トンヌラ、リュカと   作:117

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017話 レヌール城の冒険・4

 

 017話 レヌール城の冒険・4

 

 静かな闇だった。

 誰が話す訳でもなく、黙々と暗いレヌール城の地下通路を歩いていく。

 てくてく、てくてくと。子供たちの小さな体重が軽やかな音となって、城の残響として消えていく。

「・・・・・・・・・・・・」

 オレが持つ聖なるたいまつは、音もなく周囲を照らす。ただゆらゆらと揺らぐ明かりだけが、このたいまつも有機的な存在なのだと周囲に喧伝していた。

「誰もいないわね」

「うん、静かだ」

 ビアンカがぽつりと呟けば、リュカが頷きながら同意した。

 このレヌール城に住んでいた元人間である幽霊の気配も、先ほどまで戦っていたモンスターたちの気配もない。ただただ静かな、いっそ不気味なまでに何事も起こらずに先に進めてしまうオレたち。

「モンスターたちはさっきの戦いで全滅させたのかもな」

 楽観的にオレが言う。

 先ほどの大広間での戦闘はなかなか大規模なものだった。それにダンスを強制される幽霊たちを嘲るのはさぞかしモンスターとして愉悦に浸れる娯楽だっただろうから、そこに集中しても不思議ではない話だろう。

「じゃあ残りは」

「ああ。オレたちを落とし穴に落とした、あのおやぶんゴーストだけかもな」

 地下から地上にあがる階段を見つけ、そこに足をかける。

 足下はきりっとした顔でチロルが追従してくる。先ほどまでは落下の恐怖に尻尾を丸めていたチロルだが、すでにその心の傷は癒えたらしい。結構なことだ。

 何度も言うが、静かな時間が流れていく。

 地上階にあがれば、窓から外から見える。満月はだいぶ傾き、真夜中を過ぎたことを教えてくれていた。

 夜明けはそう遠くないだろう。

 

 そうしてオレたちはおやぶんゴーストの元に辿り着いた。

 先ほどの広間におやぶんゴーストは居らず、二階にある王の寝室のバルコニーにあがって落ち着きなくウロウロと歩き回っていた。

 そしてオレたちの足音に気がついたのだろう、びくりと反応しながらこちらに視線を向けてくる。

「く、くそ! ハイエナめ、猟犬め!! どこまでもワシを追い詰めるか!!」

「・・・・・・?」

 おやぶんゴーストのその余裕のない言い草に、一抹の違和感を覚える。

 チロルに一撃をくらったとはいえ、おやぶんゴーストはほぼ無傷といっていい。手下が全滅したとはいえ、余裕をなくす状況でないと思ったのだが、現状は随分とイライラした様子を隠せていない。

 そしておやぶんゴーストの視線は何故かほとんどオレに固定されていた。

(オレに怯えている?)

 状況からするとそう結論付けられるのだが、オレにはどうにもその心当たりがない。

 っていうか、致死の罠である落とし穴に落とされたオレの方が恐慌状態に陥る方がよっぽど普通だと思うのだが。

(まあいいか)

 相手が平常心でなければ、その分オレたちにとって都合がいい。どうしておやぶんゴーストが余裕をなくしているのか、分からない以上は思考のリソースを割く必要も無い。

 その隙を突かせて貰うだけである。

「よくもさっきは落とし穴に落としてくれたわね!」

「こてんぱんにやっつけて、この城から追い出してやる!」

 と、オレがつらつらと考えている間に、ビアンカとリュカが啖呵をきった。チロルも足下で牙を剥き出しにして威嚇している。

 少し乗り遅れたが、オレも口上を述べさせてもらおう。

「――ブッ倒す!!」

 そう言って、カシの杖を構えて突撃する。そんなオレの後ろから足音が聞こえる。音からしてリュカが背後から着いて来てくれているらしい。

 しかしそれでも、先手はビアンカ。オレたちが接敵するより早く、呪文の詠唱を終えることに成功した。

「天空より舞い降りし太陽の光よ。閃熱となりて敵対するものに裁きを加えたまえ! ギラ!」

 ビアンカの手から放たれた閃熱がおやぶんゴーストへと向かう。

 だが、おやぶんゴーストはニヤリと笑うと纏っていたローブを翻して、その動きでビアンカのギラをはたき落としてしまう。

「うそっ!?」

 攻撃が不発に終わったビアンカの驚きの声が聞こえてくる。

(魔法の品か・・・・・・? 魔法の布できたローブ、か)

