トンヌラ、リュカと   作:117

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どうか楽しんで頂けたら幸いです。


013話 逢魔ヶ時

 

 013話 逢魔ヶ時

 

 思ったよりも状況は悪かった。

 ダンカン氏はサンタローズから持ち込んだ薬を服し、たいぶ落ち着いたように見える。

 もともと体があまり丈夫でないダンカン氏だからこそ、真っ先に流行病に罹って、更に抵抗力もモンスターの邪気によって奪われた事も重なったのも悪かったらしい。かなり危ないところだったそうだが。サンタローズのギンガ殿の薬とやらは近隣の町からもとめられる程度には素晴らしいものだったらしく、危険な状態を脱したとは夕食を食べ終わった後に聞いた。

「問題はアルカパの町全体の話だ」

 難しい顔で羊肉をローストしたものの切れ端を入れたケバブを口にする父さんが言う。

 今日の夕食は羊肉と野菜たっぷりのケバブと、コーンスープだった。体が温まるメニューである。

「既に町の1割程度の者達が流行病に倒れている。町の機能が麻痺する寸前だ」

「?」

 父さんが何を言っているのか分からないリュカはきょとんとしながらコーンスープを口に入れているが、現状を理解できてしまうオレは顔を青くせざるを得ない。

「父さん、いったん町の機能が麻痺したら……」

「うむ。町の生産性が止まり、一気に犠牲者が増えるだろう。食べ物を作るのも難しくなるだろうからな」

「オレたちが来たのはギリギリのタイミングだったんだね」

 オレの知る物語では随分とお気楽なミッションだった気がするが、今世で直面したところに考えると想像以上に切羽詰まった状況にアルカパの町は追い込まれているらしい。何割が倒れたら機能不全になるのかは知らないが、この話しぶりだとそう時間に猶予がある話では無いだろう。

「ワシは数日間、アルカパの町で人助けを行う。男手も足りてないところも多いし、重症者を見極めて薬を配らねばならんからな」

「ボクたちは何をすればいいの?」

 リュカの顔も真剣だ。何が起きているのか具体的には分かっていないだろうが、何かが起きていると分かっているのだろう。

 そんな我が兄の顔と、それからオレの顔をしっかりと見た父さんは酷く真面目な顔をしながら口を開く。

「まずは、しっかりと手洗いとうがいだ」

「…………」

「…………」

 リュカとオレの沈黙のニュアンスは違うだろう。

「そしてよく食べて、よく寝る。それを明日まできっちりして貰う」

「分かったよ。いつも通りの事をするのが大事なんだね」

 真面目にリュカが言う。まあそれはその通りではあるのだろう。しかしそれ以上に、父さんは実の子供であるオレたちが流行病に罹る事を恐れているように思えた。

 まあ、それもそうか。この状況で流行病に罹ってしまうと、純粋に患者数が増える。流行病を助けに来てそれに罹ってしまえば、ミイラ取りがミイラだ。

 せっかく煎じてもらえたギンガ殿の薬も減るし、サンタローズの村長である父さんが薬を寄越せというのも外聞が悪い。

 理屈として分かってはいるが、実際に聞いてみるとなかなかに間の抜けた言葉である。

(よく真面目にリュカは聞けるよなぁ)

 ちらりと横目でリュカを見れば、しっかりとした視線で父さんの事を見ているリュカがいた。親を愚直に信じる歳故か、それともリュカの純粋な才覚故か。

 一方の父さんは真面目に話を聞くリュカと、話を理解しているだろうオレにどこか腑に落ちないような表情を浮かべながらも、にこやかな笑顔で言葉を繋げた。

「今日と明日はそうしてゆっくりしなさい。サンタローズまで来たビアンカちゃんも一緒に、だ。

 明後日からメーノさんの事を良く聞いてお手伝いをしなさい。洗濯物や水運びなど、やることはたくさんあるからな」

 その言葉に、やはりリュカは真面目に。そしてオレは当たり前だと言わんばかりに頷いて返事をする。

 先ほど父さんが言っていた通りに、アルカパの町は機能不全寸前だ。猫の手も借りたい以上、動ける子供も当然のごとく使うのだろう。

「……なぁ~お」

 足下で丸くなっていた、どこまでも伸び伸びとしているベピーパンサー(ねこ)のことは気がつかない事にしておいた。

 

