リミィ・コマリスキーは強者を求める 作:葵莢
「──よく来たなコマリ! 外は暑かっただろう? そろそろ出不精なコマリには辛い季節だろうな。さあこのアイスでも食べて涼みたまえ」
「むぐっ」
謁見の間に入るなり、ムルナイト帝国皇帝、カレン・エルヴェシアス陛下はそんな言葉と共にテラコマリ閣下の口に自分の食べかけだった棒アイスを突っ込んだ。
そんな彼女に閣下は非難の眼差しを向けるが、皇帝は全く悪びれもせず「わっはっは」と笑い、次いで「強制間接キスのお味はどうだ?」という躊躇のないセクハラ発言までかましてくる。
この方もブレないな。
一国の長でありながら、相変わらずのエキセントリックぶりだ。
……というか、さっきから視界の端に大変見覚えのある人物の死体が転がっている気がするのだが気のせいだろうか。
そんなことを考えながらしばらく閣下たちの話を聞いていると、ようやく皇帝がその事について触れてくれた。
壁際に無造作に転がっていた死体の正体は、やはり私のよく知る人物、この国の宰相であるアルマン・ガンデスブラッド卿で間違いないらしい。
一応は私の恩人で、そしてテラコマリ閣下にとっては大切な父親でもある。
閣下は慌ててガンデスブラッド卿の遺体に駆け寄ると「お父さん、お父さん! 起きてよお父さん!」と必死に呼びかける。
そんな閣下に皇帝は、
「案ずるなかれ。魔核の力で今日中には復活するだろうさ」
と、実になんてことないような口調で告げた。
閣下に続くように、ヴィルヘイズと私も死体の元まで歩み寄り、じっくりとその傷口を観察する。
見たところ、目立った外傷は一つだけだった。
「腹部をやられてますね」
「ええ。傷口の状態を見るに武器や魔法は使われていないようです。おそらくは背後から直接素手で腹を突き破られたのでしょう。また傷口のサイズから見て、犯人の腕はかなりか細く華奢なものであることも推察できます」
ヴィルヘイズの言葉に頷きながら、私もそのような考察を述べる。
「となると、まさか子供ということはないでしょうし、下手人は女性の可能性が高いということになりますね。傷が治りかけなので正確な判断は下せませんが、相当な力持ちであることも確かなようです。以上のことを踏まえた上でお訊ねしますが、コマリスキー中尉。あなたは昨晩、どこで何をしていましたか?」
「なぜ真っ先に私が疑われているのでしょうか。ずっと寮の自室にいましたよ」
「なるほど、つまりアリバイは無いと」
「動機と証拠も無いんですけどねえ」
「いや二人ともふざけてる場合じゃないだろ! なあ皇帝、お父さんにいったい何があったんだよ!」
「だから見ての通り殺されたのだよ。昨日の御前会議の帰りに襲われたようだ。しかもアルマンだけじゃない──ここ一週間ほどで政府高官および元老、七紅天が合わせて五人殺されている。これはもはやテロだな。犯人はテロリストだ」
……またテロリストか。ミリセントの件からまだそう時は経っていないというのに。
やはり今回も“逆さ月”の仕業だったりするのだろうか。
だが、もしそうだとしたらなぜ賊は神具を使わなかったんだ?
