リミィ・コマリスキーは強者を求める 作:葵莢
06.テラコマリ閣下の秘密と私の期待
「──それにしても驚いたよ。まさかリミィがあのミリセントの妹だったとはなぁ。言ってくれればよかったのに」
ミリセントが起こした騒動も終結を迎え、しばらくの時が経った。
テラコマリ閣下やヴィルヘイズも無事に復帰を果たすことができ、相変わらず戦争漬けの日々を送っている今日この頃。
私は閣下からの呼び出しを受け、七紅府にある彼女の執務室へとやってきていた。
執務机を挟んで対面側に置かれた椅子へと腰掛ける私に、閣下はそう言って笑いかける。
私もそんな閣下に、控えめな笑みを浮かべつつ言葉を返した。
「申し訳ありません、ガンデスブラッド卿から固く口止めされていたものですから」
──ちなみにだが。
ここ最近、私は人前でも面を被ることなく、常に素顔を晒している。
ガンデスブラッド卿からもう顔を隠す必要はないと正式にお許しが出たからだ。
妙な愛着もあって面自体は一応いつも持ち歩いてはいるものの、基本的には素顔のまま過ごすようにしている。
「わかってるよ。お前にも事情があったんだよな。ヴィルだって自分のことはずっと黙ってた訳だし……って、そういえばヴィルはリミィのこと知ってたんだよな?」
「はい。コマリ様の専属メイドとして軍に徴用される際に、ガンデスブラッド卿からお聞きしておりました。といっても、私自身はあまりコマリスキー中尉との面識はないのですが」
閣下の傍らに控えていたヴィルヘイズが淡々と応じた。
言われてみればたしかに学院時代も、ヴィルヘイズと直接言葉を交わした事はほとんどなかったし、軍で再会してからも業務連絡以上の会話はしていなかったように思う。
そういう意味では結構微妙な関係性なのかもしれない。
「……まあ、実を言うと私もあんまり覚えてないんだけどな。引きこもりになる前の記憶は色々とあやふやでさ……、そもそもあの頃はあんまり人の顔もちゃんと見れてなかったし……」
気まずそうに頬を掻きつつ、テラコマリ閣下は続ける。
「でも、お前が学院で何度もミリセントのことを止めようとしてくれたことは覚えてる。というか、ミリセントの記憶と一緒に思い出した。──あの頃は、本当にありがとうな」
「……っ。いえ、そんな。私は結局何もできなかったのですから」
「そんなことはない。あの頃は、お前みたいに味方になってくれる存在が一人でもいてくれたおかげで随分と気持ちも救われたんだ。……まあそれでも、結局は引きこもっちゃったんだけどな」
「…………」
「あはは……」と閣下は自嘲気味に笑う。
どう言葉を返したらいいのかわからず思わず無言になる私に、閣下は仕切り直すように別の話題を投げかけた。
「でも、お前が知り合いだってわかって安心したよ」
「安心、ですか……?」
「うん。だってお前はヴィルみたいに昔から私のことを知っていて、それにお父さんからも今の私の事情を聞いてるんだろ? てことはお前も、私とは秘密を共有する仲ってわけだ」
「……秘密? 閣下が引きこもりだったということですか?」
「いや、それもあるんだけど、ほら……。今の状況というか、何というか」
「……?」
「──コマリ様」
今いち閣下の言わんとすることがわからず、ひたすら頭に疑問符を浮かべる私。
そんな私を見て、ヴィルヘイズはハッと何かを察したかのような顔で閣下に何やらコソコソ耳打ちする。
……なんだろう。
少し疎外感をおぼえる私である。
「……え? いや、そんなことあるか? うーんでもなぁ……」
「あの、閣下? どうかなされたのですか?」
私がそう訊ねると、閣下は「コホン……」と一つ咳払いして、妙に改まった口調で私に問うてきた。
「……ひ、ひとつ聞くがリミィよ。お前は私のことを、武人としてどう思っている?」
「? 最強だと思っていますが」
当然のようにそう答える私。
だが、なぜだろう。
「………………」
閣下はそんな私の答えを受け、まるでこの世の終わりのような、非常にショックを受けたような顔で固まってしまった。
……?