 ビアンカのギラが通じなかった以上、攻撃呪文の効果は期待できないか。

 そう判断できた以上、やはり武器攻撃が最善策となりそうである。

「いくぞ、リュカ!」

「分かってるよ、トンヌラ!」

 オレは右上からカシの杖を振り下ろし、リュカは左下から銅の剣ですくあげる。

 双子の兄弟の波状攻撃。しかしおやぶんゴーストは左手を掲げてオレの攻撃を防御し、右足を体ごと引く事でリュカの攻撃を回避した。

「まずは、お前からだ!」

 そう言って睨み付けるのはやはりオレ。

 何か恨みでも買っただろうか?

「くっ!?」

 等と悠長に考えている暇はない。カシの杖を引いて防御に回す。

 一瞬遅れておやぶんゴーストの右の拳が襲いかかってくるそれをなんとかカシの杖で受けて衝撃を殺すことに成功するが、彼我の体重差は無視できない。

 後ろに押し出されたその勢いでゴロゴロと後転する。

「トンヌラ!」

「オレは大丈夫だ!」

 強がりではない。ダメージはほとんどない。

 だが、おやぶんゴーストは追撃してこようと下げさせられたオレに向かって足を踏み出してきていた。

(ヤバッ・・・・・・)

 オレの体勢はまだ整っていない。この状態で追撃されたら痛打になってしまう。

 それが分かるのだが、しかしすぐに体勢が整う訳でもない。

 迫り来るおやぶんゴーストをただ見る事しかできなくて、しかし敵の頭上から頼もしい黄色が降ってきた。

「キシャァァァ!!」

「ぐわぁあ!?」

 おそらく城の外壁を駆け上り、おやぶんゴーストの頭上を取ったのだろう。チロルが額に爪を立ててひっかく攻撃を敢行していた。

 その一撃を警戒なく喰らってしまったおやぶんゴーストは悲鳴をあげながら身をよじらせた。目の上、顔に痛撃を喰らったのだ。さすがにまったく怯まないという訳にはいかない。

 とはいえ、今は戦闘中。これで狼狽し続けるようなヤツが生きていける訳もない。

 すぐに精神を立て直したおやぶんゴーストは、ジロリと空中で身を翻しているチロルを睨み付ける。

「しゃらくさいわぁ、このベビーパンサーがぁ!!」

「きゃん!!」

 両手で薙ぎ払うようにチロルを殴りつけて吹き飛ばすおやぶんゴースト。

 攻撃力があるとはいえ、チロルはまだまだ小さく体力が少ない。おやぶんゴーストの痛恨の一撃をくらい、吹き飛ばされたチロルは壁に叩き付けられてそのまま目を回してしまった。

