これからも頑張っていきますので、どうかよろしくお願いします。
ちなみに推敲はあまりできてないので、後日しっかりとやらさせていただきます。
010話 おともだち
叱られた。
めっちゃ、叱られた。
盗賊の技法を入手し、ベビーパンサーを保護してからの帰り道は簡単だった。
おそらくはその場を縄張りとしていたモンスターたちは行きに倒したのだろう。偶発的な戦闘もなく、オレたちはサンタローズの村まで戻ることができた。
だが、サンタローズの洞窟に潜る時に誰にも見つからなかったという運はそこで使い果たしてしまっていたらしい。オレたちがサンタローズの洞窟から出ると同時、川を挟んだ反対側から同じく洞窟から出てきた父さんとルドマン氏と鉢合わせてしまったのだ。
父さんはともかく、ルドマン氏が激怒した。ここまで怖い人間は見たことがなかった。
可愛い愛娘が大人の目を盗んでモンスターが生息する危険な洞窟に入り込んだとなれば、親の激怒もオレには分からなくもない。
ただ、それを子供のヤンチャにしないところがルドマン氏の
サンタローズの洞窟の見張りをしていた戦士から、村全体の責任者である父さんの監督責任まで。
そこにはもはや、愛娘を危険な目に遭わせた全てに責任を取らせてやろうという激情まで感じ取る事ができた。
◇
「……、…………!!」
わなわなと震えながら、しかし言葉は紡がれない。怒りが過ぎて口を開くことができないルドマン氏は、オレたちの家の居間になる椅子に座って体を震わせていた。
その横に置かれた椅子に座り、オロオロと愛する父と周囲とを見回すフローラ。
難しい顔をしてルドマン氏の対面に座る父さん、その両脇に座るオレとリュカ。入り口の側に立ち、表情のない顔で見張りの位置に立つサンチョ。
そして恰幅の良い体を縮こまらせてルドマン氏と父さんの間に座るメーノさんと、ちょっとバツが悪そうな顔で母親の隣に座るビアンカ。
「まず」
黙っていても始まらない。それが分かっているであろう父さんから口を開いた。
「まず、どんな目的でサンタローズの洞窟に入ったのかな? 出来ればみんなに教えて欲しい」
フローラとビアンカ、そして脇にいるリュカとオレに優しい声色で話しかけてくる。
ルドマン氏の激怒は一目見て明らかである。ここで更に父さんが怒りに呑まれてしまったら場が荒れる一方だ。為政者としてそれは正しい感情の操作であるし、そうでなくとも父さんに怒りがないのはなんとなく分かった。
父さんは国王であると同時に戦士である。そしてサンタローズの洞窟の危険度もなんとなく分かっているのだろう。戦士の子供が戦いに赴いたという事自体は目くじらを立てて怒る事ではないと思っているのかも知れない。
そんなどこか喜びの感情すら感じていたオレの感性は間違っていなかったと次の瞬間に理解する。
オレがふくろから出したのは、緑の鉱石。
それを見た大人達が目を丸くした。
「これ、昨日話していた、よろず屋のキンガさんが使うっていう緑の鉱石」
「わたくしたち、これも探してきましたの」
「ちゃんと見つけられたよ」
「が、がんばったんだからね!」
オレの言葉をフローラが続け。そしてゴロゴロと喉を鳴らすベピーパンサーを抱きながらリュカが口を開き、ルドマン氏の怒りに少し臆したビアンカがそれでも胸を張って言う。
これに動揺が走るのは大人達だ。危険な場所に行った事に怒りを覚えていたら、その原因は昨晩不用意に子供たちの前で話をした事が原因だったという。
偉そうに怒れるのは、一方が明確に悪い場合のみ。これを怒ってしまえば大人としての正当性はなくなる。
もちろん、そんなことを考えて怒る親は普通いない。親は自分の子供に危険が迫った事実に怯え、
この中で一番怒り心頭だったルドマン氏は、幸か不幸か傑物だった。自分にも非がある事を認め、大きく深呼吸して感情の波を押さえつける。
傍らに座る愛娘の美しい髪を、優しい手つきで梳いた。
「――子供たちはともかく」
そしてギロリという擬音がつきそうな鋭い視線を父さんに向けて、次の戦いに臨む。
「モンスターもいる危険な洞窟に、子供が勝手に入り込む。この事について何か申し開きはあるかな? パパス殿?」
「申し開き、か」
立派な黒髭を左手で扱きながら、父さんはゆっくりとした口調で答える。