私はなにか間違ったことを言ってしまったのだろうか。
否。絶対に間違いなどではない。
なぜなら先日のミリセント戦で見せたあの力、あの烈核解放がある限り、閣下は間違いなく最強の吸血鬼だ。
ゆえに閣下が武人として最強の存在なのは疑いの余地もない。歴然とした事実なのである。
「あの、閣下?」
「……あ、ああいや、なんでもないんだ。──うむ。そうだ、私は最強だ。いずれ六国中を血に染める最強の七紅天だ」
「さすがです、閣下」
「そう、七紅天とは最強でなければならない。……でな、時にリミィよ。これはあくまで例え話としてなのだが、もし、もしもだぞ。もし何の実力もない、運動音痴で魔法も何一つ使えないダメダメな激弱吸血鬼がいたとしてだ。そんな奴が七紅天として自分の上司になった場合、お前はどうする? おとなしく言うことに従えるかね?」
「…………」
私は迷った。
閣下はいったい、いきなり何の話をしているのだろう。
今の話では前提からしてめちゃくちゃだ。
弱い者が七紅天になどなれる筈がない。
心理テストか何かだろうか?
閣下は私に、どんな答えを求めているのだろう。
私はしばらく無言で考えたが、結局は閣下の意図する事がわからず、自らの心に従うまま正直な意見を述べることにした。
「従うと思います。あまりにも理不尽な命令を下されれば少しは思うところも出てくるでしょうが、それでも極力従おうとはするでしょう。組織に属するとはそういうことですから」
「……ほ、本当か? 下克上とかしたくならないか?」
「私が下克上ですか? まさか。それは絶対にあり得ません」
私はキッパリと言い切った。
「下克上などすれば、私が将軍にならねばなりません。そうなれば煩わしい雑務が増え、今のように何の気兼ねもなく自由に戦場を駆け回ることもできなくなってしまいます。それは私の理想とする生き方にとっては、大きな足枷となります」
「そ、そうか! じゃあお前は、自分が戦えさえすれば、上司の強さは関係ないんだな? 上司が弱いとわかっても絶対下克上とかしないんだな?」
「はい。戦いの場さえ用意してもらえるなら、私に文句はありません」
「はぁー、そうか……よかったぁ……。実はな──」
「──まあ、他人が下克上するというのならそれを止めることもないのですが」
「へ……?」
私がそう言った途端、なぜか閣下の口からとても間の抜けた声が漏れ出た気がした。
少し不思議に思いながらも私は言葉を続ける。
「上司が弱かろうと、私自身に不満はありません。ですが、他の者はそうではないと思います。上司が弱いことがわかれば、多くの吸血鬼──とりわけ、第七部隊の連中のような荒くれ者はすぐさま下克上を企てるでしょう。そして私はそれを止めません。誰が上司になろうと私には関係ありませんし、それに下克上までして七紅天になったのなら、その者はよほど好戦的な性格のはずです。きっとたくさん戦争も起こしてくれるでしょう。ならばむしろ、そのほうが私にとっては都合がいい。よって、私は他人の下克上を全力で推奨します」
「…………………」
私が長々とそう綴ると、一瞬光を取り戻しかけていた閣下の瞳が、またしても絶望に染まったように光を失っていた。
閣下は顔芸が趣味なのだろうか。
「……ソッカー、スイショウシチャウカー」
「まあその点、閣下ならば何も問題ありませんね。誰よりも強い力を持ちながら、他国の将軍を全て皆殺しにすると宣言してしまうほどの好戦的な性格。力こそ全てな吸血鬼社会において、閣下はまさに理想の上司と言える存在です」
「ア、ウン、ソウダネ」
「今後とも、この身の全力を賭して覇道を突き進む閣下をサポートしてゆければと思っております」
「ソウカ、キタイシテルゾ」
「はっ。お任せください、閣下!」
──なぜか最後のほうは棒読みのカタコトになっていた気がする閣下だったが、そんな彼女に私は改めて忠誠を誓い、その場はそれでお開きとなったのだった。
♢♢♢♢♢
──それから一ヶ月。