 食事が終わり、日が暮れてきたら今日は早くに寝る。

 サンタローズからアルカパまでの距離は短くない。オレやリュカはまだ6歳であるから、体力も相応だ。ゆっくり出来るときはするに限る。

 パチパチと暖炉から火が出る部屋の中、カーテンをしめたまどからほんの少しだけ月夜の光が差し込んでくる。

(もうすぐ満月かな)

 それぞれがそれぞれのベットに入り込んだ男三人、まどろみながらそう思う。

 近くて遠い丘の上の古城から聞こえてくるであろう、無邪気に邪悪な魔物のささやき声が聞こえていないふりをした。

 

 そうして朝になる。

 全員が伸びをしながら起床し、朝の支度を整えて朝食。

 薄くスライスした白パン、いわゆる食パンにゆで卵。それから野菜のコンソメスープが今日の朝食だった。

「美味しいね」

「うむ。メーノ殿の仕込みが上手いのだろう」

 ぱくぱくと食事と取ったら、ひとまず解散、父さんはアルカパの町に助力をする為にメーノさんやアルカパ町長と打ち合わせらしい。

 一方でオレやリュカは時間が余るが、一日中部屋に籠もりっぱなしで落ち着く年齢でも無い。アルカパの町を見物に部屋の外に出たところで、ばったりと金髪でおしゃまな少女と顔を合わせた。

「あら、いいタイミングね」

 胸を張ってお姉さんぶったビアンカがリュカとオレ、それから足下にいるチロルを見て微笑む。

「ビアンカ、どうしたの? ボクたちに何か用?」

「ええ! サンタローズではお世話になったから、今日はあたしがアルカパの町を案内してあげるんだから!」

「え、本当!? サンタローズよりも大きい町だから嬉しいな!」

「なーお!!」

 チロルも一緒になって嬉しそうな声をあげる。それにやや苦笑するオレ。

「うん、地元の人が一緒だと嬉しいな。よろしく、ビアンカ」

「……あんたはなんか余裕があるわね」

 ちょっとだけジト目でビアンカに見られるオレ。どうやらお姉さんぶりたい彼女にとって、大人の余裕があるオレの事はお気に召さないらしい。

(ま。こっちが普通で一般的な反応だよな)

 ビアンカのその反応はむしろ常識的だと思いながら軽くリュカの背中を押す。

 オレに促されるのに逆らわぬまま、リュカは一歩前に出てビアンカの前に立つ。そしてリュカは目をキラキラと輝かせながら年上の彼女のことを見つめた。

「じゃあ、ビアンカ。よろしくね!」

「え、ええ。よろしく」

 ちょっとだけ照れくさそうに紅く染まった頬を人差し指で掻きながら、ビアンカはそっぽを向きながら言葉を返す。

 が、これはお姉さんらしくない反応だと思ったのか、すぐに胸を張ってリュカとオレの事を見返してきた。

「さあ! 時間があるうちに行きましょう!」

 そう言って先頭に立ち、彼女の家でもある宿の出入り口に向かった歩き出す。その後ろをリュカがてくてくと着いて行き、さらにその後ろをチロルがとことこと歩き出した。

(らしいちゃらしいんだが)

 やっぱりカモの行進みたい。そう思いながら、オレもカモの行進の最後尾について微笑ましい冒険に参加するのだった。

 

 ◇

 

 サンタローズの村と比べるのが失礼なくらい、アルカパの町は栄えたところだった。

 山間の平地に家が建ったサンタローズとは異なり、広い盆地を立地としている時点でそもそもの土台が違う。

 アルカパから見て西には小さな村しかないので、そこの人々が商売にし来るのはアルカパの町になる。彼らが持ち込んだ交易品は、南東のビスタ港や少しだけ遠い北東のラインハット等への輸出品となり、アルカパの町を潤す甘露となる。

