トンヌラ、リュカと   作:117

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楽しんでいただけたら幸いです。


016話 レヌール城の冒険・3

 

 016話 レヌール城の冒険・3

 

(やば・・・・・・!)

 浮遊感を感じながらオレは眼下の闇に目を向けた。どこまでも深く、底が見えない暗闇。

 落下、というのはそれだけで脅威である。2階から落ちるだけで打ち所が悪ければ人は死ぬ。それがどこまで深いか分からない闇ならば恐怖を感じると同時、地面に叩き付けられた時のダメージを覚悟しなければならない。

 なにせいつ地面に辿り着くのか分からないのだ。受け身さえ取る事ができない。

(まずい・・・・・・。これは、誰か死ぬかも)

 誰か、で済めば御の字という思いが頭をかすめる。その瞬間に明確に全滅するという未来を感じてしまった。

 時間がゆっくりと流れる。周囲では呆然とした顔のリュカとビアンカがいて、ジタバタと両脚を動かしているチロルが場違いにキュートで。

 そして正面には、ニタニタと笑いながら落ちていくオレたちを楽しそうに見るおやぶんゴースト。

 その瞬間にオレが感じたのは憤怒だった。

(ふざけるな・・・・・・)

 己の手を汚さず、死にゆくオレたちがそんなに面白いのか。

 ――面白いのだろう。そう感じた時、オレの憤怒は変質した。そう、殺意へと。

「殺す」

 全力の殺意を視線に込めて、そう宣誓するだけで限界だった。オレの視界は闇に遮られて、光は頭上にしか見えなくなる。

 眼前の怨敵から目下の危機に意識を移し、歯を噛み締める。

(どうする・・・・・・?)

 頭を回し、思考を回すがそれらは空回る。どうすると考えてもどうしようもない。自由落下をしている以上、打てる手は何もない。

 ほんの数秒後、全員が固い地面に叩き付けられて死ぬ事を覚悟し、

『大丈夫よ』

『ワシらが受け止めよう』

 しかしその未来は訪れなかった。ふわりとした感触で空中に止まるオレとチロルは、半透明の幽霊となった高貴な衣装に身を包んだ女性に受け止められていた。

「リュカとビアンカは!?」

 ひとまずは生きている自分の身よりも、高貴な幽霊女性――おそらくは王妃の霊に受け止められなかった2人を心配して慌てて周囲を見回す。

 そこで目についたのはオレとチロルと同じく、半透明の王冠を被った男性――多分だが王の霊に受け止められている両名の姿だった。

「・・・・・・よかった」

 そこでようやく安堵の息を吐く。あの絶体絶命のピンチを無傷で切り抜けられたのは奇跡という他ない。

 その奇跡を起こしてくれた2人の幽霊に改めて礼を言う。

「ありがとうございます。おかげさまで命拾いをしました。レヌール城の王様と王妃様、ですね?」

『あらあら。しっかりした子ね』

『左様。我らは既に滅んだ身とはいえ、このレヌール城の最後の王族に他ならぬ』

 やんわりとした王妃様と、鷹揚に頷く王様。

 そうしてふわりと優しく地上へとオレたちを降ろしてくれた2人に、リュカとビアンカは少しだけ紅潮した顔で楽しそうに語る。

「なんか、凄かったね!」

「ええ。凄かったわ!」

 そういう問題じゃなかったと思いつつ、心にダメージがなかったならまあいいかとも思ってしまう。

 バンジージャンプかスカイダイビングでもした気分なのだろうか。暗闇の中を落ちた為に周囲を見れず、それが逆に恐怖を感じさせなかったか。

 どちらにせよなんにせよ、トラウマにならなかったのならば何よりである。

 一方でチロルはずいぶんと怖かったのか、リュカの足下で尻尾を股の間に入れて丸まっていた。プルプルと震えているのが相変わらずキュートである。

『まずはおやぶんゴーストを追い詰め、罠を作動させた腕前を褒めよう。

 ヤツは自分でいたぶる事を好む。それをしなかった時点で、お前たちに絶対に勝てるという自信がなかったのであろう』

「・・・・・・そうなのでしょうか?」

 王様の言葉に、オレはちょっと首を傾げながら答える。そんな感じはしなかったが、配下のモンスター共をほぼ無傷で倒しきった事は、思ったよりもおやぶんゴーストを追い詰めていたらしい。

『あなたたちならここを出られればおやぶんゴーストを倒せるかも知れませんが・・・・・・』

 王妃様の言葉に周囲を見回す。

 すると、現在の場所が見えてきた。地下の牢獄、そう評するに相応しい場所だった。

 貴族用のそれではあるのだろう。調度品はそれなりに質のいいもので成り立っており、壁には暗さを感じられないようにたいまつがいくつも並べられている。しかし一方で、三方は冷たく暗い色のレンガが積み上げられており、残る一方の面は鉄格子。廊下に繋がるそこの扉は、簡易的とはいえ錠がかかっていた。

 困った顔をする王妃様と王様。彼らはここに閉じ込められており、オレたちを外に出す事もできないのだろう。

 それらを無視して、てこてこと錠のついた扉に向かうリュカ。そしてカチャカチャと錠をいじくると、いとも簡単にその錠は外れて地面に落ちた。

「あいたよー」

 あっけらかんと言うリュカに、呆然とする幽霊の2人。

(盗賊の技法、か)

