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014話 レヌール城の冒険・1
口を噤む、歯を食いしばる。
夜に訪れた、モンスターの住処となったレヌール城。固く閉ざされた門の隙間からも邪気と冷気とそして小さく嗤い声が流れ出てくる。
「フシャー」
チロルもこの邪気を感じ取り、既に臨戦態勢に入っていた。眦をつり上げて爪を剥き出しにしている。
ビアンカは無意識だろうが、リュカの紫色の外套を掴んでいた。リュカはどこかぽややんとしながら闇夜に馴染んでいるレヌール城を見上げている。
(リュカが
オレはそう判断する。敵意や悪意に敏感なリュカが警戒していないなら、この瞬間に限れば大丈夫だ。すたすたと歩いて地獄門のような入り口の門に手をかける。
「ちょ、ちょっと。トンヌラ……」
「……鍵がかかってるな」
物怖じしない様子のオレにビアンカが不安そうに声をかけてくるが、振り返って不敵な笑みを見せつけてやる。
「どうした? レヌール城の魔物を倒してアルカパの町を救うんだろ?」
オレの挑発するような言葉にかっと顔を紅潮させ、怖さも忘れてきっとオレを睨み付けるビアンカ。
「あ、当たり前よ! フローラとの約束も果たさなきゃならないし!」
「でも入り口が閉まっていると困るよね、どこかに勝手口のようなところはないかなかぁ? サンチョが台所から出入りするような場所」
相変わらずにマイペースなリュカの言葉を聞き、ビアンカの毒気が抜かれる。
「そうね。ひとまずお城の周りをぐるっと回ってみましょうか」
言葉を理解しているのか、チロルが真っ先にのしのしと歩き出す。どうやらこちらは
微笑ましく思いながら、リュカとビアンカにオレがチロルに続く。
さて。
それでざらっと城の周りを半周と少し回ったが、城の中に侵入できる場所は1階にはなかった。勝手口っぽい扉は1つあったが、やはりというか鍵がかかっていて入ることができない。
けれどもそれは1階というだけの話。ふと上を見上げたリュカがそれに気がついた。
「ねえ、上にあるあそこから入れないかな?」
その声に全員が見上げれば、物見塔の最上階にぽっかりと開いた闇があった。数人が通れそうな大きさのそれは、確かにそこから内部に侵入できそうな気もする。
ここまできたら大分恐ろしさも軽減されたのか、ビアンカがその塔を見渡して上まで登れるはしごを見つけ出した。
「いけそうね。登りましょうか」
「じゃあチロルはちゃんと掴まっておきな」
そう言ってオレは小柄なチロルを抱え上げると、ターバンで覆ったリュカの頭にチロルを乗せる。
一瞬だけきょとんとした様子のチロルだったが、リュカの顔を一舐めしたら大人しく両前脚両後ろ脚でリュカの頭にひしと抱きついた。
「ふふ。くすぐったかったよ、チロル」
微笑みながら先にはしごに手をかけるリュカ。さっきまでの順番ならビアンカが先だが、彼女は登らずにオレに向かって胡乱げな視線を向けてくる。
見返してビアンカの格好を見れば、確かに彼女はスカートだ。これでは先に登りたくないだろう。
首をすくめて彼女に返事をしたオレは、とくに文句もなくはしごを登り始める。すぐ後ろから音が聞こえた辺り、ビアンカも続いてきたのだろう。
そのまま何階か分のはしごを登り、物見塔の最上階に辿り着く。
物見塔の一番上にある出入り口にぽっかりと開いた暗闇は、麻痺してきた恐怖心を呼び覚ますのに十分な不気味さを持っていた。思わずオレもぶるりと震えてしまう。
「すんすん」
チロルは暗闇やモンスターに対する恐怖心はないのか、視界が届かない暗闇に向かって鼻を鳴らし、少しだけ小首を傾げるような様子を見せた。
「ちょっとヤな感じ。みんな、気をつけて」
リュカの警告も入った。やはりここから先は危険地帯なのだろう。
ならば、この中で唯一
「オレとチロルが先に行く。ビアンカは真ん中でランプを照らしてくれ。リュカは後ろから何か来ないかの警戒を」
「にゃー!」
「わ、分かったわ」
「了解だよ、トンヌラ」
背負った道具袋からランプを取り出して火をつけ、ビアンカに渡す。彼女はそれを左手に持ち、そして右手にはフローラから預かった妖精のナイフを握りしめている。
オレはもちろんカシの杖を構えているし、リュカもヒノキの棒を両手に持っていた。
そして侵入。オレが入り、チロルが入り。ビアンカが入ってリュカが入る。そのまま2歩進んだその途端。
ギィ ガラガラガラガラ
「ひ!」
その声はビアンカ。無理もない、知っているオレでさえ声が漏れそうになったくらいだ。
