トンヌラ、リュカと   作:117

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012話 アルカパの町長

 

 012話 アルカパの町長

 

 ◇

 

「むぅ…」

 パパスはその光景を見ながら自慢の黒髭をしごく。

 アルカパの町に隣接する古城、レヌール城から邪気がまき散らされていた。

(おそらくだが、邪気それ自体は病の原因となるものではない。だがしかし、いわば人間の抵抗力を削ぎ落すようなものだろう。

 そこに流行病が入り込み、普段よりも病に冒されやすくなった人々の間で感染病が大流行してしまった、といった辺りか。

 メーノは呪いと言ったが実際は呪いではなく、魔族による無邪気な悪意の発露といったところか)

 いわゆるモンスターの巣といったところでは、こういった邪気の吹きだまりができる事が多い。

 それ自体は珍しいものではないが、町に隣接する古城がモンスターの巣となることはほとんど聞いたことが無い。サンタローズの洞窟でさえ、邪気溜が出来ないように定期的にモンスターの駆除が行われているし、もしも強い邪気が発する魔族が住み着くような事があれば最優先の討伐対象だ。

 それを差し引いて、この現状をどう見ればいいのか。

「昼はそうでもないんだけどね、夜になると酷いんだ」

 メーノがそう口にする。

()()()が明らかに活性化する。それによってまき散らされる呪いで、アルカパの町の人々は苦しんでいる。

 アタシの旦那、ダンカンもそれにやられまった。ビアンカを連れてサンタローズに行ったのは、アルカパから避難する意味もあったのさ」

「メーノ、お主の言いたいことは分かった」

 メーノの縋るような視線を真っ正面から受けて、パパスは力強く頷く。

「心配するな。ワシは人々を見捨てるような事はせぬ。為すべきことを為そう」

 

 ◇

 

 メーノを安心させるような力強い言葉。

 それを聞いてメーノさんはほっとしたように安堵の息を吐いた。

 この一行の5人の中では、きっとオレが一番分かっていない。父さんはその豊富な経験と知識から理解できるだろうし、リュカは鋭すぎる感性で現状を捉える事だできるタイプだ。メーノとビアンカは実害をその身で受けている。

 そんな一番分かっていないオレでもアルカパの現状は良くないというのが分かるのだ。これは相当ヤバイということ。

 恐らくだが、メーノさんの一番の目的は父さんをアルカパに連れてくることだったんじゃないだろうか。音に聞こえたサンタローズの町長、戦士の鑑であるパパスに呪われたアルカパをなんとかして貰うこと。

(考えすぎか?)

 しかしそれにしてはメーノから父さんへの相談がなかったようにも思うが。

 ……アルカパにはまだ余力があり、父さんに頼る段階ではなかったということだろうか。

(いやでもなぁ)

 アルカパが呪われている現状くらいは話しても良い気がするが、父さんは明らかにアルカパを見るまでその異常を知らなかったように見える。

(だめだ、分からん)

 そして分からんものを考え続けても意味が無いだろう。

 アルカパを眺めるうちに日もだんだんと落ちてきた。このままここで夜を迎える事に意味があろうはずもない。

「そろそろ行こうか」

 父さんの言葉で、小高い丘からゆっくりとした坂を下り、アルカパの町へと向かう。

 その距離は大したものではなく、夕方といえる時間帯には町の入り口にたどり着いた。

「む?」

 そして町の出入り口で見張りをしていた戦士の男が遠くからくる俺たちを怪訝な目で見ていたが、夕日に照らされるオレたちの正体を掴むと安心したような困ったような、そんな複雑な顔を浮かべた。