死んでも魔核で復活するこの世界において、神具を用いない暗殺など
「犯人の目星は」
「情けないことだが見当もつかん。なぜなら殺されたやつは一人として自分が殺されたことを認識していなかったからだ。当然犯人の顔も覚えていない」
「記憶操作の魔法、ということでしょうか」
「その可能性はある。しかし精神干渉系の魔法は大魔法も大魔法、宮殿内で発動したならば朕が気づかないはずもない。上級魔法【漆羽衣】で魔力を隠蔽したという可能性も考えられなくはないが──朕が思うに、これは魔法ではなく烈核解放だな」
「烈核解放……それは難儀ですね」
皇帝からの解答を受け、ヴィルヘイズが思案顔で唸った。
さらに皇帝が言うには、宮殿内に【転移】の門は無く、結界に穴が穿たれた形跡も無いとのこと。
つまり犯人は元から宮殿内部に潜んでいた人物ということになり、それは帝国中枢にテロリストのスパイが紛れ込んでいることを意味していた。
……前々から思っていたが、この国の警備体制ザルすぎるだろ。
なんでこんな簡単に国の宰相が殺られてるんだよ。
……その後も皇帝と閣下の間で色々とやり取りはあったものの、最終的には皇帝の命令もあり、今回のテロ事件の犯人も閣下が捕まえることになった。
見事テロリストを捕まえれば報酬として閣下に一週間の休暇が与えられるらしい。
それを聞いて閣下もそれは嬉しそうな様子だった。
七紅天とはいえ閣下もまだ年頃の女の子だからな。
そりゃ休みぐらい欲しいか。
「……でも、テロリストとか言われても困るよ。私は全然強くな──いや、めちゃくちゃ最強なんだけど、わ、私レベルになるといちいちその辺の羽虫の相手なんかしていられないんだ」
なぜかチラチラと私の顔を横目で見ながらそう告げる閣下。
はて。顔にゴミでも付いていただろうか。
とりあえず軍服の袖で顔を拭っておく私である。
「……? まあそう言うな。なにもきみが直接手を下さずとも、きみにはヴィルヘイズやリミィを始めとした優秀な部下たちがいるではないか。──それに、今回はきみ一人で任務にあたるわけではない」
皇帝はそう言うと、先程から柱の陰でひっそりとこちらの様子を窺っていた人物に声をかけた。
「サクナ・メモワール! 恥ずかしがる事はないぞ!」
サクナ、と。そう呼ばれた人物は、皇帝の声にびくりと肩を振るわせつつも、おずおずとおぼつかない足取りでこちらへ歩いてくる。
そうしてやがて明るみに出ると、ようやくその全容が見て取れた。
銀色の髪に青色の瞳の少女。
その顔にはどこか見覚えがあった。
ふむ……サクナ……サクナ・メモワール……。
──ああ、そうだ。思い出した。
サクナ・メモワールといえば、最近下克上で第六部隊の隊長になったという七紅天の名だ。
その姿についても何度か寮のほうで見たことがある。
私が素顔を晒すようになってからはまだ一度も顔を合わせてはいないが、そもそも元から軽い会釈を交わす程度の交流しかなかった訳だから、実質的に今回が初めましてと言っていいだろう。
彼女はテラコマリ閣下の顔をどこか熱っぽい瞳でじっと見つめながら、「きれい……」と呟き、次いで私のほうに視線を向けるとなぜか顔を見るなりギョッとした様子で目を見開いた。
……おい、ほぼ初対面でその反応はさすがに私も傷つくぞ。
別に変な顔はしていないと思うのだが。
いや、さっきの閣下のこともあるしきっとまだ顔にゴミが付いたままなんだな。
そう思い、私はもう一度、今度はさっきよりも念入りに顔を拭った。
……で、私がそんな事をしてる間にも、会話はどんどん進んでいき、やがてサクナは自己紹介を終えると、閣下宛てに自分で書いてきたらしい手紙を渡すだけ渡して、そのまま振り返ることなく謁見の間を出て行ってしまった。
取り残された閣下は唖然としながらも、「私たちも帰るか」と言って部屋を出て行こうとする。
私もそれに続こうとしたのだが、背後から、
「待ちたまえ。リミィにはまだ話があるから残ってくれ」
と皇帝陛下に呼び止められたので閣下とヴィルヘイズに別れを告げ、そのままこの場に留まった。
「お話とはなんでしょうか、陛下。一応言っておきますが、私は犯人ではありませんよ」
「そんなことはわかっているさ。そもそもきみなら、こんな回りくどい真似をせんでも直接朕を殺しにくるだろう?」
「……? つまり犯人は陛下のことを狙っていると?」
「うむ。朕が思うに、犯人の狙いは政府の上層部のみが持つ“情報”だな。記憶を操る烈核解放を持っているのなら、その記憶を読み取る事ができても不思議ではなかろう?」
「……ふむ。たしかに」
「だが、今まで殺した相手に奴らが求めている情報は無かっただろうな。それもそのはず。魔核の在り処などという国の最重要機密を、そう簡単に朕が他人に漏らす訳がないからな」
「魔核の在り処……。テロリストは魔核を狙っているのですか?」
「ああ。此度の賊は“逆さ月”だからな。各国の魔核の破壊を目論む奴らにとって、その在り処は喉から手が出るほど欲しい情報に違いあるまい。まあ今回に限っては喉からではなく、実際に手が出たのは腹からだったがな」
なっはっは! と呵呵大笑する皇帝陛下。
……未だにわからないのだが、こういう時どんな返しをするのが正解なのだろう。
というか犯人が“逆さ月”って、さっき閣下たちがいるときはそんなこと言ってなかったよな?