背後の入ってきた入り口。不気味な音をたてて上から鉄格子が降りてきて、オレたちの退路を断ってきた。
恐怖心を煽るのはもちろん、戦術的にも撤退の選択肢がなくなるのは辛い。
「ま、間抜けな敵ね! あたしたちが入ってから慌てて入り口を閉めちゃうなんて、閉め出すのに失敗しているのだわ! ノロマなのよ!」
気丈に口を開くビアンカ。誘い込まれた事は理解しているのだろうが、そう強気に振る舞わなきゃ恐怖で体が竦んでしまうのだろう。
オレはあえて大仰に首をすくめて大きな事を言う。
「こんな事をしなくてもオレたちは逃げやしないのにねぇ。自分の心配をするべきだよな」
「そう、全くその通りよ!」
ぷんすかと怒るふりをしながら、ビアンカはオレに賛同する。
そんなオレたちに呆れた声を出すのはリュカ。
「ねえ、いいから前を見ようよ。危ないよ?」
「ふしゃー!!」
リュカの言葉にばっと中を見るビアンカ。オレはゆっくりと慌てずに、だ。
目の前にはいくつもの棺桶が並んでいた。その蓋がかたかたと僅かに振動している。
リュカの言葉も、チロルの警戒も。正しいと言わざるを得ないだろう。
かたかたと動いていた棺桶の蓋は、ガタガタと一気に震えだして。そしてバンという音と共に一斉にはね上がった。
「来るぞ!」
オレの言葉と同時にわらわらと骸骨たちが襲いかかってくる。骸骨兵と違うのは、こいつらは武器も鎧も身につけていない事だ。
まず真っ先に飛び出したのはチロル。
「ふしゃー! きしゃー!!」
全速力でぶつかっていき、体当たり染みた頭突きを見舞う。一体の骸骨の胴体の当たり、体中の骨がバラバラと散らばって動けなくなる。
(脆いな、こいつら)
それを見て理解したオレはカシの杖を遠くから振るう。骸骨たちの骨格は成人したそれだが、いくらオレが子供の体格とはいえカシの杖の方が流石に長い。手を伸ばして捕まえてこようとする骸骨たちを叩けば、その部分から骨が外れて床に散らばっていく。
カシの杖よりも短いヒノキの棒を持つリュカは、オレのように遠くから殴るつける事は出来ずに接近してぽかすかと殴っていった。それでもリュカの攻撃で骸骨たちはみるみる数を減らしていく。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
それでも、一人だけ戦いに慣れていない彼女は一気に襲いかかってきた敵の群れに対応できなかった。
オレもリュカも目の前の敵を相手にするだけで精一杯。チロルは真っ先に敵のど真ん中に飛び込んで後ろの仲間を気にしてなかった。
「く!」
ちらりと後ろを見れば、確かに妖精のナイフではリーチが足りずに切れ味はあっても打撃力も足りないだろう。
しかも悪いことに、ビアンカの左手にはオレが預けたランプを持っていた。この暗闇の中では明かりを失う恐怖というものもある。
両腕を押さえつけられ、そして複数体の骸骨に担ぎ上げられたビアンカは、戦場となっている真ん中を外して奥の暗闇へと運び込まれていく。
「ヤダヤダヤダヤダ! 離してよぉ!!」
「ビアンカ!!」
叫ぶことしかできないリュカの声が空しく響く。
追いかけようと足を一歩踏み出すが、我が兄の行く手を阻むように骸骨たちが押し寄せてくる。
多分、純粋に侵入者を攻撃しているだけなのだろうが。今のオレたちにはそれだけでは済まない。
「「ジャマだぁぁぁぁ!!」」
「ふしゃぁぁぁぁ!!」
リュカとオレ、それからチロルが激情に任せて骸骨たちを打ち倒していく。
ほどなくしてその場は動く敵がいない白骨が散らばるだけとなったが、既に時は遅くビアンカの影も形もない。
戦闘には勝利した。しかし戦いには負けた。そんな後味の悪さを感じ、ほんの少しだけその場に立ち尽くすオレたち。
「行こう、トンヌラ」
おそらくは自分自身に対する怒りだろう。瞳をギラつかせたリュカが言うが、オレにはそれにほんの少しの危うさを感じた。
一瞬でもいい、時間を稼ぐべく周囲に目を走らせたオレはおあつらえ向きのものを見つける。
「ちょっと待った」
「?」
オレの言葉にほんの少しだけ怒りを薄れさせてその場で待つリュカ。
一方のオレはというと、壁際に一つだけあった飾り鎧の側に行き、その腰にくくりつけられた剣を鞘ごと取り外す。
すらりと抜いてみれば、そこには古びてはいても使い物になりそうな銅の剣が姿を現した。しっかりと油を塗られた上に鞘にしまいこまれていたおかげで保存状態が良かったのだろう。
「これ、持って行こう。ヒノキの棒よりかは使えると思う」
「そうだね。ありがとう、トンヌラ」
オレの言葉に素直に頷き、武器をヒノキの棒から銅の剣へと変える。