時間を稼ぎつつ、頭の中で冷静な計算を高速で行っているのがオレにも見て取れた。
そもそも魔物がいるこの世界、子供の安全を100%守り切るのは土台無理な話だ。詳しい数字は知らないが、一組の夫婦から産まれる子供は体感で4人くらいだと思う。それでいて緩やかに人口が増えているのだから、逆に言えば4人に1人以上の子供の命が失われているのだろう。だいたい子供が大人になれる確率は7割程度だろうか。
そして一方で、そんな過酷な世界だからこそ子供の命は大事にされるべきなのである。どうしようもない事故を減らす為に、大人やそのまとめ役である村長が仕切るべきなのだ。
今回の件で子供を叱り難いのはルドマン氏にも分かったのだろう。だからこそ、怒りを向ける矛先を求め、それがサンタローズの村長である父さんに向かった。
そしてこれはあながち的外れな話ではない。サンタローズの洞窟が危険な事は分かりきっていて、その為に入り口に見張りさえ立てていたのに、子供がそれを掻い潜ってしまったのだ。
もしもフローラさえ関わらなかったら他所の村の問題と口を挟まなかったのだろうが、このケースではそうする必要もない。サンタローズの警邏不備のせいでルドマン氏の愛娘が危険に晒されたことには違いないのだ。
ここまで話が大きくなってしまった事にオレは苦々しい思いが僅かに唇に出てしまい、向かいに居たフローラがオレのその挙動を見て緊張が悪い方に高まって居ることを悟って、悲しみを湛えた顔で彼女の父親の袖を握る。
そして。
父さんは自分の髭から手を離し、ゆっくりとだがしかし深く深くルドマン氏に向かって頭を下げた。
「申し開きは、ない。
これはサンタローズの村の不手際で、その責任は村長である私にある」
「ほう。ではどう責任を取るつもりかな?」
ルドマン氏も歴戦の商人だ。相手が認めた非を突くくらいの狡猾さは当たり前に持っている。
ルドマン氏と父さんは、おそらくお互いに自分の素性を明かしているはずだ。そうでなければサンタローズの洞窟の奥にある宝――天空のつるぎについての話を開示する訳がない。
つまりこれは流れの商人と小さな村の村長の話ではない。世界一の豪商とグランバニア大国王の話なのだ
思わず、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。オレの、そしてリュカの二人の王子の責任を、父さんはどう取るのだろうか……。
「
にこやかな口調で、そう切り返す父さん。
そしてリュカとオレを順番に見て、優しく問いかけてくる。
「リュカ、そしてトンヌラ。お前たちはサンタローズの洞窟で魔物と戦ったか?」
「? うん」
「は、はい」
きょとんとしたリュカはあっさりと、そしてオレはこの話の着地点が見えて唖然としながら声を返す。
「男として、そして戦士として。フローラちゃんとビアンカちゃんをしっかりと守ったかな?」
「もちろんだよ! ボクとトンヌラが前に出て戦ったんだ!」
「2人の安全にはちゃんと気を配っていたよ」
オレたちの声を聞いて、誇らしげにくしゃりとした笑みを浮かべた父さん。
そしてその誇りを瞳に宿して、不敵な笑みを浮かべながらルドマン氏に対する武器として突きつける。
「さて、ルドマン殿。
オレもリュカも、僅か6歳だ。その息子たちに対する揺るぎない絶対の信頼を支えにして、父さんは世界一の豪商へと立ち向かう。
その信頼の大きさに、ぶるりと思わず身体が震えてしまった。これは絶対に恐怖の震えではない。期待に応えられなかったらという恐怖がなくもないが、しかし今の震えはそれではない。
グランバニア国王、パパス。その男から託されている絶対的な信頼に対する震えがこの正体。
そんなオレはさておき、ルドマン氏は視線鋭く周囲を見渡す。父さん、リュカ、オレ。ビアンカとその母親のメーノさん。そして最初から今まで無色のままで場を見届けていたサンチョ。
ルドマン氏は全員を一瞥して、ふと小さな息を吐いた後、ゆっくりと笑う。
それは気の良い近所のおじさんが、やんちゃな子供たちを見守る時に出したような笑みだった。
「なるほどなるほど。実害、ですか。
それは確かにありませんな」
「…………」
「よろしい。
この話はこれで終わりでよろしいですかな?」