それどころか犯人の見当すら付いてないとか言ってたような。
先程の場では敢えて情報を伏せていたのか……?
……まあいい。色々と気になることはあるが、とりあえず本題に入ってしまおう。
私は苦笑気味の愛想笑いを返しつつ、再度皇帝に訊ねる。
「それで、本題に戻りますが。私に話とはいったい何なのです?」
「うむ。きみにはある人物の監視を頼みたいのだ」
「というと、その人物がこの事件の容疑者、という訳ですか?」
「いや、容疑者というよりも犯人そのものだな。政府高官殺しの犯人は先程の少女、サクナ・メモワールだ」
「…………はい?」
あまりにもさらっと言われたせいで、脳が一瞬情報の処理を放棄してしまった。
えぇーと……。
「サクナ・メモワールが犯人……?」
「うむ。いやぁ先程の顔も傑作だったな。あやつはおそらくきみの顔を見てミリセントと見間違えたのだ。きみたちは外見だけなら全く見分けがつかないからな」
「……まさか根拠がそれだけということはないですよね?」
「無論、入念に調べもついているさ。サクナは“逆さ月”の一員で、烈核解放を持っているらしい。だからこそ、朕はあの子を七紅天に任命したのだからな」
「……? 最初からテロリストの一員だとわかっていて七紅天に任命したのですか?」
「朕にも色々と考えがあるのだよ。ひとまずそれは置いておけ」
……ふむ。
今の話から察するに、皇帝はサクナのことをわざと手元に置いて泳がせているということか?
まあたしかに、こういった場合の実行犯というのは組織においては大抵が末端だしな。
振り込め詐欺のグループなんかでも直接被害者とやり取りをする出し子や受け子などといった連中は、組織からすればいつでも切り捨てられる使い走りに過ぎないと聞く。
テロリスト組織においてもきっと似たようなものなのだろう。
末端をいくら捕まえたところで結局はただのいたちごっこにしかならない。
それならばサクナ一人を泳がせその動向を追い、より組織にとって上位の人物と接触したところを押さえたほうが効率的、と皇帝は考えたのかもしれない。
「なに、監視といっても大したことではないよ。きみに複雑な任務は向いてなさそうだしな。きみはただコマリと行動を共にしつつ、サクナ・メモワールの動向に目を光らせておいてくれさえすればいい。彼女がコマリのことを害そうとした時は、きみが止めてくれたまえ」
「それはつまり、サクナ・メモワールの監視というよりは、閣下の護衛が
「まあそういうことだ。きみは万が一の保険というやつだよ。もしもコマリが殺され、敵の手に落ちたら大変だろう?」
「それはそうですが……」
そもそもあの最強のテラコマリ閣下に護衛なんて必要あるのだろうか?