 つまるところ西の辺境最大の町がアルカパなのだ。

「お祭りみたい」

「あら、今日は普通の日よ。アルカパのお祭りは凄いんだから!」

 リュカがぽつりと言った言葉を誇らしげに拾うビアンカ。

 この町で最大の宿の娘というのは大分良いステータスなようで、身なりがいい人たちがたまにビアンカに話しかけてくる。

 オレから見ても礼儀正しく可愛らしいビアンカは、まあ大人達からして見れば可愛がり甲斐があるだろう。

 ちょっとした焼き菓子の小袋を貰い、更には立派なレンガで造られた酒場にも躊躇なく入っていくビアンカ。

「こんにちは、お姉様!」

「あらビアンカちゃん、いらっしゃい」

 中では夜の営業の支度をしていたであろう若い女性が、唐突に入ってきたビアンカをにこやかに見つめてきた。

 彼女がバニー姿なのは、色気がある方が男が寄りつきやすいからだろうか。それに引っかかる年齢のオレたちではないが。

「お姉さん、寒くない?」

 きわどい衣装を見て出てくる感想がこれである。そしてそんな我が兄に対して安堵の感情が先に出てくるオレも大概か。

「大丈夫よ、お兄ちゃん」

「うん、そうだよ! ボクはトンヌラのお兄ちゃんなんだ!」

 腰を下げてリュカと視線を交わすバニーの女性に対して、胸を張って答えるリュカ。そして大人のお姉さんとリュカが急接近して、いきなり挙動不審になるビアンカ。

(これ、ビアンカ自身がリュカに好意を抱いている自覚無いな)

 他人事のようにそう思うオレに、バニーの女性は視線を向けてくる。

「こちらが弟さん? 初めまして」

「初めまして。弟のトンヌラです。元気がいいのが兄のリュカ、よろしくして下さい」

「あら、ご丁寧にどうも。よろしくねぇ」

 オレにも、そしてリュカにも綺麗な笑みを浮かべるバニーの女性。それに満面の笑みを返すリュカ。

 その行動にとうとう我慢できなくなったのか、慌ててビアンカは前に出て腰に下げた道具袋から硬貨を何枚か出す。

「あ、あのいつものサンドイッチを下さい! あたしたち、急いでいるんで!!」

「急いでたっけ?」

「急いでるの!!」

 ぽややんとしたリュカの声に、本心がどこにあるのか丸わかりな上気した顔のビアンカ。

 それをオレだけでなくバニーの女性も察したのだろう。苦笑いをしながらすぐさまリュカの側を離れる。どうやら可愛い妹分の恋路をからかう気はないようだ。

「分かったわ。用意しているサンドイッチがあるから持って行きなさい」

 奥に行き、すぐにバスケットを持って戻ってくるバニーの女性。ビアンカはそれをひったくるように右手で持ち、左手でリュカの腕を掴んで出口に向かう。

「ありがとうございました」

「な~お」

「大きくなったらお酒を飲みに来てね~」

 バニーの女性の声を後ろに、オレたちは昼食を手に入れてまた外へ出る。

 そして向かったのは池の側にある気持ちの良い草原(くさはら)。住宅が集まる中で紛れた憩いの場所といった風情だった。

 腰を下ろし、いただいたサンドイッチをパクつくオレたち。

「……池の向こうにある家の子も、流行病で寝込んでるんだって」

 ぽつりとビアンカが声をこぼした。水車が回っている家があり、ビアンカの言葉を聞いたせいか家に活気がないように見えた。

 いや、それは町全体を見て回ったからか。サンタローズの町より活気があるのは確かだが、いつ自分や家族が流行病にかかるかという不安はどこかしこで透けて見えたのだから。

「仲がいい子なの?」

 一方でリュカは流行病に倒れたという子とビアンカの関係を疑問に思っていたらしい。サンドイッチをチロルに分け与えながらビアンカに問いかける。

 そしてそれを聞いたビアンカは笑いながら首を横に振る。

「全然。あっちはガキ大将で、大きな宿の娘のあたしが嫌いみたい。

 あたしもいつも意地悪してくるアイツは大っ嫌いよ!」

 それって好意の裏返しじゃ無いかなぁと思いつつ話を聞くオレ。

(好きな子をいじめちゃうアレじゃない?)