戦争における閣下の無敗記録は着実に更新されていき、昨日行われたラペリコ王国戦で遂に怒涛の十連勝目を記録した。
コマリ隊の勢いは留まるところを知らない。
今日はそんな、まさに向かうところ敵なしといった大活躍を見せる閣下と共に、私はムルナイト宮殿は謁見の間へと通じる廊下を歩いていた。
「……ふん、皇帝のやつにも困ったものだ。いきなり呼びつけるなんて礼儀知らずにもほどがあるな。私の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ」
「おおっ! あの“雷帝”に対しても歯に衣着せぬ物言い……! さすがです閣下」
そんなふうに閣下を賞賛するのは、そこでばったり出くわして何故か一緒に付いてきたカオステルである。
私はテラコマリ閣下と共に来るようにとの皇帝からの呼び出しを受けここにいるのだが、この男はいったいなんの用事だろう。
すると閣下もまた、私と同じことを思ったのか、カオステルと軽く言葉を交わしつつも「どうしてここにいるんだ?」と訊ねた。
訊ねられたカオステルは持っていた袋から何やら一枚の布を取り出して見せる。
「以前、閣下のグッズを作るという話がありました。ひとまず第一弾として『閣下Tシャツ』を作ってみたのですが、まだご本人に献品していなかったので」
「は?」
カオステルから手渡されたTシャツを閣下はその場でおもむろに広げる。
そのTシャツには半笑いの閣下の顔が胸いっぱいにプリントされていた。
「……は?」
Tシャツに映った自分と顔を突き合わせながら、再度困惑の声を漏らす閣下。
そんな閣下にカオステルは畳み掛けるように告げる。
「素晴らしいでしょう? これが飛ぶように売れていましてねぇ、他のバージョンも作ろうかと試行錯誤しているところなんですよ。恥じらいの表情とか拗ねた表情とか」
「はあああああああああああああああああああああ!?」
「閣下もぜひ着てみてください」
「私が着たらおかしいだろ! 同じ顔が二つあるよ!」
「可憐さが二倍になります」
「アホか! たとえ川に落っこちてびしょびしょになってこれ以外に着るものがなかったとしても絶対着んわ! おいヴィル、なんとか言ってやれ!」
「私も百着買いました」
「給料の無駄遣いはやめろ!!」
「ちなみにコマリスキー中尉も軍服の下に着ていますよね?」
「はい。新しい隊服だと伺いまして十着ほど買うように言われました」
「めちゃくちゃ騙されてるじゃないか! まさかそうやって隊の連中全員に買わせてる訳じゃないよな!?」
「ご安心ください。他の連中は十枚と言わず、自ら進んでボックス単位で購入しております」
「それのどこに安心する要素があるんだよ!? 今すぐ全部回収しろ!」
「何を仰いますか閣下!」
カオステルが珍しく閣下に反発するように声を荒らげた。
「こればかりはいくら閣下のご命令とあれど聞き入れることはできかねます。こんなにも素晴らしいグッズなのですよ? 売れ行きも好調、コマリ隊の知名度を上げるのにもってこいの一品です。それでも閣下がやめろと仰るのなら──不肖カオステル・コント、閣下に決闘を申し込んででも己が意見を貫かせていただきます」
カオステルがそう捲し立てると、それで彼の熱意が伝わったのだろう。
閣下は暫し無言で自らの半笑い顔と向き合いながら、やがて観念したように大きく息を吐いた。
「…………そうか。そうかそうか。まあ決闘になったら私が一秒でお前を
「ありがたき幸せ!」
「でもさ。なんかするときは、私にちゃんと確認取ってくれよ」
「承知いたしました。次のグッズはご期待に応えられるよう鋭意努力いたします」
「でしたらコント中尉、とっておきの写真があるので是非……」
「お前は黙ってろ!」
カオステルやヴィルヘイズとそんな会話を繰り広げる閣下。
そんなことをしている内に、前方からは何やら物々しい雰囲気を纏った集団が歩いてくる。
その先頭を歩く人物は、私でも知っているような有名人だった。
「──あら。これはこれは! テラコマリ・ガンデスブラッド大将軍ではありませんか。あなたも陛下に謁見を?」