それに閣下にはヴィルヘイズだっているし、あまり意味がない気も──って、そうだヴィルヘイズ。
「ヴィルヘイズ殿にはこの事は伝えなくてもよろしいのですか?」
「奴にはわざわざ説明せずともコマリに近づく輩は誰だろうが勝手に警戒するし、何があっても命がけでコマリを守ろうとするだろう。話したところで大差あるまい」
「…………たしかに」
「だが、もしもサクナの裏にいる黒幕が動いた場合、ヴィルヘイズだけでは少々戦力的に力不足だ。──だからこそ、きみにこの事を話した。保険とはそういう意味さ」
「はあ、なるほど」
よくわからなかったがとりあえず相槌を打つ私。
戦力的な話をするならますます訳がわからない。
閣下が本気を出せばどんな者が相手だろうと小指一つで粉砕できると思うのだが。
「今後も、きみとヴィルヘイズでうまくあの子のことを手助けしてやってくれ。頼んだぞ」
「はっ。お任せを」
……と、なんとなく返事をしたはいいものの、なんだかあまり話が噛み合っていないような、そんな気がしないでもない私なのだった。
♢♢♢♢♢
──皇帝陛下との謁見も済ませ、私は七紅府にある訓練場に向かうべく宮殿内を一人で歩いていた。
……歩いていた、のだが。
なぜか。
私はそこで、異様な光景を目の当たりにするのだった。
「ヒャッハァァァー!! テロリストを殺せー!!」
「テロリストに殺される前に政府要人も殺せー!!」
「手当たり次第全員ぶっ殺して閣下と休日デートだヒャッハァァァァァァァー!!」
……なにやら見慣れた色の軍服の連中が宮殿内で攻撃魔法だの武器だのを振り回し、手当たり次第に破壊の限りを尽くしていた。
なんだあのテロリスト集団……。
「なにやってんだ、あいつら……?」
言わずもがな、あの一団の正体は我らが第七部隊の隊員たちである。
元から頭のネジのぶっ飛んだイカれた集団だとは思っていたが、まさかこれほどとは。
ひとまずあの破壊活動の責任が幹部である私に向く前に、そしてもし向いたとしても後で言い訳できるように。
私は即座に決意する。
──暴れてるやつら全員、今のうちに殺しておこう、と。
うん、それしかないな。
よし、そうと決まれば──と、……ん? あれは。
「──こんのテロリストどもがぁっ!!」
ふとよく見れば、何やら第七部隊の連中を物凄い見幕で追いかけ回し、ひたすら手にした剣で斬り捨てたり、貫いたり、暗黒魔法のビームで片っ端から消し炭にしたりしている人物の姿が目に映った。
あの見覚えのある夜色のドレス。
間違いない、あれは今朝見かけたばかりの七紅天、フレーテ・マスカレール大将軍だ。
そうか。
彼女が先に鎮圧に動き出してくれていたのか。
それなら手っ取り早いな。
私も彼女に加勢してさっさとこのテロリストどもを全員ぶっ殺──、
「──っ! そこにもいたか、第七部隊ぃぃぃッ!!」
……あ、やべ。
なんか私のとこにも突っ込んできたぞあの人。
どう見てもめちゃくちゃ怒ってるっぽいし、あの様子だとこっちの話などまともに聞いてくれそうもない。
さて、どうするべきか。
……いや待てよ。
私はそこでふと考える。
これはもしや、千載一遇のチャンスなのではなかろうか。
前々から、七紅天とは一度ちゃんとやり合ってみたいと思っていた。
そんな私にとって、この展開はまさに降って湧いた絶好の好機と言えるのでは──。
──ふふ。そうと決まれば。
「“黒き閃光”フレーテ・マスカレール……相手にとって不足無し。いざ尋常に、勝負──!」
……こうして、ものの見事にテロリストの一員と成り下がってしまう私なのだった。
♢♢♢♢♢
──テラコマリ・ガンデスブラッドは目の前の光景を見て言葉を失っていた。
つい先程まで、サクナと共に昼食を摂りながらテロリストを捕まえる為の作戦会議をしていたコマリだったが、突然レストランを揺るがすほどの大爆発が起こり、慌てて宮殿の庭まで飛び出してきたのだ。
そこには草の上に積み上げられた第七部隊の部下たちの死体の山が出来上がっていた。
その中には幹部であるベリウスやカオステルのものまである。
「ベリウス! カオステル! お前らまでどうしたんだよ!?」