「ルドマン殿が納得していただいたようで、何よりです」
ゆっくりと緊張が解けていく空気に、誰よりも顕著に表情を崩したのはメーノさんだった。
立派すぎる肩書きを持つ男2人に囲まれた彼女は子供が思うよりも緊張が強かったのだろう。あまり目立たないように胸に溜まった重い空気をゆるゆると吐いていく。
大人が肩の力が抜けば、それは敏感な子供にも伝わる。
高まった緊張が解ける一瞬の隙。それを狙っていたその男が鋭く言葉を刺し込んだ。
「ところでフローラ。
「ええ、お父さま。ベラさんからのお願いで盗賊の技法を探しに入ったの。
サンタローズの洞窟の奥にあるってお話を聞いて――」
再び緊張が一気に高まったのを感じ、フローラは己の失言に気がついたらしい。
柔和な表情が一転、再び眦をつり上げた父親を見てフローラの語尾が消えていく。
「――ほう。つまりそのベラさんは、自分で危険なところに行かず、フローラやそのお友達に向かわせたと、そういう訳だな?」
「…………」
違う、とは言えないだろう。否定は絶対に出来ない。
それでもせっかく頼ってくれたベラという友達を庇わない訳にもいかない。
「で、でも……」
「…………」
おそらく普段からは絶対に見れないだろう優しい父親の怒りを間近に受けて、フローラの言葉は続きを言うことが出来ない。
オレとしても黙ってサンタローズの洞窟に入ったのを許された手前、今ここで口を挟む事はとてもし難い。
苦虫を噛みつぶしたような顔をしていると自覚している表情で、場の推移を眺めることしか出来ないオレ自身を歯がゆく思う。
「でも、ベラは困っていたよ」
幼くともハッキリとした声が、父さんの向こうから聞こえてきた。
全員の視線がそちらに向く。全員の視線を受け止めて、吸い込まれるように綺麗な黒い瞳が優しく煌めいている。
「ベラは困っていたんだ」
その瞳で真っ直ぐにルドマン氏を射貫くリュカ。それを受けてルドマン氏の眉毛が一瞬だけ歪む。
たじろいだか、もしくは勘気に触れたか。
(どっちだ…?)
「その心意気は認めたい。
だけどねリュカくん、フローラはワシのたった一人の可愛い娘なんだ。宝物なんだ。
その宝物が危険な目に遭っていては、とても穏やかではいられないんだよ」
口調は優しい。だが、目は鋭い。
子供を相手にしつつ、だが引かない大人としての意地も感じる。
(どっちでもない。リュカを敵として認めて気合いを入れ直したんだ)
それを感じ取ると同時にオレも口を開く。
「友達の為に力を貸す事を怒られるのは、オレも納得いかないよ」
一歩出遅れたが、リュカが前に出た以上は当然オレも出る。
出来るだけ穏やかな表情を心がけてルドマン氏の事を見た。当然、ルドマン氏はオレの方に視線を向ける。じろりとした目で少しだけ機嫌が損なった目で、オレの事を睨め付ける。
「では、フローラの安全はどれだけそのベラさんが保証してくれるのかな?
トンヌラくんやリュカくんが全力を尽くしてくれているのはよく分かっている。
だけどね、ワシはベラさんという姿を見せてくれない友達を信じ切れないのだよ」
「違うわよ! ベラは姿を見せないんじゃなくて…!!」
思わず声をあげてしまったビアンカ。全員の視線が突き刺さった途端、思わず声が詰まってしまう。ただでさえルドマン氏の雰囲気が悪い中に、8歳の女の子が飛び込んでしまえばそうなるのは致し方ない。
ビアンカ自身はベラとまだ出会っていないがしかし、ベラが妖精で大人には見えない事は話し終えている。
大人が頼りにならないこそ頑張っているのに、その大人に責められた事が我慢できなかったのだろう。
子供相手に怒るほどルドマン氏も余裕がない訳でもない。ただじっと見られているだけだが、それでもビアンカの声が詰まるのには十分だったのだろう。
だがそれでも、一回止まっても、ビアンカは目の前に居る大人に向かって言葉をぶつける。
「あたしだって、フローラだって、頑張ってるんだから! ベラが助けて欲しいっていうから、頑張っているんだから!!」
子供ながらの必死な声。そして、自分の娘と同じ年頃の小さい女の子。
これに心が動かない程、ルドマン氏も冷血な訳ではない。商人は金が最優先と思われがちだが、コネクションも大事なのだ。そしてコネクションは情や信頼を絡めないと大きくならないのだ。
