リミィ・コマリスキーは強者を求める 作:葵莢
──夕食を食べ終える。
ミリセントとほぼ同時に食べ終わった私は、空いた食器を返却するため宿屋の一階へと訪れていた。
そして厨房の者に皿を渡し終え、部屋に戻ろうとしたところで、不意に、どこか懐かしい気配を感じたような気がして思わず振り返る。
振り返った先──宿屋一階の休憩所のほうへ視線を向けると、そこにはとある男の姿があった。
長く伸びすぎた黒髪と赤い瞳が特徴的な和装姿の男。
とても見覚えのある──というか、あれほどまでの胡散臭さと怪しさを纏う男など、私の記憶の中には一人しかいない。
私はゆっくりと男の元まで歩み寄ると、麻雀卓を挟んだ男の対面側の席へと腰を下ろした。
そうして雀卓の上に肘を乗せながら、あからさまに嫌悪感むき出しの声音で問う。
「──こんなところで何してるんだ、お前」
「リミセントか。久しぶりだな」
そう言って男──ブルーナイト家にいたかつての家庭教師、
……三年前と何も変わらない、全く考えの読めない瞳。
アマツは
「そういえば、次に会ったときは本気で手合わせをしてやる約束だったな。どうだ、
「ふざけるな。……あとそもそも、麻雀は基本四人いないと打てんぞ」
「……そうなのか?」
「お前、そんなことも知らずにどうやって打つつもりだったんだ……」
まあ三人以下での打ち方もあるにはあると聞くが、私は四人打ちのやり方しか知らないのでどのみち相手はできない──って、いやいや……。
何をこんなやつとくだらない談笑なんかをしているんだ私は。
話すことなら、もっと他にあるだろうに……。
例えば、そう。
こいつが所属している“組織”についてとか。
「──なあ……、お前は逆さ月なのか?」
「……随分と直球だな。というか、ミリセントから何も聞いていないのか?」
「姉さんはあまりそういったことは話したがらなくてな」
「ふむ、そうか」
……ミリセントは基本的に、逆さ月関連の情報はこちらから何を聞いても決して話そうとはしない。
しかしそれは別に逆さ月に対して義理を立てているとかそういう訳ではなく、単に何の見返りもなくタダで情報をくれてやるのが癪なだけなのだと思う。
ゆえに私は逆さ月に関しての重要な情報はほとんど聞かされておらず、このアマツが逆さ月に所属しているかもしれない、というのもただの私の憶測でしかなかった。
……が、この反応を見るに、どうやらこいつが逆さ月と何らかの関係を持っていることは確からしい。
アマツは僅かに逡巡する素振りを見せながら、数瞬の後「まあお前になら話しても構わんか」と言ってあっさりと白状した。
「俺が逆さ月に所属しているかどうかという話だが、答えはイエスだ」
「よし、では殺すか──」
「待て。人の話は最後まで聞け。俺はたしかに逆さ月に所属してはいるが、だからといって別に奴らの仲間というわけではない。逆さ月には“ある人物”の命令に従い、一時的に潜り込んでいるだけだ」
……ふむ。
つまりこいつはその“ある人物”とやらが逆さ月へ送り込んだスパイ、ということだろうか。
私は構えていた貫手を下ろし、ひとまずは話を聞いてみることにした。
「その“ある人物”とは?」
「そこまでは教えられん。だが逆さ月──いや、“神殺しの邪悪”とは敵対している勢力であることは確かだ」
……“神殺しの邪悪”。たしか逆さ月のボスのことだったか。
それと敵対している勢力となると、六国のうちのどれかだろうか。
ならばアマツの祖国である天照楽土の可能性が最も高そうだ。
その中でも元五剣帝、それも名家であるアマツ家の者を動かせる人物となると前
無論、天照楽土とは全く関係のない勢力である可能性も充分に考えられるが……。
「──しかし意外だな」
「……? 何がだ?」
「てっきりお前は、俺のことを恨んでいるものだとばかり思っていた」
「まあ……私のほうは別に、お前から直接何かされたわけでもないからな」
思い当たるとすれば烈核解放発現のための修練と称して神具でめった打ちにされたぐらいか。
だがあの程度の痛みは前世の時点で既に慣れっこだったので、あれぐらいでいちいち人を恨んでいたらキリがない。
こいつの洗脳まがいの教育によって人生を狂わされたのはあくまでミリセント個人であり、それを恨む権利もまた彼女にしかないのだ。
私がそう告げると、アマツは一言「そうか」と頷く。
そして、そこまで話したところで──。
「──あれ、リミィ? お前、部屋に戻ってたんじゃないのか?」