慌てて二人の傍に駆け寄るが返事はない。
特に怪我はしてなさそうだが、その口からは血を吐いたような痕がある。
ヴィルが二人の手首に指を添え、脈拍を確認する。
そして静かに首を横に振りながら告げた。
「二人とも死んでいます」
「え、死んでるの!? 二人とも!?」
その時だった。
またしても一際けたたましい爆発音が大気を揺るがした。
この爆発、もしかしてメラコンシーのものだろうか。
彼の死体はこの中にはない。
だとしたら、メラコンシーは今も戦っているのだろう。
それからも大小様々な爆発音が響いていたが、しばらくして完全に音が止んだ。
戦闘が終わったのだろうか。
爆発が聞こえていた方角──宮殿のほうに目を向けていると、ぼんやりと人影が歩いてくるのが見えた。
あの見覚えのあるシルエットは、まさか──。
「おや? 閣下ではないですか」
「リミィ……!?」
人影の正体はコマリの部下にして第七部隊の幹部の一人、男装の青髪少女リミィ・コマリスキー中尉だった。
先程、謁見の間では彼女だけが皇帝に呼び止められたのでそこで別れたのだが、こんなところで何をしているのだろう。
いや、それよりも。
コマリは彼女に対し、もっと他に聞くべきことがあった。
たとえば、そう。
その手に持っているモノ……いや、モノというのは失礼だろう。
彼女はその両腕で二つの死体を運んでいた。
片方は金髪サングラスのラッパー、メラコンシー。
彼はリミィの右手によって軍服の襟首を掴まれ、草の上をズルズルと引き摺られていた。
そしてポーンと無造作に投げ捨てられ、死体の山へと追加される。
よく見ると彼もまたベリウスたちと同じように吐血した痕が見られた。
コマリは次に、リミィの左肩に担ぎ上げられたほうの死体に目を向ける。
あの尻には──いや間違えた、あの夜色のドレスにはなんだかすごく既視感があるというか、今朝目にしたばかりというか……。
「おいリミィ、いったい何があったんだよ……!」
「テロです」
「は……?」
うまく聞き取れなかった。
え、テロデス? テロデスってなに?
コマリはなんだかとても嫌な予感がして思わず聞こえてないフリをしたくなった。
「ですから、テロです。
「ベリウスやカオステルは……!? こいつらには一応、連中の暴走を止めるように言っておいたんだけど……」
「……そうでしたか、それは申し訳ありません。てっきりいつもの仲間割れの殺し合いかと思い、まとめて殺してしまいました。ですが暴走は止められましたので結果オーライですね」
「………………」
コマリは絶句した。
リミィが強いのは知っていた。
戦争ではいつも一番戦果を上げているし、以前パーティー会場でも、あんなに強かったミリセントを一人で圧倒したりもしていたから。
だが、たった一人で隊の連中を幹部含めて皆殺しにするとか、まさかそのレベルだとは思っていなかったのだ。
しかも見たところ無傷である。
爆発魔法使いのメラコンシーとも戦っただろうに、服に焦げ跡さえついていなかった。
「……えっと、見たところこいつらどこも怪我してないみたいだけど、ほんとに死んでるの? 血も吐いてるみたいだし、もしかして毒とか……?」
「ああ、いえ。単に外側から心臓や肺のあたりを殴って息の根を止めただけです。服の下は普通に打撲の痕があると思いますよ。フレーテ殿に殺された連中は全身傷だらけですので復活に時間はかかると思いますが、私が手を下した連中だけなら今日中には復活するでしょう」
「へ、へー……」
コマリはとりあえず相槌を返すことしかできなかった。
というかこいつ今フレーテとか言ったか……?
ならやはり、リミィの左肩に担がれているあの尻は──。
「も、もしかしてなんだけどさ。リミィ……その左肩のって……」
「フレーテ殿です」
「……うん?」
「フレーテ殿です」
「………………」
──や、やりやがったなお前えぇぇぇぇぇぇ──!!
コマリは心の中で絶叫した。
よりにもよって七紅天を、あのフレーテ・マスカレールを……!!
これじゃあもう友好関係築くとか絶対無理じゃん!!
一生目の敵にされるやつじゃん!!