──フレーテ・マスカレール。
“黒き閃光”の異名を取る、閣下と同じ七紅天大将軍の一人だ。
卓越した暗黒魔法の使い手だと噂には聞いている。
フレーテはその後も閣下と言葉を交わしていたが、その言動の端々に閣下のことを小馬鹿にしたような嘲笑の態度が見られた。
この女もまた、ヨハンと同じタイプということだろう。
実際に閣下の活躍を見たことがないから、その実力を疑い、功績すらも偽のものであると思い込んでいるのだ。
けれども閣下は全く動じることもなく、ヴィルヘイズと何事か言葉を交わした後、眼前のフレーテに対し、実にあっけらかんとした口調で言い放つのだった。
「いまさらで申し訳ないんだが、お前は誰だ?」
ヴィルヘイズがくすりと笑い、カオステルが誇らしげに顎を撫でる。
私もまた、先任七紅天相手に真正面から煽り返すその毅然とした態度に
まるで本当に彼女のことを知らないかのような、極めて相手の神経を逆撫でする言い方だった事もとてもグッドだ。
やはり我らが閣下はとんでもない大物に違いない。
「『誰』……? この私に向かって、『誰』、ですって……?」
「すまん。どなたですか?」
「言い方の問題ではありませんわッ! 失礼な……なんと失礼な……! この私が英邁なる七紅天、“黒き閃光”フレーテ・マスカレールと知っての狼藉ですの!?」
「知らないから聞いたんだが……って七紅天? 七紅天だったの!?」
「こ、の、小娘はぁ……!」
「さすがですコマリ様! 帝国でもっとも有名な七紅天フレーテ・マスカレール帝都出身二十歳六月七日生まれ趣味は札束を数えること得意技は暗黒魔法ついた異名は“黒き閃光”にも恐れを知らず積極的に喧嘩を売っていくスタイル! 嫌いではありません!」
「お前知ってたんなら教えろよ!?」
……その後も閣下はヴィルヘイズと一緒になって散々フレーテのことを煽りまくり、最終的に気を悪くしたフレーテが「次に会うときは、是非ともあなたの実力を拝見したいものですね!」という捨て台詞を残して部下を引き連れ去って行くまで続いた。
さすがは閣下、まるで容赦がない。
それにしても……。
「フレーテ・マスカレールか……」
彼女は皇帝陛下から直々に任命された七紅天であると風の噂で聞いたことがある。
腰に
あの雷帝自ら指名したということは、きっと相当な使い手に違いあるまい。
どれほどの腕前なのか、物凄く興味があった。
……だが同じ国の軍に所属しているという立場上、戦える機会なんてそうそう無いのだろうな。
とても残念だ。
「どうしたリミィ?」
そんなことを考えながら無言でフレーテの後ろ姿を目で追っていたら、閣下に声をかけられた。
私はボソリと呟く。
「……このまま閣下とフレーテの関係が拗れまくって戦争にでも発展してくれたらいいのになぁ」
「お前ふざけんなよ!? ──あーもう、なんでこうも血の気の多い連中ばかりなんだうちの隊は──!」
──そんな閣下の絶叫は、謁見の間へと続く廊下全体にこだましたのだった。
……お読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
やっと原作二巻部分のエピソードが全て書き終わりましたので、本日から投稿していこうと思います。
といっても、二巻部分につきましてはサクナの今後に関わることもありコマリンじゃないと解決できない部分が当然ながらも多く、一巻部分に引き続きあまり原作展開に介入することはしていません。
完全に原作と同じになる部分はカットしたり要所要所のセリフだけ引用したダイジェスト風味にしておりますので、もしかしたら物足りなく感じてしまう部分は多々あるかと思いますがどうかご容赦くださいませ。
次話につきましては見直しが終わり次第、明日中には投稿したいと思っております。
それでは、次話もお付き合い頂けましたら幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。