不意に背後から、とても聞き馴染みのある声が響いた。
振り返ると、そこには先程まで食堂で一緒だったテラコマリ閣下とその側近、ヴィルヘイズの姿がある。
二人の登場に、私は思わず首を傾げた。
「閣下のほうこそどうしてこちらに? てっきり今日は部屋でお休みになられるものかと」
「うん……私もそのつもりだったんだけどな。でも私に客が来てるとかで、ついさっきここに来るよう呼び出されたんだ」
……ふむ。呼び出された、か。
閣下が来るまで、この休憩室にいた人間は私の他には一人しかいない。
となると、閣下を呼び出したのは──。
「──よく来たなミス・ガンデスブラッド。まあ、座りたまえ」
……ま、そりゃお前だよな。
突然話しかけられ、閣下は「は、はあ……」と困惑したように固まっていた。
私は無言で立ち上がり、アマツの対面側の席を閣下に譲る。
閣下は少々戸惑いながらも勧められた席に腰を下ろし、それを見届けてから私は閣下から見て左隣の席に、そしてヴィルヘイズはその反対側の席へと腰掛けた。
「気をつけてくださいコマリ様。
と、閣下の腕に絡みつきながら、警戒心たっぷりの瞳でアマツのことを睨むヴィルヘイズ。
巷にいる変態はお前のほうだろう──思わずそんな言葉が喉奥から出かかったが、私はなんとかそれを飲み込む。
「……いったい何用ですか。これ以上コマリ様に邪な視線を向けるようなら目玉に胡椒をまぶしますよ」
「おい失礼だろ! す、すまなかった。このメイドは少し暴走気味なところがあるんだ」
「構わない。急に呼び出したのはこちらだからな」
言動から察するにどうやら二人とも、この男とは初対面であるらしい。
ならば私から紹介したほうがいいだろうか、とも一瞬考えたが、それでこいつと仲がいいと思われるのはなんか嫌だな、と思い私はそのまま無言を貫く。
そうしている間に、アマツは淡々と自らの名を明かした。
「俺は
「え……? カルラが言ってたお兄さん……?」
「だろうな。……ああそうだ、俺がここに来ていたことはミリセントのやつには隠しておくように。いま顔を合わせれば殺し合いが始まる可能性が高い」
「……ねえこの人ミリセントに何したの? ていうかさっきまで二人で話してたみたいだけどリミィの知り合い……?」
おそらくミリセントのことならこの中で一番事情を知っているであろう私に、閣下が若干顔を引き攣らせながら訊ねてくる。
私はそれに事実のみを告げて応じた。
「まあ、端的に言えば虐待と洗脳ですね。この男はブルーナイト家にいた頃の私と姉の家庭教師です」
「え……何それ。もしかして本当にやばい人……?」
「別にどう受け取られようと構わん。何しろすべて事実だからな」
「えぇ……」
「……何やら色々と複雑な因縁がおありのご様子ですね。ですが正直あの青いののことなんかどうでもいいのでさっさと要件を言って頂けますか? というか何で私たちがここにいると知っていたのです? まさか後をつけてきたわけではありませんよね」
「俺の部下が追跡していた」
「ストーカーですか? 警察に通報しますよ?」
「死にたければ通報するといい。俺はそれでも一向に構わない。しかし──このままムルナイト帝国が滅びるのを座して待ちたくないのなら、素直に話を聞いておくのが賢明だ」
言いながら、アマツは懐から魔法石を取り出して雀卓の上に置く。
魔力の流れは微塵も感じないので、この場で発動させる意図は無いようだ。
「これは【転移】の魔法石だ。現在ムルナイト帝国公営の門は機能を停止しているが、先ほど俺の部下が戦火を潜り抜けて構築しておいてくれた。これを使えば一瞬で帝都に行ける」
「えっと……なんでこれを私に……」
「俺はべつにムルナイト帝国がどうなろうと知ったことではない。しかしある人物から頼まれてな──確かにお前たちがこういう形で“神殺しの邪悪”に敗北するのは好ましくない」
「詳しく説明してください。あなたはどこまで事情を知っているのですか」
「テラコマリ・ガンデスブラッドが動かなければ多くの犠牲が出るということは知っている」
「……なんで私が動く必要があるんだ? だって私は──」
「ならばお前はどうしてここにいる? 帝都へ乗り込む機会をうかがっていたんじゃないのか?」
「それは……」
閣下が口ごもる。
そういえば聖都を出たあたりから、閣下はなぜか随分と弱気になっているように見受けられた。
何か思うところでもあるのだろうか。
少なくとも、私にはよくわからない。