コマリは今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。
だが、コマリはふと冷静に考える。
七紅天であるフレーテを、リミィは本当に自らの手で倒してしまったというのだろうか。
だったらこれは、紛うことなき下克上となってしまうのでは?
ひとまず確認しておこう。
コマリはおそるおそるリミィに訊ねた。
「……なあ、フレーテもその、死んでるのか……?」
「いえ、死んではいません。殺してしまったら下克上扱いになり私が七紅天に推薦されてしまいかねませんので。ほら、この通り」
リミィはその場で仰向けに寝かせるようにそっとフレーテを下ろした。
ベリウスたち同様、彼女もまた目に見える位置に外傷はなかった。
けれども物凄い苦悶の表情で目を瞑っていた。
……え、本当に死んでないよねこれ?
思わず不安になってしまうコマリである。
「それにしてもフレーテ殿にはガッカリです。七紅天といえど、やはり特別なのは閣下だけなのですね。たしかに今まで戦った他国の将軍たちに比べればかなり腕は立ちましたが、それでも常識の域を出るものではありませんでした。この程度の実力では閣下の足元にも及びません。やはり閣下が最強です。ぜひとも手合わせ願いたいです」
「そ、そんなのいいから! とにかくほんとに死んでないんだな!? 本当だな!?」
「はい。ちゃんと手心をくわえて殴りましたから」
「あ、あの! 死んでないなら私、なんとかできると思います!」
「え、ほんとかサクナ……!?」
「はい……! 任せてください」
サクナはそう言うと一歩前に出て杖を構えた。
そしてフレーテに向けて呪文の詠唱を始める。
「《魔核よ魔核・万物の静かなるをして動かしめよ》──中級回復魔法【供給活性化】」
杖の先端から淡い光が発し、フレーテの身体を包み込んだ。
するとみるみるうちにフレーテの顔色が良くなっていき、やがてゆっくりと目蓋を揺らしながら、意識を取り戻した。
「あれ……ここはいったい、私は何を」
「お目覚めですか、フレーテ殿」
「ひぃッ!?」
リミィが声をかけた瞬間、フレーテは即座に飛び起きて近くにいたサクナの背中にしがみついて身を隠した。
「え、あの……フレーテさん?」
サクナも困惑気味に背後のフレーテに言葉をかける。
……なんで彼女はこんなに怯えているのだろう。
リミィはいったい、フレーテに何をしたというのだ。
コマリは本音を言えば聞きたくはなかったが、けれども聞かないことには何も始まらないので意を決して聞いてみることにした。
「お、おいフレーテ。いったい何があったんだ……?」
「あ、あの方ですわ……。宮殿で破壊活動を行っていた第七部隊の連中を片っ端から排除していたら、あの方を見つけて戦闘になって、それで……私の剣や魔法がいとも容易くいなされては躱され、全く通じなくて、それなのに『がんばれがんばれ』だとか『やればできるきみならできる』だとか『もっと熱くなれよォッ!』だとか、とにかく私を応援しながら何故か私のお腹を何度も何度も執拗に殴り続けてくるんですの!! あんなにたくさんお腹を殴られて……もしカレン様との赤ちゃんを産めない体になったらどう責任とってくれるんですの!?」
「せ、責任も何もそんな可能性は元からゼロだと思いますけど……」
サクナが引き攣った笑みを浮かべつつも冷静にツッコミを入れた。
「でもすごいです……! まさか七紅天を倒しちゃうなんて、テラコマリさんともなると部下の方まで凄くお強いんですね!」
「いや絶対にこいつが特殊なだけだと思う……」
「何にせよマスカレール様にもこれでコマリ様との格の違いをわかっていただけたことでしょう。素晴らしい働きですよコマリスキー中尉」
「ヴィルも軽率にリミィのことを褒めるな! 見ろよフレーテを! 軽くトラウマになっちゃってるじゃないか可哀想に!」
「そ、そうですわ……、私やっとわかりましたわ」
「ん……? どうしたフレーテ?」
フレーテは尚もサクナの背中にしがみついてぷるぷる小刻みに震えたままだったが、唐突にビシッとリミィの顔を指差しながら言う。