 サンタローズの洞窟で手に入れたそれを使い、あっさりと錠を外したリュカ。オレとビアンカも同じ事ができるはずだが、その思考に至っていなかった。

 使えるものを適時使える。それは無垢なリュカの特性なのかも知れない。

『なんと・・・・・・』

 ポカンとしていた王様だが、開いた扉からすたすたと出ようとするリュカとビアンカを見て、正気を取り戻す。

『あ、いや、ちょっと待ちなさい!』

 かけられた言葉に、くるりと反転して幽霊の王様の顔を見るリュカとビアンカ。

 そしてコテンと首を傾げて問いかける。

「なーに?」

「なーにって、助けて貰ったお礼をまだ言ってないだろう?」

「あ、そうだったね。トンヌラの言うとおりだ。

 助けてくれてありがとう、王様に王妃様」

「ええ。受け止めてくださってありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げるリュカと、おしゃまに貴婦人の礼のマネをするビアンカ。

 それを見た王様と王妃様の目尻が下がった。

『あら、かわいいお礼ですこと』

『ああ。ワシ等にも子供がいたらこのような可愛さがあったのかも知れぬのう。

 ――いや違う、そうじゃないんじゃ』

 ブンブンと首を振って正気を取り戻す王様に、きょとんとした表情を浮かべるリュカとビアンカ。

 ちなみにオレは既に面白がっていたりする。向かい合っている4名の様子がよく見える位置に移動して、観戦モードに入っている。

 天然なリュカが繰り広げる空気感が面白く、自分から積極的に場をかき回しにいっているくらいである。

『・・・・・・なんというか、お願いがあるんじゃ』

『どうかおやぶんゴーストをやっつけて欲しいのです』

 こちらとしては当たり前過ぎることを言う2人に、リュカとビアンカはきょとんとする。

 そのつもりで来た、という言葉を紡ぐ前に幽霊2人がたたみかけるように言葉を紡ぐ。

『あやつらがこの城に来てから、静かに眠っていたワシらの夜は失われてしまった』

『王族である私たちは地下牢に押し込められて、私たちに付き従ってくれた者たちは、かつて楽しんでいたダンスを恥辱されてその姿を慰み者にされているのです』

『静かに眠っていただけのワシらに、あまりに惨い仕打ちじゃ』

『しかし、今までこのレヌール城に来た人間達は、おやぶんゴーストの驚かしに心を乱して実力を僅かにも出せずに敗れていきました』

『ヤツラの恐怖に屈しない、汝等こそが希望なのじゃ』

 子供であるオレたちに向かって、丁寧に頭を下げる王様と王妃様。

(・・・・・・・・・・・・)

 ちょっとふざけていたオレにとっては居心地の悪い空気だが、まあ多分大丈夫だろう。

 真剣な目で2人を見るリュカがいるのだから。

『改めて申し奉る。どうかワシらの安寧を取り戻してはくれぬかの? おやぶんゴーストをこのレヌール城から追い払って欲しいのじゃ』

「――うん、任せてよ」

 ドンと、自分の胸を拳で叩くリュカ。オレたちの父であるパパスが、人を安心させる時に見せる動作である。

 血筋もあるのだろう。そのリュカの姿はどこか頼もしさを覚えるものであり、ビアンカがちょっとその姿に見とれていた。

(やっぱり楽しいわ、この位置から観察するの)

 そしてしょうこりもなく、オレは野次馬根性を出して場の俯瞰して眺める。ちょっと話から外れた上でリュカの事を見るのが楽しいのだ。

 そんなオレはさておいて、頼もしいリュカを見た王様と王妃様は満足そうに嬉しそうに笑い、そして壁に立てかけられたたいまつを一つ外して手に取る。

『聖なるたいまつ。レヌール城にある宝の一つです』

『この炎に照らされたものは邪悪な動作を停止するのじゃ。これを持っていれば、もう先ほどの落とし穴のような罠は発動しないじゃろう』

 差し出されたそれを受け取るのはオレ。照らし出された光に浮かび上がるチロルが、無邪気にオレの足下で炎を見上げている。

 そしてこのたいまつの凄さがいまいち分かっていないのか、リュカやビアンカはきょとんとした顔をしていた。

 となれば真摯に礼を言えるのはオレしかいないという事になる。

「ご助力、感謝します」

『――あなたは本当に、大人びた子供ね』

 固いオレに呆れたような声を出すのは王妃様。そしてそれらを無視して言葉を紡ぐ王様。

『ワシらができるのはここまでじゃ。どうか武運を、勇気ある子供たちよ』

「うん。おやぶんゴーストをやっつけてくるよ」

 屈託のない笑みを浮かべるリュカに、ちょっとだけ場が和む。

 そしてそれで話は終わり。今度こそ盗賊の技法で開け放たれた扉から出て行くオレたち4人。

「・・・・・・王様と王妃様は牢屋から出ないのかしら?」

 そう、出て行くのはオレたちだけであり、幽霊の2人は出て行く気配がなかった。

 ビアンカの疑問を苦笑して受ける幽霊の二方。

『ワシらはおやぶんゴーストに呪われて、ここから出ることは叶わぬのじゃ。例え錠が外れて扉が開いてもな』

『あなたたたちがおやぶんゴーストをやっつければ、私たちもここから解放されます』

 その言葉に一瞬だけ悲しそうな表情をしたビアンカだが、すぐに見るものを安心させるような笑顔を浮かべて言葉を返す。

「そうなのね、分かったわ。あたしたちに任せておきなさい!」

 ビアンカのその言葉を最後に、オレたちはその場を後にする。

 目指すのはおやぶんゴーストの打倒のみ。足早にその場を去るのだった。

 

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