「その様子だと、まだ覚悟が決まっていないみたいだな。まあいい──いずれわかるさ。お前がやらなくちゃ世界は滅亡まっしぐらだぜ。俺が言うことではないのかもしれないが」
「アマツ・カクメイ殿。そうやってコマリ様に強制するのは──」
「わかっているさ。結局本人がやる気にならなくちゃ話にならないんだ。──そうだ、もう一つだけ渡しておくものがあった。後で読んでおけ」
そう言ってアマツは、閣下に一つの封筒を差し出した。
こちらから窺えた範囲では、表にも裏にも何も書かれていないように見えた。
どうやら封筒の上からでは、差出人の名は特定できないようになっているらしい。
「──さて、あまり長居するとミリセントにバレる。俺はこれで失礼しよう。リミセント──いや、今はリミィ・コマリスキーだったか。お前も、くれぐれも選択は間違えるなよ」
「……? なんの話だ」
「さあな」
アマツは立ち上がると、そのまま私たちに背を向けてこの場から立ち去ろうとする。
しかし宿の入り口の扉に手をかけたところで、「そういえば」と立ち止まった。
「カルラのやつを助けてくれてありがとう。親戚を代表して礼を述べておく」
──と、全く感情の見えない冷徹な表情でアマツは最後に一言だけそう告げると、宿屋を後にした。
……というか、やっぱりカルラの言っていたお兄様ってあいつのことだったんだな。
今更ながらそんなことを思い返す私。
まさかあの男とこんなところで再会するとは思いもしなかったが、何はともあれ、奴が置いていったこの【転移】の魔法石のおかげで、私たちはいつでもムルナイトへと帰還することが可能になった。
後はタイミングを見計らうだけなのだが──その時である。
「──コマリ様? どこへ行くんですか!?」
突然、閣下が宿の外へ向かって走り出した。
……封筒の中を確認した瞬間走り出したように見えたが、いったいどうしたのだろう。
私とヴィルヘイズはすぐにその後を追いかけようとするが、それと同時に、ミリセントとサクナの二人がドタドタと盛大な足音を立てながら階段を駆け下りて来るのが見えた。
そして私たちの姿を見つけるや、ミリセントが間髪入れずに叫ぶ。
「──敵襲よ! 聖騎士団のやつらが追ってきたわ!」
♢♢♢♢♢
──その後……。
私たちは街に攻め入って来た聖騎士団の連中と対峙し、そのとき上空に映し出された六国新聞の《電影箱》による映像を介して帝都の現状を知った。
あらゆる建物は倒壊し、街中に回る火の手。
路面には無数の死体が転がり、その映像を少し見ただけでも既に帝都が崩壊に近いレベルで敵に蹂躙し尽くされていることがわかった。
一刻も早く帝都に戻るべく、私たちはアマツから譲渡された【転移】の魔法石を使ってその場から離脱。
そうして全員で帝都へと帰還を果たすと、ミリセントとヴィルヘイズの言い争いを中心に一悶着ありつつも、最終的には戦うことを強く決意した閣下の意思に従い、それぞれ速やかに行動を開始した。
閣下とヴィルヘイズの二人は敵の
私は、サクナやミリセントの指揮下に入り、帝都防衛部隊の生き残りや援軍として駆けつけたネリア、カルラの率いるアルカ・天照楽土軍と協力して、街に
ムルナイト全域に響き渡る力強い閣下の演説と、帝国中から巻き起こる大量のコマリンコール。
人々はテラコマリ・ガンデスブラッドという存在に特大の希望を見出し、閣下もまたそれに
ムルナイト宮殿を占拠していた敵の総指揮官であるトリフォン・クロスも閣下とヴィルヘイズによって討たれ、街を埋め尽くしていた逆さ月や聖騎士団の連中もみな、一人残らず駆逐された。
行方不明になっていた皇帝も無事に帰還を果たし、こうして、後に“吸血動乱”と呼ばれる今回の事件もまた、閣下のお力によって見事に解決するに至ったのだった。
また、翌日の六国新聞の朝刊によれば、“神殺しの邪悪”こと、逆さ月のリーダーはあのスピカ・ラ・ジェミニであったらしい。
彼女を含め幹部連中を一人も捕らえられなかったのはかなり痛いが、これだけ大幅に戦力を削ぎ落としたのだ。
もはや逆さ月に組織として活動できるだけの余力は残されてはいない。
後は各国で協力して各地の残党を駆逐すれば、逆さ月の脅威は六国から完全に取り払われることになるだろう。
逆さ月は事実上壊滅したと言っていい。
そして、そんな中──。
「……なぁに、これ」
──帝都では現在、此度の騒動の解決を祝して盛大な催しが執り行われていた。
先日も話題に上っていた巨大コマリン像が、遂に完成したのである。