ほんの数秒だけの時間とはいえ、冷静になる一息を入れられた。ビアンカが連れ去られた以上、追うのは当然。
オレは地面に落ちたランプを左手に持ち、右手でカシの杖を持つ。全力で振るうには難しいが、新しい武器を持ったリュカの両手を奪う訳にもいかないだろう。
チロルはぺろぺろと自分の前足肉球を舐めてコンデションを整えている。
「じゃあ、進もうか」
「うん」
前はチロル、続いてリュカ。最後尾にはランプを持ったオレ。月明かりが漏れる入り口から進み、ランプの光だけが光源となるレヌール城の内部に進んでいく。
と、思ったが。結構しっかり窓があるので、真っ暗闇という訳でもなく入った廊下も朧気ながら様子がうかがえた。もちろん、一番の光源はオレの持つランプだったが。
そのまま少しだけ進むと、下に降りる階段を発見する。他に道はなく、問題なく階下へと歩を進めるオレたち。
下の階は廊下があり、先は暗くてよく見通せない。廊下を両脇には一定間隔で変な土偶像が向かい合ってあるだけだ。
(…………)
こういう時、知識しかないとどういう対応をすればいいのか困る。
てくてくと何事もないように歩くチロル。それに続くリュカ。そして最後尾でイヤな空気を感じるオレ。
少しだけ長い廊下を歩き、先に廊下から出る扉を見つけた時に、オレは我慢出来ずに後ろを振り返ってしまった。
視界で動くモノはない。が、しかし謎の土偶像たちは少しだけこちらに向かって顔を向けていた。しかも誤魔化すように視線がズれているのが逆に気になってしまう。
明らかに動く土偶像たちである。
(…………)
「リュカ。後ろに何かイヤな感じとか、するか?」
「? しないよ、トンヌラ」
ならいいか。
オレは背後の土偶像たちの事は忘れて、前に設えられた扉のドアを開ける。
その先にあったのは渡り廊下の上に造られた庭園。一般的には空中庭園と言われるものなのかも知れない。
真ん中には不気味に墓が4つ並び、こちらの精神がゴリゴリと削られる。
(知っていてこの怖さだものな)
丘の上にある古城。満月の夜に空中庭園で。骸骨やモンスターが蔓延る中で、自分の名前が書かれた墓がある。
人間の恐怖を煽ってくるこの手法は間違いなく悪辣な魔物の仕業だろう。そう、一番手前にある墓に書かれた『トンヌラ』という文字を読み取りながらそう思う。
「ねえ、トンヌラ。じっとお墓の文字を見てるけど、それって誰のお墓なの?」
(バカって強ぇ…)
思わず敬愛する兄に対して思ってはいかないことを思ってしまうオレ。思うだけで口に出してないだけだからセーフにして欲しい。
「トンヌラって書いてある。オレの名前だな」
「変なの。トンヌラは死んでないのにね」
恐怖を煽る精神攻撃が全く効いていない。これはモンスターもやり甲斐がないだろう。
(そっちの方が仕掛ける側としてもやりにくいのかな)
むしろ頼もしくなってきた兄が先に歩くのに続き、オレは墓に書かれた文字を読もうとする。
が、次の墓の名前はかすれて読むことが出来なかった。文字としての体を為していないので、リュカもオレに聞かずに次の墓に目を向ける。
「あ、これは分かるよ。ボクの名前だ」
「そうだな。リュカって書いてある」
自分の名前の識別は出来たらしいリュカはなんだか嬉しそうである。
墓に名前が書かれているのは自分だというのに、何というか大物だ。
そして次の墓の名前を見て、オレはぽつりと呟く。
「ビアンカ」
「ビアンカ!?」
オレたちの声が聞こえたのか、墓がガタリと動いた。
リュカとオレは慌てて墓の蓋を外せば、そこには縛られた格好のビアンカがいた。納骨される場所であるから、小柄な子供とはいえ大分窮屈そうに押し込まれていたビアンカ。
まずは彼女を引っ張り出し、オレはナイフを取り出してビアンカを縛る戒めを切る。
「大丈夫、ビアンカ?」
心配そうに彼女の手を握るリュカだが、ビアンカは俯いてぷるぷると震えていた。
骸骨に連れ去られ、墓の中に押し込められる。恐怖で泣き出してしまっても不思議ではないだろう。
が、しかし。
ビアンカとはそんなに穏やかな少女ではない。むしろおてんばな子である。
「あったま来たわ!!」
やりたい放題やられた事に腹が据えかねたらしい。夜空に向かって吠え立てるビアンカに、リュカが少しびっくりした表情を浮かべた。
「このあたしを雑に扱ってくれちゃって! 絶対にやり返してやるんだから! 覚えてなさいよ!!」
墓から出てきたばかりとは思えない元気の良さに、呆れればいいのか頼もしいと思えばいいのか場違いな悩みが頭に浮かんでしまうのだった。