それを良く分かっているルドマン氏は、自分の娘と情を交わしているだろう同じ年頃の女の子を相手に目を細めた。
僅か1日2日の交流でも友人が出来た娘が嬉しかったのだろう。
そうして子供たち全員を敵に回したルドマン氏は、どこか嬉しそうに子供たち1人1人の瞳を見る。
オレとリュカの黒い瞳。ビアンカの碧の瞳。フローラの蒼の瞳。
それぞれを感慨深そうに見た後、しかしそれでもゆっくりと首を振りながら声を出す。
「君たちみんなの気持ちはよく分かった。
それでもワシはこれを言わなくてはならない。
ワシとフローラは、明日にはサンタローズの村を出発しなくてはならんのだ」
それを聞いたとき、オレはルドマン氏が何を言っているのか分からなかった。リュカも、フローラも、ビアンカも何を言っているのか分からなかったように思う。
ベラの依頼をこなすまでフローラはずっと一緒だと、勝手に思い込んでいた。
「ビスタ港にあるストレンジャー号の積み込みが間もなく終わるはず。
船に乗り遅れる訳にはいかんのだよ」
ゆっくりとかみ砕くように説明するルドマン氏。
フローラも仲良くなった友達とこんなにもすぐに別れるとは思わなかったのだろう。呆けたようにリュカの顔を見て、オレの顔を見て、ビアンカの顔を見る。
そして明日にはオレたちと離れ離れになってしまう事を理解して、じわりとその眦に涙が滲んでしまった。
「っ!!」
それを見てビアンカか弾かれるように椅子から飛び降りて、フローラに駆け寄った。
そして自分の二房に分けて結んだ髪の毛のうち、片方を解いてフローラに差し出す。
「ん!」
「ビアンカ、さん?」
「あげる! お誕生日にお父さんとお母さんから貰った、あたしの宝物!!」
ビアンカはアルカパで一番大きな宿屋の娘ではあるが、それでも女の子のリボンにするようなものを誕生日に贈るとなれば、その布はかなり上等な質のものだろう。丈夫で美しく、豪商ルドマンの娘に相応しいリボンと言える。
それを押しつけられたフローラは少しだけぽかんとした表情をしていたが、すぐに笑顔が顔に浮かぶ。そして先ほどとは違う涙が流れていく。
「ありがとう、ビアンカさん。ありがとう……」
「いいのよ。だってあたしたちは『おともだち』なんですから!」
ビアンカも少しだけ涙声になりながら、フローラの声を受け止める。精一杯に胸を張って、歯を食いしばって受け止める。
そしてフローラは譲り受けたリボンを自分の手首に巻き、大切に胸に掻き抱いた。
少しだけ複雑な感情を見せたフローラは、腰にくくりつけたナイフを取り出してビアンカに向かって差し出した。
「これはベラさんから頂いたナイフ。わたくしの代わりに、ベラさんのお願いを、ビアンカさんにお願いしてもいいですか?」
「もっちろんよ! 任せなさい!」
そう言ってフローラから妖精のナイフを受け取ったビアンカ。
フローラが不安に思わないように、にぱっと軽快な笑みを浮かべている。
「――ワシたちは明日の朝早くに出るつもりだ。
パパス殿、厚かましい願いではあるが」
「分かっております。今日もみんなでここに泊まるといいでしょう」
大人の言葉にフローラとビアンカの表情がぱぁと明るくなった。
少なくとも1晩だけでも『おともだち』との時間が増えたのだから。
ふと外を見れば、もう日も大分落ちてきた。
今度こそ話が済んだと理解したリュカのお腹からくぅぅと可愛い音が鳴る。
「……お腹減った」
「そうだな。そろそろサンチョには夕食の準備をお願いせねばなるまい」
父さんがそう言ったところで、今まで微動だにしなかったサンチョが動き出す。今までは召使いとして全く関与しなかった彼だが、自分の仕事があるとなればそうも言ってられないのだろう。
ニコニコとしながら机の周りにいたオレたち3組の親子に向かって声を出した。
「そうですね。今からこのサンチョめが腕を振るわせていただきます。
どうか皆様、少しだけお待ちください」
恭しく頭を下げたサンチョはすぐに台所へと向かった。時間も無い中、サンチョは大忙しになるだろう。
それを目で見送りつつ、それでもオレとリュカ、そしてフローラとビアンカは子供たちで過ごす最後の夜の楽しさを思って笑い合ったのだった。
活動報告もあげさせていただきますので、どうかそちらもお付き合いただければ幸いです。