目の前に威風堂々たる立ち姿で屹立する高さ32メートルにも及ぶ巨大コマリン像(ダブルピース姿)を見上げながら、閣下は呆然と呟く。
ついでにカオステルが言うには何とビームも出せるように改良してあるとのことだ。
ビームか……良いな。
スーパーロボットしかり宇宙戦艦しかり、やはり巨大建造物から出るビームというのは男の子のロマンだ。
……いやしかしほんと、こうして見ると32メートルってすごいんだな。
たぶん前世で見たなんたらガン○ムの等身大立像とかより全然デカイ。
ちなみに私の隣のミリセントはそんな巨大コマリン像を見上げながら、
「……なによあれ、あんなものを帝都に建てて喜ぶとか、あんたたちやっぱり頭おかしいわよ……。まあそれについてはかなり前から知ってはいたけれど……」
と、これ以上ないほどにドン引きしていた。
……そうか。ミリセントにはこの良さがわからないのか。
私は好きなんだけどな、ビーム……。
と、閣下たちから見てやや後方の離れた位置で、そんな風に姉との致命的な感性の差を痛感する私。
そんな私たちの目の前では、第七部隊の連中が閣下のことを取り囲み、口々に賛美の言葉を並べていた。
「閣下! 此度のご活躍お見事です!」、「閣下のおかげで帝国は救われました!」、「本物の閣下は銅像よりも立派ですなあ!」、「見てください。こんなにも多くの人々が閣下のことを祝福しておりますよ!」、「イエーッ! 閣下の時代が即・到来。宗教ぶっ壊して結果オーライ」──部下たちからの裏表のない直球の賛辞を受け、閣下の顔はみるみる赤く染まっていく。照れているのだろうか。かわいい。
「──はぁ……姉さんにもあれぐらい可愛げがあれば……」
「ふん、そんなもの私には不要よ。無駄な事この上ないわ」
「ちなみに私は久しぶりに姉さんに名前で呼んでもらいたい気分です。もちろんリミセントではなく愛称のほうでお願いします」
「はぁ!? なによそれ、どういう脈絡よ!? というかそんなことしていったい何の意味があるのよ!?」
「私がちょっとだけ喜びます」
「ふざけんな。私には何の得もないじゃない!」
「まあまあそう言わず。ほらほら、照れてないで早く呼んでみてくださいよ、ミリィ姉さん」
「……くっ、うぅ。──リ、リミィ……」
「え……、まさか本当に呼んでくれるとは……。不覚にもちょっとときめきました、姉さんかわいい……」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」
声にならない声を上げながら。ザシュッ、ザシュッ!と超高速で神具による連続刺突を繰り出してくるミリセント。
その顔は珍しく、耳まで真っ赤だった。
なるほど、これが彼女の可愛げか……。
こういった反応自体はとても可愛らしいものではあるのだが、しかしこの姉、日に日に鍛錬の成果が出ているのか、段々と照れ隠しの際の技のキレが増していっているような気がする。
今はまだ普通に対処できているからいいものの、このままだとそう遠くないうちにうっかり刺されてしまうことだってあるかもしれない。
……ミリセントの攻撃を黙々と
かくして今日もまた、私を取り巻く日常は
──六国はもうじき、新たな年を迎えようとしていた。
……お読み頂きありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
お待たせしてしまい大変申し訳ありません……。
……今回の五巻部分も四巻部分に続き深刻な対戦相手不足といいますか、登場キャラ自体はたくさんいるのですが、しかしどの場面でどの相手と戦わせたとしても後々の展開に不都合が出てしまうことになったり、そもそも時系列的な問題で物理的に遭遇できないキャラもいたりと、どこを切り取りどうリミィを動かすのか、本当に悩みました……。
……結果最後は一気に駆け足になったりと、今話についても読みにくい箇所は多々あったかとは思いますが、何卒ご容赦願えればと思います。
次の六巻部分に関してですが、原作の時点で全編通してほぼ日常巻ということで、おそらく話数的にも少なめで終わることになるかと思われます。
内容については六巻部分で初登場する新キャラ目線での第七部隊におけるリミィの立ち位置や様子とか、後はコマリンガールズとの温泉回がメインになりますね。
それでは、次話もお付き合い頂けましたら幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします。