どうか今年もよろしくお願いします。
011話 アルカパの町のレヌール城
2泊3日、時間にして
それで親友と呼べる程に仲良くなれる間柄は、もはや掛け替えのない絆と言って良いのでは無いだろうか。
6年の時間をかけてリュカとは無二の絆を築いたと思えるオレは、床に敷いたマットレスですぅすぅと寝息を立てているフローラとビアンカを見てそう思う。
仰向けになってぴくぴくと鼻を動かしながら眠っているビアンカと、横向きになってお腹がゆっくりと動いているフローラ。眠っているのに、2人の手はしっかりと握り合っている。
明日に離されるその繋がりを、今夜だけは決して離さないように。
一方で、その隣で眠るのは我が兄、リュカ。その頭上の床で丸くなっているのはサンタローズの洞窟で助け出したベビーパンサー。
付けた名前は、チロル。眠る前に女の子たちで付けた名前だ。
ビアンカが最近読んだ絵本の登場人物である『ボロンゴ』『プックル』『チロル』『ゲレゲレ』という名前を出し、フローラが特にチロルという名前を気に入った形である。
「いつか出来るわたくしの子供に付けたくなるくらい、素敵な名前ですわ!」
とか言い出したのはどうかと思うが。
とりあえずそういう流れを経て、このベビーパンサーが一番懐いているリュカの許可を得た上で正式に名前はチロルとなった。まあ、リュカはベビーパンサーの背中を撫でながら「いいよー」の二つ返事だったのだが。当のベビーパンサー自身もリュカに可愛がられてご満悦で喉をゴロゴロと鳴らしていた。それでいいのか、地獄の殺し屋。
そんなこんなで名前が決まったチロルは寝るまでにすっかり馴染み、今ではすっかり気を抜いて眠りこけている。まあ、こちらとしても悪い事では無いのだが。
一方、3人と1匹がすやすやと眠っている中、眠気を我慢しながら起きているオレ。別にみんなの寝顔を見たいから起きている訳ではない。一応の確認として玄関の声に耳を澄ましているのだ。
「……戻ったか、サンチョ」
「時間がかかり申し訳ございません、旦那様」
部屋が静かなおかげで、かすかにだが確かに聞こえる大人達の声。
「それで、キンガ殿はなんと?」
「隣町の危機なら多少の無茶は任せておけ、と。緑の鉱石もあるし、手付金も十分。夜を徹して、明日の朝までに十分な量の薬を練ってみせると」
「そうか。夜分遅くまでキンガ殿のところまでご苦労だったな、サンチョ」
「いえいえ。この程度の事などお気軽にお申し付けください」
どこか誇らしげに聞こえたサンチョの声。そして続いた忠実な召使いの声は、少しだけ悲しみの色がこもっていた。
「……旦那様もアルカパに行かれるので?」
「うむ。メーノとビアンカ、女二人でアルカパから強行軍で来るとは普通ではあるまい。
伝染病でアルカパは想像以上に状況が悪いのやも知れぬ。
それに帰りに魔物に襲われる心配がある以上、ワシも同行した方が良かろう」
「では、サンチョめは留守番という事ですかな?」
「うむ。いつも済まないとは思っておるが、ワシがいない間にサンタローズの村を任せられるのはオヌシしか居まい。
いつものことで悪いが、留守を頼むぞ」
「あい分かりました。このサンチョ、一日千秋の思いで留守を預からせていただきます」
間髪入れずに答えるサンチョだが、その口調には信望する父さんについて行けない口惜しさがにじみ出ていた。
しかしそれでも、このサンタローズの洞窟の奥には天空のつるぎが安置されているのである。生半可な相手に任せる訳にはいかない以上、父さんがサンチョに頼るのは当然と言えた。ここにいる父さんの配下は1人、全ての事情を知るサンチョしかいないのだから。
それを聞き入れたオレはあくびをかみ殺しながらリュカの隣、マットレスの端っこに横になって毛布を被る。春も近い昨今なのに冬の寒さが続く中、風邪を引くわけにもいかない。
そうしてオレもあっという間に夢の中へと落ちていくのだった。
◇
普通の朝が始まる。
朝日が昇るとみんなが起きだし、顔を洗ったり口をすすいだりと眠気を飛ばすと同時に身だしなみを整える。