「きゅうぅぅぅ・・・・・・」

「チロル!!」

 そんなチロルへと駆け寄るリュカ。そしてその手をかざして回復呪文を唱える。

「天に居まわす慈悲ある神よ。我が身の魔力を使いてその癒しの力を具現したまえ。 ホイミ!!」

 その様子を見て、つまらなそうにフンと鼻息を出すおやぶんゴースト。そしてその視線をオレに合わせてくる。

「待たせたな、今すぐに殺してやる。凶暴なガキめ!」

「お前に言われたくはないね!」

 カシの杖を両手で持って、振り上げて真っ直ぐに振り下ろす。

 さっきよりも腰を据えて放った一撃は、より鋭くより重い。これに対処するには腕一本では足らないだろう。

「ぐぬっ!」

 オレの読み通り、おやぶんゴーストは両手をクロスさせて頭上に合わせ、オレの渾身の一撃を受け止めていた。

 ぎりぎりと力を込めて押し切ろうとするオレ。じりじりと力を蓄えて攻撃を弾こうとするおやぶんゴースト。

 その拮抗、見逃さない少女がオレの仲間にいた。

「天空より舞い降りし太陽の光よ。閃熱となりて敵対するものに裁きを加えたまえ! ギラ!」

 後方から閃熱が奔る。

 そして先ほどとは違い、魔法のローブを翻してギラをはたき落とす事はできない。おやぶんゴーストはオレの対処で精一杯だ。

 為す術なくビアンカの攻撃呪文がおやぶんゴーストに吸い込まれる。

「ぐあああ!!」

 熱によるダメージに苦悶の声をあげるおやぶんゴーストだが、もちろんこれで話は終わらない。

 オレと鍔迫り合いをしていたのに、意識が他に向くような隙を晒したのだ。当然、これを見逃してやるほどオレはお人好しじゃあない。

「貰った!」

 力が抜けたおやぶんゴーストの腕をくぐり抜けて、その脳天にカシの杖を叩き込む。

「~~~~~っっっ!!」

 声を無くして悶絶するおやぶんゴースト。

 そしてその背後から襲いかかる、2つの影。

「やぁぁぁぁ!!」

「フシャー!!」

 チロルを回復したリュカが、満を持して攻撃に加わる。

 その背中にチロルが爪で切り傷をつけ、リュカは銅の剣を振りかぶって膝裏を強打した。

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」

 背後からの予期せぬ攻撃に、おやぶんゴーストは恥も外見もなく転がってその場を離れていく。

 ゴロゴロと転がった先は、踊り場の端にある落下防止の柵だった。そこにぶつかったおやぶんゴーストは四つん這いになって激しく息を切らしながら、痛みに耐えている。

 そのおやぶんゴーストの肩に、そっとカシの杖の先を乗せるオレ。

 ピタリと動きを止めたおやぶんゴーストはおそるおそる顔を上げて周囲を見渡した。

 その視線の先には、冷たい目でカシの杖を突きつけるオレが見えるだろう。油断なく銅の剣を構えたリュカ、牙を剥いて威嚇するチロル、鋭い視線で敵を見抜くビアンカがいるだろう。

