定も、前世におけるDNA鑑定のように双子の違いまでは識別できない。
そして、ミリセントは学院内で全科目常にトップクラスの成績を持つ優等生であり、私は魔法や体力面はともかく学業の成績はいつも最低レベル。
学院側がどちらを切り捨てるかなど、考えるまでもなかった。
そうして私はその日の内に退学を言い渡され、父からも──。
「この出来損ないが! よくもブルーナイト家の名に泥を塗ってくれたな!」
と激しい叱責を受け、家からも追い出されることになった。
一族からも存在を抹消され、二度とブルーナイトの名を名乗ることもできない。
私は、あっという間に一人になってしまったのだ。
「──災難だったな」
荷物をまとめて家を出る。
一人ブルーナイト家の門を後にしようとする私に、そう声をかけてきたのはアマツだった。
「……最後に手合わせでもしますか? 今日ぐらい、本気を出してくれるんでしょう? 」
「ふっ。最後くらいそれもよかろうが、やめておこう。俺にも、元五剣帝としてのメンツというものがあるのでな」
「そうですか。……結局、私にも姉さんにも烈核解放は発現しませんでしたね」
「ああ。だが種は蒔いた。後はあいつ次第だ」
「……?」
種蒔き……?
農園かなにかでもやっているのか?
……いやたぶんなにかの比喩なんだろうけど、なんのことを言ってるのかサッパリわからん。
「お前とも、事の運び次第ではいずれ再会することになるかもな」
「……へー、そうですか」
なにやら意味深なことを言ってくるが、やっぱりよくわからないので適当に相槌を返す。
「そうだ、
「は……?」
「犯人はテラコマリ・ガンデスブラッド。おそらく烈核解放だろうな。ミリセントだけでなく、学院の生徒、教職員及び鎮圧に派遣された軍の吸血鬼が相当数虐殺されたらしい。その中には七紅天も一人含まれていたという。正確な数は不明だが、確実に百人は死んだそうだ」
「……それはまた、大事件ですね。ですが、あのガンデスブラッドさんがそんなことをするだなんて、とても信じられませんが」
「身の丈に合わぬ強大な烈核解放は、時に使用者の理性と記憶すらも奪う。能力の暴走といったところだろう」
たしかに、ガンデスブラッド家の次女は強力な烈核解放を持っていると父は言っていたが、まさかそれほどのものだったとは。
とはいえ、神具を使って殺されたわけでもないのだから、全員数日もすれば蘇るのだろう。
魔核さまさまだな。
「これからどうするつもりだ? 行く宛が無いのなら、紹介してやれる受け入れ先が一つあるが」
「遠慮しておきます。あなたはなんだかとても胡散臭いので」
「そうか、残念だ」
と、全く残念だなんて思ってなさそうな顔で、アマツを肩を竦める。
「では。次に会うときは是非本気で勝負してくださいね」
「ああ。その時が来れば、な」
──その言葉を最後に、私は生まれ育った家を発った。
もう一生、戻ることはないだろう。
父とも二度と会うことはあるまい。
ミリセントとは……できればまた会いたいものだが、立場的に難しいかもしれない。
なにせ今の私は家名を失い、下級市民より下のただの浮浪者だ。
なんとなく、前世における武者修行の旅を思い出す。
……が、残念ながら今の私に、世界中を旅して回れるほどの貯えはなかった。
金もほとんどなく、知識もなく、有り余る体力と武の才能しかない今の私が目指す先は、ただ一つ。
──軍へ入隊する。
興じてやろうではないか。
世界中が熱狂してやまぬ──エンタメ戦争とやらに。
……ここまでお読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
原作のミリセントがキャラとしてとても好きなので、この辺りのミリセントの今後の人格形成に関わってくる部分については、原作展開からは極力手を加えず、主人公だけをフェードアウトさせる形を取りました。
次話から原作本編開始時点の時間軸に合流します。
今日が朝の投稿だったので、明日はお昼あたりに予約投稿をセットする予定です。
よろしければ次話のほうもどうぞ、お付き合い頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。