それが終わると朝の食事だ。昨晩から仕込んでいた料理に最後の一手間を加えたそれをサンチョが全員分の配膳をする。
今日の朝ご飯は焼きたての白パンと、小皿に盛られた豆を煮たもの。それから葉野菜と根野菜のサラダにサンチョ特製のドレッシングをかけたもの。
「ではいただこう」
『いただきます』
家主である父さんの言葉に続き、全員が口にする。そしてそのまま、食事をしながら和気あいあいと話を始める。
「メーノ殿、昨晩にギンガ殿へ薬の依頼をしておいた。今朝には完成するようだ」
「あら、それはいいニュースだよ。早く帰らなくちゃと思っていたからねぇ」
「それにはワシも一緒に着いて行こう。2人の旅路では不安もあろうからな」
「あらあら、重ねていいニュースだよ。パパスさんが一緒に来てくれるなら百人力だからねぇ」
カラカラと快活に笑うメーノ。彼女は豪快に白いふかふかのパンをちぎりながらそれを口に運ぶ。
一方でビアンカとフローラは女の子同士でお喋りをしながらの食事だ。
「……サンチョさんのご飯、本当に美味しいわね。ウチの宿屋で出すご飯より美味しい気がするわ」
「本当に。わたくし、ほんのちょっぴりお野菜が苦手なんですけど、このドレッシングならどんどん食べられてしまいますわ」
「こんなにサラダに合うドレッシングなんてあったのね。あたしもレシピが知りたいわ」
ため息を吐きながら言うビアンカに、しかしサンチョは苦笑いを浮かべながらも遠くから言葉をかける。
「申し訳ありませんが、サンチョもまだまだ勉強中の身でございまして。人様に教えられる程の腕前ではございません。
ただ一つ申し上げるなら、レモンの爽快感をどう出すかが一つの難題でございましょうな」
にこにことしながら返事をするサンチョ。
女の子2人に、自分の料理を目標とされてまんざらでもない様子を見せている。
そして最後にリュカとオレは、ルドマンさんと話をしていた。
「いやいや、しかし流石はパパス殿の息子たちだな。
戦士として立派だ。女性達を守りつつ、サンタローズの洞窟を踏破するとは」
「そうだよ! トンヌラは本当に凄いんだから。貰ったばかりのカシの杖をもうちゃんと使いこなしてるし」
「リュカが凄いんだ。モンスターの気配に敏感で、薄暗い洞窟の中でも奇襲されることがなくて。リュカが居るだけでどこでも安心できるんだ」
リュカとオレとがお互いに褒め合う。どっちも心からの本音である。
オレは魔法戦士として特化している。攻撃力も高いし、覚えている呪文も攻撃的だ。前線に立てばあっという間に敵陣に穴を開けられる能力を持っている。
対してリュカは後方に陣取ると安定感が段違いだ。モンスターの意を読む能力は高い防御力を堅持し、その上で
殲滅能力が高いオレと、長期戦にも対応できるリュカ。お互いがお互いに自分の持ってない美点が見えているので、褒め合う事に遠慮がなくなるのだ。
そんなリュカとオレを見て、にこにことしながら豆を口に運ぶルドマン氏はぽつりと一言だけ言葉を残した。
「いずれ、フローラの婿に来てくれんものかの」
耳の届いたその言葉に、オレは一瞬だけ固まってしまうのだった。
◇
そして訪れる旅立ちの時間。
オレは父さんとリュカと一緒に、メーノさんとビアンカを伴って西にあるアルパカの町へ。
フローラは彼女の父親と一緒に、南にあるビスタ港へ向かう。きっと更に南に進んで、そこにある浜辺の修道院にフローラを預けるのだろうと予想できた。
「では、パパス殿。有意義な時間と出会いをいただけた事に感謝を申し上げますぞ」
「何の。こちらこそルドマン殿と知己を得られたことは望外の喜びでありました。この巡り合わせに感謝を」
おそらく、こちらも結構な本音で話をしている。豪商ルドマンと国王パパスが密談をした上で盟約を交わせるなんて機会はそうそうないであろうから、ありがたい話なのは確かなのだろう。それを周囲にいる誰にも悟らせず、にこにこと笑顔で感謝だけを表している。
(流石だな)