 もっともその好意に気がつくビアンカでもなく、また大人しくいじめられるビアンカでもないみたいだが。

 嫌いなやつという事は崩さずに、しかしそれでも心配そうに池の向こうにある家を見つめるビアンカ。そこに彼女の強い優しさが確かに存在していた。

「でもね。嫌いなやつでも、病気に倒れればいいなんて思わなかったわ。

 おばさまも憔悴しているらしく、ママが薬を届けたら泣いちゃったんだって」

 視線を外し、むしゃむしゃとサンドイッチを食べるチロルを優しく撫でるビアンカ。その視線は慈愛に満ちていた。

「――丘の上のレヌール城、あそこに元凶がいるのね」

「ああ。そしてポワン様の依頼を遂行する為には、知識のある魔物を倒さなきゃならない」

「そうね。フローラから受け取った、大事なお役目だものね」

 オレの言葉に頷くビアンカ。空は高く青い。良い天気だが、散歩もここまでか。

「じゃあ、帰って寝ようか」

 リュカからその言葉が出るのはちょっと意外だったが、別に我が兄は鈍い訳でもない。

 やることが決まっていると分かれば最適解を導くように頭を回転させられるのだ。

「ええ、帰りましょう」

 全員が立ち上がり、ビアンカの宿へと向かう。

 その途中に今夜の冒険に使いそうな道具をよろず屋で買い求め、準備をすることも怠らない。

 負けられない戦いが目の前に迫っていた。

 

 ◇

 

 本当の事を言えば、数日待って父さんがレヌール城の魔物を倒す方が効率的ではあったのだろう。

 しかしそれではポワン様の依頼が達成できない。そして何より、自分の町を好き勝手されているという事実があるビアンカを止められる自信がオレにはなかった。

 昼過ぎから夕方前まで十分はお昼寝をして鋭気を養ったオレたちは、早めの夕食をせがんでお腹を満たす。

 そして1階にあるビアンカの部屋で遊ぶという体で大人達の視界から逃れ、彼女の部屋の窓から脱出。暗くなる前にアルカパの町から脱出した。

 夕日で赤く染まる空を左手に見つつ、右手の方はもう夜のとばりが降りていた。

 北にある丘の上のレヌール城を目指して、黙々と歩く3人と1匹。

(魔物が騒がしくなるのは夜だったか)

 本音を言えば、明るい昼間のうちに戦いを挑みたかったが。相手が夜しか出てこないというなら是非もない。戦いに行く時間帯を夜に合わせるしかない。

 昼と夜の間、人の時間と魔の時間。

 この時を昔の人々は逢魔ヶ時と呼んだ。人と魔が入り交じる、危険な時間帯だと。

 その不気味な逢魔ヶ時を使い、オレたちは魔の住まう場所へ向かう。人の住む町を背にして、足が向かうのは邪悪が住まう魔城。

「「「「…………」」」」

 静かなのはそのプレッシャーもあるからか。

 逢魔ヶ時が終わり、太陽がもう間もなくで地平の向こうに沈む頃。空が暗く、しかし闇夜に星月がまたたく頃。

 オレたちは丘の上の古城に辿り着いた。

 レヌール城、今は魔が住まう危険な場所。

 

 満月が、生贄の子供(オレたち)を歓迎するかのように空に昇る時間だった。

 

 




感想などなど、お声かけいただいて本当にありがとうございます。
これからも精進して参りますので、お付き合いいただけたら嬉しいです。

次回以降も頑張ります!
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