「ガンデスブラッドさん、あなたの今までの功績は全て、この方のものだったのですね! それならば、今までのあなたの輝かしい戦績にも納得がいくというものです! それはそうですわよね! 部下にこれほどの
「え、いやあ、それは……」
そんなことはない! ……とは言えなかった。
実際、普段の戦争でも敵の大将はほとんどリミィが討ち取っているのだ。
毎回開戦と同時に敵陣に突撃して敵兵を薙ぎ払いながら最短で敵本陣に到達するので、他の者に活躍の場がないとよく部下たちから苦情が入ってきている。
コマリとしては戦争が楽に早く終わる分にはむしろ大歓迎なので、内心はいつも『いいぞ、どんどんやれ』とリミィに密かにエールを送っていた。
「ふふ、どうやらその反応、図星のようですわね! 七紅天が聞いて呆れますわ、まさか自分の部下にまで実力で劣る将軍だなんて前代未聞です、やはりあなたは七紅天には相応しくありませんわ!」
なんだかフレーテがどんどん調子を取り戻してきた。
けれども未だにサクナの背中に隠れながら膝をガクガク震わせているため全く格好がついていない。
というかお前もリミィに負けたんだよな? と内心でツッコミを入れるコマリである。
そもそも、自分が七紅天に相応しくないことなんてコマリは最初からわかっているのだ。
そんな当たり前のことを改めて言われたところで別に何とも思わない。
なぜならコマリは泣く子にも黙って負ける最弱の吸血鬼だから。
「ガンデスブラッドさん、なにかご反論は?」
「特にないけど」
「そうですか! それでは私はテラコマリ・ガンデスブラッドの不信任決議案を提出いたします。審議は後ほど“七紅天会議”にて。──ご存知かと思いますが、七紅天会議とはその名が示す通り七紅天全員が出席を義務づけられた特別会議のこと。もちろんあなたにも出席していただきますよ。ふふふふ──どんな判決が下るのか、今から楽しみですわね」
「はあっ!? ちょっ──」
慌てて引き止めようとするコマリだったが、フレーテはそれだけ言い残すとリミィとは決して目を合わせようとせず、一目散にその場から去っていった。
それはもう絵に描いたような全力ダッシュだった。
そんな彼女の小さくなっていく後ろ姿を目で追ったあと、コマリはリミィのすぐ目の前まで歩み寄る。
そして彼女の胸のあたりを涙目でポカポカ殴りながら。
「──どぉぉしてくれるんだよバカぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そんなふうに絶叫したのだった。
対してリミィは。
「閣下に対して随分と不遜な態度ですね。今から追いかけてやっぱり殺しておきますか? もちろんトドメは閣下にお譲りします」
とか物騒なことを言っていた。
──やっぱりこいつも第七部隊なんだ……。
そんなことを改めて実感したコマリなのであった。
……お読みいただきありがとうございます。
いかがだったでしょうか。
今話については途中で切って二話に分割しようかとも思ったのですが、やっぱり同じ話の中に入れたほうがいい気がしましたので他のエピソードよりも少し文字数多めになっております。
一応補足ですが、皇帝はリミィのことをヴィルと同じようなコマリパパがコマリのために手配した側近だと思っていますし、コマリパパもそのつもりでリミィのことを第七部隊に配属しました。
そのためコマリの秘密についても当然知っているものとして接しています。
そしてコマリパパも、学院の同級生でミリセントの妹なわけだし、普段のコマリが弱いことも当然知ってるよね?という認識です。
リミィもリミィで第七部隊の連中と一緒に覚醒コマリンの姿を見ているので他人からコマリが普段は弱いと教えられても冗談と捉えて真に受けることがなく、微妙な認識のすれ違いが起こっている状態です。
それから、今話の中でサクナの監視がどうとか言ってますが、今作においてこれ以降二巻部分のみについてはサクナとの絡みは全くありませんので、サクナファンの方については申し訳ありません。先に謝罪いたします。
次話の投稿も明日中には行う予定です。
それでは、次話もまたお付き合いいただければ幸いです。
今後ともよろしくおねがい致します。