「メーノ、お帰り。薬は手に入れたかな」

「ソニー、ただいま。ギンガ殿に依頼して薬はバッチリさ」

 ほらと、懐から出したふくろを掲げて見せる。その中にはオレたちがサンタローズの洞窟で回収した緑の鉱石を使った薬が入っているのだろう。

 それを見て優しい笑みを浮かべるソニーと呼ばれた戦士。だが、その表情に苦みが混ざると困ったように父さんの方を見た。

「それはいいんだが…パパス殿を呼んだのはどういう訳だ?」

「どうもこうも。女2人でモンスターのいる町の外を行くのは危ないだろうと親切で送ってくれたのさ。

 あたしゃ、アルカパの町についてパパスさんに何も言ってはいないさね」

「うぅん。だが、結局パパスさんがアルカパに来てしまった訳だからな。

 話がこじれないといいんだが」

 多分こじれるだろうなぁ、という雰囲気がありありと見える。どういう事なのか分からなかったオレだが、次の一言でだいたいの事を察してしまう。

「とにかく、俺は町長にこのことを伝えに行くぜ。流石に話を通さないことは出来ん」

「ああ、それがアンタの仕事だものね。あたしもそれに関しては何も言えないよ。

 遅かれ早かれだしね」

「もう日が暮れる。仕事上がりの時間にこんな面倒ごとに巻き込まれるとはなぁ」

 苦笑しつつソニーはオレ達を町の中へ入れると、町の入り口に腰にくくりつけた袋から聖水を取り出して振り撒いた。

 邪悪なモンスターを入れにくくする措置だろう。

 それが終わったソニーは肩をすくめながら町の奥へと消えていった。

「すまなかったね。いきなりアルカパの町の恥を見せちまった」

 それを見送ったメーノは、ぽつりと父さんに言葉をかける。

 父さんだって大方の事情は把握できたのだろう。苦笑いを浮かべながらメーノに話しかける。

「大方、町長殿のメンツの問題といったところかな」

「その通りだよ。ウチの旦那や町の人々がバタバタと倒れているのに、それよりも町長は自分のメンツの方が大事らしい」

 呆れたように言うメーノだが、オレには町長の気持ちが少しは分かる。

 サンタローズの村長である父さんもだが、集落の長というのはこういう非常時にリーダーシップを発揮して悪い事態を解決するからこそ尊敬されるし、その地位に就くことが許されるのだ。なのにイザと言うときに何も出来なかったとなれば自分の無能さが浮き彫りになるし、最悪の場合はそんな無能な長は要らないと突き上げをくらって町を追い出されるかも知れない。この世界ではそれは命が危険にさらされる恐怖である。

 メンツの問題とメーノは軽く言う。まあ、それも間違ってはいまい。町の人々にとっては今の問題が解決されるならば、それは誰でもいいのだ。しかしその名誉に預かれるの1人だけなのである。その1人が誰になるかというのはメンツで飯を食っている人種にとってとても大事なことなのだ。

「まあ、それはワシがなんとかしよう」

 そこら辺のバランス感覚は狂ってないだろう父さんの表情は、苦笑が浮かびながらも余裕が見える。

 きっとおおよその解決策を見いだしているのだろう。

(難しい問題じゃ無いからな)

 オレもたった一言で解決する程度のこじれた話だと思っている。父さんが欲を出せばまた別の話だろうが、何と言っても父さんの正体はグランバニア国王だ。グランバニアから遠く離されたこの町のメンツについて、欲を出す場面じゃ無いことくらいはオレにも分かる。

「まずはダンカンに薬を与えなくてはな。もう夜になってきた、ワシらも宿で温まりたい」

 冬の夜風に加えてレヌール城から流れ出る邪気も濃くなってきた。ぶるりと体を震わせるリュカを見ながら父さんが言う。

「そうさね。アルカパに居る間はウチの宿に泊まっておくれ。もちろんお金は要らないよ」

「ありがたい話だ」

 そう言って歩き出すオレたち。

 半日の旅で少しばかり疲れていた子供組だったが、もうすぐ休めると分かって元気が戻ってきたらしい。

 ビアンカはふふんと自慢気な顔を浮かべてリュカやオレに言葉をかける。

「ウチはアルカパで一番大きなお宿なのよ! 一番大きいっていうのは、建物がアルカパの中で一番大きいって意味よ。お宿の中じゃ無くてね」

「ふーん。じゃあビアンカのうちはあれかな?」

「そうよ! 立派でしょ?」

 確かに頭一つ抜けて大きな建物は最初から目に入っていた。他の建物は屋根を含めて3階建てかどうかといった高さだが、一つだけ4階建ての建物が見える。しかもレンガや丈夫な石で出来ているらしく、遠目で見ても安定感が違う。

 なるほど、これは自慢したくなるだろう。

 そんなビアンカ自慢の宿にたどり着き、その扉を開ける。

「いらっしゃいませ、ようこそ旅の宿に。って、女将さんじゃないですか。お帰りなさい」

「今戻ったよ、ベルジ」

「薬は手に入ったので?」

「バッチリさ。それとあたしの客が3人、お代はウチ持ちでいい部屋も見繕ってくんな」

「アイマム、了解です」

 メーノさんに指示を受けた下働きの男、ベルジが素早く動き出す。

 流石はアルカパの町で一番大きな宿、働く人の数も少なくないらしい。ベルジは裏手に入ると他の人に指示を出す声を出していた。

「さてと。パパスさんたちは部屋の支度が整うまで広間でゆっくりしてくんな。後でお茶を持って来させるし、夕食は部屋で取れるようにしておくよ。

 じゃあ行くよ、ビアンカ」

「分かったわ、お母さん。じゃあまたね。リュカ、トンヌラ、チロル」

 リュカの足下で名前を呼ばれたチロルがにゃーと鳴く。それを聞いたビアンカはにっこりとした笑みを浮かべて、メーノと一緒に宿の裏手のスペースに入っていった。

「さて、我らもくつろぐか」

 父さんがそう言って、広間に備え付けられた椅子に近づいてどっかりと座る。オレとリュカもふかふかのソファーに並んで腰掛けて、チロルは暖炉の側で寝そべった。

 そのタイミングを見計らったかのように裏手のドアが開き、お盆を持った少女が姿を現す。まあ少女といってもオレよりもずっと年上、10代半ばくらいの女性だが。

 彼女は父さんに紅茶を、リュカとオレにホットミルクを、チロルにはペット用の器に牛乳を入れたものを置き、一礼して下がる。早速チロルはぴちゃぴちゃと牛乳を飲み始め、リュカはコップを持ってふーふーとホットミルクを適温まで冷まし始めた。