それを聞きつつ、オレを含めた周囲の目はフローラとビアンカに向いている。
ちょっとだけ目が潤んだ2人は抱き合っており、目の前に迫った別れを惜しんでいた。
「いつか、いつか絶対にまた会いましょうね。一緒にお料理をしましょう。サンチョさんのより美味しいシチューを作りましょうね」
「ええ、ビアンカさん。いつか必ずまたお会いしましょう。一緒にできなかった事、全部、全部やりましょうね」
そう言ってフローラはビアンカの頬に親愛の口づけをする。
それに少しだけ驚いた表情を浮かべたビアンカだが、すぐに慈愛の笑みを浮かべてお返しの口づけをフローラの頬に返す。
「じゃま、またね!」
「ええ、またお会いしましょう!」
そう言い合って、お互いが離れる。
そしてフローラの目はオレたち兄弟へ。
「……ぽ」
流石に男であるオレたちに口づけするのは恥ずかしさが勝ったのだろう。まあオレとしてもルドマン氏の前でそれをやられても困るだけだが。
そしてきょとんとしたままのリュカをその場において、苦笑いを浮かべながらフローラの側に向かうオレ。
ちょっとだけ身を固くしたフローラの右手を取り、その手の甲に口づけを落とす。
「どこかで読んだ、騎士がお姫様に贈るものだって。いつかまた会うその時は、必ずその身を守り抜くっていう誓いだよ」
グランバニア王子であるオレが騎士の口づけを贈るのちょっと違うかも知れないが、どうせオレはそれを知らない体である。子供である身勝手さを最大限に生かして、これくらいはいいだろう。
頬を紅潮させたフローラを尻目に、最後の一人に場所を譲る。
今までの流れをよく分かっていなかっただろう幼いリュカだろうが、別れの場面だということだけはちゃんと分かっていたようで。
フローラに近づいたリュカは、ガバリと彼女を抱きしめた。
「フローラ、またね!」
「――ええ、また必ずお会いしましょう。リュカさん、トンヌラさん」
一瞬だけ目を白黒させたフローラだが、すぐに頬に笑みを浮かべて挨拶をする。
別れはこれでおしまい。まだ日があるうちに歩き出さねば夜になってしまうから、もう時間がないのだ。
「ではサンチョ、留守を頼んだぞ」
「ええ。万事お任せを、旦那様」
配下の礼をするサンチョを後ろに置いて、オレたちとフローラは別々の道を歩き始める。
(10年後にまた会おうな、フローラ)
惜別の想いは青空に置いて。
今は別れの時だった。
白くゆっくりと流れる雲を見上げたのは、涙が流れそうだったせいだった訳では決してないと自分に言い聞かせて。
◇
歩くこと半日。
夕方になる少し前になる頃にはアルカパの町にたどり着いた。
ちなみにそれまでモンスターの襲撃は3回あり、妙に暴れたかったオレが前線に立った上でチロルも牙と爪を剥き出しにして一気に撃退してしまった。
父さんもリュカも出番なしである。
それはともかく、その光景を見て父さんが顔をしかめた。
「これは……」
「ああ、パパスさんは流石に分かるかい」
メーノさんが難しそうに言う。それを聞きつつ、しかしオレにもそれは分かっていた。おそらくリュカはオレよりも強く違和感を感じ取っていただろう。
日が奥に暮れ始めるように見えるアルカパの町が左手に、右手には古びた古城がある。
話には聞いていた、オレの知るその古城はアルカパの町から北西の方角にあったが、しかし目の前の光景はそれを否定してアルカパに隣接した右手の小高い丘の上に建っている。
(方角としては北になるのか)
いちおう、地理の情報として頭の中に叩き込んでおく。
ただ、ここで問題となるのは古城の位置関係ではない。あの古城が持つ、禍々しい様相だ。遠目からでも分かる邪気を纏ったそれは、風にのってアルカパの町に降り注いでいる。
なるほど、これであるなら確かに流行病も起きるだろう。
「レヌール城さ、右手に見えるあの古城は」
メーノさんが真剣な表情で、敵を睨むようにレヌール城を見やっている。
「そしてあの城から流れる邪気に、あたしらのアルカパは呪われているのさ」
忌々しそうに呟くその言葉が、妙に耳に残る昼過ぎだった。