「ぁ・・・ぁ・・・」

 完全に戦意を喪失したおやぶんゴーストの顔色は真っ青だ。

 這いつくばった体勢から顔を地面にこすりつけて、しかし両手は祈るように組んでオレたちに差し出される。

「降参、降参・・・・・・降参じゃ! すまぬ、悪かった。ワシが悪かった! どうか、どうか命だけは・・・・・・!!」

 震える体と声。おそらく、偽りではないだろう。あまりに切羽詰まった命乞いにオレの毒気が抜かれる。

 おやぶんゴーストからカシの杖を外して、肩をすくめながら仲間達を振り返る。

「だってさ。どうする?」

「ボクはそれでいいよ。悪ささえしなくなれば、ね」

「あたしもアルカパの町が救われるなら構わないわ」

「きゅ~ん」

 チロルだけは何と言っているのか分からなかったが、概ね見逃す方向で話がまとまりそうだ。

 まあ、見逃さない意味もあまりないのでオレは別に構わないのだが。

「いいだろう。こちらが出す条件を呑めばこのまま見逃してやる」

「ほ、本当か? その条件とはなんじゃ?」

 縋るようにオレを見るおやぶんゴーストに、指を三本立てて話しかける。

「一つ。このレヌール城から出て行って、二度と死者の眠りを妨げるな。人に迷惑をかける事も禁止だ。

 二つ。アルカパの町に近づくな。お前たちの邪気でこちらは大変迷惑している。次は滅するからな。

 三つ。妖精の国にいる雪の女王に面会をしたい。その許可を、魔族であるお前に出して欲しい」

 オレの話を聞き、一瞬だけ思考を回したおやぶんゴーストだが。オレと目を合わせると怯えたように体を震わせる。

「わ、分かった。それでワシを見逃してくれるなら、全て言うとおりにしよう」

「こちらの条件を呑んでくれたなら、問題はない」

 そう言って一歩おやぶんゴーストから離れるオレ。逃げるには十分な隙を作ってやったのを確認したおやぶんゴーストは立ち上がると、ひらりとジャンプして踊り場の柵の上に立つ。

 最初とは違い、随分と毒気が抜けた表情でおやぶんゴーストはオレたちの事を優しく見下ろしていた。

「ワシの命を助けてくれてありがとう、お若いの。きっとお前たちは立派な大人になって、ひとかどの人物になるだろうよ」

 そう言って地上に向かって跳んだおやぶんゴーストは、そのまま走って闇夜へと消えていった。

「・・・・・・ふぅ」

 脅威は去った。それを確認したオレは一息付き、リュカやビアンカも肩の力を抜く。

 と、すぅっと幽霊の王様と王妃様が現れる。油断したタイミングで現れたから、ちょっとだけぎょっとしたのは秘密だ。

『子供たちよ、ありがとう』

『おやぶんゴーストを追い払ってくれて、ありがとうございます』

 そう言って王様と王妃様の幽霊は、オレたち4人を浮き上がらせて、上階にあった空中庭園まで連れてきた。

 そこにあった墓の前に立ち、にこやかに笑いかけてくる。

『これで我らはゆっくりと眠りにつくことができる・・・』

『本当に、本当にありがとうございます』

 そう言って、墓の中へと消えていく2人。それと同時に墓に刻まれた名前が書き換わる。

 

 ―レヌール最後の王、エリック。ここに眠る―

 ―エリックが生涯愛した妃、ソフィア。ここに眠る―

 

「・・・・・・これで2人共、ゆっくりできるね」

「ええ。アルカパの町も救われるわ」

「雪の女王への道も開かれた。やれることは全部やれたな」

「ごろにゃ~ん」

 全員が全員共に感慨深く感想を漏らしていたその時、ふとリュカが空を見上げる。

 それに釣られるようにオレとビアンカも空を見上げれば、曇りがかかった天空から何か光が落ちてきた。

「・・・・・・なんだろう?」

「悪い気配はしないけど」

 首を傾げるリュカとビアンカだが、オレは険しい顔を崩さない。いやさ、崩せない。

 やがて光は導かれるようにリュカの前に止まると、美しい球体が黄金の光を放ちながらその場に留まっているのがその正体だと理解出来た。

「キレイね。きっと、お化けたちを追い払ったお礼よ!」

「そうかな? ・・・・・・うん、そうだね」

 ちょっぴり納得のいかなかった様子のリュカだが、疑問を飲み込むと美しく光り輝く球体であるゴールドオーブに手を伸ばし、それを手に収める。

 同時、光は落ち着くように収束していき、その輝きをその丸みの中に収めた。

「お礼も貰ったし、帰りましょう!」

「そうだね、帰ろう。ね、トンヌラ。

 ・・・・・・トンヌラ?」

 未だに厳しい目で空を見上げていたオレに、不思議そうな声をかけるリュカ。

 それを感じ取ったオレは、頭を振って視線を空から双子の兄へと移し替える。

(今、オレが悩んでどうなる問題じゃないよな)

「ああ、帰ろう。リュカ、ビアンカ、チロル」

「にゃー!!」

 穏やかな笑みを浮かべたオレに合わせるように、チロルが甲高く鳴き声をあげたのだった。

 




だんだんと調子が戻ってきたように思います。
更新、頑張っていきたいと思います!
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