 それを目を細めて見た父さんは、オレもホットミルクのコップを持つのを確認してから自分の紅茶に口をつける。

「問題はこの町の町長だが、近いうちに話がつけられればいいが」

 父さんがそうポツリとこぼした時、宿の入り口が乱暴に開けられた。

 そこには険しい顔をした壮年の男が1人、質の良い布で作られた服を身につけて立っていた。手には何故かいくつかの果物を入れたバスケットを持っている。

 たぶんきっとおそらく、あれが町長だろう。

(誰も彼もタイミングを見計らってるのか?)

 どうでもいいことを思いつつ、ホットミルクをぐびり。リュカも一緒にぐびり。

 入り口が開いた音でまたもベルシが出てくるが、町長の顔を見て雰囲気が固くなる。

「町長、何のご用ですか?」

「うむ。メーノが薬を持って帰ってきたと聞いてな。ダンカンの見舞いだ」

 そう言って手に持ったバスケットをベルシに手渡す。

(…………)

 思ったよりも感じの良い人で、オレは意外さにびっくりした。

 とはいえそれで話は終わらず、町長は「それから」と前置きをして広間で座っている父さんを見やる。

「サンタローズの村長であるパパス殿が来られたとも聞いた。挨拶をしにな」

「…………」

「ベルシさん。ワシは構わないよ」

「パパス殿がそういうのなら構わんだろう? ああ、私にお茶は結構だ。内密の話がしたい」

 そう言って父さんの向かいに座る町長。それを見届けたベルシだが、父さんに促されて困った顔のまま果物が入ったバスケットを持って裏へと戻っていった。

 バタンと扉が閉まる音を聞き、しかしそれでも町長の顔は険しいまま。

 それを苦笑しながら見る父さんから声をかける。

「町長、あなたの立場は察していますよ」

 その言葉にビクと体を震わせる町長。

「町を覆う邪気、レヌール城のモンスターをなんとかしたい。だが現状を見るにどうにかしようとはしたが、出来なかった。違いますか?」

「……その通りだ。2回、討伐隊を編成してもモンスターを討伐できなかった。

 1回目は町の男3人でレヌール城に行ったが、2人怪我をして帰ってきた。2回目は怪我をしなかった男を案内人に1人の旅の戦士に討伐を依頼したが、やはりダメ。旅の戦士は邪気に冒されて寝込んでいる」

「そこに来る、自分で言うのもなんだが評判のいいサンタローズの村長。ここでワシが問題を解決してしまえば町長はいい恥さらしだ。しかしあなたにはもう打つ手はない。

 そのくらいの事は分かっているつもりです」

 うんうんと頷きながら、父さんは笑みを浮かべて村長の事を見る。

「ワシとて、別にアルカパの町に影響力を増やしたいわけではないし、事を荒立てたい訳ではない。

 どこでどうだろう、ワシのこの事件の解決を町長が依頼したとなれば」

 その言葉に町長の険しかった顔が情けなく歪む。

「い、いいのか? この問題を『サンタローズの村長』が解決すれば、アルカパとサンタローズの間の、例えば貿易でも優位に立つ事ができるだろう。町の者達は将来のその不安が分かっていなかったというのに、分かった上で『アルカパに雇われた戦士』になってくれるというのか?」

「なあに。数年前の貧しい時期のサンタローズに色々と援助をして下さった恩をワシは忘れてはおりません。

 昔に比べれば我がサンタローズの村も随分と賑やかになった。村の酒場には美味い酒も入るようになったと聞きますしな。

 ほんの恩返しですぞ」

 父さんのその言葉を聞いた町長は泣きそうな顔になりながら、がっしりと父さんの手を握る。

「ありがたい、本当にありがたいですぞ、パパス殿っ……!」

「まあ、もちろん戦士を雇う分の依頼料はいただきますが。相場なら500ゴールドくらいですかな?」

「そこまで気を遣っていただいて相場通りなど私の気が収まらない! 倍、いや3倍出す! 1500ゴールドだ」

「こちらとしてもありがたい話です。流石アルカパの町長、気前がいいことこの上ない」

 にこにことしながら話をまとめる父さん。

(やっぱり父さんはスゲェや)

 そう思いながら、オレはまたもホットミルクが入ったコップを傾けるのだった。

 




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